呉鎮守府より   作:流星彗

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泊地棲鬼

 

「全砲門、開けッ! てぇーーー!!」

 

 長門、山城、日向から放たれた弾丸は狙い通り泊地棲鬼に向かっていく。ル級や球体すら飛び越えて直撃し、爆発を起こした。立ち上る黒煙が晴れる中、そこにあったのは鈍色の壁が守りを固めている姿だった。

 泊地棲鬼の艤装から生える、歪な右腕だ。それが人型である泊地棲鬼を守ったのだ。

 

「コンナ場所マデ、来ルトハ……。イマイマシイ、艦娘ドモメ」

 

 ゆらり、と幽鬼のようにふらつきながら少しずつ前進。だがその気迫は静かに強くなっていくではないか。ぎりぎりと頭部にある単装砲が音を立てて長門へと狙いを定めていく。

 

「ダガ、マモナク準備ガ整ウノダ。……ソノ邪魔ハ、サセナイ」

「それを聞いて、我々が指をくわえて見ているはずはないだろう? 潰させてもらうぞ、泊地棲鬼よ!」

 

 戦艦は一撃の重さが売りだが、その分次弾装填時間が長くなってしまうのが欠点だ。長門は泊地棲鬼の射線から逃げるように移動する。

 戦艦ル級と共に砲撃し、先程の一撃を返すかのように長門へと弾丸が向かう。距離を取るように離れ、先程までいた所へと弾着した。水柱が舞い上がり、それが壁となって長門達の姿を隠す。

 その時間を利用して装填し、長門はざっと港内を見回した。

 一番奥、埠頭付近に泊地棲鬼。その周囲を守るかのように三体の球体、護衛要塞と呼ばれるものが控えている。その名の通り、鬼級を守るように動き、砲撃、雷撃、制空までこなしてくるのだが、その能力は器用貧乏といっていい。なんでもできるが、極めているわけではない。まるで補佐するように力を振るい、鬼を守るための盾となるのだ。

 そして祥鳳の下へと艦載機が戻り、補給をするために消える。その間に向こうにいる魔法使いのような出で立ちをしたものが帽子の口から艦載機を吐き出した。

 空母ヲ級。深海棲艦にとっての空母である。

 ヌ級の姿が収縮され、帽子に収まったかのようなものを被り、杖を用いて艦載機を指揮する。数回前へ、後ろへと回転させ、勢いをつけて前へと突き出せばヲ級の指揮に応えて艦載機が長門達へと迫る。

 

「ここは摩耶様に任せなぁ! でぇぇい!」

 

 肩や二の腕に機銃が展開され、両手の砲と合わせて対空迎撃を始める。祥鳳が艦戦を引き戻しているため、対空迎撃が出来るのは摩耶と神通。そして戦艦達の艤装に備えられた機銃。

 特に対空能力に優れた摩耶の機銃が迫りくるヲ級の艦載機を撃ち落している。

 だが艦載機はヲ級だけではない。護衛要塞や泊地棲鬼からも艦載機が発艦し始めたではないか。泊地棲鬼の艤装の口、護衛要塞の口から次々と新たなる艦載機が吐き出され、我が物顔で空を往く。

 たちまち制空権を確保され、一気果敢に長門達へと迫って来た。

 

「くっ、何とか、抑えてみせます……! お願いします!」

 

 補給が終わった52型を発艦させ、長門達を守るように上空を飛行する。攻めるためではなく、守るために艦戦は立ち回る。もちろん艦戦だけで空を埋める様な敵艦載機を全滅させる事など不可能だ。

 摩耶と神通が変わらず対空迎撃を行い、少しでも撃墜数を稼いでいく。

 しかし空からの攻撃というものは苦しいものだ。頭上からいつ襲ってくるのかわからないという恐怖が、焦りと緊張を生む。

 

「っ! 魚雷、来ます……!」

 

