呉鎮守府より   作:流星彗

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会敵

 

 

「――追跡、続行。敵戦力ヲ、引キズリ出ス。アルバコア、調子ハ、ドウ?」

「――――」

「ソウ。ナラ、今ハマダ適度ニ……攻撃ヲ」

 

 佐世保二水戦を追いかけるヲ級改率いる深海棲艦の艦隊。装填を終えれば、タ級フラグシップやル級フラグシップが砲撃していく。海中からはヲ級改がアルバコアと呼んだ個体率いる潜水艦が雷撃を仕掛ける。

 砲撃や雷撃は足の速さで何とか切り抜けているが、いつまでも全速力で逃げ切れるものではない。足の速さが売りではあるが、常にフルスロットルを出せるわけではない。

 人間も地上を全速力で走り続ければ息が切れる。それと同じように、艦娘もまた息が切れる。そのため時折速度を落とし、蛇行をしながら回避行動をとっていた。

 それにいつかは合流できることがわかっている。それまでの間、時間を稼げばいいのだ。希望がある分だけ、気持ちに少しだけ余裕が持てる。

 

「魚雷反応、ですね。また撃ってきたみたいですね」

「迎撃は出来そうかしら~?」

「出来んことはないけど、やっぱ他の魚雷と比べたら早いわぁ」

「それに数、多いですよ。潜水艦、集まってきているんじゃないかしら」

 

 後ろを確認する黒潮と初風がそう答える。そんな中で「戦艦撃ってきたよ。回避を」と響が警告した。蛇行する龍田達の近くに着水していく弾丸。その威力は立ち上る水柱が物語っている。

 そうして体勢を崩したところを、追撃してくる魚雷がとどめを刺す、という試みか。最後尾にいた響が迫ってくる魚雷に覚悟を決め、左肩にあるシールドのようなものを構えた。

 

「…………っ!」

 

 直撃。防御態勢をとっていたおかげで吹き飛びはしなかったが、それでも炸裂した魚雷の威力に飲み込まれた響の艤装はダメージの大きさを物語るものになっていた。

 構えたシールドは破損し、衝撃が響にも伝わったのかセーラー服が一部弾けている。「響!」と後ろにいた初風が響を抱きかかえ、舞風と黒潮が響を庇うように前に出る。

 とはいえ今は逃亡中だ。前に出はしても、移動はバック航行となる。

 響のダメージは中破に留められたのが幸いか。その体が沈みはしていないのでその点では不幸中の幸いといえる。さすがは不死鳥という異名を与えられた駆逐艦。耐えることに関しては何らかの加護があるのかもしれない。

 しかし敵の攻撃の手はこれには留められない。

 

「駆逐艦、仕留メキレナカッタヨウネ。……マダ、主力ハ来ナイカ。ナラ、モウ少シ……攻メヨウカ」

 

 とんとん、と杖を手に叩いて一点、また一点と杖の先で示す。それに従って帽子から艦載機が発艦され、それぞれの方角へと飛行する。艦載機で挟み込むようにして攻撃するつもりか。

 響を連れて航行する初風。これはいわゆる曳航しているようなものだ。両手が塞がっているため艤装を手にすることが出来ない状態。守りは龍田達に任せる形になってしまう。

 対空砲撃の構えをとるが、左右から挟み込まれればまた被害が出るのは確実。それぞれが対処するから一点に集中するよりも守りが薄くなってしまう。更なる犠牲の覚悟。犠牲は自分が受けるか? と龍田は冷や汗をかきながら思案する。

 仲間が傷つくよりは自分がそれを受け、逃がしてやるのも手だ。

 そんな自己犠牲を考えているとき、ヲ級改がすっと目を細めて「――キタカ」と呟いた。

 次いで空に更なる飛行音が響いてくる。見上げれば、多数の艦載機が敵艦載機と交戦を始めていた。航空支援が到着したのである。

 呉と佐世保の主力空母達が放った艦載機。それを見届けたヲ級改は「一度補給スル。計画通リ、進メテ」とタ級フラグシップに伝えて潜航を始めた。

 交戦している敵艦載機は次々と撃墜されていく。数では艦娘側の方が圧倒的だ。落ちるのははじめからわかりきっているので、見捨てるようだった。それにこれはただ艦娘を釣りあげるための囮でしかない。最初からこれらの犠牲は想定内である。

