「うちかたー、はじめー!」
その訓練は実戦に近しいものだった。北上の指示に従って、夕立らも共に砲撃する。その弾丸は弧を描いて球磨達へと接近していった。
模擬弾を用いた戦闘訓練だ。
神通は埠頭でその様子を見つめている。
その為第一水雷戦隊は、一時的に北上が旗艦を務めている。
「舐めるなクマー!」
旋回して着弾点から逃れ、単縦陣を維持したまま球磨と川内もお返しするように一斉射撃する。数こそ同じだが、第二水雷戦隊は軽巡が二人いる。駆逐と軽巡を比べると、その能力だけでなく、主砲の距離も軽巡の方が長い。
それはつまり、第二の方がより遠い方から主砲の弾丸が多く飛んでくるという事だ。
艦娘らの艤装として、実際の艦と違ってその射程というものはだいぶ短くなっている。軍艦は人と比べてかなり巨大だ。元は軍艦だったとはいえ、今は人と何ら変わりない。その艤装も軍艦時代の物を基にしているとはいえ、それをそのまま持ってきているわけではない。あくまでも艦娘の艤装として構築しているだけにすぎない。
目安として駆逐艦の主砲や、戦艦らの副砲の射程は大体短距離、軽巡や重巡の主砲、そして魚雷は中距離、戦艦の主砲や艦載機の有効距離は遠距離としている。
艦載機ともなれば飛行するのでそれ以上になるのは当然だが、戦艦の主砲はそれ以上伸びないようだ。
「魚雷はっしゃー」
ぴっと発射する方向を指さし、魚雷を撃つ。航跡を残して向かっていく魚雷の数、十四本。それだけの魚雷が一斉に発射される様は中々に壮観だ。
球磨達の進行方向を目指して進んでいく魚雷らを見送りながら、次の手を考える。するとまた球磨と川内が主砲を撃ってきた。やり過ごそうとしたが、後ろにいた綾波を掠めていった。
「んー、もう少し近づいていった方がいいっぽい?」
「接近戦? まーそうねー、あんた達も撃つには近づかないといけないしねー」
相談をしている間に、魚雷が球磨達へと接触しようとしていた。だが航跡に気付いていたらしく、直撃コースを外れてしまっている。その方向転換の隙に接近。主砲を構えて一斉射撃。
先程よりも近づいての発射だ。狙いはより正確になり、皐月と初霜に着弾したようだ。
「む、落として!」
北上の視界に航跡が映る。進行方向に向かって来ているため、旋回しながら速度を落とすように指示した。すると、自然と両者は同航戦になっていく。それも結構近い距離での同航戦だ。
球磨達が放った魚雷も命中せず、こうなったら次発装填するまでお互い撃ち合いになる。
命中弾も多く、模擬弾といってもそれなりに痛い。だがどちらも怯まず、ただひたすら撃ち続けていく。やがて神通が「それまでです」と止めるまで、それは続いたのだった。
その訓練を見守っていたのは神通だけではない。凪と長門、大淀もまたその様子を見つめていた。今は神通が先程の戦いについての反省会を行っている。
「長門的にはあれはどうなんだい?」
「ああいう戦術は実戦では危険だな。訓練の模擬弾だから最後のあれが出来たのであって、実戦は実弾だ。ああいう芸当はそうそう出来るものじゃない」
「だよな。もう少し離れての駆逐を交えた砲撃なら?」
「それならば問題はない。一撃離脱で戦うなら、被害は抑えられる。そもそも駆逐はその速さを生かしての戦いをするもの。だがそれはまだ早いか」
かなり近づいてのインファイトは確かに当てやすく、弾速がいい感じならば一気に抜くことは可能だろう。しかしそれは敵から見ても同じ事。実力が足りないうちは避けるべき手段。
また駆逐艦の戦闘といえば砲撃よりも魚雷にある。今こそ進行方向を狙っての魚雷だが、その速さを生かして接近して魚雷を放ち、そのまま離脱する事こそ駆逐艦といえる。
だが今の彼女達にそれを望むのは酷というものか。
反省会が終わったのか、解散していく。と思ったら凪に気付いて駆け足で近づいてきて敬礼してきた。凪も返礼すると、入居ドックへと向かっていく。
神通も敬礼してきたので、彼女へと「おつかれ」と声をかける。
「どうだい? 実戦に出せそうかい?」
「はい。最低限の事は出来るようにはなっているかと……。第一は私がいるので何とかしますけど、第二については、少し心配ではありますね……」
「不安ならば私も共に出るが?」
「でも大抵の新米提督はみんなこんな感じだろう。俺だけこういう楽な手段をとるものじゃない。……と、考えるところだが、予防線は張っておくか。見守る役で長門、ついていってくれるかい?」
「撃たず、判断は旗艦の球磨に任せる形でいいのか?」
「ん。最初だけだ。その次からは、第二水雷戦隊だけで経験させていくよ」
最初の実戦こそ大事だ。初戦でつまずくだけならば、ただの失敗だけで済ませられる。もし万が一大きな被害をこうむり、轟沈でもしようものならば問題になる。それもまた経験の一つだろうが、最初からそうなるのもいただけない。
