呉鎮守府より   作:流星彗

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戦艦棲姫

 

 それは凪が飛行場姫を倒す数分前の事である。

 南方棲戦鬼を倒した陸奥達は一度指揮艦へと帰還しようとした。だが、深海棲艦はまだその場に留まっており、陸奥達を帰すまいと攻撃を仕掛けてきたのである。

 この一帯の指揮官と思われる南方棲戦鬼が沈んだというのに、どうしてこの深海棲艦らはここに留まっているのか。そんな疑問が浮かんだが、深山達をガダルカナル島へと行かせないため、と考えればまだ納得が出来るだろう。

 向かってくるならば、返り討ちにするまでだ。

 陸奥達は迎撃に出ることにする。

 その戦いは長くはかからない。ただの深海棲艦の群れだけならば、苦労する要素はどこにもない。もちろんリ級フラグシップやタ級フラグシップの強撃に注意する、という一点があるだろう。それでも深山の艦隊の練度ならば、これ以上増えない敵を前にして後れを取る理由はなかった。

 やがて空が白み始めてくる。暁の空の向こう、ガダルカナル島方面で無数の小さな影が空へと飛び立っていく。凪の空母達が艦載機を発艦させたのだ。

 間に合ったのだろうか。そんな事を思いながら陸奥が小さく息を吐く。

 

 そんな彼女の耳に異質な音が届いた。

 

「気を付けてッ!!」

 

 反射的に陸奥が叫び、長門もそれに気づき、反射的に振り返りながら顔を背ける。先程まで顔があった場所に徹甲弾が通過し、髪を何本か持っていった。だが体に飛来したものは回避できず、左の二の腕から先が一気にちぎれて宙を舞う。

 血を吐き出しながら踊るように舞う左腕、それを数秒おいて認識したとき、痛みと熱さが長門に襲い掛かった。悲鳴を上げそうになるのをこらえ、敵はどこだ、と視線を巡らせる。

 

「長門ッ!? 大丈夫!?」

「……ああ、なんとか、な……。それより、敵襲だ! 備えろ……!」

 

 長門を庇うように陸奥が前に出、視線を巡らせると、暁の海の向こうにそれを見つけた。

 例えるならば美女と野獣。

 海を優雅に歩く様は、まさしく彼女は海の姫君と呼べるもの。黒い長髪を軽く掻き上げ、額からは短い鬼の角が短く湾曲して生えている。胸元が開いた黒いキャミソールをしているようで、どこかセクシーさを感じさせるが、その胸元にも四本の黒い角が生えているようだ。

 そして背後に従えるは黒い異形の怪物。両肩には16inch三連装砲が装備され、胴体にも艤装が鎧のように纏われている。両手が存在し、まるで大木の如き太い腕が女性を守るように近くに添えられている。

 見たことのない、新たなる深海棲艦だ。

 ふと、女性が小首を傾げて赤く光る瞳をゆっくりと見回し始めた。

 

「…………少ナイワネ」

「――え?」

「ヨウヤク調整ガ終ワッテ来テミレバ、コレダケシカイナイノ? ……イエ、マズハ前菜カラ、ト言ウモノネ。ドウヤラ呉ガヘンダーソンノ方ニモイルヨウダシ、マズハ貴女達カラ始末スルコトニシマショウカ」

 

 そうして彼女はまるで姫君が配下の者を呼ぶかのように、ぱんぱん、と手を叩いた。するとその音に呼応するように彼女の周りから次々と深海棲艦が浮上してくる。もはや定番となりつつあるのか、装甲空母姫が二人彼女を守るように左右に控え、無数の護衛要塞と駆逐級、軽巡級が先陣切るように前へと躍り出る。

 それだけでなく潜水艦もいるらしく、ひっそりとヨ級フラグシップなどが移動を開始した。

 

「総員、迎撃態勢! 長門は一度帰還を! ここは私達が抑えるわ!」

「……任せる、陸奥」

 

 朧の護衛を受けながら長門が撤退していき、陸奥、霧島、そして重巡率いる水雷戦隊がずらりと並んで迎え撃つ。主砲ではなく、15.5三連装副砲を手にした重巡らが先陣切って深海棲艦の駆逐、軽巡級を迎撃し、深山の軽巡と駆逐が砲撃と雷撃を以ってして更に数を減らす。

