呉鎮守府より   作:流星彗

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4章・冬の艦隊
演習


 

 合同演習と合同訓練。その日々は三日続いた。それぞれの艦隊はお互いの技術を吸収し合い、切磋琢磨して練度を高めていったのだ。

 レベル自体は呉よりもトラックやラバウルの艦娘の方が高いのは間違いない。しかし動き方、戦い方がそれぞれの艦隊ごとに特徴が出ている。その違いは何なのか、どうすればよりあの敵に対して有効な動きが出来るだろうか。

 それをお互い意見を出し合い、実践してぶつかり合う。

 特に深山が学びたかった呉の水雷戦隊の動き。神通はなかなかにハードな訓練を課した。練度自体はラバウル艦隊の方が上なので遠慮はいらないと思ったのだろうか。

 守りの戦いを得意としている彼女達へ、どうすればより攻める戦いが出来るのかをこれでもかと仕込んでいった。

 被弾しないための動き、道筋を見出す観察眼。

 そして何よりも度胸。

 それらを身に着けさせるために長門や大和達へと遠慮はいらないと告げて、容赦のない砲撃を浴びせかけたという。

 最初こそその容赦のなさに引いたが、しかしラバウル艦隊はすぐさまこの訓練に食らいついた。それにより、訓練を始める前と違って攻める戦いがしっかりと身についたのが窺えた。

 

「……変われば変わるものだね」

「元々そちらの艦娘は守りの動きには問題はなかったからね。その特色はある程度は残したみたいさ。仕込んだのは、攻撃を掻い潜って前に出る技術。それさえ身につければあんな感じにもなるってことだね」

 

 ラバウル一水戦旗艦、名取率いる艦娘達が秘書艦である陸奥率いる主力艦隊へと突撃していくのを見守りながら、深山と凪はそう話し合う。

 ラバウル一水戦のメンツは名取、天龍、皐月、初春、吹雪、時雨。

 天龍を除けばおとなしそうな性格をした艦娘達で集まっている。だからこそ守り向きの戦術があっていたのだろうが、今では頼もしさを感じる眼差しで突撃している。

 攻撃が終われば、名取は主砲を肩にかけるように片手で持ちながらメンバーを集め、今の突撃の振り返りを行っていた。

 なんだろうか、艦娘の名取としては普通しなさそうなそのあの佇まいは。

 手にしている主砲の艤装デザインが少しライフルに似ているせいか、女軍人がライフルを肩にかけて仁王立ちでもしているかのようだ。

 

「デェェェェェン」

「おいやめろ」

 

 こっそりと近づいていた響が囁くように何らかの効果音を口にすると、すぐさま凪が振り返って止めにかかる。「どこでネタを知った?」と訊けば「ネットを見たんだよ」と返してくる。

 何の話をしているんだろうか、と深山が首を傾げているようだが、凪は響の口を押えながら「気にしなくていいよ、うん」と流すことにする。

 

「ま、何はともあれ、君が望んだ結果は出せたと思う」

「……ああ、そうだな。これならばもしも何かあった時にでも対処することは出来るだろうさ。改めて礼を言うよ。ありがとう、海藤」

「俺は何もしてないさ。うちの艦娘、神通達がよくやってくれた成果だよ」

「……いい艦娘だね」

「俺にはもったいないくらいさ。で、どうする? 最後にうちの一水戦と演習してみるかい?」

「……いいね。試してみよう」

 

 頷いた深山が通信機へと「……呉一水戦と演習を行う。数分休憩後、開始しよう」と声をかけると「了解しました……」と名取が返事をした。海に出ている艦娘達が休憩のために一旦上がってくる中で、凪の元へと一水戦のメンバーが集まってくる。

 旗艦である神通が「全力でいいのですか?」と問うと、

 

「そりゃあ、全力でやってくれて構わないよ? ……それでいいんだよな、深山」

「……もちろん。これまでの訓練の成果を試すんだ。全力でないと、それを前にして攻めに出られるか否かがわからない」

「だそうだ」

「そうですか。では、全力でお相手いたしましょう」

 

 にっこりとほほ笑む神通だが、その笑顔に反して立ち上る戦意はなかなかのものだ。演習であろうとも、手心を加える気はないようだ。三日とはいえ、訓練の成果を見るならば全力と全力のぶつかり合いでこそ見えてくるものがある。

