呉鎮守府より   作:流星彗

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降誕祭

 

 

「えー、これより、クリスマスパーティを開催いたします。呉も佐世保も関係なく、みんなが楽しんでいただければと思います。乾杯」

『乾杯!』

 

 25日、昼を回った頃にクリスマスパーティが始まった。

 呉だけでなく、佐世保から来た間宮も料理作りに参加し、大量の料理が並べられている。クリスマスらしい料理が並び、中でもメインの七面鳥の丸焼きがどん! と皿に盛られているものが点々と提供されている。なかなかに奮発されている。

 デザートはもちろんクリスマスケーキだが、それは後で持ってくることになっている。

 美味しい料理に舌鼓を打つ艦娘達。特にメインである七面鳥の人気はさすがのものだ。しかしそれを拒否する娘も中にはいるらしい。

 

「ほら瑞鶴。メインのこれ、美味しいわよ。あなたもどう?」

「い、いらない! 私、それだけは食べないから!」

「えぇ? こんなに美味しいのに……」

 

 その様子を離れたところで七面鳥を食べながら眺めていた凪は(やっぱりターキー・ショットネタかなぁ……)と思いながら、もぐもぐと咀嚼する。

 大戦後期となってくると、敵艦隊の練度上昇だけでなく、防空のための装備も整ってきた状況。対して帝国海軍は空母や熟練搭乗員の喪失が詰み重なってきた。訓練もままならない未熟な兵が艦載機に搭乗し、出撃していく事となる。

 そのため次々と艦載機が叩き落とされていき、それを敵兵がターキー・ショットと呼んだようだ。

 そういう史実があるせいか、瑞鶴は七面鳥という言葉に反応する。それが実物であったとしても同様らしい。

 

「牛か豚のメインあったっけ……」

 

 七面鳥の丸焼きがダメなだけで、それ以外の肉ならば瑞鶴は食べられる。机に並んでいる料理を見回してみると、ローストビーフがあったので「瑞鶴ー、こっちに牛があるから、それ食っていきなよ」と呼びかけてやる。

 翔鶴の七面鳥から逃げていた瑞鶴は凪の言葉に振り返り、「じゃ、じゃあそれもらう! ということで翔鶴姉ぇ、それは、いらないから!」と小皿にローストビーフを盛り付けていった。

 

「ありがと、提督さ――って、提督さんのそれって?」

「ん? おお、すまん。七面鳥だわ」

「くっ……もぉーやだぁーーー!!」

 

 ちょっと涙目になって瑞鶴が翔鶴だけでなく凪からも逃げていった。悪い事したかな、と頬を掻きながら瑞鶴が走り去った方を見やる。そちらには両鎮守府の戦艦娘が集まっている。

 大飯食らいが揃っているせいか、他の席よりも多めに料理が盛られている気がする。

 佐世保の艦娘達は大和が気になっているらしく、よく話しかけている。

 だがこの大和の前世があの南方棲戦姫である事は知られていない。大和の事は奇妙な要因が重なって作られてしまった、とされている。その「奇妙な要因」こそが南方棲戦姫が転生した現象なのだが、姪である淵上にも美空大将は教えなかったらしい。

 

「こうしてお会いするのは光栄です、大和さん。霧島です」

「霧島……金剛型の四女ね。……本当に霧島?」

「ええ、何か気になる事でも?」

「いえね、おぼろげながら存在する知識には、戦艦と殴り合いをするほどの猛々しさを持っていたのに、その気配がないものだから」

「ああ、そんな事もありましたね。でも、艦娘としての私は頭脳派な女性でいこうかと」

「そう。でも、そうね。かの二水戦旗艦もあんな性格をしていますからね。そういうものかしら」

(内面はそうでもないみたいだけど)

 

 酒を口に含みながら横目で神通を探す。

 霧島はソロモン海戦において戦艦と戦艦の殴り合いをした過去がある。とはいえ相手をした戦艦サウスダコタは綾波との戦いにおいて負傷していたのだが、それでも数少ない戦艦同士の戦いを繰り広げた艦であることは間違いない。

