次の勝負に使うものが運ばれてくる。
今度は一つのボードだ。大きな円形のそれには色分けされて塗られており、それぞれポイントが書き込まれている。中心に向かう程にポイントが高くなっているそれは、
「二回戦はダーツ! 使うものは用意されたこの矢だよー。一人二回プレイ、三人でポイントを稼ぎ、最後にその合計ポイントで勝敗が決まるよー。参加条件は誰でも良し! 腕に自信がある娘、名乗り出ていこうー!」
用意されたボードには中心が1000点。そこから外になるにつれて500点、300点、100点というシンプルなものになっている。
本来のものならば色々と点が分かれており、更に二倍のエリアなども設けられているのだが、そこまで複雑で本格的なものではなく、もっと気楽に出来るようにとこのような点数となったようだ。
さあ、いったい誰が挑むのか。
後がない佐世保鎮守府からは、「さっきの借りを返させてもらうか。俺が出よう」と木曾が名乗りを上げる。それに対し呉鎮守府からは「じゃああたしが行こうかな」と阿武隈が挙手する。
じゃんけんをすると、阿武隈が勝ったので先行は彼女ということになった。
矢を構え、慎重に狙いを定める。
中心を狙いたいがそう上手くいくものでもない。だからといってあまりに外すぎるとボードに刺さらずに0点になってしまう。力加減が少し難しいが、安定して点を取りに行く、という狙い方でいいだろう、と阿武隈は考える。
有利ではあるが攻める必要はない。
確実に点を取って次に繋げよう。
そうして放たれた矢は、300点のエリアに突き刺さった。
「……ふぅ」
無難だが、これでいいと阿武隈は落ち着くために息をつく。
そしてもう一本を構え、今のリズムを崩さないためにそう時間をおかずに放った。それは500点と300点のエリアに突き刺さった。
「おっと、これはちょっとチェック入りまーす」
那珂がボードへと近づき、矢をそっと抜いて穴を確認した。
こういう境目が怪しい場合は穴を確認し、穴が広い方のエリアの点を採用する。その結果、300点エリアの方に広く穴が広がっていたので、「これは、300点だねー。ということで阿武隈ちゃんは600点獲得!」と那珂がアナウンスする。
まずまずの出だしではないだろうか。呉鎮守府の艦娘達もおつかれ、と声をかけて阿武隈を称える。
その中で木曾が矢を受け取りながら「普通に点を取っていくスタイルか。悪くはないが、良くもないな」と不敵に笑う。
「どちらにせよ、こっちは攻めるしか勝ちの目を拾いに行けないんでね。攻めさせて――もらうッ!」
位置について狙いを定めると、すぐさま矢を放った。弧を描いて放たれた矢は、500点エリアの右上に突き刺さる。
「おぉーっと!? いきなり500点! 木曾ちゃんやるぅー!」
「そんでもって、こうだッ!」
更に二の矢を放てば、ほぼ中心に向かって矢が飛び、突き刺さる。その命中に佐世保の艦娘達が湧き上がるのも無理はない。これはいったか!? 木曾さんかっこいい―! と、黄色い声援まで上がっている。
那珂がすかさずチェックに向かう。1000点持っていかれ、合計して1500点にでもなったらまずいことになる。安定を取ったのは間違いだったか? と阿武隈が唇を噛みながら祈る中、矢をそっと抜いて穴を確認した那珂。
「……これは、500点だねー。ということで木曾ちゃん、合計1000点!」
「ちっ、僅かに調整が足りなかったか……。俺もまだまだだな」
少し悔しげに右手で矢を放つ動作をする。もう少し中心に寄っていれば、1000点だったのは間違いない。そのもう少しに届かなかったのだ。取れていれば一気に点を離して有利に立てたというのだから仕方がない。
「少し守りに入りすぎたねー。堅実なのもいいけれど、やっぱ攻める気持ちも大事よねー」
「むぅー……」
阿武隈が席に戻ると、北上が頬杖をつき、左手を軽く振りながらそう声をかけてきた。少し頬を膨らませながら阿武隈が席に着く中でも、
「阿武隈は控えめすぎるんだよねー。もう少し自信を持ってがんがんいかなきゃー」
「北上さんだったらどうしてたの?」