 神通が艦攻から魚雷が放たれたのを確認し、警告をあげる。見える航跡は三。避けるように動くが、頭上から迫る艦爆が撃墜できずに爆弾を投下される。神通は咄嗟の機転で魚雷へと機銃を撃ち、魚雷が接触する前に爆発させようとする。

 それは果たされ、一つは爆発を起こす事が出来たが、一本が神通へと接触した。

 

「くっ……!」

「神通!? 無事か!? っ、く……」

 

 長門が振り返って気遣うが、投下される爆弾が至近で爆発し、被害を被ってしまった。長門は小破未満だったが、神通は小破してしまう。爆弾はなおも投下されていくが、蛇行しながら回避行動を行い、長門達はヲ級を狙って砲撃を行う。

 まずはヲ級を潰さなければ空からの脅威が消えない。艦載機は泊地棲鬼と護衛要塞も放ってくるが、一番多いのはヲ級だろう。艦載機運用のプロは空母であるヲ級なのだから。

 

「ヲ級を狙え。てぇーー!」

 

 三人がヲ級へと砲撃を行う。だがヲ級はそれに気づいて後ろへと下がっていく。山城と日向は一斉射を行ったが、長門は一拍おいての連射で砲撃した。誤差修正するように仰角を変えて撃つことで、ヲ級へと直撃した。

 帽子へと命中した事で、艦載機発艦が困難になってしまった様子だ。狙い通りの事に、長門は少し安心したように息を吐く。

 泊地棲鬼達は陣形を組んでいない。それぞれが自由に行動している。

 燃える帽子を外して何とか消化しようとばたばたと振り回しているヲ級へと、土産を送るように神通と摩耶が魚雷を発射。旋回しながらル級へと接近を試みる。

 

「トコトン、ヤルツモリカ……。ナラバ、封鎖シロ。絶対ニ、逃ガスナ……!」

 

 泊地棲鬼の命に従い、海の中から港の入口を取り囲むように駆逐と護衛要塞が浮かび上がって来た。特に泊地棲鬼の艤装が唸り声を上げており、それに従って赤い海に波紋が広がっていく。

 波紋は静かに護衛要塞、ル級へと届き、特にル級はその波紋に注がれた力を受けて、エリートのオーラを纏い始める。

 

「イマイマシイ艦娘ヲ、生キテ帰スナ!」

「――そうはさせないクマー!」

 

 背後から威勢のいい叫び声が響いた。次いで聞こえるは爆発と立ち上る水柱の音。次々とそれらが響く中で、港の一角に彼女達が現れる。

 何事だ!? と泊地棲鬼の意識がそちらへと向かったのを見逃さず、長門が「撃てぇ!」と指示を出した。一瞬の緩みすら命取りとなるこの戦場。やる時にやらなければ、沈められるのはこちらなのだ。全弾命中、泊地棲鬼に大きなダメージを与えた事だろう。

 

「颯爽登場! 大丈夫、神通?」

「ええ、大丈夫ですよ。姉さん。……少々、振る舞いが目立ちすぎなのが気になりますが」

「あいつらの意識を引きつけるためにやってんだから、細かい事は気にしっこなし! っと、やばっ……ル級がこっち向いてるよ!」

「離脱するクマー! ついでに、あっちの護衛要塞も撃つクマー!」

 

 魚雷による奇襲で、港の一角に展開された駆逐と護衛要塞をいくつか沈めたのだろう。それによって逃げ場は生み出された。ル級エリートが苦い表情を浮かべ、球磨達を追いかけるように航行する。

 封鎖と守りが薄くなった。

 長門達の砲撃によって泊地棲鬼の艤装が煙を立ち上らせるようになっている。だが、彼女を守る護衛要塞が反撃の砲撃を始める。口から出現したのは三連装砲だ。一射で三つの砲弾が飛来してくる。

 それに加えて新手としてリ級が二体浮上してきた。護衛要塞と共に砲撃を加えてくる。

 射程は中距離のようなので、離れれば回避できるが、それでも泊地棲鬼の単装砲が遠距離射程のため、空を切る唸り声を上げて高速で飛来してきた。

 

