呉鎮守府より   作:流星彗

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感情

 

 スパイ疑惑については艦娘達から話を聞き、スパイと思われるものを絞り込む事は出来た。だが本当にスパイかどうかは確固たる証拠がないので捕まえる事は出来ない。現行犯として現場を押さえる事が出来れば御の字だろうが、データを盗んだすぐ後に、また動くのか? という疑念がある。

 情報収集されているのは間違いないだろうが、今までずっとあからさまな動きをしてこなかったのは凪がいたからだろう。凪がいないタイミングだったからこそ大きく動いたのだと思われる。

 ならば次に動くとするならば、また凪がいなくなるタイミング。そこを捕まえる事にした。それまではちょっとした監視を続ける事にする。

 

 艦娘達は新しい訓練プランを相談している。大湊の戦い方を参考に呉の艦娘達にも使えるように取り入れてみる事を考える。弾着観測射撃の訓練を終えたが、すぐさま新しい訓練を開始することになるが、艦娘達は特に不満の声を挙げることはなかった。

 そして凪は新たな艦娘を建造することにした。

 今いる艦娘達でも十分戦えているが、やはり数を揃えた方が安心感はある。資材に余裕が出てきているし、多少無理をしても問題はない。それにトラック泊地やラバウル基地、大湊警備府とみていくと、やはり艦娘の数が多いというのがよくわかる。高みを目指すならば、数を揃えてこそなのだろう。

 また大本営から新たな艦娘データが届いている。

 駆逐艦、弥生、卯月。軽巡、矢矧。

 改二艦として、神通改二、那珂改二がアップデートされた。

 那珂は呉鎮守府にはいないので無理だが、神通に関してはレベルが足りていたので改二を適用させることになった。

 そうして出てきた神通の姿は今までと打って変った印象を抱かせるものだった。

 オレンジを基本としていた衣装は白と混ざり、ノースリーブになっている。後頭部にあった緑色のリボンは大きくなっただけでなく、額に鉢巻を締めている。白が大きく目立つボックスプリーツスカートの方へと視線を落とせば、左足には探照灯が装備され、腰元にはまるで日本刀のように魚雷発射管を二本差しにしている。

 イメージとしては「侍」だろうか。表情も凛としており、美しい女性剣士がそこに佇んでいるように思わせるものだった。そう、凪が静かに見惚れるのも仕方がないほどに。

 

「――提督? どうか、しましたか?」

「――ん、いや、なに。なんでもないよ」

「そうですか? どこか、おかしなところがありましたか?」

「何もないよ。ただ綺麗だと思っただけさ、うん。おかしいところは何もない。そうだね?」

 

 改二改装をした妖精たちに訊けば、問題ないという風に身振り手振りをしてくる。ほら、何も問題はない、と言う風に神通に視線を戻すと、少しばかり照れるように口元に指を当てて視線をそらしていた。

 何かあったか? と首を傾げる凪だが、先ほど少し慌てたように口走ったことを思い出せずにいるらしい。神通も蒸し返す気はないようで、どこか気まずい空気が流れる。

 

「……さ、さて。次は建造に移ろうか」

 

 原因がわからないまま時間を無為に過ごしても仕方がない、と凪は建造ドックへと向かう。そんな凪の背中を見送り、そして視線を工廠の鏡へと移した神通。慌てたように自分でもわからないままに、無意識に神通を褒めた凪。

 確かに神通自身も変わったとは思っている。衣装だけではない。この身体も成長したように感じるし、それに伴って大人っぽくなったのだろうとは思う。それが「綺麗」という言葉に繋がったのだろうか。

 自分も女性ではある。そう褒められて悪い気はしないし、嬉しくも感じてしまう。

 無意識とはいえ褒められたのだ。困惑してしまった神通自身にも驚いていた。まさか自分がそういう人間らしい困惑の仕方をしてしまうなんて、と。

 この身は凪の兵器である。敵を穿つ刃であり、凪を守る盾である。そんな自分にそういう言葉は似合わないと思っていた。兵器なのだからそんなことを言われても平気だと思っていたのに、やっぱり人の心というのは自分にもしっかりと備わっていたらしい。こんなことで心を少しでも躍らせてしまう、少女らしい心が存在していた。

