呉鎮守府より   作:流星彗

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大和の教え

 

 海では呉と佐世保の一部の艦娘たちが集まっており、それぞれ自由なスタイルで演習を行っていた。その一角では、大和のもとに何人かの艦娘が集まっており、彼女に何かを教わっていた。

 それは艦娘が秘めたる力の一端。大和の場合、赤い粒子がその手に集まり、手にしている和傘へと纏わせることで膜を作り、盾のようにする。レ級エリート、アンノウンの砲撃を防ぎ、受け流した技術を披露する。

 真似をするように呉の夕立や佐世保の那珂がぐっと手に力を込めてみるが、大和のように粒子が集まる気配がない。一方雪風は感覚を掴んだのか、青い粒子がゆっくりと小さなその手に集まっていく。ぎゅっと握りしめ、右手を前に出せば、そこから光がだんだん強さを増し、右手、右腕と淡い光が伝っていく。

 

「へえ、やりますね雪風。やはりあなたは天才肌というものでしょうか?」

「うーん、どうでしょう。何となくこの力かな? と思ったものを操作してみた感じです」

「感覚派でしたか。ではそのまま全身に巡らせるような操作感を覚えてみるように。他には……おや、あなたも一度発現させたからか、問題はなさそうですね山城」

 

 山城の目からは深い蒼の燐光が灯っており、動かす両手には同じ光が纏われている。それだけではなく、全身を巡らせることができているのか、全身にも光が纏われていて、まさに大和が考えている力の第一段階は終えているといってもいい状態だった。

 これでいいのか? と問うように首を傾げると、それでいいとばかりに親指を立て、自分の隣に立たせる。そして「これが防御に使うもので、これが攻撃です」と、副砲を海に向け、一発だけ射撃する。すると赤い粒子の尾を引きながら、高速で弾丸が射出され、遠方に着水した。

 

「戦場でレ級エリートが撃っていたものですね。砲門に力を込め、炸裂と同時に力も弾けさせ、より加速度を増して射出する。言うなれば主砲の強撃と同じようなものを、妖精のもたらす力と同時に、己の力も加味させる。そうすることでより威力を向上させるものです。山城は主砲の強撃は?」

「実際に撃ったことはあまりないわね。妖精との相性があまりよくないのかどうかわからないけど」

「ふむ、強撃については個人差があるとは聞いていますね。私もあまり、という感じですし。どちらかといえば、こっちの方が大部分は自分だけでやっているので、やりやすいですし」

 

 強撃の際には装備妖精と艦娘との相性が関係しているようで、上手く力の波長などを合わせることができれば、スムーズに強い力を放つことができる。コツさえつかめば、相性がそれほどでも、撃てることは撃てる。だが相性が良ければ、より強い力と化して攻撃できるので、できる限り妖精と上手くやっていくことが望まれている。

 今でこそ呉の一水戦のメンバーは強撃を習得しているが、習得が早かったのは雪風や北上、そして神通だった。神通は技術で会得し、雪風と北上は感覚で覚えたらしい。艦娘の力の操作といい、こういうことに関しては、この二人はその才能を発揮しているといえるだろう。実際雪風に続くようにして、北上もなるほどと頷きながら、その手に光を灯している。

 

「この力……そうですね、陰陽の関係で陽とするか、あるいは艦娘を青、深海を赤とするか。まだ上手く仮称が付けられませんが、とりあえず青の力としますか。私の色、赤ですけど」

 

 と、ちょっとしたジョークを織り交ぜ、「自身の力、妖精の力を上手く把握し、扱えれば、間違いなくあなたの力は伸びるでしょう」と改めて山城の目を見てはっきりと告げる。それを受け止め、山城も静かに頷いた。

 

「青の力は自分の力が約8割、妖精の力が2割といったところです。強撃はとんとん、あるいは妖精の方が多めですが、青の力は違います。たぶん神通からすればどっちも扱えてこそと言うでしょうが、山城的には青の力が合うかもしれません。ですが注意すべきこともある」

「……深海に、赤に転じる可能性もあるってことでしょ? 改めて言わずともわかっているわ」

「なら結構です。違和感があればすぐに報告を。私にできることであれば、対処します。では、訓練を続けて」

「はいはい。……ふっ!」

 

 気合を入れるような声とともに、艤装の主砲がそれぞれ唸りを上げる。しかしまだ上手く青の力が扱えていないせいで、弾丸を発射しても今までと変わらない射速になっているか、あるいは最初は速いが、途中で力が消えて一気に勢いを失って落下してしまう。

 コツを掴むまではとにかくトライ&エラー。繰り返しやってみることで、どのように力を注げばいいかが見えてくるだろう。大和は山城から離れ、他の艦娘たちの様子を確認することにした。

