呉鎮守府より   作:流星彗

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偵察機

 大型建造を可能とするための工廠改装工事が始まった。こちらもまた妖精の力を借りての工事なので拡張工事よりも早い、一、二日で完成するだろう。その間は工廠での作業が出来ないので、凪は別の仕事で時間を過ごす事となった。

 艦娘達の訓練の様子を窺い、書類整理を行い、夜は時間を見て東地達と話をする。

 一日目はそう過ごした凪だった。

 工事二日目、凪は鎮守府に備えられている資料室にいた。ここには在籍していた提督らの情報や、集まった情報、そして過去の海軍の軌跡などが収められている。

 その中には深海棲艦が出現する以前、すなわちかの大戦についての情報もまた存在している。

 ソロモン海戦の情報も存在し、そこにはヘンダーソン飛行場に対する夜間砲撃作戦についても記されている。他にも第一次から第三次にかけての戦いなども記され、犠牲になった艦も存在している。

 その中で挙げるならば、今回の戦いは第三次ソロモン海戦といえよう。

 この呉鎮守府に縁のある艦と言えば夕立や綾波などか。

 敵陣に切り込んでいってかく乱させ、多大な被害を与えて沈んでいった夕立。

 単騎で敵と相対し、しかし意地を見せて敵に被害をもたらす。その後乗員全員が避難、救助された後に大爆発を起こし、沈んでいった綾波。

 比叡もまた、かの戦いで沈んでいった戦艦だ。探照灯を使用した事による位置露呈の影響で敵艦隊の標的となり、集中砲撃を受け続ける事となる。その多大な被害を引きずりながら撤退を試みるも、夜明けと共に空襲にあい、なおも混乱状態が続行の果てに沈んでいった。その最期の現場には雪風もいたらしい。

 そういえばソロモン諸島にはコロンバンガラ島もあったか、と何となく思い出した。コロンバンガラ島といえば神通だろうか。彼女もまた雪風とは史実の二水戦で縁深い。

 そしてその雪風、北上、響は終戦まで生き残っていた艦……。

 こうしてみると呉一水戦は妙な繋がりが出来てしまっているな、と不意に気づいてしまった。あまり意図して出来たものではないので、偶然の産物とはいえ驚きだ。

 さて、ここに来た理由としては史実を振り返るという点では同じではあるが、ソロモン海戦について調べる事ではない。

 何か攻めに使える戦術がないかを調べにきたのだ。

 例えば凪が艦娘の装備として構築した煙幕。身を隠して戦域離脱に使用するだけでなく、どこから撃ってくるのかわからなくさせる、という点でも使える代物だ。複数で使用して取り囲めば、まさしく突撃態勢が出来上がり、相手を攻め落とすことが出来るだろう。

 夜間砲撃。飛行場に対して三式弾を撃ち込んだ作戦だ。昼ならば空襲が可能だが、夜となればそうはいかない。その弱点を突き、滑走路や施設を破壊して使えなくしようとしたものだ。今回、深海棲艦はその特徴を引き継いだ存在が生まれたので、もしかするとこの先もそういった敵が現れるのは間違いない。

 だが、それ以外にも何か使えるものはないか。

 装備改修による火力や命中向上だけでは足りない。

 また別の何かが欲しい。歯車と歯車が組み合わさり、一つが回ればもう一つも回る。そうして力が加わって大きな力を生み出すかのような、そんな何かが。

 ふと窓の外、遠くに艦載機が見えた。何となく本棚から離れて窓に近づくと、少し離れたところで空母達が鍛錬しているのが確認できた。模擬弾を使用して艦戦同士でドックファイトをしているようだった。

 少し見てみるか、と何となく凪は思い立って彼女達の元へと赴いた。

 

「くっ、なんか日々追いつかれている気がする……!」

「当然です。あなたがそうであるように、私もまた成長するのですから。いつまでも先輩面出来るものと思わない事ですね。それが嫌だと言うならば、精進しなさい」

 

 現場に着くと、また瑞鶴と加賀がいつものようなやり取りをしていた。どうやらドックファイトは加賀が勝利をおさめたらしい。瑞鶴が随分と悔しそうな表情で唸っている。

 千歳が凪に気づいて「おや、どうかされました?」と声をかけてきた。

 

