呉鎮守府より   作:流星彗

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今回、独自解釈満載の内容となっています。
実際の艦これの設定と大きく異なるでしょう。
あくまでもこういう解釈をした、という事例の一つとしてご覧ください。

そういうのは結構という方はブラウザバック推奨です。


宮下灯

 

 

 夜、演習を終えた凪達はそのまま大湊警備府に泊まることとなった。

 結果的に演習は全戦全敗。主力艦隊、そしてそれぞれの第二戦においても彼女達に勝利を収める事は出来なかった。

 練度の違いということもあるが、普通の艦娘達が持ちえない技術を仕込まれているという事も重なった結果だった。一人、二人は倒す事は出来るが、隊としての勝利を得る事が出来ない。

 その事に意気消沈するのかと思われたが、呉の艦娘達は逆にやる気を見せていた。

 まだまだ自分達は強くなれる可能性がある。ここにその未来の結果が存在している。ならばそこを目指して進めばいい、と。

 

 風呂を終え、夜風に軽く当たろうかと考えた凪は廊下を歩く。しかし寒い。さすがは北国、夜になると結構冷え込む。火照った体を冷やすどころではなかった。ふと、庭に人影を見る。誰だろうと思うと、向こうも凪に気付いたようで「提督か」と声をかけてきた。

 

「ここで何をしているんだい? 長門」

「ふむ、少し考え事をしていた」

「中でやればいいのに。寒いだろう?」

「少し寒いのがちょうどいい。あまり熱くならずに済む」

 

 そう言って壁にもたれかかった長門。いったい何を考えていたのだろう、と疑問に感じたが、思い浮かぶとしたらやはり今日の演習のことだろう。全戦全敗、という結果に終わってしまったのだから。

 秘書艦として、主力艦隊の旗艦として、もっと何か出来たんじゃないだろうか。責任感のある長門だ。そんな悩みを持っても不思議ではなかった。

 

「……演習の敗北が効いているのかい?」

「……ふっ、全くないとは言えないな。確かに練度の差はある。そしてどれだけ実戦経験を積んできたか、という差もある。それは承知の上だ。だからといって大人しく敗北を受け入れるわけでもない。足りない部分は何だったのか、それを振り返っていたのだ」

「そういう事なら俺も呼んでくれたらいいんじゃないか? 俺だって考え、提案するくらいのことはするさ。神通もそれを聞いたら参加してくるだろうし、一人でやるものではないんじゃないかな?」

 

 その言葉に「確かに、そうだ」と長門は苦笑を浮かべた。

 二人で演習のことを思い返す。

 長門達は訓練を重ねて身に着けた弾着観測射撃という、大湊の艦隊が知らない戦術を用いて戦った。通常の砲撃より高い命中率が発揮される砲撃。そのためには相手よりも制空権が有利な状況を保ち続けなければならないが、五航戦の奮戦によって前半は呉主力艦隊が優勢な戦局だった。

 どういう戦術を使っているのかを把握した大湊主力艦隊は、制空権を奪いにくるだけでなく、一気に勝負をつけにきた。比叡と霧島という高速戦艦の特性を生かして飛来してくる砲弾を回避し、摩耶と山城を落としてきたのだ。

 二人を守るために大和が出たが、大湊の伊勢、赤城、鳳翔による艦載機の援護が加わってじわじわと追い込まれていったのだ。

 驚くべきは正規空母ではなく軽空母として登録されている鳳翔が主力艦隊に属していたという事。日本において最初の空母、そして軽空母として作られたということもあって、鳳翔は他の空母達と比べると少々能力に差があるところがある。

 だが大湊の鳳翔は練度が高いだけではない。長く在籍しているために、多くの経験を積んだ猛者としてのオーラを纏っていたように見えた。彼女の回避行動だけではなく、繰り出される艦載機の動きもまた凄まじい。最初に制空権をとれたのは彼女が様子見として手を抜いていたからではないのか? と思えるほどだった。

