拠点へと戻ってきた中部提督は、今回の戦いにおける労いを、深海棲艦たちへと行った。日本の大本営を落とすことには失敗したが、しかし重要な目的の一つは達成できた。その証である、呉の長門の亡骸を改めて確認する。
もう動くことがない艦娘の長門。それを見下ろす中部提督の眼差しは、どこか期待が込められているように見える。それを見たアンノウンは目を細め、
「何ヲ考エテイル?」
「いやなに、改めて考えていたのさ。どうして呉の長門が深海棲艦を浄化できる力を持っていたのかをね」
そう言いながら屈みこみ、そっと亡骸に触れてみる。しかし長門は動くことはないし、浄化できる力とやらも感じない。だがデータが証明している。ウェーク島での戦いにおいて、長門は確かに何らかの力を秘めており、発揮していたことを。
その力の源は何だったのだろうか。死んでしまった今では何もわからない。こうして呉の長門は落としたが、もし他の艦娘にもそれが現れたらどうするのか。その懸念をするのは自然なことだろう。
そう思っていたのだが、うっすらと何らかの力を感じ取る。その力のありかを探るために長門の亡骸の上を滑るように手を動かしていると、長門の胸元にそれを感じ取った。触れようとすると、バチっと電気で弾かれたように手を離してしまう。
「……これは?」
浄化の力に近い、聖なる力が中部提督を弾いたらしい。浄化の力そのものか、別の何かはわからないが、こんなものが死んだ長門から感じられるとはどういうことだろうか。興味本位でもう一度触れようとするが、やはり同じように弾かれる。
アンノウンも真似をするように勢いをつけて、力のありかへと手を伸ばすのだが、カウンターを決められたかのように、勢いよく弾かれた。
「何かが守っているかのようだね。実に興味深い。今となっては浄化の力を究明することはできないと思っていたのに、こんな置き土産があるとは。最後まで心を躍らせてくれる」
「キキ、サスガ元技術職。ヤッパリアンタハ提督トイウヨリ、技術屋ダア。ドコマデイッテモ、ソウイウコトバカリ気ニシヤガル。ダカラコソ、ボクヲ多少マトモニシテクレヤガッタ。頭スットバシタママノ方ガヨカッタノニサア?」
「今でもすっ飛んでると思うけれどね?」
その返しに、ハッと乾いた笑いを浮かべる。で? とアンノウンは長門を足蹴にして「コイツ、ドウスンノ?」と改めて問いかける。
「決まっている。向こうは僕の大和を味方に引き入れたんだ。ならば、僕もまた向こうの長門をこちらに引き入れさせてもらうだけさ。より強い戦艦、それが今必要な存在だ。どうやら南方が生み出した武蔵モデルは、簡単に攻略される存在となってしまったようだからね」
本土防衛戦において呉の一水戦はいとも簡単に深海武蔵を撃破してみせ、深海霧島も追い込んでいる。それには魚雷の強撃を上手く扱えていることが鍵のようだが、しかしソロモン海においてあれだけ戦ってみせた戦艦棲姫が、ウェーク島での戦いを経て、今回で容易な攻略対象に格下げともなれば、新たなる戦艦タイプを考案する必要が出てくるのは自然なことだろう。
その核となるのがこの呉の長門だ。幾たびの戦いにおいて簡単に沈まず、誇り高い精神を以ってして戦いを進めてきた長門。その耐久力と指揮力、そして戦闘力を中部提督は高く評価している。
深海棲艦を浄化する力を発現したことで抹殺対象になりはしたが、しかし純粋な長門としての個人で見れば、素晴らしい存在だと認めている。だからこそその敬意を表し、素晴らしい深海棲艦として生まれ変わらせるのだ。
「長門を工廠へ。改めてデータを解析し、新たなる戦艦モデルのプランを組み立てるとしよう。僕らを弾いたものが何かも、合わせて解明するよ」
長門を運び出すことを指示すると、ああ、と思い出したように「それと、他の艦娘も運び入れて。艦種ごとに分けて保管を」と、ミッドウェーからも運んできた艦娘の亡骸も運び入れるように指示した。
イースタン島では佐世保の由良など、そして三宅島近海では長門だけでなく、大本営の艦娘が多数轟沈している。その全ての亡骸は回収されており、ここに運び込まれた。
