呉鎮守府より   作:流星彗

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開戦

 

 

 その日のことは、まさに青天の霹靂といっていいだろう。

 日本では春だが、オーストラリアでは4月は秋の時期。ダーウィンという街には秋の穏やかな空気が包まれていた。海沿いの街であり、ここにはオーストラリア海軍基地があった。現在も深海棲艦の存在があるため、オーストラリアで使われていた艦艇によるオーストラリアの艦娘が滞在している。

 とはいえ日本などに比べれば艦娘化されているものは少なく、その数を埋めるためにイギリスやアメリカの艦娘がデータとして共有化され、建造されている。

 戦力としてはラバウルの艦隊に劣っているが、彼女達の守りによってオーストラリア北部の海域は比較的安定を保っていた。

 

「いやー、最近は比較的落ち着いてるな~」

「そうだな。あれだけ騒がしかったソロモンも日本のおかげで平和になったんだ。この調子で深海棲艦が消えてくれたら万々歳なんだけどな」

 

 そんなことを話しているのはオーストラリアの海軍兵士だ。艦娘達と共に海を守る兵士である。煙草を吹かし、ゆったりと視線を海へ巡らせながら穏やかな時間を過ごしているようだ。

 これだけ平穏な時間を過ごせているのは、やはりソロモン海域の平定が関係している。あそこが荒れていた時期は時々オーストラリア周辺にも深海棲艦が進撃してきていた。

 それに対抗するためにオーストラリア海軍も何とか艦娘を取り揃え、人と共に戦ってきたのだ。深海棲艦に通常の人間兵器はあまり効果がないが、ないよりはマシ。怯ませることで足を止め、艦娘がとどめを刺すという体制で戦っていた。

 これもオーストラリアの艦娘が少ないせいだった。艦娘が少ないからこそまだ人間も戦う形が残っている。その証として埠頭に点々と武装が配置されており、深海棲艦に対する備えもしっかりしている。万が一このダーウィンに接近されようものならば、抵抗する用意があるということだ。

 

「日本提督には本当に感謝だな」

「まったくだ。あのラバウルの提督はあまり動かなかったというのに。他の日本の提督が来たおかげで何とかなったようなもんだったか? だとしたらそっちに感謝したいもんだな」

「最近じゃあラバウルも動いているみたいだけどな。それにショートランドとかにも泊地が出来るんだってよ。これでより安全になるってもんさ」

 

 そんなことを話しながらグラスを傾ける。これだけ穏やかになっているのはソロモン海域が平定したからに他ならない。だからこそオーストラリア海軍の兵士達は緊張を解いていた。

 平定する前は常に緊迫した状況にあった。いつソロモン海域からオーストラリアへと深海棲艦が襲撃してくるかわからない状態にあったのだ。

 突然奇襲を仕掛けてきたことが何度もある。そのたびに艦娘と兵士達が出撃し、深海棲艦と交戦してきた。倒しても倒しても湧いてくる謎の敵。いつ来るかわからない不安、恐れ。それを常に感じていた。

 だが、それはもうない。

 平定後も少数が確認されているが、そのたびにラバウルの艦娘達が討伐に当たっている。おかげでオーストラリアへと接近してきた例は、あの日以降ゼロに近しいものだ。

 こうして監視はしているが、一度もダーウィンが襲われていないことで兵士達はようやく心の安息を得たのだ。緊張し続ける日々から解放されたおかげで、煙草を吹かし、秋の穏やかな空気に包まれてお茶を楽しめる。

 心が落ち着きを求めているのだ。それに応えるように、心身ともに安らいでいる。

 このまま何事もなく一つ、また一つと深海棲艦から海を取り戻してもらえたらと願うばかり。

 

 しかし、それは崩される。

 

 突如ダーウィン北部に多数の深海棲艦が出現。海中の潜水艦たちによって放たれた雷撃が警邏していた艦娘に直撃。何が起こったのかわからないままに、撃沈される。混乱状態に陥っている艦娘達へ水雷戦隊が突撃し、空母の艦載機が一気に放たれる。

 

「しゅ、襲撃だ! 深海棲艦だ! 警報を鳴らせぇ!」

 

