艦隊これくしょん―影に生きる者達― リターンズ 作:Mk-Ⅳ
夕暮れどきの横浜基地の軍港。
自分と同じ海兵隊の軍服に身を包んだ『彼女』と沈みゆく太陽を眺める。
腰まで伸びた赤い髪をストレートにしており。自分よりふた回り小さい彼女は翠色の瞳で見上げてくる。
隊長はどうして戦うのですか?
それが俺に最も適していると判断したからだ。
…それだけなんですか?
俺の力で少しでも救える人がいればいいと考えていた、昔はな。
昔は?
ああ、今ははっきり言える。この手の届く人達を守るために俺は戦っている。お前や他の部下達をな。
隊長…。
相手が深海棲艦に変わろうとも必ずお前達を守ってみせる。だから共に戦おう。
はい!
そういって彼女は微笑んだ――
夜刀神のメディカルルーム内のポッドが開放されると、メンテナンスを終えた闘牙が目を覚ました。
「(久々に見たな『彼女』の夢を)」
夢の内容を思い出して懐かしさが込み上げくる。
二度と会うことのできない、大切な人との思い出。今の闘牙を支えている大切なものである。
「おはようございます闘牙さん」
「おはようヤト」
闘牙が上半身を起こすと。普段優が座っている椅子に腰掛けていたヤトが話しかけた。
ヤトのうなじから伸びたコードの先端にあるQRSプラグが、デスクのジャックに差し込まれており、彼女が優の代わりにモニタリングしていた。
前回の作戦から一週間の時が流れていた。その際に戦闘で、今までにない程に能力を酷使した闘牙は、身体に異常が起きていないか定期的に検査を行っているのである。
「数値を見た限りでは異常はありませんが、お身体の具合はいかがですか?」
「ああ、問題はないな」
ヤトの問いかけにポッドから出ると、軽く身体を動かしながら答える闘牙。
「そうですか」
そんな闘牙を見ながら、表情には出していないが、どこか安堵している様子のヤト。
「闘牙さん、一つ相談したいことがあります」
「む、どうしたヤト?」
神妙な顔つきをするヤトに、ただならぬ事だと感じ、しっかりと向き合う闘牙。
「
「それはできん相談だな。これは必要不可欠の処置だ」
深海棲艦化した闘牙が戦場へ戻る際に最初に望んだこと。それが自身の体内に自爆装置を埋め込むことであった。
万が一暴走してしまった際の保険として、そして何より自身が安心するために必要なことなことだと考えてのことである。
「ですが、もう7年も異常は見られていません。闘牙さんが暴走することなんて…」
「今までは無くても、これから起きるかもしれん。俺の身体はどうなるか予想がつかんからな。それこそ今死んでもおかしくはない」
そう言うとヤトは黙って俯いてしまった。そして、すすり泣く声が漏れる。
「そんな――そんな悲しいこと、言わないで下さい…。家族がいなくなるのは…嫌、です…」
枯れた声で縋る様に言うヤト。初めて会った時は、機械的なことしか言わなかった彼女が優しく育ってくれたなと、内心嬉しく思う闘牙。
ヤトに近づくとしゃがみ込み、優しく抱きしめて頭を撫でる闘牙。
「あくまで可能性の話だ。
「はい。約束ですからね?」
「ああ。約束だ」
「分かりました。嘘をついたら魚雷千発受けてもらいますからね」
『お父さんと貴信叔父さんにお願いしておきます』という悪戯っぽく微笑むヤトに、軽く冷や汗をかく闘牙。
あの天才と支援者の兄なら本気で用意しかねない、というよりする姿しか思い浮かばないからであった。
有澤重工の秘密ドックに駐留している夜刀神。そのリビングで、特戦隊のメンバーと遊びに来ていた貴信と恵子が集まっていた。
「で、今回の作戦はなかったことになると?」
「うん、ネオ・MI作戦は公式には存在しないことで落ち着いたよ」
椅子に腰掛けている竹の問いかけに、貴信がソファーに腰掛けてにこやかに笑いながら答えた。
結果をいえば、ミッドウェー攻略は想定外の規模の敵艦隊によって失敗に終わった。
幸い西部太平洋第一作戦群の総司令官中路章人中将を筆頭とし。”黒烏”の内の月刀航暉中佐、高峰春斗少佐、杉田勝也少佐らの活躍によって、一隻も損失を出すことなく撤退できたのだった。
「
貴信の隣に腰掛けている優が、頭の後ろで手を組みながら愉快そうに嗤う。
