呉鎮守府より   作:流星彗

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偵察2

 

「敵輸送隊発見。殲滅します。砲雷撃戦、用意!」

 

 鵜来島付近でワ級をはじめとする輸送艦隊を発見し、神通達は接近を試みる。既に甲標的は放たれ、先だって艦隊へと接近していた。するとワ級を守るべくリ級エリートらが前へと躍り出る。

 目から赤い燐光を放つリ級がじっと神通を見据えており、彼女が旗艦である事と、実力者であることを感じ取っているかのようだ。だがもう神通達の方が先手を取っている。

 甲標的から魚雷が放たれ、奇襲を仕掛ける。

 

「……!」

 

 リ級エリートがそれに気づいたらしく、旋回して魚雷の方へと向かっていった。気づくのが若干遅れ、すぐそこまで迫っていたというのに、度胸ある行動で魚雷をやり過ごしたが、ロ級とワ級が一体ずつ撃沈する。

 仲間を落とされ、燐光が怒りに燃えるように輝きを増したように見える。砲門を向け、砲撃開始。弧を描いて飛来する弾丸を蛇行によって回避するが、続けるように逃げる方へと魚雷を発射してきている。

 更にロ級にも指示を出したらしく、魚雷がロ級から発射される。これがエリートというものだ、と言わんばかりの采配。

 

「魚雷に注意してください。……砲撃、用意を……!」

 

 ぎりぎりとコースを見出して航行し、リ級エリートらへと更に接近。夕立ら駆逐も射程内に収めるよう試みる。側面を通過していく魚雷を感じながら、一斉射撃。狙い通りリ級エリートとロ級に着弾していくが、ロ級はまだしも、リ級エリートには小破程度しかダメージが与えられない。

 ワ級はただリ級エリートの後ろをついていくだけ。なぜならばただ輸送するだけの存在なので、武装はしていない。つまり後はリ級エリートを沈めれば、ゆっくりと料理できるのである。

 反航で両者は接近するが、リ級エリートは夕立達が砲撃の用意をしているのを見て距離を取るように離れるようなコースを選択した。ならばと、神通は魚雷の指示を出す。

 逃げるように距離を取るならば、追撃するようなコースで魚雷を発射。また後ろについていくワ級を狙って砲撃開始した。

 無抵抗な敵を撃ち続けるという構図だが、なりふりかまってなどいられない。ワ級の悲鳴を聞いて、リ級エリートがバックしながら砲撃を仕掛けてきた。

 

「きゃ!?」

 

 その反撃に驚いた綾波が回避が遅れ、被弾してしまう。だが同時に魚雷が敵へと到達し、負傷していたワ級が撃沈し、リ級エリートも足元をすくわれて大破してしまった。

 好機を逃す神通ではない。追撃を仕掛けて確実にリ級エリートを撃沈し、夕立らが残ったワ級も撃沈させる。

 神通は大きく息を吐いて辺りを警戒するように見回す。

 

「大丈夫? 綾波ちゃん」

「はい、小破程度です。大丈夫ですよー」

 

 綾波は多少制服が吹き飛んだだけで留まっていた。しかし負傷は負傷。神通は周囲に敵がいない事を確認すると、鵜来島を指さす。

 

「少しあそこで休憩しましょう。瑞雲はそのまま偵察をお願いします」

『はい』

 

 返事し、神通達は沖の島から見えない位置で鵜来島を目指すことにした。

 

 一方、同時刻。

 球磨率いる第二水雷戦隊もまた敵と戦闘していた。こちらは重巡リ級エリート1、重巡リ級2、軽巡ホ級1、駆逐ニ級2という水雷戦隊だった。

 利根が沖の島へと偵察機を飛ばしている間、周囲を警戒していた球磨達へと接近してきていたのだ。

 

「エリートがいるクマ。用心するクマ」

「夜戦じゃないからあんまり気乗りしないなー」

「んなこと言ってる場合かよ!? おら、砲撃準備!」

「ま、摩耶さん……落ち着いてください」

「こんな時まで騒いだら、あいつらに隙晒しちゃうよぉ……」

「やれやれ……多少はマシになったとはいえ、お主ら元気じゃのお……」

 

