呉鎮守府より   作:流星彗

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泊地棲姫

 

「球磨、利根、応答願う」

『クマ? 呼んだクマ?』

『なにかの?』

 

 海図を見つめながら通信機を手に、凪は二人に呼びかける。すぐに応答が入り、凪は「まずは被害状況を」と問いかける。

 

『全員小破以下の状態クマ。ル級は沈めたクマ。現在長門達の所へと向かっている所クマよ』

「そうか。無事ならばよかった。……さて、利根。偵察機を発艦させて。場所は――」

 

 ポイントを指示し、その周辺の状況を探るように伝える。了解と返事が返ってきたが、利根は何故その周囲を調べるように? と疑問を投げかけてきた。

 凪は泊地棲姫を倒すための作戦を彼女達に伝える。どのようにしてこの作戦を進め、泊地棲姫を倒すのか。それらを説明し終えると、利根がなるほど、と頷いた。

 

『悪くない作戦じゃ。通常ならば練度の高い駆逐がやるような作戦じゃのお。……じゃが、あの様子じゃと、吾輩らがやっても成功の兆しは見える気がするのお』

「長門に意識が向きすぎているからね。恐らくは、乗ってくれるだろうとは思っている。……目的地周辺の様子はどうだい?」

『敵影、なしじゃ。あとは潜水艦がいるかどうかじゃの』

「わかった。では球磨達は現場に向かってくれ。長門には俺から伝える」

『了解クマ。現地に着いたら、報告するクマ』

 

 球磨達との通信を終え、続いて砲撃戦を行っている長門へと通信を繋ぐ。

 回避行動をとりながらも、長門はその通信に応えた。

 

「こちら凪。長門、大丈夫かい?」

『少しずつ盛り返されているが、まだ耐えられそうではあるな。戦闘は続行するのか、提督?』

「ああ、もう少し耐えてほしい。こちらで泊地棲姫を倒す作戦を考案した。説明するよ」

 

 そして内容を伝えると、長門も静かに頷いた。だが、と山城達を見やる。航空戦艦になっただけではない。本格的な実戦をやるのも初めてな彼女達に、まだ戦えるのだろうか、と。それも、時間稼ぎのために。

 

「山城達が気になるのだろう? ……俺もだよ。奴をほぼ確実に沈められるかもしれない策ではあるが、そのためには球磨達が位置に付くまでの時間が必要。彼女達には無理を強いることになる。その事については申し訳なく思う」

『……いや、大丈夫だ、提督。私達も艦娘。ここが耐え時ならば、耐えてみせよう』

 

 日向が通信に入って来た。

 だがその顔には一筋の汗が流れ落ちている。強がっているが、退く気はないらしい。一基主砲がやられていようとも、まだ他に主砲はある。戦えるならば、戦うまでだ。その覚悟が彼女にはあった。

 

『ええ、私も……やります。別に日向が残るから、という訳じゃあありません。私もまた、戦艦。戦艦としての、意地があります……! 勝ち筋が見えている今、ここで尻尾を巻いて逃げるなんて……戦艦とは、言えません!』

『私も、私もやります……! 私だって、航空母艦です! 艦載機は、まだ残っています!』

 

 山城も、祥鳳も、そう言ってくれる。

 戦闘らしい戦闘を経験していない彼女達だというのに、緊張していないはずがないのに、そう言ってくれる。その健気さに、意地に、応えずして何が提督か。

 ぐっと通信機を握りしめ、凪は告げる。

 

「……ありがとう。ならば、今しばらく耐えてくれ。無理はせず、回避行動に努めるように」

『了解!』

 

 通信を終え、長門はじっと前方を見据える。彼女らの位置は砲撃から避けるように、さりげなく港の入口方面まで下がりつつあった。砲撃だけでなく、空には艦載機が飛び回り、それを迎撃すべく52型が応戦し、摩耶と神通による対空砲撃を行っている。

 

「ドウシタ、長門? 逃ゲテバカリデハ、私ヲ倒スコトハデキンゾ……!」

「なに、機を窺っているだけだ。こうも空がうるさくてはかなわない。黙らせるのが先というものだろう?」

 

 長門もまた機銃で艦載機を落としながら、目標を見定める。護衛要塞のいくつかは前へと躍り出、装備している三連装砲の射程内に長門達を収めようとしている。口からその砲を出しながら迫ってくる様はなかなかにシュールさを感じる光景だ。

