呉鎮守府より   作:流星彗

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沖の島

 

 佐伯湾へと到着すると、身を隠していた神通達を迎える。凪がねぎらいの言葉をかけていき、彼女達は指揮艦の中に備え付けられている入渠ドックへと向かっていった。

 その中で神通と球磨が凪へとそっと近づき、敬礼しながら声をかける。

 

「ご報告することがあります」

「聞こう」

「ここに来る途中で、潜水艦の反応があったクマ。撃沈はしたクマが、まだいる可能性があるクマ」

「潜水艦? ……沖の島から展開されてきたということかい?」

「恐らくは。まだ数はそんなにはありませんが、利根さんの偵察機だけでなく、千歳さんの瑞雲による偵察によれば、少しずつ泊地棲鬼の力が広まりつつあります。結果、深海棲艦が増えつつあり、潜水艦もまた呼び込まれてきているのでしょう……」

 

 水雷戦隊で目的地周辺の偵察や、艦娘らが集まる鎮守府の様子を偵察。それらを確認し終えると、ワ級による輸送を開始。目的地へと資源を送り込む事で、泊地としての環境を整えていく。

 そうすることで、泊地棲鬼を迎える準備を整えるのだ。到着した泊地棲鬼はその力を以ってして周辺の海を変貌させ、深海棲艦にとって有利な環境を作りあげる。より一層深海棲艦を呼び込むようになり、様々な艦種がその泊地へと集まっていく。

 恐らくはもう最終段階に入りつつあるのだろう。このまま放置しておけば、準備を終えた奴らは北上し、呉鎮守府へと襲撃してくる可能性が高まる。それは何としてでも阻止しなければならない。

 

「わかった。ならば長門達第一艦隊だけでなく、第二水雷戦隊も支援として出撃するか。メンバーは摩耶を抜いた五人となるが、これで大丈夫かい?」

「問題ないクマ。対潜警戒と、支援砲撃でいいクマ?」

「いいよ。第一水雷戦隊は指揮艦の護衛となる。その旨、伝えておいて」

「承知いたしました」

 

 一礼して二人も入渠ドックへと向かっていった。

 入渠ドックにある湯船には高速修復材、バケツにある液体が浸されている。それは艦娘らに吸収されると、自己治癒能力が急速に促進され、一気に回復されるのだ。

 駆逐や軽巡ならば短時間で終わる事が多いが、重巡や戦艦、空母となると小破でも長時間かかる。その時間をゼロにするのがこのバケツというものだ。だがこの作戦中はその短時間であろうとも、バケツを使って一気に回復し、次の出撃に備えるのが常。

 日々の遠征でバケツを増やす事もまた提督にとって大切な業務と言えよう。

 やがて入渠が終わり、集会場に全員集合する。改めて凪は編成を皆に通達する。

 

「主力として第一艦隊、旗艦長門。以下山城、日向、神通、摩耶、祥鳳。君達が泊地棲鬼を打ち倒す艦隊だ」

「承知した」

「支援艦隊として第二水雷戦隊。旗艦球磨。以下川内、初霜、皐月、利根。君達は先行し、潜水艦を警戒するように。機を見て泊地棲鬼や他の深海棲艦に砲撃を加え、少しずつ奴の体力を削って行ってくれ」

「了解クマ」

「護衛として旗艦北上。以下夕立、響、綾波、千歳。君達はここに残り、接近してくる艦隊や潜水艦を警戒してくれ」

「ほいほい、了解したよー」

「各自、順次出撃していってくれ。みんなの健闘を祈る」

『了解!』

 

 一斉に敬礼をし、凪も返礼すると彼女達は甲板へと向かっていった。そこから海へと飛び降り、艤装を展開。海から指揮艦へと上がる際はボートを下ろして回収する事になっているが、出撃の際は甲板からの出撃をすることが多い。

 その中で夕立が凪へと振り返り、じっと顔を見つめてくる。どうしたのだろうか、と思っていると、夕立が神妙な表情でそっと呟いた。

 

「提督さん、大丈夫?」

「ん? なにが?」

「……ううん、なんでもない」

 

 敬礼して夕立も甲板に向かっていく。大丈夫って、何がだろうかと思ったが、じっと顔を見られていたためそっと顔を撫でる。緊張でもしていたのだろうか。ならばしかたがない。これから泊地棲鬼を相手にするのだから当然の事なのだから。それ以外の何があると言うのだろう。僅かな痛みを感じながらも凪は艦橋へと向かっていった。

