呉鎮守府より   作:流星彗

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聖夜

 

 クリスマス。

 西洋から伝来したイベントであり、12月の中でも老若男女が楽しみにするものといえる。人間がそうであるように、艦娘もまたイベントとなれば心が躍り、駆逐艦らはわくわくしているせいか笑みが抑えられていない。

 本日12月24日、佐世保からやってきていた淵上達も呉鎮守府でクリスマスを迎える事となったようで、共同でクリスマスパーティが行われる事になった。

 両艦隊による演習や訓練により、何となく偵察機を用いた弾着観測が使えるようにはなってきている。しかしぽんぽん、と出せるようなものではない。それに淵上が提案していた妖精からの視点も完全に使えるわけでもないので、まだまだ訓練は続くことになった。

 でもデータは多くとれている。

 艦娘からの報告も多く集まり、どうすれば効率よく訓練が出来るのかがわかってくる。そうすれば後に続く艦娘達がより早くこの技術を習得できるのだ。本当に佐世保艦隊、そして淵上の協力がありがたく感じる。

 だからこそそのお礼も兼ねて、クリスマスパーティが良いものであるようにしなければならない。

 その準備を進めていると、凪のパソコンに通信が入った。相手は美空大将だった。

 

「お疲れ様です、美空大将殿」

「お疲れ、海藤。そしてメリークリスマス。聞くところによると湊がそっちにいるそうだけど」

「ええ、いますよ。呼びましょうか?」

「それもいいけれど、後でプライベートで話すことにするわ。さて、今日は貴様にクリスマスプレゼントを渡そうと思ってね。用意が出来たから送ることにするわ」

 

 そうして送られてきたのは改二データだった。

 金剛改二、比叡改二。

 衣笠改二、木曾改二。

 中でも木曾改二は軽巡から雷巡への変化というオプションがついていた。史実では実現できなかった改装計画を、艦娘の改二として適応させたのだろう。それに伴ってか、あるいは北方迷彩なのか。見た目がまるで海賊風でなかなかかっこよくなっている。イケメンな女性とはこのことか。

 イメージが変わっていると言えば比叡改二や衣笠改二も同様か。比叡は短く髪がカットされて凛々しくなっている。衣笠はツインテールだったものがなくなって髪をおろすスタイルとなり、小さくサイドテールを結うものに変化している。

 これらはやはり改二になって成長するに伴う変化なのだろうか。一方金剛はというと見た目はあまり変わっておらず、艤装のパーツが変化するに留まっている。これは比叡も同様の変化がみられる。

 

「もう少しするとまた別の改二が完成しそうだから、そちらも楽しみに待ちなさい」

「ペースが速いですね。大丈夫なのですか?」

「今はとにかく戦力を整えたいと考えているわ。それは貴様も同じでしょう? 湊から聞いているわよ。力を求めずにはいられないのでしょう?」

「はは、そうですね。あの娘達を喪わないためには、迅速に敵を撃破するだけの力が、戦術が必要だと考えましたから。身を守るためにもやはり力が必要です。……俺に出来るのは、その方法を模索し、提案するだけですよ」

 

 艦娘達を喪いたくはないのは当然の想い。だから飛行場姫や戦艦棲姫のような強固な装甲を持つ敵が現れたとしても、それに勝てるだけの力を、戦術を求める。そうして見出したのが弾着観測射撃。

 的確に敵へと砲撃を仕掛け、更にはウィークポイントへと撃ち込めるだけの技術まで身につけることが出来れば、迅速に深海棲艦を撃破することが出来るのだ。

 恐らくこの戦術は呉や佐世保だけでなく、全ての鎮守府の艦娘達の大きな力となってくれるだろう。

 そうなれば凪は大本営に対してまた一つ貢献したことになるだろうが、別に凪はそういうものに対して興味はない。彼にとって戦果を挙げることや大本営に貢献するというものは執着する要素ではない。