「あたし? まぁーてきとーに、それでもってずばっとやっちまうかなー」
「てきとーって、それじゃああたしより悪くなるかもしれないじゃない」
「それでも悪くない点数を取れる気がするんだよねー。あたしってば、スーパー……いや、ハイパー北上様だからねー。あっちの木曾くらいの点数は最低限取れそうな気がする」
「むぅーなによ、じゃあ次北上さんが行けばいいじゃない!」
「やだよ、めんどくさい。あたしはここでゆーっくり眺めている方が性にあってるのさー」
「ん゛ん゛っ……!?」
はははーと気の抜けた笑い声をあげる北上に、さすがに苛立ってきたのか、阿武隈が先程以上に頬を膨らませて唸りだす。そんな阿武隈を面白そうに見ながら、膨らんだ頬を指で突く。「やーらかいねー。それじゃあ阿武隈じゃなくて、アブゥって感じー?」と、口から出る音を示しながらからからと笑う。
そうまでからかわれては阿武隈も顔を少し赤くしながらぷりぷりと怒り出し、ぽかぽかと北上を叩き始めた。
「さぁー一回戦を終えて呉鎮が600点、佐世鎮が1000点という結果になってるよー。二回戦でこの差がどうなるか、注目だねー! 次のプレイヤー、いってみようかー!」
現在の差は400点。佐世保としてはここから更に差を広げて勝利を確実なものにしたいだろう。となればこういうものに腕に自信がある艦娘が名乗り出るだろう。誰だろうか、と見ていると、「うちが行くわ。任しときぃ」と龍驤が立ち上がる。
軽空母である龍驤が出るのか、と呉の艦娘達が少しざわつく。ならばこちらも空母の誰かが行くか? という空気になり、「だったら私が行くわ」と瑞鶴が立ち上がる。
「大丈夫、瑞鶴?」
「ふふん、任せときなさいって。一気に点数稼いで追いついてやるんだから!」
「今度は空母対決となったみたいだねー。呉鎮からは瑞鶴ちゃん、佐世鎮からは龍驤ちゃんが出る事になったよー! さっきは呉鎮スタートだったから、今度は龍驤ちゃんから投げてもらおうかな」
「うちからか。よっしゃ、やったろうやないの。うちは主力やからな。かるーく点を引き離したるわ」
「ふぅん、言うじゃない。そんなこと言って大丈夫なのかしら?」
腕を組みながら瑞鶴が龍驤に問いかければ、不敵に笑って龍驤は矢を手にしながらこう返す。
「大丈夫や、問題あらへんな。うちには佐世鎮の主力部隊に所属してるってゆう誇りがあるんや。なら、それに見合うだけの力を持たんとな。そしてどんな時やろうと、頼もしい姿を他の娘らに見せたらなあかん」
「おぉ、言うねえ龍驤ちゃん」
「ふっ、でも今回はゲームやからな。頼もしいだけやなくて、場を盛り上げるのもやらんとな。いや、どちらかというと笑いもとらんといかんかな。ということは、や、『点数を稼ぐ』『笑いもとる』両方やらなあかんってのが、主力部隊に所属してる艦娘のつらいとこやな」
「いや、普通に場を盛り上げるだけでいいんじゃないかなー」
「なぁに、那珂はそこで実況しとったらええ。まずは一本、やったるから」
「んんん……じゃあ、龍驤ちゃん、佐世鎮の艦娘達の色んな意味が篭った期待を背負った一投、お願いしまーす!」
何度か投げる仕草をして慎重に狙いを定める。自然と凪達の視線は龍驤に集中してしまう。この一投で400点からどれだけ差を作り上げるのか。正しく注目すべき局面だ。
となれば龍驤にどれだけのプレッシャーがかかっているのか。
瑞鶴もぎゅっと手を握って外せ、外せ、と心の中で願ってしまう。
そんな中で、龍驤が矢を放った。
素早く空を走り抜けた矢は、吸い込まれるように中心に向かい、突き刺さる。
「うおおぉぉぉ!? いった、いったぁぁああ!? この空気の中で、さっきの発言の後で! フラグをものともせずにやってしまったよ龍驤ちゃん!? 念のため、那珂ちゃん、確認しまーす!」
「う、うっそ……まじで……?」
「ふっふーん、どや、瑞鶴? これが、主力の力や! それを抜きにしたって、うちは元一航戦やしなあ。これくらいはどうということはあらへんよ」