 本番はこれ以降。そこに力を注ぐだけだ。

 

「お待たせしました。……無事ですか?」

 

 呉一水戦の神通が龍田へと寄り、響の状態を見て問いかける。「ええ、何とかね……。ありがとう、呉の神通さん」と頭を下げる。続いて佐世保一水戦の那珂が到着し同じように龍田達を心配する。

 

「ここまでで敵影はなかったよ。まっすぐ行けば指揮艦に行けるから、撤退していいよ」

「そうさせてもらうわね~。敵は今のところあれらと、新しい魚雷を使う潜水艦がいると思われるわ~。気を付けてね」

「わかりました。お気をつけて」

 

 一礼する神通は鋭い眼差しで敵戦力を見据える。ヲ級改はいなくなったが、それでも主力艦隊と呼べるだけの戦力があそこにいる。そしてまだ見ぬ潜水艦もいるのだ。

 ソナーの感を広げ、どこにいるかを探る。

 そうしながら神通はその手に主砲を構え、軽く肩を回した。

 

「こちらの主力艦隊の到着はあと数分といったところでしょうか。それまでに削れるだけ削ってみましょう」

「わぁお。呉の神通ちゃん、やる気満々だね。那珂ちゃん的にはちょっと立ち回って潜水艦でも落としていければ、って思ってたんだけど」

 

 そう言う佐世保の那珂は改二の姿になっている。神通改二と似たような服装になっているが、なんというかよりアイドルらしい衣装になっていると言うべきだろうか。しかし水雷戦隊の長らしい能力を持ち合わせた改二になっているので、充分と言っていい。

 

「それも結構でしょう。では、そちらには潜水艦をお願いしましょうか。タ級らは私達が引き受けますので」

「あ、そのまま役割分担しちゃうんだ。うーん、ま、それもいいけれど、ここで負傷するという危険性は考慮しないんだね」

「その時はその時です。そう簡単に落ちるほど軟な訓練はしていませんよ。何せうちの子達はどうも血気盛んな子達ばかりでしてね。最近上の戦力とぶつかったことで先を見据えてしまっています。彼女達に追いつくためにも更なる実戦経験を、と望んでいるのですよ」

 

 大湊の一水戦。彼女達と会うまでは自分達も強くなったつもりでいた呉の一水戦。

 その驕りを砕かれてしまっているのだ。更なる強さを、と訓練を重ねたが実戦はほぼない状態で日々を過ごしていた。

 悶々とした気持ちをいよいよ張らせるのだから、気力が漲っているのも当然の事。

 完全に夕立達は獲物を狩る者の目をしている。

 

「では行きましょうか。水雷の魂の見せ所です!」

『応ッ!』

 

 突撃を仕掛けていく呉一水戦を見送る那珂は「うーん、ほんと呉の一水戦って血気盛んだねえ」と若干引き気味だ。だが那珂もまたそんなに悪くはない、とは思っている。彼女とて艦艇の時は四水戦を預かる水雷の長だった。

 その時の記憶はあるため、突撃や魚雷命の水雷魂は彼女の中にも存在している。

 が、今はそれを発揮する時ではない。未確認の潜水艦という脅威がこの周囲に存在している。それを処理するのが今の那珂達の役割だ。

 

「タ級達は神通ちゃん達が引き受けている。その間に、早急に潜水艦をやっちゃうよ! 探知に集中! 一刻も早く位置を特定!」

『はい!』

 

 先ほどからどこかに潜んでいる潜水艦。ヲ級改がアルバコアと呼ぶ存在はどこにいるのか。それを探っている間にも敵は動いている。

 タ級フラグシップへと接近する神通達へと、どこからか魚雷が迫ってきていた。綾波が「魚雷接近です!」と声を上げる。神通もちらりとそれを確認し、「……なるほど、早いですね」とぽつりと感想を漏らす。

