呉鎮守府より   作:流星彗

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その感情は

 

「なるほど、順調に強くなってきているんだな。喜ばしいことじゃねえの」

「おかげさまで。そちらも、あの香月相手によく付き合ってくれてること、従姉として感謝しますよ」

「なぁに、あれくらいどうってこたぁねえよ。色々と向上心あるからなあ、驚くくらい成長してらあ。それは、この前配信されたレポートのおかげでもある。俺も使わせてもらっているが、目に見えて成長を感じられる。ありがたいことだよ本当に」

 

 そうして会話をしているのは、通信を使ってのものだ。呉鎮守府では凪と湊が一緒におり、それぞれのモニターとカメラを使って、トラックの茂樹とラバウルの深山と通信をしていた。それぞれの鎮守府での変化などを話し合う機会を設けたものだが、湊としては香月が茂樹の手助けを得て、どのようになっているのかが気になるものだった。

 直接話せばいいだろうが、まずは師事をしている茂樹の意見を聞きたいというのが彼女の弁だった。

 

「とりあえずあの坊ちゃんの艦娘は、弾着観測射撃と強撃を少しずつ習得し始めている。青の力ってやつはまだだな」

「……もうそこまで? 大したものだね」

 

 技術習得のためのレポートが各鎮守府に配信されているが、あの新人がそこまで成長するのは驚きだ。どちらも艦娘と妖精との繋がりが重視される技術だ。青の力はその最たるもののため、習得が難しいのはわかるが、しかしあの二つを使えるようになる艦娘がもう現れていることに、深山は素直に驚いている。

 茂樹が驚くくらい成長しているという言葉は、本当なのだと思わせてくれるものだった。

 だがそれは湊の艦娘たちも同様だ。実際に大和に師事してもらえるという恵まれた環境だからか、呉と佐世保の艦娘の大半は、めきめきと実力を伸ばし、高練度の艦娘ばかりとなっている。青の力も主力艦隊や一水戦ばかりではなく、それぞれの主要艦娘は使えるようになっていた。

 

「大した成長だなあ、そちらさんも。なんか二人で色々やりまくってる感じかい?」

「そうだね。以前に比べて交流する機会を増やしているね。その甲斐あってお互いの戦力はより高まっているさ」

「ほぉーん、こうして見ている感じでも、なんか以前よりも距離の近さを感じるし、こりゃあお二人さんのこの先がますます楽しみな感じだなあ! わっはははは!!」

 

 カメラ越しに二人の様子を見た茂樹が、大層に笑う。それぞれのノートパソコンとカメラを並べ、隣り合って座っている凪と湊の距離は、確かに以前に比べても物理的だけでなく、精神的な距離の近さを窺わせる。

 これは茂樹としても突っ込みたいポイントであり、色んな意味で二人の未来が楽しみなところだった。だが、こうして口に出せば、また何かしらの否定が入るだろうと、茂樹としては予測しつつの言葉だったのだが、

 

「…………」

「…………」

「――――おや?」

 

 予想外に、二人からは何も言われない。視線だけでお互いを数秒見たが、それだけで何もない。深山は首を傾げていたが、茂樹は「なるほど、人は変わるもんだな」とどこか納得したように頷いている。

 これ以上は二人のことは突っ込まず、二人の気持ちに任せてやることにし、話題を切り替えるように、「そういえば」と視線を深山の方へと移した。

 

「ソロモン海域がきな臭いって話だったよな、深山?」

「……ああ、そうだね」

「ショートランド泊地とブイン基地が襲撃されたという話?」

「……そう。警備していた艦娘の報告がないため、確認しに行ったところ、二つの拠点が襲撃されていた。加えて、ヘンダーソン飛行場のあるガダルカナル島一帯があの赤い海に染まっており、以前ほどではないけれど、深海棲艦が活発に行動しているみたいだ」

 

 去年にあったソロモン海域の決戦により、平定されたと思われていたが、一年の時を経て再び動き出したということなのだろう。その初撃としてソロモン海域に建てられた日本海軍の基地を破壊していくあたり、敵の戦意を窺わせる。

 凪たちにとって深海吹雪へと南方提督が代替わりしていることは知らず、深海吹雪は経験を積む一環として動いている。拠点を破壊した後も、ソロモン海域を中心として動き続けており、ラバウル基地の艦娘とも何度か交戦しているようだ。