 そして神通もまた色々と逸話を持っているが、艦娘となった彼女は大人しく控えめな性格をしている。綾波もまた同様だ。

 武闘派だった艦娘は変化する際に大人しくなるように調整されているのだろうか、と推測してしまう程に共通している。

 なお、大和は大本営が発行したデータを引用して艦娘の姿を得てはいるが、中身は南方棲戦姫からの転生なので、性格などは南方棲戦姫が作られた際に形成されたものがそのまま受け継がれている。

 本来の艦娘の大和の性格がどうだったのか、他の鎮守府で生まれなければわからない。

 そのため初対面である佐世保の戦艦娘達もこの大和を普通に受け入れている。

 

「大和さんも戦艦棲姫とやりあったそうですね? 噂は聞いていますよ」

「ええ、そうね。うちの水雷組などの援護があっての戦いだったけれど、なかなか楽しかったですよ。火力と火力のぶつかり合い、戦艦らしくて滾るものがあったかしら。……相手も武蔵だったしね」

「武蔵? あの戦艦棲姫の中身デスか?」

「あれ自身がそう名乗ったわ。私もあれの中に私と似た気配を感じ取ったし、ほぼ間違いない。奇しくも大和と武蔵による戦いが実現してしまった、というわけよ」

 

 艦に関わる者ならば誰もが妄想したかもしれない、大和と武蔵がぶつかったらどうなるのか。艦娘と深海棲艦という形ではあるが、あのソロモンの海で妄想が現実となってしまった。

 その意味を噛みしめていくと、金剛と霧島がごくりと息を呑んだ。

 戦場が違っていたために戦いの光景は見れず、噂に聞くだけだった金剛と霧島。お互い砲弾を撃ち合い、そしてその身に受けながらも戦いを続行したという。大和型ならば主砲は46cm三連装砲。艦娘となったとしても、その威力は金剛型が使用する35.6cm連装砲など比べ物にならない。

 それをお互い撃ち合い、何度も負傷しながらも戦闘続行したのだ。

 それだけでも戦艦娘としてのタフネスさ、装甲の硬さを感じるし、それを以ってして相手を打ち破った火力の高さも感じられる。

 戦艦として正しく尊敬の念を抱くにふさわしい功績だ。

 

「夏に生まれたばかりなのにそれだけの戦果。やはり、持ち前のスペックがあってこそでしょうか?」

「確かにそれもあるでしょう。でも、だからといって研鑽を怠ったつもりもない。私にはね、越えねばならない相手がいますからね」

「それは誰デス?」

「そこにいるうちの秘書艦。競い合う相手がいる、というのはいいものね。越えるべき存在がいるならば今の自分に満足する事はない。だから私は歩みを止める事がない。例えかつての最高の戦艦といえども、私は艦娘となってはまだまだ短い時間でしか過ごしていない。練度でいえば長門に全然負けているもの。……だから、追いかけることが出来る」

「だからといって、何度も何度も勝負を挑まれる身にもなってほしいものだな」

「そう言って、長門も楽しんでいるでしょう? 貴様も負けず嫌いだというのはわかっているんですから。いっつもつれないことを言っている割には、私に付き合ってくれている。……ああ、これが響から聞いた『ツンデレ』というものなのかしら?」

「よし、口を開けろ大和。喋りすぎるその口に酒でも料理でも突っ込めば黙るだろう?」

「あら、酌をしてくれるの? 嬉しいわ、長門。グラスは、ここですよ?」

「ああ、私自らが手酌をしてやるから、口を、開けろッ!!」

 

 日本酒の瓶を手に大和へと接近し、顎に手を当てて強引に口を開かせる長門だが、大和も大和で長門の腕を掴んで口ではなくグラスの方へと注がせようと抵抗する。

 どちらもかなり力を入れているらしく、微妙に体を震わせながら一進一退の攻防を繰り広げている。「ちょ、こぼれ、こぼれますって!」と霧島が止めにかかろうとするが、山城が疲れた表情を見せながら「放っておきなさい。いつものことだから……」とため息をついている。

 

「あの二人はいつもあんな感じだからそう気にする事はない。我々で飲み合うとしようじゃないか。さあ、扶桑。お前も飲むといい。そして瑞雲の弾着観測での動かし方を語り合おうじゃないか」

