「これで、改装は全て完了かな?」
報告書を手にしながら凪はそう言った。右手には既に判の推された書類が積まれている。
目の前いる長門がそれに対して頷いている。
「戦艦としての技術は十分に仕込んだつもりだ。後はあの二人が自ら航空戦艦としての技術をどう高めるかにかかっている」
あの日から更に三日経過していた。
練度を高め続けた事で呉鎮守府の艦娘らは次々と改装されていった。そして今、山城と日向もまた改装されたのだ。
それによって二人は戦艦から航空戦艦へと切り替わっている。
戦艦としての砲撃能力は少々低下した代わりに、瑞雲という水上爆撃機を発艦させる能力を得ている。艤装にもそれが現れ、盾のように飛行甲板を手にするようになっている。
また他の艦娘達も順調に改へと改装され、基礎能力を高めることに成功していた。
全員を改装したためその分だけ資材が減ったが、それに備えて遠征を繰り返してきたのだ。それによって何とか五千はキープされている。最早ここが凪にとっての心理的な意味で資材の最終ボーダーラインとなっていた。
「さて、改装が終わった事で、こちらとしての準備はほぼ終わったと言ってもいいかな」
「では、仕掛けるのか?」
「千歳のおかげで大体の目星はついている。定期的に偵察してくれたおかげでね」
そう言いながら近海とその周囲の地図を広げる。
その指が宿毛湾付近を示した。特に先日神通達がル級と遭遇した地点だ。
「ここから逃げたル級はこちらへと逃げていき、潜航していったという」
潜航した点については特に突っ込む要素はない。奴らは深海棲艦であり、ほとんどの場合深海からやってくる。潜航したまま攻撃してくるのは潜水艦だけであり、それ以外の水上艦は全て海上に出てから攻撃してくる。その違いだけだ。
「美空大将殿が仰っていた泊地が出現する可能性として挙げられるならば、宿毛湾、佐伯湾の両泊地跡。だがそこを選ぶならば周囲の建物らを破壊し、人を退去させてから行うだろうし、そうでなくとも湾内に入れば人の目がそれなりにある。ここに泊地が出現する事はないだろうと判断する」
ならばどこが考えられるのか。
その指は更に下へと移動していった。そこには小さな島がある。
「鵜来島、姫島、そして沖の島。このいずれかだろうと俺は推測している」
「なるほど。その島々は現在は人がいない。あり得ない話ではないな」
北に一つ鵜来島。その南西に姫島。そこから東に向かうと小島を挟み、三つの島の中で一番大きい沖の島がある。
深海棲艦が確認され始めた事で、沖にある島々からは人は離れていった。国内であったとしても、海は奴らのテリトリーである。島に暮らしていると、いつ深海棲艦によって食料などの分断が行われるかに怯えながら暮らすしかなくなる。そのためほぼ全ての島から人は消えてしまう事となってしまった。
無人島と化したそこに深海棲艦が集い、件の泊地を呼び寄せる準備を進めるという事はあり得る出来事だった。だがそこまで推測したとしても、それを潰すための戦力は必要だ。昨日までの凪にその力はない。
だが今日、山城と日向の改装が完了した。
これによって艦隊の増強は整ったと言える。
後は本当にそこが深海棲艦の拠点となっているのか否かを確認するまで。
「神通と球磨を呼んでくれ。これより、かの三島の偵察を行う」
「承知した」
「それと、山城と日向には腹ごしらえをするように言っておいて。今こそ溜まったあれを消化する時だろうし」
「……ああ、あれか。なるほど。承知した」
任務概要を通達すると、二人は敬礼して退出していった。
第一水雷戦隊と第二水雷戦隊を同時出撃させ、沖の島を目指す。二手に分かれて三つの島を左右から挟むように移動し、偵察を行うのだ。偵察機を飛ばすのは千歳と利根が主であり、異常が発見されればそれを調べ、撤退する。
交戦は許可するが、敵の戦力が強力ならば撤退戦を行い、生存率を上げるべし。
このように通達した。
また大淀には指揮艦の準備を進めるように指示した。これは各鎮守府に配備される艦であり、鎮守府を離れて大規模作戦に参加する際に提督が乗船する艦だ。艦娘らもこれらに乗船し、遠く離れた海域へと移動する。