 日常の中では教官としての立ち位置をしていることが多いが、神通も生粋の水雷屋だ。指導するのは好きだが、やはり戦ってこそと彼女は自覚している。

 そして呉の一水戦は夕立という戦闘好きがいる。先日改二が完全に適応されたので、能力向上が大きくみられる。性格はあまり変わっていないが、見た目はやはり大人っぽくなり、傍目には神通や北上と同年代か少し下の少女に見える。

 だが史実における夕立の最期を参考にした改二だけあって、なかなかの変わりっぷりなのは否めない。最初こそ他の艦娘達も夕立の成長に驚いてはいたが、性格は何も変わっていないので、普通に受け入れていった。

 北上も性格はゆるいが魚雷を撃つのが得意な上にそれが好きなところがある。綾波、響、雪風も穏やかで落ち着いているが、こんな仲間に囲まれては少しばかり影響を受けてしまうのも仕方がない。

 南方棲戦姫だろうが戦艦棲姫だろうが、彼女達は機を見い出せば突撃してみせた。それが出来るくらいには胆力がついているという証である。

 十分の休憩を挟み、二隊は海へと出る。

 それぞれ単縦陣で向かい合い、位置についた。

 

「……それじゃあ始めようか。テンカウント」

 

 ラバウルの大淀が通信機を通じてカウントダウンを始める。それに従って両軍はさっと身構えた。次第に数字が下がっていき、「3、2、1……スタート!」という声がかかった瞬間、両軍は一斉に飛び出した。

 

「撃ち方、始め!」

「砲雷撃戦、始めてくださーい!」

 

 神通と名取がそれぞれ命を出すと、一斉に砲撃が行われる。スピードを落とさず、むしろ加速する中での砲撃。ぐっと距離が縮まり、飛来してくる砲弾を回避しながらの接近戦だ。

 その加速はやはり呉一水戦が凄まじい。ラバウル一水戦はまだ少し躊躇が残っているが、呉一水戦はこれが彼女達の日常だ。かの戦艦棲姫を相手に副砲を回避し続けながら接近していった胆力は伊達ではない。

 あれに比べたら、軽巡や駆逐の砲撃などへでもない。

 すれ違いざまに魚雷を置いていき、抜き去ったあとはぐるりと旋回しつつ、煙幕を発生させる。名取達も魚雷を発射したが、呉一水戦の加速に対応できず、遅れてしまった。だがそれでも呉一水戦の魚雷を回避できたのは、ラバウル一水戦の持ち前の練度があってこそだろう。

 ラバウル一水戦も反転し、煙幕の中に隠れていく。レベルでいえばラバウル一水戦の方が大きく上回っている。1年の差というものはそれだけでも積み重ねた年期というものがある。

 戦い方の方針は違えど、それでも彼女達はこの地で戦い続けた戦士達だ。

 隠れた敵を見つけ出す。それは名取達の方が上回っていた。「そこです!」と指示を出し、砲撃をすれば手ごたえがあった。

 

「捉えられているようですね。ならば、散開。挟み込み、一人は落としましょう」

 

 被弾したのは響らしいが、駆逐砲を二発受けただけだ。まだ戦える。

 煙幕の中で二手に分かれ、ラバウル一水戦を挟み込みながら砲撃する。それだけでなく、神通と夕立は特に単縦陣になっているラバウル一水戦の間を突き抜けるように突撃。両手に主砲を構え、次々と砲撃しながら接近するではないか。この動きに名取は驚き、焦って一瞬指示を出すのが遅れた。

 それを見逃す神通ではない。旗艦である名取へと砲撃を仕掛けていく。だが攻撃を受ければ名取も動く。反撃しながら接近してくる神通へと向き直り、両者はそのまま隊列から離れていった。

 残されたラバウル一水戦はもう一人、突撃してくる夕立と呉一水戦の残りのメンバーに対応するしかない。両軍ともに旗艦と距離が開いてしまったが、それが神通の狙いの一つだろう。

 

「僕が対処しよう。お相手願おうか、夕立」

「時雨……ふふ、悪くない相手っぽい。あたしでいいなら、相手するよ!」

 

 夕立改二と時雨改二。

 同じ白露型にしてどちらも改二という艦娘。突撃してきた夕立を止めるべく、時雨が主砲を構えながら前に出る。周りを処理しようとしていた夕立も両手を前に向けて時雨とのタイマンを引き受ける。

 もはや両軍とも陣形など存在しない。それぞれが入り乱れて交戦する形となり、ある時はタイマン、ある時は二人を狙って砲撃や魚雷を放ち、とすれ違いながら戦い続ける事となる。

