「それじゃ振り分けていくよ」
グラウンドに集まった凪は目の前にいる艦娘を二つの隊に振り分けることにした。
第一水雷戦隊として、旗艦神通、以下北上、夕立、響、綾波。
第二水雷戦隊として、旗艦球磨、以下川内、初霜、皐月。
暫定的にこれらで組むことにした。
長門は秘書艦として凪の近くで行動してもらう事にする。それ以外の理由としては、今は戦艦を動かす程の余裕はない。先程の建造は九回行った。それはつまり、資源が二百七十減っている。
このくらいの量ならば、と思うだろうが、出撃を重ねていくと、結構これくらいの消費量は日常的になる。となれば、長門まで動かせば更に資源が消える。戦艦の、それも長門程のものとなれば一人で結構資源を消費してしまう。しばらくは長門には出撃はないものとするしかない。
「これからまた新しく艦娘が増えてくるだろうから、入れ替えとかあるかもしれない。これがこれから運用する仮の水雷戦隊とするよ。艦隊運用としてはこのメンバーでやるからお互い仲良くするように。そして神通、最初に決めたとおり彼女が君達に水雷の技術を指導してもらう事になっている。よろしくしてやるように」
「……皆さん、頑張りましょうね」
『よろしくお願いします!』
「あー、でも神通。ちょいと」
「はい?」
少し声を落として神通を手招きすると、すすっと控えめに近づいてくる。
そんな彼女に耳打ちするように、
「お手柔らかに頼むよ? ぶっ倒れるまでされては、遠征とか出来ないから。訓練の影響で出撃とか遠征失敗となったら、最初から鎮守府運営として破綻してしまうからさ。ほどほどに仕込んでやって」
「あ、はい……わかりました。ほどほどに、でも確実な成長が出来るように、しますね……」
出撃するにしても、遠征するにしても体力というのは大事だ。それに響くような訓練をされれば、轟沈する危険性が高まる。それは控えたいところだった。それも鎮守府就任から数日で引き起こされれば困る。
神通といえば、実際の艦ではかなり厳しい訓練を日常的にやっていたと聞く。その記憶も引き継いでいるならば、彼女はそれを実行するだろう。
練度が高まっているならば、凪としては実行しても構わないとは思っている。基礎が出来ていき、そこから更に充実した力と経験を積ませるならば、問題ないだろう。
だが最初から詰め込みすぎれば壊れてしまう。それは歓迎できない事だった。
だから一応釘は刺しておくことにしたのだった。
「では皆さん、訓練に参りますよ」
と、神通の先導で彼女達は海へと向かっていった。
それを見送り、凪は長門と大淀に振り返る。
「さて、次は海域のチェックをしたいんだけど。先代がどこまで手を広げていたのか、見せてくれるかい?」
「わかった。大淀、資料の準備を」
「はい」
執務室へと戻ってくると、先に戻って資料を集めていた大淀が机に海図を広げていた。凪が座ると、大淀はファイルを手に説明を始める。
「先代は南西諸島海域や南方まで遠征の手を広げていました。出撃においても同様です。とはいえ南方といえばご存じの通り、去年トラック泊地など新たに設立されたので、出撃においては主にそちらが担当していたようです」
「なるほど。資源収入については?」
「近海に弾薬が主に採れる場所がいくつか、あと燃料も合わせて採れる場所もあります。南西諸島にまで足を運べばその二つをメインに採れる場所があるようです。それらを主に遠征場所として選んでいたようですね」
海図にポイントを指し示しながら説明していく。またどれくらい採れるのか、時間はどれくらいかかるのかの目安が記された表を手渡してくれた。
ボーキサイトについては今はおいておく。空母運用はまだまだ先の事と予定しておく。
今はとにかく燃料と弾薬だ。これがないと始まらない。
「弾薬、燃料はこれくらいか。……ん? こっちならボーキ以外全部か……でも少量だなぁ」
「燃料についてならこちらの製油所がありますね。そこまで足を運べばそれなりには採って帰ってこられます。ただ、この辺りは深海棲艦も確認されていまして……」
「撃破しながら帰ってくるってことになるわけだね」
となればあの水雷戦隊を鍛えてから向かうしかない。