 まずは球磨達第二水雷戦隊が先行するように出撃していく。少し時間を置き、長門達も沖の島を目指して出撃した。

 残る北上達が指揮艦の周囲に留まって警戒態勢となる。北上が何故前線に出ないのかというと、重雷装巡洋艦としての練度がまだ足りていないせいだ。

 重雷装巡洋艦、雷巡という艦種は多くの魚雷という武装が特徴であり、強みである。だが逆にそれがデメリットにも成り得る。一隊で敵艦隊の一隊と戦うならばまだいい。しかし、今回のように複数の艦隊で出撃し、同じ目標を狙うとなると話は別だ。

 多くの魚雷をぶち込んで泊地棲鬼を倒す、だけならばいい。だがそれがもし、別行動している味方艦隊まで巻き込んでしまったらどうなるか。当然ながら被害が出る。味方であったとしても、何らかの力でダメージがなかった、などという現象は起こりえない。

 複数の艦隊で敵を相手にする、という訓練はまだしていない。その状態で北上を前線に出した場合、長門達をも巻き込みかねない魚雷の運用は出来るはずはなかった。

 そのため北上は残念ながらお留守番である。

 

 さて、鵜来島までは何事もなく辿り着くことは出来た。だがこの静けさが逆に不安を煽る。何事もない事はいいことだが、沖の島は今現在異常が起きている。リ級らやワ級が撃沈されている事は泊地棲鬼に伝わっているのかどうか。恐らくは伝わっているのではないだろうか。だからこそ潜水艦が感知されるまで接近してきていたのだろう。

 球磨は沖の島へと向かうルート周辺への警戒を厳にする。

 利根が偵察機を放ち、それ以外は電探で周囲を探るのだ。

 

「あっ……電探に感あり! あっちだよ!」

 

 鵜来島を通過しようとした矢先、島の影に隠れるように何かがいると皐月が言う。それは島の影に隠れて存在を隠し、雷撃を撃ってくる可能性が考慮される。しかし見る限り、誰もいない。岩が点在しているだけだ。

 だが皐月だけでなく、球磨達の電探にも何かがいる事を知らせていた。

 

「潜水艦クマ。対潜用意クマ。……長門さん、少し待つクマ」

「わかった」

 

 潜水艦に対抗する手段、爆雷を持つのは駆逐と軽巡だ。重巡や戦艦にはそれらを装備していない。例外として瑞雲から放たれるもので対潜攻撃は出来るのだが、爆雷と比べるとあまり大したダメージは出ないのが難点だ。

 

「単横陣に切り替えるクマ。……川内。対潜だけど、やる気だすクマよ?」

「わかってるよ。大事な戦いだもんね」

 

 夜戦大好きな川内というのは艦娘の特徴としてよく知られている事だ。そして潜水艦というものは夜においては倒しづらい相手である。奴らは海の中に潜っている。昼でもあまり見えづらいというのに、夜になればほぼ見えない。見えない敵というものは倒すのに苦労するのが通例だ。

 そんな夜戦において苦労する敵である潜水艦。夜戦大好きな川内としては、大好きな戦いで倒しづらい潜水艦というのはあまり好きじゃないらしい。

 各自爆雷を用意しながら単横陣へ切り替えていく。横一列になることで、爆雷の効果を一面に広げるようにする陣形だ。

 ここで反応を見せた潜水艦とは、潜水カ級と呼ばれるものだ。

 スキューバダイビングに使用するような酸素吸入機を口に装着し、かなり長い黒髪を垂れ流しているかのような出で立ちをしている。前髪も長く、左目だけ覗かせた状態で見かけられるというが、それはどこかのホラー映画のようなあの女性を思わせる。

 だが今ここにいるカ級は既に潜航しているため、その姿を見る事は出来ない。

 

「数は、三じゃな」

「ノーマル程度ならどうということはないクマ。雷撃に注意しつつ、落としていくクマよ。爆雷、投射クマー!」

 

 爆雷を顕現し、一斉に投射する。海中へと沈んだそれらは、重力に従ってどんどん沈んでいき、信管が作動して爆発する。その衝撃波が潜水艦へと損傷を与えるのだ。直撃せずともダメージを与えられる攻撃手段であり、そのため広範囲にわたって爆雷を投射できる単横陣が対潜水艦に有効な陣形と呼ばれる所以である。

 発見されたと気づいたカ級らは慌てて魚雷を発射しようとしたが、爆雷の爆風でそれらが誤爆する。もう少し早く発射していれば球磨達へと迫っていただろうが、その判断が遅れてしまったのが敗因だった。