 当然ながら上に上がる事にも興味を抱くことはない。

 彼が求めるのは平穏だけ。

 他人にとやかく言われることもなく、気の知れた友人と時折交流し、時に機械をいじりながら静かに日々を過ごす事。その中に艦娘が含まれるならばそれも良し。誰も喪わないために、彼女らがそれ相応の力が必要だと言うならば、それを用意するまでだ。

 それが彼の思考だった。

 

「それも良いでしょう。艦隊の練度を上げる事に繋がるのだから。貴様なりにあれらを守りなさい。そしてこれからも戦果を挙げなさい。そうすることで立場を守れば、貴様は呉提督として在り続ける。貴様の艦娘達もまた貴様から離れることはないわ」

「……はっ、肝に銘じます」

「それと、海藤」

 

 久しぶりの言葉が出てきた。「なんでしょう」と続きを促してみると、

 

「せっかくのクリスマスだもの。湊をよろしくね」

「…………何をよろしくするのでしょう?」

「おや? そういう気はないのかしら? クリスマスの夜に若い男女。なにか、あるでしょう?」

「あるわけないでしょう。それに、艦娘達も大勢いますから。あと、私としても別に淵上さんに気があるわけでもないです」

「そう? 多少なりともそういう気が芽生えたりしないのかしら? 私としてもぜひおすすめしておきたい可愛い姪なのだけれど」

「いやー、私としても可愛いとは思いますよ? でも可愛い後輩、ぐらいに留まっている状態でして」

「他に誰か気になる娘でもいるのかしら? でも、貴様の周りの女は艦娘ぐらいしかいないか。となると、まさか艦娘の中に?」

「ははは、ご冗談を。まさか艦娘相手にそういう気持ちを抱くなど」

 

 人間と艦娘が結ばれる、なんてあり得るわけがない。

 彼女達は見た目こそ人ではあるが、しかし人間ではない。

 大本営の中でも、そして美空大将も彼女達を兵器として扱っている。

 凪もまた彼女達は人間ではない事を理解しているが、しかし心ある存在としてみている。兵器ではあるが、完全なる機械(マシーン)ではない。

 共に戦う大切な仲間なのだから、当然情は浮かぶ。喪いたくはない、と思えるほどに。

 だからといって一線越えるなんてこと、出来るはずがあろうか。

 

 だが、なぜだろうか。

 頭の中には、彼女らが浮かんでいる。

 

 まさか、彼女達ならばそうなってもいいと潜在的に思っているとでもいうのか?

 そんな馬鹿な。

 

 いや違う。

 大切に思える艦娘として浮かんだだけだ。

 それに彼女達は就任時からずっと共に過ごしてきたんだ。そりゃあ浮かぶさ、と凪は眉間を揉んだ。

 

 そんな凪を見て思う所があったのだろう。

 くすり、と微笑を浮かべた美空大将は「なるほど。誰かは知らないけれど、その娘に湊は負けたか」と面白そうに呟いた。

 

「いえ、そういうわけでは……」

「構わん。だが、そうかそうか。安心した。貴様は普通に女に対してそういう意識を持てる輩なのだとな」

「……私は昔からノーマルなつもりです」

「そうか? いい年頃の男のくせに、浮いた話を一つも聞かないから、多少は心配もする」

「はぁ、そうですか……」

 

 何で美空大将にそういう心配をされなければいけないんだろうか、という言葉は飲み込んでおくことにした。

 しかし「そうか、ふむ……」と美空大将が何かを考え始める。

 

「あれらは兵器ではあるが、人となんら変わりはないものね。絆は生まれるし、情も移る。となれば……」

「美空大将殿?」

「――海藤。貴様、絆とか、想いの力って信じる性質?」

「……突然ですね。どうかされましたか?」

「いえね、ちょっとした思い付きが生まれたものでね。どうかしら? やはり、そんな不確定なものではなく、積み重ねた実力こそが正義かしら?」

「そうですね。戦闘においてそれは必要な要素だと考えています。でも、それだけではないと思っていますよ。鍛えられた力、揃えられた数だけで戦いが決まるものではない。戦っているのが意思や心があるものならば、必ずその力に想いは宿るはずです」

