呉鎮守府より   作:流星彗

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甘味

 呉鎮守府に宅配便が届いた。それは間宮食堂へと運ばれ、間宮と大淀、長門と共に中身を確認してみた。

 それは甘味だった。羊羹、最中をはじめとした和菓子の入った箱が複数、別の箱には保冷剤と共にアイスが入っている。

 おぉーという感嘆の声が上がる中、気のせいか長門の目がいつもより輝いているように感じる。

 

「こ、これ、東京の有名な店の甘味ですよ!? 海藤さん、どうしてこれが?」

「美空大将殿からのお土産だそうだ。泊地棲姫討伐祝いってやつだよ」

 

 間宮が驚いた表情で土産の品々を確認している。

 恐らくは凪達が泊まったホテルにあった店なのだろう。いいものを食っていけ、と言っていたので高い一品なのは間違いない。

 そしてじっと甘味を見つめている長門にそっと近づいてみる。

 

「興味津々だね、長門」

「う、うむ……甘味というものは、戦いにおいて大事なもの。兵士の士気に関わってくるからな」

「あー、確かに。間宮が出来た経緯もそんな感じなんだっけ?」

「はい。そう伝えられていますね」

 

 食事というものはいつ、どこであっても大切なもの。艦としての間宮はとんでもない量の食材を詰め込み、運搬する事が出来る給糧艦だったが、ただそれだけに終わらない。

 戦場において甘味というものは日々の食事に事欠く兵士達にとっては、めったに食べることの出来ないもの。それを食べられるという幸福、それを求める活力。これらが兵士達にとっての士気向上に繋がる。

 それは艦娘に変化した今においても変わる事はない。特に艦娘は女性だ。女性というのは特に甘い物には目がない。昔と違い、食事に余裕があるが、女性にとっての甘い物は、それを食べられるだけでも幸福感満載なのだ。当然、士気が上がるというものである。

 中には特に甘味を好物とする艦娘もいるらしく、目に見えて高揚する娘もいるらしい。

 

「みんなを呼んで、振る舞いましょうかね。最近訓練漬けだったし、ひと時の休息として美空大将殿のお土産を食べようか」

「では、招集をかけてきますね」

 

 大淀が敬礼して間宮食堂を後にする。その間に間宮が箱からお土産をどんどん出していき、振る舞うものと保存するものに分けていく。後者は冷蔵庫へとしまっていった。

 その作業を長門はじっと見つめている。心なしかキラキラしたような眼差しで。

 やはりそれは見間違いではないのだろう。特に羊羹に目がいっているので、何気なく凪はそっと長門へと近づく。そして、

 

「羊羹をくれ、一切れだけでいいから」

「――っ!?」

「はい?」

「なんて思ってたりするんかい、長門?」

「なっ、ば……ちょ、ま、待ってくれ、間宮」

 

 長門っぽい声を出してみたら、おもしろいように慌てふためく長門だった。羊羹を冷蔵庫にしまっていた間宮がきょとんとした顔で振り返り、長門は凪と間宮を交互に見ながらどっちに反応すべきか迷っている。

 やがて、少し紅潮した顔で凪を睨み、親指で表出ろと告げてきたので、苦笑しながらそれに従う事にした。

 

「……なんのつもりだ、提督」

「いやー今にも食いつきそうな目で羊羹を見つめていたからね。何となく、君の心を代弁してみた」

「ば、馬鹿な事を言うな。私が、食いつきそうなど、そんな飢えた獣のような……」

「好きなの? 甘味」

「い、いや、別に……」

 

 わかりやすくうろたえる。こんな長門は見た事がない。

 いつも凛々しく、軍人らしい気丈さを持つ雰囲気。立ち振る舞いもまるで戦乙女を感じさせる頼もしさが備わっている。砕けて言えば、頼りになるお姉さん、というのがしっくりくるだろう。

 しかし今、それが少し崩れている。その原因が甘味というのだから、なかなかにギャップを感じるが、でもそれも当然と言えるものかもしれない。

 

「そう否定する事でもないでしょ。君も女性なんだ。別に甘い物一つや二つ、好きだって俺は全然気にしないさ」

「……む、しかし、イメージというものがだな」

「イメージ? ……それは『戦艦長門』というかつての軍艦の艦娘というイメージかな?」

「……そうだ。かつての日本の誇りとも呼べるビッグセブンが一、戦艦長門。私は、それにふさわしい在り方を示さねばならない」

 

