呉鎮守府より   作:流星彗

55 / 170
戦艦棲姫3

 

 事の始まりは指揮艦から放たれた艦娘。気配を殺し、静かに戦艦棲姫へと接近を試みていた二人、伊168と伊58である。

 深海棲艦の駆逐級が海の中から飛び出して奇襲を仕掛けるように、この二人もまた海の中でひっそりと敵へと接近し、奇襲を仕掛ける役割を担った。時折仲間の艦娘へと下から駆逐級が奇襲を仕掛ける様子を尻目に、気づかれないままゆっくり、ゆっくりと魚雷を放つ位置を探る。

 その水着が下から見ても海の色とあまり変わらない事と、気配の殺し方を学ぶことで、ヘマをしなければそこにいるとは気づかれない。何とか位置を決め、魚雷を放つ機会を待っていたのだ。

 そんな中で大和は囮役を続行し、戦艦棲姫の意識を自分へと引きつける。トラック泊地からも二人の潜水艦娘が来ているはず。それぞれが奇襲を仕掛け、戦艦棲姫を混乱に貶めた後に一気に勝負を決める魂胆だ。

 

「威力落ちてきてない? そんなんで私を沈められるとでも?」

「安イ挑発ダワ。補給ノタメニ一々戻ル貴女達トハ違ウノヨ。私ニトッテ、ソレハ僕達デ賄ワレル」

 

 ぐっと右手を握り締め、ばっと薙ぎ払えば護衛についた数隻の駆逐級が赤い煙を吐き出し始める。それらは戦艦棲姫へと吸い込まれ、溶けていった。それと引き換えに駆逐達は静かにその身を横たえて沈んでいく。

 やはり赤い何かが彼女達にとっての力の源なのだろう。溶け込んだ力はチューブを通じて魔獣にも満たされていき、心地良さげな声を漏らしている。

 今だ、と伊168達は感じ取った。

 補給によって気が抜けたこの瞬間こそ狙い目。準備を終えている魚雷らを顕現させ、艦娘と妖精の力を込めた一撃を撃ち放つ。それらは真っ直ぐに戦艦棲姫へと吸い込まれていき、人型と魔獣両方に着弾する。

 

「――ッ!? ナ、ナニ……ィ!?」

 

 水雷戦隊からではない魚雷攻撃を受け、初めて戦艦棲姫に明らかな動揺が生まれた。それを見逃さず、神通率いる呉一水戦が一気果敢に突撃する。護衛する護衛要塞やタ級達に目もくれず、戦艦棲姫の首を取りに行くかの如く接近し、主砲と魚雷を放って追撃するのだ。

 潜水艦の魚雷の直撃によって体勢を崩している戦艦棲姫に躱す術はない。余裕を見せていた微笑は消え去り、息をのんで迫りくる魚雷を見据えている。

 だが魔獣の腕が一発を除いて魚雷を受け止め、しかしついに耐え切れずに魔獣の左腕が吹き飛んだ。止められなかった一発も戦艦棲姫へと直撃し、衝撃によって後ろに飛ばされ、魔獣の体に打ち付けられてしまった。

 とどめを戦艦達に任せるために神通達が戦艦棲姫から離れようとした時、魔獣は失っていない右腕を伸ばした。その太い手は夕立を捕らえ、ぐっと強く握りしめる。苦しげな声を上げる夕立を見た長門達は思わず攻撃するのを止めてしまった。

 

「――ソレガ、貴女達ノ弱サ。仲間ノ死ヲ恐レル貴女達ダカラコソ、コノ状況デ私ニトドメヲ刺セナイ……!」

 

 魔獣がギリギリと夕立を締め上げる中で、戦艦棲姫は再び回復を試みる。その代償として、たらり、と一筋の血涙が流れ落ちたが、それを気にするそぶりはない。

 捕らえられている夕立に誤爆してしまえば、一気に彼女の命を奪いかねない。そんな躊躇の時間が戦艦棲姫に攻撃の時間を与える事となる。

 主砲が旋回し、大和や長門へと砲撃を与え、一気にダメージを与えてきた。だがその痛みで決心したのか、大和が堪えながら反撃の砲撃を放った。それらは魔獣の顔や肩にある主砲に着弾したが、回復し続ける彼女らにとっては少量のダメージにしかならない。

