呉鎮守府より   作:流星彗

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南方棲鬼2

「三式弾、装填! 目障りな艦載機を落としマース!」

 

 後退しながら戦艦と重巡が三式弾を装填。上空へ向けて発射すると、宙で爆ぜる事で細かな弾が降り注ぐ。これらが敵艦載機を次々と叩き落していくのだ。とりあえずの防空は出来るが、その全てをしのぎ切れるわけではない。

 艦攻から魚雷が放たれ、金剛達へと迫っていくが、後退しながら射線を見切り、全て回避していく。だがそれらをやり過ごしたからといって脅威がなくなったわけではない。

 まるで特攻を仕掛けるように、駆逐ニ級エリートや護衛要塞が急速に接近してきた。あるものは主砲を開き、あるものは魚雷発射管をむき出しにし、迫ってくるのだ。

 

「これ以上近づけさせないように! 体勢をなんとか立て直しマース!」

「吹雪ちゃん、魚雷で迎え撃ちます!」

「はい! 当たって下さい!」

 

 一旦攻めるのではなく、守るための戦いへ移行する。比叡達も金剛達へと合流するために下がっていく中、次々と特攻してくるニ級エリートと護衛要塞を撃沈していくのだ。

 お互いの魚雷が交差し、迫りくる。死を恐れぬ深海棲艦は魚雷が接触するコースだろうと受け入れる。その後ろにいる南方棲鬼やル級エリートへと向かわせないように。一方ここで死ぬわけにはいかない金剛達はそれを避けなければならない。

 だがその全てを避けきれるわけではない。護衛要塞は三連装砲を撃ち、魚雷も撃つ。重巡クラスの三連装砲だ。それが装備されている敵があちこちに並んでいるのだから厳しい。

 

「マダ足掻クカ、金剛……。諦メテ、死ヲ受ケ入レタラドウ?」

「No thanks! ワタシ達はまだ戦えるネー! その隙があるなら、戦闘は続行デース!」

「無駄ナ事ヲ……、死ヲ恐レル貴様ラガ、コノ数ヲ前ニ絶望シナイトハ……見苦シイニモ程ガアル」

 

 南方棲鬼が不敵な笑みを浮かべて戦艦主砲を掲げて狙いを定めてきた。それに対して金剛と比叡は主砲を向けながら合流を果たした。その後ろでは蒼龍達が次の艦載機を発艦させていた。

 

「まったく、少しでも数を減らしていこうとしても、次々とこられちゃあ、ただ資材が減るばかりよ!」

「ソウ、無駄ナ事ヲシテイルト気付クガイイ。堕チルガイイ、金剛。水底ガ、オ前ヲ待ッテイルワヨ……!」

 

 暗い笑みを浮かべて主砲を斉射した。更に下がりながら金剛と比叡も応戦。下がったことで前に着弾した弾丸だが、二発が金剛と比叡のアームにある主砲に着弾して爆発を起こす。

 一方金剛と比叡の弾丸はル級エリートが庇いに行き、命中せず。主を守るために例え沈もうとも奴らは平気で体を投げ出す。それによって沈もうとも、奴らにとって沈む事こそ死ではない。再び水底から蘇るだろう。

 

「沈メ、金剛。愚カナ抵抗ヲヤメロ。助ケハナイ。貴様ラノ仲間ハ、潜水艦ニ気ヲトラレテイルノダロウ……?」

「な、なんでそれを……?」

「……知リタイノカ、比叡? 我ラハアラカジメ、潜水艦ヲ忍バセテオイタノヨ……。大型艦ノ弱点、ソレハ、手出シ出来ナイ潜水艦……! 水雷ニヨッテ防ガレルガ、シカシ逆ニイエバ、足止メガ出来ルノヨ。……デモ、足止メモ万全デハナイ。イクツカハ、逃レラレル。サア、飲マレナサイ、堕チナサイ」

「…………っ!?」

 

 まさか、ここにも潜水艦がいるというのか?