 同時に被弾しないルートを見出しつつ、タ級フラグシップらの砲撃を避けるルートも絞り込む。「ついてきなさい」と一声上げて進路を変更。

 そんな神通達へと軽巡や駆逐級が接近してくる。それぞれ砲門を神通達へと向け、砲撃を仕掛ける。その砲撃からずらすようにタ級やル級も砲撃。回避先へと当ててくる算段だろう。

 しかし神通達は回避してみせる。飛来してくる砲弾に怯まず、加速と減速を交えて砲撃を切り抜けていく。だがそれでも全く被弾しない、というわけにもいかない。一撃が重い戦艦の砲撃は当たらないように気をつけはしたが、それ以外の砲撃は掠めていく。

 この程度ならまだいける。そんな夕立らの目はより生き生きとしていた。

 これぞ戦い、これぞ実戦。

 判断のミスが、行動のミスが死に繋がる。己の力で生きるか死ぬかが決まるのが実戦だ。

 

「突破します。砲雷撃戦、開始!」

「ひっさしぶりの素敵なパーティの始まりっぽい!」

「あたしの魚雷が唸りをあげますよっと」

 

 回避ルートを通ったことによって前進する深海棲艦の前を横切るような形になった呉一水戦。それを追いかけてきている敵水雷戦隊へと砲撃と同時に、北上による雷撃が行われる。

 20門の魚雷が一気に広がるように放たれ、敵艦隊へと進軍。それに加えるように神通達による砲撃が行われる。北上の雷撃の恐怖は敵だけでなく味方でもあり得る。佐世保一水戦への被害がないように放たれた魚雷。

 それを追いかけるようにして進路を変更。改めて敵艦隊へと突撃を開始する。

 加速する勢いを殺さないままに夕立と神通が先陣を切る。そんな彼女へと軽巡ヘ級が砲撃したが、頭部へと迫る弾丸を回避するために神通は海面を滑るようにスライディング。そのまま副砲を連射してヘ級を足止めし、夕立が頭部へと砲撃して仕留める。

 スライディングから勢いよく飛び上がりつつ、周囲の駆逐級へと砲撃しながら旋回。神通の砲撃に巻き込まれないように一旦飛び上がっていた夕立が、その手に魚雷を手にして投擲。

 意思を持つかのように顔があるその魚雷が火を噴くと、頭上から一気に降下してくる一撃と化す。海面からは北上の魚雷が、上からは夕立の魚雷が襲い掛かってくる。

 潜水艦による雷撃とはまた違った魚雷による攻撃。

 だがそれに怯んでどうする、とタ級フラグシップとル級フラグシップは立ち向かう。戦艦らしい装甲で一撃くらいは耐えてやる、と受け止めた。

 水雷の意地があるように、戦艦にも意地がある。

 重装甲で一発は耐えて見せたタ級は着水する夕立へと砲撃をしかける。そうして夕立、神通へと意識をとられてしまったのが運のつき。二人が逃げる方へと意識を向けている間に、残っている北上、綾波、雪風、Верныйが側面から雷撃を仕掛けた。

 あの二人が先陣を切って注目を集め、残った四人が詰めていく。

 こうした形が呉一水戦の戦い方の一つとして確立していた。

 上手くいけば、タ級フラグシップがいたとしても前に出て切り崩せる。それがここに証明されている。残る脅威はル級フラグシップと、まだ見ぬ潜水艦か。

 そちらはどうだ? とちらりと神通は那珂達の方を見やる。

 すると向こうでも動きがあったようだ。

 

「ソナー感あり。発見したわ!」

 

 陽炎が一点を指さす。すると確かに複数の潜水艦の反応が見られる。それを分析すると、潜水カ級やヨ級に交じって一つ、見知らぬ反応を見せるものがいた。

 それは確かに潜水艦だ。しかしカ級でもヨ級でもない反応を見せているのだから、新たなる深海棲艦であることは明白だろう。鬼や姫級ほどの反応の強さを見せていないので、量産型と思われる。

