呉鎮守府より   作:流星彗

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港湾棲姫

 

 ダーウィンにおける戦い。水雷戦隊同士の戦いはトラックとラバウルの連合艦隊の勝利となった。撃沈した水雷戦隊の旗艦リ級改は物言わぬ残骸となって沈んでいく。

 彼女の役割はこの水雷戦隊を率いて艦娘と交戦し、戦闘における力はどれほどのものかのデータを得ることにある。そのため敗北し、撃沈したとしても役目を果たしてはいる。あとはそのデータを中部提督に届けるだけ。

 残骸となったリ級改へと複数のヨ級やカ級が接近する。沈んでいくリ級改の体を留め、体の中から何らかの球体のようなものをヨ級は取り出した。

 深海棲艦の核のようなものである。

 深海棲艦の体を構成するものであり、そこに深海棲艦としての記録を蓄積する。魂とはまた別のデータを溜めこむ物体であり、同時にエネルギーを生み出し、循環させて体を動かし、艤装を動かしている。

 これを砕かれたとしても深海棲艦は活動を停止するが、体に宿っていた魂までは影響しない。あくまでも核はこの世にある深海棲艦の体、器を動かすためのものでしかないのだ。

 リ級改の魂は海に漂う青白いモヤとなる。核を失ったリ級改の残骸はぼろぼろに崩れ落ち、モヤは静かに核へと纏わりつき、同化していく。これによって二つに分かれて保存されていたリ級改の戦闘データが一つとなる。こうすることでこのリ級改は新たな体を得て蘇ることが出来るのだ。

 リ級改の魂は彼女自身の思考や特徴から生み出された経験を、核は体を動かし、どのように艤装を扱ったのかという物理的、現実的な記録を。この二つのデータで、より詳しいことがわかる。

 頷いたカ級がヨ級から核を受け取り、中部提督の下へと向かっていく。

 残ったヨ級らはまた静かに浮上し、ダーウィンの戦闘を見守っていくのだ。

 

「――――コレ以上……クルナ……。止メテ、近ヅケサセナイデ……」

 

 ダーウィンの港に陣取っている港湾棲姫が静かにそう命を出す。彼女の性格なのか、今までの姫や鬼と比べれば小さな命令の声だったが、ヲ級やチ級へと伝わり、そして主力艦隊の旗艦を務めているであろうル級改へと伝わっていく。

 ぎらりと左目の青い燐光が輝くと、彼女もまた改めて命令を出す。その声は司令官らしく大きく響き渡り、展開して待機していた主力艦隊の深海棲艦へと伝わっていった。

 主力艦隊に所属する水雷戦隊が先陣を切り、続くようにル級やタ級が率いる隊が前に出る。後ろではヲ級、ヌ級が艦載機を発艦させるが、その更に後ろ、港湾棲姫もまた艦載機を発艦させた。

 

「わらわらと鳥が群れてやがるな。こっちも惜しまねえ。一航戦だけじゃなく、二航戦も発艦だ。深山、そっちも頼むぜ」

「……わかっている。こちらも一航戦、二航戦を使おう」

 

 艦載機同士がぶつかり合う前に、戦艦による三式弾の砲撃で敵にある程度のダメージを与える。三式弾が炸裂することで細かい弾がばらまかれ、艦載機を多数撃沈させる試みである。

 先陣切って出撃していたトラックの主力艦隊。戻ってくるトラック一水戦、二水戦と交代し、前に出ていくのはトラックの第一水上打撃部隊旗艦扶桑。高速戦艦である榛名も前に出、那智と鳥海もまた三式弾を装填しながら前に出る。

 重巡砲では戦艦主砲よりも飛距離で劣る。その分前に出て距離を縮める試みだ。第二水上打撃部隊である金剛、比叡、高雄、愛宕もまた同様に三式弾を装填し、背後から迫る艦載機よりも先に三式弾を炸裂させるため、扶桑が号令をかける。

 

「三式弾、一斉射!」

 

 一斉に火を噴く主砲。放たれた三式弾が空へと舞い上がり、敵艦載機の進路上で炸裂する。だが敵もまた同じ意図をしていたようだ。

 ル級らが艤装を空へと向けると、一斉に砲撃してきたではないか。それらは同じように弾が空へと舞い上がり、炸裂する。深海棲艦もまた三式弾を開発していたとでもいうのだろうか。

