呉鎮守府より   作:流星彗

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戦艦棲姫2

 

 深山の空母から放たれた艦載機が、凪と東地の指揮艦へとやってきて手紙を置いていった。そこに書かれているのは、先に交戦して得られた情報と、戦艦棲姫と呼称するというものだった。

 それによって目標が戦艦棲姫である、という認識を共有する。

 そして長門から数人の艦娘達へと伝わり、それが凪にも伝わった結果、戦艦棲姫が武蔵である事も認識される。

 

「武蔵、か。なんとまあ出番の早いことで。……戦艦としての能力を高めているなら、そりゃあなかなか沈まないよね。となると――」

 

 少し考えた凪は通信機を手にして待機している艦娘に出撃を命じた。

 自己治癒能力を備えた武蔵となれば、容易に打ち破ることは出来ないだろう。かつての武蔵もなかなか沈まなかった逸話を持つ。

 やはり魚雷をたんと撃ち込んでやるか、鋭い徹甲弾をバイタルパートに撃ち込んでやるかぐらいしか道が見えない。

 そこまで持っていくための道筋。

 真正面からいっても今までとなんら変わりないだろうから、伏兵でも忍ばせておくとしよう。

 甲板から二人の艦娘が飛び込み、また発光信号を用いて東地に作戦を伝えると、了承と返事が返り、甲板から艦娘が飛び込んでいく。

 

「とはいえ、この策は一回ぐらいしかチャンスがないかもしれない。でも、そこから一気に突破口を開けば御の字。……成功を祈ろう」

 

 提督として出来るのは艦娘の育成と作戦考案。実際に戦うのは艦娘達であり、その時に提督に出来る事は無事であることを祈ること。そして撤退するか否かを見極めること。

 指揮艦に座し、凪は静かにモニターを見つめながら艦娘達を信じるのみ。

 

 長門は大和と並び立ち、じっと戦艦棲姫を見据えていた。

 大和だけではない。山城、日向もまた飛行甲板に瑞雲を待機させ、じっと隙を窺っている。前には水雷戦隊が並び立ち、榛名と比叡や重巡達も待機している。

 彼女達の左手にはトラック泊地の艦娘達が待機している。同じように戦艦が後方に、前には水雷戦隊が並び立つ。

 そして後方にはトラック泊地の加賀を旗艦とした機動部隊だ。

 二方向からの突撃体勢を前に、戦艦棲姫は不利を感じさせない佇まいをしている。護衛要塞、タ級フラグシップ、ル級フラグシップ、リ級フラグシップというもはやソロモン海においては恒例となりつつある顔ぶれ。

 後方にはヲ級フラグシップや装甲空母姫といった機動部隊が待機し、動き出すのを待っていた。

 

「オ互イ、戦力ハ出シタトミテイイノカシラ?」

「さて、どうかしらね。お前達はいくらでも下から増えるでしょう? なにかまだ、隠しているんじゃないの?」

「フッ、ソウネ。底ニハイクラデモ鉄ハアル。私ガソノ気ニナレバ、呼ビ出セルノハ否定シナイワ」

 

 でも、と戦艦棲姫は大和を見据えて妖艶に笑う。

 自身の前世は武蔵であり、目の前にいるのは姉の大和の艦娘だ。

 色々と思うところはあるだろう。彼女の一つ前の姿が、南方棲戦姫であることは知らずとも、大和と武蔵という縁は揺るがない。

 

「胸ヲ貸シテクレルノデショウ?」

「ええ」

「私ヨリ上ニイルト自負スルナラバ、ソノ証ヲ示シテミセナサイ!」

「……ふふ、思った通り、喰いついたわね。与えられたのは呉の艦隊を優先的に潰すこと。そこに私がいれば、よりこっちに意識が向くと思ったけれど、当たりね」

「大和、貴様……まさか?」

「あの策には囮がいるでしょう? 私がそれをやってあげるわ。どちらがより優れた戦艦だったのか。兵器としては興味の対象でしょう? 来なさいな。姉より優れた妹など存在しないことを教えてあげるわ」

「デハソノ命ヲ頂戴シ、コノ武蔵ガ大和ヨリ優レタ兵器、戦艦デアルコトヲ示シマショウ。同時ニ果タシマショウ、呉ノ二度目ノ壊滅ヲ。出合エ水雷戦隊!!」

 