 慣例に則り、暫定的にかの反応を見せる深海棲艦を潜水ソ級とする。

 しかも能力的にはエリートではないかと思われる。新型からいきなりエリート級のものを出してくるとは。

 

「――――」

 

 深海側はアルバコア、艦娘側はソ級と呼称されたその存在。

 カ級やヨ級と同じく長い髪を揺らしている女性という印象を持たせる。その前髪は左目を隠すように垂れ下がっていた。だがその二人と違い、頭部にはヲ級が被るような帽子をしている。左手には小さな駆逐級のようなものを二つ抱えているようだ。

 ぼうっと暗き赤の燐光を右目から発しているが、それは帽子についている四つ目や駆逐級の開かれた口からも発されている。

 感づかれたか、と察したらしいソ級は静かに潜航する。だがそんな彼女らを逃がさないとばかりに那珂達は爆雷を投げつけていく。

 炸裂する爆雷にカ級やヨ級が撃沈していく中、ソ級は被弾はしたが堪えている。ぐっと耐えつつすっと魚雷を構えて撃ち出した。このままやられるくらいなら、と瀕死の状態での雷撃。

 しかし位置と探知さえ出来ていればそんな雷撃は脅威ではない。いつ来るのか、と備えていれば対処は出来る。那珂は飛来してくる魚雷を躱し、もう一発爆雷を投げつける。

 だがすでにソ級はその影響を受けないところまで深く潜航していた。どうやら逃げ切ったらしい。

 かくして大和達呉の第二水上打撃部隊が到着する頃には、そこに深海棲艦の艦隊はいなくなっていた。彼女達の手を煩わせる必要はない、とばかりの処理の速さである。

 

「本当に水雷でやっちゃうんだ……すごいね、神通ちゃん達は」

「慣れれば那珂ちゃん達も出来るでしょう。研鑽あるのみです」

「簡単に言ってくれちゃってまあ。とりあえず周囲に敵影はないね。最初に逃げたヲ級の新しいものは帰ってくる様子もないし……」

「新たなヲ級……確認されたあのヲ級ですね。フラグシップではなかったの?」

「フラグシップ特有のオーラに加えて、左目から青い光を放っているタイプだったよ。見間違いじゃなければ」

「ふぅん……興味深いですね」

 

 新しい敵に胸が躍っている大和にやれやれという表情を浮かべる日向と木曾。その後ろから長門率いる呉主力艦隊や、扶桑率いる佐世保主力艦隊が合流してくる。それぞれの主力が揃ったところで、いよいよウェーク島へと移動しようというその時。

 ウェーク島の方から艦載機が接近してくるのが確認された。

 空を埋め尽くすかのような艦載機の群れ。あの光景には覚えがある。

 ソロモン海戦の際、飛行場姫と交戦した時のような艦載機の群れである。かつてウェーク島には基地が存在していた。もしかすると飛行場姫の時のような陸上基地があるのかもしれない、と思わせるような類似性。

 これは一筋縄ではいかないかもしれない。

 

「三式弾装填! 近づけさせるな、てぇーッ!」

 

 長門の号令に従い、戦艦や重巡が三式弾を撃ち放つ。空へと舞い上がるそれぞれの三式弾が炸裂し、敵艦載機の前方で弾をばらまく。それによって多数の艦載機を落とすことに成功したが、全てを落とすには至らない。

 呉主力艦隊の鶴姉妹をはじめとする空母達による艦載機の発艦が行われるが、それより早く敵艦載機が長門達へと到達しそうだ。そんな敵艦載機から艦隊を守るため、摩耶や水雷戦隊が対空防御の射撃を行う。

 改装されている摩耶の対空能力は高い。それを活かすように艤装には多数の機銃が並んでいる。またこちらの水雷戦隊にもロケランが装備されており、神通や那珂がロケランを担いで30連射の弾丸を撃ち放つ。