 加賀達が放った艦載機の一部が、三式弾によって瓦解する。だがそれは敵艦載機も同様で、海へと落下していく艦載機らを見送りながら、艦載機同士がまた交戦する。

 空の戦いを繰り広げる中で、前に出るは三水戦や四水戦。主力艦隊よりも速い航行力を以って前に出る。

 トラック三水戦旗艦の五十鈴が「砲雷撃戦、よーい! 蹴散らすわよ!」と声を上げる。ラバウルの三水戦らも側面から当たりに向かい、水雷戦隊がぶつかり合う。そんな中で重巡らが砲撃をはじめ、満を持して戦艦も砲撃に参加する。

 

「徹甲弾装填。全砲門開き、薙ぎ払って!」

「――――!!」

 

 扶桑、そしてル級改の号令に従い、戦艦らが主砲を放つ。放たれた弾はそれぞれの艦隊へ弧を描いて飛び、落下する。艦娘達は回避行動をとりながら距離を詰めていくが、その中の数発が直撃する。

 呻き声を上げながら体をかばったのは高雄、涼風。特に駆逐艦である涼風にとって、恐らく戦艦の弾丸だったそれの一撃はほぼ致命傷だった。よもや機動力のある駆逐艦の涼風に命中させるなんて、偶然か? と思われたが、離れたところにいる第二水上打撃部隊にも直撃させるだけの腕を持っているル級改の実力を示してきた。

 

「涼風さん、高雄さんは無理せず後退を! 五月雨さん、指揮艦にその旨報告を……!」

 

 扶桑の指示に従い、五月雨が指揮艦へと二人が撤退することを報告。庇うように扶桑と榛名が撤退していく二人の射線上に立ち、副砲で深海棲艦へ牽制する。

 扶桑達が放った徹甲弾ももちろん深海棲艦に直撃している。その一撃でリ級は撃沈し、ル級やタ級はダメージを通している。だがル級改にも直撃弾はあったらしいが、少しよろめいた程度で、あまり効いている様子はなかった。

 

「攻撃機、港湾棲姫に接触します!」

 

 攻撃機が主力艦隊の頭上を通り過ぎ、ダーウィンへ到達。港湾棲姫の視線が攻撃機へと向けられると、その異形の手がゆっくりと持ち上げられる。手のひらを上に向け、くいっと指を曲げると、埠頭に配置されている機銃らの砲身が合わせて動かされる。

 深海棲艦の襲撃によって破壊された機銃は、深海棲艦の資材を以って修復された。これによって人間の兵器ではなく、深海棲艦の兵器となったのだろう。港湾棲姫の意思に従って動かされるようになっているようだ。

 艦攻、艦爆という攻撃機が港湾棲姫へと攻撃を仕掛けるはずが、埠頭に並べられている機銃の対空射撃によって次々と落とされていく。もちろん港湾棲姫の艤装にある機銃も斉射され、放たれた攻撃は2、3発程度にしかならない。

 

「――――ッ、コノ程度……」

 

 直撃はしたが、大きなダメージにはなっていないようだ。その様子を攻撃機を通じて加賀は感じ取り、ダーウィンと港湾棲姫の様子を報告し、艦娘達へと共有する。

 艦戦による航空戦はお互いそれなりの打撃を与えあい、一旦下げていく。第一次の艦載機の補給が終わり、再びそれらを放ちながら加賀は攻撃機を通じて見えた港湾棲姫の様子を思い返す。

 今までの深海棲艦の姫と言えば、誰もが笑みか怒りの表情を浮かべていた。

 自身の優位性を示すような笑み。

 艦娘を相手に戦えるという笑み。

 艦娘に対する憎しみをあらわにした怒り。

 仲間を傷つけられたことに対する怒り。

 こういった感情をその顔に張り付けている。姫級だけでなく鬼級も同様だろう。深海棲艦というものは艦娘や人類の敵対者だ。艦娘や人類にとって見慣れた表情を浮かべ、艦娘達の前に立ちはだかる。

 だが港湾棲姫はどちらでもなかった。

 

(……悲しみ、でしょうか。あるいは恐れ?)