 手を何度か叩けば、戦艦棲姫の呼び声に応えて深海の水雷戦隊が浮上してきた。その配置は艦娘達と同じく、ずらりと戦艦棲姫の前、側面をカバーする形となっている。護衛要塞も水雷戦隊に混じるように複数が前に出、艦娘の水雷戦隊と睨み合う形となった。

 

「目的ヲ果タス時ヨ。呉ノ艦娘達ノ命ヲ沈メナサイ。大和ハ、コノ私ガ狩ル」

 

 その命令に水雷組が一斉に装備を構え、目を一層輝かせた。

 それを前に艦娘の水雷戦隊もまた一斉に装備を構えた。

 

「相手しましょう。返り討ちにしてあげようじゃない。終わらせるわよ、皆の衆」

 

 主砲がゆっくりと戦艦棲姫へと照準を合わせる中で軽く髪を掻き上げ、その手をぐっと握りしめる。ばっと勢いをつけて前へと出すと、戦艦棲姫もまた同時に前へと手を出した。

 

「鎮めなさい!」

「沈ミナサイ!」

 

 その号令と共に両軍の水雷戦隊が突撃を開始する。続くように大和も囮役を務めるために微速前進しつつ砲撃を敢行。放たれた徹甲弾は戦艦棲姫を守りし魔獣の腕によって防がれ、戦艦棲姫の砲撃もまた大和の回避行動によって着弾せず。

 体や顔を反らし、被害は数本の髪を持っていかれるだけ。ふわりと髪をなびかせ、上等だとばかりに目を細めながら戦艦棲姫へと振り返る。

 まるでそれは小気味良い効果音を響かせながらかっと睨みつけているかのようだが、戦艦棲姫はそれがどうしたとばかりに胸を反らす。

 水雷戦隊も負けてはいられない。先陣を切って道を切り開かねばならないのだ。

 すれ違いざまに神通が砲撃を撃ち込み、しかしそれを掻い潜って体を張って止めにかかるチ級エリート。それに対しては振りかぶられた砲門による打撃を回避し、胸へと主砲を撃ち込んでのけぞらせる。その際に持ち上がったライドしている艤装の口から魚雷が覗かせるが、それすらも蹴り上げ、後ろに下がりながら魚雷を発射。誘爆を引き起こして撃沈する。

 その勢いを殺さないままに、砲撃の嵐から蛇行しつつ回避し、ぐっと加速して前進する。

 そんな神通に負けていられないのがトラック泊地の二水戦旗艦、長良。手にする15.5三連装副砲を連射しながら前進するも、トラック泊地の水雷戦隊もまた敵の水雷戦隊によって行く手を阻まれる。

 死を恐れぬ駆逐の群れが砲撃しながら距離を詰めてくる中、長良達も回避行動しながら前進前進、ひたすら前進。群れる駆逐や軽巡など、斬って捨てるのだとばかりに突き進むのだ。

 口から砲門や魚雷を覗かせながら飛びかかってくる駆逐。砲門ならば一瞬屈みこんで砲撃を躱し、その腹へと砲を突き付けて斉射。魚雷の場合は後ろへとやり過ごし、裏拳で弾き飛ばした。

 その時、前方でリ級フラグシップが複数立ちはだかる。やはりというべきか、ぐっと力を込めて魚雷の強撃を放ってきた。群れている深海棲艦の間をすり抜けるコースで放ってきたそれは、長良達の足を一瞬止めるには充分な存在感を放つ。

 足を止めたならば、攻撃するチャンスが生まれる。深海棲艦が一斉に長良達二水戦へと襲い掛かり、少しずつダメージを蓄積させはじめた。特にリ級エリートの砲撃が曲者だ。

 両手に二基の砲を構えて次々と砲撃を浴びせてくるのだ。魚雷発射管を消しての攻撃に、長良もたまらず後退する。だが勝負を放棄したわけではない。魚雷を投げつけ撃ち抜くことで目くらましをするかのように爆発を発生させる。そうして怯んだ隙に回り込み、リ級エリートへと魚雷を撃ち込んで撃沈した。

 

「まだ大丈夫!? いける!?」

「私は大丈夫よ!」

 