 そうして対空防御に勤しんでいる間に、敵は次なる手を打っていた。

 意識が上に向かれている隙を突き、多数の深海棲艦が浮上してきている。同時に対空防御をすり抜けて艦攻、艦爆が長門へと迫ってきた。

 

「ふんっ!」

 

 だが長門の艤装にも少数ではあるが機銃が装備されている。長門の艦隊には摩耶がいるが、距離が離れているためにカバーしきれていない。艦攻が放った魚雷は回避できたが、艦爆による爆弾は回避しきれず被弾してしまう。

 持ち前の装甲でダメージ的には軽微に抑えられたようだが、続けて飛来してくる弾丸の気配に気づき、艦爆は足止めのための攻撃であると悟る。咄嗟に身を捻ると、そこに弾丸が通過してきた。

 背後で立ち上る水柱にこれは戦艦級の砲撃だと察する。

 見ればいつの間にか戦艦棲姫が現れていた。近くには補給を終えたらしいヲ級改もいる。それらを見据えた大和が小さく笑みを浮かべた。まるでそれは今回の獲物を見つけた獣のようである。

 

「……武蔵、か。やはり向こうも次の個体を用意するだけのものはあったということでしょうね」

「大和、まさかとは思うが、私達でやろうと?」

「そのつもりですよ、日向。むしろ私達がやるべき相手ともいえるでしょう。本命はあれらの向こうにある。残念だけど、主力と比べたらまだ私達は力が足りません。しかしあれらを相手には出来るでしょう。ビス子的には少々心配なところはあるけれど」

「ビス子と呼ぶんじゃないわよ。って、心配ってどういうことかしら? この私ではあれと戦えないとでも?」

「ええ、そうですよ。はっきりと言うけれど、あれは前回のソロモン海戦における艦隊旗艦の姫級。能力も恐らくそんなに変わりはないくらいに仕上げてきているでしょうね。今回が初陣のビス子では到底まともにやりあえるとは思っていません」

「……っ」

 

 ばっさりと大和は切り捨てる。しかしそれは正しいということをビスマルクは察している。戦艦棲姫が放つ気配はそこらにいる深海棲艦に比べるとはるかに大きい。今回が初陣であるビスマルクは、量産型の深海棲艦相手には普通にいられたが、そこに戦艦棲姫まで現れたのだ。

 自分の練度と比較するとその力の差は歴然としている。訓練を積み重ねて練度を上げているとはいえ、実戦を経験していない中でいきなりあれと戦えと言われても無理だろう。

 だからこそ「いや、出来る」という心と「大和の言葉は正しい、無理だ」という心がビスマルクの中でぶつかっている。自分の中にあるプライドがそうさせるのだ。おとなしく受け入れるほどビスマルクは単純ではなかった。

 

「だからこそ、経験すべき。フォローは私達がしますよ。ビス子、私達はここに留まり、あれらと戦りあう。そうして知りなさい、深海棲艦を、姫級というものを。沈まぬように立ち回り、生き延びて戦いを己の糧としなさい」

「大和、あなた……」

「長門! ということだから、ここは私達に任せ、あなた達はウェークに行きなさい!」

「大和さんだけじゃないよ。那珂ちゃん達もここに残らせてもらうよ。羽黒ちゃん、そっちは任せた!」

「……うん。気を付けてね、那珂ちゃん。扶桑さん、行きましょう」

「わかったわ。……では、道を切り開きましょう。主砲、装填……!」

 

 前方には戦艦棲姫率いる深海棲艦の艦隊が集結している。旗艦は見たままだろう。ウェーク島に行かせまいと、戦艦棲姫が旗艦として立ちはだかろうとしているのだから。

 扶桑率いる佐世保主力艦隊だけでなく、長門率いる呉主力艦隊もまたそれぞれ主砲に弾丸を装填。空母達も次なる艦載機を放とうとしたその時、

 

「――行クナラ、行クガイイ……」

 