その作業の中で、空母棲姫……中部の赤城が中部提督へと駆け寄る。
「提督……私ニ更ナル強化ヲ……!」
「おいおい赤城、また力を求めるのかい? 量産型からそれへと強化をしたばかりじゃないか」
「足リナイ。アノ大和ハ、以前ヨリ更ニ力ヲツケテイタ。シカモ、戦イノ中デ、更ナル成長ヲシテイタ! ワカラナイ、私ニハワカラナイ……! ドウシテアンナ風ニ成長デキルノカ……!」
「……赤城、それが意思の力だよ。あの大和は怒りによってあの力を振るった。長門を喪うことによる怒り、悲しみ、それらからあれが生まれた。僕らの作戦が大和を一時的に強くさせ、もしかするとそれを定着させたのだろうけど、だが関係ない。赤城、あの大和から学ぶといい」
赤城をたしなめるようにその肩へと手を置き、じっと彼女を見据える。聞き分けのない子供に叱るように、教えるように中部提督は優しく語りかけていく
「ただ外から強くさせるばかりではない。自分の中から力を作ることもまた大切なことだよ。あの大和にはそれができている。僕の手から生まれ落ち、艦娘に転じてもなおあれはそうして成長している。ならば同じく僕の手から生まれた君ができないはずがない。……学びなさい、赤城。君の中に蓄えられている力が、きっと目覚めの時を待っているはずだよ」
赤城と目を合わせ、そう語りかけると、赤城の目が赤やオレンジに明滅する。それは思考している暗示なのだろうか。しばらく固まっていた赤城だったが、「……ワカッタ」と頷いた。それにうん、と頷いた中部提督は工廠の方へと足を進ませる。
そして全てを見守っていたアンノウンは興味深そうに目を細め、「フゥン……」と腕を組む。ふぅ、と息をつけば、どこからか小さく音が聞こえてくる。
一定のリズムで聞こえてくるそれは、鐘のようなチャイムのような音だった。少しずつ大きくなっていくそれは、中部提督の耳には届かない。しかし赤城はその音に反応して顔を上げる。
また両目の赤が明滅する。チャイムの音に合わせ、一回、二回と明滅するそれは、まるで音と光が同調しているかのようだ。やがてチャイムの音がやむと、だらんと赤城の両手が力なく下ろされる。
一歩、また一歩とゆっくり中部提督の背後に近づいていき、
「――――ッ、ぐっ……!?」
その首を掴まれ、勢いよく床に叩きつけられた。顔面を強打されたことで怯んだ中部提督は、一体何が起きているのか理解できなかった。もう一度床へと顔を叩きつけられ、そして仰向けへと転がされたとき、自分を攻撃しているのが赤城だと気づく。
だがその様子が明らかにおかしい。いつも以上に深紅に光る瞳。赤い燐光はない、ただ純粋にその目が赤いのだ。元より感情が薄く、表したとしても怒りに連結する一面ばかりが目立つ赤城だったが、今の彼女は何もない。
虚無を顔に貼り付けたまま、じっと中部提督を見下ろしている。それがひどく不気味だった。
仰向けにした中部提督の首を絞めるように、ゆっくりと手に力が込められていく。それを引き剥がそうにも、深海提督へと堕ちてもなお、その力は人間の頃とあまり変わらない。しかし相手は違う。人智を超えた海の怪物であり、兵器だ。元から持っている地力が違う。振り払おうとしてもびくともしない。
視線を逸らせば、じっとアンノウンが成り行きを見守っている。その表情もまた虚無であり、先ほどまで浮かべていた笑顔がどこにもない。
「何……の、真似……かな……?」
「………………」
何とか声を絞り出して問いかけても、言葉は返ってこない。アンノウンも何も言わない。
だが、何かが聞こえてくる。
チャイムのような音だ。先ほどは聞こえなかったそれが、中部提督の耳にも小さく届いた。このチャイムの音に関することを、確か耳にしたことがある気がした。
深海勢力の中で、提督や深海棲艦が、何かの拍子にその音を聞いたことがあると。そうすることでより深海棲艦としての力が高められるのだと。
それは啓示である。
深海棲艦を生み出した何者かによる啓示に違いないと、いつかの誰かがそう記録に残したらしい。