艦には入渠ドックも配備されており、治療もここで行う事が出来る。
先代提督もこれに乗船して南方に向かい、そして撃沈されたのだ。
そう、提督もここにいる以上、指揮艦を守るための警備隊を用意しなければ、深海棲艦によって直接撃沈される恐れが当然ながらある。艦隊運用するための資材も乗せるため、撃沈されれば失うものがかなり多いというデメリットもあるので注意しなければならない。
凪は長門と共に執務室を後にし、指揮を行うための部屋へと移動した。ここには通信機をはじめとする設備があり、席について神通達からの連絡を待つことにする。
やがて神通率いる第一水雷戦隊と、球磨率いる第二水雷戦隊は間もなく目的の海域へと到着しようとしていた。二手に分かれた両者は、それぞれ敬礼をしあって距離を離していく。
「ご武運を」
「そっちも健闘を祈るクマ」
言葉をかけあって島々を目指していく。お互いの姿が見えなくなる頃、千歳は瑞雲を発艦させた。神通達より先だって様子を窺いに向かう瑞雲。そう時間をかけず、妖精が何かを見つけたようだ。
「敵艦隊、発見しました!」
「艦種は?」
「軽母ヌ級1 雷巡チ級1、重巡リ級1、軽巡ヘ級1、駆逐ハ級2です」
「なるほど……。では対空迎撃、用意。念のため甲標的を。陣形、輪形陣へ」
神通の指示に従い、北上と千歳が甲標的の用意をする。ヌ級に撃墜されないように瑞雲を戻し、進路上に向かうように甲標的を発射し、単縦陣から輪形陣へと切り替えていく。
まだ敵はこちらに気付いていないようだが、ヌ級が艦載機を発艦させ、周囲の警戒を始めた。距離があるが、甲標的が位置に付く前に艦載機の方が先手を取られるだろう。
ここで余計な消耗は避けたいところだが、それはヌ級の艦載機次第だ。
距離を取るように動きながら、艦載機の出方を窺う。だが見つからないように、という願いもむなしく、艦載機の一隊が神通達に気付いて接近してきた。信号が発せられたのか、ヌ級らも進路を変えて迫ってくる。
「撃ち方、始めてください!」
砲と機銃の一斉射。展開されるそれらは敵艦載機を容易に近づかせず、次々と撃墜されていった。それでも二つの爆弾が投下されたが、これもまた展開される弾幕によって空中で爆発し、被害は微量のものとなる。
祥鳳を相手にした対空迎撃訓練による成果だけでなく、改装された事で能力も上昇している。狙いはより正確に、装備妖精もまた能力が反映されて動きがより精巧なものとなる。
これらによる結果が如実に表れていた。ただのヌ級相手ならば、初撃を防ぐことに憂いは感じられない。
そしてヌ級の背後にいる新たなる深海棲艦。
上半身は人型に近く、顔は仮面のようなものに覆われている。そして下半身はというと、艤装と一体化しているかのようで、まるでサーフィンをするかのように移動している。左腕は砲撃を行うための砲門が窺え、下の艤装の口からは魚雷を発射するという。
雷巡と呼ばれるだけあり、砲撃よりも雷撃を得意としている深海棲艦だ。
左目の光が神通達を捉え、ぐいっとライドしている艤装の向きを変えてくる。島を目指す神通達の行く手を阻むかのように魚雷を発射してきた。それを確認した神通はハンドサインでスピードを下げるように指示し、方向転換。
同時に北上と千歳の指示により、甲標的から魚雷が発射される。突然の魚雷の反応にチ級とリ級が驚きの表情を浮かべるが、もうすぐそこまで魚雷は迫っている。
悲鳴を上げて大爆発を起こして沈むのはヌ級だった。それ以外は魚雷を回避したらしく健在だった。
「陣形、単縦陣へ。敵を殲滅します」
ヌ級が沈んだことで対空迎撃を意識する必要はない。攻撃陣形である単縦陣へ切り替えて、残りの五体を沈める方向に切り替えた。
今の練度ならば、問題なくそれが出来ると神通は信じている。それに応えるかのように夕立はとてもいい笑みを浮かべている。戦闘を行えることが楽しくて仕方がない、とでも言うかのように。
「さあ、どんどん沈めていくっぽい!」
「ええ、存分に参りましょう。これは偵察とはいえ、見つかってしまっては連絡される事を防がねばなりません。魚雷の用意を」