 双眼鏡で何が起こっているのかを確認した兵士がそう叫び、それを受けて兵士が通信機で屯所へと伝える。少し間をおいてダーウィンの街に警報が鳴り響く。兵士達が埠頭へと集まり、設置してある機銃に向かっていく。深海棲艦より先に街へと到達しつつあるのが空母の放った艦載機だ。

 

「撃ち落とせー!!」

 

 機銃を掃射して何とか艦載機を撃墜させようとする。艦載機も深海棲艦の兵器のため、通常兵器に多少ながらも耐性があるが、機銃によっていくつかの艦載機は撃墜できた。そうして兵士達の視線を空へと向けさせ、艦娘達もまた注意をあちこちに逸らさせる。

 ダメ押しとして水雷戦隊にはリ級改フラグシップを旗艦として据え、改としての力を存分に発揮させた。それに続くようにル級改フラグシップもまた投入し、その主砲に火を噴かせる。

 彼女達は中部提督が改造した本人達ではない。改としての能力をとりあえず数値化させ、南方提督の下へとデータを送りつけたものだ。それを元にして資材で建造したのである。

 戦闘経験はゼロだが、能力だけは改としての性能を発揮できる。南方提督の役割は囮としての戦力なのだから、穴埋め程度にはなるだろうと貸し与えられている。

 

「――――」

 

 ル級改が指示を出すと、別働隊として待機させていた部隊が海中から姿を現し、ダーウィンへと接近。リ級らの手によって引かれているのは、瞑目している白い少女だ。水雷戦隊が前に出て埠頭へと急接近。

 守護についている艦娘達と交戦している中で、白い少女を連れたリ級やタ級が埠頭に乗り込んでいく。陸上へと上がった彼女達へと銃を手にした兵士達が押し返そうとするが、その程度では戦艦の装甲をしているタ級が止まるはずもない。

 轟っ、とフラグシップのオーラを輝かせ、副砲で兵士達を文字通り吹き飛ばしていく。悲鳴を上げる間もなく砕ける体。弾丸は道を破壊し、機銃もまた破壊される。リ級フラグシップと共に街を破壊しながらゆっくりとした歩みで港へと進み出、白い少女を座らせる。

 機銃の数が減ったことで艦載機達も次々とダーウィンの街への上空に迫り、爆弾を投下して街の破壊に当たる。

 逃げ惑う人々、兵士達や艦娘達の声。そんな中で、白い少女は傍らに置かれた艤装に繋がれる。それは駆逐級の頭部のような顔を持つものと、それに連結した主砲だった。陸上基地らしく頭部には滑走路が設置されている。

 ダーウィンの港と繋がりを持った白い少女は、自らの力と交流させ、ダーウィンに渦巻く記憶を掘り起こしていく。

 周りは交戦状態にあるため、護衛としてタ級フラグシップやリ級フラグシップをはじめとした深海棲艦が守りを固めている。それだけでなく街へと砲撃を仕掛け、破壊の後押しをする。

 埠頭にあった全ての機銃はもうない。奇襲が成功したため、港を守っていた艦娘もまた全滅状態に陥ろうとしている。

 ダーウィンは、壊滅した。

 その報せを行うため、何とか生き延びている兵士の一人が、ラバウルへと通信を試みようとしている。どこかをぶつけたのだろう。頭からは血が流れ、外からは爆発音が響いている。警報もまた鳴り響く中で、通信がつながったところで兵士は叫ぶ。

 

「はい、こちらラバウル基地です」

「SOS! SOS! こちら、ポート・ダーウィン……! 深海棲艦の奇襲にあい、街は壊滅状態にあり! 至急、救援を求む……!」

「ポート・ダーウィンですね?」

「そうだ……! 突如海中から深海棲艦が……っ! 抵抗する間もなく、街に上陸を……!」

「わかりました。至急提督に伝え、救援に向かいます!」

「頼む!」

 

 外からの爆発で所々言葉が被さったかもしれないが、何とか大事なことはラバウルの大淀へと伝えられただろう。深海棲艦は街の内部までは入ってきていない。彼女達は埠頭、そして港周辺から砲撃を繰り返している。