 その動きが以前とは違うということを、戦った艦娘からの報告を深山は受け取っており、この一年で何かがあったのだろうと推測していた。

 

「つまり、この先ソロモン海域、南方提督が活動する可能性があるということか」

「そうなるな。その際にはもちろん俺も出るさ。そして、可能ならばあの坊ちゃんにも本格的な実戦ってやつを経験してもらおうってね」

「いいんじゃない? 演習もいいけれど、実戦に勝る経験はないわ」

「そんなわけで、南方方面は俺たちで何とかするから、そちらはそちらで体勢を立て直し、ゆっくりしててくれや。春に夏と、凪たちは活躍しっぱなしだからよ。この機会に、やれなかったこととか、色々やっときな」

 

 ぐっと親指を立てて言うのだが、凪としては「ゆっくりできるかどうかは、敵の動き次第なんだがなぁ……」と苦笑するしかない。それにできなかったことと言われても、何があるのかとすぐには浮かばないものだ。

 浮かぶことはどのように艦娘を強化させるか、あるいは装備をどのように調整するかなど、この先を見据えた行動ばかり。気乗りしなかったはずの提督業に色々と染まってしまったことに関しても苦笑が浮かびそうだ。

 提督をやる前といえば、何をしていたんだったかと、少し記憶の奥を手繰り寄せてしまう程に、昔の自分から遠ざかってしまっていたらしい。

 

「じゃ、今日のところは以上でいいかい?」

「ああ、何かあれば連絡を。気を遣ってくれるのはありがたいけど、万が一ということもあるから」

「はいよ」

 

 軽く右手を挙げてすっと前に出し、通信を切る茂樹と、会釈をする深山が通信を切り、隣にいる湊も通信を切り、一息ついた。イヤホンを取って顔を上げれば、海で演習をしている艦娘たちが見える。

 習得している青の力を絡めた戦術の確立。実戦になったとき、果たしてどこまで使えるのかの見極めなどを訓練していく段階だ。強撃よりも鋭く重い一撃を放てる青の力だが、その代償か長く使えるような代物ではない。

 大和は解放から数分はあの状態でいられたが、それは前世から引き継いだ力があり、同時に体に対して馴染んでいた影響もある。扱い方も心得ていたため、状態をキープしつつアンノウンと空母棲姫という二方向に対応することができていた。

 それぞれの敵に対して睨みを利かせることには成功していたが、もし一方だけの敵であれば、あの戦いが乱戦状態でなければ、味方を巻き込まないように慎重さも加味して動いていたかもしれない。

 だが長門が落とされたというアンノウンへの怒りと、それを抑えようとする理性がせめぎ合っていたため、先の戦いでは抑え目な青の力の行使に留められていたといえる。

 そして今、その青の力は他の艦娘たちへと伝授され、使い手が増えた。それぞれができることが増え、敵の攻撃に対処する方法や、硬い装甲を抜くことができるかもしれないという希望を得た。

 とはいえずっと同じ顔触ればかりと戦うというのも、慣れが出てきてしまう。違う動きなどの新しい刺激が欲しいところだ。それは艦娘たちも実感しているようで、神通がそっと近づいてきた。

 

「少しよろしいでしょうか?」

「何かな?」

「都合がつけばでよろしいのですが、他の鎮守府との演習を希望いたします。これは私だけではなく、他の子たちも求めていることです。佐世保の子たちも同様で、部隊を変えて違うケースでの演習も行ってきましたが、これまでの訓練と演習でお互いがお互いを色々と知り尽くしてしまい、無意識にパターン化がされてしまっています。ここで新しい動きなどを取り入れるため、他の鎮守府との交流ができれば、と」

「なるほど、わかった。では横須賀や大湊に声をかけてみようか。あちらさんの了承が取れたら、時間を作って向こうでやってみよう。佐世保の艦娘も希望しているんなら、湊も一緒ということで?」

「あたしとしては異論はない。強くなる意思をわざわざ挫くようなことはしないわ」

 

 湊も同意したため、凪が「ではまず北条さんのところに連絡を入れてみる」と、先日もらった連絡先を使って通信を繋いだ。しばらくコール音が響き、繋がると「おつかれさまです、北条さん。お時間よろしいでしょうか?」と頭を下げると、

 

「おお、凪君ではないか。おや、湊君もいるのかね。どうかしたかい?」

 

