呉鎮守府より   作:流星彗

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開戦

 

 数日の航海を経て、トラック泊地へと到着した。港に到着した凪達を東地はすぐに出迎えてくれた。実際に対面しても久しぶり、という気はあまりしないが、それでも気さくに握手をしてきた彼に触れれば、それがゆっくりと実感してくる。

 

「よく来た。歓迎するぜ、凪」

「おう。状況はどんな感じ?」

「深山からの連絡じゃ、ソロモン海域を離れて真っ直ぐにこのトラックへと北上しているって話さ。その背後を深山の艦隊が蓋をしているみたいだが、やっぱり積極的に攻撃してはくれねえな」

「……マジで戦力として期待はしない方がいいんやな」

 

 やれやれと嘆息しながらトラック泊地の鎮守府へと向かっていく。その後ろから呉鎮守府の艦娘達がぞろぞろとついてくる。大淀を含めて二十五人全員がこっちに移動しているのだが、呉鎮守府の防備は大本営が補完している。

 大規模作戦において各鎮守府から提督が出撃する時、大勢の艦娘を保有していた場合は防衛のために提督が残していく事もある。だが新米提督の場合はそうもいかない。

 その時のために大本営が艦娘を派遣するのだ。守りのために戦うだけならば大本営が保有する艦娘だけでも何とかなる。今回も呉鎮守府の防衛のために、東京から派遣してくれているようだ。主に美空大将の息がかかっている艦娘が。

 さて、トラック泊地の艦娘達はどんな感じなのだろう、と凪は少し興味を示した。秘書艦が加賀という事は知っているが、それ以外はあまり知らない。

 グラウンドに整列した艦娘はざっと見る限り百人はいるだろう。その内、二十五人は呉鎮守府の艦娘だが、それ以外は全員トラック泊地の艦娘となる。

 

「ざっと見た限り、やっぱり育ってるんやな」

「一年もやってりゃあこうなるさ」

 

 秘書艦である加賀を筆頭とした空母勢は、一航戦、二航戦という正規空母に、飛鷹、隼鷹、千歳改二、千代田改二が在籍している。先日発表された改二を早速導入している辺り、彼らの練度が高まっている事が窺える。

 戦艦となると扶桑姉妹にそして金剛四姉妹。重巡は妙高四姉妹に古鷹、加古と取り揃えられている。

 軽巡は長良型の六姉妹に球磨型の五姉妹が全員揃っている。特に北上、大井はこちらも改二になっていた。

 最後に駆逐だが……やっぱり駆逐は種類が豊富。ほとんど網羅しているので割愛する事にしよう。

 それらをほぼ全員高レベルまで鍛え上げられている。凪の下にいる艦娘と比べても軽く20以上はレベルの差があるだろう。

 お互いに所属している艦娘のリストを確認し合い、どのように艦隊を運用するかを話し合う。そうしていると、遠くで指揮艦の汽笛が聞こえてきた。

 

「ん? 越智が来たか」

 

 来たならば出迎えなければならない。特に彼の性格からして、そうしなければ面倒なことになりそうだ。二人揃って港まで向かい、接岸してきた指揮艦を見上げる。

 やがて降りてきたのは一人の男。凪と東地は彼へと敬礼をすると、彼は返礼しながら「どうも。佐世保の越智だ」と挨拶してくる。

 

「呉鎮守府より参りました、海藤です」

「トラック泊地の東地です」

「うん、君達が僕の雄姿を見届ける後輩達だね? で、君が呉の後任か。……なんとまあ、頼りなさげな事で。君には僕の護衛としてしっかり働いてもらうんだから、頼むよ?」

「……はっ」

「じゃあ早速、南方棲戦姫を討ちに行こうじゃないか。奴らは今も北上し続けているんだろう? せっかく姫君がやる気になってくれたんだ。帰ってしまう前に、全力でもてなしてやろうじゃないか」

 

 くいっと海を示すように首をしゃくり、越智は指揮艦へと戻っていく。そんな背中を見ながら凪は、もてなすのはどうせ俺達なんだろうな、と舌打ちしたくなる。

 東地も同じような気持ちだったらしく、通信機を手にして「あー、大淀さん? グラウンドに集合している全艦娘に通達。それぞれの指揮官に乗船。これから出陣だってよ」と伝えた。