 先制して魚雷を撃つ事も出来ず、三体のカ級はあえなく撃沈されてしまった。

 球磨の言う通り、ノーマルだからこそ出来た事だ。エリートとなると、カ級の思考力はより早くなり、素早く位置に付き、機を窺って魚雷を撃ってくる事が多い。それによって先手を取られ、まるで甲標的を撃たれたかのように魚雷の餌食になってしまうのだ。

 さて、そうして潜水艦に注意しつつ沖の島を目指していく。右手に姫島や小島、前方に沖の島が見えてくる頃合いになると、偵察機が敵を捉えた。

 重巡リ級エリートをはじめとする水雷戦隊だ。

 

「ここは球磨達に任せて、先に行くクマ!」

「ああ、気をつけるんだぞ!」

 

 球磨達が前に出てリ級エリートらの意識を引きつけ、その後ろから長門達が通過していく。リ級エリートも球磨と長門、どちらに向かうべきかと一瞬考えたようだが、向かってくる球磨達を無視するわけにもいかない。

 赤い燐光を輝かせながら球磨達へと砲撃戦を始めた。

 

「そろそろ頃合いだな? 祥鳳、艦載機を発艦させてくれ」

「わかりました」

 

 肌脱ぎして祥鳳が艦載機を弓で射って発艦させていく。編隊を組んで展開される零式艦戦52型が二隊、彗星、九七式艦攻。

 彗星とは九九式艦爆の上位に位置する艦爆の種類だ。九九式艦爆の後継機とも言われている。

 それらが一斉に沖の島を目指し、飛行していく。それを追いかけるように長門達が進行していった。

 沖の島上空へとやってきた52型。妖精は埠頭に腰掛けているモノを視認する。

 相変わらず泊地棲鬼は瞑目して佇んでいる。まるで眠っているかのようにぴくりとも動かない。だが下半身に接続されている異形の存在は静かに呼吸し、じわりじわりとその力を海に注いでいるようだった。

 気のせいか海の赤みが以前より濃くなっている気がするが、初めて訪れた長門達にとってはそれはわからない変化だった。

 

「泊地棲鬼、確認しました。攻撃を仕掛けますか?」

「ああ。先手必勝だ。やれ」

「はい。では、攻撃隊の皆さん、お願いします!」

 

 彗星と九七式艦攻が一斉に泊地棲鬼へと迫っていった。頭上からは彗星、低空飛行するのは九七式艦攻。まずは艦攻が魚雷を放ち、それらは泊地棲鬼へと真っ直ぐに迫る。

 それを前に泊地棲鬼は動かない。気づいていないのか、まだ目を閉じたまま。

 いける、と祥鳳は確信する。初撃は確実にこちら側が先手を取った。泊地棲鬼以外にそこには誰もいない。もらった! と気が緩んだその時、

 

「――!!」

 

 水柱が大きく立ち上る。魚雷が命中した証だ。だが、水柱が落ち着いた時見えたもの。それは無傷の泊地棲鬼だった。

 

「なっ……!? どうして!?」

 

 祥鳳が驚きの表情で艦戦から見える光景を見つめる。

 だが答えはすぐにそこに現れた。

 赤い海から次々とサッカーボールからバスケットボール大の球体が浮かび上がってきている。紅色に近しい色合いをした装甲をした球体に、歯がむき出しになった口が存在している。

 かち、かちと歯を打ち鳴らしながら上空を飛行している艦載機を見上げると、大きく口を開けてヌ級が放つような艦載機を吐き出してきた。

 だが接触するより先に彗星が爆弾を投下しており、そのまま離脱を試みている。投下された爆弾は庇う事も出来ず、泊地棲鬼へと直撃していった。眠っている中で爆撃を受ければ、さすがに泊地棲鬼も目を覚ます。

 あまり動じた様子もなく、ゆっくりと目を開ければ、深紅の瞳がゆっくりと海を見回した。その目がある一点で止まると、泊地棲鬼は、ほぉ……と口を開く。

 そこにはこの沖の島の港に入るために開かれた場所。長門達が砲門を泊地棲鬼へと向けているのだ。

 

「――キタノカ……」

 

 泊地棲鬼の言葉に呼応し、球体だけでなく戦艦ル級もその姿を現していく。更に帽子を被り、マントをなびかせるかのような新たな深海棲艦までも浮かび上がり、手にしている杖らしきものを回転させている。

 だがそれを前にしても長門は揺るがない。

 勢いよく手を前へと突き出し、久しぶりにこの言葉を叫ぶのだ。

 

「全砲門、開けッ! てぇーーー!!」

 

 開戦を告げる轟音が沖の島へと響き渡った。

 

 

 


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