 

 攻撃機を見上げていたあの表情は加賀にはそう見えた。どうして今回ダーウィンに侵攻したはずの深海棲艦の陸上基地の姫が、悲しみや恐れの表情を浮かべているのだろう。

 わからないが、そのような表情を浮かべているからといって攻撃の手をやめることはない。このままダーウィンに居座られれば北から順番にオーストラリアの都市を落とされる可能性がある。放置することは出来ない。

 指揮艦に帰還してくる涼風と高雄、それを護衛している吹雪に視線を向け、通信で三人が帰ってきたことを報告。それを受けた茂樹は「水雷、修復はどんなもんだい?」と入渠区画へと問いかける。

 

「傷は修復完了。補給もあと数分で終わる感じだよ」

「そうかい。じゃあ補給が済み次第、再出撃よろしく。入渠ドックが空いてるようだから、高雄と涼風バケツで修復! 攻めの手は緩めねえ。奴らの壁をぶち抜き続けてやれ!」

 

 何としてでも早急に決着をつける。

 その意図により扶桑達はル級改へと攻撃を仕掛けていくことにする。ラバウルの主力艦隊もそれに乗り、ル級改は視線を動かして自分がターゲットになっていることを悟る。

 だが、それで怯むようなル級改ではなかった。

 何か指示を出すと順次砲撃を始める。飛来してくる砲弾は扶桑率いるトラックの主力艦隊へと届いていた。メンバーが落ちているトラック艦隊を壊滅させ、攻撃の手を落とそうという試みか。

 そしてやはり高命中力を持っているのだろう。あるいは装備している電探の性能がいいのだろうか。放たれた弾丸が、扶桑や榛名へと直撃してくる。回避行動をとっているのに、それを読んで中ててきているのだ。

 しかしまだ戦える。当たり所は悪かったわけではない。ダメージとしては小破に抑えられている。

 

「陸奥さん、そちらはどうです……?」

「狙いはつけているわ。隙をつければ、一気に削りきれるでしょうね」

「では、側面からお願いします。それまでこちらが引きつけましょう。皆さん、踏ん張りどころよ」

 

 扶桑がラバウルの陸奥へとそうやり取りし、ル級改に狙われたまま前に出る。副砲で牽制しつつ、隙あらばリ級やチ級を撃沈する。

 その後ろにいるル級タ級はそんな扶桑達を追いかけていくが、ル級改は警戒しながらその後に続いていく。

 ダーウィンの方からヲ級やヌ級、港湾棲姫が艦載機を放って支援するが、当然ながら加賀達も抑えにかかる。向かってくる敵艦載機を近づけさせまいと、榛名などが三式弾を再度装填。

 上空に向けて発射すれば、空で破裂した三式弾が小さな弾を大量にばらまく。それによって敵艦載機を迎撃するが、上空に視線を向けている榛名達へとル級達が砲撃を仕掛ける。

 ル級改も砲撃に参加し、飛来してくる砲弾らに扶桑達は回避行動をとる。その側面から敵水雷戦隊が突撃を仕掛けてくるが、そこにトラックの三水戦らがカバーに入る。

 そしてル級改らにラバウル主力艦隊の陸奥らが砲撃を仕掛ける。向こうへ意識を向けている今こそ、一気に攻め落とす好機。

 

「主砲、撃て!」

「――――」

 

 が、ル級改はそれを読んでいたらしい。主砲は左手のものしか使用しておらず、右手の艤装を楯のようにして防御する。が、陸奥も防御されるのは読んでいた。堅い艤装だということは何度か見せた防御で分かっている。

 徹甲弾で一点突破するため、弾着観測射撃の連撃によってほぼ同じ位置に着弾するように調整。それにより、貫通した徹甲弾がル級改の右肩を貫く。

 

「――ッ!?」

「今よ! 一気に叩け!」

 

 右肩を貫かれてよろめいたル級改。堅い守りを見せていたル級改に綻びが生まれたのを見逃すわけにはいかない。戦艦重巡という高火力にして砲撃距離に優れた艦娘達が一斉にル級改へと攻撃を仕掛けていく。

 その中で名取率いるラバウル一水戦が突撃を仕掛けていく。

 名取はまだロケランを担ぎながら敵艦載機を撃墜するように立ち回りつつ、魚雷で深海棲艦へと攻撃を仕掛けていく。鬼怒、時雨がそれに続いて雷撃を行うが、時雨は魚雷に力を収束させた強撃を放っている。

 通常の雷撃よりも高速で敵艦へと向かっていく魚雷。ル級改へと迫るそれに気づいたらしく、咄嗟に後ろに飛び退いて回避した。が、後から追いついてきた魚雷の一本がル級改に着弾する。

 

「――ッ、……!?」

「覚悟を……!」

 

