呉鎮守府より   作:流星彗

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飛行場姫3

 

 

(――ワタシ、Valhallaから見ているネ……)

 

 東地を想いながらの別れの言葉。それを心に呟きながら金剛は死を覚悟した。飛行場姫から放たれた艦載機によって、次々と爆弾や魚雷を受けて自分は無残に沈んでいくのだろう。飛行場姫の言葉や感情からはそれをひしひしと感じられた。

 目を閉じた金剛はどのように死ぬかは見えない。だから音で何が起こるのかを把握する事しかできない。

 爆発音が次々と聞こえた。艦爆から爆弾が投下されたのだろう。だがそれにしては空の方で聞こえてこなかっただろうか。

 

「お、お姉様……あれは……」

「――え?」

 

 空には確かに飛行場姫の艦載機が無数に存在していた。だが、数が減っている。

 また爆発が起こり、小さな無数の粒が艦載機へと降り注いでいる。あれは、三式弾の焼夷弾子ではないだろうか。

 しかし、どこから三式弾が来たというのか。

 答えは、南の方角に新たなる影が確認されたことで明らかになった。

 

「――よし、制空隊突撃開始! 友軍を助けるぞ! 意地を見せろ!」

 

 生憎とヴァルハラは新たに誰かを迎え入れる用意はしていなかったようだ。暁の海の向こうからやってきた影は、そんなヴァルハラからの受け入れ拒否を伝える使者だろうか。

 その影の正体は長門率いる艦隊だった。

 凪の第一主力部隊や、加賀、飛龍の姿が遠くに見える。

 五航戦、千歳、祥鳳も含めた空母達による艦戦の一斉発艦。飛行場姫は艦戦を護衛につけなかったため、あれらを崩すならば今しかない。

 

「艦戦がいないなら、鎧袖一触よ。送られてくる前に、早急に落とせるだけ落としなさい」

「私達の登場に困惑している今がチャンスよ! 容赦なく蹴散らしちゃって!」

「一水戦、二水戦は壁をこじ開けます。三水戦はトラックの一水戦らの支援を。上手く撤退できるよう、動いてください」

 

 空母達から放たれた艦戦、烈風、紫電改二、零戦52型が飛行場姫の艦載機へと突撃。そんな中でも金剛達へと攻撃しようとするもの、機関砲で抵抗するものもいたようだが、それでも艦戦にはかなわないようだ。

 次々と撃墜されていく深海艦載機に、飛行場姫の拳も震える。もちろんそんな彼女にも攻撃は飛来する。長門ら戦艦が放った三式弾だ。その攻撃に右手で顔を庇いながら長門達を睨みつけ、「オノレ……! 流レヲ変エタトデモ言ウノカシラ!?」と叫ぶ。

 

「マダ終ワラナイワ。援軍ガ来タカラ何ダト言ウノ!? 私ニハ、コノ海ガアル! 私ノ命アル限リ、枯渇トイウ文字ハナシ!」

 

 沈みゆく仲間達の残りの命を喰らい、飛行場姫は傷を癒す。それだけでなく彼女にとっての資源も回復する。つまり、弾薬も撃墜された艦載機も全て回復する。引き換えとして彼女の命が緩やかに削られていくようだが、死を恐れぬ彼女にとって目の前にいる敵を殲滅する事こそ第一の目的。

 怒りによる興奮も相まって血涙を流しながら、飛行場姫は新たなる艦載機を放っていく。今度は艦戦も交じっており、飛行場という特性を生かし数を以ってして更に状況を逆転させんとしている。

 

「補給が済み次第、順次発艦してください!」

「……祥鳳さん、あれは何とかなります?」

「恐らく無理ですね。あちらを見てください。たぶんヲ級かなにかも放ってきています。それが合流するとなると、翔鶴さん、瑞鶴さん、加賀さん、飛龍さんがいたとしても、私達だけでは……」

 

