呉鎮守府より   作:流星彗

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南方棲鬼

 

 凪は艦橋から入渠ドックへと向かい、神通の様子を窺いに行った。そこには他の艦娘達も治療を行っていたが、神通はバケツによってすぐに治療を終えていた。

 出てきた神通を前に、凪は少し心配そうな顔をしていた。腕、わき腹と視線を移し、「大丈夫なのかい?」と問いかける。

 

「ええ、あれくらいどうということはありません。ですが、ご心配をおかけしましたね。すみません」

 

 これが艦娘という事か。肉が少し抉れようとも、バケツの効能ですぐに治ってしまう体。異質とも呼べる高い治癒能力こそ、彼女達が人外の存在である証だ。

 しかし、それを恐れることはない。心配ではあるが、彼女達を恐れる理由はもうない。

 無事に帰って来てくれたことを喜ぼう。

 

「敵が確認されたらしい。一緒に来てくれ」

「はい」

 

 神通を連れて艦橋へと戻ると、モニターには海に佇む南方棲鬼の姿が映し出されていた。

 長い白髪のツインテールをしており、右目は前髪によって隠れている。黒ビキニに黒ジャンパーらしきものを羽織り、ブーツを履いているのはいいが、その艤装の装備の仕方が異様だ。

 両腕はかぎ爪の付いた手甲のようになっているが、その上には三連装砲が確認される。口径から重巡級の砲と思われる。そして腰元の近くに繋がれている艤装の方が、口径が大きい。こちらはもしかすると、かの大和型に近しい三連装砲ではないだろうか。

 

「いや、あれって大和型というより……アイオワ級のあれじゃないか?」

「16inch三連装砲、ですか?」

 

 アイオワ級やネルソン級と呼ばれる米英の戦艦主砲として挙げられる。深海棲艦はどうやらそちら側の艤装を装備しているので、かつての連合国の艦のなれの果て、と最初は考えられていた。

 だが連合国に存在しなかった雷巡まで深海棲艦となり、そうではないのかもしれないと思い始めている。深海棲艦は今もなお、謎に包まれているのだった。

 

「で、南方棲鬼が出てきてますけど、どうするんで?」

「どうもしない。本命がまだ出てないんだ。僕が出るまでもない。君達に譲ろう」

「……まだ戦わないんで?」

「君達に花を持たせてやろう、と言っているんだよ、東地君? 新たな鬼級なんだ。あれを倒して戦果を挙げればいい」

「そうですか。ありがたくて涙が出るねぇ」

「では、頑張りたまえ」

 

 と、通信が切れてまた東地との通信となる。わかりやすく不機嫌な表情を浮かべ、がしがしと頭を掻いていた。ガン! と何かを蹴り飛ばす音が聞こえたかと思うと、

 

「次は俺がやるよ。お前さんの娘達は護衛に回ってくれや」

「いいのかい?」

「構わんさ。さっさと終わらせてくるよ。五水戦と六水戦を休憩させるから、入れ替わりでよろしく」

 

 軽く手を挙げ、通信を終える。

 南方棲鬼、確かに計測した限りでは南方棲戦姫に比べれば全然マシな方だろう。しかしかの海は少しではあっても赤く染まっている。それが何らかの影響を及ぼさない、とは言い切れないだろう。

 大丈夫だろうか、と少しばかり凪は心配になった。

 

 東地の指揮艦から、艦娘達が出撃していった。彼が選んだ艦隊は以下のもの。

 第二水上打撃部隊、金剛、比叡、高雄、愛宕、吹雪、叢雲。

 第三水雷戦隊、五十鈴、名取、白露、時雨、漣、潮。

 第二航空戦隊、蒼龍、飛龍、飛鷹、隼鷹、睦月、如月。

 計十八人が一斉に南下を始めていく。モニターに映し出される艦隊を見て、凪は先程感じた不安が少し和らいだような気がした。東地にとっては全力ではないにしろ、それでも十分に強力な艦隊を出撃させている。

 今は彼を信じ、任せるとしよう。

 傍らに控えている神通へと振り返り、「まだ戦えるのかい?」と問う。

 

「はい。回復は済んでいます。いつでも」

「なら、茂樹の水雷戦隊と交代して一水戦、二水戦を警備へ」

「承知いたしました」

 

 一礼して神通が去っていき、一息ついた凪は大淀が運んできた紅茶を手にした。ちょっとした緊張で喉が渇いていたようで、すぐに空になってしまう。気のせいか腹も少しばかり痛みを感じるような……。

 胃薬も飲んでおこうか、と思いながら凪は静かにモニターを見守った。

 

 

「なんだありゃー? いきなりエリートさんがお出迎えじゃないの!」

 