 そんな中でも夕立と時雨はずっとタイマンをし続ける。

 主に右手に持つ主砲の撃ち合いだが、夕立は両手に構えて距離を詰めていく。時雨はそんな夕立の足を狙って彼女の動きを止めようとした。しかしそれを察知した夕立は蛇行しつつ薄く笑みを浮かべ、左手に持つ主砲を消して腰元にある魚雷を二本手に取る。

 時雨の進行方向へと投げ、急加速。

 魚雷から逃げるべく時雨は方向転換を考えるが、急加速してきた夕立がそれを追うだろう。ならば逆に時雨は急停止からのバックを選択。本来の艦ならば出来ない芸当。人型である艦娘だからこそ出来る動き。

 急停止の反動で倒れないようにバランスを取り、前を向いたまま後ろに下がりつつ向かってくる夕立へと砲撃。さすがにその動きは夕立も予想外だった。しかも時雨は魚雷発射管を夕立に向けており、息を呑んでいる夕立へと容赦なく魚雷を発射。

 

「ふふ、やってくれるっぽい……!」

 

 機銃と主砲で向かってくる魚雷を起爆させようとしながら、夕立は危機的状況の中で笑みを浮かべた。これだから戦いというのは面白い、と逆に興奮してくる。何発かは起爆判定によって停止したが、それでも数発はまだ健在。そのまま夕立へと向かってくる。

 全速で動いているために方向転換しづらい中で、夕立は右手の主砲を消し、海に手をつきながらドリフトでもするように、滑りながら方向転換。それによって何とかぎりぎり切り抜けたようで、海についている右手付近を魚雷が通過していった。

 だが、やっぱり無茶が過ぎたのか、曲がり切れずにスリップを起こして夕立の体が宙に舞う。が、そんな中でも夕立は獲物を逃さない眼差しを時雨に向けていた。空中で横回転しながら、残った魚雷を一斉に発射。

 戦艦棲姫へと奇襲を仕掛けた、あのロケットのような魚雷が空中から時雨へと向かってくるのだ。だが、狙いも定まらない状態での発射。あちこちにばらまくような軌道で魚雷が襲い掛かってくる。

 

「む、無茶をする……! 血気盛んなのも考え物だよ、夕立!」

 

 それが逆に恐ろしい。どこに落ちてくるかわからないものを相手に避けなければならない。撃ち落とそうとも考えたが、時雨は落ちていく夕立を撃ち抜くことを選んだ。

 そしてその砲撃は落ちていく夕立へと直撃し、そのまま夕立は海に転がっていく。だが落ちてきた魚雷の一発が時雨にも直撃し、両者ダウン判定となったのだった。

 一方旗艦同士のタイマンはというと、それは予想外というべきか、あるいは想定通りというべきか。

 レベルの差はあれど、どちらも軽巡の旗艦だ。それもその鎮守府において水雷戦隊の主力といえる一水戦の旗艦であり、すなわち水雷戦隊全体の長である。

 その肩書に恥じない実力が求められるわけなのだが、その戦いは流石というべきか。

 そこには二つの花が咲いている。

 片や一見可憐な花。見るものをはっとさせるような静かで艶やかな色合いをした花だ。だがその葉は先端が尖り、敵対する意思があるものには容赦なく葉を用いて傷つける。

 片や実に控えめな色合いをした花。周りと比べても自己主張しないような色合いをしているが、しかし大きな花弁を広げる花だ。触れれば折れてしまいそうな儚さを持ち合わせているが、しっかりと大地に根付き、静かに自分なりの色を出して咲き続ける。

 そんな二つの花が、今、見るものを惹きつける様な自分の色を用いてぶつかり合っているのだ。

 右腕についている三基の14cm単装砲、左手に持つ15.5cm三連装砲で神通は砲撃を行っている。それに対し、名取は手に持つ主砲と腰元の艤装の主砲を使い分けながら砲撃している。

 特にアサルトライフルのように見えるその主砲。中にいる妖精達が頑張っているのか、あるいはそういう仕様なのか。結構早く砲撃が行われてくるから少しやりづらい。

 だが上等だ、と神通は余裕を見せる。

 飛来してくる砲弾を回避するように動くが、名取もまた対面で同様の動きで神通の砲撃をやり過ごしている。

 狙い目を変えても、それに合わせてどちらも回避行動が変わる。反航戦で接近しても、蛇行しながら攻め合い、しかし勝負を決める命中弾がない。一発二発は命中するのだが、勝負を決める判定にはならないかすり傷でしかないのだ。

