呉鎮守府より   作:流星彗

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本土防衛戦4

 

 大和率いる第二水上打撃部隊と空母棲姫率いる航空戦隊、お互いの旗艦が怒りをあらわにし、お互いを潰し合う状況へともつれ込んでいる。だが空母棲姫の背後からは佐世保の一水戦が迫っており、完全に挟み撃ちの形になっていることは忘れてはならない。というより那珂が、自分たちが意識の外にいるというシチュエーションが気に入っていないようで、少し膨れ面になりながら空母棲姫へと雷撃を仕掛ける。

 しかしそれを新型駆逐艦らが対処し、空母棲姫へと届くことを阻止する。だがそれは先ほどの北上でいうところの牽制用だ。本命は木曾改二による強撃である。改二になって雷巡となった彼女の強力な雷撃ともなれば、例え空母棲姫といえどもただでは済まないだろう。

 

「おらぁ!」

 

 放たれたハイスピードの一撃に、空母棲姫は肩越しに振り返る。その目の燐光をぎらつかせ、艤装を軽く叩きつつ、飛行甲板に手を引っ掛けながら深く腰を下ろした。すると艤装の後部から勢いよく水が噴き出し、急速で旋回しつつ、木曾の一撃を回避する。

 あまりにも突然の急加速。手でしがみつきながらも軽くその体が浮かび上がる程の勢いだったが、木曾の一撃を回避できたことに比べれば気にすることでもない。また急ブレーキをかけながら旋回すれば、ドリフトの影響で艤装から勢いよく水が吹き出、木曾たちへと視界を潰すように小さな波が発生する。

 その中でじろりと大和を見れば、回避行動を取っている空母棲姫をずっと砲門が追尾していた。隙があれば空母棲姫へと砲撃を仕掛ける構えであり、その隙を作るべくビスマルク、鈴谷、大淀が砲撃を仕掛けている。

 タイミングを合わせれば、一撃を以ってして空母棲姫へと引導を渡すつもりだった大和だが、背筋を冷たい息を吐きかけられたかのような感覚を覚え、咄嗟に傘を持ち換えて力を込めつつ開く。すると広げられた傘に赤い粒子がまとわりつき、赤い光がコーティングされる。

 本来の大和が持つ和傘は傘布が小さいため、盾としての機能に乏しいが、凪の手による改造により、傘布はより大きな範囲を占めている。その傘へと次々と砲弾が直撃。しかし傘を回転させて力を逸らし、弾丸を受け流せば、何とか横の海面へと複数の弾丸が落ち、水柱が立ち昇る。

 見ればレ級エリートが長門の首元を掴みながら、尻尾を大和へと向けていた。どうやら攻撃を仕掛けてきたのは彼女らしい。そして手にしている長門は背中から大量の血を流しつつ、力なく四肢を垂らして俯いていた。どう見ても死んでいる、そんな様子をありありとレ級エリートは見せつけている。

 

「ヨク気ヅイタナア? 勘? 第六感? マア、イイヤ。次ノ獲物ハオマエニスルカ」

「舐められたものですね。アンノウンといいましたか? あなたが私を沈めると?」

「獲物ハ誰デモイインダ。デモ、ドウセナラ沈メガイノアル奴ガイイヨネエ? 第一目標ガコウシテ落チタカラサア、次ハオマエデイイヨネ?」

 

 小首を傾げなら言うレ級エリートに、大和もまた静かにこめかみに青筋を立てながら、目を細めてレ級エリートを睨む。大和の怒りに呼応してか、目から立ち昇る赤い燐光の輝きも、少しずつ高まってきている。それだけでなく、サイドテールにしている赤い粒子のリボンも、より強く明滅している。

 そんな大和へとさらに攻撃を仕掛けるべく、レ級エリートが接近しようとしたが、そんな彼女を止めるべく動いたものがいた。

 

「――ふん……ッ!」

 

 それはレ級エリートに首元を掴まれている長門だった。口から血を流しながらも、気合を込めた拳が、レ級エリートの胸へと打ち込まれ、その威力にレ級エリートの動きが止まる。何故だと問うかのように、絶えず狂気を孕んだような笑みが浮かぶ瞳に困惑が生まれているが、そんな彼女へともう一発拳を打ち、掴まれている腕を振り払い、海へと身体を投げ出す。

