呉鎮守府より   作:流星彗

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長門

 

 とりあえず長門の対面に座る。長門は少しばかり縮こまって困ったように俯いている。そんな彼女は普段の様子からは考えられないくらい少女のようだ。まさか、まだ気にしているのだろうか。

 

「俺のことは気にせず、食べるといいよ?」

「……いや、しかしだな。こんなものを好んで食べるというのは、イメージに合わなくないか?」

 

 と、空になっている皿に視線を落とす。食べている途中の羊羹とアイスの他にも、4つほど空の皿が積まれている。つまり、それくらい甘味をここで食べているということなのだろう。どれくらい食べているのだろうか。

 というか他に客の姿がない。もしかすると、それを見計らって甘味を食べに来ていたとか?

 

「さっき大和さんと食べてましたよ。実際にはこれ以上ですね」

 

 間宮が凪の分のアイスと紅茶を持ってきながらそんなことを言う。「え? 大和ここに来てたのかい?」という言葉と「ちょ、間宮、何を……!?」という言葉がかぶってしまう。

 思わず見合わせてしまう二人に苦笑し、空いている皿を下げていく間宮をよそに、こほんと空咳一つした長門は、「……ああ、まあ、なんだ。大和と一緒にちょっとした話をしただけだ」とここで食べている理由をごまかすように話す。

 

「旗艦について訊かれたかい?」

「む? どうしてそれを?」

「さっき神通にも同じようなことを訊いていたからね。なるほど、長門にも相談していたか」

 

 長門は秘書艦であると同時に主力艦隊の旗艦だ。神通と同じく不動の旗艦であり、ずっと主力部隊を纏め続けている。ちょくちょくメンバーが入れ替わっているが、問題なく旗艦として動いている。

 それは秘書艦でもあるからでもあり、呉鎮守府に在籍している艦娘らから強い信頼を寄せられる対象として在り続けている。それは凪と変わらないが、人間と艦娘という大きな違いがある。

 そして同時に、艦娘同士であるがために、共に戦う戦友としての信頼関係も存在している。

 ライバル視しているが、旗艦として在り続ける様は参考になる。ということで大和はここで長門に訊いてみたらしい。

 

「驚いたろうね」

「うむ。まさかあの大和がこの私に旗艦について相談してくるとは思わなかった。いつも何かしら名目を作っては挑んでくるものだから、ここに呼ばれた際には身構えたものだ」

「早食い対決とか言いそうだね」

「ふっ、まさしく」

 

 長門と大和の二人だけでも結構な数を注文し、食べ進めながら話をしたとか。甘味とはいえ戦艦クラスの艦娘ならばかなりの量を消費したようだった。

 相談としては長門も驚いたようだったが、相談ならばと真摯に答えたらしい。秘書艦であり、主力艦隊の旗艦らしい心構えを答えたようだ。しかし大和は長門だけの意見ではなく、もう一人の相談相手として神通のもとへと向かったのが先ほどの出来事だった。

 

「大和の変化は提督の狙い通りか?」

「ある程度はね。呉鎮守府に慣れてきただろうから、大きな変化が必要だろうと思ってさ。戦いだけではなく、それ以外のことにも考えを回してくれるようになったのはいいことだね」

「これで多少は落ち着き、私に対しての行動も改めてくれればいいのだがな」

「んー……それはどうだろうね。あの性格自体は簡単に直るものでもないかと」

 

 あれはあれで味がある。それが呉鎮守府の大和なのだから。

 紅茶を口にしながら「それに長門としても、もう慣れてしまったんじゃない?」と首を傾げてみる。

 

「否定は……しない。変わりはしたが、根は変わっていない。ならばそういうものだと受け入れるしかあるまい」

「うん。南方棲戦姫だったものが、今では艦娘の大和として普通に過ごせている。艦娘として学習し、他人と交流を図っている。その変化を俺は純粋に喜ばしく思っているよ」

「……私も、喜ばしくないわけではないけどな」

 

 日常的に大和に絡まれ、何かと戦ってきているのだ。変化しているのは嬉しいが、普段の言動が消えるわけでもないだろう。他者との交流を積極的にはかり、上に立つものとして成長することも嬉しく感じるが、果たしてそれも上手くいくものかという心配もある。