「ま、まだ続けるの、日向……? もう充分私としては話を聞いたと思うのだけれど……」

 

 隣の席では航空戦艦の三人が飲んでいた。山城と日向、そして佐世保の扶桑である。

 酒が入って饒舌になっていたのか、長門と大和が騒いでいる横で、日向もまた二人へと語り続けていたらしい。

 

「ふっ、まだ上手く爆撃する方法しか語っていないぞ。むしろ爆撃の後、妖精の視界に収めながら観測射撃に移行するのが肝心じゃないか。まだ酒や料理は残っている」

「……何なのかしらね、最近の日向。あんた、少しおかしいわよ? 前はそんなんじゃなかったはずなのに……」

「そうなの?」

「なに山城、心配する事はない。私達は航空戦艦。ただの戦艦ではない。航空戦艦らしく、瑞雲を上手く使って敵を殲滅する事こそ在るべき姿。山城、扶桑よ、瑞雲と共にこの航空戦艦の道を突き進もうじゃないか!」

「あんた、酔ってるでしょ? そうなんでしょ!? ちょっとー! 誰か! この瑞雲バカになった日向を入渠させてくれないかしら!?」

「バカ結構! そんなことよりも、私としては新たなる瑞雲などを開発していただきたいところだ! ただの瑞雲もいいが、これでは物足りなくなってきてな……!」

「同期がこんなにバカになってくるなんて、ふ、不幸だわ……」

 

 そう呟いて机に突っ伏する山城。山城がダウンしたならと、日向は対面にいる扶桑へと更に語り続けていく。彼女の表情が引き気味から無になっていくのも気にすることなく、日向の語りは終わる事はない。

 これはそっとしておこう、と凪はそちらに向かわず、水雷組が集まっている席へと座った。そこには淵上もおり、静々と料理を堪能していた。

 

「どうも、楽しんでるかい?」

「ええ、それなりに。艦娘達の交流もいい感じみたいだし、誘ってくれてありがたいと思っていますよ」

「それは良かった。……で、朝に聞いたけど、この後……やるんだって?」

「みたいですよ。一応準備は問題なく進んでいたはずですし、そちらの神通が色々手回ししたらしいですけれど」

 

 淵上から提案されたレクリエーション。凪は今日の朝にそれを聞き、驚きはしたものの既に準備は完了しており、そしてレクリエーションならば艦娘達も楽しめるだろうと許可した。

 程よく料理を楽しんだところでステージに佐世保の那珂が登壇する。

 

「みんなー! クリスマスパーティ、楽しんでるかなー? 招いてくれた呉のみんな、本当にありがとー!」

「ほんと、那珂はこういう場では率先して動くね」

「自称艦隊のアイドルですからね。……ま、ああいう姿を見ると、らしく見えるから流石です」

 

 那珂の挨拶が進むと、「まずはオープニング! 那珂ちゃんの歌を聴けぇー!!」と叫び、音楽がスピーカーから流れてくる。それだけでなく合いの手まで聞こえてくるのだがどういうことだろうか。

 

「……え? いつこれ収録したの?」

「あたしは知りませんよ。那珂のああいう活動にはノータッチですから」

「しかも妙に上手いし、ダンスもしてるし。相当練習してるでしょ、あれ」

 

 一部の佐世保の艦娘達も合いの手で盛り上がっているから、恐らく佐世保の方で曲などの準備をしていたんだろうが……ここまでいくと自称では収まらないだろう。

 音楽が良く、歌も上手く、観客と一体になって盛り上がる曲となれば、自然と呉の艦娘達も乗ってくる。正しくオープニングとしては素晴らしい流れではないだろうか。

 その曲のテンポの良さから凪も何となく体が乗り始めてきてしまい、「……乗ってます?」と淵上に怪訝な表情で突っ込まれてしまった。「だって、ねえ? なんかいい感じに聞こえてきてね……ははは」と苦笑を浮かべてしまう。