 だが艤装の砲門はレ級エリートへと向けられており、海に四肢を付きながら射角を調整した長門は、レ級エリートへと砲撃を仕掛けた。それをまともに受けたレ級エリートの小さな体が吹き飛ぶも、空中で受け身を取った彼女は、滑るように海面に着水。

 そして尻尾を振り回しながら、艦載機を発艦させ長門へと反撃を仕掛けた。

 

「何故、ナゼ、ナゼ?? 生キテイルハズガナイ。アレヲマトモニ受ケタンダ。死ンダハズ??」

「ああ、死んだろうな。……だが、死ぬほどの攻撃を受けたから何だ? 私が、戦艦長門が……そう簡単に沈むものかよ……! 私一人の力ではないにしろ、ダメージコントロールがあれば、私は数分だけだろうと持ちこたえてみせようじゃないか……!」

 

 艦娘にとってのダメージコントロールとは、所謂応急修理要員だ。特殊な妖精の一つであり、艦娘が轟沈するようなダメージを受けたとしても、緊急修復を行うことにより、大破状態にまで持ちこたえさせる力を働かせる。

 それをさらに発展させ、ほぼ無傷の状態にまで緊急修復させるのが応急修理女神と呼ばれる妖精であり、かつて南方棲戦姫との戦いで長門の窮地を救った妖精だ。またその力の残滓が南方棲戦姫を大和へと変える要因になったとされているが、詳しいことは現在も不明である。

 またこうした応急修理の妖精は貴重な存在でもある。そもそも轟沈までいくようなダメージを修復させる力というだけでも人智を超える力であり、原理が全く分からない。開発でも生み出すことができない妖精、装備だが、ただそのような妖精がどこかに生まれ落ち、人類や艦娘に力を貸してくれる、そうした存在として認知されている。

 長門の背中の傷も今は塞がっており、流血は止められている。だが体力まで十分に回復されたわけではない。気が抜ければ、あるいは更に被害を受ければ、今度こそ轟沈する危機がある状態だ。

 そんな中でも、長門は不敵に笑ってみせる。自分は健在なのだと、レ級エリートに、そして艦娘たちに示している。

 長門が無事、そのことに喜ぶのもつかの間。山城は彼女のもとへと駆け寄ろうとした。だがそれを阻止するようにレ級エリートに追従してきた深海棲艦が立ちはだかる。ここは通さないとばかりに砲撃を仕掛けていくのだ。

 そうして時間を稼ぐ間に、レ級エリートが再び長門へと肉薄しようとする。そんなことを許してはおけないと、山城は目の前で立ちはだかるル級フラグシップや、タ級フラグシップへと砲撃を仕掛けていく。

 

「どきなさい……! 邪魔よ、道を開けろぉッ!!」

「……!!」

 

 力強い叫びと共に砲撃を仕掛ければ、鳥海と摩耶もまた同じく咆哮しながら砲撃する。だがそうはさせまいとル級フラグシップと、タ級フラグシップは歯噛みして砲撃を耐え、反撃の一撃を放っていく。

 長門のもとへと駆けつけるべく、山城は彼女たちと距離を詰め、次弾を装填するまでの間は副砲で砲撃しつつ、拳を握り締める。

 

「どうしても道を開けないって言うんなら、力ずくでも押し通らせてもらうわッ!」

 

 加速のスピードを乗せた拳がル級フラグシップの頬を捉えるが、そんなことではル級フラグシップは倒れない。両手に構える艤装で山城の体を弾き返し、鈍器を扱うかのように山城へと殴りつけてくる。

 タ級フラグシップも接近する鳥海や摩耶と格闘戦を繰り広げ、両者の手が組み合ってその場へと留められる。そんな味方の動きにレ級エリートは「キキキ、ゴ苦労サン」と声をかけて長門へと迫る。

 

「くっ、長門さん……!」

「寝ツキガ悪イノモ考エモノダア、長門。今度コソ眠レ」

「――そうして私たちから意識を外されては困ります」

 