「ちぃ……当ててくるな……。だが、今こそ瑞雲発艦の時」

 

 日向の右肩に着弾したようで、そこにあった主砲が破損してしまった。

 空にいた艦載機はほとんどが攻撃を終えて帰還していく。だがヲ級は魚雷によって撃沈された。となると帰還先は護衛要塞と泊地棲鬼となるわけだが、帰還する際にも隙が生まれる。

 特に護衛要塞は砲が出る場所と艦載機が出入りする場所がその大きな口のため、艦載機を戻すために砲を引っ込めなければならない。それこそ、護衛要塞が晒す最大の隙。

 日向と山城はこの隙を逃さず、左手に持っている盾のような甲板から瑞雲を順次発艦させていく。

 

「摩耶さん、護衛とリ級を落としますよ」

「おっしゃ、やってやるぜぇ! でぇぇい!」

 

 魚雷を発射し、更に砲撃を加える。空からの攻撃が落ち着いた今こそ、神通と摩耶も攻撃に参加する時。祥鳳もまた瑞雲に続いて艦載機を発艦させる時でもある。いくつかの52型が撃墜されはしたが、まだいくつかストックはある。

 彗星と九七式艦攻が再び発艦され、泊地棲鬼を目指す。

 流れは長門側に傾いている。魚雷が護衛要塞とリ級、泊地棲鬼に命中し、護衛要塞の一つが撃沈される。追撃するように瑞雲と彗星から爆弾が投下され、ダメ押しとばかりに艦攻から魚雷。

 爆弾はまた異形の右腕が防いだが、魚雷までは防ぐことが出来ない。その直撃が、ついに泊地棲鬼の表情から余裕を消した。

 艤装が大きく負傷した事で、バランスを崩して右に傾き始めたのだ。更に艤装が海に沈み始めている。

 

「チィ……、ヨクモ……! 万全ノ状態ナラバ、コノヨウナ不覚ナドォ……!」

「やはりそうか。どうもここの守りが手薄だと思った。この海の赤から見ても、お前の力が完全に沖の島海域全域に及んでいないのが分かる」

「本来ならば、もっと深海棲艦がいた、ということ……?」

「その通りだ山城。先代が邂逅した泊地棲鬼の場合は、島の守りにル級やヲ級が複数確認されたからな。それもノーマルではなく、エリートだ。……今回の私達は幸運だ。奴が本領発揮する状態である前に会敵したのだから」

 

 他の鎮守府は深海棲艦が増えても沈める敵が増えただけと捉える。中には原因究明をした提督もいたようだが、それでも彼らにとって深海棲艦とは、どこからでもいくらでも増えてくる存在なのだ。

 いくらでも現れようが、それが深海棲艦なのであり、彼らにとっては日常でしかない。

 だが今回の場合、凪はこの数の増え方は何かがあると考え、千歳と利根を使って偵察を行った。その結果、泊地棲鬼を発見する事が出来た。泊地棲鬼に備えて戦力を整え、いざこうして沖の島へと辿り着いたのだ。

 結果、他の泊地棲鬼と違い、全力を出せる状態になるまえに会敵する事となった。

 

「いうなれば敵艦隊が集合する前に、我々の艦隊が泊地へと殴り込みしにいった、って感じかな」

 

 海図を見ながら凪が呟く。

 その作戦は敵からすれば無情だろうが、こちら側からすればなりふりかまってなどいられない。つい先日着任したばかりで全然戦力が整っていない状態で、全力の泊地棲鬼と彼女率いる艦隊など相手にしてられない。

 一体ならばまだしも、ル級エリートやヲ級エリートが複数参列し、その背後に泊地棲鬼が控える艦隊を相手にする事など出来るはずがない。そうまでされれば、さすがに他の鎮守府に救援要請を出すだろう。

 だからこそ、そうなる前に先手を打っての殴り込みだ。そうすれば勝ちの目が見えてくる。

 