 フルコーラスで歌い終えた那珂は「いい盛り上がりだったよー! ありがとー! それじゃあこれより、鎮守府対抗戦を始めるよー!」と拳を突き上げた。

 いよいよ急遽追加されたレクリエーションが始まる事となる。

 種目は全部バラバラであり、合計三回の勝負を行っていく事になる。

 

「勝利した鎮守府には、間宮さん特製のクリスマスケーキがプレゼントされるよー! 豪華なケーキに仕上がるみたいだから、みんな頑張ってねー! それじゃあ始めていこうかー!」

 

 間宮さん特製のクリスマスケーキ、という報酬に明らかに艦娘達の目の色が変わった。間宮さんのデザート、というだけでも旨味があるが、それもクリスマスケーキともなればどれだけのデザートになるだろうか。何としてでも食べたい、すなわち勝たなければならない、と気合も入る。

 なるほど、確かにこれは効果覿面だ。神通も考えたな、と淵上は神通の報酬設定に感嘆する。

 マイクを手にしながら手でステージの脇を示すと、妖精達が運んできたセットが姿を現す。

 

「まずは一回戦! 水雷戦隊による射的だよー! ルールは簡単! 次々と現れる的を撃ち抜いていくだけ! 三本勝負で二勝した方が勝ちだよ! さあ、参戦する水雷戦隊のメンバーさんを選んでねー」

 

 その言葉に呉と佐世保の水雷組が相談を始める。席は一緒だったが、相談となれば当然距離を取る。

 呉の水雷組はやはりと言うべきか、誰もがやりたいと名乗り出る。特に勝負事が好きな夕立は元気よく手を挙げていた。本気の勝負ならば一水戦のメンバーの誰かを推せばいいだろうが、今回はレクリエーションだ。二水戦以下のメンバーを推しておきたい。

 選ぶのは水雷の長である神通。射的となると、命中率の成績がいい娘を選ぶといい、と考え、吹雪、初霜、三日月を選んだ。

 佐世保は誰だろう? と見れば暁、黒潮、初風だった。

 三人ずつ射的台の前に立つと、那珂がルール説明を始める。

 

「妖精さん達が次々と的を立てるから、制限時間内にそれらを撃っちゃってね~。銃は用意されたものを使ってね。一人ずつ同時にやって、命中弾が多い方が勝ち! 簡単だね!」

「武器が変わっても、いつも通りの射撃をすれば大丈夫ですね。落ち着いてやれば問題ありません。頑張ってください」

 

 にっこり笑ってぐっと拳を握って神通も選手を応援する。

 うん、神通さんは小道具とはいえ武器を選ばず、そしてこういう場だろうと冷静な射撃が出来るんだろうな~と呉の駆逐達は思った。

 何気に那珂も「簡単だね!」と笑顔で言える辺り、同じように出来るんじゃないかと思える。これが、一水戦旗艦を務める軽巡ならではの余裕なのか、あるいは川内型がおかしいのか。

 ちらりと川内の方を見てみるが、当の本人はもぐもぐと料理を堪能していた。視線に気づくと「ん?」と小首を傾げ、ああ、と気づいたように吹雪たちへとがんばれ、と言うかのように親指を立てた。

 

「じゃあ一人目、行ってみよー!」

「では私が」

「ふふ、れでぃーならここで流れを掴むものよ!」

 

 三日月と暁が用意されていた銃を手にする。妖精の力が入っているようで、弾は自動で装填されていく事になっていくようだ。そのため装填の手間は省かれる。カウントする妖精と、時間を確認する妖精が控える中、司会の那珂がカウントダウンを始める。

 

「制限時間1分! 5、4、3、2、1、スタート!」

 

 標的は祭りの屋台にある射的屋のようなものだ。

 三段構成になっている列に無差別に木の的が立てられ、それを撃ち抜けばポイントになる。どれを立ててくるのかは妖精達の気まぐれであり、それがより狙いを定めづらくさせる。

 普段から深海棲艦相手に高い命中弾を出しているならば、落ち着いてやれば問題ないだろう。そこは神通の言うとおりだ。妖精の意図に揺さぶられることなく、立った的を次々に撃てばいいだけの話。

 そういう意味では三日月と暁を比べると、三日月は落ち着いており、暁は表情からして落ち着いていない。むむむ、と頬を少し膨らませながら撃っている。明らかに妖精に揺さぶられている。