「うにゃ~。それじゃぁ桃達の頑張りも無駄になったのか~」
「そうともいえますね」
優とは反対側に腰掛けている恵子の膝の上に座っている桃が、ブーブーと不満そうに唇を尖らせている。
そんな桃の頭を優しく撫でながら苦笑している恵子。
「これで急進派は面目丸潰れ。もう日の目を見ることもないかねぇ」
「だろうな今頃壮大な椅子取り合戦が行われていることだろう」
優の言葉に松に膝枕されている闘牙が肩を竦める。その言葉はどこか皮肉が混じっていた。
「そうだねぇ。見ていて面白いくらい人が動いているねぇ」
アハハと笑っている貴信。極東方面隊上層部の権力争いを、完全に見せ物として楽しんでいる様である。
「どろどろのあいぞーげき?」
「うん違うね。昼ドラの見すぎだね桃」
盛大にボケをかます桃に、闘牙の髪を愛おしそうに撫でていた松がツッコミを入れる。
「それはそうと優。例の件はどうだ?」
「ああ、これか」
闘牙の言葉に優がモニターを操作すると、前回の作戦で遭遇したアンノウンが映し出される。
「このアンノウンについてだが残骸を調べた結果、水上用自律駆動兵装と一部以外は一致した」
「やはりか」
優の言葉に一同は驚いた様子はなく、寧ろ予想通りといった顔をしている。――桃だけは理解できず?マークを頭の上に浮かべていたが…。
「一部とはAIか?」
「Exactly(そのとおりでございます)」
「なんだ、そのイラつく発音は…」
「ただの気分。わかった、わかった真面目にやるよ!睨むな、こえーんだよお前の目つきは!」
余りの迫力に慌てて謝る優。子供が見たら泣き出してしまいかねないだろう。
「アンノウンには、松達のような艦の記憶を使っていない純粋なAIが使われていた」
「確か開発当初はそうなる予定だったそうだな」
「ああ。だが、従来のAIだと未知の深海棲艦相手では柔軟性に欠ける。何より戦闘可能なレベルまで育てるのに時間がかかるってこともあって、今の仕様になった訳だ」
「ふむ。では襲撃者についてはどうだ?」
闘牙の問いかけに応じて、優が映像を襲撃者のものに変える。
「こいつについては、サンプルが少なくてハッキリとはいえんが、構成物質は深海棲艦と一緒だな。ただ…」
「ただ?」
含みのある説明に梅が反応した。
「人為的に手を加えられた形跡があった」
「人為的だと?」
「ああ、細胞が一般の奴より活性化させられていた」
「なる程。それであの再生力という訳か」
対峙した時のことを思い出し、納得した様子の闘牙。
「だが、そんなことができるのか?」
「深海棲艦に関する研究はされているし、それを兵器に転用することもできんことはないね」
優の説明にふむ、と顎に手を当てる闘牙。
「それでやりあったお前の感想はどうだ闘牙?」
「並みの艦隊では歯が立たんだろうな。しっかりとした対策を立てないと一方的に蹂躙されるだろう」
「でもおにーちゃんがやっつけたから、もう安心なのだぁ!」
そういってキャッキャッとはしゃいでいる桃とは対照的に、どこか釈然としていない様子の闘牙。
そんな闘牙に気づいた松が問いかける。
「どうしたの闘牙?」
「いや、なんでもない」
そう。激闘の末に襲撃者は闘牙の手によって海中に没したのである。しかし、闘牙にはこれで終わりだとは思えなかったのである。
とはいえ確証がなくいたずらに不安を煽るだけなので、口にすることはしなかった。
「問題はこいつらがどこで生み出されたかだな」
闘牙の言葉に顎に手を当てて思案顔になる優。
「『奴』も心当たりがないつってたしな。今更軍や企業がこんなもん造るとは思えんし。兄貴の方はどうだい?」
「う~ん。こっちも日本の企業を探ってみたけど、どこも引っかからなかったねぇ」
困った様に首を傾げる貴信。
「日本じゃないとなると、他の国かね?」
「かもしれないね。こっちでも調べてみるよ」
「お願いします」
話し合っていると、ヤトが受信したのかピクリと反応した。
「闘牙さん『H』様より入電です」
「新しい任務か。すいませんが貴信さん、恵子さん。私と優はこれで失礼します」
貴信と恵子に断りを入れると、闘牙と優はリビングを後にするのであった。