 だが第二水雷戦隊のメンバーというのは、何というか個性的だった。

 旗艦球磨は口調と雰囲気が緩く、川内は夜戦好きで昼は少々気落ちする。そんな川内にツッコミを入れる男勝りな摩耶に、真面目な初霜もなだめる様子がよく見られる。そして皐月がどうしたものかと微妙な表情を浮かべ、利根もまた彼女らに苦笑や微笑を浮かべる。

 

「クマー、魚雷準備するクマ。……そこクマ!」

 

 現在は同航。同じ進行方向で敵と航行する形だ。

 敵の進行先を狙って魚雷を発射し、続けて砲撃戦へと移行する。だが、敵もまた球磨達を狙って砲撃を開始した。

 お互い中距離で撃てるのが四人ずつ。同航戦によってお互い狙いをつけやすく、正真正銘の撃ち合いだ。だがそれでも弾丸を避ける手段として、速さを変える、蛇行するなどして被害を抑える方法はある。

 球磨達から放たれた弾はホ級に大破、ニ級を一体撃沈する事が出来た。だが敵から放たれた弾丸も川内と初霜へと着弾した。小破未満のダメージではあるが、被弾は被弾だ。

 そこで放たれた魚雷が到達し、リ級二体を中破へと追い込んだ。

 旗艦であるリ級エリートが被害状況を確認し、唸り声らしきものを上げて魚雷を撃ってきた。続くようにニ級も魚雷を撃ってくると、球磨は進路を変える。初霜と皐月が撃てる距離まで接近しつつ魚雷を回避。二人が砲撃し、大破に追い込んでいるホ級を撃沈させる。

 

「そら、いくぜぇ!」

 

 次弾装填し、摩耶をはじめとする軽巡と重巡が砲撃する。神通の訓練によって砲撃の練度を上げているためか、命中率は安心出来る。絶対に逃がさないとばかりに次々とリ級らに当てていき、リ級が撃沈、リ級エリートが中破した。

 駆逐の砲撃はあまり痛くも痒くもなく、軽巡もそれなりに通じるのがリ級エリート。重巡の装甲は伊達ではなく、ましてやエリートとなればより硬くなる。となれば重巡、それ以上の艦種となれば戦艦ぐらいしか通せない。

 だが通じるならば余裕は出てくる。魚雷を撃てない間の砲撃とはいえ、慣れてきている相手ならば被害を抑える立ち回りで切り抜けられる。

 魚雷を避けるために同航を崩し、背後に回り込むようにしながら動いていると、逃げる敵を撃つような構図でのT字有利となった。こうなればもう後はゆっくり処理できる。

 そう時間もかけず、全滅に追い込んでしまった。

 

「強くなったもんじゃのお。エリートが一体混じる程度では、揺るがぬな」

「そうだね。神通さんがあっちでいうエリート級みたいなもんだしね」

「さ、皐月ちゃん。そんなこといってはいけませんよ。神通さんに怒られてしまいます……」

「そうだよー。神通を怒らせると、エリートどころじゃあないよ? 今はいないからいいけど、あいつを怒らせちゃあいけない」

 

 口元に指を当てながら川内が言うのだが、どこか楽しげなのは気のせいではないだろう。

 

「その割には川内さん、時々神通さん怒らせてるよね? ボク、知ってるよ?」

「つーか、騒ぎまくって謝りに回ってる神通なら見たことあるな。あの後かぁ?」

「だって! 夜戦こそ水雷の華でしょ! もっと訓練に夜戦を盛り込まなきゃ! って抗議してるんだけどなー、全然聞いてくれないんだよ! 私は負けないから、どんだけ怒られようとも、ね!」

「抗議はいいが、吾輩らとしては、うるさくされてはかなわんぞ、川内よ……む? ちょっと待て、偵察機が沖の島へと接近じゃ」

 

 利根が放っている偵察機もまた沖の島へと辿り着いていた。千歳が放った瑞雲と違い、北西から沖の島へと迫っている。当然ながら利根も偵察機を通じて、島周辺の海が赤く染まっているのを確認する。

 

「なんじゃこれは……海が赤い。……む? あれはなんじゃ?」

 