 陸奥と霧島が主砲を斉射し、黒き姫君を狙い撃つが、彼女を庇うように魔物の腕がそれを防いだ。

 また攻撃しているのは深山の艦隊だけではない。

 淵上の艦隊もまた戦場へと入り、護衛要塞らを攻撃していた。淵上の龍田率いる二水戦、那珂率いる一水戦が次々と護衛要塞を沈めていくのだが、ここでもやはり龍田が振るう薙刀が少し目立つ。

 だがそれは深山の天龍も同様だろう。彼女が手にしているのは艦首を模したような刀だ。艤装は腰元に背負っており、主砲は両端に存在し、そこから撃てるようになっている。

 天龍は普通に砲撃する分にはそこを使用しているようだが、あまりに敵が接近してきた場合は手にした刀を使っている。すれ違いざまに斬り伏せ、次弾装填し終えれば砲撃していくのだ。

 

「……艦載機、順次発艦。薙ぎ払え」

 

 長門が無事に帰還した事を確認した深山は、待機している空母達に出撃を命じる。このまま数で攻められてはまたじり貧になるだけ。しかし今ならば空母達も戦えるのだ。戦力となるならば出さないわけにもいくまい。

 それにあれがなんであるかを計測しなければならない。どれだけの力を持っているのか、それを確かめなければ。

 凪と東地はどうなったのか、と通信を試みても、予想通り繋がらなかった。向こうがまだ戦い続けているのか、あるいは戦いは終わっているが、今度はあの黒き姫君の影響でこの一帯が通信不能になっているのか。

 答えは後者だ。

 淵上と連絡を試みても出来なかったのだ。その事に深山は舌打ちする。

 空母から放たれた艦載機が次々と敵を殲滅していき、数の優位をなくしていくのだが、当然とばかりに追加が送られてくる。空母の出撃を前にしても、黒き姫君は揺るがない。

 

「――ナニモカモ、全テ、コノ海ニ沈メテアゲマショウ。ソレガ嫌ナラバ、我ガ腕ニ抱カレテ眠リナサイ」

 

 装甲空母姫やヲ級フラグシップからも艦載機が発艦し、空中戦が行われる。そんな中で計測が終わったようで、帰還した偵察機から送られたデータがモニターに表示される。

 黒き姫君は純粋な戦艦のようで、南方棲戦姫のような艦載機を発艦させる能力や雷撃能力は存在しなかった。

 

「……純粋な戦艦としての存在、ランク的には姫、か。なら、呼称するなら、戦艦棲姫か」

 

 黒き姫君、戦艦棲姫。

 飛行場姫が倒れた今もなおソロモン海は赤く染まっている。ならば深海側が用意しているソロモン海における主力の存在は、あの戦艦棲姫であることは間違いないだろう。

 それ以外にもいるならば、同時に出してくるだろうから。

 ふと、ガダルカナル島の方から偵察機が飛んできた。深山や淵上だけでなく、戦艦棲姫もそれに気づいたらしい。

 

「向コウモ気ヅイタノカシラ? ナラバ来ルトイイワ。マトメテ相手シテアゲル。我ラハ兵器。容赦ナド必要ナイワ。主ガ望ムナラバ、我ラノ敵ハ全テ殺シツクスノミ」

 

 ぐっと握りしめた右腕に赤いオーラが収束する。その輝きが球体を形作り、勢いよく海へと叩きつけるように薙ぎ払う。立ち上った水柱から現れるは虚ろな目をした南方棲戦姫。

 これを以ってして戦艦棲姫の主力艦隊が完成したのだろう。

 飛来してくる砲弾を魔獣が体を張って戦艦棲姫を守る中、彼女は改めて宣告する。

 

「――サア、アイアンボトムサウンドニ、沈ミナサイ」

 

 艦載機同士がぶつかり合う中、再び水雷戦隊が突撃を仕掛ける。練度は深山の艦隊には及ばないが、それでも戦力となるならばやるしかないのが淵上達だ。

 凪と東地が来るかもしれない、という希望がある今ならば、少しでも敵戦力を減らしておく意味はある。

 だが水雷戦隊の動きを封じるように潜水艦が展開されている。それらしき反応を感じた龍田が「対潜用意よ~。向こうに反応が見られるわ~!」と薙刀で方向を示した。

 近くには駆逐級のエリートが群れを成して龍田達へと接近してきているため、魚雷を放って牽制しつつ、爆雷の用意をする。支援として那珂率いる佐世保の一水戦が到来し、砲撃して意識を引きつけてくれた。

 