 少し離れた所にいる五十鈴達の様子を窺い、負傷具合をチェックした長良は、更に前進する事を選択。その後方にはトラック泊地の戦艦や重巡達だけでなく、治療を終えた一水戦が戦場に戻ってくるところも見えた。

 川内は大丈夫だろうか、と気にはなったが、それよりも少しでも敵を減らすことを考えることにした長良。気を抜いたら死ぬ。それは先程の川内の様子からもわかることだ。

 戦艦棲姫の意識は大和にしか向いていないが、周りはそうではない。タ級フラグシップやル級フラグシップが接近しようとしている水雷戦隊を押し返そうとしているのだ。

 呉鎮守府の三水戦、阿武隈率いる彼女達もまた何とか接近を試みていた。神通や長良達よりも練度は低いが、それでも彼女達なりに道を作っていた。

 煙幕を発生させて身を隠し、横っ腹を食い破るように魚雷を放つ。それらは次々とル級エリートやリ級フラグシップを負傷させるが、耐え抜いたリ級フラグシップが目を輝かせる。そこか、と煙幕の一点を見据えて魚雷の強撃を放った。

 それは煙幕の中を航行している阿武隈達を確実に捉え、その中の白露を吹き飛ばしてしまった。悲鳴を上げて海面を転がっていく白露。すぐさま阿武隈が「朝潮ちゃん、退避させて! 他の娘達はすぐにここから離れます、遅れないように!」と指示を出して加速する。

 聞こえてきた悲鳴に目を細めるリ級フラグシップ。捉えたな、と判断すると、次の魚雷を装填するまでの間に砲撃を行ってきた。共にいる駆逐もそれに参加し、阿武隈達へと追撃を仕掛ける。

 だが、煙幕を突っ切ってやってきたのは榛名達だった。

 続くのは比叡、鳥海、筑摩、木曾、村雨だ。榛名と比叡が先んじて砲撃を行い、続くようにして鳥海、筑摩、木曾が砲撃する。その連続した攻撃にたまらずリ級フラグシップらが撃沈されてしまった。

 

「砲雷撃戦、始めます。突撃!」

「主砲、斉射。始めぇ!」

 

 空いた穴を穿つように榛名達が切り込んでいく。白露と朝潮が指揮艦へと退避し、残った四人で三水戦も榛名達に続いていった。押し返すのはタ級フラグシップ、ル級フラグシップ。それに加えて後方からヲ級らの艦載機が飛来してきた。

 艦載機を処理するために村雨と木曾が対空砲と機銃で処理し始める。後ろからついてくる三水戦も同様に対空砲撃を始め、艦載機を迎撃していくが、艦爆や艦攻の攻撃が襲い掛かってくる。

 側面からやってくる魚雷、頭上に落ちてくる爆弾。飛行場姫が健在ならばこれ以上の攻撃が飛来していただろう。やはり潰しておいて良かったと感じられる。

 もちろん艦娘側の艦載機も負けてはいない。山城、日向から発艦した瑞雲、空母達の艦載機がヲ級らの艦載機と交戦。補給した事で飛行場姫との戦闘で失われた分は回復している。飛行場姫の大量の艦載機を警戒しないのだから、いつも通りの空戦を行えばいい。

 そうすれば問題はない。ヲ級らの艦載機の攻撃を掻い潜り、味方を巻き込まないように艦攻と艦爆が護衛する深海棲艦へと攻撃していく。

 だがやはり敵の空母達を潰しておかなければならない。

 熟練の空母がそれを担う。特に装甲空母姫という姫級は潰さねば、と率先してトラックの加賀が艦載機を突撃させていった。

 

「デハ、仕掛ケナサイ。調子ヅクノモココマデヨ」

 

 刹那、急速に深海から複数の気配が浮上してきた。戦艦棲姫まであと少し、というところで接近してきたそれらは、海から飛び出して榛名達へと噛みつきにかかっていく。

 腕や足、体へと喰らいつき、動きを止めてから他の何かが砲撃や魚雷を放ってくるのだ。

 さすがに旗艦である戦艦棲姫周囲の防備は抜かりないようだ。だがその策は敵陣であろうとも放ってくる。戦艦棲姫と撃ち合いながらゆっくりと前進している大和の下にも駆逐が迫っていく。