 島の上空へとやってくると、一点に強い気配を感じた。北西の港跡だ。

 埠頭に腰掛けるように、何かが存在している。

 瞑目しているそれは人のようだが、下半身を見れば異質さが際立っている。

 上半身は銀や白の長髪が広がり、腰元のマントが扇情に広がるボディスーツのようなものを着こんでいる。頭部には角を思わせるような機械状の何かが生え、右側には長い砲門を持つ単装砲が一基ある。

 そして下半身はというと、深海棲艦らしい魔物のような艤装が両足から繋がれている。繋がれている部分は下あごのようなものらしく、歯が生え揃っており、その下にも口らしきものが赤い光をたたえている。

 不可解なのはその艤装から右腕が一本生えていること。何故一本なのかはわからないが、そのアンバランスさと不可解さが、より一層不気味さを感じさせる。

 偵察機を通じてそれを見た利根は鎮守府へと緊急通信を行う。

 

「利根から緊急通信。目標らしきものを確認。照合します」

 

 司令室で待機していた大淀がそれを受け取り、モニターに表示する。同じく待機していた凪と長門もモニターを見上げ、それを確認した。今までとは雰囲気も風貌も違う深海棲艦。だからこそ、それがなんであるかははっきりとわかる。

 

「照合完了。カテゴリー、鬼。泊地棲鬼です!」

 

 大淀の言葉に、凪は深く頷いた。

 通信機を手に取り、現地にいる彼女達へと通達する。

 

「第一水雷戦隊、第二水雷戦隊。偵察ご苦労様。我々もこれよりそちらに向かう。佐伯湾で合流しよう」

『了解しました』

『了解クマ』

「鎮守府に待機している艦娘に告ぐ。これより我々は沖の島へと向かう。指揮艦へと集合してくれ」

 

 ボタンを押して通信先を切り替え、鎮守府にいる艦娘、山城、日向、祥鳳にも通達する。

 立ち上がって長門と大淀を連れてドックへと向かうと、そこにはもう三人が揃っていた。中へと入れば、駆逐艦から軽巡程の大きさをした艦が鎮座している。

 資源は既に妖精達や大淀の手によって運ばれており、甲板に妖精達が敬礼しながら待機していた。

 

「かねてより懸念していた泊地棲鬼が確認された。我々はこれよりこれを撃滅する。気を引き締め、これに当たってほしい。……無理だけはしないようにね。では、行くよ」

『了解!』

 

 指揮艦へと乗り込み、艦橋へと向かう。妖精達の手によって機関が動き、凪達もまた沖の島を目指して呉鎮守府を出港した。

 航行する中で凪は山城達の下へ訪れる。三人は艤装を解いて楽にしているようだが、その表情には若干の緊張が浮かんでいた。

 無理もない事だろう。彼女らの実戦は近海のみで行われていた。ほとんどが訓練漬けであり、そんな中で泊地棲鬼という大きな敵を相手にしようというのだ。緊張もしてしまうだろう。

 

「無理に気負う必要はないよ。いつも通り、長門や神通に教わった通りの事をすればいい」

「そうだな……。だが、頭の中ではわかっていても、どうにも体というものはうまくいかないらしい」

「レーションは食ったのかい?」

「ええ、いくつか、もらいましたよ」

 

 集合をかける前にあらかじめレーションを食べるように言っておいた。航空戦艦の二人は改装したばかりで本格的な戦いや訓練をしていないが、それでも腹ごしらえと能力増強を兼ねたレーションで多少なりともマシな方にはなっているはず。

 また訓練をしていないとはいえ、艦娘というのはあらかじめ知識としては使い方を知っている。訓練とはそれをより艦娘として扱えるかどうかの効果を引き上げるものだった。

 そこが不安ではあるが、今回は不備があったとしてもカバーできるメンツを編成する予定だ。

 

「現地に着いたら、先行している娘達を少し休ませて出撃する。君達の出番だ。……ああ、安心していいよ。メンバーは長門、山城、日向、神通、摩耶、祥鳳で組ませる」

 

 長門と神通という練度の高い二人を一緒に組ませる事で、何かあった際にもフォローできるようにするという心遣いだ。それを聞いて少しは安心したような息をつくが、それでもやっぱり不安なものは不安らしい。

 こういう時にはどうしたらいいのか、と凪は少し考える。少しざわついた心と、僅かな痛みを感じながらも思い出した事を実行する事にした。

 彼女達へ凪は屈みこんで目線を何とか合わせる。

 