 諸手を挙げて素直に喜べないのが長門だった。

 残っている羊羹を平らげ、お茶を飲んで一息つく。「変化といえば……」と思い出したように呟くと、

 

「あなたもどうなんだ?」

「ん? 俺?」

「もうすぐここに来て1年だ。他人と関わる、女性と話す。これらについて慣れてきたのだろう? あなたもまた、ここで変わっているじゃあないか。そのあたりについてはどうなんだ?」

「あー、それね」

 

 ここに来るまでは他人とあまり関わりたくなかったし、女性相手に長く話せるものでもなかった。こうして長門と対面に座りながら話すなんてこと、1年前の凪なら出来るはずもなかった。しかも視線を合わせて、だ。

 こんな美人相手に話し続けるなんて考えられないことと言える。彼女の言う通り、自分もまた変わっているのだ。

 

「うん、確かに変わったかな。気分も悪くはない」

「おいおい、そこまで言うことか?」

「腹痛からの気分の悪さって意味さ。結構来るんだよ? ストレスからのものって、なかなかのもんだよ、うん」

「そういうものか」

 

 いつからだろうか。腹痛をあまり感じなくなったのは。

 こうして会話していても体に異常が出なくなったのはいつからだろう。

 自分でもよくわからない内に、ストレスを感じるというものがほぼなくなってきていたらしい。

 とはいえ大湊で宮下と会話していた際には若干痛みを感じたことはあったので、完全に他人や女性に慣れているわけでもない。だが、艦娘相手ならそれはなくなっていると言えるのではないだろうか。

 提督としてはそれでいいのだろう。艦娘相手にストレスを感じながら続けるというのは、どうしようもない欠陥だ。早急に直すべきものであり、それが果たされたのだから喜ばしいもの。

 秘書艦としても、実に安心出来るものである。

 

「女性に慣れていったならば、いつかあなたにとっての善き人が現れるのを待つばかりか」

「…………ん?」

「なんだその顔は? あなたも若いのだ。今のうちに伴侶となる者を見定めておくのがいいのではないか?」

「まあ、そうなのかもしれないけど、なぜ長門がそんな心配を……」

「秘書艦だからな。提督の未来のことも多少は気になるというもの。女性に慣れていないとなれば、いつまでも結婚出来なさそうではないか。人としてそれは悲しいものだろう?」

「そうかもしれないけど、俺は別に結婚なんて考えてないよ」

「そうか?」

「そうそう。それを考えるのはまだちょっと早い。まだ成人してちょっとだよ?」

「ふむ、そのくらいならば、考え始めるものと思うが」

 

 真顔でそんなことを口にしながらお茶をすする長門。軽く頭を抱えながら凪は、ちょっと紅潮した顔を落ち着かせるようにアイスを口にする。いったいどうしてそんな話になってしまったのか。長門はこういう話題を口にするような人だっただろうか。

 

「何故またそんな?」

「む? いや、ちょっとな……」

 

 と、視線をそらしながら頭の中に浮かべるのは神通の変化だ。改二改装してから神通は変わった、と長門は感じている。相談もされた。

 そして凪もまたこの1年で変化している。艦娘と、女性と自然と話せるようになるくらいに変わっているならば、神通の好意に対して何らかの返事をしてもいいのではないかと考えている。

 だが当の二人ではなく、第三者である自分がそれに触れていいものかと悩んでいる。

 その前段階のアクションとして、凪自身が彼女を持てるか否かに触れようとしたが、あれ? どうして結婚まで飛躍してしまった? とふと冷静になってみると、話題の広げようを間違えていることに気づいてしまって口を抑えた。

 しょうがないじゃないか。

 人の恋愛事情なんて長門にとってはあまり縁のないことだ。自分自身のその事情にすら気に留めない人が、うまく話題を転がせられるはずもない。

 凪の怪訝な視線に慌ててしまい、

 

「いや、ちょっとな。提督の恋愛観? というものを知りたくてな、ははは」

 

 と、わかりやすく焦った言葉を発してしまう。

 

