呉鎮守府より   作:流星彗

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長門改二おめでとう。


相談

 

 

 埠頭に到着するとそこには一水戦と五水戦の艦娘がいた。また大淀もおり、神通から指導を受けているようだった。美空大将から大淀の調整データが配布され、大淀を育成することが可能になったのだ。

 ただし、育成可能になったとはいえ、彼女は戦闘に関しては本当にまっさらな状態だ。いきなり実戦投入しても何も出来ないので、しばらくはここで戦闘訓練を積み重ねるしかない。

 新たに大淀を生み出せば多少は戦える大淀となるだろうが、そんなことのために今までいた大淀を切り捨てるのは道理に反する。凪や湊達は今いる大淀を改めて育成する方針をとった。

 また響の改二であるВерныйを適用したことにより、響の姿が成長している。上から下まで白を基調とした外見になっているだけでなく、少し手足もすらっとしたような印象がある。

 発表当初はかなりの高レベルだと感じたВерный改装だったが、こうして適用出来るほどまでに響達が成長したのだと思うと感慨深い。

 そして五水戦だが、旗艦は矢矧。以下鬼怒、長波、Z3が所属していた。四人とも新たに迎えた艦娘であり、大淀と同じように神通からの直接指導によって練度を高めている最中だった。

 二人の空白があるが、ここに大淀が入るか、また別の新しい艦娘を入れるかはまだ正式には決まっていない。もう一人の空白として、現在は第二航空戦隊があり、そちらは飛龍を旗艦とし、以下秋雲、五十鈴、赤城、大鳳が所属している。こちらの方に実戦投入を可能とした大淀を入れてもいいかもしれない、と迷っているのだ。

 まだ大きな実戦が起きる気配もないので、悩む時間はある。大淀の成長の経過を見つつ、新たな艦娘を増やすか否かを考えて決める事にした。

 

「はい、構えて。視界クリア。偵察機の妖精と意識を繋げて――撃ち方始め!」

 

 神通の指示に合わせて大淀と矢矧と鬼怒がターゲットを狙って発砲する。弾着観測射撃の訓練だ。これが行使できない駆逐艦である長波とZ3は同じ駆逐艦である夕立達が付き合っている。

 見たところ彼女らに関して問題は見当たらない。そもそも五水戦は全員新人だ。そのため第二水上打撃部隊のように新人と先輩という関係は隊の中にはない。あとは気が合うか合わないかについてだが、そこで気になるのはただ一人のドイツ艦娘であるZ3か。

 ビスマルクと同じくドイツからの艦娘。ただ一人水雷組の中に放り込まれている状態だが、夕立達との様子を見る限り大丈夫そうだ。

 性格としてはクールな印象があるZ3。しかし協調性がないわけではない。長波と一緒に先輩である夕立達と共に訓練に励んでいる。夕立達も仲良くしようと積極的に話しかけているので、大丈夫そうだと安堵できる。

 

(この娘達は大丈夫そうか。あきつがいる四水戦も問題はなさそうだったし、あれは天龍の力によるものか)

 

 あきつ丸は天龍が旗艦である四水戦に編入させた。四水戦は天龍、三日月、望月、深雪、初雪、あきつ丸としている。戦闘訓練も行っているが、彼女達には主に遠征を行ってもらい、資材回復に努めてもらっている。ならば、輸送を得意とするあきつ丸は四水戦に入れる事で力を発揮するだろうと考えた。

 現在二水戦から四水戦には遠征に出てもらっているのでここにはいない。しばらく様子を窺って問題なさそうだ、と判断した凪は、次の部隊の様子を見に行こうと考えると、鎮守府の方から大和が近づいてきた。

 

「ん? どしたのよ、大和」

「あら、あなたこそ。……私はちょっとそこの人らに用があってね」

「ビスマルクは?」

「日向達と休憩していますよ。私はその間に、訊きたいことがあってね。……神通! ちょっといいかしら?」

「はい?」

 

 海にいた神通を大和が呼び、神通は矢矧達に続けるように指示した後、埠頭に上がってくる。そんな彼女へと近づいた大和は、「少し訊きたいことがあるのだけど」と切り出すと、「構いませんよ。どうぞ」と頷く。

 

「旗艦についての心構えとかを知りたいのですが、あなたなりのものを教えてもらっても?」

「旗艦、ですか? ふむ、どうしてまたそのような?」

「いえね、ちょっと朝に色々ありましてね。私にはどうにも人が持ちうる常識的な思考を持っていないものでしてね。今まではちょっと欠落していてもそれなりにやっていけたんだけど、これからはそうもいかなくなりそうでして。改めてそれを学んでいこうかと。神通、あなたは主力である一水戦を長く務めている。ならあなたに訊いてみようと考えましてね」

「なるほど。良い心がけです。……しかし、欠落しているのはやはり生まれの影響ですか?」

「そうね。余分なものは削られる。例えこっちになろうとも、完全に取り戻すには至らないというものですよ」

 

 呉鎮守府の大和は、元は深海棲艦の南方棲戦姫だ。このことを知っているのは、大和として生まれ変わったあの8月8日に呉鎮守府にいた者たちだけ。それ以降に生まれた艦娘で大和の事情を知っているのはそういない。