「…………」

「別に根性論を説くつもりもないです。そんなものよりも、誰かを守りたい、生き残りたい、そういう想いからも力は生まれる。特に絶対に助けるのだ、という意志からは信じられないような力が生まれます。でなければ、火事場の馬鹿力なんて言葉は生まれないでしょうから。こんなところで、よろしいでしょうか?」

「……ええ、参考になる意見だったわ。ありがとう。成功すればまた一つ、いいものが出来そうだわ」

「何かの助けになれたのならば良かったです」

 

 最後に挨拶を交わして通信を終える。

 しかし最後の質問は何だったのだろうか。新しいものを作るための参考にすると言っていたが、どんなものを作ろうというのか。

 意志の力。

 獣と違い知性あるものならば、それは生まれるだろう。

 それは深海側にも言えるだろうが、彼らは意志というよりも負の想いを束ねた力だろう。負の感情は時に恐るべき力を生むのは間違いないが、それをも喰らうのが強い意志が生み出す力ではないだろうか。

 

「ん?」

 

 そんな事を考えながら執務室を出ると、向こうから長門が歩いて来ていた。

 その手には白い袋が握られており、クリスマスという事を考えると、まるであの白いおひげが似合うあの人の持ち物に見える。

 

「それ、どうしたんだい?」

「む、いやなに、せっかくのクリスマスパーティだ。より雰囲気を出すべきじゃないか、という意見が上がってな。必要なものを用意してきたんだ」

「なるほど。……君がやるのかい? 長門」

「いやいや、私じゃなくて提督がやるべきだろう。ほら、ここにサンタ服もある。試着するか?」

 

 そう言って袋の中からサンタ帽、サンタ服、白いひげが出された。これをつければ凪も家庭のお父さんのように、仮装サンタの出来上がりだ。

 それを受け取った凪は少し苦笑を浮かべるだけ。

 凪にとってはクリスマスは微妙な気持ちになる日だった。

 かつて海軍に所属し、提督として腕を振るってきた父である海藤迅。

 ただの一度のミスを追及され、その責任を取る形で辞職したのがクリスマスの日だった。

 それまでは海軍として誇れる父親だった彼が、どこにでもいる一般の父親となった日。いつでも一緒にいられるようになったのはいいが、提督でなくなった迅は、どこかそれまで持っていた気迫や元気さがなくなっていたのが子供ながら察することが出来るくらいに、彼は変わってしまった。

 それでも、自分が培ってきた知識や経験などを教える時は少しだけ元気さを取り戻していた。そうでない時はただの海藤迅として過ごす日々。それもまた悪くはなかった。事実、それまで以上に家族が揃って過ごせていたのだから。

 それまではやらなかったサンタの格好をした迅。海軍の制服でも私服でもない格好をした彼。子供らしくサンタが来た! と喜ぶ心のどこかで、それよりも海軍の制服の方が良く似合っている、とうっすらと思う程に海藤迅のイメージには合わなかった。

 やっぱり提督としての海藤迅の活躍を聞いていた時の方が良かったかもしれない、と凪は思っていた。だからこそ、そんな迅を追い出した大本営に対する不信が強まったといえる。

 それが凪にとってのクリスマスの一番の思い出だった。

 

「どうかしたか? 提督」

「――いや、なんでもないよ」

「そうか? 失礼ながら、私の目にはそうでもなかったように映ったが。何かを思い出させてしまっただろうか」

「はは、参ったね。そういうの察されるくらいになってしまったか」

「これでも私はあなたの秘書艦を半年も務めているのだ。最初こそわからなかったが、今ではそうでもないと自負している。話せることならば、事情を聴いても?」

「うーん、そうだね……わかった。別に面白みのある話ではないのだけどね」

 

 そして凪は長門に迅の事について話した。相槌を交えながら静かに聞いていた長門は、やがて呟くように「そうか……」と頷いた。

 