「…………なんか誰かにそういう話を吹き込まれたかい?」

「いや? そんなことはないぞぉ。これは私自身の単なる興味さ。女性に不慣れな人が、彼女を持ちたいと思えるか否かについてのな」

「はぁ。まあ、いいけどね。……で、答えとしては同様だね。彼女もあまり考えていない。そもそもそんな暇もなさそうだ」

「相手はいそうだが?」

「だれ」

「佐世保の」

「……はぁ、君もかい、長門。湊にそんな話をしたら言葉とかの棘をぶち込まれるって」

 

 傍から見ているとそういう風に映るのだろうか、と凪はため息をつく。

 しかし当の本人としてはその気はない。

 淵上湊という少女は、凪にとってはただの後輩でしかない。本音を言えば確かに可愛いとは思っているし、最近仲良くなってきているかもしれないとは思っている。

 でも、それまでだ。それが恋愛感情に繋がるかどうかはまた別の話。

 彼女にしようなんて思ったことはない。

 見た目でいえば好みの部類かもしれないのは確か。同じ関西人なので、その点で気が合うかもしれないとは思う。話してみると、意外と悪くはない時もあるだろうが、しかし時々話しづらいところもある。

 それは彼女自身が人嫌いな部分があるからだろう。

 打ち解けてきてはいるが、根本的に彼女自身の性格が誰かと恋愛するという方面へと向いていない。それでは彼女が凪でなくとも誰かと付き合おうなんてことはあり得ないだろう。

 凪はそう分析している。

 

「いい娘だとは思っているよ。でも、付き合うことはないさ」

「そうか。でも艦娘で女慣れしてきているのだ。その調子でいけばきっと善き人が現れるか、あなたが心を奪われた相手が現れたとしてもうまい対応が出来るだろうさ」

「…………なあ、長門さんや?」

「なんだ?」

「本当にただの興味でこんな話題吹っかけてきているのかい?」

「も、もちろんさぁ。私とて色恋の話くらい興味は持つさ。おかしいか?」

「甘いものを食っている姿が恥ずかしい人が、色恋の話題を自分から振るかね? 自分のキャラじゃない、女性らしいところを見せたくない、という君が?」

 

 じっと長門の顔を見つめながら凪はそう問いかけていく。

 長門の性格からしてこういう話題を自分から振ってくることはほぼあり得ない。日常会話をしたことはあるが、それでも恋愛関係のことを踏み込んでくるようなことはしない人だと思っている。

 それが珍しく話題にしてきたのだ。妙だと感じるのは自然なこと。

 

「やっぱり何かあったんでしょ? 君がそういうのを話題にしてしまう何かが」

 

 ほぼ確信めいた口調で問いかける。

 しかし長門は視線をそらして何かを考え込むように唸っている。言うべきか、あるいは言わないでおくべきかを悩んでいるのだろうか。

 長門を悩ませているものは何だ? と凪は考える。

 軽くアイスを口に含みつつ、これまでの呉鎮守府における様子を振り返ってみるか、と思い返してみることにする。

 ここ最近で何か変わったことはあっただろうか。

 大きな変化といえば改二改装をしたり、新たな艦娘を生み出したりしてきた。

 他にはスパイ疑惑が出てきたとか、大湊に行ったくらいか。

 宮下はそういう感情が浮かぶような付き合いをしていない。なので大湊の件は関係ないだろう。

 となるとこの呉鎮守府内で何かが起きたのだ。

 しかしあまり思い浮かばない。色恋の話をするような変化は起きていないように感じる。

 なら長門は何故こんな話を……とわからないなりに考えた結果、凪は一つの推測を打ち立てる。

 

「――まさかとは思うけど」

「なんだ?」

 

 と、視線をそらしながらお茶を口に含む長門。

 

「――俺に惚れてしまった、とか?」

「ぶぶっ……!? な、なぁ!?」

「だから俺が恋愛するのか否かとか、気になっている人がいるとかを訊いてしまったとか?」

「ち、ちが……私じゃない! いや、別に嫌っているとかそういうことではなくてだな! 少なくとも敬意はあるが、そんな恋愛感情など持ち合わせてはいない!」

 

 間宮が肩を震わせながらタオルを持ってきて長門に手渡してくる。見れば、今にも吹き出しそうだというのに、何とか堪えている状態だった。受け取ったそれで口を拭いている長門に「ごめんごめん」と謝りつつ、

 

「でも『私じゃない』ってことは、君以外にそれを抱いている誰かがいるってことかい?」

「……む」

 

 確かにそのように捉えられる。

 ということは、長門はその誰かの事を知り、凪に恋愛の話を持ち掛けてきたと考えられる。その誰かに頼まれたのか、あるいは長門が自主的に訊いてきたのか。

 どちらにせよ、自分は艦娘に好意を持たれているという事実が浮かび上がったのは間違いない。

 誰だ?