 と、ヲ級改が軽く手を挙げて砲撃を押し留める。そのことに長門達は思わず砲撃の号令を口から発することを止めてしまった。ヲ級が喋ったことだけではない、よもや戦艦棲姫ではなく、ヲ級改が口を出してくるとは思わなかった。

 立場は彼女の方が上だというのか。

 しかしそれを示すかのように、戦艦棲姫がヲ級改に譲るように下がっている。

 

「どういうつもりだ?」

「ドウモ、シナイ。オ前達ノ目的……ソレハ、コノ先ニアル。……ナラ、行ケ。一部ハ、通ルコトヲ許ス」

「ふっ、わざわざ通すって? 理解に苦しみますね。どういう罠があるのかしら? えーと――――覚えがありますね、あなた」

 

 おぼろげに大和の頭によぎったヲ級改の気配、力の雰囲気。

 南方棲戦姫として生まれた時にでも会っているのか? と大和は首を傾げる。あの頃のことはあまり覚えていないが、このヲ級改にどこか懐かしみを感じているということは、会った回数はそれなりにあったのかもしれない。

 それがどうしてここにいるのか。

 

(そういえばあの南方での一件以降、私を作り出した奴は移籍したような。あの時沈めたのが南方担当になって、それまでの南方担当が……中部、でしたか。なるほど、ならこいつがここにいることもおかしくはない)

 

 薄い記憶の残骸を何とか拾い上げて理由を推察する。南方棲戦姫として行動した際に、先代呉提督率いる艦隊を撃沈したことを思い出す。それがあったからこそ南方提督は代替わりし、中部提督へと移籍したのだ。

 となればこのヲ級改はその時からずっと中部提督と共にいた。随分と長生きしているヲ級なのだろう、と大和は不敵に笑ってみせる。戦艦棲姫という縁もあるし、戦い甲斐がありそうだ。

 

「長門達を通すというのは、そちらの主の策略?」

「……ソウダ」

「そう。つまり今回のウェーク、そして南方のあれと、全てそちらの主が組み上げた作戦というわけですか」

「ダッタラ、ドウスル……?」

「癪だけれど、乗ってあげましょう。こちらとしても実戦経験は必要。乗った上で、全て潰す。勝利をこの手に掴み取る。それが私達のやるべきこと。……だから長門、砲撃は中止。そのまま素通りしなさい」

「……いいだろう。艦隊、私に続け。……ここは頼むぞ、大和」

 

 通っていいならおとなしく通る。妙な展開になったが、呉主力艦隊、呉一水戦、佐世保主力艦隊はヲ級改率いる艦隊を何事もなく通過した。深海棲艦は手を出してくることはなく、そして艦娘側も手を出さない。

 どちらかが手を出せば、通過中に戦いが発生し、混戦となるだろう。そうなればウェーク島にいる敵主力艦隊を叩く前に無用な傷を負うことになる。それは避けたいところだった。

 深海棲艦側も驚くことに何もしなかった。そこにいるのは知性なき魔物ではなく、ヲ級改を中心として纏まった群衆である。手を出すな、というヲ級改の意思に従った規律のある集団。一昔では考えられない光景であり、モニターで見ている香月もただ呆然と口を開くだけ。

 そんな中で凪は大和とのやり取りで思案していた。

 大和は「そちらの主」と口にし、ヲ級改はそれを否定しなかった。

 普通ならば深海棲艦の姫級か何かの策略だろうと思うだろうが、情報を持っている凪は主=深海提督であると読み取れる。ということはダーウィンで騒ぎを起こしてトラック泊地から茂樹を遠ざけ、凪達をわざわざウェーク島まで誘導したのは、ヲ級改を従えている深海提督の作戦ということになる。

 ここまでやっておいてウェーク島に呼び寄せているのだ。ただ交戦するだけで終わるはずがない。指揮艦周囲の潜水艦は対処し終えたが、ヲ級改らがいるためにウェーク島の方へ進軍することは出来ないだろう。

 出来ることは新たな戦力を送り出すことだけ。

 そして、同時に気づく。

 入渠のために艦娘を呼び戻すことは出来るが、ウェーク島に向かった艦娘らは戻ることは出来ない。無事に戻るには、ヲ級改らを早急に退けなければいけない。そのために、戦力を送る。

