その日、呉鎮守府に作業員らが訪れた。どうやら美空大将へ頼んだ一件が実行されるようだった。工廠の隣のスペースに作業員と作業妖精が集まり、工廠の拡張工事が行われる事となる。
工事費用は大体は美空大将が前払いしているが、一部は凪の出費となった。
それにしてもここでも謎の妖精パワーが発揮されているらしく、迅速に骨組みが組みあがっていく様はなかなかに壮観だ。
美空大将へと電話を繋ぎ、お礼を言おうとすると、また淵上が通信に出る。
「大将殿ですか?」
「うん。お取次ぎを願えるかな?」
「少々お待ちを」
今回はそんなに時間を待つ事もなくすぐに美空が画面に入り込んでくる。すぐさま立ち上がり、頭を下げて「本日ヒトマルマルマル、工事が開始されました」と報告する。
「費用も大将殿が支払ってくださったようで、ありがとうございます」
「なに、構わん。これは貴様に対する報酬なのだからな。とはいえ一部は貴様の出費となる。ローンでも一括でも構わん。貴様のペースで支払うといい」
「はい」
「完成したら機械を弄るんだったかしら?」
「はい。艦娘の装備の修復や開発を自分でやろうかと」
「ふん、本当に変わった男ね。でもそれで貴様のストレス解消などに繋がるのであればそれでいいわ」
そう、これは凪にとってのストレス解消にもなりえること。彼にとって一人の時間、何かに没頭するという事は日常的な事だった。それが一番気分が落ち着き、彼にとって外の世界と遮断され、心を掻き乱されない時間なのだ。
だからこの施設は凪にとっての癒しの空間となる。これが出来上がれば、多少なりとも胃を痛める時間が減るだろう。
「そうそう、新たな艦娘のデータを送るわ」
「またですか? 随分と速いペースですね」
「艦種が軽い方だからね。構築としては悪くないペースよ。今回はこの二人」
そう言ってメールを送ってくる。届いたファイルを開いてみるとそこにはこう書かれていた。
軽巡洋艦、夕張。
軽空母、瑞鳳。
この二人の艦娘構築が完了したとの報せとデータが同封されていた。
「夕張と瑞鳳、ですか。確かに軽い方ですね」
工廠へとデータを送りながら相槌を打つ。美空も煙管を吹かしながらまたキーボードを操作し、何かを送り付けてきた。
開いてみるとファイル名に目が行った。そこにはこう書かれている。
雷巡改二案
改二、という単語が凪にはおもしろいものに映っていた。
単純に考えればそういう事なのだろうが、これはまず訊いてみなければならない。
「改二といいますと、改の更に後の改装でしょうか?」
「その通り。艦娘には改にしたからといってそれで終了、という程の能力を秘めてはいなかった。その力の奥底に、まだ何かを秘めている可能性があった。私はそれを解き放つ術を模索し、そしてあと一歩まで辿り着いたのよ」
「それが改二、ですか。やはり練度関連が関わっていらっしゃる?」
「そうね。その第一歩として雷巡、北上と大井が選ばれたわ。史実では活躍出来なかった艦が、艦娘としてならば大いに活躍できる可能性を、あれらは秘めていると見ていたのよ。……果たして、それは成功する可能性が高まった」
どこか誇らしげに美空は語る。第三課としてこれは大きな戦果となるだろう。艦娘の新たなる可能性を提示したのだ。これでまた美空大将としての格が上がる。やはり美空大将は何かしらの目的があるのだろうな、と凪は心の中で思った。
しかしそれによって艦娘が更なる力を得る事が出来る。それはすなわち深海棲艦に対抗する力が高まる事でもあり、国を守る事に繋がるのだ。それは決して悪い事ではない。
「そっちには北上がいたわね? 改二が完成したら貴様にも送ってやろう」
「ありがとうございます」
「それと海藤」
「はい」
やっぱり今回もあるのね、と最早何も驚くこともない。今度はなんだろうか、と大人しくする。煙管を灰皿へと置くと、じっと凪を見据えてくる彼女の目を、凪は決して合わせない。少しずれた方へと向けながらじっと待つ。
「食事の件は大丈夫かしら?」
「え、ええ……週末あたりならば大丈夫かと思います」
「そう、それはよかった。……倒れたと聞いたから大丈夫かしら、と思っていたのだけれど」
「その件につきましては申し訳ありません。今は問題ありませんので……」