「お触り禁止だけど、アイドルなら客の視線は独り占めしないとねー! 龍田ちゃん、そっちよろしくー!」

「任されたわ~」

「それじゃあオンステージ! みんな、おっくれないように!」

「こんな時まで調子が変わらない奴だ……。だが、逆にそれが頼もしくもある。お前ら、臆すなよ! 寄らば吹き飛ばす気持ちで那珂に続けぇ!」

 

 満面の笑顔で突撃していく那珂に、クールな木曾。どこか戦場に似合わない雰囲気を漂わせる那珂の調子に飲まれないように木曾が引き締めつつ、陽炎以下の駆逐達も咆哮しながら主砲を斉射。

 爆雷を投射し、カ級エリートやヨ級エリートを迎撃していく。龍田達二水戦へと近づけさせまいと、とにかく一水戦が立ち回っていくのだ。

 そんな新米の水雷戦隊が大立ち回りをしているのだ。一年以上のベテランである深山の水雷戦隊も負けてはいられない。ヨ級フラグシップを迎撃するものがいれば、果敢に戦艦棲姫へと突撃するラバウルの一水戦もいる。

 名取の指示に従って一斉に戦艦棲姫へと魚雷を放つが、やはり魔獣が腕で姫君を守り、それだけでなく装甲空母姫もまた盾になってくる。前を守っていた南方棲戦姫は長門達へと向かって交戦しているようだ。だからといって前に躍り出れば挟み撃ちになりかねないので、側面を通過していくしかない。

 だがそれを逃がさないとばかりに魔獣が大きく息を吸い、空気や海を大きく震わせるほどの咆哮を上げる。耳をつんざくような叫びに思わず硬直してしまった名取達に容赦なく装甲空母姫と戦艦棲姫の副砲による砲撃が襲い掛かり、彼女達は吹き飛んでしまった。

 

「……く、退避させ、三水戦らを出撃。……長門の治療は?」

「左腕の修復はほぼ完了しています」

「……可能な限り急がせて。戦姫に戦艦姫、そして装甲姫が二、僕らだけでどうにか出来るか……?」

 

 それだけでなく一般の深海棲艦まで群れている。いくら練度があるとはいえ、それだけの戦力を整えられれば不利だ。空母による艦載機攻撃も、装甲空母姫とヲ級フラグシップとの交戦で少しずつ艦載機が落とされている。

 戦艦同士の撃ち合いも、南方棲戦姫と戦艦棲姫の二つの壁が存在し、なおかつ戦艦棲姫は魔獣にも守られている。何よりもダメージを受けているはずの魔獣の傷が癒えているのだ。戦艦棲姫もまた、自己治癒能力を備えている証であった。

 

「ソロソロ、落チテモラオウカシラ? 私ハ遊ンデイル暇ハナイノ。貴女達ハ前菜デシカナイ。沈ミナサイ」

 

 そっと右手を前に出せば、魔獣の両肩にある主砲が火を噴く。不意打ちとはいえ、長門の右腕を容易に吹き飛ばした威力を持つ弾丸だ。何とか回避し、反撃のために陸奥達も主砲を放つが、それらは南方棲戦姫によって庇われる。

 

「…………シズメ」

 

 戦艦の砲撃を数発その身に受けているというのに、南方棲戦姫は少しよろめくだけ。傷は確かにあり、血を流しているが、虚ろな目のまま継戦しようとしている。以前戦った南方棲戦姫とは明らかに違う。

 ただ戦艦棲姫に付き従うだけの兵器としてここに存在している。

 主である戦艦棲姫を守る盾であり、戦艦棲姫に仇なす敵を滅ぼす矛であるだけ。

 ギシギシと艤装が蠢き、陸奥達へと砲撃を仕掛けた。そんな彼女の体の傷は癒えていない。どうやら自己治癒能力は供えられていないようだ。ならば倒すだけならば出来そうではあるのだが、こちら側の戦力に不安がある。

 空母の艦載機達による援護によって追撃をし、隙をついて陸奥が戦艦棲姫へと砲撃を仕掛けていく。だがそれでは揺るがない。自分を狙っているのか、と気づけば魔獣が防御する。一発が戦艦棲姫へと届いたが、それがどうしたのか、と微笑を浮かべていた。

 

 そんな深山達に、ようやく救いの手が差し伸べられる。

 

 北から無数の艦載機が飛来してきたのだ。深山と淵上の空母達の艦載機と、深海棲艦側の艦載機が補給のために戻された隙を狙ってきたらしい。飛来してくる艦載機を戦艦棲姫は気だるげに見上げ、しかしその口元には笑みが浮かんでいる。

