呉鎮守府より   作:流星彗

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パラオの演習

 

 パラオ泊地に一隻の船が停泊する。降りてきたのはトラック泊地の東地茂樹とその艦娘たちである。迎えたのはパラオ泊地の大淀と、その提督の美空香月だ。今日ここに茂樹が訪れた理由は、パラオ泊地の艦娘たちと演習をするためだ。

 これは珍しいことではない。香月が着任してから何度か茂樹はパラオ泊地を訪れており、その度に演習を行うことで、パラオ泊地の艦娘たちの練度を確認し、底上げを図っている。新人だから面倒を見ているということもあるが、パラオ泊地は立地的にも南西海域や南方海域に足を運べる。

 今はそれぞれの海域で戦うだけの戦力とはいえないが、いずれは彼にも戦力として加わってもらい、それぞれの海域を対処する任務を負うことになるだろう。日本からわざわざ凪たちに遠路はるばると来てもらうような、非効率的な手段をとることを避けられる。

 パラオ泊地の戦力増強は将来的に見ても有効的だ。そのために茂樹が足を運び、演習の相手を務めることを自ら名乗りを上げたのだ。

 

「さぁて坊ちゃん、演習のお時間だ。今日はどれだけ食らいついてこれるか、見させてもらうぜ?」

「ハッ、そう先輩ヅラさせ続けるのも癪なんで、こっちも最初から飛ばさせてもらいますわ。吠え面かくのを楽しみにさせてもらおうジャン?」

「いいねえ、その生意気ヅラから伸びた鼻、へし折らせてもらおうジャンってな。……んー、やっぱこのとってつけたような語尾、ねーわ坊ちゃん」

「いきなり何言ってくれやがるんですかねえ!? やっぱあんた、気に食わねえわ!」

 

 そんなやり取りをしながら、船を迎える埠頭から演習に使う水域のある浜辺へと移動し、それぞれの艦娘が二人の背後に待機する。用意されている席へと腰かけた茂樹は、「それで坊ちゃん、全力ということは主力艦隊? それとも一水戦?」と問いかける。

 

「主力だ! あれから鍛えたオレたちの力、見せつけてやる!」

「いい気迫だ、坊ちゃん。その意気だぜ。んじゃあこっちは、水上でいきますかね」

 

 そのメンバーは金剛、比叡、高雄、愛宕、吹雪、叢雲だ。しかも金剛と比叡は改二に改装されている。つい最近、金剛型の四人に改二改装のプランが実を結び、鎮守府へとそのデータが配信されたのだ。

 四人それぞれに何らかの優位性を持たせつつ、スペックの底上げが施されており、十分に主力として奮戦が期待されるような改装となっている。だが改二になっているということは、それだけ金剛と比叡の練度が高いという証左だ。香月はそれに複雑そうに顔を歪めはしたが、しかしそれに食らいついてこそ自分たちの力量が示されるということでもある。

 それにこの水上打撃部隊は空母がいない。そこに付け入る隙を見いだせればいいだろうと前向きに考えた。

 そんなパラオ泊地の主力艦隊は、伊勢、赤城、飛龍、瑞鳳、衣笠、那智と、どちらかといえば空母主体の艦隊といえる。戦艦らの遠距離砲撃を回避し、放たれた艦載機が敵艦隊を撃滅させれば優位を取れるというスタイルで攻めれば、万が一はあり得るだろう。

 それぞれの艦隊が位置につき、大淀の号令とともに戦闘開始となる。先手を取ったのはパラオ泊地の主力艦隊の空母らだ。改装されている伊勢もまた瑞雲を発艦させ、空母の艦載機とともに、トラック泊地の水上打撃部隊へと向かっていく。

 金剛と比叡の砲門が狙いを定め、砲撃するよりも早く、艦載機らが到達し、攻撃を仕掛けていく。それに対抗するために対空射撃をこなし、金剛と比叡に砲撃のために集中してもらう。

 もちろん金剛と比叡もただ狙いを定めるだけではなく、回避行動を取って対空射撃を掻い潜ってきた艦載機の攻撃を避ける。先手を取れるのが艦載機の特徴だが、対空射撃によって防がれる。

