呉鎮守府より   作:流星彗

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改装

 資材もようやく2万を超え、新しく加わった艦娘達も順調に成長してきた10月。

 大和の馴染みっぷりと長門との仲の良い戦いも日常の一端となり、資材が増えた事で水雷戦隊の遠征の量を減らして訓練の時間を増やす。艦隊の練度強化に集中しつつ、凪も凪で装備の調整によって彼女達の戦果向上を図る。

 もちろん開発も怠らず、様々な装備を用意してその時を待ち続けた。

 10月下旬、その日、いつものようにあの人からの通信が入る。

 

「ソロモン海域へ強襲する作戦、参加する意思があると聞いたけれど」

「ええ、東地と共に戦うつもりです」

「そう。ではそんな貴様に餞別という程のものでもないけれど、これらを与えましょう」

 

 そう言ってまた何らかのデータを送ってくれる。それを開いてみると、やはりというべきか新たな艦娘データがあった。

 新規駆逐艦、巻雲、長波。

 駆逐艦改二、夕立改二、時雨改二。

 それを見た凪は少し驚きに目を開いた。よもやここで夕立改二が与えられるとは。確かにソロモンと言えば夕立の最後の活躍の場。一つの大きな花火を咲かせて暴れまわった逸話が存在する。

 

「貴様の下には夕立がいたわね? いい機会だから与えておくわ。時雨に関しては東地の所にいたし、同じ白露型だから同時に進めておいたわ。駆逐艦とはいえ、改二ともなれば良い働きをしてくれると思うわよ」

「ありがとうございます。あの娘も喜ぶでしょう」

 

 かねてより強くなりたいとよく口にしていたのだ。ついにその時が来たのだからきっと満面の笑みで喜んでくれることだろう。それを想像すると、凪も少し嬉しくなってくる。そう考えながらデータを開いてみると、そこに映っていたのは、確かに夕立ではあった。

 

「……? 美空大将殿」

「なにかしら?」

「……ほんとに、これが夕立改二です?」

「ええ。こうなってしまったわ。狂犬成分が表れてしまったのね」

 

 それで済ましてしまっていいのだろうか。レベルとしては55。これは何も問題はない。すぐにでも改造できるレベルだ。早速とりかかってもいいのだが、いつか夕立が言っていた言葉を思い出す。

 

 強くはなりたい。でも大きく変わりたくはない。

 

 そこに映っているのは、大きく変わったと言える夕立の姿であった。

 左の前髪に髪留め、頭頂部から二つに分かれた房はまるで獣耳のように垂れている。毛先は桜色に染まり、そして何よりその目が真紅に染まっているのだ。

 身長も伸びただけでなく、胸も成長している事から子供から成長したようなイメージだろう。そこは響からВерныйへと変わったものを引き継いでいるといえる。

 手にしている魚雷も意識があるかのように目や口が見られ、腰にアームで連結されている艤装にはハンモックが見られる。また首には白いマフラーが巻かれているようだ。

 これらも恐らく史実のエピソードが反映されているのだろう。

 それらは別にいい。

 問題なのは身体の成長と、目の色が変わったこと。もしかするとソロモン海域での獅子奮迅の暴れっぷりを反映した結果なのかもしれない。これに伴う性格変化があるならば、今までの夕立でなくなってしまうかもしれないのだ。それをあの夕立が受け入れるだろうか。

 

「どうかしたのかしら? 悩んでいるみたいだけれど」

「……ええ、少し」

 

 凪は美空大将に夕立の事について話した。静かに聞いていた美空大将だったが、なるほどと頷きながら煙管を吹かせる。

 聞き終えた彼女は小さく「確かに見た目だけではなく、中身も少しばかり変化はある」と答える。

 

「とはいえ貴様のところの夕立ならばそんなに変わらないでしょう」

「と言いますと?」

「好戦的になる、という変化だからよ。狂犬成分が出た事で、通常の夕立よりも好戦的になったのよ。嬉々として敵を討ち取りに行く、とでもいうのかしらね。でもその気質、貴様の所の夕立は生まれた時から持っていたでしょう?」