 放たれた爆弾と魚雷を魔獣が守るが、装甲空母姫にはそんなものはない。次々と爆撃を受けて飛行甲板が破壊され、艤装も雷撃によって大きく負傷した。

 

「ヨウヤクオ出マシカシラ。デハ、沈メナサイ」

 

 姫君の命に従い、魔獣の目が一際強く赤い光を放った。怒号のような咆哮をあげると、主砲が旋回して北からくる艦娘達を狙っていく。その後方には二隻の指揮艦があるのだが、と気づいた霧島が「まずい! 止めなければ!」と急速に戦艦棲姫へと接近する。

 

「霧島を援護! あれを撃たせないでッ!」

 

 南方棲戦姫を足止めしつつ、陸奥が指示を出す。重巡が混じる水上打撃部隊が霧島の後に続いて戦艦棲姫へ接近した。高速戦艦であるが故に、急激な接近が可能な霧島は、主砲の装填の合間に副砲で戦艦棲姫へと攻撃を仕掛ける。

 後に続く水上打撃部隊の衣笠や妙高が一斉に主砲を放つが、そんな事で魔獣は揺るがない。ならば主砲を狙うまでだ、と肩に照準を合わせた霧島が撃ち放つと、爆発の衝撃でわずかに砲門の向きがずれた。

 そうして放たれた弾丸は北からくる凪と東地の艦隊へと向かっていくが、僅かなずれは遠くに行くほど大きくずれる。それでも飛来してきた砲弾が、隊の外側にいた艦娘らに当たりかけていたのは危ないところだった。

 中心で先陣を切っているのが凪と東地の一水戦だ。それに続くように二水戦や水上打撃部隊が航行し、その後ろに凪の秘書艦長門率いる主力艦隊が控えている。

 

「目標確認! あの黒いのがそうなのだろう。……南方棲戦姫もいるようだが、我らの力を合わせれば勝てない道理はない! 臆するな! 全軍、突撃する!」

「第二次攻撃隊の発艦を用意。慌てず、正確に放ちなさい。四つの鎮守府がここに集結しているのです。慢心せず、的確に攻めるように」

 

 トラック泊地の秘書艦である加賀が、呉鎮守府の空母達も纏めて指揮している。

 放たれる無数の矢が艦載機へと変化し、再度戦艦棲姫へと向かっていく。続くように水雷戦隊が突撃を仕掛け、深海棲艦の軍勢の腹を食い破るかのように、側面から一気に突き崩す。

 

「ソウデナクテハオモシロクナイ。活キノ良イ獲物ハ好キヨ。喰イ甲斐ガアルワ。出迎エテアゲナサイ」

 

 装甲空母姫の一人が突撃してくる呉の一水戦を迎撃する。タ級フラグシップやリ級エリートを伴うが、神通はそれらを見据えても揺るがない。「煙幕を」と指示すると、響が煙幕を発生させて一水戦の姿を隠す。

 それらは二水戦、トラックの水雷戦隊も同様であり、それぞれ煙幕の中に隠れて一気に距離を詰めていった。

 

「さっきの借りを返す時! みんな、呉に負けず続けぇー!」

「今こそ戦果を挙げる時よ! ここでやらずにいつやるの! 長良に続いて!」

 

 我先にと戦艦棲姫へと接近を試み、煙幕に身を隠しての突撃だ。戦艦棲姫も立ち上る煙幕に鼻を押さえながら、鬱陶しそうに目を細めている。

 戦艦としての一撃の重さは当たってこそ、だ。副砲は魔物の胴体に艤装として存在しているため、戦艦棲姫は魔物の腕へと跳躍して腰かけた。

 また魔物は大きく息を吸い、咆哮する。その衝撃によって風が巻き起こり、煙幕の一部を吹き飛ばしてしまう。だがその時には川内はそこまで接近していた。はっとして振り返れば、戦艦棲姫の背後に砲を構えた川内が跳躍している。

 その顔には煙幕の影響を受けないようにマスクをしており、まるで忍者のような風貌になっていた。

 

「落ちなさい!」

 

 主砲二基による集中砲撃。それらは戦艦棲姫へと直撃し、魔獣の腕から吹き飛ばされてしまう。だがうなじから伸びているチューブによって魔獣から完全に離れることは出来ず、急激にブレーキがかかって海面に急降下する。

