呉鎮守府より   作:流星彗

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集結

 数日後、トラック泊地を経由すると思っていたが、トラック泊地からは東地が出港して合流してきた。向かう先はラバウル基地との事だった。ソロモン海域とは距離が近いため、ラバウル基地を拠点として攻め入る事になったらしい。

 三隻の指揮艦が航海する中で、東地は二人へと通信を繋ぎ、ソロモン海域突入作戦について説明を始める。

 

『まずはこいつを見てくれ』

 

 モニターに偵察機か艦戦から撮られたと思われる映像が映し出される。

 どこかの島の上空から映し出された映像らしい。そこには滑走路があり、その上に白い女性が座っている。まるで泊地棲鬼が沖の島の埠頭に座っていたかのように、瞑目して滑走路に座っているのだ。

 

「また新たな深海棲艦ってわけか?」

『そうなるな。さて、気になる点、なにかないかい?』

『気になる点? 新しい深海棲艦が生み出されている、それ以外になにかあると?』

「…………滑走路に座っているという点か」

『その通り。滑走路と繋がっていると思われる点が気になる。しかもここはな、ヘンダーソン飛行場だ』

 

 ヘンダーソン飛行場、という単語に凪と淵上は息をのむ。二人も当然ながらアカデミーで史実の戦いとして習っている。夜間砲撃を敢行して飛行場を破壊しようとしたが、さすがは米軍というべきか。修理してまた使えるようにしてしまった。

 両軍が奪い合い、戦いを繰り広げる要因となったヘンダーソン飛行場を、深海棲艦として生み出したとでもいうのか。

 

「飛行場の深海棲艦……ということはやっぱりこの映像で見た通り、陸上にあるんやな」

『ああ、なにかおかしいと思ったらそれですね。こいつ、完全に陸上にいますね』

『そう。だから魚雷は届かねえだろうよ。そしてこいつがいるって事は、奴らも本腰入れてラバウルや、うちのトラックを潰しにかかろうって魂胆だろうって推測できる。だから、そうなる前にこっちから打って出ることにしたわけだ』

 

 深海棲艦とは海の底からやってくる存在。かつての艦が人型となって襲い掛かってくるのだから、砲撃、雷撃、爆撃は全て通る。しかしそこにいる白い存在は飛行場を模した存在と推測できる。飛行場は艦と違って陸上に存在する基地である。故に海を移動して目標に到達する魚雷の攻撃に意味はないだろう。

 

『とりあえずヘンダーソン飛行場だから、能力計測も込で奴の仮の呼称をつける。当面の目標はあの飛行場姫とさせてもらう。あれを潰し、ソロモン海域に跋扈する深海棲艦らを殲滅する。そうすれば、あの海域を赤く染めてやがる主力が出てくるはずだ。そいつを討ち倒してソロモン海域を平定。ここまでを作戦内容とするが、どうだい?』

「異議はない」

『あたしも異議ありません』

「で、どう攻め入る? 飛行場姫がヘンダーソン飛行場を模しているなら、やっぱり夜間艦砲射撃でやるんかい?」

『そうだな。この海図を見てくれ』

 

 そう言って次はソロモン海域の海図を表示した。北西から南東に伸びるようにして島が点在するソロモン海域。その中で南東にある少し大きな島が、ヘンダーソン飛行場があるガダルカナル島だ。ここが最終目標となる。

 

『ラバウル基地を出港し、俺が北から攻め入ろうと考えている。お前さんはどうする?』

「残るは島々を突っ切る中央か、下から回り込むルートってことかい?」

『そう』

「……じゃあ中央を突っ切ろう。俺が囮となって奴らを引き付ける。その間にお前らが目標を砲撃してくれ」

『いいのかい? 中央突破は結構苦しい事になりそうだぞ?』

「ラバウルの深山が参戦したとはいえ、あいつの気質じゃこういう囮はやらんやろ。お前が北から向かうってんなら、俺がやるしかあらへんやろ」

『……では、あたしも同行しましょう。海藤先輩一人だけでなく、あたしの艦隊もいた方が生存率は上がるかと思われますので』

 

 淵上がそのような事を言ってくれる。確かに一人より二人の方がいいだろうが、まさか彼女から乗ってくれるとは思わなかった。意外と作戦の際には付き合いがいいのかもしれない。

 

「助かるよ」

『いえ、構いませんよ。生存率を上げるためのものです。あたしの艦隊では微々たる助力かもしれませんが、やらない理由もありませんので』

『じゃ、深山には南から行ってもらうとするかね。ということで、北から、南から、そして中央から飛行場姫へと接近を試み、深海棲艦が阻んできたら戦闘。その間の通信はラバウルで手渡す暗号を用いて行ってくれ。通信を傍受される可能性も考慮しておかないといけねえからな』

 

 深海棲艦も亡霊という海に沈んだ人間が転じた存在がいることがわかった。ならば、その知識を用いて提督らで行っている通信を傍受し、作戦が筒抜けになっている可能性もある。

 