「いや、ちょっと様子を見にきただけさ」

 

 空を見上げればまた艦戦達が舞い上がっていた。放ったのは飛龍と翔鶴であり、しばらく距離をとってから一気にぶつかり合っていく。

 いかに被害を抑えながら制空権を取りに行くか。被害を抑えれば未帰還の数が減るし、失われた艦載機を補充するための資源も減る。そして再び攻撃に転じる際のこちら側の戦力が残るという事でもある。

 飛行場姫という新たな敵の出現の影響か。空母達の士気が高まっていた。

 あれ一体でかなりの空戦に使える兵が大量展開出来るのだ。今回は奇襲によって勝利したが、次はそうはいかない。まともにぶつかり合えば、制空権を取りに行くことは難しいだろう。

 だからこそ、少ない犠牲で済むように、あるいはそんな中でももぎ取りに行けるだけの力をつけるために。彼女達は日々鍛錬を行っていた。

 

「でもやはりもう少し空母の仲間が欲しいでしょうか」

「他の鎮守府の方々と組める時は問題ないかもしれませんが、呉だけですと少々戦力不足な気がいたしますね」

 

 千歳と祥鳳がそう進言してきた。確かにそれは否定できない。

 呉鎮守府にいる空母は祥鳳、千歳、翔鶴、瑞鶴、加賀、飛龍の六人。その気になればこの空母だけで一隊が出来るが、護衛もつけずにそういう運用をするのは現実的ではない。

 ついでに言えば、戦艦の数も他の鎮守府に比べれば少ないかもしれない。

 長門、山城、日向、比叡、榛名、大和。だが種類で分ければきっちり二人ずつと言えよう。低速に長門と大和、航空戦艦に山城と日向、高速に比叡と榛名という具合だ。

 だがこの少数なのに、資材の減りはなかなかのものだった。今はその減らした資材を取り戻す期間といえる時間である。空母と戦艦だけでなく、他にも艦娘を充実させたい気持ちもないことはない。

 でも今は少しでも回復させておきたいところ、というのが今月の方針だった。

 

「まだしばらくはこのままかな。増やそうとは思うけどね」

「そうですか。ではその時を楽しみに待っていますね」

 

 資源回復に努める日々、それこそ大きな戦いの後に続く日常だ。

 美空大将から送られた新たな艦娘を生み出したい気持ちもないことはない。それよりも問題なく鎮守府の運営をする事こそ大事なこと。

 そう考えながらドックファイトの様子を見守り続ける。

 空を自由に舞う翼。これにより当時の戦法はがらりと変わった。

 大鑑巨砲主義の象徴である戦艦から、その射程外から艦載機を発艦させて敵を討ちにいく空母の時代の到来である。

 人の戦いというものは敵よりも遠くから攻撃してこそ有利とされる。

 素手から武器へ、武器は剣から槍へ、槍から更に遠くから攻撃できる弓へ。

 飛来してくる矢よりも、早く敵を撃てる銃へ。

 銃もまた砲へと変化を遂げ、海戦においては船に砲を装備する時代へ。

 そんな風に人の戦いは変化していった。

 より遠く、より強力な攻撃が出来るように、と変化していくならば、大鑑巨砲主義もまた、一つの時代と変化の中で廃れるのも当然の流れだった。

 だが艦娘の戦いならば、この二つは共存できる。

 空母達が制空権を確保し、その状態の中で戦艦達がその力を十全に発揮するという戦い。

 先の戦いの中でも、戦艦という頼もしき存在がいてこそ戦艦棲姫や飛行場姫を討つ事が出来たようなものだ。

 それに敵対してこそ分かる。

 やはり戦艦というものは、強力な砲を装備し、強固な装甲で身を守る。シンプルさを突き詰めて力を得た存在というのは、強大な敵なのだと改めて実感できる。

 

(――ふむ、空、か)

 

