暖かな日差しが差し込むその日、陸奥達はショートランド島へとやってきていた。
日本からやってきた船には多くの作業員と妖精達がおり、拠点を築き上げていく。
ショートランド泊地を建築する認可が下りたのだ。陸奥をはじめとするラバウル基地の艦娘達は日本からやってきた彼らを護衛するために同行し、作業をしている間もショートランド島周辺を警戒する任務を与えられた。
妖精の不思議な力で工事は普通にやるよりも早く終える事が出来るが、ここはまだ深海棲艦が確認される海域。また日本からも大本営が編成した艦娘がいるにはいるが、それでも多くを送れるものではない。
トラック泊地まで護衛し、交代してトラック泊地からはそこの艦隊が、そしてラバウル基地に来てからはラバウルの艦隊が護衛と交代して行われた。
これからはラバウル艦隊と大本営の艦隊が交互に警戒する事になっている。
今回はショートランド泊地の建設だが、これが終われば日を置いてブイン基地の建設が予定されている。
ここに新たな提督が着任すれば、ソロモン海域の守りはより強固なものになるだろう。
そのことを想像し、少し胸を躍らせていた。
「それにしても、ほんとに妖精の力ってすごいわね」
「いったいどういうものなのかしら、ほんとに。すごく気になるなあ」
作業を進めていく妖精達を見つめながら陸奥と衣笠が呟く。衣笠は通常の姿ではなく、クリスマスに更新された改二データを適応させたようだ。
そんな二人が見守る妖精達。
ショートランド泊地の名残として残されていた港をまずは整備しなおすところから始まった作業。不思議なパワーによって高速化されているその作業に淀みはなく、資材がある限り、瞬く間に傷は塞がり、しっかりとした埠頭に生まれ変わっていく。
艦娘であっても妖精の力はよくわかっていない。しかしその不思議なパワーで拠点が築かれていくのだ。ありがたくその恩恵に与り、この作業を邪魔させないようにするのが陸奥達の役割である。
「何事もなければいいのになあ」
「ダメよ、衣笠。そんな事を言っていると、何かが起きてしまうから」
苦笑しながらツッコミを入れていると、「陸奥さん、緊急!」と声が響く。
「何事!?」
「南西、ガダルカナル島方面から急速に北上する敵影確認! 数……1、です!」
「1!? 単騎で来てるの!? 一体、誰!?」
「……これは、見た事のない深海棲艦です!」
蒼龍からの報告に陸奥が驚きながらも、奇妙だ、という疑惑の表情を浮かべる。だが敵が来るのならば対処しなければならない。「えぇ……フラグ回収はやいよ~……」と焦る衣笠の背を慰めるようにぽんぽんと叩きつつ、待機している艦娘達へと指示を出す。
「出陣用意! 一水戦は先行して敵を確認! 第一水上打撃部隊、第一航空戦隊は私に続いて! 残りはここで待機。周囲の警戒を怠らないように!」
『了解!』
こうして陸奥達は未知なる敵と会敵するため、ショートランド島を後にした。
蒼龍をはじめとする空母が放った偵察隊。ショートランド島を中心とした警戒網に引っかかったのはその謎の深海棲艦だけ。他にも伏兵がいるかもしれないので、まだ偵察隊は展開させたままにしておいた。
何せその一人だけというのが妙だ。
新型とはいえ、護衛もなしに単騎で突っ込んでくる理由が分からない。新型の反応をチェックした結果は量産型と変わらないシグナルを発している、というものだった。新たなる量産型、ということで、慣例に従ってこの新型をレ級と呼称する事にする。
艦種についてだが、艤装についている主砲が戦艦が装備するような代物だったため、暫定的に戦艦である、と定める事とした。
「では、目標は戦艦レ級と呼称するわね。新型のようだけど鬼や姫級ではないようよ。だからといって油断なく対処。見えているのは一人だけでも、下に隠れながらついてきている可能性もあるわ。気を付けて」
通信先に語り掛けるように陸奥が語り掛ける。低速戦艦のため、先行しているラバウル一水戦と距離が空いてしまっているのでこの形で指示する。
一水戦のメンバーは呉と佐世保との合同演習で見られたメンバーと変わらない。
旗艦名取、天龍、皐月、初春、吹雪、時雨改二だ。
今もなお頭上には空母から放たれている艦載機がおり、先行している偵察機から送られてくる情報を中継してくれている。
戦艦レ級は相変わらず北上していた。しかもその進路は名取達が航行している方向。
まるで彼女達の位置がわかっているかのように迷いなく航行していた。気配を感じ取っているとでもいうのだろうか。
ふと、艦載機の妖精が見ている視界に奇妙なものが映った。