二本目の矢をくるくると回しながら得意げに小さな胸を反らす龍驤。うぐぐ、と唸る瑞鶴だが、何も言えない。実際に結果を出してしまったのだ。言い返せるとするならば、瑞鶴も点を取らなければならない。
「んん! これは間違いなく1000点だよ! 出ちゃったよ! これで差は1400点! しかも龍驤ちゃんは二本目を残している! これはいっちゃったかぁー!?」
「まあ、待ちぃな那珂。ここでうちがまーた1000点出したら瑞鶴がかわいそうやん。確かにここで勝たな三回戦にいかれへんのはわかっとる。でも、これはレクリエーションや。もう少し楽しむ要素も出さなあかん。そこでや」
と、龍驤は右手でいじっていた矢を左手に持ち替える。
「二本目は左で投げたるわ」
「あ、あーら、いいのかしら龍驤さん? それですっぽ抜けたり外したりしたら、せっかくの優位がなくなっちゃうんじゃない?」
「その時はその時や。笑いが一つとれただけでええ。それにええんか、止めて? 右手で投げたらマジに一気に点差が開くで? 仮に瑞鶴がもし点とられへんかったら、ほぼ勝機はあらへん状態になる。それじゃあしらけるやろ」
もしまた1000点となれば差は2400点となり、瑞鶴の点数次第では三人目の一投目で試合終了になりかねない。
だからこそ、ここで左手で投げてやるんだ、と龍驤は言う。
万が一の勝ちの目より、まだ勝負が分からない、という状況の方が観客は楽しめるだろう? と目が語っている。
瑞鶴もそれを感じ取り、小さく唸り声をあげながら思考する。恵んでもらったチャンスにしがみつくしか、呉鎮守府がこのダーツで勝てる要素はない。ここは異議を唱えるのを堪え、そのまま投げさせるしかなかった。
「そんじゃ、いくで」
また何度か投げる仕草をしてタイミングを見計らう。利き手ではない左手での投擲だ。大きく逸れる可能性があるというのに、龍驤はやめる気配はない。そのままやるつもりだ。
那珂も「本当に左手でやるつもりだー……。ほんとに大丈夫かな~?」と心配そうである。
「でも当てたらマジで龍驤ちゃんすごいよ。輝くよ。こっから更にどれだけ点数を稼いで差を広げられるのか!? 再び、注目の瞬間だよ!」
また龍驤に注目が集まる。
場を盛り上げるためとはいえ、このまま左手で本当にやるつもりらしい。当たってもおいしい、当たらなくてもおいしいこの状況。さあ、どうなってしまうのだろうか。
龍驤が投げた瞬間、「いった……!」と思わず那珂が口にする中、放たれた矢は弧を描いて――ボードの端を掠めて下に落ちていった。
ボードに突き刺されば100点だったが、力が飛距離が足りなかったらしく、無情にも地面に刺さってしまう。
「あぁぁーーー!? やっぱりこうなったぁぁあ! 矢は的に届かなかったってことは、ポイント、なし! 龍驤ちゃん1000点突き放しただけ! でも知ってた! 何となくこうなっちゃうんじゃないかって!」
あちゃーと頭を抱える那珂に、佐世保の艦娘達も悲鳴が上がってしまう。一方呉の艦娘達はと言うと大笑い。やったぜ、とこの好機を逃すなと盛り上がっていく。
「はっはっは、まあいいハンデになったやろ。どうや、瑞鶴。気軽に点数を稼いでみぃ。差は変わらず1400点や」
「くっ、なにその目は。やってやるわよ。それくらいさくっと点を取って縮めてやるわ! それに私だって呉の主力部隊に所属してる空母よ! その意地を見せてやるわ!」
「おぉー言うねえ、瑞鶴。ほんなら、君の意地ってやつを、うちに、観客達に見せてみぃ!」
負けてられない、と瑞鶴が燃えている。あそこまで言われ、更に結果を出した龍驤。二投目こそ失敗したが、それは手加減したからああなっただけに過ぎない。本当ならもっと差を広げていたはずだ。
転がってきたチャンスを逃がさずに、ここで差を縮めずしてどうするのか。
慎重に狙いを定める瑞鶴を、翔鶴が心配そうに見守っている。加賀もじっと様子を見ているが「……あの子、挑発されているのに、大したものね」とぽつりと呟いた。
「加賀さん?」
「負けず嫌いっていうのは前からわかっていたけれど、それでもあの子は食いついて来ていた。挑発に苛立っているのは間違いないけれど、それでもまだどこかで冷静な部分はある。……この勝負、わからないわよ」