 ろくな打ち合わせもなく、さっさと出港していった越智の指揮艦を追うように、凪と東地の指揮艦も出港。艦橋の席に座しながら、指揮艦同士の通信を開く。

 

「それで、どういう作戦でやるんで?」

「決まっている。君達が偵察を行い、僕が南方棲戦姫を撃滅する。簡単な話だろう?」

「……細かい部分は?」

「君達の好きにするといい。君達が僕の艦隊が全力を出せるように舞台を整えるのさ。一年と、たったの三か月の君達より、二年も艦隊を整えてきた僕の方が、奴を沈める期待値が高いだろう?」

 

 ふっと髪をかき上げながら得意げに話している。すると東地から越智の艦隊についてのデータが送られて来たので、それを確認してみることにした。

 なんとまあわかりやすい艦隊練度だった。美空大将が言っていたが、本当に大鑑巨砲主義なのだな、と見て取れる。

 長門型、金剛型、扶桑型に伊勢型と高レベルの戦艦を取りそろえ、重巡も現在いる艦娘がほぼ全て並んでいる。空母も一航戦、二航戦が存在し、そのどれもが高レベル。東地の艦娘よりも高いのだ。

 それに対して、軽巡駆逐はただ遠征しているだけのようで、レベルの差が激しい。軽空母もそれなりでしかなく、東地と凪の保有している艦娘に近しいものになっている。

 つまり大型艦を重視し、中型、小型を軽視している。空母が入っているので完全な大鑑巨砲主義というわけではないが、大型艦こそ正義というわかりやすい育成方針だ。これで二年やってきたとのたまうのだからある意味尊敬する。

 一昔ならばこれでも何とかなるだろう。だが姫級が出現し始めた「今」の状況となるとどうなるのか。一年以上やっていたはずの先代呉提督が戦死したのだ。この艦隊であの南方棲戦姫相手に勝てるのか? とデータを見た凪はとてつもない不安を覚えた。

 話は終わりだ、とばかりに越智が通信を切ってきたので、自然と東地との通信となる。モニターに映し出された東地はわかりやすく辟易していた。

 

「いやー性質が悪いってああいう奴のことを言うんだなぁ」

「なあ、茂樹」

「なんだい?」

「……このデータ、マジなんか?」

「マジもマジ。水雷戦隊? なにそれおいしいの? って感じだぜ、佐世保は」

「……潜水艦どうすんねん、あいつは」

「俺らが何とかするしかねぇんじゃね? というかあの様子じゃ俺らに丸投げだろうよ」

 

 それが凪が美空大将との会話で挙げた越智の艦隊の穴だった。

 戦艦も空母も重巡も、潜水艦には無力だ。潜水艦を攻撃するのは軽巡と駆逐、そして航空戦艦に航空巡洋艦、軽空母だ。航空戦艦はいることはいるようだが、今の瑞雲ではまともなダメージを期待することは出来ないだろう。軽空母も同様だ。

 今まで佐世保は潜水カ級ら相手にどうしていたんだ、と問いただしたい気分である。

 

「……深海棲艦が変わってきているのに、鎮守府運営が変わっていないって、どうかしてるぞ」

「だよなぁ。かつての大戦でも大鑑巨砲主義ってのは廃れていったはずだというのに」

「こりゃあ、マジで美空大将殿の意思に従うしかないかもしれんな」

「あん? どういうこった?」

 

 凪は美空大将が話していたことを伝えていく。それを静かに聞いていた東地は、そっと口元に指を当てながら思考する。美空大将が成そうとしている事と、それを果たすための手段を考えているようだった。

 やがて一息つき、「――ま、俺としては別にそれに乗ってもいい」と答えてきた。

 

「ああいう輩に、これからもこき使われるってのは俺としても我慢がならねえ。それでうちの艦娘が轟沈でもしようものなら憤死しかねえからな。首を挿げ替えるってんなら、俺としては同意する」