そもそも遠征に出すにしても練度を上げていくしかないのだから、どの道同じこと。
だがこれから何をするかの目途は立ったといえる。
確実に資材を入手するための最低限の練度を高めたら、ひたすらに遠征を繰り返していく事にしよう。
「燃料はこの製油所、弾薬はこっちで回収。余裕が出来たらここまで足を運んで……。これらをひたすら繰り返し、資材回復に努めよう。ここなら、どうやらバケツも見つかるらしいし、儲けものか」
「資源の目安はいかほどに?」
「出撃や遠征で資材も減るだろうし、そうした増減を考えて……最初の五千までは戻すようにしようか。そこまで増える頃にはあの娘達もいい感じに成長しているはず。長門、君は退屈かもしれないけれど……」
「なに、気にするな。私もわかっているつもりさ。後輩達が育っていくのを眺めるだけでも楽しいものだ」
ありがたい言葉だ。
凪よりも長門の方が鎮守府の運営について経験がある。何せ先代の秘書艦としてやり方を見てきたのだ。問題があればすぐに指摘してくれるだろう。それからも海域の特徴について色々教えてもらい、これからの指針について詰めていく事となった。
そうしている内に時間はどんどん過ぎていき、気づけば夕方になっていた。
大淀が淹れてくれた紅茶を飲み終えると、「ん? あれ? もうこんな時間?」と今気づいたように顔を上げる。
すると扉がノックされて神通が入室してきた。
「ご報告いたします。今日の訓練、滞りなく終了いたしました。こちら報告書になります……」
敬礼して報告すると、脇に抱えていたファイルを大淀に手渡した。彼女からそれを受け取り、内容に目を通していく事にする。
まずは陣形移動を行い、砲撃、雷撃と順次行ってきた結果だ。
単縦陣、複縦陣と変形しつつ航行し続ける訓練。
砲撃ではどれだけ命中率を上げていくかの訓練。
雷撃では魚雷を運用し、命中率を上げていくかの訓練。
まだ初日ではあるが、まずまずの結果を出しているようだ。
練度を数値化したもの――レベルで言えば、およそ3~5あたりまで上げられたらしい。初日としては問題ない上昇だろう。
「他のみんなは?」
「入渠ドックへ。大きな負傷もなく、無事に終えられました……。休息を申付けたので、明日に響くことはないかと。明日も訓練ですか?」
「そうだね。朝は軽く再訓練させ、午後にでも近海に出撃。実戦経験をさせようかと考えている。どうだろうか?」
「近海ならば、問題ないかと思います……」
「わかった。お疲れ様、ゆっくり休んで」
「はい。失礼します……」
神通を見送ると、もう一度報告書に目を落とす。
神通から見ての印象や、命中率なども書かれている。最初こそ命中率は低かったようだが、回数を重ねていく事によって少しずつ上昇していっているようだ。それでも50%前後ではあるようだが。
そうして報告書を読み進めながらティーカップを手にすると、空になっていることに気付かずに口をつける。あれ? とそこで気づいてソーサーに置くと、大淀が新しく淹れてくれた。
その中で、
「提督。夕飯はどうするんだ?」
「夕飯? ……ああ、夕飯。俺は別に後でもいいけど、間宮食堂にいけばいいの? それともあそこ、出前も出来るのかい?」
「頼めばやってくれそうではあるが、基本的に私達があそこに行く形が多いな。なんだ? 食事にはあまり気が回らないのか?」
「んー、前の職場が整備や開発といった技術職だからな。夢中になって弄りまくってると、飯とか風呂に行くのを忘れがちでさ。……出前とか、コンビニ弁当とかカップ麺とか、簡単なもので済ませがちなんだよね」
「それはいかんな。よし、今から飯に行こうじゃないか、提督。食える時に食っておかねばな。それにしっかりとした食事をとる事もまた大事なことだ。と、秘書艦として進言する」
そこまで言われては仕方がない。わかったわかった、とお手上げの状態になり、ファイルを閉じて立ち上がる。「大淀も一緒に行くか」と彼女も誘い、三人揃って間宮食堂に向かうのだった。
そうして訪れた間宮食堂で頂いた料理は、凪にとって恐らく人生で一番美味い料理だったかもしれない。いや、大げさかもしれないが、それまでちゃんとした料理というものを日常的に食べてこなかったせいで、舌がとんでもなく美味いと感じ取ってしまった結果かもしれない。