 いつの間にそこまで来たのだろうか。

 主砲を構えた名取がル級改へと照準を合わせていた。だが軽巡ごときに自分の体を撃ち抜けるはずもない。魚雷によって体の右側に大ダメージを受けているル級改だが、左の艤装で迎え撃たんとする。

 ル級改の主砲が放たれる前に名取の主砲が放たれる。それは艤装に指を掛けている左手へと着弾した。こんな細かいところへと命中するだと? とル級改の手が止まる。その一瞬で名取は手に魚雷を顕現させ、投擲。

 ル級改の眼前へと迫ったそれに主砲をもう一発撃ちながら名取が離脱していく。

 反射的にル級改は左の艤装を放り投げて防御態勢をとった。爆風が艤装に当たったおかげでル級改へと直に届かなかったのが幸いした。しかし左右の艤装を失ったル級改。

 戦闘を続けるにしても戦艦の命である主砲がない。

 歯噛みしながら後退し、残ったタ級らに名取を討てと命じる。

 

「ル級改を逃がさないで! 戦線を押し上げるわよ!」

 

 ル級改が後退するならば、自分達は着実にダーウィンへと近づいている証拠だ。

 空には名取が放ったように偵察機が飛行している。弾着観測射撃のおかげで細かいところへと命中できるだけの射撃が出来る。

 それだけでなく扶桑からは瑞雲が飛んでいる。急降下爆撃によってタ級フラグシップの目を潰した後、扶桑からの追い撃ちによって撃沈される。

 順調だ。

 ここまで力をつけたのか、と自信が持てるだけの戦闘が出来ている。

 慢心は禁物だが、積み重ねた訓練によって大きな犠牲を生むことなく有利に運べているのは喜ばしいもの。

 そして港湾棲姫を目視で確認出来るだけの距離まで接近出来た。

 ダーウィンの港に居座る白い女性。しかし戦いを見守っている彼女の眼差しはやはり悲しみを抱いている気がしてならない。

 

「射程内に入るわ。隙を見て、三式弾を撃ち込むわよ。ヲ級達の処理は……」

「任せなさい。ここまで押し上げたならば、一気に叩き込める。すでに何人かは落としている。流れはこちらにあるわ。鎧袖一触で蹴散らします」

「ふ、頼もしい限りだわ。……でも、そうね。いい波が来ているなら、それに乗り切らなければ損というもの。頼むわよ、加賀」

「了解。では、発艦させなさい」

 

 後方から加賀達が艦載機を発艦させる。

 ダーウィンでの戦いに決着をつけるための攻撃機だ。ル級改も後退し、主力艦隊も瓦解している。もはや敵の勝利はほぼ見えない状況。

 だというのに、港湾棲姫は悲しげな表情でこう言うのだ。

 

「――帰ルト、イイ……。コレ以上、コチラニ来ルナ」

「なんですって?」

 

 怨嗟でもなく、怒りでもなく、陸奥達へと帰還を勧めてきた。その意味が少し理解できなかったが、少しして陸奥は停戦を要請したのか? と考える。

 

「戦いをやめろと? まさかあなた達がそういうことを口にするとは思わなかったわ」

「無意味ナ、犠牲ハ……望マナイ。トラック……失イタクナケレバ……来ルナ」

 

 重苦しい音を立てて艤装の主砲が持ち上げられる。照準は陸奥たちに向けられていたが、彼女自身の瞳はあまり戦意を宿していなかった。まるでそれは仕方なく武器を向けている女性、という雰囲気を醸し出している。

 深海棲艦にも変化が生まれていると感じてはいたが、よもやあまり戦意を持たぬまま生まれてくる存在がいようとは。いったい何がどうしてこのような深海棲艦が生まれたのか。

 だが彼女に戦意はなくとも、このままここに深海棲艦の艦隊を留まらせておくのはよろしくない。元より今回は深海棲艦から仕掛けてきた戦いだ。奪われたダーウィンを取り戻すためには、港湾棲姫を討つしかない。

 

「……警告するわ。疾く、ここから去りなさい。去らないならば、私たちはあなた達を沈めなければいけない。無意味な犠牲を望まないならば、あなた達から去りなさい。そうすれば、これ以上血を流すことはないでしょう」

「――――」

 

 それに対して応えを返したのは港湾棲姫ではなく、負傷していたル級改だった。彼女の目には戦意がある。ル級へと手を伸ばせば、彼女の艤装を手渡される。どうやら彼女は戦う気があるらしい。