 長門はかつての日本海軍の象徴といえる存在だった。後に大和が生まれたが、大和は秘匿された存在だったため、一般人にも知られている長門という存在こそが、日本にとっての誇りある軍艦といえるものだったのである。

 世界のビッグセブン、連合艦隊旗艦、日本海軍の象徴……様々なものが長門に備わり、そして艦娘となった彼女はそれを知っている。同時に、背負っているのだ。だからこそ常に凛々しく、誇らしく、頼もしい。そんな彼女の性格が形作られたのではないだろうか。

 でも、そればかりが備わったわけではなかったようだ。

 それだけならば隙のない女性軍人で終わっていたかもしれない。だが、構築を手伝った妖精や運命は、良い隙を作りだしてくれたのかもしれない。

 

「確かに戦艦長門は日本の誇り。でも同時に、国民に愛され続けた艦だったはずだよ。ビッグセブンだとか、連合艦隊旗艦だとか、それだけで国民に愛されるようなものじゃあない、と俺は思うよ」

「…………」

「今の君は艦娘。見た目は俺達と何ら変わらない、艦娘という存在さ。ずっと肩肘はり続けていたら疲れるだろうよ。時には休むことも必要さ。『戦艦長門』である事を、さ。艦である事を休んだ今の君は、ただの娘。一人の娘として、素直に甘い物に喜ぶといいよ」

「……幻滅しないか? こんな私が、甘い物なんかに気を緩めて」

「いいんじゃない? 俺なんか、君らの相手をしているだけで胃を痛めて、ぶっ倒れたんだぜ? 情けない姿晒したんだよ? それに比べたら、甘い物に蕩ける姿なんて、ぜーんぜんマシでしょ。むしろ女性らしくて可愛いと思うよ?」

 

 と、フォローし続けている凪だったが、その視線は長門の顔ではなく、少しずれた方へと向け続けている。相変わらず美人を真っ直ぐに見られないあたり、凪らしいのだが、その調子でも何とか長門をフォローしている。

 そういう事が出来て、体の調子を悪くしていないあたり凪は変わりつつある。というか最後なんて無意識に口説いていないだろうか?

 長門はそれに気づいていて、少しばかり困惑したように凪を見るのだが、当の凪はそんな自覚はないらしい。何とか長門のフォローをしようとしている事と、その顔を真っ直ぐに見れない、という思いがいっぱいの中、自分を下げつつ喋っただけ。自分の方が情けないんだから気にするな、と彼なりに言っただけに過ぎないのだから。

 でもだからこそ本心なのだろうな、と感じられる。

 

「……馬鹿なことを。私が可愛いなど、そういう似合わない言葉は慎んでもらいたい」

「……はいよ」

 

 照れ隠しとして長門がそっぽ向くと、凪は苦笑しながら頷くことにした。

 ちょっとからかってみようか、と思った事から始まったこの会話。意外な長門が見られた事はいいとして、この妙な空気はどうしてくれようか。

 そんな事を考えていると大淀が艦娘達をずらりと引き連れて戻ってきた。よし、これで空気も変わる。安堵したように息を吐いて彼女達を出迎えた。

 

 やはりと言うべきか、艦娘達も女の子なのだと、目の前の光景を見て凪は思った。

 眩しい。光が満ち溢れている。

 それは彼女達の笑顔が眩しいというだけではない。喜んでくれて嬉しくは思う。甘味を口に含むたびに頬を緩ませ、喜びの声が漏れて出るのは凪としても笑みが浮かんでしまう。それだけでも美空大将に感謝するべきことだろう。

 だがそれだけで光が満ちる程に眩しいと感じはしない。

 

(ここまでくると、すごいな……なんやねんこれは)

 

 艦娘達がキラキラしている。艦娘達の調子が良くなると士気やテンションが上がり、その際に提督にはそれが光の粒子を周囲に浮かばせる程にキラキラしているように視える。それは彼女達と絆が深まっていれば視えてくるもの。