 艦載機がそれを掻い潜って攻撃を届かせられるかどうかは、やはりそれぞれの練度に関わる。大部分の艦載機が落とされたことに、双眼鏡で演習を見ている香月は小さく歯噛みするが、それは最初からわかっていることだ。

 それに、落とされている数は前の時より減っているような気がしないでもない。そこに自分の艦隊の成長を実感できるが、そろそろ一矢報いてやるタイミングではないだろうかと、内心ドキドキしている。

 艦載機の第一波の攻撃が終わり、生き残った艦載機がそれぞれの艦載機へと戻っていく。攻撃が止まったことで、トラック泊地の艦娘の攻撃のチャンスとなる。照準を合わせた金剛と比叡が、いざ砲撃を仕掛けようとしたその時、二人の頭上から迫る影が複数。

 爆弾を備えた艦爆が金剛と比叡へと不意打ちを仕掛けていく。第一波よりも高高度へと位置取り、敵艦隊の意識から逸れ、攻撃を終えて油断をしたその時を狙ったのだ。ちょうど発射しようとしていた主砲へと投下された爆弾。爆発したそれと、発射されようとした主砲と反応し、危険弾と判断されて金剛は戦闘不能判定を下された。

 

「へぇ……、いったん中断!」

 

 双眼鏡で確認した茂樹は笑みを浮かべてそう告げる。まだどちらかが全滅したわけではないのに、ここで中断するのかと香月が異を唱えるが、そんな香月にまあ待てと、手で制する。

 艦娘たちが戻ってきたところで、茂樹は先ほどの攻撃について問いかける。

 

「お前さん、あれは先日のミッドウェー海戦でも参考にしたか?」

「まあ、そうっすね。敵の空母が使ってきた戦法だって話じゃないっすか。編隊の一部を高高度に上げて、雲に隠し、時間差で奇襲を仕掛ける。そうして敵を崩し、追撃の隙を作りだすってやつでしょう?」

「はっ、やるもんだ。憎らしい敵であろうとも、盗み取るものは盗み取るってか」

「あんたらが言ったんでしょ? 敵には思考する存在がいる。最初こそオレも認めたくはなかったが、あの一連の流れがあれば、否が応でも意識するわ。だったら、使えるものは何だって使ってやる。それで奴らを滅ぼせる力が得られるんなら、オレは全て食らいつくし、上にのし上がってやるだけさ」

「おう、怖い怖い。そういう気概があるんなら、坊ちゃんは成長すらぁな。うちの金剛相手に、よくもまあ危険弾をぶち当ててくれたもんだ。あれが演習でなければ、うん、中破近くは持ってかれている。それは認めざるを得ない」

 

 練度の差、加えて改二ではあったが、それでも有効打を与えられたという事実は揺るがない。春に着任したばかりの新人が、こうも食らいついてきたのだ。彼を突き動かすものが復讐心であろうとも、その向上心は褒めねばならない。どのようなものであれ、その向上心がなければ、こうした勝利のチャンスを手繰り寄せるだけの力に成長させるだけの環境は作れない。

 今のところパラオの艦娘たちに、香月の復讐心の影響は見えないが、少なからず悪い影響を与えていないだろうかという心配はある。しかし向こうで談笑している様子から、そのような兆しは見られない。

 茂樹がこうして何度かパラオ艦隊と交流をしているのも、そうした危惧があってのことだが、取り越し苦労で済むならば良し。万が一にも悪い影響が生まれでもすれば、あの美空大将の息子だけあり、色々と心配になるものだ。

 それに、ここに来る前のことも思い出される。

 

 

「――――それ、マジ?」

 

 目を丸くしながらあっけにとられてしまうが、通信相手の凪は本当だと頷く。パラオに向かう前に、凪と久しぶりに連絡を取ろうと茂樹が通信をつなぎ、ミッドウェー海戦についてや、他に何があったのかの雑談の中で、凪は中部提督が美空星司の可能性があると打ち明けたのだ。

 

「これって、秘匿情報ってやつか?」

「美空大将には報告しているが、それ以外で情報が広がっている様子はないから、いったんは秘匿情報かもしれんね。だからこれをあの香月に伝えるかどうかはお前に任せる」

「はぁ……どうしたもんかねえ。兄貴の死が、あの坊ちゃんを変えたっぽいし、ひとまずは黙っとくか。俺が伝えるよりかは、母親である大将殿から伝えた方がいいだろうし」

 