 深海棲艦同士で何らかのやり取りが行われたのだろうか。ガダルカナル島の向こうから艦載機が飛来してきている。ただでさえ飛行場姫が身を削って次々と艦載機を放っているのに、他の場所からも合流してくるとなれば、いくら六人の空母の艦載機といえど、制空権を有利にすることは難しい。

 三式弾という艦載機を落とす装備はあるが、これは一方向に向けて焼夷弾子を放つものだ。そして当然ながら目測を誤れば、味方の艦載機だろうと落としていく。そして一方向に向けて焼夷弾子がばらまかれるが故に、艦載機が通るだろうというコースで爆ぜなければ意味はない。

 先程は金剛達へと向かっていったのを確認していたので、奇襲が成功した。艦戦同士の乱戦となれば、三式弾の援護は難しいだろう。

 凪は東地と連絡が取れないだろうか、と試してみるが、相変わらず通信は機能していない。羅針盤も相変わらずふらふらと針が狂っている。これもまた飛行場姫の力の影響なのだろうか。

 

「煙幕を! これより撤退を支援します!」

 

 阿武隈率いる三水戦が金剛達へと合流し、煙幕を発生させて彼女達の姿を隠していく。川内達トラックの一水戦が退路を作り、足をやられている金剛は比叡が肩を貸して撤退していく。

 その様子を偵察機から送られてくる映像から確認しつつ、凪は腕を組んだ。

 金剛達は何とか撤退出来ている。救援が間に合ったのならば何よりである。だが問題は飛行場姫だ。恐らく一時間以上は戦闘しているはずなのに傷が全然見当たらない事と、口から血を流しているところからみて、深海棲艦の特異な力を行使していることは間違いない。

 ならば南方棲戦姫のようにその力を制御しているものを破壊すれば、再生力は失われていくだろう。だが南方棲戦姫はリボンが赤く爛々と輝いていたというわかりやすい目印があったが、飛行場姫にはそれがない。

 暁の空は次第に明るくなっている。いよいよ太陽が姿を見せようという頃合い。ならばより飛行場姫の姿が鮮明に見えてくる。そうすればどこがそうなのか見分けがつきやすくなるだろうし、そして照準も合わせやすくもなるだろう。

 だが敵もまたより照準を合わせやすくなり、被弾も増える可能性がある。早急にケリをつけなければならないのは変わりない。

 

「少しいいですか?」

 

 ふと、大和が声をかけてきた。「どうした?」と肩越しに振り返ると、大和はモニターに映っている飛行場姫を見上げている。

 

「あれも、あの力を行使しているのは間違いない、とみていいんですよね?」

「恐らくね。だから君の時のような攻略法が通じるだろうけど、あの力を制御している場所がわからない。君にはわかるかい?」

「……角、ですかね。鬼の象徴ともいえるものを生やしたとなれば、そこに力の制御機能をつけるのは何となく理解できますよ」

「角、か。……なるほど。君の時は一対のリボンで賄っていたし、あり得なくはないか。なら、その旨伝えておいて。……君も出る?」

「いいのかしら? 私としては、初陣となるなら喜ばしいものですけれど」

「いいさ。今は戦力を投入する時。温存しすぎるのもどうかと思うしね。大和型の力を、見せてもらおうか」

「いいわ。存分にその目に焼き付けてくださいな」

 

 不敵に笑いながら大和が立ち去り、甲板に上がって海へと飛び込む。指揮艦の護衛をしている四水戦らを尻目に、艤装を展開して秋雲と共に長門達の下へと赴いた。

 長門らも指揮艦からの暗号電文で飛行場姫の狙う場所がどこなのかを知らされ、改めて飛行場姫を視認する。動かないとはいえ、少し離れたガダルカナル島にいる飛行場姫の短い角を狙うとなると、少々難しいか。

 それに飛行場姫の放った艦載機が逃げる金剛達を追いかけるだけでなく、長門達の方にも飛来してきた。

 