 副砲で接近してくる護衛要塞と、砲撃と魚雷を放ってくるリ級を牽制しながら長門達は更に後ろへ。だが牽制などどうしたとばかりに護衛要塞とリ級は更に前へ。砲が唸りを上げて次々と弾丸を放ってきた。

 だが神通と摩耶が放った魚雷によってリ級は全滅。残る取り巻きは護衛要塞だけとなった。そうしてぐるぐると港入口で防戦一方となる事数分。逃げ撃ちが続く中で、緊張がピークに達してきた。

 

「あー、もう! じり貧だわ! 弾薬はまだ半分は持つけど、このままだと押されそうよ。球磨達はまだなの!?」

 

 対空機銃に主砲、副砲と結構弾を撃っているのだ。レーションのおかげで装甲を上げているため、護衛要塞の砲撃にはまだ耐えられるが、それでも長くはもたない。山城がつい球磨達の状況を問うてしまう。

 

『間もなくだ。あと少し、耐えてくれ』

「……承知いたしました。山城さん、頑張りましょう。祥鳳さん、あそこから側面を攻めてください」

「あ、はい……!」

 

 凪からの言葉に神通が応え、空の艦載機が補給のために帰っていく隙を見逃さずに祥鳳に進言した。すかさず艦載機を発艦させ、泊地棲姫と護衛要塞の側面に回り込んでいく。

 神通も迫ってくる護衛要塞を迎え撃つように次発装填された魚雷を放つ。

 装填完了すれば、長門達戦艦もまた泊地棲姫を狙って砲撃を加える。護衛要塞ではなく、今度は自分を狙ってきたことで泊地棲姫は回避行動をとった。魔物のような艤装を失った事で人型だけとなり、速さを手に入れたため容易に回避してみせる。だが、それでも多くの弾丸が飛来し、一、二発その身に受ける。

 

「グッ……ハ、ハハ……マダダ、コンナモノデハ……!」

 

 攻撃を受けても笑みを浮かべて執拗に長門を狙って反撃する。どうやら長門が艦娘らを纏める存在である事を見抜いているようだ。長門を潰せば、瓦解するという事を本能的に悟っているのだろう。

 

「長門……貴様ガ沈メバドウトデモナル……!」

「ふん、それもどうかとは思うが、今はそれを受け入れておくとしようか」

 

 ちらりと神通をみやりながらも、長門は作戦のためにそう返した。

 祥鳳の放った艦攻が魚雷を発射。同時に泊地棲姫の頭上を取った艦爆も攻撃を開始する。だが泊地棲姫の艤装となっている護衛要塞らしきものの口から機銃が突き出され、投下される爆弾を迎撃した。それだけでなく、艦爆も機銃の弾幕に飲み込まれ、撃墜されてしまう。

 だが魚雷は防げない。二発が直撃し、大きなダメージを与える事が出来た。

 

「オノレ、イマイマシイ……! 貴様カ!? タカガ軽空母ガ、調子ニ乗ルナァ!」

 

 ぎろりと深紅の瞳が憤怒に濡れて輝きを増す。単装砲が祥鳳を狙いすまし、だが先に護衛要塞が砲撃を始めた。蛇行しながら弾丸を避ける中で、泊地棲姫の単装砲もそれに合わせて動いていく。

 副砲で護衛要塞へと応戦するが、護衛要塞も怯まずに砲撃を続けていた。やがてその内の一体が力尽きた様にぐたり、と倒れると沈みだす。その中で攻撃を加えた祥鳳の艦載機が帰還してきた。

 その隙を待っていたのだろうか。泊地棲姫が砲撃する。待ち続け、狙いすました一撃が祥鳳へと着弾し、爆発を起こす。

 

「あぁ……っ!?」

「祥鳳さん!?」

 

 その一撃は祥鳳を中破に追い込むには十分な威力だった。弓が完全に破損し、着物もぼろぼろになってしまう。弓をやられてはもう艦載機を放つことは出来ない。祥鳳はもう、攻撃できない状態になっていた。

 そこで、大淀から海図の情報が送られてくる。そこには沖の島周辺の海図があり、一つの線が引かれている。

 

『そのルートを通ってください。作戦、開始です』

「了解した。では皆、撤退する!」

 

 長門の声に従い、一斉に沖の島から離脱する。その様子を見た泊地棲姫は、一瞬ぽかんとするものの、逃げていく長門達を見て次第に体と拳を震わせる。

 ここまで好き勝手にやっておいて、今更逃げる? 祥鳳が中破したからか?