 その隙に神通が夕立を救出するために反転してきた。魚雷を二本手に取り、右腕へと投擲し、主砲で撃ち抜いて爆発を意図的に起こす。その爆風で腕を吹き飛ばそうとしたようだが、足りない。後から続いてきた綾波、響、雪風も同様に魚雷を投げつけて爆破させることでようやく腕が体から吹き飛び、夕立が解放される。

 何度も何度もそうやられては戦艦棲姫の意識も神通達へと向けられるだろう。逃がすな、と指示を出そうとしたところで、背後に回った北上が必殺の魚雷を撃ち放つ。

 が、それは戦艦棲姫には見破られていた。

 先程から神通達一水戦の動きには注意していたらしい。にやり、と彼女からは見えていないはずの北上の動きを予測し、それが的中した事に思わず笑みが浮かんだようだ。

 

「北上……貴女ハ脅威ダワ。ダカラ、備エタ」

 

 必殺の一撃は、魔獣には届かない。

 護衛要塞が浮上して肉壁となり、代わりに受け止めたのだ。雷巡としての切り札といえる攻撃が止められたことに、僅かな動揺が生まれた事が隙となる。

 吹き飛んでいった魔獣の左腕の陰から飛び出す二つの影。リ級フラグシップとリ級エリートだ。リ級エリートが前に出て砲撃を仕掛け、リ級フラグシップはその後ろからあの魚雷の強撃を放つ。

 まずい、と回避しようにもリ級エリートの砲撃が逃げ道を塞いでいく。そうして北上の背後から魚雷が迫り、直撃した。

 

「自身ノ必殺ノ一撃ヲソノ身ニ受ケル気分ハドウカシラネ? ソノママ、沈ムトイイワ。……貴女達モ、イイ加減目障リヨ」

 

 脇腹に移動しながら戦艦棲姫は勢いよく手を前に出す。魔獣の胴体にある副砲が次々と火を噴き、神通達へと襲い掛かる。その様子を見ながら戦艦棲姫は薄く笑う。

 

「コノ状況、覆ルコトハナイ。私ノ敗北ハ濃厚ネ。デモ、ソンナ私デモ出来ルコトハアルワ。貴女達ヲ一人デモ多ク沈メルコト……! ソレガ兵器トシテノ私ノ役割ヨ!」

 

 南方棲戦姫という足止め役は失われた。佐世保艦隊、ラバウル艦隊も間もなくこちらに合流してくる。となれば、四艦隊による集中砲撃を受ける事となり、数の有利も失われて敗北してしまうのは確実。

 後方にいるヲ級フラグシップをはじめとする機動部隊も、ここまで前に出られた水雷戦隊によって壊滅へと追い込まれてしまっている。まだ艦載機を発艦させて抵抗はしているが、それも出来なくなるのは時間の問題だろう。

 負けるのが分かっているならば、おとなしく敗北を認めて死ねばいい、という思考にはならないのが彼女達である。

 どうせ死ぬならば、一人でも多く道連れにしてやる。まずは夕立、次に北上。この調子で沈めてやろうではないか。

 トラックの一水戦が援護に来るも、砲撃しながら戦艦棲姫は回復を試みる。とりあえず優先したのは両腕だ。ここを修復し、回避し続ける神通らを捕らえるのだ。

 その様子を、何とか吹き飛ばされた右手から抜け出した夕立は、苦しげな表情を浮かべながら見ていた。あの剛腕に握りつぶされていたために、全身に痛みが走っている。響が何とか右手から引きずり出してくれたが、立ち上がるのも辛い。

 

「大丈夫か、夕立」

「……ちょっと、きついっぽい」

「すぐに指揮艦に連れていくから」

 

 響が肩を貸してくれるが、そんな響へと砲撃が飛来した。咄嗟に夕立を庇うようにした響に直撃したそれは、彼女を容易に吹き飛ばす。「響ちゃん!?」と夕立が叫ぶが、立っていられず自分も倒れてしまう。

 撃ったのは護衛要塞だ。口から三連装砲を射出しており、次弾装填している様子。

 見れば、修復された両腕を振り回し、強引に海を荒げながら魔獣が暴れている。そうして周りを航行する水雷戦隊のバランスを崩し、砲撃や打撃を繰り出しているらしい。

 こうなったのは誰のせいだ?

