呉鎮守府より   作:流星彗

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宴会

 

 

 ラバウル基地のグラウンドを使用しての大宴会。四つの鎮守府の艦娘が一堂に会しているのだからかなりの規模といえよう。大量の料理が並ぶ様は圧巻だ。食材を大量に発注し、間宮と料理が出来る人の手伝いの甲斐あってこれだけの料理が並ぶこととなった。

 久々の宴会ということもあって、艦娘達は満面の笑みを浮かべて舌鼓を打っている。凪呉の艦娘達の様子を窺ってみる事にした。

 まずは秘書艦の長門はどうだろう、と見ればもはや最近では相方ポジションなのか、あるいは相棒ポジションなのか。大和と一緒にいる。

 

「これが宴会というものなのね。異国の料理というのもなかなか美味しいわね。酒も美味しいし、ふふ、飲んでる? 長門」

「もう少し落ち着いて食べたらどうだ? 別に料理も酒も逃げはしないのだから。それと、絡むな」

「つれないわねえ。酒って人と楽しんで飲んでこそ美味しいと耳にしたわよ? ほら、飲みなさいな、長門。こういうのって無礼講ってやつなんでしょう?」

「いや、私はそんなに飲まない……っておい、注ぐな、絡むな! おい、誰か! こいつをどこかへやってくれ! 千歳!! お前らがこいつを管理しろ!」

 

 くすくすと笑いながら空いたグラスを持ってきて酒を注いでいく。さすがにこうなっては長門も焦るようで、呉の千歳がいる一角へと叫んだ。すると長門と大和の様子を見て微笑を浮かべる。

 

「え? いいじゃありませんか、長門さん。いつも一緒にいるのですから、そちらはそちらで楽しんでくださいな」

「だそうよ。ほら、ぐいっといきなさいよ」

「だから、私はそんなに好んで飲まないと……!」

 

 さて、助け舟を出すべきだろうか、と凪は一考する。

 もしもここで自分があそこに入っていったらどうなるだろう。大和を嗜めてあの振る舞いを止めることは出来るだろう。でもあの二人はいつもあんな感じで過ごしている。大和が何かと絡んでいき、長門もそれを止めるか、仕方がないなという風に相手をする。

 そうやって二人は呉鎮守府で過ごしており、それがあの二人なりのコミュニケーションの一環となっている。かつて敵同士だった二人が、今ではこうしてある意味仲良く過ごしている。

 宴会とは更に知人や友人同士の仲を深める場でもある。

 自分があそこに入って止めた場合、それを壊してしまうかもしれない。酒を飲みかわし、より一層仲が深まるのであれば、それは喜ぶべきだろう。

 

(……うん、やめとこう。でも声だけはかけておくか)

「大和ー、長門はほんとにそんなに飲まないんだから、程々にしておくんだよ。でないと、今日以降もしかすると長門は君に対してかなり辛辣になるかもしれないからさ」

「……それは困るわね。じゃあ、この一杯ぐらいは。乾杯しようじゃない。それくらいは、いいでしょう?」

「…………一杯だけだぞ」

 

 と、お互い妥協したらしい。グラスを合わせる二人に頷き、凪はそこから離れた。

 続いて向かったのは戦艦達が集まる席。呉鎮守府でいえば、山城、日向、比叡、榛名だ。先程の長門と大和も戦艦だが、秘書艦とあの大和型という立場な上に、あの二人は最近ずっと一緒に行動している。

 また血気盛んで長門に対してライバル視している大和がよく長門に絡んでいっているため、あの二人が一緒にいる際には二人にさせておこう、というのが呉の艦娘達の中での共通認識のようなものが出来上がっていた。

 

「あ、提督。どうかされましたか?」

「いや、ちょっと様子を見に回っているだけさ。おつかれ。どんどん食べて英気を養ってくれ」

 

 榛名が声をかけてきたので、凪はそう返した。

 ふと、山城がなんだか憂いの表情を浮かべながら箸を進めているような気がしたので「どうかしたかい、山城?」と訊いてみる。

 

「ああ、気にしないでいい。今回の戦いにおいて、なんだかあまり活躍できなかった気がする、とふてくされているだけだ」

「……後方にいる事が多かった気がしましてね。そりゃあ、私は低速ですから? 比叡や榛名のようにどんどん前に出ることは出来ませんから? しかたがないといえばしかたがないんでしょうけど」

「……と、酒を飲んでからはこの調子というわけだ。それに山城よ、低速なのは私もそうだし、長門や大和もそうだぞ」

 

 ああ、そういえば山城は酒を飲むと余計にネガティブになったり、泣き上戸になったりするめんどくさい酔い方をするんだったか、と凪は思い出した。

 