「瑞鶴の事、ちゃんと見てらっしゃるのですね」
「……あそこまで突っかかられては、多少なりともあの子の事、理解せざるを得ないでしょう」
表情こそいつもと変わらない澄ましたものだが、その言葉には瑞鶴に対する信頼が見える。瑞鶴ならばきっといい点を取ってくれるはずだ、と。
くすり、と翔鶴が微笑を浮かべると「……なんです?」とどこか気恥ずかしくなったのか、酒を軽く口にする。
「いえ、なんでも。さ、瑞鶴が投げるようです」
集中し、狙いすました一投。負けられない、追いつくために放たれた矢は、瑞鶴の想いを叶えるかのようにそこへと向かった。突き刺さったのは中心をわずかにずれた場所。二つの点の境目だ。
「あぁーーーっと!? なんということでしょう!? これはチェック、チェック入りまーす!」
「なんやて……? しょっぱなからやるやないか」
すかさず那珂がボードに向かって確認する。
龍驤も驚いている。まさか自分と同じく一投目から1000点を出すかもしれないだなんて。しかも龍驤の挑発に揺らがずにやってのけたのだ。称賛せざるを得ない。
「これは、勝負がわからなくなってきたね。面白くなってきたじゃないか」
「良くも悪くも龍驤のせいでこうなった、といってもいいんですけどね。……でも、盛り上がってきているのは確かですか」
呉鎮守府の艦娘達はこれで勝機が見えてきた、と瑞鶴を褒め称え、佐世保の艦娘達はまじか、と焦りを隠せない。その中でボードに刺さった矢を抜き、穴を確認した那珂は「んんん……1000点! これは1000点だよ!」と告げる。
「よっし……!」
「はぁーやるやないの、瑞鶴」
「ふん、どんなもんよ! これが私の実力ってなもんよ! ……それに、私には幸運の女神がついていてくれてるんだから!」
「せやったなぁ。確かに君には幸運の女神がついていてそうや。それが、僅かに1000点エリアに届かせたっちゅうことかな」
しみじみと龍驤が呟き、瑞鶴は二投目の矢を構える。そんな彼女を見て、にやりと龍驤が笑みを浮かべた。「瑞鶴」と呼びかけると、二人の元へと戻ってきた那珂も「お?」と注目する。そして龍驤は左手を軽く振りながら、
「左で投げーや」
と言い放つ。それには瑞鶴も思わず、ほお? と龍驤を睨みながら「なによなによ。それで0点取っといて」と返すのだが、龍驤は気にした様子もなく「左で投げーや」と繰り返した。
「うちと同じく一投目で1000点やろ? なら、二投目も条件同じくしてみぃひんか? ん?」
不敵に笑いながら小首を傾げてみせる。数秒二人が見つめ合うと、瑞鶴も小さく肩を震わせ、「やってやろーじゃないの!」と叫びながら左手で投げる仕草をした。
その流れにどっと会場が沸き立つ。
「見てなさいよ!? あんたとは違うってのを示してやるわ!」
「だぁいじょうぶかなぁ、これぇ?」
完全に挑発に乗っている。那珂がちょっと笑いをこらえながら二人の様子を見ている。見ている方としてはおもしろいだろうが、翔鶴としては心配でならない。「み、右で投げなさい!」と瑞鶴を止めに入った。
さすがに翔鶴の言葉には反応するらしく、「ちょっと待っててください!」と龍驤に断りを入れて翔鶴の方を見やる。
「右で投げなさい、瑞鶴」
「……右ね」
「右!」
念を押す言葉が瑞鶴の背中に届けられる。
瑞鶴も何度か深呼吸を繰り返しながら位置についていく。当然、龍驤も視界に入るためとんとん、と胸を叩きながら「熱くなってるのはね、体だけなのよ」と落ち着いた自分を示した。
「頭は冷静なのよ。やってやるわ、右で。……っしゃあ、行くわよ!」
と右手に矢を構えて狙いを定める。
だがそんな瑞鶴に龍驤は腕を組みながら落ち着いた表情で「左で投げーよ」と言い放つ。
ここにきてまだ言うのか、と瑞鶴は構えを解いてしまった。
「なによ二回目の挑発? 二回目の挑発乗らないわよ。ここで点数稼がなきゃいけないんだから」
「…………」
ふーん? とでも言いたげな表情。