それは、魚のようなもの。
艦載機と同じ高度を、ヒレを広げるようにして飛行している十を下らない群れをした魚だ。それをじっと見て正体を探った蒼龍は「……トビウオ?」と呟く。
だがそれをすぐに否定する。
ただの魚にしては機械的だったからだ。何より、尾びれ付近に物騒なものをくっつけているのだ。
「いや、違う。あれは艦載機……! 迎撃!」
飛び魚艦爆、とでもいうのか。
今までの深海の艦載機とは違う、新たな艦載機だった。すかさず艦戦を前に出し、ラバウル一水戦を守るべく交戦させる。
「対空迎撃用意……! 何とか撃ち落として!」
名取の指示に従い、10cm連装高角砲を手に砲撃する。艦戦の攻撃を掻い潜って接近してきた飛び魚艦爆から放たれる爆弾すらも撃ち落とさんとする。
それぞれ回避行動をとりながらの迎撃。敵の攻撃をやり過ごす事が出来たが、頭上に意識が向いていたせいか、遠方から飛来してくる砲弾に気づくのに一歩遅れた。
「――ちぃ……!」
天龍が何とか吹雪の服を引っ張ったが、飛来した砲弾が水面に着弾し、巻き上がる水柱に二人は悲鳴を上げて飲み込まれる。思わず二人の方へと視線を向けてしまう中で、名取は飛来した方を確認する。
そこには、目標と思われる戦艦レ級らしき小さな影が存在していた。
蛇のように長い尻尾がこちらを向いており、砲門らしきところから煙が立ち上っている。
「アァ……? 外シタ? 外シチャッタ……? デモ、イイカァ。マダ、始マッタバカリ。モット、楽シマナキャア、損ッテモンダヨネェ?」
喋っている。
量産型が喋っているというのか? 深海棲艦が喋るケースは鬼以上の個体だったはずだ。深海棲艦も成長してきているのだろうか。
ごくり、と生唾を呑み、冷や汗を流しながら、名取は口を開く。
「……たった一人で、何をしようと?」
その手に持つアサルトライフルのような主砲をレ級に向けながらそう問うた。
だがレ級は何がおもしろいのか、小首を傾げながら小さく笑い出す。
「決マッテイルジャナイカ」
すっと右手を自身の首に当てて掻き切るようにし「――殲滅、撃沈――要ハ、戦イ……!」と告げながらかっと目を見開いて敬礼する。
紫色の瞳に強い殺意を宿し、青い燐光を放ちながら笑みを浮かべるその様は、今までの量産型とは一線を画す恐ろしさを放っていた。
見た目は駆逐艦のような幼げな少女の姿をしているのに、その笑みは子供の無邪気さと狂戦士のような残酷さを感じる。そのアンバランスさによる歪な空気、そして尻尾の艤装から漂わせる「絶対に相手を沈める」という死刑宣告の如き物騒な空気と相まって、名取達に強いプレッシャーを与えてくるのだ。
「ボクハネ、アンタラヲ沈メナクチャアイケナイ。キヒ、ソレガボクガ作ラレタ理由ナノサァ……! ダッタラ、ソレヲ遂行シナクチャアネエ! 喜ビナヨ、アンタラガボクノ最初ノ獲物ダァ! 迅速ニ、デモド派手ニ! ボクヲ楽シマセルヨウナ死ニ様ヲ見セテクレヨォ!」
艤装の口が開かれ、魚雷が次々と発射されつつ、背中の飛行甲板から新たな飛び魚艦爆が発艦されていく。とても戦艦とは思えない行動だが、その主砲は間違いなく戦艦級が装備するような大型主砲だ。
「南方棲戦姫みたいなタイプなのかな……。っ……でも、ここで引けない。みんな、何とか体力を削るだけでもいい。私達でやれるだけやってみよう……!」
「おうよ、一水戦としての意地ってもんを見せてやろうぜ!」
天龍が歯を見せながらにっと笑う。レ級の初撃を回避したとはいえ、僅かにダメージを受けているというのに、だ。怯んでいる姿を見せまいとしているのだろう。
迫ってくる飛び魚艦爆を撃ち落さんと対空射撃を継続しながらレ級へと接近を試みる。当然ながら飛び魚艦爆だけでなく、レ級からも砲撃が飛来する。
だが戦艦主砲のため、次発装填に時間がかかるのも共通していた。その間に近づける。
そして何より奴は一人だ。他に深海棲艦がいない。守るものも、邪魔をしてくるものもいない。集中砲撃も可能ときたものだ。この優位を以って奴を倒せばいい。
単縦陣でレ級へ突撃。
六人からの砲撃の雨にレ級は回避行動をとる。軽巡や駆逐の砲撃とはいえ、こうまで多くの弾丸が飛来すれば鬱陶しい。バックしながらの蛇行、そうしている間も尻尾は名取達へと向けられている。
三連装主砲が唸りを上げれば、三発の砲弾が飛来する。直撃すればひとたまりもない戦艦主砲の砲撃だ。それを前にしながら、名取達は冷や汗を流しながらも回避する。
これも呉鎮守府との合同演習によって身に着けた胆力と回避訓練の成果だ。あの日々は無駄ではない。