 やはり奴らは海の近くからは離れることが出来ないのかもしれない。それなら何とか逃げられるかもしれない。

 通信機を手に兵士は周りを見回しながら建物から抜け出す。生きていればまた出来ることがある。そう思いながら駆け抜けるが、背後から何かが近づいてくる音が聞こえてきた。

 それを認識したときにはもう、大きな爆発が起き、体が熱風を受けながら舞い上がっていることすらわからないままに意識を飛ばしていた。

 

「――――」

 

 そしてそれは、変化を遂げていく。

 繋がっている艤装に力が注がれていき、戦闘が落ち着いたことでワ級が持ち込んでいた資材を取り込み始めていく。艤装の頭部が唸り声をあげる中、取り込まれた資材を用いて体が作られていく。

 まるでそれは要塞の如し。しっかりとした壁が作られ、砲門が穴から突出しているものもある。頭部からは長い首が形成され、要塞の右側から蛇のように伸びるようになっている。左側にはクレーンが形成され、まるで港湾の施設のような艤装へと仕上がった。

 その艤装と繋がれていた白い少女もまた身体に成長がみられる。少女というよりは一人の女性だろう。身長が伸びるだけでなく、その胸には豊かなものがどんと形成されている。額からは一本の角が上に緩やかに湾曲するように長く伸び、白い長髪は背中にも届くほどにまで伸びている。

 何よりその手には鋭い爪を形成した手甲がはめられている。白い女性には似つかわしくない荒々しさを感じさせる武装だ。

 

「――――嗚呼、ナンテ……悲シイ……」

 

 ぽつりと漏らした言葉と共に、瞑目している瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 ダーウィンの街から汲み上げた力と共に、彼女は今回の奇襲を受けて逃げ惑う人々から漏れ出た感情もまた、一気に汲み上げていた。

 レ級が南方提督の憎悪などの負の感情を受けて性格を形成したように、彼女もまたダーウィンの人々の感情に影響を受けてしまっているようだ。タ級フラグシップが首を傾げて白い女性に振り返ると、ゆっくりと目を開けた彼女は街を見る。

 港は何もかも破壊され、あちこちから火の手が上がっている。街の方も艦載機がまだ爆弾を投下し、人々から反抗する意思を奪い続けている。

 抵抗していた艦娘の姿はもうない。海での戦いは終わりを迎えている。撃沈された艦娘達は深海棲艦に回収され、南方提督の下へと届けられることになっている。

 街の奥からは人々の嘆きの声があがっているのだろう。港には兵士の死体が点々と存在している。人の死体には深海棲艦は興味を示さない。あれらが深海提督となるのかどうかは、謎の存在が決めることだ。一部の深海棲艦は人の死体を喰ったことがあるようだが、知性を得始めた深海棲艦にとって人の死体はもはや食糧になるものではなかった。

 それらの惨状を見て彼女は、怒るのでもなく、喜ぶのでもなく、ただ悲しそうな表情を浮かべていた。

 

 

 ダーウィンから救援要請を受けたラバウルの深山。大淀から切羽詰まった様子だったことも伝えられる。何せ通信の向こうから爆発音も聞こえてきたのだから、ただ事ではないことは明らかである。

 救援に向かうのは当然として、自分達の艦隊だけで大丈夫か? とも考える。ちょうどショートランドへと今年の卒業生を二人送り届けている東地茂樹がいることを思い出し、すぐさま連絡を取る。

 状況を伝えると、茂樹は快く参戦を了承した。ラバウル近海で合流する形となり、深山は艦娘達に出撃命令を発する。指揮艦へと集合し、ラバウルの守護隊をいくつか振り分け、出撃する艦隊を選別。

 

「……緊急出撃となったけれど、やることは変わらない。敵を殲滅し、勝利をもぎ取る。……積み重ねた訓練の成果を発揮する時だ。頑張ろう」

『はい!』

 

 一方茂樹はラバウルへと向かう道すがら、凪へと連絡を入れていた。ショートランドに待機していた大本営の艦娘達に卒業生らを一旦預けておき、そのままラバウルへと向かっているところだ。

 本来なら提督について少しアドバイスなどをするところだったが、緊急事態なので仕方がない。

 

「――つーわけで、帰るの伸びてしまったわ。トラックで待っててくれや」

「そういうことなら仕方がないやろ。お前が悪いわけじゃない、気にするな」

「そう言ってくれるとありがたいねえ。ま、軽く終わらしてくるからトラックでのんびり休んでいるといいぜ」

「そうさせてもらうよ」

 