「三式弾で迎撃します! 撃ち方、始めっ!」

「でぇぇい! 近づけさせねえよ!」

 

 山城が放った三式弾でいくつかの艦載機が撃墜されたが、それでも艦攻が迫り、魚雷が放たれる。それらを回避しつつ、摩耶も対空砲を駆使して艦爆を撃墜させていく事で、長門達には大きなダメージを受けることなく立ち回れている。

 そんな彼女達の下へ、秋雲の護衛を受けた大和が合流した。

 

「どうも。話は聞いているかしら? 長門」

「角、だろう? そこが本当に力を制御している場所ならば、何としてもへし折りたいところだが」

「ふふ、自信ないのかしら? どちらが早くへし折れるか、競う?」

「はぁ……こんな時まで貴様は……。勝手にしていろ」

「では初撃はいただくわよ。徹甲弾、装填! 一斉射ッ!!」

 

 三式弾ではなく、徹甲弾で飛行場姫を撃つ。今回はただダメージを与えるのではなく、角を折るという目的があるので、一点をぶち抜く徹甲弾を選択したのだ。

 弧を描いて飛行場姫へと迫る徹甲弾は、多くは周りの大地に着弾した。飛行場姫への命中弾としては惜しくも胸や艤装だったが、初撃の成果としては悪くはない。

 だがさすがは大和型の力というべきか。艤装に二発当たった徹甲弾の貫通により、艤装が悲鳴を上げてもんどりうって倒れてしまい、唸りながらもがいている。

 

「調子ニ……乗ッテイルワネ……! コンナモノデハ私ハ終ワラナイトイウコトヲ、貴女達ニモ教エテアゲルワ!」

 

 砲撃が出来ずとも艦載機がいる。護衛要塞をまた生贄に艤装の回復を行う間に長門達へと艦載機を向かわせる。凪の空母達の艦載機は補給のために一度引き戻している。その隙を突かれてしまっていた。

 しかし一度傾いた天秤はそう簡単には戻らないらしい。

 東の方から艦載機が飛来してきたのだ。東といえば東地の指揮艦がいるかもしれない方角だ。金剛達の撤退が上手くいったのならば、今の状況が伝わっているのではないだろうか。

 見れば東から阿武隈率いる三水戦が戻ってきている。その頭上を次々と艦載機が追い越して行き、三水戦の背後にはトラック泊地の空母達がうっすらと見える。

 

「クッ、オノレ……! オノレオノレェ! モット、モット戦力ヲ寄越シナサイ! 私ニ命ヲ捧ゲナサイ!! コレ以上、調子ニ乗ラセルナァ!!」

 

 飛行場姫全体に赤いオーラが纏わりつき、それに呼応するように飛行場姫の体に血管のように赤い紋様が浮かび上がる。大地を力強く何度も踏みつけるのは、苛立った子供が地団太を踏んでいるかのようだ。

 だがそれに従ってタ級フラグシップ、リ級フラグシップ、護衛要塞が大量に浮上し、向かってきた三水戦や、取り巻きらを処理している一水戦、二水戦へと向かっていく。

 

「ここが正念場でしょう。堪えて……っ、ふん! 間をすり抜けながら落としていきます。遅れないように……!」

 

 海中から突然腕へと噛みついてきたイ級エリートを、顎へと一発拳を打ち込み、蹴りを入れながら神通が告げる。北上達も表情を引き締め、夕立も「まさしく、より取り見取りっぽい!」と大量の獲物にうずうずしている。

 

「では、行きますよ」

 

 神通達は両手に主砲を手にしたかと思うと、それぞれ散開して各自、思い思いのコースを辿って航行する。左右に護衛要塞がいれば、両手を広げて撃ったり、回転しながら撃ったりして通り過ぎ、北上は味方の一番外側を航行しつつ魚雷を次々と発射させる。