「そうかしら? 貴様はやはりどうも人が苦手らしい。あるいは人が嫌いなのかしら? こうして話していても、貴様は決して私と目を合わせない。私が気づいていないとでも思っていたのかしら?」
ぞくり、と冷や汗が流れる。背筋が凍るような感覚が凪に襲い掛かっていた。口が渇き、胃がきりきりと痛み始める。しかし当然の事だろう。美空は大将まで上り詰めた人物。そういう人の変化を見逃すような真似はするはずはないだろう。それに凪の事も調べている様子だった。ならばそれらを組み合わせて、凪が人付き合いが苦手な人物であることを推察できないはずはない。
そんな凪に気付いたのか、軽く手を挙げて「そう思いつめるな海藤」と止めてくるが、それを大人しく受け入れる凪ではなかった。
「私は貴様を責めるつもりはない。貴様の父の一件で貴様はそう育ったのだと、理解しているつもりよ。実際、こっちの輩は色々と裏に何かを抱えているものだからね」
「……それは、あなたも含めて、ですよね?」
「ほう? 言うじゃないか。人が嫌いなのに、そういう事は口に出来るのね」
「気づいている、という事を明かしておけば、それだけでもあなたを満足させられるのでしょう? 私がそれを知っての上で従っているのだと確信を得られるのですから」
「そうね。貴様はメンタルが少々弱いようだけど、馬鹿ではない。惜しい、実に惜しい。その人付き合いでのメンタルの弱さがなければ、こっちで色々出来たのに」
「実現するはずのない事を求めるのはやめていただけませんか、美空大将殿? 私はそういう事は決してやりませんから」
「残念だわ」
本当に残念そうにしているのかわからない反応を見せてくる。
だが凪が人付き合いが苦手という事を知っていたならば、時折凪の体調を気遣うかのような振る舞いをしていたのは、本当に心配していたのだろうか、と疑問を感じる。
だがそれを確かめる気にはならない。そういう気持ちや腹の探り合いなど凪の性分ではない。
「では週末、予定を組んでおくわ。決まり次第連絡する」
「承知いたしました」
通信が終わると、また大きく息を吐いて天井を見上げる。先程感じた胃の痛みはまだ僅かに続いている。これはいけない、と神通に置いてもらった胃薬を飲んだ。
美空大将がどうして自分をここに任じたのか。
凪の中にある可能性を目につけて成果を上げさせ、推薦した自分の格を上げようとしている事は何となくわかる。同時に新たなる艦娘の構築だけでなく、改二という新たな要素を生み出す。
大将まで上って来たのにまだ上を目指そうとしているのだろうか。あるいはまた別の目的があるのか。関わりたくはないが、ここまでくると気にもなってくる。
だがそれを詮索すれば余計に自分が関わらされるだろう。悩ましいところだった。
「大丈夫か、提督?」
控えていた長門がそっと声をかけてきた。大丈夫だ、と手で制し、もう一度息を吐く。あの日以降、長門は前と比べてなるべく凪の近くにいるようになった。訓練する際は離れなければならないが、出来る限りは一緒にいて調子を見てくれるようになっている。
長門がいない場合は神通や大淀が控えている事になっており、交代で凪を気遣うようになった。
心配してくれるのはありがたいが、どちらかといえば一人を好む凪としては苦笑するばかりだった。
「まったく、美空大将殿も俺を買いかぶり過ぎなんだよなあ……」
「しかし、結果を出してしまった。この先、多少は注目される可能性があるかもしれないぞ?」
「いやいや、それはないよ。泊地棲姫は最近あちこちで出現している。そしてそれを倒し続けている。俺がやったのはその一端でしかない。出来て当然の事をやったからといって、注目されることはないさ」
「……あなたは自己評価も低いのか?」
「んー……そうかもね。所詮俺は4位だし、この通り対人のメンタルが弱いし。俺に出来る事はしずかーに、着々と力をつけていくことぐらいだろうさ。というか、今はそれしか出来ないよ」
長門と神通という先代からの艦娘がいたとしても、それ以外は凪の手で生まれた艦娘達だ。泊地棲姫を倒したといっても、資源はまだまだ貧乏な方であり、他の鎮守府と比べれば練度も劣っている。
