呉鎮守府より   作:流星彗

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広がる技術

 

「Burning Fire!!」

 

 ぐっと拳を握り締め、狙いを定めた一撃が主砲から発射される。気合の入った掛け声の通り、勢いよく放たれた弾丸は、今まで以上の速度を以てして標的へと迫り、着弾、炸裂する。榴弾らしい爆発と、燃焼物がまき散らされ、勢いよく炎上する様は、今までの榴弾の一撃とは威力が比べ物にならない。

 これが訓練の成果。トラック泊地の金剛の成長の証である。双眼鏡越しに確認した茂樹も、その一撃に破顔し、金剛を称えるように拍手する。改二になってスペックが向上したことで満足していたが、青の力という更なる伸びしろを示された。金剛もそれを確認し、自分はまだまだ成長できるのだと笑い、訓練し、その成果があれだ。姉の一撃を目の当たりにした比叡も、「さすがですお姉様! 見事な砲撃です!」と拍手して自慢の姉を称えている。

 標的の消火が済み、新しい標的を用意されたところで、「さあ、比叡。あなたもやってみるネ」と金剛が促す。

 

「では……ふん! 斉射ッ!」

 

 放たれたのは榴弾ではなく徹甲弾。だが、主砲に纏われた青の力のサポートを受け、その加速度は凄まじい。敵を貫く重く鋭い一撃は、標的を速やかに撃ち抜いてしまった。榴弾のような派手さはないが、その一撃の重さが徹甲弾の力だ。硬い装甲をも貫き、その内部にある機構にさえダメージを与える。当たり所が悪ければ、爆発物に刺激を与えて爆破させてしまう程だ。

 狙いを定め、発射する時間も早めれば、その鋭い一撃が相手にとって奇襲となるだろう。遠方からこの一撃を放てれば、良い先制攻撃となる。茂樹はそれを実現させてくれそうな比叡の射撃に、満足そうに頷いた。

 そんなご機嫌な様を見て、秘書艦である加賀も静かに口を開く。

 

「満足そうですね、提督」

「そりゃあな。いい感じに力を得てきているのは喜ぶべきことさ。加賀さん、お前さんもそうだろう? 色々と打ち方を試しているじゃないか」

「そうね。呉や佐世保の先例に、深海側の攻撃と、参考にするものは幸いにも複数あります。その中から、私なりの方法をまだ模索している途中です。実戦で使えそうなものを絞り込めればよいのだけど」

「そうかい。俺なりの案を提示すると、そうだなあ……艦爆や艦攻に何らかの力を特化させるってのもいいと考えてるんだが、どうかな?」

 

 青の力はまだまだ不明な点が多いが、確かなことはそれぞれの攻撃にはより威力や速度を高め、防御にはより硬さを増す。艦載機なら速度を上げ、敵への到達時間を縮めることで、攻撃や帰還の時間短縮に使えそうだ。

 だが茂樹はそれだけではない点に注目していた。

 

「例えばより敵の設備などを破壊する力を高められるとかね。機関を破壊するといった一面を特化させれば、敵主力の足を奪い、一気に攻撃を畳みかけられると考えられないかい?」

「それはまた限定的な力の特化ね。単純に威力を高めるだけではなく、機関への特効の力を高めると? それは最早、概念の付与ね」

 

 一定の条件さえ整えれば、攻撃の威力を高められる特効の力。青の力とやらでその条件に反応させるには、まさしく妖精がもたらすファンタジーやオカルトの力が必要不可欠といえる。

 攻撃を中てた場所が条件ならば、その判別は科学で実現させるのは果てしなく難しい。だがオカルトの力で条件に紐づけるならば、判別はもしかするとできるかもしれない。条件の設定と効果の発現、それを両立させる概念の付与。それができれば間違いなくより深海棲艦に対する大いなる武器となるだろうが、どうやってそれを実現させられるかが問題になるだろう。

 加賀がこの概念の付与に関する例を考えたところ、いつか読んだ一つの戦いについての記述を思い出した。

 

「あれかしら? 記録によれば欧州の空母、アークロイヤルの放った艦攻がビスマルクの舵を破壊したとか。そういう話でしょうか?」

「ああ、概念の付与……そうなってしまうかい。ははは、妖精の力を借りるものとはいえ、概念の付与なんて、そこまでいったら摩訶不思議どころじゃねえな。オカルトを通り越して魔法の域だな!」

 

 自分で例を提案しておきながら、冷静にそう返されてしまっては茂樹も笑うしかなかった。だが、内容としては悪くはない着目点ではある。艦娘という人型になったことで、舵というものはなくなった。自分の意思で航行するのだから、舵を切るというものは想定しない。

 その代わり、艤装の足はある。深海棲艦の艤装で言えば、一部の鬼や姫はあの魔物に騎乗する形で航行している。ならばあの艤装の足を奪えるような一撃を放てば、文字通り棒立ちになる。