 と、声が響き、レ級エリートの進撃を止めるように砲撃の雨が降る。どこから来たのかと見れば、佐世保の主力艦隊が長門を保護するべく接近してきていた。何故あれらがここにいるんだ? とレ級エリートは疑問を浮かべる。

 佐世保の主力艦隊は空母棲姫へと攻撃を仕掛けるべく動いていたはずだ。しかし、現在この海域はそれぞれの艦隊が混戦状態にある。前線がどこになっているのかすらわからない状態になっているのは、明らかに空母棲姫が前に出て大和へと接近したせいだ。それをフォローするべく航空戦隊が動き、元より空母棲姫を倒すべく動いていた佐世保の主力艦隊や一水戦、二航戦も、その動きに対応するべく動いた。

 だが航空戦隊の一部がそれぞれの佐世保の艦隊を止めるべく動き、ここで一つの戦線の歪みが生まれる。

 それにプラスしてレ級エリートもまた長門を沈めるべく動き、艦隊の一部がそれに追従。元から大和がいる第二水上打撃部隊と、長門がいる主力艦隊が一緒に行動していたため、二つの意思が絡んだ艦隊によってそれが乱され、それぞれの艦隊が入り乱れるものになっていた。

 だが少なくとも佐世保の主力艦隊は空母棲姫の向こう側におり、空母棲姫を挟んで反対側にいるレ級エリートや長門の方にくるはずがないと、レ級エリートは考えていたが、簡単な話だ。大和たちの背後から回り込み、長門の救出に向かっていただけの話だ。

 それに主力部隊が離れたところで、二航戦がまだ側面から攻撃できる。二航戦の戦力だけでも、十分に空母棲姫の艦隊の横槍を入れることができる。今もなお、艦載機を放って敵艦載機を抑え込む役割を担っている。

 更に長門への救いの手はもう一つ届く。

 レ級エリートが放つ艦載機は長門に攻撃を仕掛けるだけではなく、周りの艦隊にすら攻撃を仕掛けていた。あの小さな体のどこに艦載機が収められているのかわからないが、たった一人が持つにしては多すぎる艦載機を展開しており、一人で複数の空母が保有するほどの数を秘めていることを示していた。

 それに対処すべく、翔鶴と瑞鶴が艦戦を放って対応していたのだが、ヲ級フラグシップらの艦載機は対応できても、多すぎるレ級エリートの艦載機には全てを対応することができないでいた。

 それを救ったのが、西から飛来してきた艦載機の群れだった。その艦載機は次々とレ級エリートが放った艦載機を、翔鶴と瑞鶴、佐世保の二航戦の艦載機と協力して撃墜させていく。一体誰がこの艦載機を放ったのかと疑問だったが、西から来たことでもしかしてと気づく。

 

「航空支援隊、到着したようで何よりだわ。補給を済ませた空母が、一足早くあなたたちの救援に当たります。艦そのものは現場に向かえずとも、艦載機ならばあなたたちの助けになるはずです」

 

 聞こえてきたのは、大本営の陸奥の声だった。指揮艦から通信を送ってきているようで、生き残った艦娘の中で、空母の補給を済ませ次第、艦載機だけを発艦させて支援隊としてくれたらしい。

 次々と撃墜されていく艦載機、長門を救うべく動いてくれた佐世保の主力艦隊。それを前にレ級エリートは、静かに笑みを深くする。まるで口が裂けたかのように、歪みを深くした笑みを顔に貼り付け、ぐっと拳を握り締める。

 

「ハハハハハ!! 仲間ノ助ケ、実ニ、実ニ、ジツニィ眩シイ! ソンナ虫ノ息デモ、誰カガ助ケテクレル! 救ワレルト、ソウ思ッテイルンダ! 涙ガ出ルネエ! 温カイ絆ッテヤツカイ? 感動的ジャナイカ! タダノ兵器ガナァニ絆サレテンダァ!?」

 

 力強く海面に拳を叩きつけ、尻尾もまた海面へと叩きつけ、長い胴体が海中に沈みながら、何度も何度もレ級エリートは、狂ったように笑い続け、拳や尻尾を叩きつけていく。まるで癇癪を起こした子供のような姿を見せる彼女だが、長門は体を庇い、荒い息をつきながら油断はしなかった。