「……ええ、確かにあの夕立はそんな気質がありますね」

「なら、そんなに変化はないでしょう? 問題なく改造できると思うわよ」

 

 訓練で力をつけ、初陣の時でも嬉々として獲物を求めていたくらいだ。あの時から改二のような好戦的な性格は見受けられていた。そのままならば、何も問題はない。

 だが改二になって更に好戦的にならない、という保証もないだろう。

 そこが心配ではあるが、今は戦力を強化しておきたいところだ。夕立に説明し、改造させてみるとしよう。

 

「わかりました。いつもありがとうございます」

「構わないわ。貴様達の健闘を祈る。では、私もこれから武蔵の調整があるからこれで失礼するわね」

「はっ、お疲れ様です。美空大将殿」

 

 通信を終えて凪は静かに立ち上がる。大淀の呼び出しで夕立を工廠に呼びつけ、自身も工廠に向かった。着いて数分も経たないうちに夕立がやってくると、彼女に改二のデータが届けられたと説明した。

 それに夕立はすごく喜んだ。

 響に改二が与えられたとなった際に羨ましがっていた夕立だ。自分も今より更に強くなる改二になれるとなれば、喜ばないはずがない。

 

「すぐに出来るの!?」

「うん、レベルが足りているからね。すぐにでも改二に出来る。ただ、もう一つ説明する事があるよ」

 

 改二になるとどうなるか、という事を夕立に説明する。それを聞いていた夕立は少しずつ笑顔が消えていく。今の自分と変わっていく事を想像してしまったのだろう。

 力を手に入れる代わりに失うものがある。

 ファンタジーな物語ではよくある代償の話だ。

 それでも、と夕立はしばらく唸りながら考え込んだ結果、改装を望んだ。変わってしまうかもしれない、という怖さはあったようだが、それ以上に凪の役に立ちたいという想いが上回った。

 ドックへと入り、改二への改装を行っていく。数分かけて作業を行い、やがて扉が開かれると、改装された夕立の姿が――出てこなかった。

 

「……あれ?」

 

 そこにたのはただの夕立の姿だ。改二になったら見た目がかなり変わるというのに、あれでは改装失敗を示しているかのようだ。首を傾げて凪は「どうした? 改装されていたんじゃないのかい?」と優しく声をかける。

 

「うん、そうなんだけど……」

 

 すると工廠妖精がわらわらと集まってきて、何かを喋っている。しかしやっぱり妖精の言葉はわからないので、一緒にいた夕張に説明を求めた。

 相変わらずの作業服姿で別の場所で作業をしていたのだが、妖精の騒ぎに気付いてこっちに来てくれたのだった。

 

「えっと、改二の調整は出来ているみたいです。ただ、夕立が変化を受け入れなかったみたいで……」

「……やっぱりあの変化が原因か」

「……うん。なんか、見えたんだ。変わったあたしの姿が。それと、声も聞こえたっぽい」

 

 改装が行われているとき、目を閉じていた夕立はとある光景が視えていた。瞼が閉じているのに視えているとはこれ如何に。だが夢のようにも思えるような光景だったという。

 真っ白な世界の中にただ一人立っていた夕立は、目の前に扉がぽつんとあったようだ。

 それは恐らく今の自分より更に前へと進むための扉。この扉を開けた先に、改二になるための秘められた力があるのだろう。夕立はその扉を開けてみた。

 瞬間、真っ白いキャンバスに色が塗られたかのように世界が一変する。

 暗い海が広がり、遠くでは赤々と燃える何かがぽつぽつと存在し、お互い砲を撃ち合っているかのような音が響き渡る。背後からは強い光が正面を照らしている。

 扉の奥には、その世界の中で風を受けてなびく髪を揺らしながら誰かが立っていた。

 自分によく似ていて、でも違う。夕立を成長させればあんな風になるのだろう、と思えるような後姿が静かにその世界に佇んでいるのだ。

 あれが自分の改二の姿なのだと、直感で分かった。だから夕立は扉の向こうにいる自分へと手を伸ばす。その行動に反応し、彼女は微笑を浮かべてゆっくりと振り返るのだ。

 

「――さあ、始めましょう? 再び、最っ高のパーティを。ソロモンの悪夢を、奴らに」

 

 爛々と獲物を前にした捕食者の如く、燃えるような赤き瞳が夕立を見据える。それを前に、夕立は委縮した。

 誰だ、あれは?