 夕立に好かれているというのはわかる。でもそれは恋愛を含んだものではなく、まるで父か兄に甘える娘って感じがする好意だろう。

 他の駆逐艦達も似たようなものと見ていい、と思う。少なくともそういう部類の好意は感じられない。

 では巡洋艦? 自分に近しい艦娘といったら神通や大淀だろう。大淀は補佐として共に過ごしている。それ以上でもそれ以下でもない。最近ちょっと色々あったが、それは恋愛関係に発展するようなものではない。

 神通は……神通?

 と、思考を巡らせたところで、はたと気づく。

 そうだ、何やら視線が合うようになっているような気がするじゃないか。あれは、凪を見ているからこそ起こったこと。

 どうして見ている?

 その意味を考えたところで、「――神通か?」とぽつりと口にする。

 長門はその名前を聞いてぴくりと反応した。言葉は、出ない。ただ焦りは少々落ち着き、すっと視線を下に向ける。その反応で凪はそうなのだろう、と答えを得る。

 

「そうか、神通だったか」

 

 と、もう一度その名前を口にする。

 先代から呉鎮守府に在籍し、提督に就任したその日からずっと共に過ごしてきた艦娘だ。

 そしてあの日以降、彼女は真摯に凪に仕え、凪と呉鎮守府を支えてきている。長門と双璧を成す呉鎮守府の主力艦娘であり、そして同時にもう一人の秘書艦のようでもある。

 そう、彼女はまるで凪に仕える騎士の如く彼を主と定めて行動している。それでいて日常においては、長年連れ添った女性のように甲斐甲斐しく凪の世話をしたことがある。

 宴会の時が如実にそれを示している。いつの間にか自然と凪の隣の席に座り、静かに酌をしているのだ。拒否するのもなんなので、そのままにしていたが、傍から見たらあれはどういう風に映っていたのだろう。

 また倒れた際にはただのお見舞いというより、お世話をしに来ているようなものだった。あそこまですることはないのに、彼女は嫌な顔を一つせず、それが当然とでも言うかのように行動していた。

 もしかすると、あの日からなのだろうか。

 自分の心情を吐露したあの日、神通の中で何かが起きたのだろうか。

 そんな彼女に対して、自分はどう応えればいいのだろう。

 

「……長門はいつから知ったんだい?」

「……つい最近だ」

「となると、改二?」

「そうだな。神通自身も困惑していたようだったが」

 

 困惑? と凪が首を傾げる。

 あの日、長門と神通が話したことを教えられると、凪はそうなのか、と腕を組む。

 

「とはいえ、私がこうしてあなたに訊いているのは、神通に頼まれたことではない。私が独自に訊いてみようと考えただけだ。……そして、提督もまた神通に今、応える必要はない」

「そうなのかい?」

「神通自身も自分の気持ちを上手く処理することが出来ないでいる。例えそれが本物の愛情だとしても、彼女自身がそれを抑え込む性格をしているだろう。自分からは決してそれを口にしないだろうから、お節介ながら私があなたに問いかけてみた次第だ」

 

 確かに、あの神通ならそうするだろう。自分はただ一人の艦娘としてここにいるだけ、とその気持ちを告白することはしない。そんな性格をしている。

 

「提督、あなたが仮に神通に対して愛情を持っていたとしても、今は告白しなくてもいい。ただゆっくりと考えるだけに留めておいてくれ。いつか神通が自分の気持ちを処理し終え、あなたに打ち明ける時が来たとき、それに対する答えが出せるようにな」

 

 そうして残っているお茶を飲み干し、アイスも片づけていく。空の皿を下げていた間宮も話の内容に興味津々で聞き耳を立てていたようだが、今は真面目な話題になったことでキッチンに控えている。