 そこまで考えると、やはり時間というものは覆すことの出来ない要素なのだと実感できる。強くなるための近道はない。あの領域に達するには同じように経験を積み重ねるしか道はないのだろうか。

 

「そういえば記録はしてもらっているのだったな?」

「うん。一水戦の戦いからして想定外だったからね。君達の戦いからカメラを回してもらった」

「ならばそれを見返しつつ、得られるものは吸収していく。技術は見て盗め、のような言葉もある。独特の技術ならば、こちらにも使えるように盗んでみるのもいいだろう」

 

 ちなみに宮下に撮影許可は貰っているので盗撮ではない。彼女も撮影のことを聞くと何となく意図は察したようで、微笑を浮かべながら「どうぞどうぞ。特に見られて困るようなものでもありません」と手で示してくれた。そして「わたしからは教える気はありませんのであしからず」と付け足されてしまった。

 すると、

 

「――おやおや、本当に盗むつもりですか。その向上心、嫌いではありませんよ」

 

 という声がかかる。廊下から宮下が姿を見せ、「寒いでしょうに。何をしているんです?」と先ほどの凪と同じようなことを言う。凪が軽く説明すると、小さく頷き「中にお入りくださいな。わたしの部屋でよければ多少話す時間は設けますよ」と首をしゃくる。

 部屋に通されると大湊の大淀がおり、三人分のお茶を用意してくれる。奥には宮下が使っているのであろう机があり、その上には書類に交じって長方形の紙、水の入った器が置いてあった。何か作業をしていたのだろうか、と思いながら席についてお茶を頂くと、冷えた体を温めてくれた。

 

「さて、今より強くなりたいと望んでいるのは結構なことです。でも一つ訊きたいこともあります」

「何でしょう?」

「あなたは元は提督になることを望んでいなかった人。しかし今では艦娘のために力をふるい、強さを求めている。あなたはその果てに何を望んでいますか?」

「望み、ですか?」

「ええ。ある者は地位を求め、ある者は名声を求めます。艦娘とはそのための戦力。彼女達を強くして勝利を積み重ね、自らの望みを叶えるのです。要は横須賀だったり舞鶴だったりの輩ですね。不本意ながら提督となった海藤凪。あなたは今、望みはありますか?」

「……静かに暮らしたい。提督になる前も、そして今も、それは変わりませんよ」

 

 荒れた人生は望まない。高みに上る気がないのは、そういった想いがあるからだ。

 この戦いが終わったら、落ち着いた時間を過ごしたい。時に趣味に没頭し、それなりに仕事をし、平凡な家庭でも築いて年をとっていく。それだけでいいのだ。

 

「煩わしいものはいりません。平和な時代が来たら、平凡な一般人になっても構わないとさえ思っています」

「それは無理でしょう。あなたは力を示した提督の一人です。そう簡単には軍人をやめられないかもしれませんよ? 平和になったとしても」

「……それでも、望みを持つくらいはいいでしょう」

「失礼ながら、あなたはどうなんだ? 宮下提督。あなたには望みはあるのか?」

「わたしですか?」

 

 長門が問いかけると、お茶を口に含みながら視線で応える。唇を少し濡らし、瞑目すると「わたしは特に望みはありません」と答えた。

 

「望みは、ない?」

「ええ。わたしは望んで海軍に入った、というわけではありませんので」

「では何故提督をしている?」

「それが、わたしが巫女だからです」

 

 巫女? と凪と長門は首を傾げる。

 

「わたしの実家は海神を祀る神社です。その家に生まれたわたしは、海神の巫女です。全ての海を守りし海神様を信仰するわたしたちにとって、海の平穏を荒らす深海棲艦というものは許されざる存在といえます」

「だから、海軍へ?」

「ええ。海神様の治める海からあれらを排除するには海軍に所属するしかありません。とはいえああして深海棲艦と対峙すると、見えてくるものは違いますね。あれはまさしく艦艇に宿りし魂の荒ぶる姿です」