 電探とソナーの反応を探ろうにも、深海棲艦が多すぎて正確に探れない。こんな状況で潜水艦を探し当てるなど至難の業だ。焦りも加わって逃げ切れる余裕が失われる。

 艦載機同士のぶつかり合いも、敵の艦載機を飛ばせる個体が増えてきた事と、蒼龍達の艦載機の消耗が合わさって不利になりつつある。

 

「この状況をひっくり返すには、やっぱり三水戦の手助けが必要です、お姉様……!」

「ですが、あの子達は潜水艦を抑えていマス。それよりも提督に援軍を要請するべきデスネ……」

「では吹雪ちゃん、提督に援軍要請を――」

 

 比叡の言葉を遮るように南方棲鬼とル級エリートが一斉射を行う。反撃するように金剛と比叡も斉射するが、それらはお互いに命中弾を生み出した。

 

「ひぇー!?」

「ぁあ……っ!?」

「ン、グ……!?」

 

 比叡の腹と愛宕の左肩で爆ぜる弾丸、それに対して南方棲鬼は胸と腕を徹甲弾が貫いている。ここにきて初めての南方棲鬼への命中弾。だがこちらにも命中弾が出てくるようになってきている。

 まずい、やはり数で押し切られ始めている。はやく援軍を――

 

「――突撃します。私に続いて」

 

 不意にその声が響いた時、リ級エリートと護衛要塞に魚雷が命中し、爆ぜた。見れば神通率いる水雷戦隊が奇襲を仕掛けていた。全員の視線がそちらに向けられた刹那、反対側からも五十鈴率いる三水戦が突入した。

 

「お待たせしました、金剛さん! これより、反撃の時間よ!」

「Oh!? 五十鈴! それにあの神通は、もしや呉鎮守府の? どうしてここに? Why!?」

『うちの提督が出陣の命を出しました。我が航空部隊も来ております』

 

 神通の通信が金剛へと届けられる。その言葉を噛みしめる前に、頭上を新たな艦載機が通過していった。それは千歳と祥鳳から放たれた艦載機だった。追加の艦載機を以ってして支援する流れに、状況が変わっているのだという事をひしひしと感じさせる。

 艦爆が南方棲鬼へと攻撃を仕掛け、艦攻が護衛をしているル級エリートやヲ級エリートへと魚雷を発射した。ル級エリートとヲ級エリートが致命傷を受け、南方棲鬼も肩にある砲で対空迎撃をするも、爆撃の雨を受けながら歯噛みする。

 

「援軍、ダト……? 潜水艦隊ハ何ヲシテイル……!?」

「殲滅させていただきました。二艦隊で叩けばあっけないものですよ」

「ええ、神通さん達が来てくれて助かったわ。指揮艦の方に向かおうとしていたものまで殲滅していたみたいだし」

 

 凪の胸騒ぎから東地に一水戦を出撃させる旨を伝えると、控えていた四水戦を警備に回してくれた。一水戦と共に第二主力部隊を随伴させ、出撃させたのだ。

 低速戦艦がいる第一主力部隊は残しているため、長門達はいない。二隊とも高速艦で統一し、迅速にここまでやってきたのだ。

 そして今、神通率いる一水戦が群がっている深海棲艦の中を突っ切って状況をかき回す。突然の登場に困惑している護衛要塞やリ級エリート、チ級エリートへと接近していく。

 

「これは、素敵なパーティになりそうっぽい!?」

「ええ、獲物が大勢いらっしゃいます。魚雷を撃ちますね~」

 

 標的がいっぱいいるためにうずうずしている夕立はいいとして、綾波もまた微笑みの中に高揚感を感じさせていた。敵の中を突っ切っているため左右に魚雷を次々と発射させ、高速で突っ切っていく。

 近距離での魚雷を逃れる術はない。次々と周りの護衛が沈んでいく状況に、南方棲鬼はぎりっと歯噛みし、拳をわなわなと震わせる。

 

「ナンダ、コレハ……? 絶望ニ、希望ノ光ガ差シ込ンダ、トデモ……?」

 

 怒りに震えが止まらない。かつての記憶が蘇ってきて、それがより一層南方棲鬼に怒りをもたらした。

 セピア色に染まった記憶だ。

 空から何度も何度も艦載機が飛来し、自身に攻撃を加えていく。同行していた仲間達の姿は思い出せない。だが、彼女らはもう、沈んでいった。生き残りがいたと思うが、それも曖昧だった。

 覚えているのはただ自分がかの敵に執拗に攻撃を受け続け、やがて沈んでいった事だけ。

 冷たい水底が自身を包み込み、先に逝った仲間達の影が薄らと見える中、そして誰も自分達がそうなる前に助けに来ることはなかった無念。だがそれも致し方ない。元より、そういう作戦だったのだから。

