呉鎮守府より   作:流星彗

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改装

 

「あれから半月が経過したけど、提督業はどうかしら?」

 

 その日、珍しい相手からテレビ電話がかかってきた。

 大本営にいる美空大将である。

 思わず立ち上がって敬礼をしてしまう凪に、「座って結構」と促されて着席した後、あのような質問をしてきたのだ。

 

「特に問題はないですね。日々研鑽、そして遠征ですよ」

「そう、それならば良い。貴様からの報告書からも、問題はないように窺える。だが、海の変化はあるようね?」

「はい。瀬戸内海において重巡リ級が度々目撃されています。撃沈はしておりますが、このままですと、そろそろ戦艦ル級や空母ヲ級も確認されそうな気配がしますね」

「その予感は正しいわ。先兵を送り込んだ後、奴らは大型艦も次第に投入してくる。艦娘の気配を辿るそれは、虎視眈々と獲物を狙う獣の如く、よ。……そんな貴様に、一つ情報をくれてやろう」

 

 そう言うと、画面の向こうでパソコンを操作し始めた。煙管を吹かしながら、軽快にキーボード操作をする妙齢の女性。その手つきは中々手慣れたものだった。何だか様になっている。

 やがて凪のパソコンにメールが届いた。送り主は美空大将。

 それを開けてみると、いくつかのファイルが送付されている。一つ、一つ開けていくと、日本を中心とした海図に印が複数、海につけられている。

 そして印についての情報がもう一つのファイルに纏められていた。

 

「貴様は鬼や姫についてはアカデミーで学んでいるな?」

「はい。近年確認され始めた深海棲艦の新たなる存在、ですね?」

「そうだ。見ての通り、このように出現が確認されているわ」

 

 その日付はこの一年の間でのものだった。それが十前後つけられているのだ。

 深海棲艦はいろは歌に合わせて呼称が振り分けられている。だが、そのいろは歌に当てはまらないものが存在する。

 それが深海棲艦の中でも特に強力な力を備えた存在。これらを新たに鬼、姫の種類として当てはめられた。

 現在それが確認されているのは、泊地、装甲空母、そして南方である。

 この海図の中では南方はいないが、泊地、装甲空母については記されていた。

 佐世保から西や、太平洋では装甲空母、それ以外の海域で点々と泊地が確認されているらしい。

 

「特に泊地に関してはひっそりと前線基地を築くかのように、いつの間にかそこにいるわ。共通の前触れとして、周囲の海域で深海棲艦が活発になっているようだ、という報告が挙がっているわ。獲物を探すかのように、あるいは奴が来る準備を整えるかのように」

 

 煙管を手にし、立ち上る煙を操作するようにそれを動かす。一点を中心に、まるで円を描くように煙がゆらゆらと動いていく。

 

「そうして艦娘らの状況や、港の状況を把握し終えると、いよいよ泊地のお出ましだ。そこから一気に深海棲艦を送り込み、港や鎮守府を襲撃する。それが今まで確認された泊地のやり方よ」

「先手を取られ続けているのですか? 前触れがあったのに?」

「前触れを前触れと思っていなかった、とでも言うのかしらね。確かに深海棲艦が増えている、と彼らは考えたようだけど、それをただ獲物が増えたと認識しているのが多かった。あれらにとって、深海棲艦とは戦果を挙げるための糧でしかない。どれだけ多くの敵を沈め、どれだけの戦果を挙げられるか。いくらでも湧いてくる深海棲艦は、自分の価値を高めるには都合のいい狩りの獲物なのよ。今日は何をどれくらい狩りました、と胡麻をすりながら上へと報告する姿は情けないったらないわね」

 

 これもまたエリート思考になった卒業生という結果なのだろう。上に取り入るために深海棲艦を沈める。本来ならば国を守るために戦うはずが、どうしてこうも歪んだのだろうか。

 とはいえ、彼らもまた目的は違えど、確かに艦娘らを強くさせ、敵を沈めている。それが国を守る事に繋がっているのだから、責められる謂れはない。そして何だかんだで彼らはきちんとその泊地を撃滅しているのだ。

 

「海藤、貴様の報告内容は、その泊地出現の前触れと合致する。……用心する事ね。そして本当に泊地が確認された場合、これが貴様にとって最初の越えるべき壁となるわ。自らの艦隊だけで越えるのか、あるいは他の鎮守府に救援要請を出すのか。自ら判断し、行動しなさい」

「承知いたしました」

「それと海藤」

「はい?」

 

 一礼して電話が終わるのかと思いきや、付け加えるように呼びつけられた。何だか前回も同じような展開になったような気がする。

 