 それは戦闘において良い結果を出し続けた時にも視え、以前凪が夕立と会った際に視えたものがそれだ。

 それ以外の事で彼女達がキラキラするのは、よくあるのがこの甘味を食べた際だ。間宮が作る甘味でその報告をよく耳にする。かつての兵士達がそうであるように、艦娘である彼女達もまたそれによって士気向上、すなわちキラキラするという現象。なんらおかしいことではない。

 しかし、二十四人……いや、大淀を含めて二十五人も艦娘がキラキラしている。小さな光も集まれば大きな光となり、眩しく感じてしまう。

 特に強い光を放っている艦娘といえば、控えめにいっても長門は怪しい。あとは一部の駆逐だろうか。

 

「ん~! 美味しいよこれ!」

「んむ、ハラショー、実にハラショー」

「はぁ~……癒される甘さですねぇ~。染み入る美味しさです」

 

 一水戦の駆逐トリオに加え、「んぐ、んぐ……これ、すんごくおいしいですね!」と最中を両手で持ってかぶりついていく雪風が、一か所に集まって食べている。食べ方にも性格が出るんだな、と感じさせる光景だ。

 ぱくつく夕立、静々と食べる響、頬に手を当てながら味をかみしめる綾波……こうまで違うのか。

 と、観察している場合ではない。今こそいい機会なのだ。これを逃すわけにはいかない、と凪は食堂内を見回す。そしてその娘を見つける。じわり、と胃が痛んだ気がするが、とある人物を思い出す事で何とかこらえる。

 そうだ、あの娘は淵上のような娘だと思えばいい。

 なかなか手厳しい言葉を投げかけてくる、後輩の娘。素っ気ないところがあるが、悪い娘ではない。先日は崩れたところも見ることになった。あそこで甘味を楽しんでいる艦娘も、そういうところを今、見せている。

 他の艦娘と何ら変わらない。甘味を楽しんでいる一人の女の子だ。

 そう思えば、何とか出来るはずだ。

 ごくりと生唾を飲み込み、凪は彼女へと近づいた。

 

「……や。どうだい? 美味しい?」

「……ん? ああ、司令官か。そうね、悪くはないわ」

 

 アイスを食べながら霞がそう答えた。

 そう、今こそ彼女と語らう時。そこには霞だけでなく、初霜や足柄が一緒にいる。霞の様子ににやりと笑みを浮かべた足柄は、ぽんぽんと頭を叩きながらからからと笑いだした。

 

「なーに澄ました答えを返しちゃってんのかしらね、この娘は。さっきまで夢中になって羊羹食べてたくせに!」

「ちょ、なに言っちゃってんの足柄!? 私は別に、そんなに夢中になってないったら!」

「せっかく提督が東京まで行って、お土産を送ってくれたってのに、『そうね、悪くはないわ』なんて、そんな簡潔に返すもんじゃないわよ? 霞」

 

 正確には美空大将殿がお土産を用意してくれたんだけどな、とツッコミを入れたいところだが、なんだか足柄と霞の様子から止めるものじゃない、と感じてそれは口には出なかった。

 しかも足柄の霞のモノマネがなんだか様になっている。それがより霞を紅潮させた。

 

「そうですよ霞さん。しっかりと提督にお礼申しあげないと。提督、こんな美味しい物、ありがとうございます」

 

 一方初霜は何とも丁寧だ。普段がそうであるように、深々と頭を下げて甘味のお礼を口にしている。その様子を見た足柄は「初霜はほんとに真面目ねえ」と頷いている。

 

「ごめんね、提督。霞ってば、ほんとに素直じゃないんだから。でも、お土産を喜んでるのは間違いないから。許してあげてね」

 

 手を合わせてウインクまでして謝る足柄だが、わかってるわかってると手で示しながらそっと距離を取って視線をそらす。足柄もまた美人に入る見かけをしている。そんな人に目の前まで来られるというのは、ちょっとばかり凪にとっては遠慮したいところだった。

 それに足柄は長門と違ってなかなかにフランク。また長門と違ってまだ短い付き合いだ。凪はまだ慣れていない相手であり、だからこそ急に目の前まで来られるとまだ距離を取ってしまうのだった。

 