 

「数ノ不利……絶望的ナ状況、ソレヲ覆ス仲間ノ助ケ……! 許シ難イ……ソンナモノ、私ハ認メナイゾ、艦娘ドモガァ……!」

 

 ぎろりと航行する一水戦らや三水戦を見回し、怒りのままに指さし、深海棲艦らへと指示を出す。

 

「沈メロ、何トシテモソノ目障リナ奴ラヲ沈メロォ!!」

 

 反転する神通らへと迫るように魚雷が放たれる。だがそれらを砲撃によって落とし、しかしそれらを逃れた魚雷を走り抜けて回避。だがト級エリートの砲撃が追い打ちをかけてきた。

 

「ひゃぁ!?」

 

 回避行動をしていた雪風が反射的に身を屈め、頭上を通り過ぎる弾丸を回避した。だがそこに海中から突然ニ級エリートが飛び出してくる。口から砲門を突き出し、雪風を正確に狙いすましていた。

 

「ぁ……」

「キシャアァァァ――――ァアッ!?」

 

 突如、ニ級エリートが爆発を起こした。見れば、雪風の前を航行していた綾波が振り返り、主砲を発砲していた。更にもう片手に装備している主砲も発砲し、ニ級エリートを撃沈し、「大丈夫ですか、雪風さん!?」と後ろをついてくる雪風に艤装を消した右手を伸ばした。

 

「あ、ありがとうございます、綾波ちゃん。だいじょーぶです、たすかりました」

「いえ、いいのです。ピンチの時は、お互い様です。さ、行きますよ。置いていかれちゃいます」

 

 手を引いて起こし、少し距離を離された神通達へと追いつきに向かう。そんな様子を響は肩越しに振り返り、牽制の魚雷を放ちながら思案していた。

 

(綾波や夕立がさっきから高揚している。綾波の反射的な砲撃がその証。この実戦の影響だけじゃなさそうだ。やっぱり、かつての戦場が近いから、なんだろうか……)

 

 南方、ソロモン海域はこの南。夕立と綾波の雄姿が語られる海域だ。ただ練度が上がってきた影響だけではない。彼女達はこの異様な空気の中で、確かに感覚が研ぎ澄まされている。

 

「……っ!」

 

 夕立が迫りくる魚雷に感づき、砲撃を加えて起爆させる。生き残るために、切り抜けるために、感覚を研ぎ澄まし、迫りくる脅威に対処する。ここは敵陣の真っただ中。その中を生き延びるには確かな移動と、攻撃の技術が必要だ。

 

「夕立ちゃん、煙幕を。まだまだかき回します」

「了解っぽい!」

「金剛さん、聞こえますね? こちら側は対処が完了しつつあります。南方棲鬼の撃沈を。そちらはもう、体勢は立て直していますね?」

『Thanks! 助かりました。主砲の応急処置も完了デス。これより、戦線復帰しマース!』

「五十鈴さん、そちらはどうです?」

『問題ないわ! 護衛要塞も落としている。これで艦載機を発艦するメンツも減らせたはず。空母達もやりやすくなったはずよ!』

「了解です。では、まだまだかき回します。無理せず、お互い動きましょう」

『了解したわ』

 

 艤装を構築する力でマスクを装着し、夕立が立ち昇らせた白煙の中に身を潜める。広がっていく煙に困惑する深海棲艦へと再び肉薄していき、魚雷を装填し終えてから次々と発射。更に砲撃を重ね、追加で浮上してきた戦力を再び海へと沈める。

 五十鈴率いる三水戦もまた神通達一水戦に負けてなるものかと撃沈数を稼ぐ。練度で言えば自分達の方が上なのだ。助けられはしたが、だからといってまるまる全て獲物を持っていかれてはなるまい。

 

「さあ、どんどん行くわよ! ついてらっしゃい!」

 

 それはまるで海のもぐら叩き。どれだけ戦力を逐一投入しようとも、混乱の状況の中では十全に力を発揮する事など出来ない。流れは艦娘側へと傾いた。それを覆すには、より大きな力を以ってして強引に引き戻すしかない。

 