 スピードは落とさず、敵の間を抜けながらの攻撃でダメージを蓄積し、後から来た誰かが撃沈する。あるいは、単騎で一気に撃沈する。そうやって群れを突き破って合流しながら緩やかに反転するのだ。

 その際に煙幕を焚いて姿を隠し、少し時間をおいて次の弾薬を装填。そうしてまた群れへと突撃する、と戦場をかき乱している。

 その動きは球磨率いる二水戦も可能だった。新人が二人いるとはいえ、彼女達も球磨と神通の教えを受けている。未熟ではあるが、それでも何とか球磨達の動きについていっている。

 夜戦ではなくなったために若干川内のテンションが落ちているようだが、足柄は戦いが出来ればそれでいいので、相変わらず元気である。

 

「向こうに合流します。みなさーん、遅れないようにしてくださーい!」

 

 阿武隈の少し気の抜けるような指示に従い、三水戦も戦場へと舞い戻る。護衛要塞の三連装砲による攻撃が次々と襲い掛かってくるが、回避運動によって被害は抑えられている。生き残るための動きというものを最初に神通からみっちり仕込まれているだけあって、新人とはいえ危なげない。だがこの異質な空気漂う戦場というのは新人にとっては少し毒になる。

 通常の戦いは問題ないだろうが、このアイアンボトムサウンドという戦場は異質だ。普通とは違う空気が、彼女達に緊張をもたらす。だからこそいつも出来ている動きが、ぎこちなくなることはよく見られることだ。

 

「ぁあ……っ!?」

 

 潮がバランスを崩して倒れてしまった。それを見逃さずに護衛要塞が三連装砲を撃ってくる。動かない的などカモでしかない。全弾命中し、潮の体がごろごろと海を転がっていく。

 

「くっ、このー!」

 

 白露と吹雪がその護衛要塞を魚雷で沈めて追撃を阻止したが、リ級エリートが獲物を見つけたとばかりに砲を構えながら接近してくる。「潮ちゃん!?」と朝潮が叫ぶが、それよりはやく夕張に何かを指示した阿武隈が前へと出る。

 リ級の連続した砲撃を一身に受けて潮を庇い、そのまま彼女を抱きかかえて航行する。逃がすものかとリ級エリートが追撃しようとするが、夕張が側面から砲による強撃を喰らわせて阻止した。

 

「あ、阿武隈さん……す、すみません……。私のせいで……」

「気にすることはないの。これくらい、何ともないわ。あなたが無事なら、あたし的には問題ないの。沈まずに帰還する事、それが一番ってね。さ、みなさん。一度指揮艦へと戻るわよ!」

 

 潮を下してやり、阿武隈が先頭で航行する。リ級エリートによる砲撃で中破になり、ぼろぼろの格好をしているが、その顔は頼もしき旗艦のお姉さんを思わせるものだ。

 上空ではヲ級フラグシップの援軍と思われる艦載機と飛行場姫の艦載機、東地から送られてきた艦載機がぶつかり合うが、それでも複数の艦載機はまた長門達へと向かっていった。

 摩耶の援護もあり、被害を抑えつつ長門と大和が飛行場姫へと徹甲弾を撃ち放つ。だがその射撃の反動の隙を突いて艦攻から放たれた魚雷が長門へと迫った。

 

「っ、く……これくらいでは!」

 

 うまく避けてダメージを最小限に留めたが、それでも少なくないダメージとなる。少しよろめいた長門の背中を大和が支えてやると、「すまない」と言えば「気にすることはないわ」と微笑を浮かべて離れ、また主砲を撃つ。

 さすがは46cm三連装砲というべきか。爆音と衝撃波が凄まじい。

 放たれた徹甲弾は飛行場姫の頭部へと着弾したが、角には掠めるに留められた。だが長門が放った徹甲弾が怯んだ飛行場姫の角を吹き飛ばす。

 甲高い悲鳴を上げて頭を抱える飛行場姫。右角があった場所から煙のように赤いオーラが立ち上り、消えていく。

 