 そんなル級改へと「……榛名、続ケルノ……?」と問いかける港湾棲姫。逆にル級改は「続けないのか!?」とでも叫んだのだろうか。艤装を手渡したル級もどこか困惑したような表情を浮かべ、陸奥へと視線を向けている。

 あのようなル級、以前にも見かけたような気がした。そう、レ級の一件のことだ。

 レ級を迎えに来たル級は、レ級をたしなめるようなそぶりを見せていたし、レ級が沈められると状況を整理し、やむなく撤退を選んだ。どこか苦労人のような雰囲気を見せていたが、まさかあの時のル級だろうか?

 そうしていると、ル級改は陸奥へと主砲を撃ってきた。飛来してくる砲弾。それを陸奥はすっと手をかざすと、拳で弾き飛ばす。海面へと叩き付けられ、爆発するそれを背景に、「――続けるのね?」と静かに呟く。

 

「――仕方ガナイ。所詮、私達ト、アナタ達はソウイウ関係。コノママ戦ウナラ、私ハ役割ヲ果タシテ、消エマショウ……」

 

 護衛要塞が港湾棲姫の傍らへと現れ、カチカチと歯を打ち鳴らす。埠頭に並んだ機銃も上空を睨みつけたまま、艦載機の接近を阻む構えだ。

 

「……何モ、何モワカッテイナイ……。所詮、私ハソウイウ役割。コノ戦イニ意味ハナイ。悲シイコトネ……」

「どういうこと? あなた、何を知っていると?」

「……来ルナ、帰レ……。ソノ先ニ、答エガアル……。帰ラナイナラ……私ハ、アナタ達ヲ討トウ……!」

 

 そこで初めてその気弱そうな瞳に戦意が宿ったように見えた。蛇のようなものもまた高らかに咆哮を上げ、一斉に艦載機が発艦されていく。

 言葉の意味はやはりわからなかったが、戦う気になったならばやむを得ない。「三式弾、一斉射!」という陸奥の号令に従い、三式弾が一斉に放たれる。続けて加賀達の艦載機達も到達し、ダーウィンの守りを崩すべくル級改らへと迫っていく。

 

「――――!!」

 

 負傷はしていてもそこは改としての意地があるのだろうか。

 ル級改は自ら前に出て残った主力艦隊を率いる。艤装は改としての艤装よりも性能は落ちるが、そんなことは関係ない。ル級改にとってこの戦いを続ける意味は一人でも多くの艦娘を倒し、この傷の借りを返すことにある。

 怒りという感情に支配されているらしい。とても深海棲艦らしいわかりやすい行動原理だ。

 

「ふん、効かぬよ!」

 

 ラバウルの長門に飛来する砲弾。いくつかは躱し、二発が被弾したが傷は浅い。だが追撃してきた副砲の連打。それを掻い潜り、接近した上で主砲を斉射。だがル級改もカウンターを撃ち込むように長門へと弾を残していた砲門で撃ってくる。

 鍛えられた装甲を誇る腹筋で耐える一撃。それでも弾頭が抉りこみ、衝撃が長門へと襲い掛かっているが、倒れるほどではない。

 逆にル級改にはほぼ致命傷になる攻撃だった。馬鹿正直に突っ込んできたのが不幸といえる。その高耐久に硬い装甲を以ってしても、主砲の全弾命中は傷を負っていたル級改といえども耐えきれるものではない。

 よろめき、力尽きたように倒れ伏す。そんなル級改を介錯するように、鬼怒達が魚雷を放ち、撃沈させる。

 硬い装甲、中ててくる砲撃。一つ一つは脅威と感じる要素を備えていたが、まだ戦いに慣れていない雰囲気を感じたような気がする。それはやはり生まれたばかりの個体故の未熟さにある。

 艦娘達はそれを知る由もないが、そこに勝利を掴めるだけの要素があった。

 それは、この港湾棲姫にも変わりはない。

 彼女もまたここ最近生まれたばかりの存在だ。能力こそ量産型ではなく姫級らしいものを備えているが、実戦経験はそんなにない。その上性格が戦いに向いていない。

 三式弾を受けながらも、砲撃を放ってくるがル級改と違って少々命中に難があるらしい。

 いや、中てようとはしていないのだろうか。まるで威嚇射撃のようだ。先ほどから何発も撃っているというのに、まともなダメージを与えるような着弾がない。

 