 ゆっくりと後ろに下がりながら、長門は言葉を紡いでいく。

 

「挑発のつもりだろうが、それには乗らないぞ。それに結果的には救われた形になったかもしれないが、私としては、ここで本当に斃れるのだとしても、割り切って受け入れる気持ちはあった」

 

 静かな言葉だった。「ア?」と顔を上げるレ級エリートに、長門は何とか言葉を続けていく。そうしている間も、レ級エリートが展開している艦載機が周囲を攻撃し、レ級エリートに届いてくる砲撃の盾になっている。

 

「……戦場では何が起きるかわからない。気を付けていたとしても、死ぬときはあっけなく死ぬものだ。我々が全力で深海棲艦と戦うように、お前もまた全力で私を沈めようとしている。そのぶつかり合いだ、どっちが斃れてもおかしくはない」

「ヘエ……?」

「例えここで、本当に私が力尽き、斃れたとしても、私の後に続くものは現れる。私が消えても意思は残り、受け継がれる。それが人であり、艦娘が単なる兵器ではない証だ」

 

 レ級エリートを見据えて語る長門を支えるべく、扶桑がその体に触れる。長門を保護することに成功したのだ。そのことに山城たちは小さく安堵の息を漏らす。

 これで大丈夫だ。後は撤退してくれればいい。山城の願いを受けたのか、扶桑がル級フラグシップと組み合っている山城の視線に気づき、そっと頷いてくれる。

 

「それでも我らを単なる兵器と嘲笑うというならば、覚えておくがいい。その嘲りが、いずれお前に返ってくる。お前に敗北を刻み込むだろう。私にはできずとも、私の仲間たちがそれを成し遂げる。必ずだ……!」

「――――ソウ。デモ、ソレデモボクハサ? オマエノ全テヲ笑イ飛バソウ」

 

 静かな言葉だった。

 長門の静かな言葉に応えるように、それまで張り付けていた気味の悪い笑みが消え、無を見つめるような真顔で、レ級エリートはそう言った。

 刹那、海中から迫る冷たい殺意に、長門は咄嗟に体を支えてくれている扶桑を突き飛ばす。次いで大きな爆発音。連続して響く爆音と、立ち上る水柱に誰もが唖然として見つめるしかできない。

 

「何トシテデモ沈メル、長門ヲ。ソレガウチノマスターノ意思ダ。ボクハソレヲ全力デ果タシタダケサ。……笑エヨ、長門。笑エヨ、艦娘。全力ヲ尽クシ、達成シタボクノ勝利ヲ笑ッテ賞賛シナヨ。オマエタチノ助ケタカッタ長門ノ言葉ノヨウニサア!!」

 

 そうしてレ級エリートは海中に潜らせた尻尾を引き出し、挑発するように叫んだ。

 海中にいた艤装の先端から撃ち出した魚雷が、時間をおいて長門に直撃したのだと気づいたのは、力なく長門が倒れ伏し、海中へと沈んでいく姿を見た時だった。

 扶桑の悲鳴が響く。その体を引き上げようと伸ばすが、それよりも早くレ級エリートが無防備になっている扶桑へと砲撃を仕掛け、それら全てが着弾する。

 とどめとばかりに艤装を高速で滑った艦載機が、扶桑へと接近するが、「それ以上は許さないッ!」と叫ぶ山城が三式弾を放って撃墜させる。長門を沈められ、佐世保所属とはいえ、姉である扶桑まで沈めようとしているレ級エリートに対し、強い怒りを隠さないかのように、見たこともないような形相になってしまっている。気のせいか、その目に深い蒼の光が灯り始めているようにも見えた。

 

「ハッ、イイ顔ダ、山城。扶桑ト一緒ニ沈ム? ソレモイイネエ」

「許さない……お前は絶対に許さない! よくも、よくも私たちから……長門さんをッ! その上姉様まで手にかけようなど、ここで沈むがいいわ!」

 