比べる事こそおこがましいレベルであり、そんな自分が注目されるのはただ早く討伐したという点だけ。だがそんなこと、何の自慢にもならないと凪は自分で否定する。そんな事を自慢するくらいならば、新たに艦娘を迎えて艦隊を強くさせ、資源を増やすことに専念した方がいい、と語るのだ。
そう説明すれば、長門も小さく頷いた。
「いいかい、長門。俺はね、別に注目されたいとも思わない。そんな事になったら、俺はまた倒れるぜ?」
「ああ、確かにそうだな。今となっては私はそれを想像できるよ」
「だろう? 俺を持ち上げるくらいなら、他の誰かを持ち上げとけ。……みたいな事を俺は考えながら生きているわけだよ。その方が気が楽だし、体調も悪くならない」
「ある意味利口な生き方だな。悪目立ちしなければ静かに暮らせる。あなたはそう考えているわけだ」
「そ。でも、美空大将殿の思惑次第では、それも崩れそうだけどね。参った参った」
やれやれと肩を竦める様を長門はじっと見下ろしていた。茶化しているが、彼としては本気で嫌がっているのだろう。それを表に出さないようにそう茶化しているのだ。自分の本心をあまり悟らせないようにし、やり過ごす。それもまた彼の生き方から身に付いたものなのかもしれない。
こうして観察すると凪という人物が何となく見えてくるものがあった。長門はより凪を知っていかなくてはいけない。この人間は確かに神通の言う通り、支え甲斐があるかもしれない。支えなければ、崩れてしまいそうな危うさを抱えているかのようだった。
「……気分を変えないか、提督。そうしていては、胃を痛め続けるだろう」
「そうだね。じゃあ、第三水雷戦隊を補充するために建造するか」
気持ちを切り替えるために、頷いて凪は長門と工廠へと向かった。
お隣が工事中の工廠を訪れ、凪は妖精達へとレア駆逐を三つと、オール30を一つ放り込んだ。オール30はもう一人くらい駆逐が欲しいかな、と思った次第だった。
先程美空大将から受け取ったデータは既に工廠内でアップデートされている。だがそう簡単には出るはずもないだろう。
さ、今回は外れは出ないでほしいな~と思いながらモニターを見つめる。
01:15:00
01:20:00
00:24:00
01:22:00
「――ん? んん??」
見覚えのない数字が二つ見える。少し眉間を揉んでもう一度見るのだが、やはり見覚えがない数字が二つある。アカデミーで学ばなかった数字だ。
え? ちょっと待って?
いや、まさかそんな高速で出るわけないだろう、とバーナーを指示し、その答えを早いところ見てみることにする。
最初に出てきたのは金髪のツインテールをした少女だ。とはいえただのツインテールではなく、一部お団子状に結び、二つの束が尻尾になっているという一風変わったツインテールだった。
薄い水色のセーラー服を着、両手には単装砲、腰に他の艤装を装備している。大人しそうな雰囲気を纏い、ブーツで静々と歩いてくる様は自身のなさげな印象を抱かせた。
「こ、こんにちは。軽巡阿武隈です」
「お、おう……アブゥ……」
「アブゥじゃなくて、阿武隈です……!」
阿武隈と言えば、五航戦と一緒に報酬としてデータを渡してくれた新しい艦娘だった。よもやこんなに早く出してしまう事になろうとは思わなかった。それに阿武隈は、一水戦旗艦として開戦から沈没まで立派に務め上げた艦であり、かのキスカでも活躍してみせた事でも有名だろう。
それだけの武勲艦なのに、なんだろう……この大人しさは。この変わりっぷりはどこかの二水戦旗艦を思い出してしまう。とりあえずそれを置いておいて握手を求めると、静々と受けてくれた。
続いて出てきたのは黒に近しい茶髪をウェーブにした長身の女性だ。妙高と同じような制服を纏い、艤装もほぼ同じ位置に装備している。大人の女性らしいなかなかのプロポーションをしており、先程の阿武隈と違って自信に満ち溢れた雰囲気を纏っていた。
「足柄よ。砲雷撃戦が得意なの。ふふ、よろしくね」
なんとまあ、こちらも驚きだった。先日噂にしたばかりだというのに、よもや早々に出てくるなど誰が想像するだろう。なんだろう? 妖精達が気を使ってくれたのか、あるいは妖精の微笑みが今になって効いてきたのか?