 通信を切ると、腕を組んで背もたれに預ける茂樹。思案するように軽く天井を見上げながら傍らに控えている加賀へと軽く「――で? どう思うよ、今回の」と訊いてみる。

 

「不可解ですね」

「あー、やっぱり? どうもきな臭いよなあ、これ」

「ソロモンの一件以降はレ級の件もありましたが、これもまた突発的。レ級は……ラバウルの報告によれば、想定外のように感じられたようですが、今回は意図的でしょう。そうでなければ、港に攻め入るようなことはしません」

「ポート・ダーウィンはソロモン海戦以前からも何度かあったようだけど、平定後は一度もねえ。だというのに、今回はやってきた。しかも奇襲という形でだ。ソロモンの戦いで減っちまった兵力を取り戻したから、憂さ晴らしでもしてえのかねえ? だとしてもどうして俺たちじゃなくてダーウィンなんだぁ?」

 

 埠頭に兵器を置いていた艦娘の拠点を潰したかったのか、とも考えてみるが、それでもあそこにいたのはラバウルやトラックの戦力に比べれば若干劣る。それにダーウィンが落とされたと知れば、すぐさまラバウルをはじめとする拠点から戦力が来るのは明白。ダーウィン以外にも深海棲艦がオーストラリアの拠点を複数襲撃していたならばそれも防げるだろうが、それはない。

 つまり、ダーウィンに絞って襲撃を仕掛けたのだろう。

 何のために?

 

「絶対何かがあるんだろうが、情報が少ねえ……今はとにかく、ダーウィンを取り戻すことだけを考えることにするか……」

「そうしましょう。念のため索敵を出しておきます。こちら側にも敵が来ている可能性がありますので」

「頼むぜ」

 

 

「――ふむ、一先ずは予定通りかな」

 

 ダーウィンの様子、茂樹の動向、そして凪の動向と複数の地点からの報告を耳にした中部提督は満足そうに頷いた。彼はもうウェーク島までやってきており、ウェーク島にはすでに陸上基地の深海棲艦が待機している。

 ダーウィンの襲撃からラバウルへの救援要請、そして茂樹への援護要請。中部提督が立てた計画通りに進行している。あとはウェーク島へと凪を呼び寄せるだけだ。

 それに関してはもう少しトラックへと近づいたところで行う予定だ。

 今のところはダーウィンの惨状でも眺めているとしよう。

 そういえば出来上がった陸上基地とやらはどんな感じなのだろう。南方の部隊へと送り込んでいたユニットから映像を拾ってもらおうと見てみることにする。

 画面越しではあるが、ある程度は見立てが出来る。艤装の出来、本体の出来と目を移らせていく。相変わらず白い女性はダーウィンの惨状をどこか悲しげに見守っていた。その間もダーウィンから力を汲み取っており、少しずつ力を蓄積させている。

 モデルとしてはポート・ダーウィンにあった基地だろう。あそこでも海戦はあった。深海棲艦として生まれる要素は備わっている。

 

「見た目は問題なさそうだね。気になるのは浮かぶ感情と、能力のデータか」

 

 開発関係に携わっている者としては新たな深海棲艦には興味が出るのは当然のこと。彼女はどんな風に仕上がったのだろう。どんな性格なのだろう。どんな能力だろう。映像越しとはいえ興味は尽きない。

 しかし今は堪える。次は戦闘データをとってもらわなくてはならないのだから。

 ふと、そんな中部提督にあの白猫がすり寄ってくる。呉鎮守府に潜入していたあの白猫だ。逃亡した後はウェーク島に合流してきたようだ。ごろごろと喉を鳴らす白猫を撫でてやり「おつかれ」と労った。それに対してにゃーんと猫の鳴き声で応える。

 見た目は深海棲艦の要素が混ざった白猫だが、それでも中部提督にとっては黒猫同様ペットのような存在らしい。黒猫も交え、ホログラムに映し出されている光景を見守りながら出番を待つ。

 南方提督の艦隊が上手く立ち回ってデータ収集してくれることを願いながら。

 

 

 


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