「和魂と荒魂の話でしょうか?」

「そうです。神の二面性を示すものです。海神様でいえば、穏やかな海と荒れ狂う海です。自然も神も気まぐれ。人に良い面ばかりをみせるものではありません。人々に畏怖を植え付けるのもまた神らしい一面といえるでしょう」

 

 そして神の怒りを鎮めるのもまた巫女の役割の一つ、と彼女は語る。だがこの戦いは海神を相手にしているのではない。どこから来たのかわからない深海棲艦を相手にしているのだ。

 

「わたしが戦う理由は深海棲艦というものを見極めるためです。わたしにはこの目がありますからね。どういったものなのかを視ておきたかったのです」

 

 魂の色を視る事が出来る特異な目。大和の異質さすら見抜いてみせたその目で深海棲艦を視る。でもそれは彼女の中に秘められていたものだった。

 当然だろう。艦娘や深海棲艦というオカルトなものが知られるようになったとはいえ、魂の色を視る事が出来る、なんてことがそう受け入れられるものではない。

 艦娘や深海棲艦は一般の人にもわかるもの。見て、聞いて、触れる事が出来る異常なもの。でも彼女の目は彼女にしかわからないもの。だから易々と受け入れられるものではなかったので、秘するものだと彼女は判断したのだ。

 

「では、あなたは深海棲艦がどういうものであるか、理解したのですか?」

「…………わたしなりの答えは得られたとは思っています。それが真実であるかは別にして。でも大っぴらにするつもりはありませんし、それを語って聞かせる気もありません。あれらを沈めるのは提督であるわたしたちの役割であり、あれらを敵であると認識しているからこそ出来る事。わたしの解釈を鵜呑みにしたせいで引き金を引く手を躊躇ってしまう、なんてことになったら目も当てられません」

「それに関して心配は無用だ。私は敵を沈める兵器。深海棲艦は敵、そこに躊躇いが生まれるはずはない。我ら呉鎮守府の艦娘も同様だ。問題などあるはずはない」

「言いますね。でもそれはあなたの心構えでしかありません。あなたたちには心があります。わたしたち人間と変わらぬ心が。ならば艦娘ごとに違う心があって然るべき。あなたの精神は軍人らしく立派ではありますが、それが他の艦娘達にも同様に備わっているとは限りません」

「それも否定しない。なればこそ、私と提督の心に留めておくだけにしよう。それならば問題はあるまい?」

「そんなに興味があるのですか? 深海棲艦というものに」

「敵を知ることは重要だ。あれらには未だ謎が多い。少しでも情報が欲しいと思うのは当然のことだろう? それが個人の解釈であれ、一歩でも深海棲艦の謎に近づけるならば、知るべきだと私は考える」

 

 長門の真っ直ぐな眼差しに、宮下は沈黙した。さすがは長門、揺るがない精神を持っている。ビッグセブンの名を背負い、日本海軍や日本国民の期待を背負った戦艦というだけはある。そして凪もまたじっと宮下を見つめていた。彼も聞く気はあるらしい。

 宮下は考える。別にこれは彼女個人の解釈であり、真実とは限らない。それを誰かに話す気はないのは変わりなく、知る権利があると言って語って聞かせろと言われても、黙秘権を行使してやるまでのこと。

 呉鎮守府は最近本当に躍進している。実力は大湊には及ばないが、これからも伸びていくだろうと思われる。この話を知ることで彼らの歩みが止まるのか、あるいはより足を速めるか。

 そういえばあの大和を持っているのだ。

 凪は語らなかったが、宮下自身はあの大和がどういう存在であるかは見当がついている。

 恐らくは深海棲艦から転じたものなのだろう。大和が呉鎮守府に在籍した時期から考えると、南方棲戦姫あたりが転じたのではないか。そう睨んでいた。

 すでに深海棲艦の謎の一端に触れているのならば、特に問題ないだろうか。

 それに気がかりなのは先ほどの一件。凪達を招く前にやったものの結果。果たしてこの話をしたところで何かが変わるとは思えないが――

 