何にせよ霞と縁深い礼号組の足柄が来てくれたならばありがたい。握手を求めに行けば、快く受けてくれた。その際笑みを浮かべた口元に八重歯らしきものが覗かせた。
次に出てきたのは小柄な少女だ。栗毛のボブカットに、測距義を乗せ、その手には双眼鏡を握りしめている。セーラー服調のワンピースを着ており、気のせいかスカートらしきものが見当たらない。艤装はというとまるで肩掛けのバックのように主砲を提げて持ち、背中には魚雷発射管。なかなか一風変わった駆逐艦だ。
だがその雰囲気は実に小さな子供らしく明るい。しかしその艦は様々な出来事を経験し、生き延びた駆逐艦。ある意味見た目と史実がまるで合っていない艦娘の一人と言えるが、逆にあれだけの事を経験したからこそ明るいのかもしれない。
「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です! どうぞ、よろしくお願いいたしますっ!」
「うん、よろしく雪風」
元気よく敬礼しながら挨拶してくる雪風に微笑が浮かび、握手を求めれば両手でしっかりと握りしめてきた。しかしアカデミーで気になっていたが、実際に目の前にいるとやっぱり気になる。
そう、その下のものだ。
本当にスカートが見当たらない。はいてるのか? はいていないのか?
気になってしまうのは仕方のない事だ。でもそれを確かめるような事はしないでおく。
最後に出てきたのは緑がかった銀髪を大きな緑色のリボンで結んでポニーテールにしている。へそ出しの半袖の黒いセーラー服にオレンジ色のリボンで胸元を結び、左腕にピンクのリストバンドが見られた。緑のスカートを履き、腰元に装着した艤装が両腕に展開されている。
元気ではつらつな雰囲気が見られ、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべて敬礼してきた。
「はーい、お待たせ? 兵装実験軽巡、夕張、到着いたしました!」
(待ってないよ、はえーよ、一発ツモやぞ、おい……)
思わず三段ツッコミが頭の中で展開された。さっき追加したばかりの夕張が、まさかこんなに早く来ると思わなかった。だが来てしまったのならば、それはそれでいい。どうやら人付き合いの良さそうな性格をしている。それだけでも凪にとってはありがたい艦娘だった。
「ようこそ。歓迎するよ、夕張」
「うん、よろしくね、提督」
握手を交わすとにっこりとほほ笑んでくれる。うん、それだけでいい娘だと感じさせる微笑みだった。今回の建造はいい娘達が来てくれた、と実感できる。
「では長門、案内してあげて」
「承知した。では皆の衆、こっちへ」
四人を連れて長門が工廠を後にする。それを見送りながら凪は編成を考える。
あの四人をそのまま第三水雷戦隊へと編成してもいいだろう。こちらも駆逐軽巡重巡が全て二人ずつでちょうどいい。
しばらくはこの艦隊で回していくとしよう。
主力艦隊長門、山城、日向、祥鳳、翔鶴、瑞鶴。
第一水雷戦隊神通、北上、夕立、響、綾波、千歳。
第二水雷戦隊球磨、川内、摩耶、利根、皐月、初霜。
第三水雷戦隊妙高、足柄、阿武隈、夕張、霞、雪風。
これで丁度二十四人。艦隊編成的にもハブられる艦娘がいないから具合がいい。
建造はこれくらいにし、後は全員の練度を上げていくことに集中しよう。
(……いや、練度が上がったら逆に一水戦を組み直すか。あの娘の成長次第では一水戦は完全に水雷仕様にするのもありかもしれない……)
千歳は今でこそ甲標的を用いて水雷戦が出来るが、改装すると軽空母になってしまう。となると神通率いる水雷戦隊としては少々歪だ。そのため入れ替えられる艦娘として候補に挙がったのが何人かいる。
それはこれからの成長具合で決めることにする。だが成長すれば、一水戦は頼もしい水雷戦隊として戦場を駆け抜けてくれることだろう。それを想像すると、これからが少しだけ楽しみになってきた凪だった。