「……やっぱり何かがおかしいけれど、手を抜くわけにもいかないわね」

「ええ。容赦は必要ないわ。やらなければこちらがやられるだけ。仲間を喪って後悔するのは、そう何度も味わうものではないわよ」

 

 陸奥の呟きに加賀が通信越しに言葉を掛ける。レ級の一件はトラックにも伝わっている。となれば三人の艦娘を喪っていることも知っている。

 非情ではあるが、悲しみを繰り返す必要はない、と陸奥を気にかけているのだ。言葉を証明するかのように、艦攻が次々とヲ級やヌ級、ル級らを攻撃していく。ダーウィンの守りの手はもう僅かにまで削られていた。

 あれだけいた深海棲艦もここまで減っている。ソロモン海戦の時はどこか均衡したような戦力だったが、今ではここまで差をつけてしまっているのかと少々驚きを感じる。

 長門や囮を務めていた扶桑達が傷を癒すために一時撤退する中、修理を終えたトラック一水戦らが戻ってくる。だがもうほぼ出番はないような状況だ。それを感じ取ったのか「ぶー、なんかつまんない感じー?」という川内のふてくされたような声が聞こえてくる。

 

「……いいえ、やることはありますよ。対空射撃、始めてください……!」

 

 と、ラバウルの名取が再びロケランを構えて上空へ放つ。港湾棲姫から放たれる艦載機への対処だ。砲撃は当たらず、艦載機も対空射撃によって防御される。港湾棲姫を守る者は少なくなり、残るはタ級や護衛要塞ぐらいしか戦力になるものがいない。

 対する艦娘側はほぼ脱落者はなし。戦力差も歴然だ。

 

「せめて苦しまないように、一息で終わらせてあげるわ」

「――――ソレハ、アリガタイモノネ。デモ、ソレデモ私ハ役割ヲ少シデモ果タシタ。願ワクバ、私ノ存在ガ……少シデモ意味ガアッタト……思イタイ……」

 

 瞑目する港湾棲姫は降り注ぐ三式弾の弾を防御することなく受け入れる。これ以上の足掻きに意味はない。与えられた役割はトラック艦隊とラバウル艦隊を引きつける囮。少しでも時間稼ぎをすることにあるが、彼女としては戦闘自体あまり乗り気ではなかった。

 これ以上無様に抵抗し続けることは、港湾棲姫にとっては苦痛でしかなかったのだ。

 だからおとなしく死を受け入れる。

 艤装の蛇は抵抗しようとしているが、本体である白い女性が動かないために何もできない。傍らにいた護衛要塞も埠頭から飛び出して陸奥達へと砲撃しようとしているが、それを川内達が押しとどめる。

 

「嗚呼、悲鳴ガ……嘆キガ、遠ザカル……。ソレデイイ……、悲シミナド、ナクテイイ……。イツカ……戦イノナイ、日々ニ……私モ、カエル……」

 

 知らず手が空へと伸びる。ダーウィンの人々の悲しみの感情を取り込んで生まれた港湾棲姫は、最期まで戦いに対して積極的になれなかった。一般人の悲しみという負の感情から生まれたからこそ、深海棲艦としてはあるまじき戦闘行為に否定的な性格を形成してしまった。

 攻撃こそしていたが、彼女の攻撃が艦娘に対して有効打を与えたのはそうなかっただろう。戦闘テストとしては不合格、姫の完成系としては失敗作もいいところだ。

 三式弾によるダメージが蓄積し、艤装が爆発して炎が発生する。燃え盛る炎に包まれながら、港湾棲姫は静かにその身を海へと投じた。

 崩れ落ちていく艤装と体。だがそのまま彼女が眠りにつくことはない。失敗作としかみなされない戦果ではあるが、彼女というデータは回収されなければならない。戦闘データは役に立たないが、港湾棲姫としてのスペックだけは良いものではある。

 中部提督が派遣した深海棲艦が港湾棲姫から抜き取った核を回収し、持ち帰る。その中に紛れるようにして、残存している深海棲艦も潜航して撤退を始めた。普通ならば追撃するところだが、ダーウィンの埠頭に並んでいる深海棲艦の武装兵器や、街の様子を探らなければならない。