 ふと、凪の脳裏に一つの記述が思い出された。

 制空権を取った後ならば、安全に動けるものが艦載機以外にもいたはずだ。

 空戦が巻き起こっている状態ならば、とてもではないが出すに出せない存在。しかし安全が保障されているならば、悠々と飛び回り与えられた任務をこなすことが出来る。

 それにあのゲームでも確かこのシステムはあったはず。

 煙幕と同じく今の艦娘の戦闘においてはまだ訓練項目が存在していない。そのためどの鎮守府でもこのやり方は採用されていないため、一から仕込むことになってしまうが、幸い今なら時間はある。

 凪は「一つ用事を思い出した。訓練、頑張ってね」と手を挙げて走り去る。

 懐から通信機を取り出して「長門、今出てこられるかい?」と呼びかけると、彼女から是が返ってきた。

 

 

 工事三日目、それは完成した。

 大型建造を可能とするドック。通常の建造も変わらず可能であるが、必要に応じて大量の資材を投入する事で、それに合わせた新たな艦娘を作り出すことが出来るようにしたものだ。

 ついでに工廠も若干拡張、改装を行い、より多くの装備や資材を置くことが出来るようになっている。あまりにも早い工事ではあるが、これも妖精の力によるものだ。相変わらず、謎めいた存在である。

 さて、さっそく大型建造を――というわけにもいかない。これを動かすのは資材が溜まってからだ。

 業者に感謝を述べ報酬を渡して大淀に見送りをさせると、凪はすぐさま海へと向かう。

 そこには昨日に引き続いて長門をはじめとする艦娘達が集まっており、訓練を行っていた。

 いないのは空母達と、遠征に出ている水雷戦隊。それ以外の重巡や戦艦の艦娘達が各々偵察機を発艦させ、離れたところにある的へと砲撃を行っていた。

 弾着観測、というものがある。

 放った砲弾が目標に着弾する様子を確認し、目標とのずれがどれくらいのものかなどを観測するものだ。これは艦娘自身がずっと行ってきたものであり、各々がずれを修正していき、敵へと正確に砲撃を行っていく。

 だが今やっているのは艦娘だけでなく、それぞれが放った偵察機、観測機と共に弾着観測を行っている。あれらに搭乗している妖精達が着弾を確認し、ずれがどれくらいあるのかを艦娘達へと伝えている。

 艦娘の目から観測したものより、目標に近く、なおかつ空からしっかりと確認している妖精達の方が精度が高い。これはかつての大戦におけるものと同じだ。

 例えるならばスイカ割りだ。

 目標がスイカ、目隠しして棒を手にしているプレイヤーが艦娘、そして妖精はギャラリーだ。スイカを見ているギャラリーはプレイヤーへと「右、右! いや、行き過ぎ、もうちょい左!」と指示するだろう。これが着弾を観測した妖精が発する言葉だ。プレイヤーである艦娘はその指示を受け取って少しずつ修正していく。そして目標であるスイカにぴたっと合えば、「そう、そこだ! 全力でいけ!」と妖精が全力を出せと指示し、艦娘はそれを受けてどんどん砲撃を放てるということだ。

 この方法が上手く浸透し、戦術として組み込むことが出来たならば、艦娘達はより素晴らしい戦果を挙げる事が出来るはずだ。

 しかしこれを確立させるには必要なものがある。

 まずは零式水上偵察機や零式水上観測機。これがなくては始まらない。これらを装備できる艦娘の数だけ用意するのだ。

 そしてこの妖精との繋がりを強固なものにしなければならない。波長が合わなければ、妖精が観測したデータを瞬時に受け取り、理解する事が出来ない。それでは意味がない。

 偵察機を放ち、目標付近の上空へと到達し、砲撃してそれを観測。その結果を受け取り、修正して次の砲撃を放つ。偵察機の妖精自身の練度の高さと強固な絆があってこそ成り立つ事象。

 これが出来なければ、今までの弾着観測で充分なのだから。

 つまり艦娘だけでなく、妖精自身も練度が求められる。だからこそ時間が必要だ。

 どのように妖精との繋がりを深め、そして妖精自身の練度を高めるか。このプロセスを突き詰めなければ、大本営へと新たな戦法として報告することは出来ない。

 

「どうだい、長門?」

「方針としては悪くはない。だが偵察機の妖精との繋がり、というものは少々コツを掴むのに時間がかかりそうだな」

「砲の妖精とはまた違うのかい?」

「妖精ごとに個性があるからな。砲ならば普段から扱っているから何となく波長が合う。しかし偵察機は砲と違って今まで意識して使っていこう、と考えたことはない。だから若干合わせづらい」