「俺もあまり乗り気じゃなかったんやが、このデータを見せられたらな……」

「あまりにわざとらしい動きをしたらつっこまれるだろうからなぁ。こりゃ流れに任せて動いていくしかねえわ。後は、あいつの慢心待ちか」

 

 そう話しながら指揮艦三隻は南下していく。

 その途中で空母達が偵察のための艦載機を発艦させ、敵の進軍状況を確認する。それにより、敵の先兵が確認されたようだ。水雷戦隊を基準とした艦隊らしい。

 報告を受け取るとやはりと言うべきか、越智から通信が入った。

 

「出番だよ。さくっと蹴散らしてくるんだ」

「……了解」

 

 短い指示だったが、それが全てだ。通信が消え、ため息をついて東地との通信を開く。

 

「どっちが行くよ?」

「俺が行こう。茂樹は指揮艦の護衛を頼む」

「いいのかい?」

「そっちの方が水雷戦隊多いんだろ? 三隻守るには十分数がある」

「まあそうだな。わかった。じゃあ五水戦から八水戦まで出して守るよ。健闘を祈る」

 

 通信が終わり、艦橋から艦娘達へと指示を出すために通信機を手にする。

 一つ息を吐き、彼女達へと語りかける。

 

「これより出陣する事になった。メンバーは一水戦、二水戦、第二主力部隊。一水戦、二水戦が前に出、第二主力部隊が艦載機からの支援という形でお願いする。なお、指揮艦の守りは、トラックの東地が務めてくれることになったので心配する事はない。……君達の健闘を祈る」

 

 凪の言葉を聞き終えた艦娘達は一斉に動き出した。甲板へと上がり、次々と海へと飛び降りて艤装を展開。整列すると一水戦、二水戦が先陣を切るように前へと出ていく。それに追従するように第二主力部隊が航行を開始した。

 改めてメンバーを紹介しよう。

 一水戦は神通、北上、夕立、響、綾波、雪風。

 二水戦は球磨、利根、足柄、川内、夕張、皐月。

 第二主力部隊は妙高、阿武隈、初霜、霞、千歳、祥鳳。

 全員が高速で海を往き、それより先に彩雲や艦戦が偵察に向かう。すると、早速偵察隊が深海棲艦を発見したようだ。妖精からの報告を受け、祥鳳が敵戦力を報告する。

 軽巡ヘ級エリート、駆逐ハ級、駆逐ロ級2、駆逐イ級2。

 軽巡ホ級エリート、雷巡チ級、駆逐ロ級2、駆逐イ級2。

 敵の水雷戦隊が二隊というものだった。こちらもまた水雷戦隊が二隊。しかし軽空母が二人いるので、先手を打って攻めていくことが出来る。

 

「では、攻撃隊を発艦させます」

「集中ですか、分散ですか?」

「……分散でお願いします。一水戦、二水戦がそれぞれ当たりにいきますので。球磨さん、大丈夫ですね?」

「問題ないクマ。あれくらいの戦力、軽くひねりつぶすクマ」

「わかりました。では千歳さん、第一次攻撃隊、発艦しますよ」

「はい!」

 

 二人の軽空母から次々と艦載機が発艦して空を往く。流星をはじめとする艦攻、彗星をはじめとする艦爆、そしてそれらを護衛する艦戦達。それらが二手に分かれて水雷戦隊の前を往く。

 エリートが一隻、それ以外がノーマルとなれば対空兵力の脅威はあまりない。一気に奴らの頭上へと迫った艦爆が先制して爆弾を投下。突然の艦載機の攻撃に混乱した敵は、なす術もなく爆撃を受ける。それによってイ級が消えた。

 続けて艦攻による雷撃が入り、ロ級まで消える。隊列が瓦解した敵にもはや勝機はない。神通達が接近している頃にはへ級エリートの指示で何とか持ち直しているようだが、「砲雷撃戦、開始です」と通達。

 北上の甲標的によってへ級エリートが中破し、神通達の砲撃によって次々と撃沈数が増えたのだった。

 これは球磨達も同じだった。先手を打って数を減らしていたために、それはもう戦いと呼べるものではない。雷撃を放ち、回り込みながら砲撃を加える。砲撃によって体勢を崩し、放たれた魚雷が間を置いて直撃する。