「ァ、ァァア……力ガ、私ノ力ガ……! 誰一人沈メルコトナク、負ケルトイウノ……? ソンナコト、許サレルモノデハナイワ……セメテ、セメテ一人ハァ……!」

 

 今もなおタ級フラグシップなどを相手に立ち回る一水戦、二水戦を見据えるが、狙われた事に気付いた神通が「煙幕を!」と指示する。夕立が煙幕を焚き、飛行場姫の砲撃から逃げていく。

 蛇行しながら飛行場姫、タ級フラグシップらの砲撃を避けつつ、装填された魚雷をおみまいしてやる。そうして自分達へと意識をひきつけたならば、飛行場姫へとまた砲撃するチャンスが生まれる。

 それだけでなく、加賀達へと帰還し、補給を済ませた艦載機が再び発艦される。向こうを見れば複数のヲ級フラグシップの姿が確認できる。飛行場姫との艦載機と共に迫ってくる艦載機を迎撃する加賀達の烈風達。

 全てを撃沈し、制空権を奪取する事は出来ないが、敵の攻撃の手を少しでも減らすことは可能だ。

 そして五航戦から発艦された攻撃隊がそんなドックファイトの隙間を縫って飛行場姫へと向かっていき、長門ら戦艦の攻撃の合間に差し込むように攻撃を仕掛けることで、飛行場姫に休みを与えない。

 護衛するはずの深海棲艦は水雷戦隊によって掻き回され、時折艦載機達の攻撃によって蹂躙される。飛行場姫自身は戦艦の攻撃によって確実に被弾を積み重ねる。回復しようにも、片角を折られたことで完全に癒えはしないし、新たに呼び込む力もうまく働かない。

 どうしてこうなったのだ、と飛行場姫は困惑する。

 だが、浮かぶのはやはりトラック泊地の金剛だった。

 彼女の心が折れず、笑みを浮かべている姿が頭によぎるのだ。

 かつてのヘンダーソン飛行場への夜間砲撃の一件で、金剛と榛名に対しては多少なりとも恨みがある。そんな彼女らの艦娘を前にして、沈めるのだという意気込みは嘘ではなかった。

 特にあの金剛はキレた事で挑発するかのように粗暴な言葉を並べてきた。それが飛行場姫の心をよりかき乱したのがいけなかった。ただでは殺さない、そんなちょっとした思いが芽生えてしまったのだ。

 そうせずにさっさと殺せば、沈めれば体勢を立て直したり、休息する時間が得られたりしただろう。夜が明けるまでいたぶり続けたからこそ、凪の救援が間に合ったのだから。

 そういう意味では、金剛のあの言葉遣いは良い結果を生み出したといえよう。飛行場姫の心を揺さぶったという現象が、ここまでの結果に繋げることができたのだから。

 またそれだけの時間をかけることが出来たのも、ある意味では自己治癒の力を持っていたからともいえる。傷を癒すことが出来る、その力を持っているからこそ持久戦が出来る。長い時間をかけて戦えるのだから、敵が疲弊する様を見続けられる。そういう慢心が生まれてくるものだ。飛行場姫にもそれがなかったとは言い切れない。

 金剛達にとどめを刺すために放った攻撃隊。あれらに艦戦をつけなかったのも満身の結果だ。もうすぐ日の出になるとわかっていながら護衛をつけなかったのは、艦娘の艦載機が助けが来るはずがないと驕っていたためだ。

 故に奇襲という形で艦載機が突撃し、一気に攻撃隊を蹴散らすことが出来たのだった。

 様々な要因が重なって、今がある。

 後悔してももう遅い。勝てたはずの戦いを、飛行場姫は逃してしまった。

 数の上での有利、異質な力を持っていたからこその有利。それらが崩れてしまえば、そう簡単には覆らない。

 

「……慢心による敗北。同情はしないでおくわ、ヘンダーソン」

 