顔でも挑発しているかのような微笑にも見える、見事な表情がじっと瑞鶴を見つめていた。その顔をじっと見ていた瑞鶴は、無言だったが、ぷるぷると次第に体を震わせ、
「――やってやろうじゃないのッ!!」
と、左手に矢を持ってしまった。
またしても会場が沸き立つ中、「ちょ、瑞鶴ちゃん大丈夫!? っ、く……完全に挑発に乗っちゃってるよぉ!」と笑いをこらえきれずにいるが、何とか実況者としての状況を観客に伝えている。
「舐めてくれちゃって! 呉主力の力を思い知らせてやるんだから!」
乗ってしまったのはやはり第一主力部隊に所属している、という誇りがあるからだ。
同じ空母で、同じ第一主力部隊に所属していて、ここまで同じ状況で進んでいる。ならば左手で投げて更に点を取れば、ゲームと言えども龍驤より上に行ったことになる。
負けず嫌いがここで発揮してしまった。
そのまま左手で構え、狙いを定めていく。
「さぁーどうなってしまうのか? 挑発に乗って左で持ってしまった瑞鶴ちゃん、龍驤ちゃんと同じ轍を踏むのか、あるいは!? 注目の一投――投げたぁ!」
矢はどこへいくのか? 観客の視線も自然と矢を追っていく。
そうして多くの視線に見守られた矢は弧を描き、ボードに――刺さった。
「ふぁ!?」
「いったああああぁぁぁ!! 瑞鶴ちゃん! 左で! 結果を出しちゃったぁぁあああ!?」
とはいえ突き刺さったのはボードの外側。
100点? いや、もしかすると……。那珂が確認すると、300点エリアのギリギリ内部に刺さっていた。100点エリアの方に穴はない、という状態である。
「見たか龍驤さん!? これが呉の瑞鶴の力よ! 覚えておきなさい!」
「……まじかー。そこでやってまうのかー、まじかー……」
そこで龍驤は初めて少し悔しそうな表情を浮かべていた。だが少し苦笑も混じった表情である。笑いを取るだけでなく、結果も出してのけたのだ。その辺りは認めざるを得ない。「瑞鶴ってなんか持っとるわー……」と呟きながら席へと戻っていく龍驤。
参った参った、と頭を掻く龍驤の背中を見送りながら、「龍驤ちゃん、ちょーっと遊びすぎたね~……。これで点差はなんと100点! 佐世鎮の有利は変わらないけれど、ここまで差を縮めてしまった瑞鶴ちゃん!」と那珂が現状を説明する。
「さあ、三人目の戦いだよ。このたった100点という差がひっくり返るのか、あるいは逃げ切れるのか!? プレイヤーは、誰だ!?」
「……では、私がひっくり返しましょうか」
「行っちゃうのかい、神通?」
凪に酌をしていた神通がそっと立ち上がる。神通ならばやってくれるだろう、という思いが呉の水雷組には共通認識として存在していた。凪もまた、この正念場において神通ならば、という信頼がある。
これはゲームだ。しかし勝負でもある。
勝負事となれば、神通は気分が乗れば勝たねば気が済まないだろう。彼女もまた負けず嫌いなところがある気がする。しかし、
「まあ、待ちなよ神通。ここは私に花を持たせてくれないかな?」
「……姉さん? まだ夜ではないですよ? 珍しいですね」
「いやいや、別に夜だけやる気になるわけじゃないって。あ、なにその目。信じてない?」
「姉さんですから仕方ないですね」
「んー、言ってくれるねえ。でも最近神通ばっかり活躍しちゃってるじゃん? そりゃあ呉の水雷の長だからってのもあるけど、私だってそんな神通の姉っていう立場があるからね。ここでびしっと結果を出して、目立っちゃいたいわけよ」
「そうですか……わかりました。では、ここは姉さんに花を持たせましょう。頑張ってください」
「ん、任せなさいって!」
呉鎮守府からは川内が出陣。那珂から矢を二本受け取り、位置について狙いを定めていく。では佐世保からは誰が出るのか。この勝負を決めるにふさわしい腕を持つ艦娘は誰なのか、まだ相談している。
そんな佐世保の様子など気にした様子もなく、川内はボードと矢に集中していた。
狙うはもちろん1000点。ここで一気に点を稼いで優位に立ちたい。その想いの下に放たれる矢。それは、僅かに中心から離れて突き刺さった。