「山城、君はいつだって努力を重ねてきた。それは何故だい? 日向に負けまいとする負けず嫌いな心からだろう?」

「……ええ、そうですけど」

「今こそ、その成果を発揮する時。負けてなるものか、という気持ちを日向ではなく、奴らへと向けるんだ。そして積み重ねてきたものは、決して君を裏切らないと俺は信じている。……そう、俺は、君が頑張ってきたモノを信じる。……ま、俺にこう言われても、あまり効かないかもしれないけど」

 

 手を握るようなことはせず、ただ座っている山城を見て凪は優しく語りかけた。最後に視線を逸らして茶化してみせたが、それでも山城も視線を逸らして「……いえ」と否定する。

 

「少しだけ、ほんの少しだけ、楽になったような、気がします。……ありがとう、ございます」

 

 多少照れているのか、頬が赤い。卑屈ではあるが、根はいい娘だという事は数日の付き合いでなんとなくはわかってきているつもりだ。うん、と頷いた凪は日向へと向き直る。

 

「君も、山城と共に積み重ねた日々があるだろう。長門の教えを生かせば、戦艦の力を発揮する事が出来るはず。……とはいえ戦艦でも、航空戦艦でも、本格的な実戦はこれが初めてになるだろうけど。でも、華々しいデビュー戦を白星で飾れるように共に頑張ろうじゃないか」

「ああ、もちろんだ……! 瑞雲を手にした私の力を、見せてやろう。提督」

 

 最後に祥鳳の下へと訪れる。彼女も硬くはなっているが、凪が来たことで少しだけではあるが、微笑を浮かべてくれた。そんな彼女に、凪は頭を下げる。

 

「実戦ではあるが、艦載機があまり揃えられなくてごめんね」

「いえ、そんな。艦戦として52型を作ってくださっただけでもありがたいです」

 

 52型とは零式艦戦52型のことだ。俗にいうゼロ戦である。開発によって一機だけ作る事が出来たのだが、この一機しか艦戦が出てこなかった。建造でもそうだったのだが、開発でも妖精もご機嫌ななめだったのが悲しい。

 もう一つ52型があるが、これは祥鳳が改装した事で持ってきた代物のため、凪が作ったとは言えなかった。

 

「これだけで制空権を優勢にしろ、なんて無茶は言わない。摩耶を一緒に組ませるから、敵空母がいたら最初は何とかして防空に力を注ぎ、艦隊を守ってほしい。今回はそれが君の主な役割とするよ」

「はい。なんとか、皆さんをお守りいたします」

「ヲ級、ヌ級を沈めれば、恐らくはそこからが君の本領発揮だ。軽空母でも出来るってところを、俺に、敵に見せつけてやるといいよ」

「……もちろんです!」

 

 一人ひとり声をかけていく。

 提督としての仕事もあるが、休憩時間などを利用して凪は彼女達の訓練の様子を見に行っている。だから知っている。彼女達が積み重ねてきた時間と努力を。

 信じている、という言葉は頼もしく、同時に重い言葉だろう。

 こうして海域へと出撃しているが、凪に出来る事は誰を編成し、送り出し、そして信じる事だけだ。深海棲艦に対して、凪に出来る事は全くない。ここで祈る事しか出来ない。

 だからこそ信じている、という言葉は艦娘に重くのしかかるかもしれない。だから同時に、落ち着かせるように目線を何とか合わせ、彼女達へと労いの言葉をかけてやる。

 その慣れていない、無理に作ったどこか歪な笑顔を作って。

 その様子を部屋の外で、壁にもたれかかりながら長門が窺っていた。

 凪の行動、様子を観察する。それは今もなお続いている。

 特に今回は大規模ではないが、凪も出撃する戦い。そしてあの時と同じく、強力な深海棲艦を相手にする戦いなのだ。

 そこでの行動が特に注目される。

 強大な敵を相手にした時こそ、人間というものの本性が浮き彫りになる。今でこそああして優しい言葉を投げかけていても、あれを前にしたら変わってしまう可能性がある。

 長門は出来るならば、この男にはそうならないでほしいものだ、と願わずにはいられなかった。

 

 

 


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