呉鎮守府より   作:流星彗

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2章・南方海域
建造


 

 次の日、執務室で長門を迎え入れた凪が最初にしたこと。それは帽子を静かに取り、長門へと頭を下げた事だった。

 

「昨日一日、迷惑をかけたね。申し訳ない」

「頭を上げてくれ、提督。そう謝られる事でもない。あなたは体調を崩したのだ。その代わりを務めるのもまた、秘書艦の役割だ」

「……それだけじゃない。君を、君達を不安にさせた事に対しても謝罪する。本当に、申し訳ない」

「……む?」

 

 その事について、長門は少し驚いたような表情を浮かべ、ちらりと神通へと視線を向けた。神通から昨日何があったのかを説明されると、長門は納得したように小さく頷いた。

 長門はもう一度「頭を上げてくれ」と願い出た。そして長門からも頭を下げられることになる。

 

「私も、あなたを完全に信じ切れなかった。だからあなたが体調を崩すまで、全く体調を悪くしている事に気付かなかった。あなたが倒れたのは秘書艦である私の責任でもある。だから、あなたが私に謝る必要はないのです。私からも謝罪する。本当に、申し訳なかった」

「いや、そんな。俺が悪いんだよ。本当に、ごめんね」

「いやだから――」

「――はい、そこまでですよ。お互い謝りあってはただ時間が過ぎていくだけです。それくらいにしてください……」

 

 不毛な謝りあいになる前に神通が割って入った。こほんと空咳を一つし、帽子を被りなおした凪は席について昨日長門が纏めた報告書に目を通していった。

 伝えた通りの訓練が行われた結果、また少しレベルが上がったようだった。現在のレベルとしては25から30前後になっている。よくもまあ、改めてこのメンバーとレベルで泊地棲姫を倒したものだと思う。装備もあまり開発していないというのに、だ。

 だがそれも今日からまたメンバーを増やすことになる。これで余裕を持たせて鎮守府の運営を進めていくことができるようになるだろう。

 

「工廠に向かう。まずは建造からだ」

 

 

 最初に行うのは五航戦の確認だった。美空大将から送られたデータで本当に確実に五航戦が作れるのかどうか。それを妖精達に確認する。結果、本当に作れるようだった。ただしその分だけ資材を投入する事になるが、それを果たせば必ずくれるらしい。

 その資材はというと、300、300、600、600だった。

 二人揃えるのに鋼材とボーキサイトが1200も吹き飛ぶ。それは今の呉鎮守府にとっては結構痛い出費と言えるものだった。

 現在の資材量と、これから行う建造や訓練、出撃についての計算を頭の中で行い、まだ大丈夫なラインかもしれない、と判断をする。

 

「……やってくれ。鶴姉妹を俺に!」

 

 決断は下された。妖精達が敬礼をし、資材を建造ドックに投入する。

 モニターに映し出された時間、06:00:00という数字。これが、五航戦の建造時間だった。そしてバーナーが使用され、一気にゼロとなる。

 開かれた扉の中から出てきたのは、この鎮守府にとっては初めてとなる空母の姿だった。

 

「翔鶴型航空母艦1番艦、翔鶴です」

「翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です」

 

 最初に出てきたのは銀髪のロングヘアーをした和服をした少女だ。髪には紅色のハチマキを巻き、弓道をする者が付ける胸当てや手袋をしている。その雰囲気はおっとりとした落ち着いた女性を思わせるものだった。彼女が姉の翔鶴である。

 続いて出てきたのは緑っぽい黒髪をツインテールにした和服少女。翔鶴と同じ服装に装備を身に着けているが、その雰囲気はなかなかに活発そうなイメージを抱かせるものだった。彼女が妹の瑞鶴である。