 川内も滑るように着水し、離れようとしたようだが、魔獣の手が伸びて川内を捕らえる。その腕と背中へとトラックの一水戦のメンバーが魚雷を次々とぶつけていくのだ。だがそれでも魔獣は戦艦棲姫の恨みを晴らすべく、ぐぐっと川内を握り締め、勢いよく海へと叩きつけた。

 それだけでは収まらない。

 怒号を上げて胴体にある副砲が怒り狂ったように火を噴き、腕を振り回して背後にいる艦娘達にも攻撃を仕掛けている。

 前は副砲の砲撃を、背後は腕で闇雲に攻撃を仕掛けているのだが、その巨体から繰り出される攻撃というだけで脅威だ。暴走するように動くだけで被害を生み出してしまう化け物。

 川内を助けに行く島風や雷が振り回される腕によって殴打され、しかし雪風と霞が何とか川内を回収して離脱した。強く握られたせいか、腕や体の骨が折れているらしく、苦しげな表情をしている。

 殴打によって吹き飛ばされた島風と雷も同様らしく、体を押さえて苦しげだ。だが島風は自立して行動する連装砲が代わりに攻撃を仕掛けているが、しょせん駆逐艦の砲撃。そんなものでは魔獣が止まるはずもない。

 

「魚雷、一斉射! 攻撃の手を緩めないで!」

 

 煙幕の中から長良の声が響き、戦艦棲姫から離れるように緩やかなカーブで移動しつつ魚雷を放つ。特に長良と阿武隈は強撃を放っており、鋭い一撃が戦艦棲姫へと直撃した。

 魔獣の防御もない。これはいっただろう、と思えるには充分なダメージをたたき出したに違いない。

 

「――フ、フフフ……ヤッテクレル。デモ、コンナンジャア駄目ネ。シズマナイワ」

 

 魔獣にもたれかかりながら戦艦棲姫は肩を揺らして笑うのだ。

 これじゃあ足りない。自分を沈めるならばもっと攻撃を決めてくるのだな、と嘲る。

 煙幕の中に消える長良達を狙って魔獣の主砲が照準を合わせ、順次砲撃を開始する。姿が見えないが、戦艦の砲撃だ。一発の重みで当たらずとも至近弾で吹き飛ばそうという魂胆だろう。

 襲い来る弾から逃げる中、長良はその中を掻い潜って接近する気配を感じ取った。

 六門の主砲に交じって副砲の連続した砲撃の中を突っ切る馬鹿げた根性。殺意と怒りにまみれた魔獣の砲撃、それは確かに恐怖だろう。

 だが神通の回避訓練、長門と大和や空母を相手にした突撃訓練、何より南方棲戦姫との戦闘経験が彼女達を強くした。

 甲標的が先行して戦艦棲姫へと攻撃を仕掛ける。側面からの攻撃に魔獣の意識がそちらに向いた隙を狙っていくのだ。戦艦棲姫自身もちらりとそちらの方へと視線が向いた。

 ここを逃さない。

 煙幕に隠れたまま魚雷の強撃を複数叩き込んでやる。先程も受けたのだ。自己治癒が働いているだろうが、まだまだその命を削り取ってやる、という気概でぶっ放し、それらは見事に着弾する。

 

「ッ、ク……! マタ水雷カ……! イイ加減小賢シイワネ……ッ、グ……逃ガサナイワ」

 

 艦載機からの爆弾が降り注ぐ中、戦艦棲姫は神通達を追って動き出す。それを支援するように深海から護衛要塞が浮上し、先行して神通達を追撃していく。

 また煙幕の中に隠れながら逃げるが、護衛要塞もまた煙幕の中に飛び込み、砲撃と雷撃を放ってくるのだ。

 神通達も蛇行しつつ砲撃による反撃を行うが、戦艦棲姫は止められない。

 煙幕の奥に浮かぶ巨体の影。影だけだろうとその威圧感は凄まじい。

 浮かぶ影で位置は分かるが、魚雷でなければ駆逐や軽巡にとって大ダメージを与えるのは至難だ。それがどうしたとばかりにぐんぐん距離を詰め、絶対に捕らえるのだという強い意志を宿した赤い瞳が輝いている。