「ちゃんと飯食っているか?」

「…………はい?」

「聞くところによれば、貴様、あまり食事に関心が向いていないそうじゃない。そっちではちゃんと食っているの? 間宮食堂があるのだから、いい飯を食って、きちんと体調管理する事ね。それもまた、提督として大事な事なのだから」

「え、ええ……まあ、一応食べてますよ」

「そう。それならば良い。貴様が倒れられたりすれば、貴様を推した私が困る。それを肝に銘じる事ね」

 

 それを最後に電話が終わった。だが凪はしばらくモニターを見つめ続けてしまう。

 呼びつけられたかと思ったら、まさかのツッコミに頭の処理が上手く追いついていなかった。

 やがて、背もたれに身を預けて大きく息を吐く。

 

「……おかんかよ、おい」

 

 そんなぼやきが出てしまうのも無理のない事だった。

 よもや大将からそういう心配をされるなど、誰が想像するだろう。ちり……と僅かにお腹に痛みが走ったような気がした。やがて神通が入室してくるまで、凪はずっとそうやって固まったままだった。

 

 

 神通から届けられた報告書に目を通していた凪は、とある記述に意識が向いた。

 北上の改装提案という記述である。

 改装とは一定のレベルに達している艦娘に、更なる力を引き出させるためのものだ。資材を消費して工廠のドックで妖精達に謎のパワーを用いて行うものである。

 北上は既にレベルには達していたが、資材の件と彼女の雷装技術の基礎を高めるために神通が指導を続けていたのだ。

 そして今、その神通から提案が来た。つまり、もう改装してもいいという見通しが立ったという事。

 

「改装するとあれ以上の魚雷を装備する事になりますからね。下手な雷撃をすれば、最悪味方に誤爆が発生しますから、今まで止めてました……。ですが今の北上さんなら、一隊で行動するだけならば、それもないだろうと思われます。複数の隊で行動する際には、それを踏まえた訓練が必要ですが」

「あの子、大淀相手に雷撃訓練してたよね。俺も時々見てたけど、確かに目に見えて成長は感じられた」

 

 神通が駆逐の方に指導を行っている時は、大淀を呼び出して雷撃訓練を行っていた。日々の努力の成果が確かに実を結んでいるようだった。

 そして改装すると、砲撃よりも雷撃に重きをおいた艦種へと変化するのだ。

 

「……ん? 千歳も改装可能のレベルか。このレベルとなると、一気に甲になれそうだね」

 

 千歳は改を経て千歳甲へと変化していく。

 改装レベルが低くとも、その姿を少しずつ変化させて能力が伸びていくタイプらしい。ならばやらない理由はなかった。

 二人の改装許可書に判を押し、神通に手渡した。

 

「では二人を呼び出し、改装させますね……」

「うん。……その様子って見れるの?」

「工廠ドックの中で行われるので、見れませんね……。お待ちいただくことになりますが」

「やっぱりそうなるよねー。でも、二人を出迎えるために行きますかね」

 

 

 北上と千歳を工廠に呼び出し、改装について説明する。

 二人は快く了承し、それぞれドックへと向かっていった。扉が閉まると、何やら音が聞こえてくる。金づちが打ち付けられる音だったり、ドリルのような音だったり、時にはわけのわからない音だったり……。

 というか最後のあれはなんだ? 妖精はあそこで何をしているのだろうか。

 そんな疑問をよそに改装が進み、扉が開かれた。

 最初に出てきたのは北上。

 目につくのはやはりその魚雷の数。足に二つ、腕に一つの四連装魚雷が見かけられる。

 軽巡から重雷装巡洋艦、と呼ばれる艦種へと変化した結果だ。その多くの魚雷を用いて敵を雷撃するのが得意なのだが……、艦の時代ではあまり活躍できなかったそうだ。

 また何気に服装も冬服になっている。

 続いて千歳。千歳改を経て千歳甲となったため、北上より少し遅れての登場となった。

 両肩にもカタパルトが付き、両足には魚雷発射管が付いている。

 偵察機を飛ばし、砲撃を行い、雷撃能力も高まった。それが、千歳甲という艦娘だ。

 

「うーん、九三式酸素魚雷満載で、重いわ~」

「確かに、それだけ魚雷を持ってたらそうなるよね。下ろして楽にしていいよ」

「ほーい」

 