だがその音はめったに聞けるものではなく、深海勢力の間でも眉唾の噂話としても語られている。
(これがそうなのだとすれば……そうか。赤城、君が僕を滅するのだね)
どうやら南西提督のように、何者かの力によって消滅させるのではなく、赤城の手を以ってして処分を下すのだろう。何とも小憎らしい処分方法だ。よもや秘書艦によってこの世から再び別れを告げられようとは。
やはり日本の大本営を落とせなかったことが大きかったのだろう。長門のことなど、色々気になることはまだたくさんあったというのに、歩みはここで終わるのか、と中部提督は諦めて力を抜く。
そういえばと思い出した。戦いを始める前、北方提督に訊いたのだった。
深海提督は深海棲艦から生まれるのかどうか。三笠である北方提督のようなケースはあったのかと。答えとしては彼女から見てないらしいが、可能性はある。もしここで自分が死んだら、中部提督の座はこの赤城が引き継ぐのだろうか。
そう考えていると、気のせいか力が弱まり、締めている手が震えているような気がした。
目を開けば、無表情な赤城が、何かを言おうとしているように唇を震わせている気がする。どうしたのかと思っていると、アンノウンがそっと近づき、赤城の顔を覗き込むように屈んできた。
震える唇と手、そして体。明らかに躊躇いが見て取れる。数秒アンノウンがそれを観察していると、「――そう、できない 」と、今までにないほどに流暢な言葉が出てきた。
一度チャイムが鳴れば、力を失ったかのように中部提督へと倒れてくる。咄嗟にその体を抱き留め、何度も咳き込んでしまう。しかしよくよく考えれば自分は死んだ身だし、ここは海底だ。人間のように首を絞められて、どうしてこんなにも苦しくなったのだろう、と根本的な疑問が浮かんでしまうが、それよりも大きな疑問がある。
じっと中部提督を見下ろすアンノウンは、今までのような雰囲気を全く感じない。そっと赤城を横たえ、震えながら立ち上がる。
「……君は、誰だい?」
「 なるほど、そうした疑問はある 」
と、小首を傾げるその様はアンノウンらしいが、しかし表情だけは真顔のままだ。じっとつぶらな瞳が中部提督を見上げ、
「 そう、
無機質に、淡々とそう言葉を紡いだ。その言葉に中部提督は目を見開き、自然とまた体が震え始める。それは恐怖によるものか、あるいは未知との遭遇に興奮しているのか、それは彼にもわからなかった。
ただその得体の知れない存在を前に、一つの生命として震えが先にきてしまったのだ。
「 赤城は、其方を殺せなかった。それは、その個体が其方に対し、何らかの感情を有していたからか 」
「……もしかして、試したのですか? 僕を、赤城を」
「 試す? そう、試したと取るか、ヒトよ 」
反対側にまた首を傾げ、小さく目を細めた。まるで何を言っているのだ、と鼻で笑うかのようだったが、実際にその笑いがその小さな体から出ることはない。
「 吾は促し、赤城はそれに乗った。深海が元来有する力、怨嗟や憎悪に去来する原動力。それからは、どの個体も逃れられない 」
「赤城は僕の言葉に反発心があったと?」
だがわからなくはない。一応納得はしたけれど、それでも赤城が力をすぐにでも求めている気持ちは本当だ。そうした小さなしこりを増幅させたというのだろうか。するとまたチャイムが一つ鳴り、アンノウンにいる何かはゆっくりと両手を広げる。
「 意思の力。ヒトが語るその力。吾にとって不要なるもの。怪物に、兵器に、それらは搭載する必要なし。しかし、そこなる赤城は意思で抗った。衝動を振り払い、其方を殺さなかった 」
「……やはり試したんじゃないんですか? 赤城が僕を殺せるかどうかを。それで僕のこれからを決めようと、そうなんですね?」
「 三笠らは、其方に対してそれぞれ違った考えを有する。吾も然り、赤城も然り。あれより陳情は耳にしたが、今回の一件においては、赤城より手を下すものとした 」
