呉鎮守府より   作:流星彗

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呉鎮守府

 

「まーじかよ。お前、呉の提督になるんかよ」

 

 電話の向こうで驚いた声が聞こえてくる。彼の驚きも無理ないだろう。アカデミーにいた時から、凪はあまり提督になろうとしていないということを彼に言っていたのだから。

 着替えなどの荷物を鞄に入れながら、受話器を耳に当てつつ凪は頷く。

 

「マジだよ。俺自身が驚いてる。なんでやろうなぁホンマに」

「美空大将殿だっけか? あの人、結構な手腕を持っているっていう噂は中将の時から耳にはしてたぜ。なんでも今ではあの大和型主砲の構築をしているって話だっけか?」

「せやな。俺の様な下っ端にはその仕事は回ってきてなかったんやが、主砲と同時に大和型の艦娘も設計図が作られてるって話さ」

 

 所々関西弁が混じっているのは凪の出身地が大阪のせいだ。アカデミーに入学するために上京してからは、方言をあまり喋らないようにしていたが、東地のような友人相手には地が出てくる。それでもごってごての方言ではなく、少しだけ混じる程度で話している。

 電話の向こうの相手は東地(とうち)茂樹(しげき)。アカデミー入学後からの友人であり、去年首席で卒業した逸材だ。同時期に設立されたトラック泊地の提督として勤務している。

 同時期にはリンガ泊地、ラバウル基地が設立され、それぞれ去年の二位、三位の卒業生が提督として勤務する事になった。

 そして今、一年の時を経て第四位である凪が、呉鎮守府に所属する事となったのだ。

 

「……でも、俺的にはようやくかって感じだよ。お前は提督として活躍するには十分な能力を持ってるって、俺は信じてたからよ」

「そうかい? 俺自身はそんなに褒められるようなもんじゃないと思ってるんやけどさ」

「それはお前の親父さんと比べてじゃないのかい? 目標が高いんだよ、お前さん。俺達と同年代と比べとけよ」

 

 その手に、写真立てが握られる。そこに映っているのはいい歳をした男性だ。

 きりっとした表情を浮かべ、海軍制服をきちっと着こなした彼こそ、凪の父。幼い頃から彼の話を聞いて育ち、自分もいつか父の様な軍人になるのだと純粋に憧れていたあの頃がふっと蘇る。

 だが今となっては、遠い目標である背中として捉えている。提督を志すのをやめ、後方支援員として海軍に所属し続けるのだと決めた。

 それがどういうわけか。引き抜かれて提督になろうとは。一度逸れた道に強制的に立たせられたようなものだ。再び、父の背中を追う事になるのだ。複雑な心境だった。

 

「だがまぁ今は俺の方が一年先輩で先をいっているからな。わからないことがあれば気軽に聞いてくれや。ほら、先輩って呼んでくれていいんだぜ? ふふん」

「せやな。訊くことがあればまた電話するよ、東地先輩」

「……やっぱいいわ。お前に先輩って呼ばれるの、気持ちわりぃ」

「どっちやねん!?」

 

 

 列車に乗って数時間の旅。

 広島、呉へとやってきた凪は真っ直ぐに鎮守府を目指した。キャリーバッグをごろごろと引きながらそこへと辿り着いた彼は、静かだなと感じた。

 かつては大勢の艦娘がいたであろうそこは、人の気配があまりない。いなくなってしまったのだ。

 大本営で話には聞いているし、東地がトラック泊地の提督だったために彼からも耳にしている。

 生き残ったのは二人だけ。

 今は彼女らもここに戻ってきているはずだ。

 

「あの日、俺も微力ながら助力を申し出はしたんだけどな。先方がいらん、自分達だけでやるって聞かなくてな。その結果があれじゃあ、俺としてもやりきれねえわ。……二人とも表面にはあまり出さないようにはしてたけど、かなり気落ちしている。よろしく頼むぜ、凪」

 

 と、電話の最後の方で言われてしまった。

 実際に会った東地に言われたのだ。それにこれからも仕事を共にする仲間でもある。出来る限りの事はするしかない。

 さて、門を潜ろうかと思っていると、向こうから近づいてくる人影があった。

 セーラー服を着こなし、眼鏡をかけた黒髪の少女――大淀だった。

 

「ようこそ。海藤さんでいらっしゃいますか?」

「ん。本日付でこの呉鎮守府に所属する事になった海藤凪。只今到着した。君は、大淀かな?」

「はい。私も先日ここに配属されたばかりです。新米同士、よろしくお願いします」

 