「さあ、Finaleの時間ネ!」

「――ソウダナ、幕ヲ下ロス時ダ」

 

 静かな、言葉だった。金剛達から放たれた弾丸をその身に受けながら、南方棲鬼は耐えている。だがその体から発せられる赤いオーラがより強く、そして暗い色を発し、その傷を治癒していた。

 その変化に金剛は怪訝な表情を浮かべる。

 

「不快、実ニ不快ヨ……コレダケノ不快ナ気持チヲ、再ビ私ニ思イ出サセルトハ……」

 

 赤いオーラは波紋のように周囲に広がり、それによって海に変化が生まれた。沈んでいたはずの深海棲艦が次々と浮かび上がってきたのだ。物言わぬ残骸となっているそれらは、まるで渦に引き寄せられるように南方棲鬼へと近づいていく。

 

「許サナイ、絶対ニ許サナイ……! 貴様ラハココヲ通サナイ、沈メテヤル……!」

 

 残骸は形を変え、一つになっていく。まるでそれはロボットの変形合体のようだ。ぱっくりと頭頂部に穴が開き、南方棲鬼の足を飲み込んでいく。それを止めるように金剛、比叡だけでなく、空母から放たれた艦載機も攻撃を加えていくのだが、海中から伸びた鈍色の腕が攻撃を防いでいった。

 まるでそれは泊地棲鬼の艤装から伸びた右腕のよう。だが完全に筋肉が完成されていないのか、爆撃を受けた箇所が吹き飛び、痛々しい傷として残っている。

 だがそれでも、それは魔物の如き風貌をした艤装と化した。ゆっくりと呼吸をするように口が開き、赤き息吹を吐きながらゆっくりと海上へ姿を現す。

 接続されている南方棲鬼もまた、赤黒いオーラをまき散らし、しかしそれはツインテールを作るゴムへと収束し、まるで蝶の羽根のようなリボンとなった。赤い燐光をまき散らす、二つの羽根のようなリボン。それが彼女が纏っていたオーラが収束した物となったのだ。

 

「……鉄屑ト成リ果テロ……」

 

 ギリギリ、と音を立てて魔物の艤装の肩に接続された戦艦主砲が旋回する。まずい、と金剛が「回避デース!」と叫び、移動する。瞬間、轟音が響き渡り、弾丸が金剛達が居た場所を飛び越える。

 標的は彼女達の更に後ろにいた者、直撃を受けて吹き飛んだのは隼鷹だった。

 

「隼鷹ッ!?」

「――かっ、ふ……やっばいって、マジで……!」

 

 爆ぜた弾薬で服がボロボロとなり、巻物も焼き焦げている。これでは艦載機を飛ばす事も出来ない。中破で踏みとどまったはいいが、当たり所が悪ければ容赦なく大破になっていただろう一撃だった。

 

「睦月、護衛して一旦後方へ下がって! 隼鷹、残っている艦載機、私に回しなさい!」

「へっ、悪いね、飛鷹……。ここは任せた……」

 

 艦載機を作りあげる式神を構築し、それを飛鷹へと手渡すと、睦月に介抱されながら更に後方へ下がる。指揮艦はゆっくりと南下しているとはいえ、それでも距離がある。睦月は「護衛にだれか、お願いします!」と東地に連絡を入れるのだが、どういうわけか通信が上手くつながらない。

 ノイズが走っているかのようで、指揮艦側の言葉が上手く聞こえないのだ。

 

「にゃにゃ!? な、なにこれ……?」

「誰一人、帰スモノカ……。オ前達ハ、ココデ終ワルガイイ……!」

 

 振り返る睦月の視界には、まさしく鬼がいた。

 ぎらぎらと赤く輝く瞳は怒りと憎しみにまみれ、艤装の開く口もまた目の如く赤い光をたたえている。風になびく白髪のツインテールがざわりと広がり、戦場をかき回す水雷戦隊を狙いを定めて重巡砲が唸りを上げた。

 まさしくそれは怒れる鬼、復讐の戦いに身を捧ぐ鬼。

 かの敵が戦姫と呼ばれるならば、彼女は戦鬼。

 

 呼称するならば、南方棲戦鬼だろう。

 

 

 




15夏で南方、ソロモンをやったのに復活しなかった南方棲鬼。
南方ちゃん……この先、復活ありますかね……?

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