 二人揃って五航戦と呼ばれるのだが、これはかつての大戦において編成された空母機動部隊の名称だ。これは略称であり、正式には第五航空戦隊。空母である翔鶴、瑞鶴とそれを護衛する駆逐艦もいるのだが、今の大本営的には五航戦といえば、だいたいはこの二人を指すようだ。それはこの二人が艦娘となる前に存在している他の空母の影響だろう。

 すでに一航戦、二航戦が存在し、艦娘となった彼女達も自らそう名乗っているらしい。実際には三航戦や四航戦もいるのだが、こちらではあまり自称していないようだった。

 

「ようこそ、翔鶴、瑞鶴。これからよろしくね」

「はい、瑞鶴共々よろしくお願いします」

 

 握手を求めに行くと、翔鶴が快く受けてくれた。微笑を浮かべる銀髪美人。それを前にしてつい視線が目ではなく少しそれたまま応対してしまう。変わっていこうと決意しても、人はそう簡単には変わらない。そもそも艦娘であったとしても、やっぱり見た目は人間の女性。人、それも女性にも慣れていない凪にとって美人というものはどうも無理がある。

 翔鶴だけでなく、山城や千歳にも握手を求めた時もまた、彼はさりげなく震えた視線で応対していたのだから。

 

「君達はうちにとっては初の正規空母。最初は祥鳳と一緒に訓練を行ってもらい、艦娘としての動きを覚えていってね」

「私達が初めて? ……ってことは、一航戦とか、ここにはいないの?」

「いないよ。……やっぱり一航戦って気になるのかい?」

「う、うん、まあね。やっぱり伝説級だからさ、一航戦って……」

 

 一航戦とは艦娘的には赤城と加賀がそう呼ばれている。史実ではとんでもない話が色々存在しており、艦娘となってもその強さが表れているとか。そのせいか空母達の間でも憧れの感情が見られるらしい。

 やはり五航戦もそうなのだろうか。

 

「あのお二人がいないのであれば、私達が代わりに頑張らないといけないわね。いつか来るかもしれないその時まで、瑞鶴、あのお二人に恥じない強さを磨きましょう」

「そうね。精一杯頑張って、あの二人に先輩面、見せてやるんだから!」

「頼もしいね。それじゃ大淀、祥鳳を呼んできて、二人を案内させて」

「はい。ではこちらで少しお待ちくださいね」

 

 入口付近へと案内される二人を見送り、凪は続いてレア駆逐レシピと呼ばれる資材を妖精達に告げる。メンバーを増やすならば、そろそろ遠征部隊を拡張しなければならない。高い出費をするには、それに伴う収入が必要だ。

 重巡、軽巡、駆逐と三つの艦種が狙えるこのレシピを四つ投入し、そのどれかを引き当てる。

 さあ、今回はあの時みたいな不運っぷりを発揮しないでくれよ、と祈る。全ては妖精のご機嫌次第。今日だけで高い出費をしているのだから、その見返りを今ここに……!

 運命の時は、すぐに訪れる。四つのモニターに映し出されたものは――

 

 01:20:00

 

 失敗

 

 失敗

 

 00:22:00

 

 何とも微妙な微笑み具合だ。失敗した二つの扉が開かれてレーションが放り投げられてくる。そして時間を見る限りでは、一つは重巡、もう一つは駆逐のようだ。

 やれやれと溜息をつき、バーナー投入の指示を出して一体誰が出来たのかを待つことにした。そして開かれた扉から出てきた艦娘。

 一人目は長身の女性だった。短めのパッツン前髪に太眉、後ろ髪は纏め上げてシニヨンにしている。紫と白の制服には両肩や両腕に主砲、両太ももには魚雷が装備されていた。雰囲気としては落ち着いた女性を思わせる。

 

「私、妙高型重巡洋艦、妙高と申します。共に頑張りましょう」

 

 そしてもう一人。妙高と比べるとかなり真逆の勝気な少女が出てきた。銀髪を緑のリボンで右にサイドテールにしている。白いシャツにグレーの吊りスカート、赤いベルトで背負った艤装はまるで……とその小さい身長と合わせてそれっぽく見えてしまう。

