呉鎮守府より   作:流星彗

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茶会

 

「……なんでやねん」

 

 不調とはこの事だろうか。

 あれから一週間が経過していた。遠征も着実に成果を上げ始めていた呉鎮守府。ひたすら訓練、出撃、遠征を繰り返し、もちろん休息を挟んでの日々はあっという間に過ぎていった。

 デイリー任務とウィークリー任務の消化も行う事で、消費した資材もそれなりに戻ってくるため、凪はデイリー任務として建造を毎日一回は行っていた。

 行っていたのだが、どういうことだろうか。

 

 その全てが、レーションになっていた。

 

「ここまで来ると、何も言葉が出ないな提督」

「これは泣いていいっぽい」

「ハラショー。おお、ハラショー……と、私はこのすごい結果に拍手を送ろう」

 

 長門、夕立と首を振る中で、響はクールに小さな手で拍手している。「お、お茶にいたしましょうか……?」と綾波が恐る恐る手を挙げるが、凪は呆然としたままだ。

 それだけ、この建造結果に心がやられているらしい。

 神通も困ったようにしているが、「一応、持って来ましょうか。綾波ちゃん、手伝ってください」と二人揃って工廠を出る。

 今ここにいたのは第一水雷戦隊と長門だけだ。第二水雷戦隊は現在遠征に出かけている最中だった。

 

「なーんでかなー……俺はそろそろ新しいメンツも欲しいと思ってるのに、なーんでこうも妖精達は俺の願いを叶えてくれないのかなー……」

「妖精は気まぐれだからな。それに、レーションも悪くはないだろう? これを食べれば能力が上がる」

「うん、そうだね。君達にとっては悪くはないよね。でもねー、それは艦隊が充実してからやることだと俺的には思ってるわけだ。今は、とにかく、数を増やしたい……!」

 

 出撃海域を増やすにしても、第三艦隊を編成するにしても、艦娘の数が増えなければ意味がない。艦種も充実させねば、深海棲艦に対抗する手段も増えないのだ。それではずっと近海警備を続けるだけになってしまう。

 それはそれでいいのかもしれないが、上からグチグチ言われるのがめんどくさい。それなりの結果を示さねば、何も言われることはないだろう。そういういい塩梅の立ち位置に居たいのだ。

 

「お茶が入りました。提督、今はとりあえず休みましょう」

「わーい、お菓子もあるっぽい。ほら、提督さん。これあげるっぽい」

 

 そう言って煎餅を凪の口に押し込んできた。ばり、ぼり……といい音を立てて噛み砕かれ、緑茶を口に含むと、大きく息をつく。そして転がってきていたレーションを手にし、

 

「ほら、食べな。響と綾波も、倉庫にあるレーション、食っていいよ」

「いいのかい?」

「ん。能力の底上げも大事っちゃー大事だからね。どれか一つ、食べちゃいな」

「はーい。それではこちら、いただきますね」

 

 倉庫にあるレーションを一つずつ持ってきてちょっとしたお茶の時間となる。工廠の中にある机と椅子を囲むことになった。だが話題になるのはやっぱりこれだった。

 

「それにしても司令官。ここまで外れるのは本当にすごい」

「掘り返すか、響。案外容赦ないね」

「それはすまない。でも、私は本気でそう思っている」

「確かに。最初こそ1回は失敗したが、それでも成功が続いていたのだ。それがどうしてここまで……」

「ビギナーズラックっぽい?」

「運の偏りでしょうか」

「み、皆さん……提督が、言葉に出来ない表情になりつつあるので、そこまでにした方が……」

 

 響から始まった言葉が次々と凪の心に突き刺さり、ぷるぷると震えていた彼は静かになっていく。しまいには「……はぁ、不幸や」とぼそりと呟いた。

 

(……いかん。あの姉妹を思い出した)

 

 と長門が湯呑を手にしながら瞑目する。しかしとどめになりそうなので、そればかりは湯呑のお茶と共に飲み込むことにする。

 神通がちらちらと凪と響達を見回し、何とかしなければと考えた結果、思い浮かんだのはこうだった。

 

「そ、そういえば三人とも。課題はどうなっていますか?」

「えっ? うん、問題ないよ。命中率は少しずつ上がってるっぽい」

「私は避ける方はいいかな。攻めるより、身を守る方が向いているようだ」

「綾波はどちらも、でしょうか」

 

 話題の切り替えとして、三人へと話を振る事にしたらしい。課題とは自主的な訓練の話らしい。水雷戦隊としての訓練ではなく、個人的に能力をどう伸ばすかをそれぞれ考えて行動させる、というものだった。

 自分達に向いているのはどういう動きなのか。それを自分で見出し、同じチームでそれぞれを補強しあう訓練をしてみろ。それが先日神通が出した課題だった。

 夕立は攻撃の命中率。

 響は回避運動。

 綾波は攻守両立。

 そしてここにいない北上はというと、雷撃戦だった。どうやら大淀を連れていって雷撃訓練を行っているらしい。夕立らを連れていかなかったのは、何でも「駆逐艦より、同じ軽巡で動いた方が、あたし的には気が楽かなー」だそうだ。なんでもどの鎮守府で生まれようが、北上は駆逐艦とはあまり馬が合わないらしい。実戦では共に行動するが、プライベートでは避けるとのこと。