 ふざけるな。

 そんな事が許されるとでも思っているのか!?

 そこで泊地棲姫の怒りが完全に振り切ったのだろう。その纏いし赤いオーラが爛々と輝いて立ち昇る。

 

「――フッザケルナァ……! 逃ゲラレルトデモ、思ッテイルノカァ!? 沈メル……沈メテヤル……!」

 

 当然ながら泊地棲姫は後を追う。怒りに燃える彼女の頭の中には完全に長門達を沈める事しかない。ここまで拠点を荒らし、自分の体をここまで痛めつけておきながら、不利になったら逃げに徹する?

 そこまでやられては、長門達を沈めない事には怒りが収まらない。

 そもそも、深海棲艦にとって艦娘は沈めるべき怨敵であり、狩るべき獲物だ。手負いの獲物が逃げるとなれば、それを追うのが狩人として当然の行動だった。

 残っている三体の護衛要塞も泊地棲姫に追従し、自然と単縦陣を組んで長門を追う。

 それをちらりと肩越しに振り返った神通が確認し、「釣れました」と短く報告した。

 空には偵察機が飛行している。利根の偵察機だろう。彼女の視界にも、泊地棲姫が追跡しているのが見えているはずだ。

 沖の島から離れると、赤い海は次第と消え、普通の青い海へと変化していく。ここまでは泊地棲姫の力が及んでいない。

 進行ルートは西。姫島がある方だ。

 その途中には小島が存在している。北から回り込むようにして進んでいき、「そろそろだ」と長門が通信機へと告げる。

 

『了解じゃ。見えておるよ、しっかりとな』

 

 と利根から返事が入る。

 背後からは泊地棲姫が追いながら単装砲で砲撃を仕掛けてくる。一発、一発と撃ってくる中で、背後から水柱が立ち昇るが、蛇行して逃げているためなかなか命中しない。

 怒りに任せての砲撃では、当たるものも当たらなかった。祥鳳を中へ入れ、神通が最後尾を務めているが、その小回りの良さで回避しているのだ。

 長門は「全速! 島を通過する!」と山城達に告げる。

 次々と小島を通過し、最後に神通が通過しながら目だけを横に向ける。そこには、じっと息を潜めている球磨達がいた。島を盾にして隠れていたのだ。さっと動き出し、単縦陣で魚雷発射管を長門達が通過した方向へと向けると、指だけで指示を出す。

 発射される魚雷の群れ。それは、今まさに長門達を追って島を通過しようとした泊地棲姫らへと奇襲する。

 

「――ナ、ニ――」

 

 水雷戦隊による近距離での魚雷による総攻撃。それこそ水雷屋にとっては最高の花火。一斉に放たれたそれらは容赦なく泊地棲姫らへと直撃し、大きな水柱を生み出す。

 泊地棲姫に冷静さがあったならば、こうはならなかったろう。

 逃げる長門達を追わなければ。

 球磨達がいつの間にか沖の島からいなくなっている事に気づいていれば。

 北から来たのに、なぜ西に逃げているのか。

 島に誰かが隠れていると気づいていれば。

 だがそれらは全て凪の読みが当たった結果だ。

 元より自分達は沖の島へと殴り込みに来た敵だ。そして泊地棲姫はその奇襲によって完全に力を振るえず、奇襲を仕掛けた艦隊の長である長門にその怒りの矛先を向けていた。

 深海棲艦は恨みの強い存在らしく、一度執心するとなかなか抜けきらない特徴がある。この泊地棲姫はそれが如実に表れていた。

 この特徴と、沖の島周辺の様子を組み合わせ、泊地棲姫を釣り出す作戦に出た。完全な力でないが故に、泊地棲姫の力は沖の島周辺にしか及んでいないのも幸いした。もしも小島まで及んでいた場合、そこにも敵を忍ばせていた可能性もある。球磨達がその敵の対処で時間を余計にとらせていたかもしれない。

 球磨達も泊地棲姫から距離を取り、長門達も減速しながら旋回して泊地棲姫がいた場所を見つめる。水柱の勢いも落ち着き、その中から彼女の姿が露わになる。

 泊地棲姫は――瀕死だった。

 艤装はボロボロであり、足元やわき腹が大きく負傷して血を流している。特に足がひどく、太ももなどが抉られ、ゆっくりとその身が沈み始めていた。いや、もう体を支える力もないのか、ふらりと前のめりに倒れ、しかし、堪えた。