 充満している煙幕を抜け、戦艦棲姫もそれに続いたかと思うと、彼女に強い砲撃が浴びせかけられる。

 撃ったのは長門や大和といった戦艦達。

 じっと戦艦棲姫を見据えて次弾装填を行っている。そこに神通達が一度合流し、魚雷装填完了しながら対峙した。

 周りを見ればトラックの一水戦は一度入渠を行うために退避し、長良達二水戦は離れたところで体勢を立て直している。

 南方棲戦姫は相変わらずラバウルの主力艦隊と戦っており、足止めしているのはお互い様の状態。その戦いを淵上の佐世保艦隊が支援している状態だった。

 

「……やはりこいつも持っているのか? 自己治癒能力を」

「そうらしいわね。その力の気配を感じる。でもそれだけでは終わらないですね。この妙にしぶとい性格、性能? それでいてどこか懐かしいと感じられる気配。どうも私に縁があるものらしいですけども……まさかとは思うけど、お前、武蔵?」

「……フウン、ワカルモノナノネ。ソウイウ貴女ハ……大和? ナルホド、ソレナラバワカッテシマウモノカシラ。イカニモ、私ハ武蔵ノ残骸ヨリ作レシ存在。故ニ、ソノ程度ノ攻撃デハ沈マナイワ。私ヲ沈メタイノナラバ、モット魚雷ヲ持ッテクルコトネ」

 

 そう告げる戦艦棲姫の傷は少しずつ癒えているようだ。深海棲艦としての特異な力は彼女にも存在しているらしい。またチューブを通じて魔獣にまでその力はおよび、いくつもの攻撃を受けていたはずの魔獣もまた傷が癒えている。

 それを防ぐには深海棲艦の力を制御していると思われる場所を破壊しなければならない。

 

「やはりあの角が怪しいか?」

「ヘンダーソンと同じならばね。ただあれも短いわね。狙っていけるかしら」

「……一ツ、訊イテモ? 貴女達、呉ノ艦娘カシラ?」

「なぜそれを?」

「イエ、私達トシテハ呉ニハ借リガアルモノ。前回ノ大和、今回ニオイテハヘンダーソンモ含ムカシラ。死ハ恐レルモノデハナイケレド、借リハ返シテオカナケレバナラナイワ」

 

 その言葉に長門はちらりと大和を見つめた。

 戦艦棲姫の言う大和というのは、この大和の事だろうが、実質的には南方棲戦姫の事だろう。艦娘として転生した事は知らないだろうから、大和は完全には死んでいない。

 だが向こうとしては仲間を殺された、という借りを返さねば気が済まない、といったところか。

 

「私達の言う飛行場姫や南方棲戦姫というのは、あくまでもこちら側の呼称でしかないの。向こうとしては艦娘と同じで、元となったものを呼称します。南方棲戦姫は大和、飛行場姫はヘンダーソン、といった具合にね」

「ふむ。……で、向こうはお前の仇を討つみたいなことを言っているようだが?」

「戦う理由としては充分でしょう? でも、実際はそれらしい事を言っているだけで、兵士として私達を沈めたいだけだと思いますけどね。所詮、深海棲艦は艦娘を全て沈めたい、という目的が大部分を占めるのだから」

 

 大和としてはもう艦娘に転生して結構経つ。あれだけ心を満たしていた復讐心は蘇らず、普通に過ごしているのだ。深海棲艦に対しては特に思い入れはなく、艦娘の大和として対峙するのみ。

 そして普通に艦娘としての大和と同じく、丁寧な言葉づかいも混ぜてきている。時折南方棲戦姫の時のような言葉づかいになり、半々の口調で喋ることはあるが、交流する分には問題はない。

 こんな大和は深海側としては裏切り者になるだろうが、それを気にするような性格はしていなかった。

 こうなってしまったのは想定外だったが、今の暮らしに不満があるわけではない。問題がないのだから、それを壊す理由も離れる理由もない。恐らく艦娘としての最期を迎えるまで、大和はこの暮らしを続けるだろう。

 この日常が楽しく感じてきているのだ。

 そのためにも、この戦いを勝利で飾らなければならない。

 そして艦娘の大和ではなく、まるで南方棲戦姫の時のような空気を纏い、戦艦棲姫へとこう告げる。

 

「来なさいな、武蔵。姉の胸を貸してあげるわよ」

「フッ、上等ネ、大和。デハ沈ミナサイ、呉ノ艦娘達。冥府ノ呼ビ声ニ包マレテ眠ルガイイワ」

 

 今ここに、ソロモン海における最終決戦が繰り広げられようとしていた。

 

 

 




ここでは武蔵としていますが、夏のおケツさんはプリンスとレパルスなんでしょうね。

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