 そういう性分で生まれてしまったならば仕方がない。仕事ではなく、プライベートならばぐちぐち言う事もないだろう、と好きにさせることにした。

 

「夕立は戦闘が好きかい?」

「うん! なんていうか、こう、あたしの中から湧き上がる力をぶつけるのがいいっぽい。強くなっていく自分を感じるし、成果を上げれば着実に成長しているんだってわかる。何より、この強くなった夕立は、提督さんのために戦っているんだって戦場で証明できる。強くなれば、提督さん、喜んでくれるよね?」

「……もちろんさ。一歩一歩成長していく君達を見ることは楽しいし、嬉しいよ」

「うん! だから見ていてね、提督さん! 早く夕立、神通さんみたいに強くなるから!」

 

 眩しい笑顔だ。見た目は本当にお嬢様っぽいのに、中身はかなり強い戦士であると感じさせる。

 凪は先日神通から聞いていた。ここに生まれた夕立は、気のせいか好戦的であると。

 その事について、トラック泊地の東地に訊いてみる事にした。どうやら彼の下にも夕立はいるらしい。だが、ここの夕立ほど強さや戦いについて話はしていないそうだ。でも提督に対して甘えん坊なところは共通している。

 実際今も構ってオーラを出している。なのでそっと手を伸ばし、くいっと顎を持ち上げてやる。

 

「?」

 

 何をするのだろうと夕立がきょとんとしていると、まるで猫にするように首元を撫でてやる。「く、くすぐったいっぽい~」と言っているが、嫌がってはいないらしい。そうしながら東地との会話を思い出す。

 

「それにしても戦闘好きなー。お前さん、建造する時なんか願ったんかい?」

「いや、別にそんな事はなかったと思うけどな。初めての建造だし、何でもいいからいい娘をお願いします、みたいなことは思っていたかもしれんな。オール30だし」

「そうかい? でもま、戦闘好きってのも案外悪くはないだろ。育て方間違えなければ、将来的にいい戦力にはなるだろうさ。……あの夕立だぜ?」

「せやな……あの夕立だしな。わかったよ。あれも個性の一つとして、可愛がっていく事にするわ」

 

 そんな事を話したのだ。

 他の鎮守府に知り合いがいないので、それ以上の確認はしなかった。こんなこと美空大将に訊けるはずもないし、わざわざ大将に訊くような案件でもない。なので凪も艦娘の個性として受け入れることにし、神通には見守っていくようにとだけ伝えた。

 ついでに東地はこんな事も言い残していた。

 

「そうそう、夕立ってか白露型だけどな」

「ん?」

「どこか犬っぽいってか猫っぽいってか……まあ、どこか獣属性あるからよ。可愛がるんなら、そういう風にやっていくと、より懐くかもしれねえぜ?」

「お前は何を言うてるん?」

 

 ちなみに使用しているのは執務室にあるパソコンを利用したテレビ電話だ。映されている東地の顔は実にわかりやすくにやにやしており、そんな彼へと真顔で返してしまった。

 この一年はテレビ電話なんてハイテクなものを使用してなかったからわからなかったが、相変わらず彼は表情豊かに喋るものだな、とこっそり凪は思っている。

 

「おいおい、俺は至って真面目だぜ? 騙されたと思って、猫かわいがりしてみなって。わしゃわしゃとやってもいいし、こう、猫にごろごろ~ってやるようなことをやってもいい。あー、でも白露型が顕著なだけで、他の駆逐もそれなりにこれでいけるな。お前さんは人付き合いは苦手だって事はよく知ってるけどよ、でもやっぱり提督やっていくにゃあ、艦娘との付き合い、コミュニケーションは大事だぜ? やってみなよ」

「…………検討だけはしておくわ」

 

 と、あの場は流したのだが、何ということでしょう。これが通じているとは思わなかった。ただし、他の艦娘達の視線が妙な色を含んでいる。

 長門はじーっとその手つきを見つめていた。何を思っているのかはわからないが、きっとこいつは何をしているんだ? とでも思っているのだろう。

 響も同じようにじーっと見ているが、彼女の場合普段が普段なので、羨ましがっているのか、あるいは侮蔑の真顔なのかがよくわからない。

 綾波は……穏やかな表情だ。にこにことしていて微笑ましくしている。神通も微笑を浮かべているから嫌な感情は浮かんでいないらしい。

 そういう視線に囲まれていると、自然と自分がやっていることが気恥ずかしくなってきた。そっと手を引っ込めてやめることにすると、夕立は、あ、終わり? というきょとんとした表情を浮かべ、そっか、という風にお菓子へと興味が移った。

 

「司令官、今のはご褒美というものか?」

「あー、まあ、そんな感じかな」

「そうか。では私達も何か戦果を挙げればああいうのが貰えるという事か?」

「そうだね。褒美は大事なことだと俺も思うよ」

「なるほど。わかった」

(……あれ? 響的にも、あれはありなのか?)