 なにせ立てるのか? と思ったらひっかけで下げるパターンもあるのだ。これは中っただろ! と思った弾が下げられた的の上をすり抜ける。それに苛立たせられれば、狙いが少しずつぶれてくる。

 対して三日月は一筋の汗を流している。揺さぶられないように、と自身に言い聞かせながら、落ち着いてポイントを稼いでいる。

 その差が、勝負の分かれ目となった。

 

「しゅーりょー! さあ、ポイントは~? 三日月ちゃん26点、暁ちゃん22点で、一回戦は呉鎮の勝ち!」

「ふぅ……何とかなりましたね」

「むぅー! もぅ! ちょっとひっかけ多すぎじゃないかしら!」

「そりゃあ揺さぶりは基本だよ暁ちゃん。素直に撃たれてくれる敵なんていないんだしさー。そこを何とか落ち着いて処理していくのも大事だよねー。木曾ちゃーん、暁ちゃんにジュースあげちゃってー!」

「はいよ。ほら、飲め、暁。そして後に続く二人を応援してやりな」

 

 司会をやっていても、佐世保の一水戦旗艦としての言葉もかける那珂。

 ちなみに的の操作をしている妖精だが、呉台は呉の妖精、佐世保台は佐世保の装備妖精が動かしている、と那珂が補足した。なので、別に呉の妖精達が呉側を勝たせるためにわざとそういう事をしているわけじゃあない、と告げたので、不正はなかった。

 そう言われてはこれ以上文句の言いようがない。暁は木曾に連れられて、大人しく下がり、渡されたジュースをちびちびと飲み始める。

 

「よく頑張りましたね。おつかれさまです、三日月ちゃん」

「ありがとうございます、神通さん」

「ナイスファイトだったよ、三日月ちゃん。よーし、私も負けてられない!」

「気負わないように頑張ってください」

「……そんじゃ、さくっと勝ち点取り戻しますか。黒潮にバトン渡せないんじゃあ困るもんね」

「よろしゅう頼むでー」

 

 吹雪と初風が位置につく中、凪はいつの間にか傍にやってきた神通に酌をしてもらいながら見守っている。さっきまで三日月を出迎えていたのに、一瞬の移動か? と息を呑むものの、よくある事なので深くは気にしないでおくことにした。

 

「まずは一勝、いい出だしだね」

「ええ。三日月ちゃんは少し落ち着いた娘ですからね。揺らがず、確実に点を取って勝利すると思いましたので、最初に出しましたが当たりましたね」

「そして吹雪で締める、と」

 

 凪が紅茶を口にしながら呟けば、神通も肯定するように頷いた。

 

「それじゃあ二回戦いってみようかー!」

 

 カウントダウンが行われ、吹雪と初風が射撃を始める。

 二人とも悪くない出だしだ。放てば中る。妖精の揺さぶりにも揺らがず、的確にポイントを稼いでいる。

 吹雪はここで勝てば射的勝負が勝つ、初風が勝てば三回戦にもつれ込みだ。吹雪の射撃の成績は三水戦の駆逐の中ではトップ。だからこそ神通はそれを生かせれば、と選んだのだろう。

 この二つの要因が吹雪の両肩にのしかかる。プレッシャーを感じないわけがない。

 一方初風もここで負けたら佐世保は黒星スタート。負けるわけにはいかない、と気負いかねない状況だ。事実、その表情にうっすらと苦味が見え隠れしている。

 勝たなければならない。

 共通する想いはこの一点。

 だからミスは許されない。例えこれがレクリエーション――簡単に言ってしまえばただのゲームだとしても鎮守府対抗戦。鎮守府の代表として戦っているのだから、ゲームだろうと負けられない。

 自分で自分を追い込んでしまっているが、二人はそれでも点数を稼ぐ。

 たったの1分の勝負が、二倍、三倍にも感じられる時間の中、妖精の揺さぶりがここに来て効いてきた。

 

「っ……!?」

 

 外した。

 吹雪がここにきて一点を逃した。

 初風もそれに気づいたらしいが、油断はしない。自分もそれに引きずられては終わ――

 