 ここは撤退する彼女達を見逃すことにする。

 だが、あまり腑に落ちない。

 ソロモン海戦に比べるとあっけなさすぎる。

 それは陸奥や加賀だけでなく、茂樹もまた感じていた。

 確かに新たな戦力を投入してきている。だが、それ以外の層はあまり補強されていないため、容易に守りを突破してしまった。それに港湾棲姫もあっけなく散り過ぎている。彼女が戦闘向きの性格をしていなかったということもあるが、それにしてはおとなしくやられ過ぎだ。

 せっかくダーウィンを攻め落としたというのに、どうしてこうもあっさりと取り返すことが出来たというのか。

 自分たちが強くなった、というだけにしては納得がいかない流れだった。

 

「……出来過ぎている、と?」

「普通深海棲艦が港町を攻め落としたってんなら、もう少しまともな戦力を揃えてくるだろうよ。あるいは、他にも侵攻するさ。だが、ダーウィンを落としたかと思ったらそのまま待機だ。まるで俺達を待っていたかのようにな。かと思えば、あっけなく壊滅。何がしたかったんだ? って思うだろうよ」

「……確かにね。二つの鎮守府での戦力、姫級は一のみ。そんな状態でのこの戦いだ。……ソロモン海戦での被害をまだ回復しきっていない状態でのダーウィン侵攻だったならば、ますます意図が読めないね」

 

 何にせよダーウィンから深海棲艦は退けられた。指揮艦二隻はダーウィンの港に接舷し、街の様子を探りに行く。

 そしてダーウィンの戦いを見守っていた深海棲艦のユニットもまた静かにダーウィンから離れていく。戦いを見物していた北方提督は、静かにこの戦いを振り返り、ぽつりと呟く。

 

「――良かったのか、これで? 戦闘記録はまともに取れずに終わったと云えよう。終始囮で終えたようなもの。ダーウィンの個体は失敗作と断じられるものと烙印を押されよう」

「戦闘記録に関してはその通りだけれど、生み出す際の注意点ははっきりした。それだけでも得られるものはあったと言えるよ、北方さん。……そう、少なくともあのシステムよりはずっとマシさ」

 

 思い出されるのは南方提督が構築した力のシステム。深海棲艦の命を削り性能を向上させ、己の傷を修復し、何度でも量産型を修復して戦線復帰させるあのシステムだ。艦娘側からすれば悪夢としか言いようがない、まさに亡霊としての在り方を示すものといえる。

 だが中部提督からすればそれは認められないシステムだった。

 

「あれは消していいものだね。あれこそ一番の失敗作。復活出来ない死兵に意味はない」

「……あそこでも死んでいるが?」

「死んではいない。沈んでいるだけさ。例え沈もうとも、魂があればあの子達は蘇る」

 

 あの戦場で沈んだ深海棲艦は魂さえ残っていれば別の体を得て蘇る。しかし南方提督のあれは魂やコアを傷つけ、摩耗させる。まさに命を削っている力だ。あのソロモンの戦いで散った戦艦棲姫や飛行場姫の魂は回収を試みたが、すでに消え去っており復活することはない。

 飛行場姫は最後にいずれ復活するようなことを口にしていたが、それは叶わぬものとなってしまった。データは残っているが、あそこで戦った飛行場姫とはまた別の存在となるだろう。

 だから中部提督はそれを認めない。戦いに負けることはあっても次のチャンスを用意すべきだ。そうして負けを、失敗を積み重ねても最終的に勝てばいい。魂が流転する余地があるならここで沈んでも何も問題はない。

 

「失敗を、敗北を恐れてはいけない。開発というものは失敗を積み重ねて成功例を生み出すもの。失敗もまた良きデータになる。それがこういった事に携わる者の心得さ」

「左様か。我はそういうことは疎い故な。それで? ウェークでも戦闘はあの通り始められた。何か命を出さなくても良いのか?」

「なに、問題ないさ。今回は敗北しても問題なし。最後までそれなりに立ち回るだけのことってね」

 

 そう笑みを浮かべる中部提督の視界には、艦娘と深海棲艦との戦いが行われている。

 ダーウィンで戦いが繰り広げていると同時に、中部提督の方――すなわち、ウェーク島の方面でも戦闘がある。その相手は、凪と湊率いる艦隊。こちらでも中部提督の予定通り進行しているのであった。

 

 

 




あまり戦いがすきそうじゃない、というイメージと
イベで実際にやってみるとあっけなくクリアできたというものが組み合わさり、
こちらではスムーズな勝利となりました。

なお、4-5は……。

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