 自分だ。

 自分が捕まってしまったから犠牲が増えたのだ。せっかくのとどめの機会が失われたのだ、と自己嫌悪に陥ってしまう。

 

「捕ラエタ……! 呉ノ神通……! 貴女ハ水雷ノ中デモ士気ヲ高メル要因ニナル。……潰シテオカナケレバナラナイワネ」

「っ……く、長門さん、大和さん! 私に構わず、撃ってください!!」

「撃ツノ? 味方ゴト撃テルノ? 呉ノ長門、貴女ハ再ビ、仲間ノ犠牲ノ上デ生キ延ビルノカシラ!?」

「――――っ」

 

 その言葉に長門の脳裏にあの日の出来事が思い出された。

 そうだ、自分はかつての仲間達が囮を買って出、その犠牲の上で生き延びてきたのだ。その戦いの旗艦であった南方棲戦姫は、今では大和として味方にいるが、この海での仲間達の死は揺るがない。

 あの時は深海棲艦らによって死んだが、今度は自らの手で神通を葬りかねない砲撃をしろというのか? 

 あの日、共に生き延びた彼女を、自分が?

 

「――ダカラ、艦娘ハコウイウ時、弱イノヨ」

 

 躊躇は隙を晒す。戦場においてそれは致命的だ。

 容赦のない砲撃が長門へと襲い掛かり、艤装の主砲が一基大破させられてしまった。戦艦棲姫の砲撃をまともに受け、本人もまた一気に大破させられだが、轟沈までいかなかったのは幸いだろう。すぐさま山城、日向がフォローしに行き、長門を庇うように前に立つ。

 

「……まったく、情けないですよ、長門。あの時私との戦いで見せた不屈の心はどこへ行ったのかしらね」

 

 ため息をつきながら大和は夕立と響に迫っていた護衛要塞を副砲で撃沈する。

 戦闘開始時には後方にいたのに、いつの間にやら夕立らのいる前線にまで出てきている。膝を折っている夕立を抱え上げ、響の下へと向かいながら軽く辺りに視線を巡らせる。

 前線だけあってぽつぽつと深海棲艦がいるが、トラックの水雷戦隊が処理し続けている。後ろにいる響も庇うように前に立ちながら、大和はじっと戦艦棲姫を見据えた。

 

「戦いに犠牲はつきもの。それでも犠牲ありきの勝利の味は苦いものでしょう。それが、知性があり、命の尊さを知る人間と艦娘ならではの感性、思考。……今の私ならば、理解できないこともないわ。それでもやらねばならないならば、私はその咎を受け入れますよ。私ならば、問題はないでしょう?」

「……大和、貴女、何ヲ……?」

「生憎と、覚悟を決めている女がそこにいるものでしてね。ならば、それを無碍にすることこそ恥じるべき。残念ね、武蔵。私にその人質は通用しない。私は責められようとも、嫌われようとも、その先に勝利があるならば、それを掴み取る事を選ぶわ」

 

 その言葉に反応したのは夕立だった。

 そして同時に思い出す。あの日、自分の中で対面した夕立の言葉を。

 選択の時はいずれ訪れる。

 悩み、迷い続けた先に、提督を泣かせることになるかもしれない、と。

 このままでは、神通が死ぬかもしれない。北上は向こうで多大なダメージを受けた。長門もさっき大破してしまった。そして自分もまたこのままだと死ぬかもしれない。

 力があれば、こうならなかったのだろうか。

 悩んでいる暇があれば、迷っている暇があれば、受け入れるべきではなかっただろうか。

 凪に嫌われようとも、あの姿となるべきではなかっただろうか。

 だが後悔しても遅い。仲間が死にかけたという現実は、容赦なく夕立の心を抉り取る。

 

 それでも、今からでも取り戻せるならば。

 

 逃げ続けてもどうにもならない。

 諦めることなど、出来るはずがない。

 大和は今こそ神通が捕らえられている中で戦艦棲姫へと砲撃を敢行するだろう。

 待ってくれ、と夕立はぐっと起き上がる。

 折れかけた心を震わせ、燃料をくべて燃え上がらせる。

 今こそ、先に進む時だ。

 

「――主砲、副砲――」

「――夕立、突撃、するっぽい……ッ!!」

 

 軋む骨など意に介さず、夕立は大和の前に躍り出る。その行動に大和と戦艦棲姫の意識が夕立へと向けられ、一瞬砲撃が遅れた。艤装の煙突から白煙が吐き出される中、うっすらと夕立の体が白く光を放ったような気がする。