 佐世保二水戦も無事に湊の指揮艦へと帰還している。潜水艦を対処し終えた水雷戦隊と一緒に回復、補給のために数隊残して一時帰還させている。その中からヲ級改に当たらせる艦隊を選出するわけだが、このままここに留まっているのも良くないだろう。

 

「湊、俺達も前進する」

「前進ですか? それではあのヲ級らに当たりますけど」

「そうだね。だから、南に迂回しつつ前進する」

 

 自分達は今、ウェーク島まで直進するコースで航行している。その途中にヲ級改の艦隊が立ちはだかっている。これによりウェーク島に当たる主力艦隊らが負傷し、帰還するとなればヲ級改らとまた当たることになる。いわゆる挟み撃ちの状態になっている。

 もちろんこれをなくすためにはヲ級改を早急に対処する必要があるが、それが出来ないことも想定する。

 だからこそ凪達も移動するのだ。南に向かうのはウェーク島から見てトラック泊地が南西にあるためだ。その道に楔を打つように凪達が入り込みつつ、ヲ級改と当たっている大和達や、ウェーク島に向かった長門達が帰還出来るようにする。

 どちらの艦隊でもある程度カバーできるという期待が持てる位置取り。この戦場で凪達に出来ることだろう。何かあった時のために艦娘達を入渠出来るようにするというだけでも、彼女達の気持ちの負担を和らげられる。

 もちろん前進するのだから、自分達の身を自分で守るための戦力も残さなければならない。

 

「出せるのは? ……うん、じゃあ第一水上、二水戦、一航戦。出撃よろしく。二航戦は周囲の警戒を。敵が接近してきたらいち早く知らせて」

 

 艦内にいる者から入渠状況を教えてもらい、出せる戦力を選出して大和達のところに向かわせる。湊も同様にし、指揮艦から援軍を送り込んだ。

 出せる援軍が出撃したことを通信で把握した大和は、「……通信状況も良好ですね。ソロモンとは本当に違う」と呟く。飛行場姫の周囲などでは通信状況は悪く、指揮艦との連絡は取れなかった。そのせいでトラック艦隊の金剛達は茂樹からの撤退命令が届かず、戦い続けてしまっていた。

 だが、ここではそういったことはない。この周囲でも海は赤く染まっていない。

 指揮する者……深海提督が違えばこうも違うのか。

 そういう疑問は、凪達において答えを得られる。人それぞれ個性が違う。それは当たり前のことであり、そんな彼らの下についていれば部下達にも少しずつ違う個性が生まれるだろう。それは戦術にも表れてくる。

 だから深海提督が違えば戦場も違うというのは当たり前のことかもしれない。

 

「さて充分に長門達は離れたでしょう。本当に何もせずに通してしまうとは思わなかったけれど」

「我ラニトテ、目的ガアル。ソシテ、矜持ガアル。通スト決メタナラバ、通シテヤル。……逆ニ問ウ、大和。ソレダケノ戦力デ、我ラト戦ウト?」

「意外と何とかなるかもしれないわね。沈む気はないわ。来なさいな武蔵、そして……誰かしら?」

「――赤城。私ハ、中部ノ赤城。ソノ名ヲ胸ニ刻ミ、沈ムトイイ大和! 全軍、戦闘開始……!」

 

 杖を掲げ、前を指し示すヲ級改の号令に、深海棲艦が一斉に声を張り上げる。

 戦艦棲姫も髪をかき上げ、優雅に艤装の魔物に手を添えると、左手で大和達へと示して砲撃を命じる。

 

「上等! 呉の大和、ここにあり! 我が名を覚えて消えなさい! 全軍、砲撃開始ぃ!」

 

 呉第二水上打撃部隊、佐世保一水戦、佐世保二航戦がそれらを迎え撃つ。援軍が到着するまでの間、出来る限り敵戦力を減らせれば御の字。戦艦棲姫やヲ級改は自分に任せろとばかりに、大和が前に出て注目を集めていく。