「ひぇー……こんな山城さん、初めてですよ。どうしたらいいんです?」

「適当に流してやるといい。酒を飲んだらよくあることさ。気にせずお前達はゆっくり食べたり飲んだりするといいさ。それに、山城よ。今回は後輩に花を持たせた、と考えようじゃないか。新たに迎えた新人が活躍してくれたという事を素直に喜んでやろう。それに私達は後方にいたが、それなりに砲撃は出来たし、瑞雲も飛ばせた。私としては、航空戦艦らしい戦い方が出来たのではないか、と多少は満足している」

「……そりゃー瑞雲好きなあんたなら、そう感じるかもしれませんけどぉ? でも、私は、私は航空戦艦になっても、戦艦らしく、戦艦らしく、砲撃で戦果を挙げたいと考えているわけで? ……っくぅ~……! んぐ、んぐ……ぷはぁー……! 次こそ、次があるなら、提督……!」

「お、おう」

「私に活躍の機会を……! 今回は比叡と榛名に前線で活躍する機会があったんだから、次は私達にも、良い出番を与えてちょうだい……! いいわねッ!?」

「お、おう。まあ、その時になってみないとわからないけど、うん、覚えておくよ。あと、そう涙を流しながらすごい形相で俺を睨むな。仮にも美人さんにそうされると、ちょっと、こわい。ひく」

「仮にもってなによぉー!? 褒めるんなら、普通に褒めなさいよぉ……! 不幸だわ……!」

 

 だん! とグラスを机に叩きつけて突っ伏して泣き出した。こりゃだめだ、と思っていると、隣に座っていた日向がよしよし、と子供をあやすように背中を撫でてやる。

 そして「すまないな、比叡、榛名。みっともない姿をさらす先輩で」と謝罪すると、

 

「い、いえ。榛名は大丈夫です。それに、確かに山城さんの言う通り、今回は榛名達がなんだか出番をかっさらっていっちゃったかもしれないので……」

「そんな事はない。お前達はお前達なりの活躍をしてみせた。高速戦艦と低速戦艦という差が私達にはある。そしてその差にそれぞれの役割の違いがあるんだ。お前達はその与えられた役割を果たしただけに過ぎない。そしてそれを見事に遂行し、無事に帰ってきた。恥じる事は何もない。……そうだろう、提督?」

「うん、そうだよ。だから深く気にすることなく、そのままの君達でこれからも成長していってくれ。……それに山城の言葉は、ちょっと酒に酔って山城の性格からきた言葉さ。そう重く捉えることはないからね。ちょっとめんどくさいところが出てきてしまっているけど、仲良くしてあげてくれ」

 

 そう締めくくり、四人の席から離れる。さあ、次はどの席に行こうかと考えていると、何やらすごい勢いで食べ進めている席が視界に映った。呉の空母席である。

 確かに今日は無礼講であり、大宴会なのでそう遠慮せずにやってもいいのだが、そこはなかなか壮観なものであった。

 

「んぅ~、美味しい美味しい……! これも、これも、酒も! いくらでも食べられそう!」

「もう少し静かに食べなさい、飛龍。みっともないわよ。それと、もう少しだけ遠慮はしなさい。そう食べ過ぎるとどうなってもしりませんよ」

「そう言う加賀さんも箸が全然止まってないじゃん。人の事言えないってね」

「指摘するものでもないわよ、瑞鶴。せっかくの宴会ですもの。出された美味しい料理を前にしては、食べない方が失礼というものです。あ、千歳さん。グラスが空いていますよ」

「あら、ありがとうございます。ではお返しに」

「瓶が空きそうですね。すみませーん。これ、もう二本お願いしてもよろしいですか?」

 

 積み上げられる空っぽの皿の山。あの六人でどれだけの料理が腹の中へ消えたというのだろうか。特に飛龍が一番食っていないだろうか? あれだろうか? 多門丸の影響だったりするのだろうか。

 そこは呉の六人の空母の席。

 千歳、加賀、飛龍と翔鶴、瑞鶴、祥鳳という対面で座っているのだが、この六人に対して消費されている料理と酒の量が異常だ。宴会だからとはいえ、こんなに食うのか? と他の鎮守府の空母の様子を遠目で見てみる。

 そうして見えたのは、どこも同じようなものだったという事だ。

 トラックの加賀、赤城達など似たような調子で料理を平らげている。佐世保の龍驤と千代田は少し落ち着いているようだが、それでも結構酒を飲んでいないだろうか。

 なるほど、どこもこんなものなのだな。と凪はひとまずは納得しておくことにした。

 話しかけようかとも考えたが、あそこに入ると酒を飲まされ続けるか、あるいはただひたすら食い続けるかに巻き込まれそうだった。

 瑞鶴の指摘通り加賀も飛龍を嗜めてはいるのだが、自分も静かに、しかし箸を止めることなく料理を食べ進めているのだ。澄ました顔とのギャップがなかなか可愛らしいが、止まらない食事を邪魔しては悪い気もする。