 白煙は今までと違って小さな規模だ。彼女の姿とその周辺を小さく隠す程度。それでは夕立がどこへ進むのかわかってしまう程だ。

 それでは完全に自分を囮にしているのがわかってしまう。その間に大和が砲撃しろ、とでも言っているのだろうか。

 戦艦棲姫は満身創痍の夕立に何が出来る、と彼女から意識をそらした。

 それよりも大和という驚異に備えた方がいい。神通を握り締めている魔獣の手を前に出し、大和へと砲撃を仕掛けるのだ。

 大和も夕立が一瞬だけ自分に意識を向けさせたのだろう、と判断し、戦艦棲姫が砲撃する前に先手を打って砲撃する。

 砲弾は神通よりも高く、魔獣の頭部や肩の主砲へと着弾。長門がそうであるように、主砲が一基大破させられる。それだけでなく、伸ばされている腕にも着弾し、修復された腕が再び千切れ飛んで神通が解放された。

 宙を舞う手と、手から離された神通。それを回収する小さな影。

 それは白いマフラーを揺らしながら跳躍しており、艤装から赤黒いものを複数射出した。それらはまるでロケットのように火を噴きながら宙を駆け抜け、戦艦棲姫へと襲い掛かっていく。

 大和へと砲撃した事で硬直した戦艦棲姫。また今まで見た事のない攻撃だったために、まともにそれを受けてしまった。

 

「キャァア……!? ナ、何……!? ッ、ナニィ……、誰、貴女……!?」

 

 着水した彼女は神通をそっと綾波へと託しながら戦艦棲姫へと振り返った。

 じっと戦艦棲姫を見据える瞳は炎のように赤く、たなびく髪は毛先が桜色に染まっている。先程放ったものは魚雷なのだが、そこには瞳や口が存在しており、生き物のよう。

 艤装のハンモック、首に巻いた白いマフラーを静かに風に揺らし、手にしている10cm連装高角砲を構えながら、彼女――夕立改二は「――あたしが招いた事態だもん。あたしがしっかり、尻拭いしないとね」と呟いた。

 煙幕の中で彼女は己の中に開いた扉の先にある力を受け入れたのだ。

 先送りにしていた改二改装、それをこの場でその身に適応させた。それによって負傷していたはずの体は改装によって治療されている。よって体に痛みは感じない。

 だが心の痛みはまだ残っている。負傷者を増やしたという責任感からくる、じくじくした痛みをも受け入れ、夕立は自らの手で終わらせてやると戦艦棲姫へと告げるのだ。

 成長した彼女の姿の中にある面影から、戦艦棲姫も夕立なのだと認識すると、ぐいっと口元の血を拭いながら笑みを浮かべた。

 

「フフ、夕立、カ……。サッキマデ折レテイタ貴女ガ、私ノ前ニ立チハダカルト!?」

「決めるのはあたしじゃないかもしれないけど、それでもあなたを止める事はあたしでも出来るっぽい」

「言ウジャナイ、駆逐艦ガ……! コノ武蔵、貴女程度ノ力デハ揺ルガナイワ!!」

 

 副砲が次々と撃ち放たれ、夕立はこの弾幕の中を掻い潜って戦艦棲姫に肉薄していく。神通は綾波の手によって下がらせ、着弾はしていない。トラックの一水戦、川内率いる艦娘達の影、呉の四水戦である天龍達を視界に入れながら、夕立はひたすら前進。

 後方には大和が、その空には機を窺っている艦載機がいる。

 自分は一人ではない。

 だがそれでも戦いを長引かせ、負傷者を増やした責任はとらねばならない。沈めるまでは出来ないだろうが、それでも確かな戦果を挙げて失態をカバーしなければ。

 接近してくる夕立を止めるようにヲ級フラグシップから放たれた艦載機が襲い掛かってくる。だが高速機動によって全ての攻撃を置いていく。艦載機の攻撃に合わせるように戦艦棲姫は副砲を撃ち続ける。それすらも夕立は鍛えられた胆力と回避力を生かし、一、二発被弾するに留めてついに戦艦棲姫の目の前へと躍り出た。

 だが魔獣が怒号を上げ、その衝撃で夕立を押し返そうとしたようだが、心が奮い立っている夕立は止まらない。巻き起こる風に抗うように更に前へ。

 気合一閃。

 戦艦棲姫の腹へと左拳を突き入れ、下がった頭へと右手の砲を突き出して撃ち放つ。ゼロ距離からの砲撃ともなれば駆逐砲といえども小さなダメージにはならない。追撃を仕掛けようとしたが、魔獣が暴れだしたために後退するしかない。