「……まあ、いいでしょう。ならばここだけの話とさせていただきたいんですが、よろしいですか?」

「わかりました」

「わたしは海神様に仕える巫女。故に神というものを艦娘や深海棲艦が生まれる以前より信じている人間です。そして神はなにも海神様だけではありません。冥界の神もまた存在します」

「死の世界の神、ってことですか?」

「そうです。先ほども言ったように神と言うのは人にとって良い面を見せるだけではありません。悪しき面もまた見せるもの。それは時に祟りであり、災いであり、試練を課す時もあります」

「試練? 試練だと? まさか、深海棲艦はその冥界の神による試練だとでも言うのか?」

「そう結論を急がないでくださいな。まだわたしの話の途中ですよ? 長門」

 

 落ち着くためにお茶でも飲め、と言わんばかりに手で示してやる。彼女の性格からして「お茶を飲んで黙って聞け」とその目で語っているかのようにも感じた。長門も空咳一つをし、お茶を大人しく飲むことにした。

 

「神の中には人に寄り添う神と、人に敵対する神が存在します。後者のものは人のことを増えすぎた生き物だとか、星を滅ぼす害ある存在であるとみなしている神です。そういう神は昔から天災を引き起こして滅ぼしにかかった事例があります」

「ああ、神話にあるようなやつかな。大洪水とか」

「今回もそのようなもの。ですが時代を経て人は神を信仰する心を失っていった。神は信仰されなければ、あるいは畏怖されなければ力を保つ事は出来ません。昔こそ天災を用いて事象を引き起こしましたが、今ではそれもありません」

 

 科学の発展により利便性が普及した。神に祈るより自分で何かをした方が結果を得られると人は学んだ。次第にオカルト的なものは衰退したのが現実だ。宗教こそ残ってはいるが、神話に語られる神々に対しての信仰は一部の人間にしか根ざしていない。

 また科学の発展によって神秘も失われていっている。日本でいえば退魔士、ヨーロッパなどでいえば魔法使いといったものは現実に存在するとは思われず、創作の世界で認識されるものとなってしまった。人の超常現象が消えれば、神の力も現実に認識されることはない。非現実的なものとして広まってしまったため、神の力も低下することにつながってしまった。

 

「なので、手段を変えたのでしょう。人が作った兵器に命を与え、人を滅ぼす。これはある意味戦争を繰り返し続けた人に対する咎なのでしょう。また海路を封鎖する事も出来ますし、この策は人に対して有効でした」

 

 水運は古来より人の発展に不可欠なもの。この水運の要である海路を深海棲艦は奪いつくした。今でこそ取り戻しつつあるが、島国である日本にとって海路を封鎖されるのは絶望に等しい現実だった。

 海路が使えないならば空路がある、と考えるだろうが、それを封じるのが空母の存在だ。艦載機によって飛行機は殺される。深海棲艦は護衛艦で倒せないし、戦闘機を用いても倒しきれない。海路、空路が封じられ、陸路しか残されていない現実。ユーラシア大陸ならばまだ問題ないが、これもまた島国にとっては痛手でしかない。

 日本が死ぬのは時間の問題だった。

 

「ですが、神は人を見捨てなかった。艦娘の登場です。深海棲艦と同じく死した艦艇が転じた存在。どうして同じような存在を遣わせたのか。ここが気になりました」

「確かに。でも、同じような存在だからこそ、和魂や荒魂という説が上がったともいえますね。彼女達は一種の付喪神のようなものである、と」

「そう、神が放った人を滅ぼす兵としての付喪神。ならば艦娘とはそんな敵から人を守る神が遣わした付喪神。そういう見方が出来ます。が、そうではないのです」

 

 そこで一つ間を置くように宮下はお茶を飲む。瞑目した彼女は、そっと長門に目を向ける。それはどこか同情するような色を含んだ眼差しをしていた。

 