 とそっとカメラの向こうで覗き込むようにしながら、横にいる湊も確認し、気さくな笑みを浮かべてくれる。「実は――」と話を切り出したところで、神通がそっと湊に近づき、「少々よろしいでしょうか?」と小声で言う。

 湊はちらりと話を進める凪を確認し、首をしゃくって立ち上がった。離れたところまで移動をすると、神通は丁寧な一礼をする。

 

「こうした時間を設ける機会がなかったため、随分と遅れてしまいましたが、改めてお礼を。ありがとうございます、提督を支えてくださいましたこと、感謝します」

「……別に。あの顔を見たら、何とかしなくちゃいけないってなるでしょ。あたしにできることっていったら、ああいうことぐらいなものだっただけ。それにあんたたちの心境も考えれば、長門という存在の大きさ、重さも理解できる。となれば、あんたがあたしを頼ってきた気持ちもわからなくもない。そういう気持ちを無下にするほど、あたしは人でなしじゃないわ」

 

 腕を組み、倉庫の壁にもたれかかりながら、少し素っ気なく湊は答えた。どうして湊があの日、呉鎮守府を訪ねてきたのかは、神通の依頼によるものだった。神通もまた凪の様子がおかしいことに気づいていたが、彼女自身も先代からの生き残りである長門を喪った悲しみに暮れていた。

 こんな自分では凪と一緒に大きく沈んでしまいかねず、あるいは凪の調子は戻せても、自分の感情を吐き出す機会を失い、大きな歪みを抱えてしないかねなかった。そのため外に助けを求めることを考え、白羽の矢が湊に立ったのだ。

 神通の期待通り、湊は凪の見舞いに来てくれただけでなく、彼の調子を戻してくれた。でもそれだけでは終わっていないような気がする神通である。人と人の繋がり、一年という時間の積み重ねをしてきた二人の男女、戦いだけではなくプライベートでも少なからず親交を深めたのは確かだ。

 じっと湊の顔を観察するように窺っている神通の視線に気づき、「何?」と目を細める湊。

 

「いえ、最近少々気になっておりまして」

「何が?」

「淵上さん、何だかんだと提督との仲を深めておりますね。以前は素っ気ない態度が目に付いておりましたが、今、それはなりを潜めています。心の壁も感じられませんし」

「そりゃあこの先も組んで戦うことになるでしょうから、そんなもの立てる必要もないでしょう。あたしは変わらずあまり他人は好きじゃあないけど、個人の感情よりこの先の作戦のためってやつよ」

「そうですか。私としましては、提督とは良き関係を築いていければと思っておりますよ。あの人には、人間の相方も必要でしょうから」

 

 と、微笑を浮かべる神通に、湊は真顔になってその微笑みを見つめる。彼女の左手には伯母が作り上げたシステムの形、ケッコンカッコカリの指輪が光る。形式上とはいえ、システムで結ばれた相方が、そのように笑う。

 恐らく、本心から神通はそう望んでいる。自分以外の誰かもまた、彼を支えてくれれば安心だと、彼女は願っているのだろう。

 

「……ほんと、献身的ね、あんたは。自分一人で支えれば、あの人を独り占めできるってのに、そうはしないのね」

「それはするべきではないでしょう。提督は私一人ではなく、他の子たちみんなを纏め上げねばなりません。独り占めなど、そのようなことをしては隊が成り立ちません」

「でもプライベートがあるでしょう?」

「それは、私が享受するものではありません。あの人のプライベートは、提督ではない時間です。ならば同じ人間と共に過ごす時間を与えるべきでしょう。淵上さん、あなたならば、何も問題はありません」

「神通……」

 

 その言葉に、湊は目を細める。

 自分は艦娘であり、人ではない。ケッコンカッコカリはし、心を通わせたが、公私をはっきりと切り分けている。そうした実直な態度が、しかしどこか悲しさを湊は感じ取った。

 恐らく長門が消えなければ、こうはならなかっただろう。深い悲しみに沈むようなこと、自分もまたいずれ死ぬかもしれないということを、長門の死を前にして神通は感じ取ったのだ。

 せっかくケッコンカッコカリによって凪と結ばれたのに、そこから女性らしい付き合い、ふるまいをするはずだったのに、先のミッドウェー海戦がその機会を奪った。ケッコンカッコカリの相方としてではなく、新たなる秘書艦として凪を支える。あるいはその両方を以てして支えはする。

 でもプライベートは誰かに委ねる。神通はそう考え、湊に任せているのかもしれない。凪にとって一番近しい異性は、湊なのだから。

 