それだけ舌が、胃が喜んでいるのを実感していた。
「はぁーー、やばいな、これ。なんやねん。こんな美味いもんがあるんかい」
と地が無意識に出てしまうのも無理ない事だった。
「……提督。関西圏出身か?」
「…………おう、方言出てしまったか」
「いや、別に咎めているわけではないのだが。方言も意識して出さないようにしているのか? それなら私達は気にしない、と昼に言ったはずだが」
「まぁこっちはアカデミー時代から出さないようにしたせいで、それが慣れてしまった感もあるからね。こっちに関しては、気にしないでくれていい。時々出てしまう、という程度さ」
「そうか」
共に打ち合わせをしたという事もあって、長門と多少は打ち解けてきた感じがしていた。凛々しさと武人めいた風貌と雰囲気に偽りはなく、近くにいてくれるだけでも頼もしさを感じさせる。
こういう人がいてくれるだけでも心強い。相方としては十分すぎる存在なのではないだろうか。
それに補佐としての役割を十分に担ってくれた大淀もありがたい存在といえる。先日配属されたばかりだというのに、さっと資料やファイルを提示してくれるとは、いつ記録を調べたのだろうと訊いてみると。
「配属された初日に網羅しておきました。きっと、情報を求められるでしょうから、と」
との事だった。なんという事務能力。
それからも雑談を交えつつ間宮の料理に舌鼓を打ち、ここで解散と相成った。
風呂を終えて自室へと戻り、ベッドに横になる。
何とか初日を無事に終えられたことを喜ぼう。だが同時に、本当に自分が提督になっているのだな、と実感が湧いてくる。
(親父……)
自分にとっての提督といえば父である海藤迅だった。
艦娘が今よりもさらに少ない時代から提督を務め、深海棲艦と戦い続けていたという。資料によればあの頃はまだ長門もおらず、駆逐艦といえば睦月型、吹雪型、暁型、一部の白露型。軽巡は天龍型に球磨型、川内型。重巡は古鷹型に妙高型、戦艦は金剛型しかいなかったそうだ。
そして空母もほとんどいない中で彼らは戦っていたという。
時が流れて今では数も揃ってきてはいる、昔と比べれば十分すぎる程といえよう。
父である迅は戦いによる戦果だけでなく、資材を入手できる場所への遠征ルートの構築にも力を入れていた。大本営へと与えた貢献度は少ないとは言えないものだったろう。
だが大本営はそんな父を切り捨てた。
たった一度の失敗を追及し、責任を追及し続けることで、退陣に追いやったのだ。
後から知ったが、同期からはその優秀さから妬みの対象になっていたようだ。自分達がのし上がるためにわざわざ失敗に対してこれ幸いと棘を丸出しにし、その空いた席へと座り込んだらしい。
深海棲艦という脅威があるにも関わらず、人同士の醜い争いの現場に立たされる。そんな父の姿を見た凪は、提督というエリートの闇を感じ取った。それでも、代々続く海軍家系であるが故に、凪は自分だけ進まないというのもなんだったので、アカデミーに入るために上京。
そして父の名を穢さないために一応成績はいいものを取り続け、しかし提督にはならないように程ほどに手を抜いた。そうやって四位という成績で卒業し、自ら後方に下がったのだ。
この行動は父や先祖には関係ない。自ら選んだ道だ。指を指すならば自分だけにしておけ、という振る舞いだった。
こうして大本営が行った黒い行動の矢面に立たないようにしたのだが、気づけば今、その道を歩んでいる。しかも気のせいでなければ、恐らくはその黒い気配があるかもしれない。
(やれやれ……ほんとにどうするかな。めんどいことは関わりたないんやが)
提督業も程ほどに手を抜きたいが、そうもいかないだろう。そんな事をすれば艦娘らを失いかねない。自分一人の犠牲ならまだいいが、他の誰かまで巻き込むことはあまり好きではなかった。
ならば大規模作戦にはあまり参加しないでおくか?
それはそれで上がうるさくなりそうだ。何故参加しない? とぐちぐち言われるのもめんどくさそうだ。
考え始めると悪い方向に思考が向かいそうだ。これ以上考えれば明日に響くかもしれない。そう考えた凪は、一旦打ち切って寝ることにしたのだった。