 そして南方棲戦姫として生まれた当初、長門に対する深い憎悪を持たせるために、余分なものは切り捨てられている。普通は持ちうる感情、考え方、人としての常識など、持ち合わせることなく生まれ、死に、そして再び生まれ落ちた。

 艦娘としての大和のデータも混ざっているが、それでも完璧ではない。だから彼女には戦いに関する感情がほとんど強く、それ以外に関してはあまり理解がない。長門に対する感情にはライバルという認識をはじめとした好戦的な面が目立つのは、そういった事情によるものだ。ビスマルクに対しても同様である。

 

(いい変化だ。とりあえずは、予定通りの流れかな)

 

 神通に対して旗艦としての心構えを教えてもらおうとする。それは、凪にとって想定していた流れだった。

 凪もまた大和が色々と足りない部分があることはわかっていた。それを直すにはどうすればいいかを考えたところ、部隊編成の流れに乗せて大和を第二水上打撃部隊の旗艦に据えることにした。本来ならば日向が務めるところだが、あえて大和を旗艦にした。

 旗艦として動くことで、足りないものが何かを考えるきっかけになるかと思ったのだ。事実、ビスマルクとぶつかり合い、大和は考えるきっかけを得た。とはいえ凪が考えるように促したところもあるが、結果的にはこうして神通に教えを乞うている。

 

「――といったところですね。とにかく、部隊に所属している仲間達の事を知りましょう。共に過ごすことで、お互いのことを理解し、動きやすくなってきます」

「なるほど。ちなみに神通は一水戦のメンバーについては?」

「間もなく1年は組みますからね。主力ですので、ほとんど変わりません。なのでほとんど把握していますよ」

 

 第一主力部隊と一水戦については凪が所属した当初からほぼ変化はない。第一主力部隊は五航戦が入ってからそのままだったが、今回日向が第二水上打撃部隊へと移動したため、そこに鳥海が入ることになった。

 一水戦については千歳と雪風が入れ替わってからは変化がない。そのため神通から見た仲間達だけでなく、その逆もまた然りだろう。

 夕立ならば他の夕立と比べてどこか好戦的だ。改造する前から突撃するだけの度胸もある。

 北上は緩いが、やるときはやる。その雷撃能力は侮れず、それでいてフォローするだけの器量もある。口では気乗りしなくても、神通と同じく駆逐を支えてやれるだけの力を持っていた。

 と二人のことを挙げてやると、ふむと大和が腕を組んで海を見やる。残りの一水戦のメンバーは神通がいなくても訓練を続けている。普段においても、戦場においても、確かに彼女達は神通のことを慕っている。

 大和から見ても理解出来るくらい強い信頼関係が築いているように感じられる。あそこまで結ばれれば戦場でも動きやすいだろう。

 信頼関係か、と大和は呟く。日向らはいいとして、今日の一件でビスマルクとそれが築けるか? と首を傾げそうだ。これから築くとなると、自分の振る舞い方も見直さなければならないかもしれない。

 が、大和はそうまでして築くものなのか? と逆に疑問を感じる。

 自分は自分だ。兵器ではあるが、かといって自らの個性を失ってまでそこまで徹するか? と最近は考え始めている。敵を倒す兵器が個性を持つというよりも、意志の力について考え始めているせいだ。

 意志を持つとは、その人独自の力を有することでもある。独自の力、すなわち個性を完全に失えば、そこから生み出される力も失われる。兵器とは力が大事だ。ならば、意志の力とやらを得るには、自分自信を失わない事。個性を殺すならば、自分の進化を捨てる事になるだろう。

 

(となると、ビスマルクと完全に上手くやっていけそうにないかもしれないか。なるほど、旗艦とは、上に立つ者とはなかなか難しいものがあるのね)

 

 自分が強く在り続け、なおかつ部下にも気を配る。人というものは難しい、と大和が頭を掻き始める。そんな大和を見て「悩みがありますか?」と神通が問う。「ビスマルクと少しね」と返すと、神通は口元に指を当てる。

 

「ああ、真面目なドイツ人って感じがしましたからね。……相容れませんか?」

「そうですね。あれはどうにも堅い。私にとってはやりづらい」

「あなたにも譲れないものがあります?」

「私が私を否定するわけにもいかないものでね。他の大和と少し違う。でもそれが私よ。前を引き継いで生まれ落ちた私だからこそ、出来るものがあると考えている。私はこのまま高みに昇るつもりですよ」

「それはそれで良いものですね。かといってそれではいつまで経ってもビスマルクさんとは完全に打ち解けないでしょう。……しかし、それでも良いパターンもあります」

「そうなの?」

 

 くすりと笑った神通はあなた、と大和を示し、「と、長門さんとの関係ですよ」と語る。

 

「初めて会った時と比べると、あなたは少しは柔らかくなりましたが、それでも自らの個性を完全に捨ててはいません。その上で何度も何度もぶつかり合っています。でも、劣悪な関係を築いてはいませんよね」