 なので凪は静かにその場を離れる事にした。

 やってきたのは水雷組。駆逐、軽巡、重巡、そして潜水艦の艦娘達がそれぞれ集まっている区画。先程の空母の席と違って、消費されている料理の数は少なく、酒だけでなくジュースなどもある落ち着いた雰囲気だ。

 だが中には性格のせいで盛大に大騒ぎしている娘もいることはいるらしい。

 例を挙げるならば足柄だろうか。酒を飲んで更にテンションが上がっているのか、からからと笑っているのを霞に注意されている。笑い上戸か。らしいな、と思いながら様子を窺う。

 

「司令官、どうかされましたか?」

「ん? いや、みんなの様子を見て回っているだけさ。どう? 楽しんでる?」

「はい。料理も美味しいですし、みなさんとっても楽しんでいらっしゃるようですよ。綾波も、そんなみなさんを見ていると、あったかくなります」

 

 近くに座っていた綾波が声をかけてきた。綾波がいるということは、周りの席は呉一水戦が集まっているということでもある。「あ、てーとくさんだー。んぐ」と料理を噛みしめていた夕立も凪に気づいて顔を上げる。

 神通も「こちらに座りますか?」と空いている席を示してきたが、「いや、大丈夫」と手を挙げる。

 二水戦はどうだろうか、と見れば、足柄に加えて川内が盛大に飲んで騒いでおり、球磨はもう知らんという風にマイペースで飲み食いし、皐月と暁と時雨が困惑している。

 

「もう! 少しは落ち着きなさいったら! 大淀! ちょっと、この人達止めなさいよ!」

「まあまあ、霞ちゃん。今日くらいはいいじゃないですか。あら、足柄さんの瓶が空になりましたか……。では、新しいのを頼みましょうか」

「ちょ、止めないの!? いつもの大淀なら、少しは嗜めるってのに!」

「無礼講ですからね」

 

 なんだろうか。まさか大淀がストッパーにならずにこの空気や流れに乗っていくとは……いつもの大淀らしくない。彼女も仕事から解放されて、宴会というものを楽しんでいるという事なのだろうか。

 だとすれば良いことなのかもしれない。

 

「わかってんじゃない、大淀。ほらほら、霞ちゃんも飲みましょーねー。ほら、ぐいっといこうかー!」

「ちょ、絡むな! っ、司令官! 見てんじゃないわよ! あんたからもこの酔っ払いどもを何とかしなさいよ!」

「いやー……俺としても酔っ払いの相手はあまりしたくないんだよね……。めんどいし」

「見捨てるのか、このクズがぁ……って、ひゃん!? ちょ、どこ触って……足柄ぁ!?」

「はーい、霞ちゃん笑って笑ってー。そうぷりぷりおこっちゃやーよー? 宴会にそういうのは似合わないんだからさー!」

 

 だめだ。完全に酔っ払いのセクハラ親父と化している。

 そして大淀もそれに乗っかっているのか、どこから取り出したのか、そんな霞と足柄の絡みを写真に収めている。「ちょ、撮るな撮るなー!?」と霞がカメラをひったくろうとしているが、大淀もにこにこしながらそれを躱していく。

 大淀ってああいうキャラだっただろうか?

 楽しそうではあるが、霞が少しいじられすぎて可哀想になってきた。

 だが、よくよく考えればあの三人と言えば礼号作戦の組み合わせだ。もしかすると凪が見てなかっただけで、プライベートではあんな感じで過ごしているのかもしれない。

 

「宴会とはいえ、程々になー……」

 

 とだけ言っておくとしよう。

 三水戦や四水戦、他の軽巡駆逐はどうだろうか、と見てみると、こっちは平和だった。

 

「ほら、あんま口の周り汚すなよなー」

「もっち、ほら、あんまりだらけてないで。こぼすから」

「空いた皿はこっちに積み上げてくださーい」

 

 天龍が初雪の口周りを拭いてやり、三日月は望月の世話をし、阿武隈が皿を回収している。世話役の姉のような娘が三人いるおかげで落ち着いた席になっているようだった。

 もう一人軽巡がいたはずだが? と夕張の姿を探してみると、どうやら給仕の手伝いをしているらしい。カートを押してそれぞれの席の皿やグラス、瓶を回収して食堂へと持って行っているようだった。