 そこで目についたのが、佐世保の龍田だ。彼女も青の力を纏うことができているようだが、表情を見る限りでは、何やら焦っているような雰囲気も感じた。何となく気になったので、龍田へと声をかけてみることにした。

 

「どうかしたの、龍田?」

「あ……ええ、そうねえ……。少し、相談してもいいかしらあ?」

「ええ、どうぞ」

 

 あの日起きたことを、龍田は告白する。ウエストバージニアの戦艦棲姫へと攻撃仕掛けるとき、無意識に何らかの力を引き出したのではないかと。その際に足元の赤い海から力を汲み上げているかのような感覚に襲われ、良くないものに触れてしまったのではないかという恐れも告白した。

 それを聞いた大和は小さく唸る。赤い海は深海棲艦特有の力であり、彼らの力が海へと広まり、深海棲艦により有利に戦えるような力を与えるような効力がある。深海棲艦の中から生まれる赤の力と似たものが、海を汚染しているようなものだ。それを汲み上げたというのならば、龍田の中に深海棲艦の因子が組み込まれたともいえる。

 ぱっと見た限りでは、龍田にそのような気配はない。青の力を操作しており、その中に深海の気配を感じることはない。だが龍田は、あの日の戦いの出来事を思い返し、恐れている。深海の一端に触れてしまったのではないか、知らないうちに自分はそれに侵されているのではないか、その見えない何かに怯えているのだ。

 

「あの日、確かあなたは二水戦の仲間を喪っていましたね?」

「ええ。戦艦棲姫に率いられたものたちによって、喪ったわ」

「それに対する怒り、悲しみの感情に突き動かされた。それが、触れてしまったかもしれない要因といえるでしょう。……揺さぶられた感情、それに引きずられて表に出てくる可能性は捨てきれません。これに関しては、うちの山城も同様の可能性を秘めています」

 

 山城もまた激昂することによって、赤の力に近しい気配を見せていた。二人に共通するのは、負の感情を高めることによる力の増強。怒り、悲しみ、憎しみ、それらの感情によって引き出されたそれは、まさに深海棲艦らしい力といえる。

 だからこそ艦娘は決してそれに飲み込まれてはいけない。赤の力を恐れるならば、それらの感情に飲み込まれないように、自分の感情を律するしかない。

 

「……私は元があれですからね。深海の力を浄化することは恐らくできません。何せ自分の中に残っているものも併せて行使できますからね。扱う力の色も、この通り赤ですので。一体化しているそれを除去できないでいる以上、あなたの中にあるかもしれないものを除去するイメージがわきません。申し訳ないですが」

「……そうですか」

「私から言えるのは一つだけ。感情を律し、飲み込まれないようにすること。青の力の制御を果たし、負の感情ではなく、強い戦意などによって戦いに勝つ、そのようなイメージで戦いに臨むことです。そうすれば、最悪の事態は免れるかもしれません」

「わかったわあ。何とか、乗り越えてみせるわね」

 

 不安はまだあるが、とりあえず自分がどうするべきかの指針を得られた。怒りによって一部を行使できていたこともあり、青の力の操作については山城と同様に一端を掴んでいる。精神と力、この二つを自らの意思で律すれば、自分はより上を目指せる。もう、あの時のような悲しみを起こさない。仲間を守るためにも、何としてでもものにする。龍田はそう決意を固めた。

 頷いた大和はそっと龍田から離れ、次に指導する艦娘を探す。すると、埠頭に神通が現れたのを見つけ、彼女に近づいた。彼女の名を呼び、振り返った彼女の顔を見て、大和は小さく息をつく。

 

「少しは隠してはいるけれど、まだ残っていますね。溜まったもの、上手く吐き出せたのかしら?」

「……どうでしょう。あれほどまで長く、そうし続けたのは初めてのことですので、自分ではよくわかりません」

「そう、でもわかるわ。私とて、あなたの胸の中であれだけ感情をあらわにしたのは、自分でも想像したことなかったもの」

 

 神通の目元には泣きはらしたような跡がうっすらと残っていた。恐らく一人で、長門の死を悼んだものだということがわかる。先代の呉鎮守府からの生き残りは、神通ただ一人となってしまった。

 多くを喪った原因は、前世とはいえ目の前にいる大和だが、神通はそれを口にすることはない。前世は前世、今は今、大和はこの一年で呉鎮守府に貢献し続けている。今もなお、だ。南方棲戦姫はあの海で死んだ。死んだ相手の罪を、現世の彼女に問う理由は神通にはなかった。

 