 自分もまたそこにいる長門達に敗れた大和がそう呟きながら、次なる徹甲弾を装填し、照準を合わせる。狙いすました砲撃は狂いなく飛行場姫の心臓付近、額を貫き、仰向きに倒れさせた。

 そんな飛行場姫へと容赦なく艦載機による追撃が降り注ぐ。凪、東地の艦隊に所属する空母から放たれた艦載機だ。どちらがとどめを刺しているのか分からないほどに次々と投下されていき、やがてそれは終わりを迎える。

 

「……ガ、フ……ドウシテ……私ガ、コノ力ヲ得タ私ガ……」

 

 太陽の光に満たされていく空を呆然と見上げながら飛行場姫は呟く。角があった場所からは変わらず赤いもやが漏れて出、体中が爆発によって焦げ付き、額と胸からは血のようなものがどろどろと吹き出し続ける。

 傷を癒す力はほとんど機能していなかった。目からは赤く染まった涙が流れ落ち、体中に浮かび上がっている血管のようなものは更に色合いを増して存在感を示している。だが、突如として複数の光が色を失ったのだ。白い肌がまるでひび割れた陶器のように崩れ始めた。それは血管のようなものが作り上げた軌跡に従って崩れている。

 

「……終わりね。過ぎた力がその身を殺し始めたみたいですよ。普通に死ぬだけだから、恐らくは私のようにはならないわ。ヘンダーソンはあのまま崩れるだけ」

 

 じっと飛行場姫の様子を見つめていた大和がそう分析する。

 そして飛行場姫は普通に倒されたので、大和は自分のような現象は起こらないだろうと分析した。応急修理女神を使用していないので、復活の力は何も働いていない。倒れ方は南方棲戦姫と少し似てはいるが、女神が関わっていないのは間違いない。ならば、大和の言う通り、崩れて朽ちるだけだ。

 

「……死ハココニハ際限ナク集マル。私ヤアレラガ死ンダトハイエ、ソレデ終ワリト思ワナイコトネ。覚エテイナサイ。ヘンダーソンハ、イズレ蘇ル……! カツテノヘンダーソンガソウダッタヨウニ、私モ、イイエ、私デハナイ何カガ、貴女達ノ前ニイズレ現レル!」

 

 崩れていく手を震えながらも天へと伸ばしていく。

 死は彼女達にとって終わりではない。機会があるならば再びまた巡り巡って復活するだろう。飛行場姫はそう予感しているのだ。

 だから彼女は崩れていくその手を視界に入れても何も恐れることはない。

 屈して負けたのではないのだから、笑って逝ってやろうではないか、という心が残るほどには彼女の心は折れていない。むしろ、次の機会があるならば、絶対に負けてなるものかとさえ思っている。

 

「金剛……今ココニイナイ金剛……! 誰デモイイ、アレニ伝エテオキナサイ……! イツカ、イツカ今回ノ借リヲ返シテアゲルワ。……ソウ、この後モ生キ延ビラレタラ、ネ……。フフ、フフフフ……ソレマデハ、コノ海ノ底デ待チ続ケマショウ……!」

 

 その笑い声が尾を引きながら、飛行場姫の体は完全に崩れ落ち、風に乗って欠片や粉は消えていった。赤いもやもまた風に乗り空へと舞い上がるが、恐らくはその魂はまた海へと沈んでいっただろう。

 そして飛行場姫によって何度も何度も呼び出された深海棲艦も、生気を失って次々と倒れていく。まるでそれは電源を落とされたロボットのようだ。やはり死した深海棲艦に再び仮初の命を与え、傷を修復して復活させていたのだろうか。

 命を与えた飛行場姫が死んだことでその効力を失い、彼女らはまた海へと沈んでいく。敵ではあるが、何とも哀れなことだろう。今まで交戦していた水雷戦隊の表情は少し陰りがあった。勝利したとはいえ、何かともやもやする勝利である。