「ふん、相変わらず私達相手じゃ、目をそらしてしまうのね」

「もう、霞ったら、そうきついこと言うもんじゃないわよ。それだから提督もあなたに苦手意識持っちゃうんじゃない。もう少し優しくしてあげなさいな」

「生憎だけど足柄、私にそういうこと期待してもらっちゃ困るわ。変わるべきは司令官。私達の上に立つ人間が、そんな情けない姿を晒してちゃ、示しがつかないでしょ?」

「それに関しては異論はないわよ。でも、そう簡単に人は変われないわ。ゆっくりと、時間をかけて変わっていくもの。それは提督と私達の関係においても言えることだわ。そうしてじっくりと時間をかけることで、それは強い結びつきとなる。そうする事で、確実な勝利を掴み取れるというものよ!」

 

 艦娘としての足柄はどうも戦闘、というより勝利という言葉の響きを好んでいる節がある。嬉々として攻め攻めな姿勢で戦闘を行い、美人な見た目とは裏腹に勝利すれば子供のようにはしゃいで喜ぶ。そして勝利のための努力を惜しまない。そんな性格をしていた。

 まっすぐで気持ちのいい性格をしており、親しみやすいお姉さんといった具合だろうか。

 

「だから少しくらい霞からも歩み寄ってあげなさいな」

「……わかったわよ」

「いや、うん。俺としては甘味を喜んでくれただけでもいいんだよ。君達がそれを食べて、いい顔をしてくれただけでも、俺は満足だからさ」

 

 日ごろの訓練の疲れを癒してくれるであろう甘味を振る舞い、喜んでくれたならば凪も嬉しい。それは嘘ではない。それを感じ取ったのか、霞も小さく鼻を鳴らしてじっと凪を見上げてきた。

 相変わらず真っ直ぐに目を見てくる娘だ。それから逃げたくなるが、淵上の事を思い返し、その目を見返す。彼女と違って美人系ではなく、夕立と同じ妹系。そう思う事でそれを実現させた。

 先日とは違う、霞にもそれが感じ取ったらしい。凪は、ゆっくりと変わりつつあるのだ。そう思うと、足柄の言った時間をかけて彼が変わっていくのを見守ればいい。その言葉が霞にじんわりと染み込んできた。

 

「……そう。じゃ、じっくり頂くことにするわ。ありがとう、司令官」

「いえいえ」

「それと足柄の期待、裏切るんじゃないわよ? その情けない姿をいつまでも私達に見せ続けるんじゃないわ。あんたに期待している足柄を真っ直ぐに見れないってのは、足柄に対するちょっとした裏切りになるんだからね」

「はは、これは手厳しい。でもその通りだね。……ごめんね、足柄」

「あら、別にいいのよ? 提督にとって私は、美人って感じてくれているって事なんだからね。その点においては悪い気はしないわ」

 

 胸を逸らしてどこか誇らしげに言う足柄ではあるが、「長門さんとか、翔鶴さんとか、あんたの姉さんでも同じような反応だけど」とぼそりと霞からツッコミが入った。それに対して霞の頭をつかんでわしわしと撫でまわす。

 そしてまた軽くウインクしながら左手でちょっと、と形作ってくる。

 

「でもやっぱり、私と目を合わせてくれないっていうのはちょっとだけ、さみしくはあるけどね?」

「……少しずつ、慣らしていくよ」

「うん、その時を楽しみにしているわ。この霞ときっちり仲良くなる日も、ね?」

 

 重巡と駆逐の違いはあるが、足柄のそれはまるで霞のお姉さんを感じさせる。礼号組という繋がりがあるのだが、それでも二人の絆は強固なものだ。さっきから何度か足柄がボディツッコミを入れているのに、霞は嫌がっている様子はない。

 霞の性格からして振り払ったりして拒否しそうだが、足柄の手を振り払っていないのだ。それだけでも霞の足柄に対する親しみを感じる。

 と思ったらさすがに今のは強かったのか「ちょ、いたい。髪が乱れるから、やめなさいったら!」と振り払い始めた。

 足柄には感謝しなければならない。彼女が間に入ってくれているからこそ、穏便に会話が出来たように思える。

 何とか目的は達したが、他の艦娘達とも交流しないと。交流が必要なのは霞だけではない。今日は色んな艦娘達と話をしようと考えていたのだから。

 凪はその場から離れ、他の艦娘達の下へと訪れていったのだった。

 

 

 


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