 

 戦艦というものはやはり主砲や副砲に重きを置く。その一撃の威力で敵対勢力を粉砕していくのだ。だからその主砲や副砲の妖精達とは無意識であっても何となく波長が合い、言葉に出さずとも意思疎通が出来る。次いで相性がいいのは電探の妖精だろうか。

 呉の艦娘が偵察機を放つ、という事をしていたのは主に利根などの重巡や軽巡だ。それ以外の場合は主に空母が索敵を行っている。だから戦艦である長門が偵察機を使う機会は全然なく、意思疎通がしづらいというのはなんとなく理解できる。

 ふと、静かな笑い声が聞こえてきた。見ると、山城と日向が小さく体を震わせながら思わず漏れてしまっている、という風に笑っているのだ。

 

「ふ、ふふ、ふふふふ……これに関しては、どうやら私達に分があるようね、日向」

「ふふ、そうらしい。ようやく来たようだな、航空戦艦の時代が」

「な、なんだお前達。どうした?」

「悪いな、長門。偵察の妖精と波長を合わせる、という事に関しては一歩、いや二歩私達が先を行く。そう、この瑞雲ならな」

 

 と、誇らしげに二人はその手に乗せている瑞雲を見せてきた。気のせいか瑞雲妖精もまたどや顔をしながら腕を組んでいる。一方長門は「なん……だと……」と大げさに驚きながら引いている。

 

「どうやら瑞雲であっても弾着観測は一応出来るみたいでね……ふふふ、私達は偵察機や観測機ではなく、今まで慣れ親しんだ瑞雲でやらせてもらいます」

「瑞雲はいいぞ。最高だ。長門もどうだ?」

「勧められても、戦艦の艦娘である私には使えんぞ。無茶を言うな」

「残念だ。この瑞雲がもたらす快感、長門達にも感じてもらいたかったが、残念だ」

 

 残念だ、と口ではそう言いながらも、日向はどこか誇らしげである。

 長門が偵察機を使わなかった事に対して、航空戦艦であるこの二人は改装してから長きにわたって瑞雲を使ってきている。ならば容易に波長を合わせやすいのも納得というものだ。

 これも一つのデータとしてとることが出来たのは僥倖。

 航空戦艦も瑞雲を用いて弾着観測が可能である、という事と、波長を合わせやすい傾向にあるという事。と考えると、同じく瑞雲を使える最上型の改、航空巡洋艦ならば同じことが出来るのではないだろうか。

 とはいえ鈴谷はまだ改装していないので今はまだ試すことが出来ない。改装したら試してみる事にしよう。

 

「むむむ……、利根。少しコツを教えてもらってもいいだろうか」

「む? おお、構わんぞ」

 

 どんな形であれ先を行かれてしまった事が悔しかったのか、長門が利根の元へと教えを乞いに行った。瑞雲と言ったらこの二人だろうが、偵察機といえば利根だろう。筑摩もそうだが、この鎮守府において初期からの付き合いである利根を頼りに行ったようだ。

 こうして呉鎮守府の訓練に新たな項目が追加されることとなった。

 数日、数週間にかけて妖精とどのように波長を合わせるか。その方法はどうするべきか、そのコツは。

 制空権を取った後、偵察機らを飛ばし、弾着観測を行っていく方法。誤差修正の速さ、目標を撃ち抜く技術。

 これらを何度も試し、報告書へと纏めていく。

 だがこの呉鎮守府だけで成功しても、この方法が使えたのは呉鎮守府だけ、では意味がない。他の鎮守府での成功例が出てこそ、初めて広く使える技術であると証明できる。

 大本営へと報告するには協力者が必要だった。

 その候補者としてすぐに挙げられるとしたら、一人ぐらいなものだった。

 もう一人いるにはいるが、彼はかなり遠くにいる。残念だが、今回は彼ではなく、彼女に協力を仰ぐことにするのだった。

 

 




いつか来るか来るかと待ち焦がれた(?)敵連合実装。
からの秋イベ告知。



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