 先代提督と共に、先代大淀も轟沈したと聞く。

 大淀は基本的にどの鎮守府でも提督を補佐するために配属される、いわゆる秘書的な存在らしい。本来は軽巡洋艦の艦娘のはずだが、その見た目と能力的に事務要員として配属されることが多いようだ。

 

「では、こちらへ。ご案内いたします」

 

 大淀に先導されて鎮守府内へと入っていく。

 こうして近くにいて改めて認識する。艦娘とは、本当に人とあまり変わりない存在なのだと。

 艦娘とは昔実際に存在していた軍艦の記憶を持ち、艤装を装備して戦う少女達の事だ。詳しいことはわかっていないが、謎の妖精らが関わり、艦の残骸や装備から艦娘へと変化させるための設計図を構築し、資材と妖精の力を注ぎ込むことで生まれ落ちるとされている。

 艤装も同様で、実際に存在していた兵装の設計図を基に、艦娘が装備できるものへと変換、構築する事で開発される。どちらも各鎮守府にデータとして送られ、それを鎮守府の妖精達が受け取り、資材を消費する事で気分次第で制作するようだ。

 誕生の方法からして人間ではない。だが彼女達は確かにそこに存在し、心を持つ。思考し、表情を変化させ、しかし提督らの命に従い、戦闘する。

 感情があるからこそ機械ではないし、人と同じように血も涙も流す。故にロボットというものではなく、「艦娘」として存在している。

 そんな彼女らが戦う相手が深海棲艦と呼ばれる謎の存在だ。

 どこから来たのかもどのようにして生まれ落ちたのかも不明。しかしあれらも艦娘と同じく、昔存在していた軍艦らのような装備を手にし、海を往く。軍艦の攻撃を受けても怯むだけで倒す事が出来ず、しかし艦娘らの攻撃ならば倒す事が出来た。これにより軍艦の役割はほぼ失われ、深海棲艦と戦うのは艦娘であるという変化が生まれた。

 だが完全に軍艦が消えたわけではなく、提督や資源の移動に使われる。それに倒す事は出来なくとも、怯ませる程度ならば可能だ。ないよりはマシだった。それでも軍艦を動かす資材を艦娘に使った方がコストも安いという事で、その数は昔と比べるとかなり減っているのが現実である。

 建物の中へと入り、執務室へと案内される。

 

「こちらです」

 

 扉を開けて中へと入ると、二人の少女が直立し敬礼をしてきた。

 片やきりっとした黒髪長髪をした少女。へそだしルックをしているが、だからこそその引き締まった筋肉がより感じられる。

 片や大人しそうな印象を抱かせる少女。柿色のセーラー服を着用し、その長い茶髪に緑のリボンと、特徴的な前髪の分け目が目につく。

 凪も敬礼を返しながら机へと向かい、そして三人に向き直る。

 

「本日付でこの鎮守府の提督を任じられた、海藤凪だ。去年アカデミーを四位の成績で卒業、整備員へと転属して一年を過ごしてきた。今回、美空大将殿の命によってこちらへと配属と相成った。提督としては新米ではあるが、以後よろしく頼む」

「戦艦長門だ。先代提督の秘書艦を務めてきた。よろしく頼む」

「軽巡洋艦、神通です……。水雷戦隊の長を任せられていました。よろしく、お願いします……」

「軽巡大淀です。先代の大淀に代わりまして、先日配属されました。提督の補佐などを務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」

 

 改めて自己紹介と挨拶を行い、凪は改めて三人を見回した。

 長門と神通。彼女らが生き残ってきた艦娘であり、その経歴から長くこの鎮守府で活躍してきたのだろうと推察できる。列車の中で見てきた書類でも確認したが、実際に目にしてみると確かに練度はあると見て取れる。

 長門は秘書艦として提督と艦娘らを繋ぎ、大規模な作戦の際は艦隊旗艦として活躍していたそうだ。

 神通は軽巡や駆逐艦をはじめとする水雷戦隊のまとめ役をしていたらしい。普段は駆逐艦の鍛錬の指導を行っていたようだ。

 

「まずは先代提督と、沈んでいった艦娘達の冥福を祈ります。ご愁傷様です」

 