 小気味の良い連射音を響かせながら主砲を斉射し続ける名取。その弾幕を掻い潜り、反撃する神通についに主砲に弾着して左手から15.5cm三連装砲が弾き飛ばされるが、それがどうしたとばかりに更に前へ。代わりの14cm単装砲をまるで拳銃を指で回転させるように顕現させ、両手で撃ち続けながら攻めの手を止めることはない。

 また水雷の華である魚雷を発射しても、やはりどちらも熟練だからか、命中するには至らない。魚雷の動きを読み、どう動けば当たらないのかを瞬時に見極め、回避しながら攻めるのだ。

 左手に持った14cm単装砲がまた撃ち抜かれそうだと察すれば、右手に持ち替え、体を反らして左側の直撃を避ける。持ち替えた手で撃ちながら更に前へと進み、左腕の四基の主砲で追撃する。

 回避行動中も攻める事を忘れない。攻撃の手がお互い止まらない。

 となれば自然とどちらも普段の彼女達では見せないような、鋭い目つきになるのもやむを得ない。

 

「いいですね。教えた身としては喜ばしいものです。ですが、そろそろ終わりにしましょうか」

「ありがとうございます……。私としてはこれでも必死なんですけど……。でも、そうですね……そろそろ決着つけないと、隊全体では勝てないかも」

 

 これでは埒が明かない。どこかで切り込む隙を見出さねばならない。

 不意に神通は右手の主砲を消し、飛来する砲弾から身を屈めてやり過ごし、腰にある魚雷を一本抜いて名取へと投擲した。水面に落ちるのではなく、空中を走り抜けるような軌道で迫る魚雷に、名取は咄嗟にそれを撃ち抜く。

 起爆判定を受けて魚雷はそのまま失速して落ちていく。演習用に調整された魚雷のため、爆発はしないのでこうなるのだが、その防御が神通に攻める機会を与える。

 身を屈めていた神通は海を蹴って飛び出し、名取へと急接近。離れていた距離が一気にゼロにされるのを感じた名取は、逃げるのではなく、むしろ迎え撃つかのように手にしていた主砲を離し、身構えた。

 神通も魚雷を投げたことで空いている右手で名取の腹へと拳を打ち出したが、名取もその神通の頬へと拳を突き入れる。えぐり込むようにして放たれた名取の拳は、綺麗に神通へと入り込んだ。

 それは神通の拳も同じ。衝撃が腹から背中へと届きそうな程に強烈な一撃が名取にも襲い掛かっている。

 だが攻撃はそれには終わらない。いつの間に顕現したのか、神通の左手にある主砲が名取の胸を狙っている。名取もまた腰の主砲が神通を囲むようにして狙いを定めていた。お互い攻撃を放ち、受け合いながらも、次の手を止めていなかった成果だった。

 そして、二人は倒れない。

 今の状態ならば引き分けだが、倒れれば自分が負ける。だから二人とも堪えていた。

 だが二人以外の残りのメンバーが勝負を終わらせていた。

 夕立と時雨は両者ダウン。そして残る四人はというと、それぞれもお互い潰し合って全滅していた。何気に雪風が生き残りかけていたようだが、天龍が意地で討ち取りにいったらしく、刃を潰した剣による投擲で判定勝ちしたようだ。

 それはありなのか、と雪風がちょっと抗議したようだが、夕立が戦艦棲姫に致命傷を与えた前例があったので、ありだと凪が却下した。

 

「なんでしれぇが却下してくるんですかー!?」

 

 と遠くで雪風の悲鳴が響くのを耳にしながら、神通はやれやれと息をつく。

 

「今回は引き分けといたしましょうか」

「……そうですね。ありがとうございました……おかげで、少し、自信が持てたような気がします」

 

 お互い拳を引き、主砲の照準を逸らして向かい合った。そして健闘を称え合うように握手を交わす。

 その様子を見守っていた凪と深山も、お疲れ様と声を掛け合って握手した。

 

「……ありがとう。訓練と、演習の機会を設けてくれて、感謝を」

「なに、同期のよしみさ。こっちこそ、君達との時間でうちの娘達もまた学ぶ時間が得られたんだ。お互い様さ」

「……それでも、感謝を。この礼はいつか返そう。何かあれば、声をかけてくれ」

「そうかい? では、いつになるかはわからないけれど、その時が来たら頼むよ。……それにしても、変わったもんだな。深山」

「……それは君もだろう? 君も人とあまり関わりを持たない学生だったじゃないか。……なにかあったのかい?」

「そう、だなぁ……まあ、色々あったな。うん」

 