「まあ、そうですね。私自身が長門をライバル視しているから、ついついやりあってしまいます」

「そして長門さんもぶつくさ言いながらも、あなたを邪険にはしていません。付き合っています。そういう関係が成立しています。長門さんもビスマルクさんほどではありませんが、真面目で軍人たる立ち位置を崩していないのに」

 

 お互いがお互いの性格を崩していない。初めて相対した時からぶつかり合ってきているが、完全に仲が悪いわけでもない。これはこれで良い関係を築けているのではないだろうか、と神通は指摘する。

 

「とはいえ長門さんとビスマルクさんとでは違うかもしれません。ですが、こういった前例が確かにあるのです。ならば、あなたなりにビスマルクさんと仲間として少しずつ絆を深める事は可能でしょう。……まだ組んでから日は浅い。これからですよ、大和さん」

「そうね。そう考えれば少しは気も楽になりますか。感謝するわ、相談に乗ってくれて。ありがとう、神通」

「いえ。また何かあればいつでも」

 

 どこか納得したように頷き、握手した大和は来た時と違って晴れやかな表情で去っていく。その際凪と視線が合ったが、ふっと笑って目だけで礼をしてきた。がんばれよ、という風に拳を握ると、瞬きで返してくる。

 そういうやり取りが出来るくらいには凪ともいい関係を築けている。

 神通も凪に一礼すると海へと向かい、指導へと戻っていった。やはり頼りになる艦娘だと感じる。先代から在籍している艦娘だが、彼女の存在は現在の呉鎮守府においても大きな存在になっている。

 そんな彼女が改二改装を行った際にはちょっと妙な空気になったが、あれ以降は特にそのようなことにはなっていない。変わらず水雷戦隊の長として指導に当たっている。

 立ち上がった凪も埠頭を後にすることにする。

 軽く最後にもう一度様子を見ようと海を見やると、神通が凪の方へと視線を向けていた。遠くにいるが、視線が交差したのかと何となく感じ取る。見送ってくれているのか、と凪が軽く手を挙げると、神通はもう一度一礼してくれる。

 結構離れているのに視線が合ったかもしれないなんて、とちょっとした驚きがあったが、凪はそれ以上深く気にすることなく埠頭を去る。彼女はただ見送ってくれただけなのだと結論付けて納得したためだ。

 一方の神通は去っていく凪の背中を見送っていると、夕立に「神通さん? どうかしたの?」と声を掛けられる。

 

「いえ、何でもないですよ」

「そう? 何だか横顔がいつもと違って見えたっぽい」

「……そうですか?」

「うん、なんて言えばいいのかわからないんだけど……とにかく違って見えたんだよ」

 

 夕立の言葉に神通はそっと自分の頬に手を当てる。自分ではよくわからないが、人から見れば違いがわかるのだろう。しかしそんなことがあるのだろうか、と神通は自分で自分がわからない。

 でも、やっぱり自分は変わっているというのはわかってきた。

 改二による影響か、あるいはそれ以前から続いていた人らしい時間の経過による変化なのか。

 

(意識が変われば、認識が変わればこうまで変わるということなのでしょうか)

 

 長門とのやり取りで自分の在り方は変えないつもりだった。しかし、無意識とでもいうのだろうか。気づけば凪の方へと視線を向けてしまっている。

 どこの生娘だというのか。こんな人間の少女のようなそぶりをしてしまうなんて。しかも夕立に変化を気づかれるくらいあからさまだったのか?

 そうまで変わるとは思わなかった。

 

(大和さんではありませんが、確かにこれは兵器として在る、と自分で強く認識しなくてはいけませんね。私がこれではこの子達に示しがつきません。自分で自分を律しなくては)

 

 大和が何かと口にしている「自分たちは兵器である」という言葉が生きてくるとは思わなかった。あれは自分の立ち位置を言葉にする事で、精神の揺らぎを生み出さないようにしていたのかもしれない。

 心が揺らげば不備が出る。それは戦う者としてはあってはならないもの。

 己を律すれば何も問題なんて起きないのだから。

 ぎゅっと拳を握りしめて胸に当てる。すると、いつもよりも少しだけ高鳴る鼓動が感じられた。それを落ち着かせるように呼吸を整える。そんな姿も当然夕立は不思議そうな表情で見つめていた。

 

 そして凪は鎮守府へと戻ろうとする帰路の途中にある間宮食堂に差し掛かっていた。ちょっとだけつまむか? とそっと中を覗いてみると、そんな凪に気付いて「いらっしゃいませ~」という間宮の声がかかった。

 気づかれてしまったか、と苦笑を浮かべながら頭を掻く。「何か軽く食べられるものと、紅茶を」と頼みつつ中を見回すと、一人で食べている艦娘がいる事に気づく。

 

「ん? あれ? いたんだ」

「――む? んぐっ……!? な、なぜ……!?」

 

 そこには羊羹とアイスを食べていた長門が少しわななきながら凪を見上げていた。

 




しずま艦改二の一番手としても長門改二は嬉しいですね。
このまま増えてるとなれば、むっちゃんと雪風あたりでしょうか。
サラトガもあるらしいという話もあったような。

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