 凪も残っているアイスを食べ進めながら今の言葉をかみしめる。

 答えを出す。

 それはつまり、神通の気持ちに応えるか否かというだけではない。

 自分は人、相手は艦娘。

 ただの好意だけなら夕立達に接しているようにするだけでもいいだろう。しかし恋愛感情となれば少し話は変わってくる。

 彼女達は人のようで人ではない。深海棲艦と戦う心を持った兵器である。そこを忘れてはならない。

 いや、あるいは宮下の言う通り深海棲艦を浄化する力を持った巫女だったとしても、その体のつくりは人間ではないということは明らかになっている。

 自分は人外の存在の好意をしっかりと受け止められるか否かを自信に問いかける必要がある。曖昧な答えではだめだ。それではこの先どう付き合っていけるかわからなくなってしまう。

 今はまだ提督と艦娘だけの関係で済んでいる。例え彼女の気持ちを知ったとしても、それはまだ変わらずにいられる。

 でも、彼女がはっきりとそれを口にした場合、その関係は揺らぐ。受け入れたならば提督と艦娘の関係から一変するが、拒否すればそのまま関係は続く。しかし曖昧なままならば、この関係も曖昧だ。それだけは避けなければならない、と長門は念を押したのだ。

 

「……わかった。俺なりの答えを用意しておくよ」

「感謝する。……いやはや、慣れない話題は難しいものだな」

「ちなみに、ほんとに敬意だけでいいんだよね?」

「そうだ。好意は好意でも敬愛する提督に対する好意だ。だから神通の邪魔をする気はないし、提督が他の人間相手に恋愛をするとしても応援する気でいる。その場合神通が告白した際には、はっきりと振ってやるといい」

「わかったよ。じゃあ時々また君をいじっても問題ないわけだね」

「……それは控えていただこうか?」

「そう? 間宮。長門は今日どれくらい食ったんだい?」

「えーそうですね……」

「そこに触れないでもらえるだろうかッ!? 別にいいだろう!? 私が甘味をどれくらい食おうと!」

「うん、全然かまわないよ。ほんと、こういうところはただの女の子で大変よろしい。そのギャップが君の良さと言ってもいいよね」

 

 にっこりと笑って首を傾げれば、頭を抱えた長門が大きくため息をつく。

 

 

「……提督、本当に変わったものだな。しかしそれを素直に喜べない私はどうしたらいいんだ?」

「笑えばいいと思うよ。そして、もっと食べたいならどうぞ食べてくれ。今回話をしてくれたお礼として追加を許可する」

「それでごまかすつもりか?」

「いやいやまさか。純粋なお礼だよ長門。疑うのかい?」

「まあ、いいだろう。今回はそれで許すとしよう。間宮、追加だ!」

「はーい」

 

 そう、ちょっと気恥ずかしくていじってしまったが、お礼をしたい気持ちは本当だ。

 話してくれて感謝している。

 前もって話を聞いていなければ、純粋な驚きで何を言えばいいのかわからなかっただろうから。おかげで前もって心の準備が出来る。

 何せ女性から告白されるなど、凪の人生で一度もない。恋愛すらもしたことがないのに、神通から突然そんな話をされたらどう返していいのかわからず、ずるずると引きずり続けていただろう。

 それを避けられたのならば、充分に感謝するに値することだった。

 メニューを広げて間宮に追加分を頼む長門を見て、凪は小さく笑う。そして言葉ではなく、ただ心の中で感謝の言葉を述べる事にする。

 ありがとう、君が秘書艦で良かった、と。

 神通の事だけでなく、自分の事も考えて慣れない話を持ち掛けてきたのだろう、と感謝する。素直にそれを口にするのが気恥ずかしくて、ついつい甘味のことでいじってすまない、と謝罪する。

 でもいじりはしても、言葉は本気でもある。

 時折見せる女の子らしさは魅力的だ。気づいていないかもしれないが、次第にメニューの甘味を選ぶ表情が砕けてきて、どこかキラキラしたような目で吟味しているその様もいつもの長門らしくない可愛さがある。もちろんこんなことを面と向かって言えるわけもないので、心の中に留めておくことにするのだった。

 

 

 


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