 艤装を解除し、楽になると大きく息を吐いて脱力する。いつも以上にゆるゆるな表情を浮かべているから、艦娘とはいえ余程それが重かったのだろう。

 千歳も楽にしていい、と言うと一礼して彼女も解除した。

 妖精らが出てくると、改装結果を記した書類を渡してきた。これにより、どれだけ変化したのかが数字でわかるようになっている。

 北上はやはりと言うべきか雷装値がぐんと伸びている。それ以外は普通に強化された程度だけに、その異質さが際立っていた。

 千歳も魚雷発射管が付いたことで雷装値が伸びており、それ以外も普通。どちらも同じような成長をしている事がわかった。

 また装備しているものの中に甲標的なるものが二つ確認される。

 

「甲標的……ああ、魚雷搭載の小型潜水艇のあれか」

 

 二人乗りの小型潜水艇。これはひっそりと敵港まで近づき、港に対して魚雷を発射するものだ。元々の想定としては艦隊決戦の前に敵艦隊の進路上に展開し、魚雷をぶち込む事らしい。

 艦娘としてはそれが可能となっている。深海棲艦を発見した後、甲標的を発進させて進路上に向かわせ、魚雷をぶち込むのだ。敵から先手を取って雷撃を撃てるようにする装備と言える。

 

「ふむ、千歳。甲標的の一つ、北上に渡してやって。二人で一つずつ装備しとこう」

「はい。では、どうぞ」

「ほーい。ありがとね」

 

 顕現した甲標的を北上に手渡し、北上はそれを確認して消した。

 

「では、実際にそれを使用するため、実戦に参りましょうか……」

「え? 実戦~? 訓練じゃなくて?」

「雷撃戦は十分に訓練したでしょう。千歳さんも、多少なりとも雷撃戦を経験していますので、私から見ても実戦投入は問題ないと判断しています……。それに、敵を発見し、先制して雷撃を行うのが甲標的です。それは、訓練よりも実戦でどのタイミングで撃つかを覚えた方が、より効率がいいと考えます……」

「確かにそうですね。千歳としても、神通さんの提案に賛成します」

「如何でしょうか、提督」

「俺としても異論はないよ。実戦に勝る経験はなし。それに、これによれば改になった際に瑞雲が装備されているみたいだね? 瑞雲の使い方もこの際覚えていくという目的も果たされる。色々試してくるといいよ」

 

 妖精から提出された書類には、水上爆撃機である瑞雲が書かれている。

 偵察機を発展させた機体であり、偵察を行うだけでなく、爆撃能力を備えているのが特徴だ。とはいえ空母らが装備するような艦爆と比べると威力は控えめなのは否めないが、水上機母艦である千歳が運用できるものとしては十分と言える。

 空は瑞雲、海は甲標的で敵から先制して攻撃手段。これらが得られただけでも艦隊としての強化は十分に果たされているといえよう。

 

(それに近海の状況変化の事もある。これらの装備を早いところ使いこなしてもらわないと。同時進行として、防御面の強化……やる事が増えてきたな)

 

 ただただ攻撃能力だけ強化するだけではだめだ。

 回避行動や装甲の強化も課題になっている。その事を考えていると、「提督? どうかしましたか……?」と神通が声をかけてきた。

 

「あーうん、攻撃だけでなく防御についてもよろしくね」

「はい。では、駆逐級相手にしばらく戯れてみましょうか」

「油断せずにお願いするよ」

 

 例え駆逐イ級だとしても、敵は敵。実戦ならば油断すれば沈む可能性がある。気を緩めずに引き締めてほしいと釘をさしておく。それに一礼し、神通は二人を連れて工廠を後にする。

 執務室へと戻って来た凪は改めて鎮守府にいる艦娘らのリストを確認した。

 今現在の彼女達の状態、レベル、能力の数値などが書かれたそれらに目を通していく。

 ここに勤務してから半月。その間でこれだけ成長した彼女達。もちろん凪が建造した艦娘だけでなく、先代から引き続いて所属している長門と神通も訓練の指導によって多少なりともレベルが上がっている。

 特に神通は日々指導に当たり、第一水雷戦隊の旗艦として行動もしているため、長門よりもレベルが高くなりつつあった。

 

(そういえば夕立達もこれは、もう少ししたら改装可能になるのか)

 

 夕立ら駆逐のレベルは17~19となっている。明日明後日にはレベル20となり、改装可能となるはずだ。これによって安定感が増すだろう。

 夕立だけではない。球磨や川内という軽巡も改装できるはず。そして摩耶もまた他の重巡と違って少し早く改装可能。

 つまり皆もう少しすれば、一気に改装できる。それはつまりより艦隊が強化されるという事になる。

 その分多く出費する事になるが、構わない。今はとにかく彼女らを強化させなければ話にならない。

 出るかもしれない泊地という新たなる脅威に備えるために。

 最悪の被害を出すのを防ぐために、出来る事は全てやらなければならないのだから。

 

 

 


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