 ミッドウェー海戦で猛威を振るった空母棲姫、その戦力を大きく削ぎ落せるならば、悪くはない狙い方といえる。欧州、イギリスの空母の一つ、アークロイヤルに倣うならば、艦攻にそういった力を与えれば、この攻撃は成り立つだろうか。加賀は手にしている流星をじっと見下ろしていた。

 

 

 横須賀鎮守府に移動した呉と佐世保のメンバーは、横須賀艦隊と演習を行っていた。今は佐世保と横須賀の艦娘同士がぶつかり合っており、それを湊と北条が見守っている。凪は横須賀の工廠におり、横須賀の明石の作業を見守っている。

 凪と呉の明石の力により、横須賀の装備の調整を進める予定だったが、ここで北条は仮に凪たちがいなくなっても、横須賀の明石だけで何とかする方法はないかと問いかけた。それに対する回答として、凪は呉の明石が蓄積した経験をアップロードできるかを試した。

 艦娘のデータが蓄積されるデータベースは各鎮守府の工廠にある。そこから明石のデータにアクセスし、呉の明石の経験を追加し、それを横須賀の明石へとダウンロードできるかどうかをテストした。初めての試みであり、事前に美空大将への許可を仰いだが、彼女からも提案の内容を確認してもらい、許可をもらった。

 ダウンロードの結果は、上々だった。横須賀の明石に、呉の明石が蓄積した装備の調整経験が追加され、呉でやっていたような作業をこなすことができるようになったのだ。どのようにして調整するか、艦娘ごとにどう合わせていくのか。こうした観察眼と調整技術、そして装備の強化方法など、装備の面から艦隊強化を図る技術が、呉から横須賀へと瞬時に伝えられたのだ。

 凪が今もついているのは、不備なく装備をいじれているかどうかを確認するためだが、今のところ問題はない。ならば横須賀だけではなく、他の鎮守府全てにいる明石にも、アップロードされたデータをダウンロードすることで、それぞれの鎮守府で装備の強化を図れるだろう。

 

「これだけの技術をもう培っているなんて、呉の私ってどれだけこれをやったんです?」

「んー……結構やったね。暇があれば工廠に篭ってるからね」

「そうなんですね。……あ、ここはもう大丈夫です。提督のところに戻っていただいてもいいですよ」

「そう? 何かあれば呼んでくれて構わないから。ごゆっくり」

 

 会釈を一つし、工廠を後にした凪は一息つく。これで呉の明石から始まる新しい技術革命が各地で起きるだろう。自分が好きでやっていたことに明石が付き合い、蓄積されたものが他の鎮守府で活きる。

 凪としては別にそういった結果を想定してはいなかった。ただ純粋に好きなことをしていただけだった。それがこんな結果をもたらすとは、人生何が起きるかわからないものだ。

 これもまた一つの成果として評価されるのだろうか。海軍の地位などの見返りを求める性分ではない凪はそれを考えると、少しばかり気が引けてしまう。

 湊と北条がいる浜辺へと戻ると、置いてあるタブレットを手に取り、データを確認する。自分の艦隊のデータを再確認する中で、これまでの訓練によって会得した技術などに目を通していった。

 ちらりと視線を上げて浜辺の一角を見ると、呉の艦隊が集まっているのが見える。その一人、ビスマルクが大和の指導の下、力を行使している様子だ。ビスマルクの向上心は相変わらずで、青の力に関しても積極的に教えを請っている。

 そのせいか教えている大和も、ビスマルクが気付けばすぐ後ろまで迫っていることを実感しているようで、先日もこのようなことを言っていた。

 

「ビス子、本当にすごいわね。あそこまで急成長できるのかって、びっくりしていますよ」

「そこまで? 君も長門に急激に迫ったように思えるけども」

「そう言われると面映ゆいですが、……そうですね、私と同じか、あるいは……。青の力という特異性もあるから、もしかすると私と並ぶ日もそう遠くないかもしれません」

「素直に認めるんだね。でも、そうだね……こうしてデータで見る限りでも、君の言葉通りな気がするよ。それに聞くところによれば、美空大将はビスマルクのその先を完成させる日が近いとか」

「それはそれは。私のところから巣立ち、主力艦隊へと配備された甲斐があるというものです」

 

 微笑を浮かべる大和。彼女本人に対しては色々と煽ったりしているが、本心としてはここまで食らいつき、成長していることを喜んでいる。自分が育てたということも相まって、思い入れも強いだろう。

 実際にビスマルクの改装が実装されるならば、もちろん可能ならば行うところだ。長門の穴を埋めるために主力艦隊に転属させ、山城たちとの連携も少しずつ良くなってきている。この早さも、ビスマルクの生真面目な性格が活きていた。

 主力艦隊の穴埋めに関しては、大和を動かすという采配もありえたが、主力艦隊と大和の第二水上打撃部隊を分けて行動させるというのも悪くはない選択だった。そしてビスマルクが抜け、そこに陸奥を据える。扶桑率いる第三水上打撃部隊に関しては、新たな戦艦を迎え入れるか、あるいは別の艦種を据えるかは、この先の新人次第ということで調整を終えた。