『誰かが奴を潰せばそれでいい。一人が辿り着いても他の奴もまた支援として目標に何とか接近を。……被害が増えたら無理せずに撤退してもいい。無理して作戦を続行し、それで被害甚大ともなれば目も当てられねえからな』

「了解」

『了解』

 

 話が一区切りし、間もなくラバウル基地へと到着する頃合い。それは同時にソロモン海域にも近くなってくるという事でもある。となると当然ながら奴らが接近してくる可能性もあるという事だ。

 あらかじめ放っておいた偵察機や艦戦。それらが接近してくる敵艦隊を捉えたのだ。

 戦艦ル級エリート、重巡リ級エリート、軽巡ト級エリート、駆逐ニ級3という艦隊や、軽母ヌ級エリート2、軽巡ヘ級エリート、駆逐ハ級、駆逐ロ級2という艦隊。いくつかの艦隊が接近してきているのだが、そのどれもがエリート以下。

 恐らくはこの一帯を警備している艦隊なのだろうと推測される。だが、指揮艦が三隻もいるこちら側の方が数の上ではかなり有利だった。あの程度の艦隊ならば、主力を出すまでもない。

 

『艦載機で蹴散らすか』

「一応残存を狩るための水雷出しておこう。大淀、通信を」

「はい。どうぞ」

「敵艦隊発見。空母組は甲板に上がって艦載機を順次発艦。残存を狩るために二水戦と三水戦は海に降りておいて。残存がなくとも、潜水艦が接近してきている可能性があるので、索敵を念入りに」

 

 ここはすでに敵の領域に入りつつあるのだ。少し離れた海は赤く染まっている。となれば、先の南方棲戦姫との戦いのように、どこかに潜水艦が潜んでいる可能性を捨てきれない。水上艦隊に気を取られている間に、潜水艦が遠距離雷撃をしてくる可能性もある。故にここからは水雷戦隊の警備を出しておくことにした。

 指揮艦三隻から飛び立っていく艦載機の群れ。迫ってくる深海棲艦へと無数の艦載機が向かっていくのは圧巻だ。それは空母がいないエリート以下の深海棲艦に対しては過剰戦力でもあるかもしれない。しかしこれが、ソロモン海域にいる深海棲艦へと告げる、開戦の狼煙となる。

 遠くから聞こえてくる爆発音。それを静かに聞きながら、凪はぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

 

「――へえ? 艦娘がまた来たと? やれやれ、奴らも飽きないものだ。で、トラック? ラバウル? どっち?」

 

 亡霊は静かに報告へと耳を傾けながら、そこにいる一人の女性の調整を行っていた。女性というよりは艤装だろうか。だがその艤装も異様であった。女性の傍らに佇むのは、巨大な魔物である。その肩にある戦艦主砲が妙によく似合っている。その片割れの一つを亡霊は弄っているのだった。

 亡霊へと報告を行うは潜水ヨ級フラグシップ。言葉にならない声で静かに亡霊へと報告すると、その手が止まった。

 

「…………三隻? 三隻と言ったのか?」

「――――」

「……へえ。三隻、か。大和の時と同じか? 呉や佐世保がまた、来たと? 呉……佐世保、ああ、何だろうね。この不快な言葉の響きは」

 

 何やら目のような蒼い燐光が何度も明滅する。かたかたと骨が軋み、亡霊の静かに湧き上がってくる怒りを表しているかのように鳴いていた。

 しばらくそれが続いていたが、ぴたりと音がやんだ。骨となっている指をヨ級へと向けると、

 

「ソロモン海域全域に通達。奴らを、ガダルカナル島に近づけさせるな。どうせ、奴らの目的はヘンダーソン。あれが見つかったのはわかっている。ずっと襲撃する機会を窺っていたんだろう。それが今日、開始されるんだ。ならば、全力を以ってして出迎えてやろうじゃないか」

 

 その命にヨ級は一礼して浮上していく。

 ヨ級に代わって、その場に別の深海棲艦が訪れた。泊地棲鬼や装甲空母姫だ。彼女らもまた再びここで建造され、出撃の機会を待っていたのだ。

 

「君達も出番だ。それぞれの持ち場につくがいい。私はこいつの最後の調整を行っておく」

「完成、シヨウトシテイルノネ。メデタイコトダ」

「とはいえ、気を抜くんじゃないよ。せっかくここまでソロモンを制圧したんだ。このまま奪われるつもりはさらさらない。奴らを、いい気にさせるな。潰せ、何としてでも」

「承知」

 

 泊地棲鬼と装甲空母姫が一礼して去っていく。

 亡霊はまた主砲に向き直り、最後の調整を終えた。艤装の大木のような手が動き、主砲を持ち上げて肩へと装着していく中、亡霊は静かに黒い女性を見つめる。

 

「素の能力としては申し分はない。アイアンボトムサウンドの環境と、ブースト能力が噛み合えば、間違いなく勝てる。……そうだ、先代が作った大和は余分なものを付け加えた。だから失敗した。戦艦ならば、戦艦としての力をふるうべき……!」

 