陳情? と疑問に思ったが、もしかすると欧州提督あたりから聞いたのだろうか。彼女は中部提督に対して良くない感情があったものと捉えている。それらを踏まえた上で、赤城の手によって処分されるか否かを決めたのだろうか。
それから逃れられたのならば、今回の処分に関しては先送りされた、そう判断していいのだろうか。中部提督は目の前のものに対して、油断なく見据え、考える。
そんな彼の感情を知ってか知らずか、代わり映えのしない表情のまま、アンノウンの瞳は工廠へと移る。
「 ヒトよ。其方の手によって、深海が強化されたという点においては、評価されよう。今までになかった歯車、それは間違いなく上手く回っている。赤城の手で消えなかったのであれば、其方の歯車は、まだしばらく回り続けよう 」
「ありがとうございます」
「 ヒトよ、未だ
「…………ええ。僕は静かに時を過ごしたい。昔も今も、それは変わることはない」
「 ヒトよ、
自分だけの時間を作り、その中で暮らし続ける。それが彼にとっての
そうした考え、認識のすり合わせができないのであれば、やはり自分とこの存在は、決定的には相入れない存在なのかもしれない。そう考えて、中部提督は感情を消した。
「ないのであれば、作るだけでしょう。
「 そうか。それがヒトか。与えられるのではなく、作るもの。なるほど、確かにヒトらしい。特に其方はそれが強い。だからこそ其方を、気まぐれにあそこで命を与えた 」
はっきりと言った。やはりこの存在が、自分に第二の人生を与えたのだ。
ならばと、問いたい。
「そんなあなたは、誰なのですか? 深海棲艦を生み出し、僕たちに命を与えたあなたは」
「――――名乗る名はない。それはヒトが決めるもの。いつの時代も、ヒトが吾らに名を与えよう 」
それより、とそれはまた首を傾げる。「 名、其方は、誰であったか? 」と、今更ながら問いかけてきた。やはり、この存在とは相入れそうにないと再確認しながら、ずっと名乗らなかったその名を告げる。
「僕は、美空星司ですよ」
その言葉に、それはただ一言「 そうか 」と頷くだけだ。名前など大して意味はないものだと、さらりと流しつつ、一歩下がって肩を竦める。
「 此度は、其方の命は繋がれた。しかし、不必要なものとなれば、破棄されよう。あれのように 」
「……南西のように、ですか?」
輸送だけに終始したことで、消滅させられた南西提督のことを挙げたのだが、何を言っているのだ? とそれは真顔のままだ。そのことに、中部提督が首を傾げることになる。
「 此度のことは、所謂世代交代。不要なものを破棄し、新たなるものを据える。
その言葉を最後に、一際大きくチャイムが鳴らされ、アンノウンの目が閉じる。少し間をおいてゆっくり開かれれば、静かにその目から赤い燐光が灯り、首に手を当てて何度か音を鳴らすように左右に振り始めた。
「……ァー、アー、アーアー……マッタクサア、突然ダヨネエ?」
「…………アンノウンでいいんだね?」
「近クニイル頭ガスットンデル個体ニサア……アー、あー……嗚呼、気軽にほいほいと乗り移られてもさあ、ボクとしても困るわけだ。そう思わないかい?」
首を鳴らし、喉の調子を確かめるように、合間で声出しをしていると、不意に淀みなく言葉が紡がれだし、不敵に横目で流しながら見上げてくるアンノウンに、中部提督、美空星司は、知らず冷や汗を流す。
その様子にアンノウンも笑みを深くして、「どうしたんだい?」と問いかける。
「いいや、急に流暢になれば驚くものだろう?」
「そうだろうねえ。でも、実際にさっきまでこういう風に喋ることができていたわけだ。なら、それに倣えばなんてことはない。そうだろう? こういう風にできるのも、あんたがボクを上手く調整してくれた成果だ。誇りなよ、自分の実績をさあ? あんたは自分が思っているより、十分腕のある技術屋さあ。つーか、ぶっ飛んでたボクをまともに見せるように仕上げたってのも、それはそれは誇れる実績の一つだろうにさあ。キッキッキ」
流暢に喋りだしてもなお、色々と相手を煽りそうなトーンで喋ることに変わりがない。だがそれでも少なからずアンノウンからは、純粋に星司を尊敬するような雰囲気がある気がする。