「そういえば、佐世保から那珂たちが来ていますが」

「そのようですね。佐世保の子たちにも力について教授を?」

「ええ、望むのならばできる限り広めた方がいいでしょう? 各鎮守府それぞれがより力をつけることこそ、今の私たちに必要なことだと考えたので」

「結構です。私にも、改めてよろしくお願いします」

「もちろんです。どうやら提督もしばらく戻ってこないようですので、じっくり教えてあげましょう」

「提督が?」

「ええ。佐世保の提督が連れて行きましたよ。気になりますか?」

 

 そう問いかけたのだが、神通は微笑を浮かべて首を振った。「いいえ、それは良いことです」と海に出る。その様子に大和は首を傾げる。システムとはいえ、凪とケッコンカッコカリをしているのだ。別の女と二人きりになることなど、人でいえば気になる要因ではないだろうかと、人の感情について少し学んだ大和としては疑問に思うことだった。

 

「今の提督には、淵上提督は必要な存在です。今の私では提督を支えることはできませんから」

 

 自分もまた、感情を発露する時間が必要だった。そんな自分では、凪の傷を癒すことなどできはしない。そう見切りをつけていたのだろう。しかし自分がそうであるように、凪もまた早急な回復の時間を必要としていたため、湊に全てを任せることにした。

 だから湊が凪を連れて行ったと聞かされても、特に動じることはない。凪にとって必要なことなのだから、止める理由はないのだ。

 大和も突然佐世保が来たことについて何事かとは思ったのだが、口元に指を当てて少し考え、「あなたが佐世保を呼んだのです?」と問いかけた。

 

「ええ、昨日連絡を入れまして。あなたがこうして力について指導してくれることも想定し、それぞれの子たちがより成長する機会を自主的に得られればとも考えました」

「そうですか。……ですが、あの二人が人間としてより関係を深めれば、あなたとしてはどうなのです?」

「何か問題が? 私は艦娘としてのケッコンカッコカリとしての儀式を終えましたが、しかしそれはシステム。本当の意味でのそれではありません。それに私はもうすでに誓いを立てています。提督が人としての相方を将来的に得ようとも、私は私が立てた誓いが揺らぐことはない。艦娘として彼を支え続けます。同時に、人として彼を支える誰かも必要でしょう。それが彼女になるかどうかは、本人たち次第ですが、私としては彼女がそうなったとしても、何も問題はありません。心より祝福するだけです」

「……そう。人の感情とは本当に難しいものですね。今の私では、あなたのそれを全て理解することはできませんが、しかし何故でしょう。私にはあなたが強く見える」

 

 素直な感想だった。以前までなら理解できないと切り捨てたそれではあるが、今の大和は違う。可能ならば理解してみようと思っている。純粋な力としての強さではない。これが誰かを支えるのだという意思、感情による強さなのだろうか。

 この感情を理解できれば、自分も誰かのために力をふるえるのだろうか。あの時、長門の死を前にして沸き立った静かな怒りの力。それを、誰かを守るために発揮できれば、自分もまた青の力を以てしてより高みへと昇れるのではないだろうか。

 そう考えると、神通という一人の艦娘の強さが、スペックだけでは推し量れない要素を秘めているように感じられる。強さの深み、その度合いの違いが、自分とは比較にならない。そう考えると、神通がとても眩しい存在に思えてきた。

 

「ありがとうございます。では、大和さん。そんな私に、新たな力の使い方の教授を。私の強さを更に引き上げてくれますか?」

「喜んで。私があなたに教えられることがあるなんてね。もちろん、私もまたあなたから学びましょう。誰かを支える力、それを教えてくれますか?」

「もちろんです。共に学び、高めあいましょう。それこそが、私たちが今、必要とすることです」

 

 微笑を浮かべあう二人、揃って青の力の修練をする艦娘たちに合流する。その日は日が暮れる頃まで、大和たちはただひたすらに、力の研鑽を続けた。その結果として、青の力の第一歩を踏み出す艦娘は、始めた頃と比較して、随分と増えることとなる。

 後から合流した神通もまた、魚雷の強撃が使えたこともあり、すぐにコツを掴むことに成功し、次の段階へと移行した。誰もが青の力の修練に熱を入れていたため、昨夜の神通のこと、そして目元にうっすらと残っている跡について、大和以外の誰もが気付くことはなく、その日の訓練を終えることとなった。

 




今さらですが、強撃はゲームで言うところのカットインです。
カットインは艦娘の運で発動率が変わります。
運が高い北上様や雪風は出しやすく、運が低い山城などは出にくいもの。
そういった面がこちらにもでています。

今回出てきた青の力は、今では大体導入されている特効のようなものです。
各イベごとにみられた○○特効、○○パンチとかのアレです。
思い出すのはクロスロード神拳や栗田パンチとかでしょうか。

赤の力に関しては前回のミッドウェー海戦で、ほっぽちゃんとかが攻撃の際に出していた描写は、アーケードのカットイン攻撃を参考にしていました。

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