 故にこの新たなる深海棲艦には、戦艦としての機能しか与えなかった。南方棲戦姫に備わっていた雷撃能力、艦載機発艦能力は付け加えず、純粋に砲撃のみで戦わせ、高い装甲を与えたのだ。

 

「私が、そう、私が作りあげた真なる深海の戦艦……! は、はは……私は、もう失敗はしない。失敗など出来るはずがない……! 私が、私が奴らを完膚なきまでに潰すのだ。このアイアンボトムサウンドで!」

「…………」

 

 ぶつぶつと喋っていた亡霊に何らかの気持ちのスイッチが入ったのか、興奮状態でまくし立てていく。その様子を、艤装から伸びたチューブで繋がっていた黒い女性がじっと亡霊を観察していた。

 興奮しているせいなのか、蒼い燐光が激しく明滅している。それを観察していた女性は何気なく、

 

「――過去ヲ、憶エテイルノカシラ?」

「――はは、は……? 過去? 過去って、なんだい?」

「……ソウ、憶エテイナイナラバ、イイノヨ。アナタハ、タダ我ラノタメニ動ク存在デアレバイイ」

「そう、そうさ。そんな記憶なんて、私にはない……不要さ」

 

 その割には「失敗」という言葉に反応して興奮していなかっただろうか、と女性は思う。あとは呉か佐世保という鎮守府の存在だろうか。自分を生み出したこの亡霊の過去など興味はないが、過去を思い出すような何かがそれらにはあるのだろう。

 不完全だ。深海側の意志を遂行する人形として、不安要素は排除しなければならない。だが、自分にはそういう力はない。自分はあくまで艦娘と戦うだけの兵器なのだから。

 深海の主がそれを放置するというならば、それ以上触れることはしないでおこう。兵器は兵器らしく、命令を遂行し、使われるだけの存在であればいい。

 

 

 

 ラバウル基地へと到着すると、深山と陸奥が出迎えてくれる。だが挨拶らしい挨拶といえば「……深山だ。こちらは秘書艦の陸奥」と言葉を発し、すぐに歩き出してしまった。こういうところも相変わらずらしい。

 代わりに陸奥が「ごめんなさいね。他人とは距離を置きがちでね。じゃ、こちらへ」と微笑を浮かべて案内してくれる。

 

「いやー、なんだねぇこのメンツは。人が苦手なのが二人? 三人? なんだろうな! これ! 大丈夫か!?」

「妙なところでハイになんなや……。いや、人が苦手ってのは否定しないけど」

「そうですよ。あたしとしては協力する気はあるんですから、何とかなるでしょう。同じく否定しませんが」

「お前ら……そんな、たこ焼き機があるなしに対する関西人のような返事するなよ。あ、凪は関西人だったか」

「…………あたしもですけど」

「マジかよ!? だったら気にせず関西弁使ってくれていいんだぜ? 俺は気にしねえ」

「いえ、お気になさらず。あたしは別に使おうとは思ってませんから」

 

 そんな事を話しながら建物へと艦娘と共に移動していく。それぞれ食堂へと艦娘を向かわせて夕飯を取らせ、会議室へと凪達は移動した。

 会議室に集まり、ソファーに腰掛けると机に広げられたソロモン海域の海図を眺める。

 

「――ってわけで、深山の艦隊には南から回って飛行場姫へと砲撃を行ってもらいたいわけだが、大丈夫か?」

「……ああ。わかった。それでいいよ」

「決行は今夜、フタヒトマルマル。作戦中はそれぞれこの暗号に従って通信を行ってもらいたい」

「やはり史実通り、夜間砲撃を行うのね?」

「まあな。それに、飛行場姫が動いているなら、昼だと艦載機を大量展開される恐れがあるからな。ヲ級とか装甲空母姫にも一緒に展開されたら消耗戦になりかねない。なら、艦載機同士ぶつけ合わせるより、夜戦で一気に潰しに行った方がマシかもしれない」

 

 夜戦ともなればお互い姿を視認しづらい。奇襲する分には良い機会だろうが、練度が足りなければ簡単に瓦解してしまうデメリットもある。それに夜戦に使える装備が完成されていないのもある。

 

「だが奴らも知識としては知っているだろうよ。それに対して備えてくる可能性も捨てきれんな」

「だとしても、俺らとしては飛行場姫から放たれる空襲を避けるしか選択肢はねえ」

「……それでもこっちには四つの鎮守府の艦隊が……、いや、そうか。空母達の育成は、大丈夫なのかい?」

「うちは先代によって正規空母を失ってますから、ゼロからですけど。練度高いのは千代田と龍驤、あとは鳳翔ぐらいしか」

「こっちも空母の数はあんまりだぞ。今は少しずつ増えてきているな、程度さ」

「…………夜戦でいいか」

 

 不安要素は確かにあるが、それでも乗り越えていかなければならない。

 四人の提督と艦娘達の力を合わせてこのソロモン海域を平定するのだ。

 日が完全に暮れるまで会議は続き、いよいよ深海棲艦とのソロモン海戦が本格的に始まる事となった。

 

 

 


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