 帽子を取って胸に当て、瞑目しながら一礼する。

 失われた命と引き換えに、自分が空いた席へと座るのだ。犠牲となった艦娘は三十を下らないという。これくらいの事をせねば罰が当たる。

 頭を上げても、凪はしばらく黙祷するように無言で瞑目していた。

 やがて黙祷をやめ、帽子を被りなおすと、長門達を見回す。

 

「……基本的な方針としては先代と変えないようにしようと思う。長門、君は秘書艦として私と艦娘らの連絡役などを務めてもらいたい。また、私になんらかの不信があれば、遠慮なく申し出るように」

「不信というと?」

「先代は小さな失敗の積み重ねや、上からの圧力によって歪んできた、と報告にある。それでも君達は提督の指示に従い、行動してきたようだな。艦娘としては仕方のない事だろう。命令は絶対なのだから。……だから、私もそうなった場合、誰かが止めなければならない。過ちを繰り返さぬように。長門、君にそれを任せる」

 

 じっと長門を見据え、凪は告げた。

 

「先代のように私が道を踏み外すようならば、君が私に告げなさい。もちろん私自身もそうならないように努めよう。しかし自分では正常だと思っていても外から見ればそうではない事もある。だからその役割が必要だ。それを秘書艦である君に任せる」

「……わかった。その任、引き受けよう。あなたの言う通り、過ちは繰り返してはならない。この長門、もしもの時が来ない事を願うばかりです」

「神通、君には変わらず水雷戦隊の長を任せる。今こそ誰もいないけど、頭数が揃ってきたら、前と変わらず水雷戦隊をまとめてほしい。また教練も頼みたい。その技術を惜しみなく伝えてもらいたい」

「わかりました」

「で、大淀。この鎮守府にある資材はどうなっている?」

「それはこちらに」

 

 そう言って手渡された紙を見てみると、そこにはこうあった。

 各資材、五千。

 

「…………五千?」

「はい。どうやら先代がほぼ全ての資材を南方に向かう際に積んでいったようでして、その……」

「なるほど、沈没した際に全て海の藻屑となったか」

 

 長く鎮守府を運営していたはずのここに五千しかない。何故かと思ったらそういう事情があったようだ。見れば、高速修復材――通称バケツもたったの十しかない。なのに、開発資材と高速建造材――通称バーナーは百を超える数が揃っている。これらに関しては戦闘には全く関係ないので持って行かなかったのだろう。無駄に有り余っている。

 

「資材に関しては大本営から就任祝いとして送られました。バケツも同様です」

「……大本営というより美空大将殿の心意気だろう。先行投資が早すぎる気がするけど、ありがたく受け取っておくとしようか。となると、最初にやる事は一つか」

 

 紙を大淀に返しながら「工廠に案内してもらおうかな」と告げた。

 

 

 工廠とは艦娘の建造や装備開発が行われる場所だ。

 鎮守府運営になくてはならない場所であり、そしてそここそ謎の妖精らの本領発揮をする場所だった。

 そこには手のひらサイズの何かがいる。よく見ると人っぽいのだが、かなりデフォルメされたような見た目をしている。これらも全て女性っぽい風貌をしており、整備員のような服装をしてちょこまかと好き勝手に動いていた。

 

「建造妖精は?」

「あそこに集まっているのがそうだな。おーい、お前ら! 仕事だ!」

 

 ドックの近くでわちゃわちゃしている妖精らが、長門の呼び声に応えてわーっと集まって来た。その動きも何やら可愛らしい。小さい子供より更に小さいそれらが何かするだけでもこんなに可愛いのかと思えるほどに。

 

「どうも。今日からこの鎮守府の提督をする海藤凪だ。よろしく」

 

 自己紹介をすると、わーっと歓声が上がりながら拍手をしてくる。言葉は通じるのだが、妖精らの言葉はあまりよくわかっていない。そんな妖精らに提督として初仕事を与えることにした。

 

「解放されてるドックは四つか。でもやっぱり最初は一つだけ使おうか。初めての建造は大事だからな。オール三十でよろしく!」

 

 指示を出すと、一斉に敬礼をして一つのドックに駈け込んでいく。積まれている資材を投入し、ドックの扉が閉まった。みょんみょんと何やら音がしたかと思うと、ドックの扉にあるモニターに不可解な紋様が浮かんでくる。

 様々な形を変えていくこと数秒。

 それは、凪達に理解できる文字として表示された。

 

 00:22:00

 

「駆逐艦、か」

 

 そのドックで建造されている艦娘が完成するまでの時間だった。

 

 

 

 


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