色々とアンノウンに関してはわからないことが多いのは確かだが、彼女のその気持ちに関しては疑わなくてもいいのだろうか。
「しかしかの神の裁定を生き延びたってのはいいよねえ。何だかんだで、赤城とは確かな繋がりがあったわけだ。うん、ボクにはよくわからないけど、あんたの思想ってのはあながち間違ってはいなかった。それもまた、褒められるべきだ。どうやら、裁定によって落ちた奴もいるわけだしねえ」
「……それなんだけど、誰が裁定とやらを? それに、かの神って……やっぱりあれは神だと?」
「『かの神』なんて言っちゃあいるけど、ボクらにだって詳しくは知らないさ。そして誰が裁定を受けたかについては、たぶんそろそろ答えが向こうからくるだろうさ」
その予測に外れなし。どこからか通信が繋げられる。
ボタンを押してモニターに映像を映してみると、そこにはでかでかと何かが覆いかぶさっているようだった。カメラとの距離感を誤っているというよりも、誰かが力なく倒れ伏しているように見える。
何かが擦れるような音がする。よく見ると刃が抜けていくかのようだった。ずいっとそれがカメラから離されると、星司ははっとした顔を浮かべる。
「南方……!?」
胸を貫かれていたらしいそれは、南方提督だった。その瞳からは光がすでに消えており、死んでいるというのは明白だった。まさか、彼が裁定とやらを受け、処分されたというのだろうか。
しかし一体誰がそんなことをしたのだろうか。その疑問もすぐに明らかになる。
「――処分、完了シマシタ。記憶、記録、全テ吸収完了。不必要ナモノハ削除シ、必要ナモノヲ残シマショウ」
それは上から下まで真っ白な少女だった。中間棲姫のようなドレスを身に着け、ふわりと波打つ裾が美しい。首元にはちぎれた鎖があり、左腕から伸びていた刃は変化し、白と対照的な黒一色に、所々赤いラインが無数に伸びている。そして手もまた黒く細長くなっており、その間にはまるで魚のヒレがついたようなものになっている。
肩近くで揃えられた白い横髪に、後ろはゴムで一房まとめられた髪型だ。額近くから二本の短い角が生え、静かに赤い燐光を放つ赤い瞳が、モニター越しにじっと星司を見つめている。
このような深海棲艦は星司も見たことがない。深海棲艦のデータ内にも存在していない、全く新しい個体だった。
「君は誰だい?」
「私、私ハ……エエ、記憶ニヨレバ、ソウ――――私は、吹雪。ラバウルの吹雪。そして、天龍としての力もある」
と、自らの左腕を見つめながら、彼女はそう名乗った。そのことにアンノウンが思い出したかのように息をつく。とんとん、とこめかみを叩きながら興味深そうな眼差しを向けるアンノウンに、「覚えが?」と星司が問うと、
「覚えている。ボクが沈めた吹雪と天龍だろう。そう、南方に引き取られたわけだ。で、そんな吹雪が、南方を殺ったと」
天龍の艤装の一つである剣は、吹雪が南方提督に回収される際に、すでに吹雪の左腕と一体化、吸収されようとしていた。元より二人の亡骸は重なり合っており、深海の力の影響か、どちらの身体も吸収されてもおかしくない状態にあった。
結果的に吹雪の体に天龍が艤装も含めて吸収され、あのような深海化を果たしたと思われる。
「この男は不必要な存在となった。だから私が処分を下すこととなりました」
「そう、で、その後は? 南方提督が消えて、どうなるんだい?」
「決まっています。その座は、私が引き継ぐ」
倒れ伏し、消えていく南方提督からフード付きのマントを拾い上げ、深海吹雪は勢いをつけてそれを纏った。刃によって貫かれた箇所は、すでに粒子によって修復されていた。白い体に、深海らしい紺色が重ね合わされる。
フードを被ることなく、その顔をあらわにしたまま、深海吹雪は星司とアンノウン、そして背後で成り行きを見守っていたらしい、一部の南方の深海棲艦に向けて宣言した。