 あっけない終わりである。これくらいの敵ではもはや一水戦も二水戦も止められない。逆に苦労するようでは、この先生き残れるはずもない。三か月前とは違う。当然の成長であり、当然の勝利だった。

 敵を撃滅したが、神通は電探の反応を探っていた。目の前の水雷戦隊が沈んだというのに、妙な反応があるのだ。

 

「……潜水艦、でしょうか」

『こっちにもそれらしき反応があるクマ』

「潜水艦が展開されているようですね。とりあえず潰していきましょう。通すわけにはいきません。単横陣へ」

 

 電探、ソナーの反応を探り、近くに展開されていると思われる潜水艦を探す。どうやら球磨達の方にも潜水艦の反応があるらしく、単横陣へと陣形を変える。

 ゆっくりと航行し、どこに潜水艦がいるのかを探る中、潜水艦ではなく別の物が探知にひっかかった。

 

「魚雷がきてるよー!」

 

 北上の警告に神通が彼女の指さす方へと視線を向ける。確かにそこには二つの雷跡がこっちに迫ってきていた。あそこか、と神通は目を細め、「魚雷を回避し、爆雷用意を」と指示を出す。

 距離が近くなるにつれ、敵の潜水艦の正体がわかってきた。

 どうやら潜水カ級エリート2、潜水カ級2らしい。それくらいならばなんとかなる。先制魚雷を回避し、反撃するように爆雷を一斉に投射。一間を置いて爆発したそれらは狙い狂わず、カ級らを全て撃沈させた。

 二水戦もまた同様に、利根と足柄以外の艦娘が爆雷を投射し、潜んでいたカ級らを始末する。重巡は爆雷を所持していないため、潜水艦相手には無力だ。

 

「敵はどこかしら? まだまだ主砲を撃ち足りないわ! 潜水艦じゃあ何もすることなくて退屈なのよね」

 

 足柄がそんな事を言いながら辺りを見回している。勝利や戦闘に飢えている彼女としては砲雷撃、というより戦闘そのものを好んでいる。すぐさま次の獲物を求めるあたり、飢えているのがよくわかる。

 攻撃機が帰還し、入れ替わるように再び偵察機が発艦。敵を探して南下していった。

 潜水艦が他にもいないかを警戒する中、指揮艦がゆっくりと追いついてくる。その周りには東地の保有している水雷戦隊が護衛していた。

 

「……神通さん。空母ヲ級と戦艦タ級が確認されました」

「ヲ級にタ級ですか? 正確な艦隊の報告を」

 

 それによれば戦艦タ級、空母ヲ級、重巡エリート、軽巡ヘ級、駆逐ロ級2との事だった。

 東地から報告があった新たなる深海棲艦がこの先にいる。上等だ、と神通は薄く笑みを浮かべる。自分達が先陣を切って撃滅し、凪達を守るのだ。それが今の神通達の役目なのだから。

 戦艦タ級がどうした。それに恐れている暇などない。

 

「行きますよ、みなさん。潜水艦の反応も見逃さないように」

 

 神通率いる一水戦が我先にと南下すると、足柄が「わ、私達も行きましょう!」と慌てだす。それに対して球磨は落ち着いていた。

 

「慌てることはないクマ。潜水艦の反応も見逃しちゃダメクマ。それに戦いはまだ始まったばかりクマ。獲物はまだまだいくらでも出てくるクマよ」

「んぅ……そうだけどぉ……ああ、うずうずするわ……! 主砲を撃ちたいと……!」

「……ダメじゃなこいつは。どうして艦娘となったら、こういう飢えた狼の一面が出てきたんじゃ。落ち着くんじゃ足柄よ。そういうのが隙を生むんじゃ。ここから先は奴らの領域じゃぞ?」

 

 ぺしん、と軽くツッコミを入れて球磨の先導に従って利根達も南下していく。

 利根の言う通り、どうやら敵の領域へと足を踏み入れつつあるようだった。利根も偵察機を発艦させて目を光らせているのだが、その妖精の見ている光景を受け取ると、利根が薄く冷や汗をかいている理由がよくわかる。