 山城の怒りに応えるように、副砲が火を噴いてレ級エリートへと攻撃を仕掛けるが、笑いながらレ級エリートは全てを回避する。返しの砲撃が飛来するが、山城もまた凄まじい形相のまま回避し、レ級エリートへと接近。

 主砲に高速で装填すると同時に、主砲にも力が集中し、意図せずして主砲の強撃をぶっ放す。大和型に迫る程の衝撃音が響き、それまで以上の速さでレ級エリートへと弾丸が迫るが、紙一重でそれを回避した。

 だが弾丸の勢いはレ級エリートの髪や肌を焼き焦がし、背後で発生した爆風を背に受けながら、「ヘエ?」とそっと髪と肌を撫でながら興味深そうな眼差しで山城を見つめる。

 今の山城の形相はまさに鬼の如く。彼女の憤怒に反応して両目から蒼い燐光を放つそれは、まるで敵対している存在のようだ。怒りによって堕ちる、それを本人が自覚している様子もなく、日向が「落ち着け山城!? 飲み込まれるぞ!?」と叫ぶ声にも耳を貸さない。

 

「ハハハハ! 言葉ダケ聞ケバ、山城、オマエ立派ニコッチ側ダァ。素質、アルヨ、ウン。山城ノ堕チタモデル、イイ働キトカ性能ヲ秘メタ兵器ニナリソウダナア?」

「戯言を……!」

 

 ぎりっと噛みしめた唇から血が流れ落ちる。まさに怒髪天を衝く山城を嘲笑するように、カタカタと艤装が歯を打ち鳴らし、レ級エリートが照準を合わせるように手を揺らめかせていると、高速で飛来してきたものがレ級エリートを貫いた。

 赤い粒子が流星の如く軌跡を描きながら、艤装の主砲ごとレ級エリートを貫く砲弾。少し遅れて爆発を起こしたレ級エリートの主砲と、自分の身体を貫いた砲弾の痛みを感じ取ったレ級エリートは、小さく呻き声を漏らしながらも、その顔から笑みは消えない。

 

「ヘエ……? ヤッテクレルナア、大和……! ソノ撃チ様、オマエモ明ラカニ艦娘ノモノジャアナイ。コッチ側ダァ」

 

 無言でレ級エリートを見つめるその瞳孔は小さく、静かに燐光を輝かせる大和は、明らかに山城と同じく怒髪天を衝いている。その隙をついて空母棲姫が大和へと攻撃を仕掛けようとしているが、那珂たち佐世保一水戦がそれを阻止するべく動いていた。

 彼女たちが空母棲姫の邪魔をしていたからこそ、大和はレ級エリートへと奇襲を仕掛けられた。もちろん佐世保一水戦もただ邪魔しているだけでは終わらない。彼女たちにも一水戦としての意地がある。

 魚雷の強撃を撃ち出し、空母棲姫へと大きなダメージを与えているのだ。先ほどの木曾の一撃は回避されたが、空母棲姫の動きを何度も見ることで予測がつきやすくなり、誘導するように攻撃を仕掛け、強撃を当てることができるようになっている。

 少しずつ追い込まれていることを実感しはじめた空母棲姫は、苛立ちを隠さなくなってきている。自分の獲物である大和に有効打を与えられず、状況が不利になっていくことなど、耐えられないといった様子だった。

 そんな中、一つの艦載機が戦場上空にやってくる。それは赤い粒子を纏ったものであり、最初に空母棲姫が声を届けたものと似ているものだった。

 

「――作戦終了だ、みんな。帰還を」

 

 聞こえてきたのは、男性とも女性とも判別つかない、加工されたものだった。明らかに声の主を判別させない意図が見える。だがその声に空母棲姫やレ級エリート、そして深海霧島と量産型の深海棲艦が反応する。

 

「賞賛しよう、呉と佐世保の艦娘たち。僕の作戦が潰された。実に残念だよ。こうまで時間を取られ、被害を出されては撤退せざるを得ない。主がここにいないのに、よくぞここまで戦えたものだね」

 