 そんな大和をフォローするように、日向や鈴谷が立ち回り、ビスマルクもまた自分に出来ることをやるのみと援護していくのだった。

 一方、ウェーク島に向かった長門達。

 先行している艦載機らがいよいよ敵の本体を確認し、長門へと報告していく。

 それによればウェーク島の前方に守護するように艦隊が展開されているようだ。その中で目立つのは戦艦棲姫。どうやらこちらにも戦艦棲姫を配置しているらしい。だがよく見ると先ほどの戦艦棲姫や、ソロモン海戦で戦った戦艦棲姫と違い、眼鏡をかけているのが気になる。

 またル級フラグシップのようだが、左目に青い燐光を放っている個体も確認された。ヲ級改と同様に改型なのだろうと予測される。

 そして恐らくこれが敵の本命なのだろう。

 ウェーク島に座する黒い存在。

 ゴスロリというのだろうか。黒を基調としたフリル満載の服装をした少女が艤装にもたれかかるようにして座っている。カチューシャの横から小さく鬼の角が生えているのがうっすらと見えた。

 艤装からは少女を迂回して左側へと伸びるように滑走路が伸びており、そして艤装の魔物は大きな顔だけのもののように見える。頭部からは砲門が生え、鼻先や頬の部分にも砲門が確認される。

 顔の大部分を占める口からは紺色の舌が犬のように出されており、そして魔物の顔の左側には交戦したのかあるいは元からなのか、無数の弾痕が存在していた。

 そんな彼女達の周囲には小さな黒い球体が浮いている。護衛要塞を小さくしたような存在であり、鬼の角なのかあるいは耳なのかわからない小さな突起が生えているようだ。それは中部提督の近くにいる黒猫のようなものを模したようにも感じられる。

 偵察しに来た、と感じ取ったらしい少女は艦載機を見上げ、そして長門達の方へと見やりながら目を細める。

 

「――ココマデ、来タヨウネ……。イイデショウ、デハ……私達ノ役割ヲ、果タシマショウ……」

 

 ゆっくりと立ち上がり、軽く左手を挙げる。するとそれに反応して眼鏡の戦艦棲姫、深海側の霧島が眼鏡を上げながら「客人ガ来タヨウデス。全軍、戦闘用意!」と声を上げる。

 少女の艤装からも滑走路を通って艦載機が次々と離陸。ヲ級らからも発艦されていき、たちまちウェーク島上空に展開されていく。

 

「最終目標はあれか。ウェーク島の基地を模した個体なのかな。分析は?」

「――完了しました。……って、え?」

「どうしたんだい?」

「……いえ、波長的には……鬼級なのですが、能力的にはそれにそぐわぬようなもので……」

 

 モニターには偵察機の妖精からの分析情報が映る。今までの鬼級や姫級と比較すると、かの少女が持ちうるオーラ、波長は鬼級のものに近い。だがその内包された力は姫級のものに近いとの結果が出た。

 これはどちらに寄せて呼称した方がいいのか、と凪は考える。

 

「……オーラに寄せよう。これよりかの個体を離島棲鬼と呼称する。長門、気をつけるように。無理せず、かの敵の撃滅を」

「承知した。ではこれよりウェーク島攻略作戦を開始する! 各艦娘の奮戦を期待する! 誰一人欠けることなく、任務達成を目標にせよ!」

『応ッ!』

 

 呉主力艦隊の鶴姉妹や佐世保主力艦隊の千代田、龍驤から発艦される艦載機らが、ウェーク島上空に展開されている艦載機らと交戦開始。長門達も射程に収めた瞬間から砲撃を開始し、ここにウェーク島海戦が幕を開けるのであった。

 

 




離島ちゃんは当時からしてこれで姫じゃなくて鬼?
という疑問はありましたね。
長い時を経て姫も出てきたようですが、それまではイベ後は空気状態だったのもいい思い出です。
……いや、イベ中も戦艦棲姫の存在感である意味空(ry

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