 もう、海が赤く染まっているのだ。それはまだ薄いのだが、じわりじわりとそれが北へと伸びてきている。まだここは奴らの先兵が来ているだけのはずだというのに、海に変化をもたらしている。

 それだけで、前に戦った泊地棲姫とは違うのだと知らしめるには十分なものだった。

 万全の状態ではなかったとはいえ、泊地棲姫は沖の島の周辺の海を赤く染めた。だがそれだけだ。島の周辺だけに留まり、そこから先には影響はなかった。

 だが南方棲戦姫は違う。彼女の周辺に留まらず、先兵が出撃している領域にまで力が及んでいるのだと知らしめているのだ。それだけで気を引き締める理由になりえる。

 

「む、敵艦載機じゃ! 祥鳳、千歳!」

「はい、もう発艦させています。そろそろ会敵するでしょう」

 

 千歳の言う通り、利根が見ている光景に艦載機が頭上を追い抜いていった。それらは向こうから迫ってくるヲ級の艦載機とぶつかり合う。艦戦同士が撃ち合い、その隙を縫って艦攻や艦爆が敵艦隊へと迫っていく。

 だが翼が撃ち抜かれ、錐もみ回転しながら海へと落ちていく艦載機もまた見える。犠牲を生みながらも、艦載機が攻撃態勢に入る中、左から接近を試みる神通達一水戦。北上の甲標的が放たれる中、タ級も艦載機に注意しながら神通達を視界に入れた。

 見た目としては完全に人型を取っており、白髪のロングヘアーに薄い緑の燐光が目から放たれている。上はセーラー服だが、下はパンツ。紛うことなきパンツである。

 左肩に肩パットと思われる深海棲艦の装甲をはめ込み、マントを左右に流してなびかせている。その服かマントの裾からは戦艦の主砲や副砲らしきものを覗かせていた。

 

「…………!」

 

 タ級が何かに気付いたように旋回し、同時に右手を広げて艤装を神通達へと展開した。「砲撃来ますよ!」と神通が警告する中、主砲が唸りを上げて弾丸を放ってきた。

 それらを回避しながら甲標的はどうなった? と見やれば、どうやらタ級が回避したらしい。だが艦載機からの攻撃は逃げられなかったらしく、いくつかの爆撃を受けている。

 後ろを追従していたリ級エリートとへ級が魚雷を受けてしまい、撃沈。これで脅威はタ級とヲ級のみとなった。攻撃が終わって帰還していく軽空母の艦載機を見送りながら、ヲ級の帽子の口が開き、艦載機が吐き出されていく。

 

「対空迎撃、雷撃用意」

 

 離れていくタ級らの頭上にヲ級の艦載機が展開されていくが、最初にぶつかり合った際に艦載機の数が減ったようだ。ノーマルのヲ級だからまだ艦載機は少な目という事が幸いしている。ここを切り抜ければ倒す事は難しくはないだろう。

 

「ここは綾波達が守ります! 神通さん達が雷撃を!」

「ん、今が雷撃の好機とみる。どうぞ、撃っていくといい」

 

 10cm連装高角砲を手に、綾波と響が進言した。夕立と雪風も同様であり、迫ってくる艦載機へとそれらを向けていく。艦爆らが接近するのを阻むように、駆逐達による対空砲撃が開始される。

 輪形陣ではないが、それでも迫ってくる艦載機を牽制する力はある。そんな中で神通と北上は遠くで反転し、こちらへと迫ろうとしているタ級らを見据える。次弾装填したのか、ゆっくりと両手を上げて裾から覗いてくる砲が旋回し始めた。

 艤装にある目が不気味に光をたたえている。だがそれに臆する神通ではなかった。

 頭上の艦載機は次々と撃墜され、投下される爆弾も軽快な動きで避けていく。そんな中で不意に別の反応をキャッチした。

 

(潜水艦? ここで?)