 それを感知した大和は飛び出してきた駆逐イ級の頭を鷲掴みし、ぎりぎりと握りつぶしながら勢いをつけて海に叩き落とす。水上ではなく、下からの奇襲ではあるが、そのやり方は深海棲艦ならではのもの。

 大和は元深海棲艦であるが故に、その攻撃手段は想定の範囲内であるがために容易に対処できた。次々と喰らいついてくる駆逐達を気配で先読みし、裏拳、蹴り、フックと対処していき、怯んだところを副砲で吹き飛ばす。

 

「小賢しい。こんなものでは、私は落とせないわよ、武蔵? ……ふっ」

「デショウネ。ッ、ク……私トテ、コレデ貴女ガ落チルトハ思ッテイナイワ。所詮コレハ貴女ノ動キヲ止メルタメノモノ」

 

 言葉を交わしている間も二人は主砲を撃ち続けている。それをお互いが回避し合い、あるいは着弾し合っているのだ。何度も撃ち続けていれば精度も良くなってくる。被弾によって己が傷つこうとも、二人は笑みを絶やすことはない。

 その肩や腹を撃ち抜かれても、だ。ぐっと力を込めて徹甲弾を吐き出し、強引に傷口を閉じて止血する。じくじくと痛みがはしるが、それを顔に出すことはない。

 垂れ下がった前髪から覗く目はまるで昂ぶりを抑えきれない獣や戦士の如く。艦娘としての大和では、恐らく見せないようなギラギラとした戦意が宿っている。

 やってくれるじゃない。

 なかなかやるじゃない。

 そんな意味が篭った笑みである。相手が強力な存在であり、そしてその実力を認めているからこそ浮かんでくる笑み。苦しむ顔など見せられるものか。不敵な笑みを相手に見せつけ、自分は負けていない、何としても勝ってみせようじゃあないか。そんな気持ちを表に出し続けながら戦ってやる。

 

「もっと来なさい。その程度じゃあこの大和は沈まないわよ」

「貴女コソソレデ勝ッタツモリデイルンジャアナイデショウネ? コノ武蔵、貴女達ノ攻撃デハ沈マナイ事ヲ証明シテアゲルワ」

 

 戦艦棲姫の言葉に魔獣もまた咆哮して応える。

 再びお互いが勢いよく前へと手を薙ぎ、砲門が火を噴いて徹甲弾を撃ち放った。

 

 

「ラバウルからの発光信号です。『一気に攻め立てる』との事です」

「了解。向こうの様子はどうなっているの?」

「えっと……呉の大和と戦艦棲姫の撃ち合いのようですね。そうして側面から水雷戦隊や戦艦、空母達による攻撃が行われています。ただ、決め手が届いていないようで……まだ戦いは続きそうです」

「そう。なら、ここで決着をつけ、向こうの支援をしなければいけないわね。……龍驤、補給は?」

『今、完了したで。いつでも出撃出来る状態や』

「あれらにとどめを刺させるため、南方棲戦姫の体勢を崩せるような艦攻を。たぶん、那珂が合わせてくれると思うけど」

『せやなぁ。いっつもあんな感じやけど、出来るこたぁ出来るやろな。なんだかんだで付き合い長いし。任せときぃ。千代田と共に、突破口切り開いたるわ』

「期待してる」

 

 通信を終えると早速彼女達は出撃していき、南方棲戦姫と戦う仲間達へと合流していく。

 

「Burning! Fire、fire! 攻撃の手を緩めてはいけまセーン! ここでKillしマース!」

「佐世保の艦隊に負けないように! 私達もここを凌ぎきる意地を見せる時よ!」

 

 佐世保の金剛、ラバウルの陸奥が戦艦ら主力艦隊を鼓舞している。放たれる戦艦の砲撃に、南方棲戦姫やル級、タ級らも反撃するが、その場に縫い止められていた。動けないならば水雷戦隊にも攻撃のチャンスがある。

 

「このステージもいよいよフィナーレってね! アンコールは受け付けないよぉ! さあ、みんなも笑顔でラストダンスを踊り切っちゃおう!」

「む? 那珂、千代田達の艦載機だ。っと、なになに? そのまま止め、可能ならば崩せ。間もなくに補給済の主力が到着する、とのことだとよ」

 