「あれらにとってただ沈むことは死ではない。時を経てまた同じ敵が現れる。それをわたしの目を通して知りました」

「……そうですね。沈んでも修復して戻ってきます」

「それだけではありません。同じ魂が別の深海棲艦として出てきたことさえあります。死はあれらにとって終わりではない。それを知ったのは提督となってそう時間を経ていない時期でした。ですがとある戦闘の最中、完全に魂が消滅ないし浄化されたことがあります。そこでわたしは一つの推論を打ち出しました。艦娘とは、深海棲艦を鎮める巫女である、と」

「……巫女?」

 

 長門がその言葉を反芻する。凪も頭の中で反芻しながらちらりと長門の横顔を見た。

 

「古来より巫女は神に仕えるものでした。時にその身に神を降ろし、時に魔を祓うもの。艦娘とはその身に艦艇の魂を降ろし、その力を以ってして深海棲艦の魂を浄化する巫女ではないか。わたしはそう推測しました」

「共通点は確かにありますね。それに浄化した例も……」

 

 神をその身に降ろすように、艦艇の魂をその身に降ろす。そうすることによって自身に艦艇としての特徴を付与させる。これで海の上を航行出来るし、艤装を装備することが出来る、と解釈したらしい。

 浄化に関しては南方棲戦姫に対して長門がしたのがそうだろう。そう説明されると、もしかするとそうなのかもしれない、と思い始めてくる。

 

「では深海棲艦とはなんだ? 私たちが巫女ならば、あれらは」

「冥界の神に仕え、神の意思を代行する巫女。あるいは式神でしょうか」

「式神? ……陰陽師のあれですか?」

「漫画とかで知るとそういう認識になりますね。あの中身は鬼神や低級の荒ぶる神といったものになります。簡単にいえば神を降ろし、使役したものが式神と考えてください。神を相手にしているのですから、普通の人間達では太刀打ちできない。だから巫女である艦娘達が荒ぶる神を鎮めに行くのです」

 

 人は神の前では無力だ。それも荒ぶる神ならばなおさら。だから巫女の立場である艦娘でなければ対抗できない。これが現代兵器で深海棲艦を倒せない理由、と考えたらしい。

 ではこの戦いの果ては何なのか。人が増え、争い続けて星を疲弊させる人の業に怒りを覚えた冥界の神による神罰ならば、どうすればこの戦いは終わるというのだろう。

 

「神を鎮めるのが巫女の役割。そして古来より神の怒りを鎮める方法として挙げられるものと言えば何か。有名なものがあるでしょう?」

「……まさか、生贄?」

「ええ。古来より生贄というものは何度も行われてきました。あるいは神に対する供物でもいいでしょう。それによって神の怒りを鎮めようとした例はあります。可能性として挙げられるでしょう」

「そんな馬鹿な。生贄は……生贄、は……」

 

 もうすでにいる。深海提督とはある意味それではないだろうか。

 海に沈んだ人間が深海提督と成り果てる。それは深海棲艦が生れ落ちる海へと捧げられた人間を、冥界の神とやらが変異させたのだ。深海棲艦が式神ならば、深海提督はそれを使役する陰陽師、という立ち位置で見る事が出来る。

 

「何か思い当る事でも?」

「……いえ」

「南方棲戦姫から何か聞きました?」

「……はは、どうやって話を聞くのです?」

「ふむ。まあ、あくまでもここまで話したのはわたしの推論でしかありません。これが真実かどうかはさておき、それでもあなたにとって思い当る節があったらしいですね。となればあながち間違いではないかもしれない、と思ってしまいますね」

 

 懐からコインを取り出し、裏を見せてくる。「神を降ろすように艦艇の魂を降ろす。艦娘は艦艇の魂を宿す巫女として鬼神である深海棲艦を浄化する」と言いつつ、裏から表へと返す。

 

「あの大和、南方棲戦姫でしょう? どうやったのかはわかりませんが、浄化に成功しただけでなく、艦娘へと転じさせた例があれなのではないですか?」

 