 タブレットへと視線を戻し、どうするかを考えていると、夕立が凪の近くまでやってきて、屈みこむようにしつつ顔を覗き込んできた。だが凪はタブレットに映る情報に目を通して考え込んだままだ。

 すると夕立が凪の傍らに座り込み、膝へと顎を乗せていく。そんな彼女の行動に意を介していなかった凪だったが、無言のまま夕立の頭や頬、喉へと手をやり、撫でまわしていく。まるで構ってほしい犬か猫に対する扱いをしているのだが、撫でてもらっている夕立は目を細めて喜びを前面に出した反応を示しており、完全にペットのそれである。

 こうしてゴロゴロしている夕立も今ではもう最高の練度に達しており、青の力も習得してより戦力を高めている。戦場に出れば頼もしい存在として活躍する一水戦の主力だ。

 

「夕立ちゃん、そんなところにいては司令官のお邪魔になりませんか?」

「んー? 別に大丈夫そうっぽい」

 

 そう言って窘めにきたのは改二を施された綾波だった。改二になったことでより髪が伸び、ポニーテールの尻尾が長くなっている。顔立ちが少し精悍なものになり、身体的にも若干成長を感じる。そして装備として腰元に探照灯が追加されており、かつてのソロモン海戦の出来事を思い出させる。

 だが本人の性格は全く変わっておらず、穏やかでおしとやかな一面は崩れていない。おずおずと夕立を窘めているところから見ても、以前までの綾波のままだと感じさせられる。しかし能力で見れば、明らかに大きな変化がみられる。

 ソロモンの黒豹、鬼神の異名は伊達ではないと感じさせる火力面の上昇。短期で敵に大打撃を与えていった逸話に沿った強化が施されているのが見て取れ、夕立と並んで一水戦の戦果に貢献してくれそうな逸材になってくれることが期待できる。

 もちろん強化されたのは一水戦だけではない。他の水雷戦隊も順調に強化が施されており、加えて新顔も追加されている。期待されるのは五水戦に加わった酒匂だろうか。阿賀野型の末であり、呉の五水戦旗艦矢矧の妹だ。末っ子らしい非常に明るい性格をしており、時折妙な鳴き声を発するが、凪は特に突っ込むことなくスルーすることにしている。ついでに容姿の一部分についても、どうして酒匂だけああなったのだろうと、密かに首を傾げたが、そこもまた触れないでおくことにした。

 ミッドウェー海戦における戦いの傷跡は時間がたつにつれて回復し、艦娘たちは各々が前を向き、着実に力をつけてくれている。横須賀艦娘との演習も気合十分。それぞれが全力を出して切磋琢磨していた。

 

(青の力、か……)

 

 一度、一水戦全員がそれを解放した光景を見たが、あれを思い返すと艦娘と深海棲艦が表裏一体という説もあながち間違いではないと思わされる。一水戦のメンバーが両目から燐光を発し、各々が身構えて海上に佇む様。まさしくそれは深海棲艦の中でも、姫級や量産型の改型の目から発する燐光と何ら変わらない。

 今こうして膝の上でゴロゴロしている夕立や、やれやれといった表情を浮かべる綾波も、力を解放すればまさしく戦士の顔となる。以前よりも相手に与える圧を強めるその力。戦いに勝つためとはいえ、より遠い存在になってしまったような気持ちも浮かんでくる。

 それを払拭し、繋ぎとめるかのように、凪は静かに夕立を愛でる。こうして甘える姿は犬や猫のようで、年相応の女の子のようで、とても安心する。この日常を守らなければならないと思わせてくれる。

 ふと、いったん夕立から手を離してタブレットへと持ち替え、空いた手をひらひらさせて綾波へと「やる?」と問いかけてみる。

 

「え!? あ、えっと……じゃあ、せっかくなので……」

 

 あちこち視線を彷徨わせて色々考えた結果、恐る恐る座り込み、そっと頭を差し出してきた。その頭を夕立にしたよりも少し優しめに撫でてやると、最初こそ困惑が浮かんでいたが、静かに身を任せている内にとろけてきたらしく、ふにゃふにゃになってきた。

 綾波の変化に夕立も「うんうん、そうなるよね~」と頷いており、どうやら二人にとって凪の撫でる技術は十分お気に召すもののようだ。工廠でよく作業をしているせいで、一般的な男性の手より少々歪な点があったりするかもしれないが、それでも気に入ってくれていることに、凪は少し安心する。

 それからしばらく、片手でタブレットを操作しながら撫で続けることになったところ、どこからか遠くから様子を伺っていた艦娘たちが一人、また一人と集まり、情報確認どころではないものになってしまったのはまた別の話である。

 




所謂、各鎮守府での明石の工廠の始まり

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