 艦載機の妖精から落とされた手紙を読んだ木曾がそう報告する。それを聞いた那珂が唇に指を当てて少し思案し、離れた所にいる二水戦の龍田へと視線を向けた。

 潜水艦狩りを終えてからは、時折周囲を護衛している敵艦を処理していた彼女達だったが、那珂は一つ案を思いついたらしい。龍田へと発行信号を放ち、龍田もそれを了承するように返答する。

 

「二水戦の龍田ちゃんと共同でやるよぉ! みんなー、那珂ちゃんにしっかりついてくるんだよ! 陽炎ちゃん、煙幕!」

「はい!」

 

 立ち上る煙幕の中に身を隠しながら、一水戦と二水戦が二手に分かれて挟み込むように南方棲戦姫へと接近。戦艦達は次弾装填のために砲撃はやんでいる。その空いた時間を利用して両者が接近を試みているのだ。

 南方棲戦姫も近づいてくる煙幕と水雷戦隊に視線が動く。今の彼女は「敵は沈めろ」という単純な使命で動いているに過ぎない。その敵が近づいてくるならば、意識がそちらに向くのは道理。

 両腕に構えし副砲が煙幕へと向けられるが、一水戦と二水戦は高速で南方棲戦姫の周囲を回っていく。何度か副砲が火を噴くも、着弾した様子はない。逆に煙幕から放たれた魚雷が南方棲戦姫の足に直撃し、ぐらりと体勢が崩されてしまう。

 それでも撃沈したわけではないので、すぐさま南方棲戦姫は立ち上がろうとするも、右腕の艤装へと次々と砲撃が浴びせられる。一発一発は大したことのない軽巡、駆逐の砲撃であろうとも、積み重なれば砲塔は耐えきれなくなってしまい、ついに爆発を起こした。

 それによって大きく体勢が崩れた瞬間を狙い、千代田と龍驤の放った艦載機が攻撃を仕掛けた。

 気づいた時にはもう遅い。流星改から放たれる魚雷、彗星一二型甲から落とされる爆弾。時間経過によって晴れていく周りの煙幕だがまだ薄らと残っている状態。しかし艤装の爆発が目印となり、正確な狙いをつけての攻撃が行われた。そんな優秀な艦載機達による攻撃に狂いはなく、致命傷を与えて去っていく。

 

「オノレ……!」

「追撃するよ! 突撃!!」

 

 衣笠の声がかかり、重巡率いるラバウルの水雷戦隊が二手に分かれて正面から南方棲戦姫へと魚雷を発射。足を狙った攻撃が一気に襲い掛かるのだ。

 今までは体を狙ってダメージを積み重ねるものだったが、とどめを刺すために足を狙う事で逃げる事を封じ込める。反撃しようにも艤装がぼろぼろの状態ではままならない。

 何も出来ず、ただただ集中砲火を受け続けるしかできなかった。

 

「グ、グゥ……! マダ、マダ私ハ――」

「――いいえ、終わりよ」

 

 艤装も含めた体の重みに耐えきれず、横倒しになる南方棲戦姫に陸奥の声がかかった。

 

「終わらせてもらうわ。全砲門、開けッ!!」

 

 命令と砲撃音をソロモンの海に響かせる。

 扇状に立つ戦艦による集中砲撃。守るはずのル級やタ級らもラバウル艦隊に沈められ、南方棲戦姫もまた限界を迎えた。防御する余裕もない中での徹甲弾によるダメージは耐えきれるものではない。

 また陸奥の放った徹甲弾がぼろぼろの右腕の艤装にとどめを刺したらしく、爆発によって体から千切れ飛んでしまった。腕と別れを告げながら、南方棲戦姫は緩やかにその身を深海へと沈ませていく。

 

「……撃沈、確認。負傷者は治療を。健在な人はこのまま戦艦棲姫を叩きにいくわよ!」

 

 佐世保艦隊とラバウル艦隊を足止めする役割を担っていた南方棲戦姫。それが崩されたことにより、一斉に戦艦棲姫へとなだれ込むだろう。

 しかし戦艦棲姫との戦いは、陸奥達の戦いの最中に犠牲者を生み出していた。

 

 


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