 声が語る中で、レ級エリートは最後に大和や山城などを一瞥すると、我先にと海中へと身を沈める。レ級エリートに追従していた深海棲艦もそれに続き、深海霧島もまた、身体を庇いながら「……デハ、マタドコカデ会イマショウ。良イデータノ提供ニハ、感謝シマスヨ」と言い残して撤退した。

 どうやら神通たちにやられたようで、撃沈はされなかったものの多大なダメージを受けたようだ。深海武蔵を早々にやられたことで、呉一水戦全員で戦ったことにより、あと一歩ほどまで追い込まれたらしい。

 それでも、ウェーク島よりも明らかに強化されている攻撃の比較データは十分に取ったらしく、その点だけを勝ちの要素として言い残していくあたり、負けず嫌いな点が見え隠れする。

 

「赤城、気持ちはわかるけれど撤退を。今回はそれまでにしておくんだね」

「……ッ、御意……!」

 

 一礼した空母棲姫もまた護衛の深海棲艦と共に海中へと消えていく。全ての深海棲艦が撤退してもなお、謎の声を届ける敵艦載機は上空に残ったままだ。

 その艦載機はゆっくりと大和の上へと近づき、「艦娘に転じてもなお、名残は残っているものと思っていたけれど。うん、名残という程のものでは収まらないね、それ」と興味深そうに大和を見つめている。

 それを受けても大和は落ち着いており、じっと見上げながら、

 

「あなたが中部でしょうか?」

「そうだね。君が殺したいと思い描いている存在だよ」

 

 じろりと睨みつけながら、手持ち無沙汰に両手で傘の柄をくるくると回し続ける。怒りのあまりにあの艦載機を撃ち落としたくなる衝動に駆られているが、中部提督がわざわざこうして話しかけてきたのだ。

 深海提督がこうして存在を示してきたのだから、話す機会を自分からなくす必要もないだろう。だからこそ、大和はその理由を問いかける。

 

「何故わざわざこうして出てきたのでしょう? 存在を示すメリットがあなたにあると?」

「単に挨拶と礼をしたいだけさ。僕としてはこの作戦の成否で運命が変わりそうなものだったからね。結果的に作戦は失敗した。しかし、得たものがある。その礼だよ」

 

 と、艦載機がじっと大和を見下ろしているかのように、先端を少し下げてきた。

 

「転じた存在が、再びその力を振るうケース。そう見られるものではない。そしてもう一つ、呉の長門を落としたこと。この二つの件に対し、僕はこうして存在を示し、礼を示すのさ」

「……やはり、目障りだったようですね? 私をこのようにした元凶が」

「当然だよ。ただでさえあり得ざることと考えていたものだというのに、それがまさかこのような力を振るうなんて。そんなケースをこれ以上増やすわけにはいかない。だが、ある意味希望を見いだせる。……大和、君が再び転じるようなことがあれば、僕たちの勝利は近づくだろう」

「それはない。こうはなっているけれど、すこぶる私は冷静ですよ。今でさえ、あなたを落としたい気持ちに溢れているけれど、こうして抑え込めている。私はそちらには付かない。いつか……貴様の首を取る。覚えておきなさい」

「残念だ。しかしそれでこそ君らしい気もする。今回のことで僕の存在が許されることがあれば、いずれまた会おう」

 

 そう言い残して飛び去るのかと思いきや「――ああ、そうだ」と何かを思い出したかのように振り返ってくる。その仕草に大和は首を傾げ、神通は目を細め、佐世保の那珂や羽黒がはっとしたような顔を浮かべる。

 

「――それと海藤凪と湊によろしく言っておいてくれるかい? 僕としては、その二人に対してもきちんと礼がしたいものでね。去年からのことを考えると、どうやらこの先も縁が続きそうな予感がするからね」

「……そうですね。貴様を潰す提督はあの二人となる。私もそうありたいものですから、伝えておきましょう」

「感謝するよ。良いデータが取れたことにもね。これを活かし、再び君たちの前に現れるとしよう」

 

 今度こそ艦載機は勢いをつけて海中へと飛び込み、消えていった。残ったのは疲労困憊の艦娘たちと、長門を喪ったことに悲しみを浮かべる艦娘たち。

 日本を守ることには成功した。しかし、代償として喪ったものが大きすぎる。呉鎮守府にとっては、凪がついてから再建した艦隊のトップに立ち、艦娘たちを見守り、導いてくれた偉大な先達が喪われたのだ。その悲しみの度合いは計り知れない。