 

 そんな疑問をよそに、響はマイペースにお茶とお菓子を楽しんでいる。彼女らに許可したレーションはもう食べ終えてしまっているらしい。

 うーむ、よくわからんと凪はお茶をすする。そもそも凪という人物は凪自身も東地が言ったように人付き合いが苦手であり、特に異性の付き合いというものもよくわかっていない。昔から女性には縁がなかったし、アカデミー時代でもこの一年でも同様だ。友人付き合いというものは東地で経験はしているのだが、その東地もトラックへ行ってしまってからは電話でのやりとりですませる間柄となった。

 仕事でも人はいたが、同僚というだけで友人と呼べるものはいなかったような気がする。

 

(さて、こういう時ってどうすればいいんだ?)

 

 やれ困ったぞ。

 東地の言ったことを鵜呑みにして夕立にああいう事をしてしまったが、するべきではなかったか? と今更になって後悔し始める。場所が悪かったか? とも思える。

 神通から聞いた夕立の事をちょっと聞いてみるか、という何気ない始まりからどうしてこうなったのだろう。と、心の中で汗を流していると、響が煎餅を齧りながら、

 

「――司令官、一つ提案がある」

「……お、おう。なんだい?」

 

 空気を変えてくれるのか? とちょっと期待するような目で響を見つめる。

 そんな凪の気持ちなどつゆ知らず、響は相変わらずクールにこう言った。

 

「ふと思い出したのだけど、流れを変える、という言葉があるらしいね。今の司令官には、妖精の微笑みというものが与えられていないと推測する。ならば、悪い流れを払拭するべく、掛け金を変えてみてはいかがだろうか」

「…………ん? それは、建造の話かい?」

「ああ。建造の話だよ」

 

 と、凪達を真似てか、お茶会をしている妖精達へと視線を向ける。凪も妖精を見やり、そして響へと視線を戻す。彼女は相変わらず何を考えているのかわからない目でじっと凪を見つめ返している。

 

「ふいに私の中で、何かが降りてきたような気がするんだ。意見具申、してみろってね。司令官、掛け金……資源投入の数値を変えてみてはいかがだろうか」

「……なるほど。それも一つの手、か。ちなみに響的にはどう変えればいいと考える?」

「そうだね。ここはあえて、増やす方向でやってみては? ……ここで資材を増やし、大型艦を狙うなんて、馬鹿らしいかもしれない。でも、私を信じるならば、乗ってみてほしい」

 

 信じる、信頼する。

 奇しくもそれは響にとって縁のある言葉だ。とはいえ艦娘としての彼女にとっては、関係のない話だろう。

 だがその言葉は人と人においては意味のある事。彼女を信じて提案に乗るのか、乗らないのか。急にこんなことを言い出したのは何故だろうと気になるところではある。もしかすると、先程の夕立のようなご褒美を期待しての事かもしれない。となるとそういうご褒美をもらうために、突発的に言い出した可能性だってある。

 だが、凪としてもこの悪い流れを変えたいという思いも確かにあった。

 ならば、ここは乗ってみるのも一興か。

 

「――わかった。君を信じよう。妖精達、出番だ」

 

 立ち上がり、妖精達へと近づいていく。

 凪の言葉に呼応するように、妖精達がわらわらと凪の足元へと集まって来た。

 さて、増やすとなるとどう増やすのがいいのか。頭の中に浮かんだのは二つのレシピだ。

 主に戦艦を狙える戦艦レシピ。

 主に空母や軽空母を狙える空母レシピ。

 どちらも投入する資材は結構重めだ。だから凪としてはこれをやるのはまだ先だと考えていた。しかし響的には、今ここでやったほうがいいかもしれないと言う。

 毎日レーションという結果を変えるために、あえて今、ここでやる。

 ならば、出し惜しみをするなど出来ようか。

 この流れを吹き飛ばし、良い結果を呼び込むのだ。不死鳥の加護の下に!

 

「ドックを二つ使う。400、30、600、30! そして、300、30、400、300!」

 

 選んだ選択は、どちらも投入だった。

 その指示に長門は「思い切ったな、提督……」と呟いた。

 一方響はお茶をすすりながらその様子を眺めていた。

 資材が投入され、扉が閉まる。二つのモニターが作動し、紋様が蠢きだす。今あそこで妖精達がどれを呼び込むのかの相談が行われているだろう。ついにこの二つのレシピを投入したのだ。凪的にはいい結果が出てくれることを願うばかりだ。

 そんな凪の切ない思いを、はたして妖精達は受け取ってくれるのだろうか。

 凪だけではない。長門達も固唾を飲んで見守る。

 

 その視線を受けて、いよいよモニターにその結果が表示される。

 運命の女神が微笑んだのか、そして響という不死鳥の加護があったのか、全ての結果がそこに――

 

 

 


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