 完全に見破られている。今までの話からしても否定出来ない。

 彼女はその目と知識を以ってして一人でそこまで思い至れたのだ。沈黙しても意味はない。ため息一つついて凪はそれを認めた。すると宮下は目を細めて小さく頷き、「生贄に反応しましたが、何かご存知で?」と問いかけてくる。

 少し逡巡したが、凪は深海提督について話した。ここまで話を聞かされたのだ。こちらからも情報提供しなければ割に合わないと考えた結果だった。

 

「なるほど。冥界の神が本当に関わっているとするならば、死者を再利用することも可能でしょう。供物とされた人間、そして艦娘を自軍へと引き入れる。考えられることです」

「供物……深海棲艦からすれば普通に戦いに勝ったような認識なのでは?」

「ええ、人間と変わりないでしょう? 狩りで仕留めた獲物を神へと捧ぐ供物とする。なんの違いがありますか? あれらにとっては憎き艦娘を仕留めただけ。そこに含まれる感情は違えど、全体で見たプロセスに違いはありません」

 

 これまで彼女が話したことをまとめるとこうなる。

 これは人間に怒りを覚えた冥界の神によって引き起こされた戦いである。神は人を滅ぼす手段として、人が作った兵器の再利用として深海棲艦を生み出した。

 深海棲艦は海路、空路を封鎖して人の補給線、移動手段を封じ込め、海から人の領域へと攻め入った。

 深海棲艦とは冥界の神が作り出した式神のような存在であり、低級でありながら鬼神に値するもの。神に人の攻撃手段は通用しないため、現代兵器を以ってしても完全に倒す事は出来ない。

 これに対抗する手段として、何らかの神の意志により、艦娘などが人の手に生れ落ちた。

 神を降ろすかのように、艦艇の魂を宿した巫女である艦娘。神は巫女によって鎮められる、あるいは鬼神は巫女によって祓われる。この理により、艦娘は深海棲艦を倒す事が出来る。

 どちらも魂を降ろした身であり、魂は善にも悪にも成れる。そのため深海棲艦から艦娘へと転じる可能性があるし、その逆もあり得る。

 冥界の神の力として、死者の魂を再利用することが出来る。そのため近年では深海提督を生み出し、式神のような存在である深海棲艦を使役させる任を与え始めた。

 といった感じとなる。

 冥界の神が深海棲艦や深海提督が口にしている「存在はするが、声だけが聞こえてくるもの」と考えられる。

 そこで気になるのはやはり、艦娘を人に与えたのはいったい誰なのだろうかということだ。人を助けてくれる誰かがいたからこそ、人は深海棲艦とこれまで戦ってこられたのだから。

 

「それはわたしにもわかりませんが、わたしとしては海神様であってほしいと願っていますね」

「海神様が?」

「深海棲艦は海から来た。海神様としては自分の領域から魔が生まれてきているようなもの。冥界の神による人に対する審判であったとしても、それは許容できないものだったのかもしれません。なので元の海へと戻すために、人に対抗手段を与えさせた。……わたしはそう考えています」

「では人を助けるためではない、と?」

「神というのはそんなものですよ。その行動全てが人に対して優しいものであるとは限りません。何らかの思惑があって行動し、それが人に対して良いものである事があれば、悪いものである事もある。それだけのことです。神の意志など、人に推し量れるものではないのです」

 

 更に言えば、とコインを弾き、その手に取る。「運命がどっちに転ぶかを神に問うても無意味です。神はただ道を示すか、あるいは気まぐれに加護を授けるだけ。運命の結果を決めるのは」と手を開けば、コインは表を示していた。

 

「いつだって人の手によるものです。人の行動が、運命を決めるのです。海藤凪、あなたの望みは理解しました。そしてわたしなりの解釈も耳にしました。あなたが手にしている情報と併せて整理し、敵が何であるかも自ずと見えてきたことでしょう。その上で、あなたは運命を切り開く覚悟がおありですか?」