「終わらせてもらうぞ、泊地棲鬼! 全砲門、開けッ!」

 

 決定打を与える砲撃。それは人型、艤装と複数の箇所を撃ち抜き、爆発を起こした。艤装は多大なダメージが積み重なって大爆発を起こし、それによって接続されていた人型の泊地棲鬼もまた宙に舞い上がる。

 腹から血のようなものを流しながら、ぎろりと長門を見下ろし、そして海に沈んだ。

 それを見つめる山城と祥鳳。呆然としたまま泊地棲鬼がいた所を見つめる。轟々と燃える炎に包まれながら艤装が更に横転して沈んでいく。護衛要塞も爆風に煽られたのか、海を転がっていったかと思うと、沈み始めていた。

 

「や、やったのです……?」

「…………さて、どうだろうな。まだ、海は赤い」

 

 そうだ、泊地棲鬼がいた所だけではない。長門達が佇んでいる場所も、港の入口も、まだ赤く染まったままなのだ。泊地棲鬼の力が死んでいない証だった。

 

 不意に、波紋が広がった。

 

 一つの波紋から、二つ、三つと波紋が広がり、その中心でぬらり、と白い髪が広がっていく。水が滴るその髪が、赤い海の一面に広がっていく様は不気味さを通り越して異質であり、摩耶と祥鳳が小さく悲鳴を上げてしまった。続くように、その髪に似つかわしくない赤黒い単装砲が生え、不意打ち気味に砲撃した。

 

「っ!?」

 

 だが長門は顔を横に背けてそれを回避した。髪が何本か持っていかれたが、それで済んで良かったと言えよう。

 

「―――ガ、ト、ナガト……長門ォ……!」

 

 凄まじい恨みがこもった声だった。狂おしく、それでいて怒りに燃えた声は空気を、海を震わせて波紋を生む。それが、より一層海を血に染めていくのだ。

 顔が現れた。赤く濡れた瞳がじっと長門を見据え、力強く両手で海を叩きだす。そのまま髪を掻きむしり、勢いよく体を起き上がらせる。

 

「ァァァアアア!! ヨクモ、ヨクモコノ私ヲ……! 許サナイ、逃ガサナイ……! 私ハ、滅ビヌゾ……! 貴様ラヲ、水底ニ、沈メルマデハナァ!」

 

 その動きに従って、ボディースーツのマントが宙になびく。だがそのボディースーツは体の中央部分が完全に吹き飛んでおり、その白い素肌を露わにしていた。

 また彼女を護衛する護衛要塞が彼女に四つくっついているようだが、他の護衛要塞と違い、ボディースーツと同じく鈍色に近しい色合いをしている。

 その変化には覚えがあった。「大淀!」と長門が通信機に呼びかけると、すかさず大淀が偵察機から映し出されるあれの姿を捉える。

 

「――照合完了! カテゴリー、姫! 泊地棲姫です!」

 

 鬼から、姫へとランクアップ。

 それもまた深海棲艦に確認された新たなる特徴だった。

 深海棲艦の中でも強力な個体。しかも人間の言葉を解し、拙いながらも喋る事が出来る。それはまさしく深海から来る異形の「鬼」。

 対してその鬼よりも更に強力な力を備えし存在。深海棲艦を統べ、従える強力な存在。それはまさしく深海から来る「姫」君。

 

「……そう、逃がすつもりはない、と。下の艤装が消えた事で身軽になったろうし……」

 

 その様子を見つめる凪はぶつぶつと何かを考えるように呟きはじめる。

 そうしている間も泊地棲姫は新たなる護衛要塞を呼び寄せる。その数は五。それらを従え、艦載機を発艦させた。

 

「――サア、水底ガオ前ヲ呼ンデイル……! ココガ、オ前ノ墓標トナルノヨ」

「断る。私は、まだ沈むつもりはない。貴様が、ここに墓標を刻むがいい、泊地棲姫!」

 

 祥鳳も再び52型を発艦させ、戦いは佳境を迎える事となった。

 

 

 


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