何事もなければただ航海するだけ。
だが、何もしないままそういう事件が発生し、長門を付かせればと後悔するような事にはしたくない。
「わかった。緊急時には手を出させてもらうが、それでいいか?」
「いいよ」
「では、私も準備させてもらうとしようか」
「失礼いたします」
長門が歩き出し、神通も一礼して後をついていく。
それを見送りながら、凪は何事もなければいいのだが、と願わずにはいられなかった。
入渠と食事を終え、艦娘達は出撃の時を迎える。
目的としては瀬戸内海の警備だ。時折深海棲艦が見かけられる事がある。
瀬戸内海だけでなく太平洋に出る境目でも、九州や四国からだったり、あるいは大本営からだったりの輸送船が通るのだ。その船を時々襲いに来る。
被害を抑えるためにも警備は大事。他の鎮守府でも警備隊が派遣されるのだが、呉鎮守府もまたこれからその警備に参加していかなければならない。
「それでは皆さん、気をつけて参りましょう」
第一水雷戦隊、旗艦神通。
彼女を先頭として単縦陣で北上、夕立、響、綾波が出撃していく。
出撃において彼女達は普段と違い、艤装を纏っているのが特徴だ。日常で過ごす分には完全に人間と変わらないが、出撃、そして先程の演習においては人の身には過ぎた兵器をその身に纏う。
しかも今回は実弾。撃てば敵に大きなダメージを与える代物だ。その重みを感じながら、彼女達は戦場へと赴いていく。
「それじゃ、がんばるクマー」
続けて第二水雷戦隊、旗艦球磨。
以下川内、初霜、皐月、長門と単縦陣で出撃した。
両者は湾内へと出、二手に分かれながら航海していく。島々の間を抜けていき、四国へと南下。やがて瀬戸内海へと出ていくと、そこで北東と南西に分かれることになった。
今回は近海の警備に留められるため、ここまで足を延ばすだけにする。瀬戸内海となれば完全に国の中に入られている事になるが、だがここで確認される深海棲艦はどういうわけか弱い。
はぐれとでも言うべきか。
あるいは生まれ方が不明だが、もしかすると残骸から生まれているのか。あまりはっきりとした力を持たないものばかりなのだ。
そのため練習相手としては十分な敵である。
だからといって完全に油断するわけにもいかない。一歩間違えれば轟沈する。それが実戦というものだ。
北上していく第一水雷戦隊は比較的気楽に航行していた。神通という経験豊かな艦娘を旗艦に抱き、追従する北上、綾波という緩やかな性格。響もクールであり、夕立もどこか楽しげだ。
初めての実戦ではあるが、緊張というものをあまり感じていないらしい。神通はその点については安心感があった。がちがちになっていては訓練の成果を発揮しづらい。そうなれば無理な行動を起こすか、負傷が増えてしまうだろう。
その調子を戦闘でも維持してくれれば問題はなさそうだ。
「……電探に感あり。敵ですね」
神通が電探に手を添えながら告げる。その言葉に目を輝かせたのは夕立だった。
「敵っぽい? やっちゃうっぽい?」
主砲を手に目視するべく辺りを見回し始める。その反応に神通は肩越しに彼女を見た。航海している間も楽しげにしていたが、今は更にテンションが上がっている。
(訓練の際も思いましたが、どうやら好戦的ですね)
実戦訓練においてもより接近しようと提案したのは夕立だった。どうやらこの夕立は他の夕立よりも戦闘向きな思考をしているらしい。
艦娘は基本的にあまり性格は変わらない。どの鎮守府で建造されようと、基本的なベースというものは大本営が一人目の艦娘を構築した際に決まる。その構築されたデータを各鎮守府に設計図として送られるために起こる現象だ。
だが各鎮守府で誕生した後に、それぞれの場所でどのように過ごしたかで若干差異は生まれてくる。それもまた人間と同じだ。ごく稀に生まれた時から若干変化がある事もあるのだが、この夕立はそれに当たるのかもしれない。
あるいは訓練の際に楽しみを見出したのだろうか。そうなると神通の訓練の成果という事になるのだが……と、神通は少し困り眉になる。
「夕立ちゃん、はやる気持ちを抑えてね? 先走らないように」
「はーい」
神通が注意しながら電探の反応と、目視で敵を捜索。やがて遠くにその影が接近してきているのを確認した。
それは異形の存在といえるものだった。人の上あごのようなヘルメットをかぶった人が、艤装のようなものと人の下あごが一体化しているものに食われているかのような姿で航行している。
艤装は多くの砲門が見え、せわしなく辺りを見回すように砲身が動いている。
軽巡ホ級と呼ばれる存在だ。それに引き連れられるように、背後には三つの影が存在している。