「……ありますよ。俺はもう引き返す気もありません。ただ前に進み続けるだけです」

「そう。何があったとしてもその心を持ち続けるのであればいいのですが」

「提督であれば大丈夫だ。仮に何かがあったとしても私達がそれを支えればいい」

「……そうですね。支える誰かがいれば大丈夫でしょう。さあ、今日はもうこれくらいにしておきましょう。思った以上に話してしまいました」

 

 もう日付が変わりかけている。残っていたお茶を飲みほし、一礼して凪と長門は部屋を後にした。それを見送った宮下は机へと向かい、そこに置いてあるものに目を落とす。お茶を片付けていた大淀がそっと「――伝えなくてよろしかったのです?」と問いかける。

 

「伝えて、何になると? わたしに出来る事など何もありはしませんよ」

「知ることで備える事が出来るのでは?」

「確かに備える事は出来るでしょう。それでも、運命というものは神と同じく残酷なものです。それが一時的な回避になることもあれば、何も変わらない事もある。回避できたならば、それはそれで素晴らしいものではありますが、あの男にそれを手繰り寄せるだけの力があるかどうか。わたしには判別つきませんね。彼のこと、ほとんど知りませんし」

 

 そこには器に満たされた水があった。夕食、というわけではない。それは何の変哲もないただの水であり、宮下の顔を映し出している。何気なく手をかざせば、静かに波紋が発生し、揺らめき始める。

 その波紋の動きをじっと見つめていた宮下は、やれやれといった風な表情を浮かべてため息をついた。

 

「――やはり、見間違いというわけではないようですね」

「凶兆は変わらず、ですか?」

「いつ起きるかはわからないけれど、起きる事には変わりはない。……まあ、せいぜい頑張ってもらうしかないですよ。わたしはただ視るだけですから」

 

 それは占いの一種だった。凪達を招く前に宮下は凪について占っていた。理由としてはただ単に見てみたかっただけだ。新米ながらいくつかの姫を倒し、自分の艦隊相手にも退かずに喰らいついてきた気概を持つ艦娘達。それを纏める提督の進む道を視るだけのこと。

 結果は、いつかはわからないが凶事が彼に訪れるというものだった。

 日数が分からないのは凪についての情報が宮下にはそんなにないせいだ。正確性を求めるならばもっと凪についての情報を必要とする。しかし宮下は知る気はない。これは単なる個人的な興味による占いでしかないのだから。

 

「ですが、あなたは彼らよりも強い。助けになるはずでは?」

「残念ながら、わたしはそこにはいないようですね。手の届かないところに凶兆が出ています。結局のところ、それを回避するには彼ら自身の力が必要なのですよ。彼ら自身が、強くなるしかない。どうやら向上心だけはあるようですから? そこに期待するだけですよ」

 

 大湊との演習を録画していたのだ。それを何度も振り返り、技術を盗んでいくならばそれでもいい。宮下自身は凪達を助ける気はない。指導する気もない。彼らが己の力だけで強くなることを良しとする。

 彼女が仕える海神のように、自ら手を差し伸べるような真似はしない。あくまでも道を示すか、起こりうる可能性を視てやるだけだ。

 

「……そのまま力を得て駆け上がるか、転落するかは彼次第。ようやくまともな人材が現れたとは思っていますが、この手で助けてやる義理はありません」

 

 一つの鎮守府を任せられているのだ。男ならば、己の力で切り抜けてみせろ。

 宮下灯とはそんな風に考える女性だ。

 この大湊で他の鎮守府と関わらず、独自に動いてきた。自分の目で視た深海棲艦の秘密を抱え、どうすればこの戦いが終わるのかを考えてきた。しかし一つの鎮守府で出来る事は限られる。手を組もうにもまともな提督はそんなにいない。だからより単独行動になる。

 海藤凪、そして彼と繋がっている淵上、東地、深山。

 彼らの世代がこの歪んだ海軍をまともな方へと舵を切ってくれるならば、多少は期待を持ってもいいだろう。そのためにも自らの運命を切り開けるだけの力を見せてもらいたい。

 静かにそう願うのだった。

 

 


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