 

「アァ……敗レルト、言ウノカ……、コノ私ガ……」

 

 手足から沈みだした泊地棲姫は、自分が終わる事を実感する。単装砲も力を失ったように頭部から滑り落ち、護衛要塞もいなくなった。自分にはもう攻撃手段もない。赤いオーラも消え去った。

 そこにいるのは力を失った女だった。

 

「……貴様達、深海棲艦はどこから来て、どこへ行くんだ?」

 

 長門は、不意にそんな問いかけをしてしまった。そんな事を訊いても答えてくれる保証などないのに。だがそれは誰もが疑問に思っている事だ。しかし深海棲艦は鬼や姫以外のものは言葉を発したという記録がない。

 そして鬼や姫は強力であるが故に、完全に殺し合う存在だ。こうして倒した時ぐらいしか訊けるものではないのだが、大抵の場合は容赦なく沈める。他の深海棲艦と同じように。

 倒すべき敵、それは何故か。

 国を守るために。

 自らの戦果を挙げるために。

 多くの場合は後者であり、前者はその結果としてついてくる。それが他の提督らによる認識だった。

 だからこんな問いかけをするのは稀だった。

 だが泊地棲姫はそれに答えた。

 

「――知ラン」

「なに……?」

「ドコカラクルノカ? ソンナ事、知ル必要ハナイ。私達ノ目的ハ、貴様ラ艦娘ヲ沈メル事ダ。私モマタ、同様。気ヅケバ、アソコニイタ。ソシテ、私ノ中ニアル目的ニ従ウノダ。アソコニ拠点ヲ築キ、艦娘ヲ沈メロ、トナ」

 

 震える指はそっと長門を指さす。垂れ下がった白い前髪の奥から、じっとその深紅の目が長門を射ぬいている。力を失っても、その眼差しは憎悪に満ちている。決して、許しはしないのだと、赤い眼差しが語っていた。

 

「ドコヘイクノカ? 決マッテイル。深イ、深イ、水底ダ……。静カデ、冷タイ世界、ソレガ私達ト、貴様ラの向カウ場所。……逃レラレナイ、運命ダ。ソシテマタ、蘇ルノダ。冷タイ水底カラ、私達ハ、私……達、ハ――?」

 

 そこでふと、泊地棲姫は何かに気付いたように声を震わせる。先程まで恨みに満ちた眼差しをしていたはずだったが、どういうわけか落ち着きを取り戻していた。

 その体が完全に沈み、顔だけ海の上にある状態。またしても白い髪が水面に広がり、不気味さを醸し出しているのだが、その雰囲気は先程までとは違っていた。

 ぶつぶつと何事かを呟いているが、それを聞き取ることは出来ない。だが理性は確かに取り戻している。敵意は完全になくなり、やがて答えが出たとばかりに沈黙した。

 

「な、なに……?」

 

 山城がその変化に戸惑い、恐れを含んだ声色で呟く。

 そんな中で、泊地棲姫は長門を指していた指先を震わせながら、視線を空へと向けていく。

 

「――ソウカ、ソウイウコトダッタ……ノカ……」

「――え?」

 

 誰もがきょとんとしたような声が漏れる。

 意味が分からない、という雰囲気で長門達が見守る中、泊地棲姫はじっと空を見つめたまま、その姿を完全に海の中へと消し去った。

 凪も利根の偵察機から送られてきている光景をじっと見つめていた。彼もまた、泊地棲姫の最後の振る舞いを見届けていたのだ。

 最後の変化がいったいなんだったのか。

 そんな事は誰にもわからない。だが確かに泊地棲姫は長門に向けていた怒りを霧散させ、何かを得たかのように静かに沈んでいったのだ。

 走馬灯でも頭によぎっていたのだろうか。

 そんな風に茶化せることが出来ればどれだけ良かっただろうか。しかし、わからないものはわからない。

 だから、彼は通信機を手にして彼女達にこう言った。

 

『――おつかれさま。この戦い、我々の勝利だ。さあ、気を付けて戻っておいで』

「承知、した。皆、帰還するぞ!」

 

 この言葉に艦娘達は緊張を解き、各々勝利を噛みしめ、喜びに舞い上がったのだった。

 

 

 


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