 何はともあれ、東地の戦果を横から奪った形になったかもしれないが、飛行場姫を倒すことは出来た。これで当初の目的は果たされることになったと言えよう。

 通信は回復しているだろうか、と東地に『無事カ』と連絡を取ってみる。

 先程までは繋がらなかったが、問題なくそれは通じた。『援軍感謝』と電文が届いた。続けて『借リ一ツカ』と来たので、凪は『以前ノ借リヲ返シタマデ』と返してやった。

 借りとはもちろん長門の一件だ。それに関して、ピンチの時は返してくれ、と口約束ではあるが交わしたのだ。その約束を果たしただけに過ぎない。

 凪は淵上と深山にも飛行場姫撃沈成功の旨を報告するべく、電文を送った。

 

 だが、返事が返ってこない。

 

 首を傾げ、淵上にもう一度送ってみるが、やはり返事がない。

 彼女の性格からしてすぐに返事が返ってくるものだろうが、何もないとなればこれは異常だ。無線を使って連絡を試みるが、どういうわけか繋がらない。

 

「……緊急事態! 偵察機を南へ! 何かが起こっている!」

 

 戦いはまだ終わっていない。それは飛行場姫の最期の言葉からも感じ取れるものだった。

 だが、もうすでにそれは起こっていたのだ。

 千歳から発艦された彩雲が南へと急行し、ガダルカナル島周囲に展開していた艦娘達を急いで指揮艦へと呼び戻す。

 東からは東地の指揮艦が姿を現したが、見ればその船体が少し傷ついている。どうやら深海棲艦に砲撃を受けてしまったらしいが、沈むまでには至らなかったようだ。だが指揮艦にまで攻撃を受けていたとは、それだけ危険な状態にあったという事になる。無事で何よりだった。

 東地へ何があったのかを伝え、共に南へ向かって淵上と深山と合流を試みることにする。

 

 そしてその敵は、アイアンボトムサウンドが生み出した化け物、と呼ぶべきものである事を思い知る。

 

 一体の黒き魔獣を従えし黒き姫君。

 魔獣の太き(かいな)に抱かれ、優雅に黒い長髪を掻き上げる様は妖艶さと、畏怖を我らに抱かせるものだった

 

「――ナニモカモ、全テ、コノ海ニ沈メテアゲマショウ。ソレガ嫌ナラバ、我ガ腕ニ抱カレテ眠リナサイ」

 

 数歩前に出ながら彼女は微笑を浮かべる。その傍らには二人の装甲空母姫が控え、次々と艦載機を発艦させていた。更に無数の護衛要塞、駆逐級がおびただしい群れを形成して突撃していく。それは二十や三十は下らないだろう。何度も復活させる形で数にものを言わせた飛行場姫とは違う、数による暴力。

 そしてやはりというべきかタ級フラグシップにヲ級フラグシップ、ル級フラグシップが護衛につき、盤石の態勢で彼女達は決戦に臨んでいた。

 

「向コウモ気ヅイタノカシラ? ナラバ来ルトイイワ。マトメテ相手シテアゲル。我ラハ兵器。容赦ナド必要ナイワ。主ガ望ムナラバ、我ラノ敵ハ全テ殺シツクスノミ」

 

 ぐっと握りしめた右腕に赤いオーラが収束する。その輝きが球体を形作り、勢いよく海へと叩きつけるように薙ぎ払う。それに呼応して彼女の前に現れるは、深山達が沈めたはずの南方棲戦鬼。

 いや、その姿はそれ以上。

 虚ろな目をしているが、纏う力は本物だ。両腕を覆い尽くす程の艤装が黒き姫君の意思に呼応するように軋みだし、視界に入る敵を認識する。

 黒き姫君を守りし白き戦姫、それすらをも従えて彼女は宣言するのだ。

 

「――サア、アイアンボトムサウンドニ、沈ミナサイ」

 

 ソロモン海の怨念を纏いし姫君による、死刑宣告である。

 

 

 


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