 その暴れている魔獣へと攻撃を仕掛けたのは川内達だった。ぶんぶん夕立へと振り回される腕の範囲の外から砲雷撃を仕掛け、ダメージを与えながら注意をひきつけている。

 手負いの獣そのものである魔獣は唸り声を上げながら振り返る。そんな魔獣に更に追撃するのが天龍達だった。

 戦艦棲姫を守るものはもうほとんどいない。南方棲戦姫は落ち、装甲空母姫もまたトラックの加賀を主とした空母達によって撃沈されてしまっている。そうなれば、艦娘達の水雷戦隊が生きる。

 小さなダメージであろうとも、蓄積したものは戦艦棲姫の中に響いてくる。特異な力による反動も積み重なれば尚更だ。

 また遠方から艦載機が飛来し、戦艦棲姫への攻撃の手は止まらない。見れば佐世保とラバウルの艦娘達が合流しようとしているところだった。いよいよもって戦艦棲姫の不利は強固なものになっていく。

 副砲を回避しながら後退した夕立は天龍の近くまでいくと、「天龍さん、それ、貸してくれません?」と剣を示した。

 

「おぉ? これか? いいけど、まさかまた接近するつもりかぁ?」

「ん」

「おいおい、あんま無茶すんなよな? お前一人でどうにか……っておい!?」

「後で返すから、ごめんなさーい!」

 

 心配する天龍から剣をかっぱらうと、夕立は急加速して再び戦艦棲姫へ接近を試みる。手にしている剣を構え直し、少なくなってきた護衛要塞をすれ違いざまに斬り捨てる。

 その様子を大和は少し感心したように頷いた。

 

「自分のせい、という思い込みが、夕立をあそこまで突き動かすか。でも、一度火が付いた心は激しく燃え盛り、それを力と変えて奮い立ち、戦いに向かう。それもまた、艦娘の力。……あれだけ迷っていた小娘が、吹っ切れたらあそこまで変われば変わるものなのね。また一つ、学ばせてもらいましたよ」

 

 次弾は装填された。後はこれを撃ち放つのみ。

 戦艦棲姫へと接近する夕立が、きっと隙を作り上げてくれることだろう。

 大和の信頼を背に、夕立は苦い表情を浮かべている戦艦棲姫に剣を向ける。戦艦棲姫を守るため、魔獣がぼろぼろになっている腕を薙いでくる。

 それをスライディングで回避し、跳躍した夕立は戦艦棲姫へ剣を振り上げる。咄嗟に後ろに下がった彼女は刃から逃れることが出来たが、夕立は空中で前転しながら剣を振り下ろした。

 体を一文字に斬られた戦艦棲姫は悲鳴を上げて痛みにもがく。そんな中でも、彼女は目の前にいる夕立に怒りの眼差しを向けていた。

 

「コノ、コノ武蔵ガ、駆逐艦ナドニ……負ケルナンテ……! ゥ、ゥァアアアア!!」

 

 深海棲艦としての力を拳に集め、戦艦棲姫は夕立へと殴りかかる。彼女自身に艤装はない。そのため出来る事はその身を生かした格闘戦のみ。

 だが彼女から伸びるチューブという限界が存在する。

 戦艦棲姫が前に出ればその分チューブが伸びる。伸びきってしまえば、魔獣も前に進まなければ戦艦棲姫はそれより前へは行くことが出来ない。

 怒りのままに夕立へと殴り、蹴りを繰り出す戦艦棲姫。一発、夕立の頬を殴り飛ばしたが、ぎりっと歯噛みして夕立は反撃する。天龍から借りた剣が、一つ、また一つと戦艦棲姫へと傷をつける。

 主の危機に魔獣が吼え、主砲を夕立へと向けるが、しかし近くには主である戦艦棲姫がいる。このまま撃てば、彼女をも巻き込むのは必至。かといって副砲もまた位置関係上、戦艦棲姫に多く当たってしまうだろう。

 

「沈メナサイ! 私ヲモ巻キ込ミ、コノ目障リナ駆逐艦ヲ沈メナサイ!!」

「残念だけど、お断りっぽい」

 