 

「霞よ。ガンガン行くわよ。ついてらっしゃい」

 

 朝潮型駆逐艦の十番艦、霞だった。凪はアカデミーで資料に見た艦娘の霞の特徴を思い返し、少し冷や汗をかく。凪にとっては恐らくはほとんど相容れない性格をした艦娘だからだ。しかし、挨拶せねばならない。

 まずは妙高へと握手を求めに行った。

 

「ようこそ。歓迎するよ」

「はい、よろしくお願いいたしますね、提督」

「……ようこそ。これからよろしく頼むよ」

「ふん、よろしく」

 

 小さいために少し屈んで握手しに行くと、霞は小さく鼻を鳴らして握手してくれた。よかった、ファーストコンタクトはうまくいったかな、と思っていると、霞は何故かじっと凪を見つめている。そして、

 

「挨拶する時くらい、ちゃんと目を見てやりなさいな」

「…………」

 

 瞬時に見抜かれた。ちり……と胃が痛くなったような気がする中、「あ、ああ……ごめんね」と素直に謝ると、また小さく息をついて神通の下へと霞が去っていく。起き上がり、大きく息を吐いて振り返ると、長門が「大丈夫か?」と声をかけてくれた。

 

「……あれくらいで済んでくれて良かった、って感じかな。最初だからかもしれないけど」

「それとなくあなたについて話しておこうか?」

「それで何とかなるならいいけど、たぶんならないだろうねぇ……。あの性格は、史実での霞の戦歴から来ているものだろうし」

「どうかなさいましたか?」

 

 ひそひそと長門と話していると、首を傾げた妙高が声をかけてくる。そういえば妙高を案内していなかったか、と思い出し、どうしたものかと頭を掻く。だが自分の事については一応話した方がいいだろう、とそれとなく妙高に事情を説明した。

 

「なるほど、確かにそんな提督と霞ちゃんでは少し相性が悪いかもしれませんね……。第三水雷戦隊を組むのでしたら、私が旗艦となり、霞ちゃんを少しコントロールしてみましょうか?」

「あー……そうだね。どの道第三水雷戦隊は今回建造する娘達で組む予定でいたし、今の所そうなるのかな。お願いしてもいいかな?」

「わかりました。お引き受けいたします。……あと、霞ちゃんといえば仲が良くなりそうな艦娘でいえば、大淀さんや足柄になりますけれど、足柄はいるのでしょうか?」

「……ああ、礼号組か。足柄はいないなぁ。坊の岬でいったら、初霜がいるけども」

 

 礼号、坊の岬というのは史実で行われた海戦の事だ。これに参加した艦の艦娘のグループというのがあり、より一層仲が良かったりするようだ。だが当然ながら艦娘の数にも限りがあるので、参加した艦娘の全てが構築されているわけではない。

 

「でも艦娘らに頼ってばかりというのもあれだし、俺も何とかしてみるよ。上手くやれば、長い付き合いになるわけだしね……。これもまた試練の一つさ。……また倒れないように気を付けるけど」

「うむ、倒れない事を願うばかりだ」

「倒れたんですか?」

「昨日ね」

「あら、まあ……」

 

 復帰して早々また倒れるなど情けない事この上ない。僅かに胃が痛んだ気がしたが、胃薬でごまかしながらやっていくしかない。

 ああ、妖精よ。気まぐれなのはいいが、まさか改めてうまくやっていこうと決意した矢先に、相性が悪そうな艦娘をよこしてくれるとは。これも何かの運命なのだろうか。

 ちょっとだけ妖精を恨みそうになるが、あるいは妖精からの愛の鞭だったりするのかもしれない。ならば、これもまた越えるべき壁としてやっていこう。

 軽くお腹をさすりながら、凪は執務室へと戻る事にしたのだった。

 

 

 

 


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