魚の様な出で立ちをしている何かだ。
あるいは魚雷の様なもの、とも言うべきだろうか。だが生物の特徴である目や口が存在している。これは駆逐イ級と呼ばれる存在。深海棲艦の中で最初に確認された種類とされている。
深海棲艦の名称はいろは歌に従って呼称されるようになった。駆逐級からイで始まり、軽巡はホと順次につけられた。ということはロハニがいるということだが、今ここでは見かけられないようだ。
「軽巡ホ級1、駆逐イ級3ですね。では皆さん、砲雷撃戦用意!」
それぞれ主砲を手に射程に収めるように接近していく。向こうも神通達を視認したのか、ホ級の主砲が旋回して狙いを定めてきている。
神通は一度夕立に視線を向けたが、「砲門がこちらを向いています。旋回、加速。接近します。遅れないように」と指示を出して右へと旋回。北上達もそれに続いていくと、ホ級が発砲した。
それは先程まで神通らがいた所へと着弾する。あのまま進行していれば、響か綾波が着弾していたかもしれない。
そして気づけばT字有利の形態になっている。
自分達が進行している方向に対して、左か右で相手が縦に進行している状態だ。この状態の場合、自分達は砲門も魚雷も一斉に撃てる状態であり、自然と攻撃能力が高まる。
それに対して敵からすれば前に砲門を向ける事になる。その場合、前にいる味方に当ててしまいかねず、あるいは多くの砲門が前に向けられない状態にある。また魚雷もあまり前には撃てない。体勢を切り替えなければならないのだ。そのため攻撃力が下がってしまう。
「雷撃用意。撃ちます!」
指を二本立てて発射方向を指示し、一斉に魚雷を発射。ホ級達は神通達を追って真っ直ぐに突っ込んでくる。それに対して速度を一度落とし、回り込むようにしながら神通は動いていく。
左腕を構えると、腕にある砲がホ級らを狙う。北上達もそれに従って左に体を向けて狙いを定めていった。
「撃ち方、始めてください!」
砲撃音が響き渡る。放たれた弾丸は弧を描いてホ級らに迫り、数発は命中した。イ級の一体は撃沈したようだが、それ以外は生きている。
(初撃は外れ、ですか。……でも、夾叉はしているようですね)
その命中弾は神通と夕立のようだ、と神通は観測した。
夾叉は敵を挟み込むように水面に着弾した状態の事を言う。砲撃はある程度ブレがある。そのブレによって目標から少しずれた所へと着弾してしまう事はよくある事だ。今の砲撃を元に、誤差修正をして砲撃を何度か繰り返せば、どこかで命中する事が大いに期待できる状態。それが夾叉だ。
そして先程放った魚雷が残りのイ級に命中。言葉にならぬ悲鳴を上げて二体とも撃沈してしまった。
その出来事にホ級が頭を抱えて呻き声を上げている。ヘルメットのようなもので目元が隠れ、長い黒髪がかきむしられている様はなかなかにホラーだ。
何としてでも一人は連れていく、とばかりに砲門が旋回し、狙いを定めてくる。その先には響がいた。神通がそれに気づいて声を上げるより早く、夕立が後ろに手を伸ばして響の手を取る。
「綾波ちゃんは速度落として!」
夕立の叫びに反射的に綾波は返事をして速度を落とす。同時に響の体を引っ張ると、ホ級から放たれた弾丸が先程まで響がいた所を通過していく。その位置は響か綾波、どちらかに確実に当たった軌跡だった。
外した? と感じ取ったホ級は悔しそうな叫び声を上げている。
綾波が速度を戻して後ろに付くと、「……感謝する」と響が夕立に礼を述べた。
「……では、引導を渡しますよ」
神通の言葉に、全員が一斉に砲撃を行った。
今度は全弾命中。文字通り、引導を渡されてしまうホ級だった。
初戦は完全勝利。その事に夕立達が喜びに沸く。
「やったっぽい!」
「ハラショー」
「やーりましたー」
と喜びの声も雰囲気が違う。北上はというと、うんうんと頷くだけ。そんな彼女達の中で神通はじっと夕立を見つめていた。
神通が響に声をかけるより早く、夕立はホ級の狙いに感づいて行動した。
(ただ好戦的、というだけではないかもしれませんね。勘も鋭い? あるいは別の要因で気づいたのでしょうか。……これも、あのソロモンでの活躍をした夕立という艦娘の潜在的な力なのでしょうか……)
艦としての夕立といえば思い浮かぶのはソロモンでの最後の活躍だろう。その記憶があるならば、獅子奮迅の戦いをしてみせた影響で好戦的になるのも無理ない事だろう。
先代の呉鎮守府では夕立はいなかったので、この神通にとっては初めての夕立だ。上手く育てる事が出来たならば。
(良い水雷の力を発揮してくれることでしょう……。気を付けて育てなくてはなりませんね。……不死鳥も、黒豹も)
夕立だけではなく、響と綾波にも目を向けながら、神通はそう思うのだった。