 ぎゅっと胸の前で手を握り締め、はやる気持ちを抑え込む。

 こういう感情は持ってはいけない、と神通は自分を律した。

 

「そんじゃ大型二回やってみようか。レシピは……」

 

 空母を増やすことを考え、大鳳が出そうなものを指示する。現在の空母は五航戦、加賀、飛龍だけ。将来的な事も考えて、もう少し空母を増やしてもいいだろうと判断した。

 さあ、資材が投入され扉が閉まる。問題なく建造ドックが稼働し、表示された時間は――

 

 04:30:00

 

 02:30:00

 

 悪くない時間だが、これは大鳳が出る時間なのか? と資料を確認してみる。だが残念ながらはずれらしい。しかしそれほど悲観するような結果でもないようだ。バーナーを使用し、すぐに彼女達と対面することにする。

 

「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せくださいませ」

「自分、あきつ丸であります。艦隊にお世話になります」

 

 正規空母の赤城。今まで回った鎮守府などで空母枠としてほぼ必ず見かけた艦娘だ。加賀と同じく一航戦に属し、色々と逸話を作り上げた空母といえるだろう。これで五航戦に続き、一航戦も揃えられた。あとは蒼龍だけだろうか。

 そして揚陸艦のあきつ丸。彼女は海軍ではなく陸軍所属の船だ。艦艇ではなく船である。

 陸軍の方からデータを持ってきて艦娘化させたらしいが、こういう風になってしまったか、とまじまじと見てしまう。

 白い。

 全身モノクロ調で顔や手も白粉でも塗っているかのように白い。恐らく史実でモノクロ迷彩を施されていた影響なのかもしれない。

 戦闘を想定された船ではないので、武装は控えめだ。彼女の役割は輸送にこそある。彼女が持参してくる大発動艇も輸送に関わるものなので、そちら方で運用することにする。

 

「よろしく、赤城、あきつ丸。赤城は祥鳳に任せる事にして、あきつ丸は……どうするか」

 

 陸軍所属の船だったので縁がある艦娘はあまり思い浮かばない。輸送に関わるから水雷組に任せるか? と神通の方を見やると、彼女も意図を察してくれたらしい。「お任せください」と一礼した。

 

「君には主に輸送任務で頑張ってもらいたい。そこの神通に色々指導してもらって」

「了解したであります」

 

 去っていく三人を見送り、凪は工廠にあるパソコンで呉鎮守府の艦娘達をもう一度確認する。ここからメンバーを増やすとなると、どういう艦娘がいいのかを改めてシミュレーションするのだ。

 大鳳チャレンジは失敗したが、赤城という悪くない艦娘が増えたから良しとする。

 主力艦隊、水雷戦隊、水上打撃部隊……増やすとすると誰がいいか。

 輸送戦力としてあきつ丸が増えたから、もう一つ水雷戦隊を増やすか、あるいは少し編成いじって組み替えてみるか。

 色々考え、所属していない艦娘のことも考えた結果、少しばかりいくつかの狙い目を定める事にした。

 水雷組を増やす。つまりは軽巡や駆逐を作れるレシピを回すことにする。

 少し資材を回復させた後は、戦艦を狙い目にしたレシピを回すことで大型艦も増やす方向にする。

 無理なく数を増やすための順序が必要だ。先ほど大型建造を二回回したのだからその分軽めで増やすしかない。

 投入資材の数値を指示する凪の様子を、何かが陰でじっと見つめていた。息を潜め、彼が何を作るのかを探っている。

 

「…………?」

 

 稼働した建造ドックを確認した時、不意にその視線に気づいたのだろうか。凪が後ろを振り返るが、そこには誰もいなかった。

 工廠の外から見ていたのだろうか。あるいは視線を感じたのは気のせいだったのか。

 いや、恐らくいたのだろう。

 凪はまだスパイと思われるものが、自分のことについて調べ続けているんだろうと推測した。

 

(今俺が向かっていっても逃げられるだけか。監視されているかもしれないって考えるといい気はしないな)

 

 自分の行動をずっと見られている。それは充分にストレスがたまるものだ。

 今捕まえたとしても、たまたまだとか偶然だとかで言い逃れが出来てしまうのも腹立たしい。ここは我慢の時。いつか確実な証拠を手に縛り上げるのみ、と凪は建造を続けた。

 

 