 隼鷹が放った艦載機から見えた光景は、空母ヲ級エリート率いる艦隊だった。

 空母ヲ級エリート、重巡リ級エリート、軽巡ト級エリート、軽巡ト級、駆逐ニ級2。

 戦艦ル級エリート、重巡リ級エリート、軽巡ホ級エリート、軽巡ヘ級、駆逐ハ級2。

 明らかに先程までとは違う雰囲気が前方から感じられる。エリートがずらりと並んでいようとも、隼鷹は焦るどころか笑みを隠しきれていない。

 それは金剛達も同様だった。巫女服のような衣装と、流れるような茶髪を風になびかせ、不敵に笑いながら後ろ髪をかき上げる。

 

「ではみなさーん、Follow me! とっとと撃滅し、先へ進みマース! Dragons、Hawks、お願いしマース!」

「だからその呼び方はどうなのかなって思ったりするんだけど、まあいいや。全艦載機、発艦!」

 

 金剛の指示に蒼龍が苦笑を浮かべるも、その弓から飛龍と共に攻撃隊を発艦させる。それに対して飛鷹と隼鷹は手にしている巻物を広げた。そこに描かれているのは飛行甲板だ。それに陰陽師が使うような式神を立てると、それらが前へと動き出し、順次艦載機へと変化して飛び立っていく。

 四人の空母からの艦載機となればかなりの数となる。それらをヲ級エリート一隻だけでどうにかなるものではない。圧倒的な物量を以ってして艦載機を叩き落としていき、次々と攻撃を命中させていった。

 それはまさしく蹂躙。

 かつて大鑑巨砲主義を終わらせた要因の一つ、空母による空からの超遠距離攻撃である。中型艦、小型艦にはどうしようもない。なす術なく撃沈していく中、それに追撃するのが金剛と比叡だった。

 

「撃ちます! Fire!」

「主砲、斉射!」

 

 襲い来る戦艦の砲撃を前に、空母によって被害を受けていたル級らはただただ攻撃を受け続けるだけ。例えエリートとなろうとも、練度の高い彼女らの攻撃に耐えられるものではなかった。

 水雷戦隊の出番などなく、蹂躙された二艦隊を尻目に金剛達は更に南下していく。

 その様子を離れた所で見つめていた視線に気づかずに。

 

「…………」

 

 それは静かに海の中へと潜り、そっと指揮艦の下へと近づいていく。だが警備している水雷戦隊の多くが確認されると、気づかれない距離を保ってじっと様子を窺っていた。

 潜水ヨ級である。それもただのヨ級ではなく、黄色いオーラを纏っているフラグシップだった。傍らにはヨ級エリートもおり、その目をきょろきょろと動かしている。

 得ていく情報はぶつぶつと人の耳にはわからない言葉によって、どこかへと伝えられていた。

 一方金剛達はそんな事など知る由もなく、どんどん南方棲鬼の下へと向かっていく。

 前方に展開されている潜水艦隊に気付くと、三水戦のメンバーが前へと躍り出、単横陣へと変化。一斉に爆雷を投射して掃討していく。だがどういうわけか、それでも潜水艦の反応が消えない。

 まるで南方棲鬼を守るように、周囲に多く展開されているようだった。それだけでなく魚雷を発射し、多数の雷跡が接近してくる。

 

「く、ここは五十鈴達に任せ、回り込んで先へ進んでください!」

「OK! 気を付けるネ!」

 

 三水戦がじりじりと移動しながらカバーする中、第二水上打撃部隊と第二航空戦隊が三水戦を盾にしつつ回り込んでいく。魚雷をやり過ごし、カ級とヨ級の群れを探知しながら三水戦が爆雷を投射する中、何とか二隊は抜けきった。

 だが三水戦はそこから離れるわけにはいかない。背後から彼女らが攻撃を受けぬように、この潜水艦隊を撃滅しなければならない。また、そのために指揮艦の方ががら空きとなるため、五十鈴がすかさず指揮艦へと通信を入れた。

 

「こちら五十鈴。南方棲鬼へと金剛さん達が接触しようとしているわ。だけど、その前に潜水艦隊が防衛。彼女達を先に行かせるために私達が盾になってるけど、穴が出来てしまった。もしかすると、そっちに潜水艦が接近しているかもしれないわ」

『了解。警備隊に伝える』

 

 東地からの指示により警備している水雷戦隊が警戒のレベルを上げた。潜水艦が近づいてくる可能性が高いならば、より広範囲を警戒しなければならない。すかさず東地からも凪へと通信が開かれた。

 

「――って事らしい。気を付けてくれ」

『……わかった。が、一つ胸騒ぎがする』

「胸騒ぎ?」

『水上艦じゃなく潜水艦で警戒線を敷いているっていう点やな。さっきも潜水艦が先兵の最後尾にいたし、何かあるかもしれん』

「あー……それもそうかもしれねえな。なんか勘が働いてるのかい?」

『勘ってほどでもないんやが……、うん、妙な胸騒ぎがするから、一つこっちで動いてみていいか?』

「いいよ」

 

 すまない、という風に手を動かして凪が何をするかを説明する中で、水雷戦隊が動き出していく。それに感づいたヨ級フラグシップは静かに後退を始めた。まだ得る情報はあるだろうが、今は一時撤退を選んだのだろう。