 左手で右手の打撃を弾き、右手に嵌めている高角砲が戦艦棲姫の足を撃ち抜く。空いた胸へと天龍の剣を突き刺し、一気にねじ込む。声にならないうめき声をあげる戦艦棲姫から一気に剣を抜けば、血と一緒に赤いもやが噴き出してきた。

 最初に縦に斬られた部分も完全に治りきっていない中での突きは、戦艦棲姫自身にも計りきれなかったダメージを生み出した。咄嗟に回復しなければ、という生きるものならば持ちうる思考に流れたのもやむなきこと。

 死を恐れぬと豪語していても、それでも彼女は生命の危機に直面したとき、生きることを選択してしまった。

 攻撃でも防御でもなく、回復を選んだという道。

 それが無防備な彼女を作り上げる。

 川内達、天龍達、そして夕立も一気に戦艦棲姫から距離をとる。その際に夕立は後ろに飛びのきながらまた魚雷を撃ち放ち、戦艦棲姫の足を封じ込めた。

 はっとしたときにはもう遅い。満を持して、彼女らが決める時である。

 

「さようなら、武蔵。ただ兵器として命じられたまま動くより、強い意志を持つ者が戦場では勝つ。それを再認識した良い戦いでしたよ」

 

 夕立との戦いで魔獣からは離れてしまっている上に、最後の魚雷で足をやられた戦艦棲姫。

 呉の大和、ラバウルの陸奥らの戦艦の砲撃、艦載機らによる攻撃、更には潜水艦らの雷撃からは逃れることは出来ない。

 守るべき仲間は誰もいない。

 響き渡る爆音の中、戦艦棲姫の轟沈は免れないものとなった。

 魔獣もまた力尽きたかのように声を漏らし、横倒しになった後、ゆっくりと沈み始める。

 

(意志、我ラニ意志ナンテ必要……? アレニ与エラレタ命ニ従ウコトコソ、私達ノ存在スル証ダトイウノニ)

 

 沈む中で戦艦棲姫は大和を、夕立を見つめる。

 自分を沈めた姉と、満身創痍からの反撃を見せつけた駆逐艦。

 特に夕立の反撃は戦艦棲姫には理解出来ないものだった。あれは確かに折れかかっていたはずだ。それが何故、あそこまで自分に立ち向かってきたというのか。

 

(ソレモマタ強イ意志ニヨルモノ……? 意志ナキ兵器デアルコトヲ受ケ入レタ私達ト、意志アル兵器デアル艦娘トノ違イ……)

 

 再びその身は海の中へと落ちていく。

 戦艦棲姫にまた死が訪れるのだ。それを恐れることはない。深海棲艦は例え死しても再び蘇る。戦艦棲姫もまた体は死のうとも、魂までは死なない。また戦艦棲姫としてか、あるいは別の何かとなって蘇るだろう。

 だから死ぬその時まで、彼女は疑問を持ち続けることが出来る。

 どうして自分は負けたのだろう。

 どうして夕立は改二に変化し、恐れることなく立ち向かってきたのだろう。

 艦娘と深海棲艦の違いはなんだったのだろう。

 

(呉ノ艦娘、カツテノ敗北カラ、ココマデ成長シタノハ何故――呉ノ、提督……提督?)

 

 そういえば、と戦艦棲姫は自分の中にあるデータを遡り始めた。自分に与えられた情報は少ないが、その中に混ざっていた情報の中には、かつての南方戦において沈んだものも混ざっている。

 あの時沈んだ艦娘達の中には、深海棲艦となって戦いに出たものもいる。だが大半はその記憶はなく、お互いかつての仲間である事を知ることもないまま殺し合う。

 だがあの時海に消えたのは艦娘だけではない。

 先代呉提督もまた海に消えた。

 

(記憶ヲ消サレテモ、何ラカノ魂ノ名残ハ残ルモノ。……ヤハリ、アレハソウナノデショウ。私ノ中ニマデ、アレノ妄執ガ植エ付ケラレタノデショウネ)

 

 戦艦棲姫自身にもどういうわけか呉艦隊に対して思い入れがあった。ラバウルでもトラックでもない。遠方から来ているはずの呉艦隊に対して他の艦隊よりも意識が向いていた。

 作られたばかりの自分にそんなものがどうしてあるのか、と理由を考えれば、作り手であるあの深海提督の影響しか考えられない。

 薄れゆく意識の中で、戦艦棲姫はゆっくりと自らの中にある情報を凝縮する。

 次の自分があるならば、きっとあの呉艦隊へと借りを返してくれるだろう。そうでなくとも自分の経験は次の戦いに生かしてくれるはずだ。

 呉鎮守府に対して思い入れがあるならば、次も動かないはずはない。

 そうだ、次があるなら負けたくはない。いつか、いつかきっとこの借りを。

 