「……はぁ、あんたも不器用ね。あいつに影響でもされた?」

「といいますと?」

「別に譲ってもらおうなんて思っちゃいないわよあたしは。少なからずあたしも、あの人のことは悪くはないとは考えている。だけど、あんたの思いやりだの、献身にあたしを巻き込むな。素直にあんたは、プライベートでもあの人の傍に寄り添い、女としての幸福でも感じていなさいな」

 

 とん、と神通の胸に指を突き立て、「素直な心で動きなさい、あんたは」とじっと神通の目を見据えて湊は言葉を重ねる。鋭く切れ長の目が、神通の目を捉えて離さない。その瞳に、湊の偽らない心が映っている。

 

「いずれ死ぬかもしれない、そういう弱気な心も、長門が沈んだから一気に浮上したのかもしれないけれど、それをはねのけるだけの力も仲間も、あんたにはいるでしょう? なら、負い目を感じず、あんたが好きな相手と一緒の時間を過ごしなさい。……まあ、いずれあの人にも、人としての彼女ってやつはできるかもしれないけど、それまでは気兼ねなくやっていけばいいでしょう」

「…………そんな風に花を持たせてもいいんですか?」

 

 自分の胸にある湊の手を取り、神通もまたじっと湊の目を見据える。

 

「あなたもまた、素直な心というものを浮かび上がらせてはいかがでしょうか?」

「…………」

「生れ落ちた感情、それを素直に表さず、私を焚きつけていいのでしょうか?」

「あたしがいいと言っているんだから気にすることはないわよ。少なくとも今は、神通の心を癒す時。あんたが不調になれば、他のみんなにも影響する。それは呉にとって大きな損失よ。だからあんたのメディカルチェックは万全にしときなさい」

「……わかりました。では今は、そのようにいたしましょう」

 

 握りしめていた手を、握手のように組み換え、神通は軽く握りしめる。時間にして数秒、そのように交わされた握手を解いたのは湊だった。何故か、このまま握手し続けるのに気が引けてしまった。

 その様子に神通は小さく、「不器用なのはお互い様ということでしょうか」と呟いた。湊はそれに肩を竦め、

 

「……長くこう在り続けた人間だからね。そう簡単には変わらないわよ」

「そのようで。ですが、私はあなたなら、信頼できます。これからも色々とよろしくお願いいたします」

 

 最後に綺麗な一礼をし、神通が去っていく。その様子を見送りながら大きく息を吐き、また倉庫の壁にもたれかかる。透き通るような青い空を見上げ、湊は軽く胸の前で腕を組む。

 わかってはいる。神通に言われずとも、今までの自分にはない感情が浮かび上がっているのを、湊は自覚していた。ただしそれを認める気にはなれなかった。今までの人生が、その感情を否定する。

 全てのそれを幼少の時より拒絶し続けたのだ。それが自分の中で生まれるなど、想像したことすらない。そんな自分が、よもやそれを自覚するなど、何の冗談だと拒絶したくなる。

 だが、ちらついてしかたがない。以前よりも会う機会が増えたことで、感情の片隅に、それがちらついているのは間違いない。否定はしたいが、否定しきれない存在感となっているそれが、どうにもほろ苦く、小さく湊の心を突き刺していた。

 

「――青春だねえ、湊ちゃん」

「……ああ? 全て見とったんか?」

 

 どこからか聞こえてきた声に、今までにないくらい低くドスの利いた声が響いてしまった。それにびくっと体を震わせながらも、倉庫の陰から佐世保の那珂が姿を現す。あたふたと両手を動かしながら、「全てじゃないよ! 途中からだって!」と弁解するも、「盗み聞きしとったんは否定せんのやな?」とじろりと睨む。

 

「いやだって、神通ちゃんとこそこそと話してるのを見ちゃったら、気になるじゃん」

「……さよか。で、何か言いたそうやなあ、那珂?」

「うん、告ろう、湊ちゃん。そうしてすっきりしよう!」

「しばくぞワレ」

 

 と、反射的に那珂にゲンコツを入れる湊だが、「しばきながら言うことじゃないよねえ!?」と頭を押さえながら抗議される。地味に本気で痛かったらしく、涙目になっている那珂を半眼で見下ろしながら、「気軽に告るとか言うなや、事はそう簡単やないんやぞ」と呆れたように湊は大きく息を吐きつつ、ゲンコツしたところを軽く撫でてやる。