 自分も宴会を楽しんでもいいのに、ああして手伝いに行くとは優しい娘だ。

 凪としては夕張という娘は共に工廠で作業する仲間、という一面を強く認識している。あそこにいる夕張は作業服を身に包み、嬉々として装備の改造や改修をする機械オタクである。ちょっとアブナイ面も出てくる時もあるのだが、普段の夕張はあそこにいるような優しいいい娘なのは間違いない。

 苦にも思っていないような、いい笑顔で皿を下げ、食堂に持っていくのを見送った。

 そして残るは重巡や潜水艦の艦娘だが、彼女らもまた落ち着いた様子だ。というよりあれこそ大人の女性とでも言おうか。

 妙高、利根、筑摩、摩耶、鳥海、鈴谷という重巡艦娘に、伊168と伊58、そして秋雲が同席している。というか何故秋雲はそこにいるんだろう。軽巡駆逐が集まっている水雷の席にいるものと思ったのだが。

 

「ぁえ? いやー、こっからだと呉のみんなの様子が見えっからさー。いいモノが見えたら、さっと描けるのよ、これが。ほれ、こういうのとか」

 

 と、見せてきたのは、霞の胸を揉む足柄のカットだった。

 

「……それ、絶対霞に見せるなよ?」

「わぁーってるわぁーってる。これは、秋雲の秘蔵コレクションにしまっておくさー」

「……秘蔵コレクションってなにかな?」

「んん? 興味あんのー? でも、今はだーめ。見せてやんないよー」

「んふふ、なに? 提督ってば、むっつり? そういう系を期待しちゃってんの?」

「鈴谷も乗ってこなくていいから。あと別に俺はむっつりとかそういうんじゃないよ」

 

 にやにやという擬音が発せられそうな程にいい笑みを浮かべて、秋雲と鈴谷が口元に手を当てながら凪を見つめてくる。こうなっては凪としては非常にやりづらい。どう回避していいのかわからなくなってしまう。

 困っていると妙高が「そう提督をからかうものじゃありませんよ。そのくらいにしてくださいな」と嗜めてくれた。

 

「ほーい」

「提督、お疲れ様です」

「ありがとう、妙高。この席のみんなも、楽しんでいるようで何よりだよ」

「うむ、日本ではあまり食えぬ南の魚も美味い。吾輩、満足じゃ」

「ほら姉さん、食べながら喋るものじゃありませんよ」

 

 あそこにいる足柄と違って盛大に騒いだりせず、料理や酒の味を楽しみながらゆったりと過ごしている。とはいえ騒ぐのもまた宴会の醍醐味ともいえるのだが、そこは性格の違いだろう。

 ここにいるのは落ち着いた性格をしている艦娘が多い。騒ぎそうなのは利根や鈴谷だろうが、今のところはそれぞれ料理を楽しんだり、楽しげにしている娘達を眺めて楽しんだりしているようだった。

 

「どうぞ、提督。一声お願いいたします」

「そう? じゃ、ゆっくり楽しんでいってね。今回の遠征お疲れ様。乾杯」

 

 妙高から一杯手渡されると、労いの言葉で乾杯する。すると妙高達もグラスを掲げて「乾杯!」と唱和した。

 ソロモン海戦は苦しい戦いではあったが、それを乗り越えた艦娘達は今こうして笑顔でいる。

 そして得られたものも多いだろう。

 戦いによる経験、他の鎮守府の艦娘との交流。

 それらの時間が彼女達をより強くさせたはずだ。

 今だけはそれらから解き放たれ、騒いで楽しむ時。憂いの表情など似合わない。盛大に騒ぐもよし、静かに時間を過ごすもよし。

 それぞれの楽しみ方でこの夜を過ごすのだ。

 みんないい笑顔だ。楽しんでくれているようで何よりである。そうして過ごしてくれることこそ、凪も安心できる。

 一通り呉の艦娘達の様子を見て回り、どこか席についてゆっくりするか、と思っていると、視界に一人の人物が見えたことに気付く。

 少し考え、静かにその人物へと近づくと「相席、よろしいかな?」と声をかけてみる。

 

「…………どうぞ」

「では失礼」

 

 その人物も凪を見上げて何かを考えたようだが、静かに了承した。

 隣の席に座ると、近くにあった冷えた紅茶が満たされたペットボトルを手に取り、グラスへと注いでいく。いる? とペットボトルを差し出すと、小さく頷いてグラスを寄せてきた。

 

「では、遠征と合同演習お疲れ様。乾杯」

「乾杯」

 

 グラスを軽く打ち合わせ、その人物――淵上湊と乾杯した。

 

 

 


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