(何度デモ、私達ハ立チハダカロウ――)

「――マタ、逢イマショウ、大和」

「――――そうね。逢う時が来たとしても、私達は再び勝利を掴む。負けるつもりはさらさらないわよ、武蔵」

 

 海の中から聞こえてきたかのような戦艦棲姫の最期の言葉に、大和は静かにそう返した。

 そんな大和の下へと夕立達が集まってくる。その際に夕立は天龍へと借りた剣を返した。何度も戦艦棲姫を斬り、攻撃を捌いたせいなのか、所々傷がついている。「壊しちゃったっぽい?」と少し申し訳なさそうにする夕立だが、

 

「なに、これも艤装の内。修理すりゃあなんとかなるさ。それよりお前はどうなんだよ? なんか改二になってるけど、傷は大丈夫なのか?」

「大丈夫っぽい。改二になった時に、傷だけじゃなくて燃料とかも回復してるっぽい」

「そう。だとしてもよくもまああそこから突撃をしたものですね。いい根性していますよ、夕立。これもまた、神通の教育の成果?」

「んー……それもあるかもしれないけど、あたしは、あたしがヘマをしたから神通さんや北上さん達が傷ついちゃったから……。だから、あたしが、あたしがやらなきゃって思って……」

 

 ぐっと拳を握りしめながら夕立は答えた。改二によって緑から赤へと変化した瞳には僅かな後悔と、確かな戦意が滲み出ている。

 だがやはり後悔は拭えないようだ。

 同じ一水戦であり、共に戦った仲間にして教官である神通、そして北上、響の負傷。他にも負傷者はいるだろうが、夕立にとっては彼女達の負傷が心にきた。

 だからこそ余計に奮い立ったともいえる。悲しみを力に変え、折れた心を強引に持ち直して突撃してみせた。ある意味自己犠牲に近しいものだったろうが、結果的には良い結果になったのは良かったかもしれない。

 

「夕立ちゃん、大淀さんによれば、神通さん達は無事に治療を受けているみたいですよ。だいじょーぶです」

「……そう、良かった……うん、良かった……」

 

 戦っている時は頼もしい戦士だが、それが終わればただ一人の少女に戻る。それは改二になり、見た目が大人っぽく成長した彼女であっても変わらなかった。

 安心したせいなのか、涙が零れ落ち、それを拭う夕立を見つめながら大和は思う。

 自分達は深海棲艦に対抗するための兵器である、という考えはまだ変わらない。だが、目の前にいる夕立のような姿を見ていると、艦娘という存在は深海棲艦とは明らかに違うのだと改めて知らされる、と。

 彼女達は、そして自分もまた、人間のような「心」があるのだ。

 その「心」があるからこそ、強き「意志」が生まれる。

 それが時に力となって敵を打ち砕く要因になるのだろう。

 

「人と艦娘の力、か。……私もまた、あのような意志の力が宿るのかしらね」

 

 深海棲艦だった自分に、果たして彼女達のような心が宿るのだろうか。

 そんな事を考えている時点で、少なくとも心はあると言えるのだろうが、今の大和にはそれに気づくことはない。

 

 遠くから佐世保艦隊とラバウル艦隊が合流してくる。

 ソロモン海域の戦いは終わった。それを証明するかのように、先程からゆっくりと海は元の青さを取り戻しつつある。

 艦娘達は各々抱き合ったり健闘を讃え合ったりして勝利を実感している。潜伏していた伊168と伊58も海面に姿を現し、勝利を喜び合っている。

 長きにわたった南方海域の戦いは、これを以ってしてひとまずの終わりを迎えるのであった。

 

 




初対面や情報公開時 やべえ、どうするんだ。と思える威圧感。
矢矧事件以降 矢矧出してください、とSを取り続ける。意外と勝てるな、と慢心する。

そして悪夢が終わった当初は思いもしませんでしたね。
よもやこの人が、ここまでのイベント常連になろうとは。

今では好きですよ、戦艦棲姫。

でも、16夏E3ボス前ダブルケツはちょーっと頂けない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。