「ん、く……!」

 

 呉の妖精に続いて佐世保の妖精も揺さぶりなら負けてらんねぇ! と言わんばかりに激しく動き出し、それによって初風もミスをしてしまった。

 吹雪も「えぇ……なにこれぇ!?」と困惑してしまう程の的の動き。ただ立てるか伏せるかの動きだったはずが、横にも動き、上下にも動き出している。

 

「おぉっとなんだこれはぁ!? 的が、しっちゃかめっちゃかに動いてるぅ! ちょっと、妖精さん!? しっかりやってー!!」

 

 これは艦娘同士の戦いだというのに、妖精までそれに乗られてはポイントを稼ぐどころではない。しかしまだタイムアップしていないので、二人は少しでも多く的を撃ち続ける。

 そうしてようやく時間が来た。

 荒い息が二人の小さな口から漏れて出る。呼吸を整えると、先に手を挙げたのは初風だった。

 

「ちょっと、あの妖精達なに!? 途中からおかしかったんだけど!」

「うーん、那珂ちゃんに文句言われてもなあ……。あくまでも那珂ちゃんは司会であって、妖精さん達は舞台裏のスタッフだし……。でも盛り上げてくれるのはいいとして、あの動きは那珂ちゃん的にもどうかと思うし……スタッフ、スタッフぅ~! そこんところどうかな~?」

 

 射的台に呼びかけてみると、的を動かしていた妖精達がそれぞれの段に登ってぎゃーぎゃーと騒いでいる。呉と佐世保がお互いに指さしてなんやかんやと騒いでいるようだが、残念ながら凪や淵上には妖精の言葉は理解出来ない。

 那珂がふむふむ、と頷き、二人のためにある程度翻訳してくれた。

 なんでも、「向こうが気合を入れてんなら、こっちも負けてらんねえ。裏方だろうが演出で勝負じゃワレ!」と、熱が入ったらしい。やっぱりそういう事だったようだ。

 

「んー……、まあ、妖精さん達も戦いの熱気に飲まれたってことなのかな。では改めてそれぞれのポイントを確認してみようかー。えっと? 吹雪ちゃん19点、初風ちゃん18点……! あーっと、惜しくも1点差で吹雪ちゃんの勝利! この時点で2勝している呉鎮が勝利スタートだぁー!?」

「はぁー……良かったぁー……」

「くっ、ごめん……黒潮」

「ええてええて、うちかてあんなんやられたら参るわ。おつかれ、初風」

 

 二本先取なので、射的対決はこれで終了。次の戦いへと移行する事になる。

 まだやんややんやと言い合っているらしい妖精達を乗せた射的台を大淀達が下げていく中で、戦い終えた駆逐達へと神通が「おつかれさまです。良い戦いでしたよ」と労いの言葉をかけてやった。すると吹雪達も「ありがとうございます!」と一斉に頭を下げる。

 そして佐世保の方はというと、

 

「ま、気にする事はないって! ここから取り返していけばいいんだしさ。楽しめたかどうかが一番だよ。でも、今度ちょーっと課題を増やそうかなぁ~?」

「えぇ、マジっすか那珂さん? うちら全員?」

「水雷全員だよ! 大丈夫、那珂ちゃんもそこまで鬼じゃあないからね。命中弾を増やせるかどうかの訓練だからね~」

「絶対ちょっとどころやないやろ……こらあかんわ……」

 

 とほほ、といった表情で席に戻っていく黒潮達を見送り、那珂がレクリエーションを進行させる。アイドルしていても、彼女もこの神通の妹なのだ。そしてかつては四水戦の旗艦を務めていた武勲艦。

 ああ見えて意外と武闘派なのが、軽巡那珂という艦娘である。

 

「えー、呉鎮有利で始まった鎮守府対抗戦だけど、まだまだ始まったばかりだから佐世鎮も頑張っていこー! 二回戦の種目は、これだぁー!」

 

 




秋イベ日時が発表されましたね。

イベで個人的に楽しみにしているのは、
BGMと新たなる深海棲艦なんですよね。
今回のラスボスは誰だろう、とか考えていたりしています。

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