 埠頭にやってきた神通達。新しく迎えた二人に気付いた艦娘達は早速自己紹介をするが、同時に変わった神通にも湧き出す。一水戦のメンバーは旗艦である神通の変化を大いに喜んだ。

 

「うわぁ、神通さん綺麗になったっぽい!」

「改二、ですか? おめでとうございます!」

「ハラショー、これはいい改装だね」

 

 と、夕立、綾波、響が神通を囲んで祝福した。雪風もぽーっと見惚れている。艦娘になる以前から両者には縁があり、旗艦である神通が更なる変化を遂げたことに感動して声も出ないようだった。

 

「どしたの、雪風」

「……うぅ、とっても、とっても綺麗じゃあないですか。いや、前も美人さんだと思うのですけど、これはもう、なんて言っていいのか……北上さん、何かいいことばないです……?」

「あたしに振られても困るな~。とりあえず、一言おめでとう、とでも言っておけばー?」

 

 そんな北上のゆるいアドバイスに従い、涙目で祝う雪風に神通は苦笑を浮かべながら礼を述べた。

 赤城は祥鳳へと渡され、あきつ丸は他の水雷組に合流する。まだどの水雷戦隊に所属するかはわからないので、顔合わせだけはしておこうと、この場にいる水雷組と自己紹介をしあった。

 その中で神通へと長門が「改二か。おめでとう、神通」と声をかけてくる。

 

「ありがとうございます、長門さん」

「少しずつ改二が増えてきたな。響ももうすぐ改二改装可能な練度になるんだろう?」

「ええ。そうなると、一水戦だけで四人ですか。主力としては充分な顔ぶれになります」

「頼もしい限りだ」

 

 腕組みをしながら頷く長門だが、ふと僅かな疑問を感じたように「私の気のせいならばいいが――」と呟いて、

 

「改装した際に何かあったか?」

 

 と問いかけてきた。神通は首を傾げて「何か、とは?」と問い返す。

 

「いやなに、こっちに歩いてくる際に私の見間違いならばいいのだが、神通の顔が紅潮していたように見えてな。工廠で何かあったのか、と感じたまでのこと」

「……何もありませんでしたよ」

「そうか?」

「ええ。長門さんの気のせいではないですか? 恐らく改二による影響で多少興奮していたのかもしれません。その影響でしょう」

 

 神通はごまかしてしまった。自然と凪とのやり取りのせいで赤くなってしまった、と言わなかった。そんな自分にまた驚いてしまう。何とも人間の少女らしいごまかし方だろうか。

 こんなのは自分らしくない。しかも長門に対して嘘をつくなんて。

 

「そうか、なら良かった」

「…………いえ、違います」

「ん?」

 

 と、神通が首をしゃくり、少し離れたところで話そうと言外に告げる。長門もそれを察し、従うように場所を移動した。

 そして神通は自分の胸に手を当てて「……私は、変わってしまったのでしょうか」と自分にも長門にも問いかけるように呟いた。

 

「改二になって心に、変化が生まれてしまったのでしょうか。自分で自分が分かりません」

「ふむ? 悩みがあるならば聞こう。どうしてしまったんだ、神通?」

 

 神通は先ほどと違い、工廠であったことを正直に話した。長門は静かにそれを聞き、何度か相槌を打ちながら考える。

 やがて、長門は少し空を見上げて静かに告げる。

 

「別に何もおかしいことではないだろう」

「え?」

「確かに私たちは兵器だ。提督に付き従う兵器としてこの世界に目覚めた。……しかし、そんな私たちには心がある。ならば私たちもまた一個の生きた存在として様々な影響を受け、変化するだろう」

 

 そして神通の胸に長門は軽く握り拳を当てる。

 

「自分は兵器だと自負していようとも、心は、感情というものは豊かに形を変えるものだと私は考える。神通、お前は艦娘という兵器である前に、一人の女としての存在が強まったのだろう。ならばあるがままを受け入れ、そのまま歩いていけばいいさ。その先については残念ながら私はあまりよくわからないが、お前ならば自然と理解するかもしれんな」

「あるがまま、ですか」

「そうだ。神通という艦娘であり、神通という名の一人の女として過ごせばいい。難しく考えず、気楽にやればいいさ。その浮かんだ感情を否定せずに過ごせば、それがなんであるかは自ずと理解するだろう」