「500点! 呉の川内ちゃんの一投目は500点です! んんー危ない! もう少し調整が上手くいっていたら、1000点だった! そうなれば、今度は佐世鎮が危うい状況になっていたよ! でも、今この状況でも400点の呉鎮の優位! 更に点数は広がるのか? 二投目だよ!」
「ふふ、悪いね、那珂~。何となく、感じはつかめた。今度は外さない。1000点、もらうよ」
今の一投を微調整すれば1000点に届く自信が川内にあった。じっとボードを見据えて力加減と投げる角度を調整。ここだ、というポイントで投げたそれは、川内の思い通りのコースを通ってボードに突き刺さった。
那珂もうわぁ……という表情でその軌跡を見届け、「い、いったぁぁぁあああ……あ? でも、これは?」といそいそとボードに近づいていく。そっと突き刺さった部分を確認し、矢を確認してみると、穴がずれている。
確かに1000点エリアにも穴はある。だが、それ以上に500点エリアにも穴が広がっているのだ。川内が放った矢は、500点エリアの方に広く穴を作ってしまった。
「500点! 残念だけどこれは500点だぁ! さっきよりも1000点に近づいているけど、これはだめだぁ! ということで川内ちゃんの点数は1000点! これまでの点数を合計すると、2900点となったよ~!」
「えぇー、うっそぉ!? これは1000点でしょー!?」
「んー、でもここだよ? 穴、こっち側に広いでしょ?」
「…………うわぁ」
実際に確認し、川内も納得するしかなかった。これは確かに500点と見るしかない。これ以上異論を挟むことは出来ない。
なんにせよ合計は2900点。佐世保が現在2000点なので、1000点取られればその時点で逆転勝利だ。それ以外ならば二投目をやることになる。
さあ、勝敗を決めるプレイヤーは誰なんだ?
一同が佐世保の艦娘達へと視線を向けると、「――では、私がやりましょう」と眼鏡を軽く上げながらその人物が立ち上がった。
「どうやら霧島さんが出るみたいだぁー!」
「1000点、取ればいいのですよね? 問題ないですよ。私の計算力と力をもってすれば、簡単な作業です」
自信満々だ。不敵に微笑みながら眼鏡を光らせている。
凪がそっと「霧島ってああいうキャラなのかい?」と淵上に訊いてみると「……知的に見えて、意外と肉体派。いえ、戦艦らしく肉体派ですかね」と返ってきた。
軽く肩を回し、手を鳴らしている霧島を見てしまうと「なるほど、肉体派だ」と納得してしまう。
しばらく矢を構えてボードを睨んでいた霧島。ここか、ここかと放つ位置を調整すると、
「連続でやらせてもらいますよ。ふっ――ふっ!」
間を置かずに放たれた二つの矢。それは霧島の狙い通りなのか、それぞれ500点エリアへと刺さったではないか。那珂が「おおぉ!? 1000点、確かにこれも1000点だぁ!?」とアナウンスする。
「無理に中心を狙う必要はありません。それよりも広いエリアである500点に二本刺さればそれでいいのです。簡単ですね。これによって3000点。100点差で我々の勝ちです」
宣言通り、簡単な作業だったとでも言うかのように得意げに眼鏡を光らせて一礼した。
見事と言うしかない。霧島に惜しみない拍手が送られる事となった。
お見事、と戦艦の席で霧島に新しい酒が注がれ、手渡される。ありがとうございます、と霧島が大和に一礼してそれをじっくりと味わって飲み干していた。
「これでそれぞれ一勝という状態。鎮守府対抗戦はいよいよ最終戦へと移行しまーす! 一体何が待ち受けているのか? そしてどちらの鎮守府が勝利し、間宮さん特製のクリスマスケーキを味わえるのか? 注目の試合は、CMの後!」
「CMってなに?」
「一旦休憩ってことだよ湊ちゃん。突っ込まないでよ、かなしいなー」
てへぺろしながら淵上のツッコミに返す那珂。
何やら準備があるらしいので、その間に休憩を挟むとの事だった。
それならちゃんと説明しろ、と少し頭を抱える淵上だが、那珂は気にした様子もない。喋り通しだったのでのどを潤すためにジュースを飲みに行っている。
やれやれ、と息をつく淵上に苦笑しながら、凪もまた酒と料理をつまむのだった。