「父君はご存命なのか?」

「うん。今でも大阪で母さんと一緒に静かに暮らしているよ」

「ここで提督をしている事を話すとか、帰郷するとか、そういった事は?」

「んー……年明けにはさすがに帰ろうかとは考えているけれど、でも今は色々とやる事あるしなあ」

「ならば一度は帰って、ゆっくり話してみてはいかがだろうか。こうして提督になって感じた事など、父君とゆっくり語り合う時間は必要だろう。ここの事は私に任せてもらって構わない」

 

 両親に関しては海軍のアカデミーには通うが、提督になるつもりはないと昔から言っていた。第三課に所属し、機械いじりをし続ける事も伝えていたし、両親もそれを承知の上で送り出してくれた。

 だから呉鎮守府に就任する際には母親にとても驚かれてしまった。迅はただ一言「頑張れ」としか言わなかった。

 たまに電話で、手紙で近況は伝えていたが、ゆっくりと話したことはない。鎮守府の仕事と艦娘達の事にかまけてばかりだった。

 今まで揺れていたが、長門の後押しがあるならば、と少し思うようになってきた。

 

「……わかった。じゃあ年が明けたら一度帰郷するよ」

「それがいい。それに提督よ。クリスマスの一番の思い出が、あなたが話したようなエピソードというのもいただけない。もちろんそれ以降は家族団欒の思い出があったかもしれない。それもまたあなたにとっても大事な思い出だ」

「…………」

「私は悪い思い出より、良い思い出を積み重ねてこそ、人はより心にゆとりを持てると思っている。家族団欒の思い出、そしてこの鎮守府で私達と共に過ごした思い出。それを以ってして、クリスマスは良き日であると改めて認識していただきたい。それに私としてはサンタ服を見て、先程のような微妙な笑顔は浮かべるものではないと思うからな。サンタとは人に幸福を運ぶ存在なのだろう?」

「ん、そうだね……」

 

 それに関しては認めるしかない。

 サンタは人を笑顔にさせる存在だ。この服を見てあんな表情を見せるものではない。特に駆逐達の前では。

 

「では、準備を進めるのでこれで失礼する。……ああ、あとそれを着られるのであれば、早めに試着をお願いしたい。サイズに問題があっては困るからな」

「ん、わかったよ」

 

 一礼して長門は去っていく。

 その背中を見送り、凪は手にしているサンタ服を見下ろした。

 昔は父が着ていた服。まさか自分がこの年でこの服を着る事になろうとは。

 遠い未来、子供が出来たら着るかもしれない、などと思った事もない。凪にとってこれは微妙な思い出の象徴なのだから。

 一度執務室へと戻り、鏡の前でサンタ服に着替えてみる。

 サイズ的には問題ないが、これを着ている自分を見て凪は別の意味で微妙な表情を浮かべた。

 

(に、似合ってねえ……)

 

 もう少し年を重ねれば似合ってくるのかもしれないが、今はどうにも首を傾げてしまう。

 でも、パーティなのだからそれでもいいかもしれない。

 時間が来るまではこれは置いておこう、とサンタ服を脱ぐ。制服に着なおした凪は準備を手伝うために、再び執務室を後にする。

 脳裏にはあの日の出来事が思い出されている。

 意識したせいか、あまり思い出したくもないのにちらついてしょうがない。無理に笑みを浮かべて、仕方がないという風に一言報告しながら帰ってきた父親の姿が。

 しかしそれを何とか振り切りながら、パーティ会場へと足を運んだ。

 




今年も来てしまいましたね。

3-3で逸れ逸れ逸れ逸れ!
1-5で爆雷をぽいぽいぽーい!

な、秋刀魚漁。
歌っているのは本当に誰なんでしょう……夕立はいるんでしょうけど。


そして横須賀イベで秋イベの報酬艦の情報解禁。
いやー、何とも豪華そうな気配ですね。
……その豪華さに見合う難易度かな??

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