 あれが、自分だというのか?

 あんな風に、自分は変わってしまうのか?

 確かにあの最期の日、夕立という駆逐艦は米軍を相手に大立ち回りをした。春雨と共に突入し、その後は単騎で暴れまわった。帝国海軍の夜戦の力をこれでもかと見せつけてやったが、敵からすればあんな風に自分は映っていたのか?

 

「どうしたの? 自分がそんなに怖い? でも、これが夕立でしょう? ソロモンの狂犬、ソロモンの悪夢……沈むその時まで、ハンモックを張ってでも戦い続けたのが駆逐艦夕立。その戦果はあやふやでも、単騎で米軍を慄かせた活躍をしたことは疑いようもない。あたしは、その一時の活躍を反映された改二。なら、こうなってもおかしくはないっぽいでしょう?」

「……で、でも、あたしは、そこまで変わりたくはないっぽい」

「強くなりたいんじゃないの?」

「強くはなりたい。でもそれは、提督さんのために強くなるの! 変わってしまったあたしを見て、提督さんが嫌いになってしまったら……あたしは……!」

「…………そんな事はないと思うけれど、そう、それが怖いんだ。でも、もう扉は開かれてしまったの。あとはあなたがあたしを受け入れるかどうか。今はまだその姿のままだけれど、あなたの意思一つで、いつでもあたしになれるから」

 

 だが夕立はぎゅっと服を握りしめ、唇を噛む。

 あんな自分を見て凪が嫌いになったら、怖がってしまったら、素直に甘える事が出来なくなったら……そんな思春期の少女みたいな考えが彼女の中に渦巻いていた。

 世界は相変わらず暗い海に包まれている。恐らくあの日の夜の光景なのだろう。

 そんな中で二人の夕立が相対する。

 片や子供のままの夕立、片や成長した夕立。

 改二の姿をした夕立は静かに扉の向こうから夕立を見据え、ぽつりと小さく語り掛ける。

 

「――でも、迷っている暇はないっぽいと思うけれど」

「……どういう、こと?」

「あなたは力が欲しいと願い続けている。ならきっと強く願う日がすぐに来るよ。死ぬか、生き延びるか。このままで過ごすのか、力を手に入れて先へ進むのか。……選択の時、ってやつっぽい。それがきっと、すぐにやってくるから。その時、今のように迷っていたら、もしかすると提督さんを泣かせるかもしれないよ」

「そ、そんな事、ない……っぽい」

 

 言葉に詰まり、目を逸らしてしまった。それを彼女が見逃すはずがない。

 すっと指をさして「今は、悩んでいてもいいよ」と優しく語り掛け、しかしその赤い瞳は真剣さをずっと帯びている。

 

「でも、選択の時は悩まないで、迷わないで。掴んで、勝利を、描いた夢を。そしてその力で守って、愛する人を、友達を。このあたしの姿は、守るべき人を守り、愛する人の敵を殲滅する力の象徴なの。この姿を恐れるのは、あたし達の敵だけで十分なのだから」

 

 その言葉を最後に、世界は消えていった。目が覚めれば、改装が終わっていたのだった。

 それが夕立が体験したこと。確かにそれは夢のような話だろうが、恐らく嘘ではないだろう。夕立が語ったもう一人の自分の姿の特徴は、確かに資料にあった夕立改二の姿と一致していたのだから。

 そして扉というのも、改二が考案されるきっかけとなった、艦娘の中に秘められていた力を解く鍵のようなもののイメージが具現化したものだろう。その扉を開けて先へと進むための作業、それが改二改装のようなものだ。