 その選択を聞いたらしいモノは、視界に入り込んでくるものを見据える。艦載機が空を覆い、自分を標的にしている事は察知している。だがそれでもそれは笑みを浮かべてこう言うのだ。

 

「イラッシャイ……、歓迎スルワネ……」

 

 ヨ級フラグシップからの通信を切り、両手を軽く広げて金剛達を出迎える、南方棲鬼。

 それを護衛するのは戦艦タ級エリート、空母ヲ級エリートに重巡リ級エリート、軽巡ト級エリート、そして駆逐ニ級エリート。

 軽く見回せばそれらの顔ぶれがあるのだが、それ以上に海を埋めるのが護衛要塞だった。泊地棲姫の下にもいた球体の存在である。軽く見回すだけで六体は見かけられる。

 

「んー、お客人がたっぷりいるようですネ。しかし、だからといって怯む事はないデース。日頃の成果を今、見せつける時デース!」

「ソノ気配、金剛カ……。フッ、貴様ゴトキヲ、ココカラ先ヘ通ス訳ニハ、イカナイノヨ」

 

 二隻のヲ級エリート、護衛要塞、そして南方棲鬼から艦載機が順次発艦。まずはこれらが撃ち合い、いくつかが海へと落ちていく。続いてお互いの巡洋艦らが対空砲撃を行っていく。

 

「ではそれぞれ当たって下さい! Fire―!」

 

 金剛、高雄、吹雪と比叡、愛宕、叢雲の三人ずつに分かれ、南方棲鬼を護衛する深海棲艦へと当たりに行く。それを支援すべく、蒼龍達も艦載機が帰還すると、すぐさま補給を行って次の攻撃隊を発艦させる。

 

「落チロ、艦娘ドモメ……! ソノ程度ノ数デ、私達ヲ落トセルトデモ……?」

 

 金剛を狙い、左腕を挙げればその下にある戦艦主砲が一斉に火を噴いた。空を切り裂き、唸りを上げる凶弾。金剛型が装備する戦艦主砲よりも、更に大きな口径をしたその主砲の弾丸は、距離を取るように航行する金剛らには届かなかった。

 立ち昇る水柱に隠れながら、回り込むように動く金剛らはまず護衛要塞を落とすことにする。船のような艤装にある主砲が旋回して狙いを定める。続く高雄も照準合わせが終わり、「Fire―!」という指示に呼応して斉射する。

 

「ヲ級を止めます。艦載機をこれ以上出させないように! 気合入れて、落としてッ!」

「はいはーい。叢雲ちゃん、あっちのボールへ魚雷撃ちますよ~」

「任せなさい!」

 

 愛宕の指示に従って二人揃ってボール、もとい護衛要塞へと魚雷を発射。更に愛宕は主砲を旋回させて、次の艦載機を発艦させようとしているヲ級エリートへと主砲を斉射。

 金剛と比叡は左右に展開して挟み込むようにそれぞれ動いていた。蒼龍達は金剛達の後ろに回りながら距離を取っている。空母としては主砲の射程内に入らないように遠距離を保ち、艦載機を飛ばし続けるのが役割だからだ。

 護衛要塞をいくつか沈めて余裕が出てきたと思った時、南方棲鬼が不敵に笑いだした。

 

「フン、随伴艦ヲ落トシテ数ノ不利ヲナクソウト? ソレガ、ドウシタノカシラ……? ココハ、我ラノ領域。言ッタハズ、ココハ、トオシマセン……!」

 

 ゆっくりと、まるで我が子を迎え入れるかのように手を広げたかと思うと、赤く染まっている海に、いくつかの波紋が広がり始めた。ブーツでその赤い水面をとん、とん、とその波紋に合わせるように新たな波紋を作りあげる。

 すると南方棲鬼の呼びかけに応えるように、次々と深海棲艦が浮かび上がってきたではないか。ル級エリート、重巡リ級エリートが二隻ずつ。雷巡チ級エリートに軽巡ト級エリートが三。ダメ押しとばかりに護衛要塞が更に増える。

 それに対してこちらは十二。軽く見回せば二倍も差がついている。しかもまだまだ増えそうな気配がしていた。

 

「ココガ、ドコダカワカッテイルノ? ソロモンカラ離レテイルトハイエ、ココハ、多クノ命ト鉄ガ消エタ場所……。絶望シナサイ、艦娘ドモ……!」

「く、これは……ちょっとしたピンチ、というやつですネ……」

 

 練度があるとはいえ、数で押し込まれればさすがに不利である。苦い表情を浮かべながら金剛は、一時的に後退してしまう。比叡もまたどうようであり、主砲の射程内に南方棲鬼を入れはしたが、その前に立ちふさがるル級エリートを前に撃てずにいた。

 護衛要塞が次々と艦載機を発艦させる中、金剛達はじりじりと後退し始めるのだった。

 

 

 


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