 腕を組んで唸りながら茂樹はそう決める。もしかするといつまでも隠せるようなものではないかもしれない。タイミングはあくまでも美空大将に任せ、自分は危うい道に進ませないように見守る、そういう立ち位置をキープした方がいいだろうと考えた。

 そしてもう一つ、中部提督が美空星司ならば、果たして彼はどこを拠点としているのかが気になるところだ。深海提督が意思ある存在であることは聞いていたが、美空星司という具体的な人物像が見えてくるならば、彼の思考を読み取れるかもしれない。

 美空星司がどういう人物だったのか、それを湊から聞き出せれば、中部海域と定めている太平洋の一帯を捜索し、拠点になりそうなポイントを見つけ出し、襲撃を仕掛けられる可能性が出てくる。

 これについては南方提督とやらも気になるものだ。ソロモン海一帯をかつて支配していたと思われる存在。去年の秋に行われたソロモン海域の戦い以降、あまり動きがみられないため、どこかに潜伏していると考えられる。

 凪たちがミッドウェー海戦などで活躍しているのだ。茂樹もまた、やるべきことをこなし、成果を挙げなければならない。

 そのための香月との演習だ。

 香月との演習を繰り返し、彼の艦娘たちの練度を向上させ、より強力な深海棲艦と戦えるようにしなければならない。戦力向上は日本海軍にとって喫緊の課題だ。新人とはいえ、一定の練度まで鍛え上げなければ、パラオ泊地で安全に艦隊運営はできない。

 その見通しができるくらいに香月らを鍛え上げる、それが香月が着任してから茂樹が心の中で定めたやるべきことだった。

 

 

「次の演習、お願いしても?」

「やる気あるねえ坊ちゃん。いいことだ」

「あんたを驚かせることには成功したんだ。次は吠え面かかせてやりますよ」

「いいよ、そういうの。俺としてはやる気のある奴は歓迎さ。そうして食らいついてくれば、坊ちゃんの望み通り、艦隊の練度はぐんぐん上がるってもんだろうよ。実に楽しみだね。一年でどこまで成長してくれるのかってね」

「……あと、その坊ちゃん呼びもどうにかしてぇもんだよなあ!?」

「おや、気に入らないかい? 俺としてはもうなじんじまったよ。この身長差もあるし、美空大将殿のお坊ちゃんってね」

 

 香月は男性としては童顔で小柄な部類に入るため、この身長差から見る「坊ちゃん」という意味合いと、年下だからというだけでなく、半人前ならば、まだ「美空大将のお坊ちゃん」という意味合いも兼ねているのが見え、香月はぐぬぬと歯噛みする。こうして煽るのも、彼のやる気を失わせないために、あえてやっていることだ。

 このまま食らいついてくれるならば、彼はまだまだ成長できる。ついでにトラック艦隊も戦いの勘を失わせない。ついてくる誰かがいるというだけでも、彼女たちに慢心を生ませないだろう。

 いずれ追いつき、追い抜かれるかもしれない。そうした存在が近くにいるだけでも、トラック艦隊には良い刺激になる。今まではラバウル艦隊がそれに該当したが、彼らは後輩というより同期だ。同期同士での切磋琢磨も悪くないが、後輩というわかりやすい存在が生まれたことが、新たな刺激になってくれる。

 凪にとっての湊がそうであるように、茂樹にとって香月が良い相手になってくれる。茂樹は色々な意味で香月に期待を寄せているのだ。だからこそ、折れないでほしいし、道を誤ってほしくはない。

 いつか中部提督が自分の実兄かもしれないという現実に当たった時も、せめて彼を支えてやれるように、先輩として常に近くで、前を歩いて行ける存在となる。

 小生意気な後輩には、少しうざったいテンションの先輩として振舞えば、いい感じの距離感で接していけるだろう。それは茂樹の性分的にも無理はない。この距離感をキープし、茂樹はこの日は幾度も演習を重ね、パラオ艦隊の練度向上に努めていった。

 


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