「これよりソロモン海は私の管轄下に置きます。しばらくは記録の確認が主となるでしょうが、中部先輩、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます。ぜひ、あなたのお力添えの下、改めて南方勢力を拡大させてください」
「……これはご丁寧な挨拶をありがとう。しかし僕でいいのかい?」
「ご謙遜を。先代はあなたが気に食わない存在として見ていましたが、記録を軽く見る限りでもわかります。あなたは深海勢力にとって、都合の良い存在であると。様々な発展に貢献してきた存在であるならば、良いお付き合いをすることこそ、私たちにメリットがありましょう」
「言うねえ。都合の良い存在か、まあ、うん、そうだろうね」
だからこそかの神とやらも、単に処分するのではなく、赤城の意思が介入できる余地を与えたのだろう。自分は生かされたのであれば、もしかするとこの深海吹雪が導く新たなる南方勢力を再建することも、想定された未来の一つなのかもしれない。
それに大人しく従うのは癪かもしれないが、しかし自分の最終目的である落ち着いた時間を過ごせる場所の確保のためにも、この戦いは早く終わらせておきたい。そのためには味方が必要だ。
先代となってしまった南方提督は、利用し利用されるだけの間柄に終始したが、果たしてこの深海吹雪はどうだろうか。人が変わってもその関係は変わらないのか、あるいは信頼できる味方勢力として付き合えるか。
彼女との繋がりを断ち切るのは簡単だ。しかし、何もしないままにそうするのもあまりメリットを感じない。しばらくは様子見として、とりあえずのお付き合い、お友達から始めてみるのがいいだろう。
そう判断し、星司は小さく頷いた。
「いいよ、吹雪。新たなる南方提督の就任を祝いましょう。僕に協力できることがあれば、協力しよう」
「感謝します、中部先輩。以後、よろしくお願いいたします」
かの神の言う世代交代、それが行われた瞬間を図らずも見届けてしまった星司。そして同時に、三笠の北方提督と、恐らく欧州提督以来の、人ではなく艦の過去を持つ深海提督。それも深海棲艦からではなく、艦娘から転じたタイプの深海提督の誕生でもある。
ある意味深海勢力の歴史がまた一つ変わった瞬間と言える。
日本海軍としても色々あったが、深海勢力もまた大きな変化が起きたミッドウェー海戦は、これにて幕を閉じる。
次は果たしてどうなるのか、それは一つの大きな計画を終えた星司たちにもわからない。
しばらくは小さく動くことになるだろう、そう推測するだけに留めておくのだった。
これにて6章終了となります。
この作品を始めるにあたり、ここで長門の脱落は最初から考えていました。
加えて翔鶴もどこかで落ちることも考えていました。
ただどこまで犠牲を出すか、出さざるべきかについては、悩ましい問題でした。
犠牲多数ルートか、抑えた上で何か後に繋げるものを出すかを考えていたところ、色々あって時間が経ちすぎてしまいました。
そして今年に入り、またプライベート関係の事情が変化してきました。
しかし時間が取れたことでようやく構想がある程度まとまり、書くことができました。
待っていた方がいらっしゃれば、申し訳ありませんでした。
長門と翔鶴が何故落ちることが予定されていたか、ある程度当時のイベを知っている方がいれば、想像はつくかもしれません。
深海提督についても、今回で色々明かされることとなりました。
中部の中の人はもしかすると想像できた人は多かったかもしれません。
最後に出てきた吹雪のモデルはアレです。
次は14秋となります。
舞台は再び南方方面となるでしょう。
今回もそうですが、基本的にある程度執筆してから、微修正をかけて投稿していくスタイルをとっております。
また期間が空いてしまうかもしれませんが、投稿を始めたら連続して投稿されるかもしれません。
また投稿されたら、次の章ができたんだなと捉えていただければと思います。
復帰してからまた多くの方に見ていただけるようになったこと、喜ばしく思います。
感想などいただければ、モチベーションにつながります。
これからも拙作をよろしくお願いします。