 

 南の方角から静かに接近してくる反応を感じたのだ。それに気を取られたせいか、タ級が主砲を発射した事に気付くのが一瞬遅れた。迫ってくる弾丸の唸り声に気付き、反射的に回避するように旋回する。だがそれでも至近で通り過ぎた弾丸の影響は免れなかった。

 

「くっ……!」

 

 左腕とわき腹を持っていかれた。服が破れ、肉が少し抉れて出血した。「神通さん!?」と夕立が叫ぶが、右手でそれを制する。神通が負傷したのを見て、タ級が笑うように目を細める。

 

「これくらい負傷にも入りませんよ。それより、潜水艦に注意しつつ、タ級を早急に沈めます。この傷の礼をしなくてはなりませんからね。……球磨さん、聞こえますね?」

『クマ。大丈夫かクマ?』

「問題ないです。それより、新たなる潜水艦の反応をキャッチしました。そちらで対処してください」

『わかったクマ。気を付けるクマよ』

 

 通信を終え、神通はじろりとタ級を睨みつけるような眼差しを向けた。普段の彼女とは違う雰囲気に、北上が「え、なにこの気迫……」と少し引き気味だ。

 

「――さて、撃ちますよ。よく狙ってください」

 

 静かな言葉だった。反航で両者が接近し合う中、タ級が旋回して次弾の砲撃をするために狙いを定めてきた。その動きを読み、神通と北上から魚雷が一斉に発射される。だが魚雷はそれだけではない。

 駆逐ロ級の二隻からも、口から魚雷を吐き出してきた。しかしその方向は回避するには余裕なコースだった。落ち着いてそれから逃げつつ、砲撃を加える。ロ級程度ならば、夕立らの砲撃であったとしても問題なく撃沈できた。

 そして神通と北上が放った多数の魚雷が接触し、タ級とヲ級を黙らせる。終わってみれば、淀みない勝利だった。潜水艦に気を取られてしまった神通が負傷するだけに留められたが、当の神通はなんてことはない風にそこに佇んでいる。

 ぽたり、ぽたりと左腕に血が伝い、わき腹が青くなっていっても。

 

「神通さん、大丈夫っぽい?」

「ええ、これくらいなんともないですよ。それより気を抜いてはいけません。ここはまだ戦場ですよ、夕立ちゃん。千歳さん、祥鳳さん、状況は?」

『奥に敵影は見かけられません。ただ、球磨さん達が潜水艦を相手にしているようです』

「会敵しましたか。どうです、球磨さん?」

『今、とどめを刺したクマ。潜水ヨ級エリートをはじめとする潜水組だったクマよ』

 

 潜水ヨ級。カ級の次に確認された深海棲艦の潜水艦だ。大きな口を開けた艤装の中に飲み込まれているかのように、髪の長い女性が佇んでいる、というこれまた変わった風貌をしている。

 カ級の強化版と言ってもよく、そう簡単には落ちない存在だが、どうやら夕張が多く撃沈してみせたようだった。凪が開発で出したソナーと爆雷を並べ、軽快に次々と落としていったようだった。

 

『他に潜水艦の反応はないクマ。とりあえずこの一帯の水雷戦隊、潜水艦隊は殲滅出来たと思うクマよ』

「わかりました。では、一時帰還しましょう。念のため千歳さん、祥鳳さん。偵察は放っておいてください。この先の状況も探らなければなりませんから」

『わかりました』

 

 潜水艦の脅威は一時的に去った。これで問題なく指揮艦らは南下する事が出来る。だがそろそろ停止し、じっくりと腰を据えて奴らを迎え撃つ準備をしなければならないだろう。

 あくまでも今回殲滅したのは奴らの先兵。敵の主力はその先にいるのだ。

 帰還した神通はすぐさま入渠ドックへと送られ、球磨が代わりに戦果報告した。それを聞く中で、軽空母二人が放った偵察機が敵の主力打撃部隊らしきものを確認。

 モニターに映し出されたそれは、確かに今まで見た事のない深海棲艦が映っている。

 だが、今回の本命である南方棲戦姫ではない。風貌は酷似しているが、南方棲戦姫よりも力が落ちているような感じがした。

 能力照合から、あれは鬼級のものであると判断され、一時的にこう呼称する事に決まる。

 

 南方棲鬼、と。

 

 

 


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