 

「なんでためらうの? 神通ちゃんに悪いから?」

「それもある。あの二人がケッコンカッコカリしたんは、あたしがけしかけたからやしな。そんなあたしが、あの人に告る? アホか、あんたは。つか、なんであたしが惚れてる前提で話進めよるか」

「え? 違うの?」

「違うわ」

「ほんとにぃ?」

 

 ニマニマといたずらっぽく笑う那珂に、「一発じゃあ済まんようやなあ?」と拳を握りしめれば、「暴力反対~!」と両手でその拳を包み込んで抗議する。しかし口は軽いようで、

 

「でも、実際湊ちゃんの中には確かにそれはあるんでしょ~!? それを否定することないじゃん! 湊ちゃんだっていい年した女の子だし、見ている限りじゃ呉の提督さんとお似合いだよ」

「――そう。だとしても今はいいわ」

「どうして!?」

「言ったでしょう? 事はそう簡単じゃない。あたし自身がこの感情をどう処理していいかわかんないのよ。今までそういうのに関わらないようにしてたし、興味もなかったしね」

 

 だから時間が必要なのだと湊は言う。本当に人や本の言うような感情なのだとしても、自分でそれを噛みしめ、受け入れられるかどうかが問題だった。そうしないまま闇雲に走ったとしても、上手くいくものではないだろう。

 もし上手くいかなかった場合、この先の戦いで呉と佐世保の間で妙なしこりが生まれかねない。それは避けたいものだ。艦娘同士が問題なくとも、提督同士で遠慮などが生まれたらどうするのだ。

 せっかく派閥間のいざこざが解決し、日本海軍一丸となって深海棲艦と戦おうという空気にまとまったのに、個人間の問題でまた崩れたら、どう責任取ればいいのだろう。

 故に湊は時間を必要とする。冷静になり、自分自身と向き合えばきっと答えが出るはずだと。

 

「……人のこと言えんな」

 

 いつだったか凪に相談されたときは、さっさと答えを出せときっぱりと言い切ったのに、当事者になったらこれかと自嘲する。彼のことをみっともなく、うじうじと悩むなと言ったのに、自分自身に返ってくるとは思わなかった。

 そうか、こうも苦しいものかと、今さらながら実感する。でも、少しばかり気が楽になる。凪と同じ悩みに当たってしまった自分に自嘲したからか、彼に対して若干のシンパシーを感じた。

 とすれば、やはりこれはそういう感情に近いのだろう。後は感情の度合いがどれほどのものか、どのように彼と付き合っていくのかを考える。

 

「湊ちゃん、やっぱりそれって――」

「――恋ではなく、愛でもない。今実感するのは、うん、あの人に抱いているのは、今までの成果を認め、あたしにとって嫌悪感を抱かない人と思える親しい感情。今は、それでいい」

 

 軽く首を振れば、括られた黒髪がさらりと静かに揺れる。現段階での結論はこれでいい。倉庫から離れ、まだ何か言いたそうな那珂の肩を叩いて促し、埠頭へと戻っていく。北条との話はついたようで、微笑を浮かべて指を立てる凪に、湊も頷いて応える。

 お茶を用意した神通からカップを受け取り、礼を言うと、神通は一緒についてきた那珂の表情に気づいて、首を傾げる。だが少し考えて察したようで、お盆を手に那珂に近づき、「何かありました?」と声を掛ければ、

 

「神通」

 

 と、湊自身が手で制する。そのまま口元に指を当ててやると、なるほどと湊、凪へと視線を移し、わかったとばかりに一礼する。その様子に凪も首を傾げるのだが、「気にせず。今は横須賀とのことを聞かせて」と湊がそれ以上凪からは踏み込まないようにと制した。

 

「うん、わかった。日程だけど――」

 

 横須賀鎮守府との演習について話を進める二人と、それを見守る神通と那珂。あの後、那珂と何らかの話をしたのだろうが、恐らく那珂の性格的に湊を促しはしたのだろうと推測した。しかしそれについては何も言うなと言わんばかりに制したのだから、少なくとも湊の中で何らかの答えは出したのだろうと、神通は考える。

 ならばそれを尊重しよう。自分も当事者ではあるが、悪い方向に話が流れることは神通も望んでいない。湊の意思に委ねることにし、那珂を促して二人きりにさせることにした。

 


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