旋回した事で右方向に向かっていくチ級の魚雷をやり過ごす事が出来た。
お返しするように、神通達も魚雷を発射する。僅かにT字に近い反航の状態で放たれた魚雷はチ級らの進行方向に向かっていく。続けて主砲の用意をし、一気に殲滅する体勢へと移行していった。
それからは、確かに全く憂いのない戦いだった。
先手を取ったのはリ級だった。狙いすました砲撃の体勢を読み取った神通が距離を取るように進路を変更。加速して砲撃をやり過ごすと、お返しするように神通と北上が砲撃を仕掛ける。
チ級とリ級にそれぞれ命中した刹那、魚雷が到達し、その追撃によってチ級とリ級を撃沈。それによって浮き足立ったへ級らへと急激に接近。夕立らの砲撃によってとどめを刺されてしまったのだ。
「んー、最高の戦いっぽい!」
「お見事な采配ですね~」
流れる様な殲滅に沸き立つ夕立。綾波も満面の笑顔で勝利を喜んでおり、響も声には出さないが、満足そうに頷いている。だがこれはあくまでもただの偵察。すぐに神通が引き締めるように声をかけた。
「喜んでばかりもいられませんよ。さ、行きますよ。そうやって気を緩めてはいけません」
甲標的を回収して、再び瑞雲を発艦させて南下する。
それから数分が経過した頃だろうか。瑞雲が妙なものを見つけた。
そこは確かに件の三つの島がある海域だ。その中の一つ、沖の島の周囲が僅かに赤みを帯びているように見えるのだ。海は普通は青く見えるはずだ。だからこそ僅かな変化だとしても、奇妙なものとして映える。
「異常事態です。沖の島周辺に赤みを確認しました。……いえ、それだけではありません。あれは……輸送ワ級でしょうか。それに、あのオーラ……重巡リ級エリートです!」
「ワ級に、リ級エリート……ここでエリートですか。それに加えて赤みもあるとなれば、これはもう黒ですね。響ちゃん、鎮守府に打電を。まだ本命は確認されていませんが、それでもこれは報告すべき事案です」
「了解」
響が打電する中で神通は「千歳さん、そのワ級の編成は?」と千歳に問う。
瑞雲を通じて確認されたそれらは、輸送ワ級3、重巡リ級エリート1、駆逐ロ級2だった。
輸送ワ級。輸送と名が付くだけあって、深海棲艦における輸送船の役割を担う存在だ。目につくのはやはり体のその大きな丸みだろう。正しくはそれは艤装であり、体の部分はちゃんと人の形をしているのだが、黒い布のようなもので左肩から胸を通って艤装へと繋がっており、それ以外は素肌だ。その両手が艤装に拘束されているかのように見え、艤装で海を疾走しているようだ。
頭部は顔と上あごのようなヘルメットに覆われて中身が見えないのも特徴だ。
そして重巡リ級エリート。
通常のリ級と違い、赤いオーラを纏っているのが見て取れる。目からも赤い燐光が迸り、他の深海棲艦よりも強い存在であることをありありと示していた。
深海棲艦の中でも通常の個体よりもより強固な存在となったもの。
艦娘が改となるように、深海棲艦もまた通常からエリートと呼ばれる赤い存在となる事で強化されている。体力や能力が強化されており、通常個体であるノーマルよりも撃沈させる事が難しくなっている。
だが一体だけならば今の第一水雷戦隊ならばなんとかなる。
それに輸送ワ級という存在は、深海棲艦にとっての輸送船。それは資源を前線基地や泊地へと送り届けるのが役割だ。補給線を断つことはかつての大戦の時も艦娘になった今でも、変わる事はない。
「ワ級を沈めます。瑞雲はそのまま偵察へ。沖の島の探りをお願いします」
「了解しました」
進路は変わらず沖の島方面。となると、前方に鵜来島が見え始めてくる頃合いだ。その周辺にそのワ級らがいるらしい。
瑞雲は沖の島目指して更に南下する。海の赤みは相変わらずその異質さを際立たせ、無人となったそこは昼だというのに静寂。鳥もいないその静かすぎる空気が、より不気味な気配を漂わせていた。
何かがいる、そう予感させるには十分な空気だった。
ここでの沖の島とは、ゲーム内の沖ノ島とは違います。
ゲームではマリアナ沖海戦方面を元ネタとした沖ノ島ですが、
ここの沖の島は高知県の沖の島です。