 大和もまた静かに両手で弄っていた傘を下ろし、これまで静かな怒りを燃やしていたものを、この一瞬だけ解放する。言葉にならない声がその口から吐き出され、勢いよく傘を海へと叩きつけた。

 立ち昇る巨大な水柱が、どれだけ彼女の感情と気持ちの大きさがあったのかを表している。怒りと同時に、悲しみが、悔しさが、やるせなさが押し寄せてくる。それ以上に、色々伝えられなかったことや、どうして守れなかったのかという後悔も溢れて止まらない。

 それが今もなお灯り続けている赤い燐光の下から、熱い雫となって流れ落ちる。

 

「――く、ぁ……ぁあああ……!!」

 

 怒りの叫びは慟哭に変わり、こんなにも、こんなにも苦しい感情があるのかと、大和は膝を折り、今まで見せたことがない程に感情をあらわにしていた。先ほどの一撃で折れてしまった傘を投げ、行き場のない拳を何度も、何度も海へと叩きつける。

 あの大和が、これほどまでに長門の死を悲しんでいる。その姿に、また艦娘たちも悲しみを深めるが、大和の慟哭に反応して高速で近づいた神通が、大和の手を止めた。

 

「それ以上はいけません。お気持ちはわかりますが、これ以上手を痛めることもないでしょう。……ですが、そうして声を上げることは、許してくれるでしょう。それほどまで、あなたがあの人のことを想っていた証ですから」

 

 神通もまた長門の死を悼み、悲しんでいるが、それでも彼女は気丈だった。大和の頭を抱きしめ、胸で泣かせてやるが、その神通の顔には涙はない。堪えるように苦し気な表情を浮かべて、声にならない声を小さく漏らしているだけだ。

 長門が落ちた今、呉の艦娘の序列でいえば神通が最も高い位置にいる。そんな彼女が、大和のように声を上げて悲しみをあらわにすれば、まとまるものもまとまらない。だから大和を胸元で泣かせ、自分もまた静かに長門の死を悼む。そうするだけに留めていた。

 大和もそんな神通の気持ちを汲み、先ほどよりも落ち着いた声で、しかし涙を流して悲しむ。こんなにも、こんなにも自分が誰かの死を悲しむなど、誰かの胸で泣くなど、考えたこともなかった。

 神通の言葉で、頭の中では冷静さを取り戻したかもしれない。しかし体はまだ、彼女の死を悲しみ続けている。そっと神通の体を引き離したい気持ちはあったが、何故だろうか。今はその温かさに包まれていたい気持ちがあった。

 

「…………ごめんなさい、神通。あなたの方が、悲しみは深いでしょう。私のために、いえ、立場のために泣けずにいる優しいあなた。……本当に、申し訳ないのですが、もう少し胸を借りても?」

「ええ、かまいませんよ。あなたもまた、それほどまでに感情をむき出しにするのは初めてのことでしょう。それを咎める人はここにはいません。存分に、吐き出してください」

「……ごめんなさい」

 

 こうまで感情が抑えきれないなんて、どうかしている。こんな自分はもはや「兵器」ではない。心無い道具、敵を討つためだけに運用される「兵器」であるはずがない。

 ああ、自分はこんなにも変わってしまった。

 大和ははっきりと自覚する。喪って思い知らされる。

 大切な戦友を喪う悲しみと、あんなにも輝いて見えたこれまでの日々に対する喜びがあったことを。

 人類を滅ぼす「兵器」にして「怪物」である深海棲艦に似た力を、怒りのあまり再現してしまったとしても、心はこんなにも「人」になっていた。

 もう否定することはない。

 呉の大和は「兵器」ではなく一人の「艦娘(ひと)」として在る。

 ならばこそ、決意を固めよう。

 いずれ中部提督と中部の赤城、そしてレ級エリートに引導を渡してやるのだと。この悲しみと痛みを胸に刻み付け、絶対に果たす想いとして噛みしめるのだった。

 


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