 他人に特に大人というものにあまり心を許さず、人とあまり関わらなかった凪は次第に人付き合いというものが苦手になっていった。だからこそ異性との付き合い方も良く分からなかったが、そんな彼でも半年も多数の女性に半強制的に囲まれれば少しは学ぶ。

 加えて中には一癖も二癖もある艦娘がいるものだから、付き合い方を覚えなければ胃を痛める。既に春に胃を痛めて倒れた前例があるのだから、学ばねばまた倒れてしまい、長門や神通達にまた心配をかけてしまう。

 そういう事は凪としても避けたい事だったので、変わっていかねばならなかった。

 そして今、凪としても自分自身の変化はあまり悪いものではないと思っている。こうして学生時代の同期とこうして話せているのだ。あの頃はほぼ関わらなかった彼と、同じ提督として話し、艦娘と共に交流をしている。

 あの頃捨てていたものを、数年越しに回収している。お互い変わってしまったな、と悪い意味ではなく、良い意味で笑い合えている。

 

「これぞ、遅れてきた青春ってやつかねえ。切磋琢磨して共に成長する仲間。うーん、いい響きじゃねえの。おつかれさん、いい演習だったんじゃねえか?」

 

 そう言いながら凪と深山の肩をぐっと抱き寄せる東地。

 二人と違い、人付き合いのとてもいい気さくな青年を地で行くこの男はいったいいつからそこにいたんだろう。離れた所には淵上と秋雲がおり、秋雲は海を見ながらスケッチをしていた。

 

「いつから? ってか君、うちの秋雲? そこで何してんの?」

「ぁん? いやーはるばるラバウルまで来たじゃん? せっかくだし、色々スケッチして残しておきたいって思ってさー。あと、呉以外の艦隊とマジの演習風景ってのも絵になると思ってね。こう、びびっとキタからペンが走りまくったわけよぉ。ほれ、この神通さんと名取さんのスケッチ? どぉよ?」

 

 と、見せてくれた絵はというと、なんというか色々すごかった。

 絵のタッチがそう見せているのか、あるいは秋雲の目にはこう映ったのか。

 そこにはイケメンな女性二人が描かれていた。

 神通と思わしき人物は、きりっとし表情の上に、目元に影がかかっており、その形相で名取を睨みながら主砲を突き付けている。

 一方名取もまた鋭い目つきをした上に顔全域に影がかかり、同じように神通へと主砲を向けている。どちらも一ページに一人、というもので二枚合わせたら向かい合っている、という構図らしい。

 だがそれでも躍動感あふれるものであり、凄まじい戦いのワンカットを切り取って、秋雲のイメージを投影した作品に仕上がっていた。

 

「…………まあ、うん。この全てを否定できないのが、現実だね。うん」

「確かに。だいたいこんな感じであの二人戦ってたな」

「……今まで見た事のない名取の一面を見た、という感じだったし……僕も否定できない」

「でしょ~? 我ながらいい絵が出来たって感じさー。んで? まだ続けんの~? 続けんだったら、秋雲はまだスケッチ描いとくけど」

「そうだな、淵上さん。次はうちと君の一水戦でやりあうかい?」

「……いいですよ。あれを見ては、あたしとしても試したいと感じてしまいましたから。では、那珂達を呼び出しますんで、少しお待ちを」

「よっしゃ! じゃあうちの川内達を呼びますかねえ」

 

 そうしてこの日は、休憩を挟みつつ様々な隊の演習が行われる。得られたものを、成長した力をそれぞれぶつけ合わせる。三日間で得られたものを存分に発揮してやるのだ。

 今までの自分を超えて更なる高みへ。そうしなければいけないと、今回のソロモン海戦でそれぞれが学んだ。

 飛行場姫という新たなる概念の深海棲艦、戦艦棲姫という純粋に強力な深海棲艦。

 この先も現れるならば、実力を上げなければならないというのは当然の認識である。

 

 こうしてラバウル四日目の昼は過ぎていった。

 日が暮れるまで戦い続け、疲れた艦娘達は入渠ドックへと休む。

 その後はお疲れ様と、お別れと、そしてソロモン海戦での勝利を祝しての宴会が行われる事となるのだった。

 

 

 


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