 話を聞き終えた凪は苦笑を浮かべて夕立の頭を撫でてやる。

 

「そうか。やっぱり変わってしまう自分が怖かったんだね」

「……ぽい……」

「わかった。君の気持ちを尊重しよう。無理に変われ、とは言わない。扉は開かれていて、君の意思一つで改二になれる状況なんだろう? なら、君の意思に任せるよ」

「……いいの?」

「いいよ。改装自体は問題はなかったんだろう?」

 

 工廠妖精に問えば、妖精達は頷いている。ならばあの夕立改二の言う通り、夕立の意思一つで変われるのだ。変わるタイミングは夕立に任せるとしよう。

 しょんぼりしている夕立をまた撫でてやる。

 改二になれなかったのは確かに残念ではある。だからといって無理に改二を望めば夕立との間に歪が生まれるだろう。それは凪が望む展開ではない。

 

「いいんですか、提督?」

「ん。作業を止めてしまって悪いね、夕張」

「ううん、いいのよ。それじゃ魚雷の調整してくるわね」

 

 笑顔で夕張が去り、「それじゃ俺も魚雷調整するか。夕立はどうする?」と訊いてみると、「あたしはもう行くね。自主練してみるっぽい」と力のない笑みを浮かべた。それが気になったが、さっと夕立は離れ、敬礼して走り去っていった。

 やはり改二の件が自分でも気になっているのだろう。だがこれは夕立の気持ちの問題だった。凪の意思を押し付けるわけにもいかないし、かといってあれ以外気の利いた言葉も思いつかなかった。

 

「……大淀、頼めるかい?」

『はい』

 

 通信で夕立の様子を見てほしい、という旨を伝えると、すぐに返事が返ってきた。

 自分が行っても気を使う事になるだろう。どうやら改二にならないのは凪の事が関わっているらしいのだから。ならば同じ艦娘が様子を見てくれた方がいいだろうと考えたのだ。

 空いた時間は装備調整をしよう。と思っていると、携帯電話が鳴りだした。珍しいな、と思ってそれを取り出すと、知らない番号だった。誰だろうか、と思いながら耳に当てる。

 

「はい、どちらさん?」

「……お久しぶりです、海藤先輩。淵上です」

「あら……どうも、淵上さん。ケータイ番号、教えたっけ?」

「調べました。どうやら執務室にいらっしゃらなかったようですので」

「ああ、それは申し訳ない。工廠にいたものだから。それで、何か用かな?」

「ええ、一つ提案がありまして。ソロモン海域を攻め入る作戦があるとの事でしたよね? ……私も参戦しようかと」

「君も? 大丈夫なのかい?」

「それを確認する意味も込めて、合同演習でもどうかと思って」

 

 驚いた。いつか話を持ちかけようかと思っていたのに、まさか淵上から持ちかけられるとは。しかし断る理由はない。それにソロモン海域に突入する戦力は多い方がいい。演習で彼女の艦隊の力量を確かめられるのだから丁度いいタイミングだ。

 

「わかった。では明日伺っても?」

「ええ。大丈夫です」

「では明日そっちに向かうよ。よろしく」

「よろしくお願いします」

 

 通話を終えて一息つく。いつかは行こうと思っていただけに、予想外だった。だが良い機会ともいえる。問題ない戦力ならば淵上を連れていけばいいし、足りなければそれがわかっただけでもいい。

 どう転んでも悪くない。

 それに美空大将に頼まれていた要件も図らずも果たす事が出来るのだ。彼女がどんな風に過ごしているかも見て、聞いてみる事にしよう。

 そう思いながら作業服に着替えるのだった。

 

 




また水着の季節がやってきましたね。
山城はかわいい、姉様は美しい。この認識でいいんじゃないかと思っております。

そして再び夏のラスボスを水着で殴り倒すという事になりかねませんね。
去年乗り越えたあの悪夢。
多くの提督を戦慄させたあの駆逐艦のような何かを、水着姿でとどめを刺す。
今年もそんなフィナーレを飾りたいものですね。

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