レ級もまさか避けてくるのか、と僅かな驚きを見せたが、しかしすぐに喜色に塗りつぶす。回り込み、急加速して名取へと突撃しようとした。
それを見切り、名取が左手に抜いた魚雷を一本手にし、投擲。呉一水戦との演習において、神通が披露した技術だ。
海に落ちるのではなく、弾丸のように空を切りながら魚雷が迫ってくる現実。レ級もたまらず反射的に尻尾の胴体を盾とした。直撃したそれは爆発を起こし、肉が抉れたように穴が開く。レ級の側面を通り過ぎながら「……雷撃!」という名取の指示に従ってレ級へと一斉に魚雷が発射される。
「……ハッ、ヤッテクレル!」
それを前に、レ級はまたバックしながら身を捻り、尻尾を海面に叩きつけた。
立ち上る水しぶき。まるで青のカーテンを作り上げるかのように尻尾を薙いでいき、魚雷を躱しながらその姿を隠してしまう。
たった数秒でしかない時間だったが、その数秒で戦況は変えられる。
視認されない、という優位を以ってしてレ級は行動する。戦術などという概念は彼女にはない。艦娘から放たれた攻撃をどのようにして回避し、どのようにして反撃の一撃を叩きこみ、沈められるのか。
それを感覚だけで判断し、行動しているだけ。
「……っ、煙幕!」
という名取の指示に従って皐月が煙幕をはる。ラバウル一水戦の姿が煙幕の中に消えていくが、そんな事レ級には関係ない。落ちてくる水しぶきの奥から突撃し、吹雪の首を右手で掴みながら単縦陣から引き離した。
悲鳴を上げようにも喉を押さえられているために声も出せない。煙幕によってお互いの姿が隠されているが、マスクとゴーグルによって艦娘達は視界は一応得ている。それにより、時雨の前から吹雪が消えた事はわかった。
「吹雪ちゃん!?」
時雨の声によって遅れて何が起こったのかがわかる。
レ級は手にしている吹雪を海に叩きつけ、背を向けている状態。でも尻尾が煙幕の中にいる名取達を狙い、副砲を順次発射させる。
「イタイ? クルシイ? ナラ、ソレニ似合ウ
「っ、カハッ……ごほ……」
ずぶ濡れになった顔と髪。そこに容赦なく拳を叩きこんで、血化粧を施していく。そんな中でも吹雪はただ呻き声を上げるしかできず、痛みの言葉は出てこなかった。
充分にそれを楽しんだレ級は、大人しくなった吹雪をじっと見つめながら、今気づいたように首を見る。
「…………アア、ソウダッタ。喉、ヤッテタンダッタネ。デモ、鳴キ声ガナクテモ、オマエハ充分ニイイ
「――てめええぇぇぇ!!」
そんなレ級へと憤怒の顔で天龍が突撃した。吹雪が凄惨に傷つけられているのを見て我慢出来なくなったらしい。そんな天龍へと歪んだ笑みを浮かべて振り返り、手にしている吹雪を投げつけてやる。
攻撃しようとしていた天龍だったが、飛んでくる吹雪を前に主砲を消して抱きとめにいくしかなかった。例えその機を狙うようにレ級の艤装が天龍を狙っていたとしても。
「二人……!」
宣告しながら放たれる主砲。天龍は抱きとめた吹雪を庇うように自身を壁にしながらそれを受けた。「天龍さん!」という皐月の叫びが響く中、名取は歯噛みしながら前に出る。
「皐月ちゃん、初春ちゃん、二人を……! 時雨ちゃんは私に続いてください!」
「ヤルノカ? イイヨ? マダボクノ相手ヲシテクレルッテンナラ、ヤッテヤンヨ……!」
吹き飛ばされる天龍と吹雪の下へと皐月と初春が向かう中、レ級を止めんと名取と時雨が出る。レ級もまた迎え撃つようにして次発装填、そして艦載機回収を行いながら航行する。
そんな彼女へと向かうのは名取と時雨だけではない。
補給を終えた蒼龍達の艦載機が到着したのだ。自分の艦載機ではないものが空にある。それに気づいたレ級が目を細め、「目障リナ鳥ガイル……」と呟く。
艦載機の攻撃を避けるためにまた回避行動をとり始めるレ級だったが、そこに回り込むように動きながら、名取と時雨が魚雷を発射。挟み込むように艦攻が動き、レ級が避けようとも一本は当たるコースで魚雷がレ級に向かっていく。
「……イイネエ、面白クナッテキタァ……!」
迫ってくる魚雷を見てレ級は舌打ちするでも悲観するでもなく、むしろ狂気が混じった笑みを浮かべた。一発どころか二発の魚雷を受け、水柱が立ち上る。だがレ級はそれでは倒れず、よろめいた体を持ち直して名取へと迫る。
そうはさせまいとどこからか砲弾が飛来した。
駆逐や軽巡の主砲では届かない距離、それでいて重いものが海にぶつかったかのような強力な水柱。
それがなんであるかわかった名取と時雨に小さな安堵の表情が浮かぶ。
「――待たせたわね。下がっていいわ、名取!」
ラバウルの秘書艦、陸奥率いる主力艦隊が到着したのである。