 

 詳しいことは長門には理解できない。彼女自身がそうなった経験がないし、そういうものは噂程度でしか耳にしていない。それは彼女が誇り高い武人気質をしているせいで、こういったことに自分から触れていこうと考えなかったせいだった。

 だからこれ以上の助言は出来ない。しかし彼女の気質から生まれる考え方は、神通にとってはこの状況を打破するには充分な助言となっただろう。

 これを否定することなく、受け入れて前に進め。

 否定することで停滞するよりも、こちらの方が楽だろうという考え方だ。それは神通にとっても、どちらかといえば合っているかもしれない考え方といえるもの。どこか吹っ切れたような表情で「わかりました」と頷き、

 

「ありがとうございます、長門さん」

「うむ、私程度の言葉で道が見えたならばいい。しかし神通、お前は提督に対して好意は抱いていたのだろう? それがなぜ悩むことになるんだ?」

「……いえ、長門さん。好意を抱いているのは確かですが、好意というものにもいろいろあるものなのですよ?」

「ふむ。私も提督には敬意を抱いてはいるが……ん? 何だ神通? 恋慕か?」

「はたして本当にそうなのか、という悩みだったのですが……」

「なんだなんだ、そういうことか。それは、なるほど、ふむ……仮に私だったとしても、確かに多少は悩みそうな感情だな。すまんな、少しうっかりしていた」

 

 大湊で宮下から艦娘についての推測を聞いていた長門。神が作りし艦娘という存在ならば、人となんら変わらない心を持つのは当然のことだろうと考えていた。それでも自分が提督に付き従い、深海棲艦と戦う兵器であるという自負は変わらないが、心や感情については特に否定はしない。

 人と同じ心を持つならば、自然とそういう感情が芽生えるのも当然だろう。神というものが本当に存在し、艦娘という存在を人間に与えたのならば、姿と同様に心も人と変わらぬように作ったのも自然なこと。

 神通がそういう感情を意識するのも自然なことなのだ。長門にとってはまだ自覚したこともなければ、縁がないものだと考えてはいるが、否定するものでもない。逆にそれも成長の一つだと喜ぶものだろう。だから前を向けと背中を押すのだ。

 

「……長門さんはそういう感情は?」

「む? 私か? 先ほども言ったように敬意はある。が、恋慕はあるかと訊かれてもよくわからんな。……まあ、多少なりとも女の部分をからかわれたことはあるがな」

 

 甘いものが好きな部分に触れられたことや、美人だと言われたことなどについてなのだろう。それに対して意識をしたことはあるが、そこから発展したような感覚はないらしい。

 この先芽生える事があるかもしれないが、今はまだそれはない。

 

「なに、別に私としては敬意であろうと恋慕であろうと関係ない。ただ提督の下で一人の艦娘として在り続けるだけ。終わりを迎えるその時まで戦い続けるだけだ。神通もその気持ちは提督を信頼したあの日から変わっていないのだろう?」

「――ええ、それは変わりありません。この身は提督の矛であり、盾です。どんなことがあろうとも、それだけは変わることはありません」

「それだけを胸に在ればいい。心があるからこそ、それを原動力とし、力を発揮することが出来るはずだ。改めて、改二おめでとう。神通」

「ありがとうございます。相談にも乗ってくれて、感謝します」

 

 握手を交わし、微笑み合う。

 先代からの縁がある二人だからこそ、こういう話をすることが出来る。だが長門は大湊で聞いた話を神通には話していない。宮下にここだけの話、と口止めされているせいだ。長門自身は神通には話してもいいという信頼を預けているが、凪に断りもなく話すのもどうかと思っている。

 それに彼女の話が真実とも限らない。ただの個人の推測でしかないのだから。

 それ以外のことなら、気軽に話してもいい。埠頭へと戻る際に「では、これからのプランを考えるか、神通。新しい仲間も増えたことだしな」と言えば、「ええ、そうしましょうか」と微笑を浮かべて言葉が返る。

 呉の秘書艦と呉の水雷の長。先代から結ばれた絆はそう簡単には断ち切れない。

 片方が改二となってさらに先へと進もうとも、共に歩み続ける事に変わりはない。そして共に後に続く艦娘達を育て、導いていくのだ。


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