艦隊これくしょん―影に生きる者達― リターンズ 作:Mk-Ⅳ
日本の北部に位置する択捉島に存在する町クリリスク。スモッグに覆われている町を軍服を纏った1人の男が歩いていた。
彼の名は合田直樹。階級は中将で、極東方面隊北方艦隊第二作戦群司令官を務め、急進派の筆頭とも言える人物である。
しかし、ネオ・ミッドウェー作戦の失敗により、急進派の力は弱まり程なくして他の派閥に取り込まれるだろう。そして合田中将は近いうちに軍を去ることが決定していた。
「――――!」
とある路地で合田中将は立ち止まり、スモッグに覆われた空を仰ぎ見ながら何かを叫ぶと――彼の頭部が弾け血しぶきを上げた。
「ナイスショット」
クリリスクのビルの屋上で、対人用装備の忍者装束を纏った竹が、隣で同じく対人用装備を纏い伏せの姿勢でスナイパーライフルを構えている松に賞賛の声をかける。
松が覗く熱感知式スコープの先には、合田中将である人影が頭部から中身と血を噴き出しながら崩れ落ちるのが映し出されていた。
「任務完了。撤収するよ」
「あいよ」
身体を起こしてケースにライフルを分解して収納する松。その間周囲を警戒している竹。
「ねえ。松姉」
「何、竹?」
「最近の闘牙どう思う?」
屋上からビル内に通じるドアを開けて階段を降りていると、不意に竹が口を開いた。
「うん。無理、してると思う」
「だよね」
顔を俯かせ表情を暗くする松と、天井を仰ぎ見て軽く息を吐く竹。
「データ上は問題ないし、本人も大丈夫だって言っているけど。ここ最近危険な任務が続いているから、かなりの負担がかかってるもん」
「ここ何ヶ月だけで数年分のキツさだったし。多分これからも同じくらいハードなのが続くんでしょうね」
元々特戦隊に与えられる任務は難度の高いものばかりであるが。今年になってからは、さらに難度の高い任務が回ってくるようになっていた。
先のネオ・MI作戦における陽動は下手をすれば誰かが死んでいてもおかしくはなかったのだ。
また、その際遭遇した襲撃者との戦いは、闘牙に未だかつてない程の負担を強いることとなってしまった。
これからも同様のことが起きれば、闘牙は迷わず自らを犠牲にするだろう。それで命を落とすことになろうとも、彼にはそれができてしまう。そのことが松達には気がかりなのである。
「あたし達がしっかり支えてやらないとね」
「うん。闘牙ばかりに頼っちゃいけないもんね」
そう言って意気込むと、自分達の待ってくれている人達がいる『家』へと帰っていく松と竹。
自分達のために命をかけてくれる大切な人。その背中にただ着いていくのではなく、共に並んで歩きたい。それが松型姉妹の共通する想いであった。
「終わったな」
「ああ」
夜刀神の艦橋でオペレーター席に腰かけている優の言葉に、艦長席に腰かけている闘牙が頷く。
国連軍への反逆を企てていた合田直樹の暗殺。それが今回特戦隊に与えられた任務であった。
「……」
「合田中将とは知り合いだったのか?」
「第三次世界大戦の頃からな。戦争を好む人ではなかったが、大切な人達を守るためには戦うことができる人だった」
当時のことを思い出しているのか目を伏せる闘牙。
「深海棲艦が現れた後、奴らの驚異に晒される中でも人類同士が争っていることに心を痛めていたな」
「尊敬していたのか?」
優の言葉にああ、と頷く闘牙。そんな人物の暗殺に加担することを決めた彼の心境は複雑であろう。
「大切な人のために『奴』に反逆するか。まあ、気持ちは分からんでもないがな」
「ああ。だが『奴』に利用価値がある以上、意向を無視するのは得策ではない。それに最悪中将が
椅子に身体を預けながら悲痛さをにじませる闘牙の言葉に、そうだなと答えると優は肩をすくめた。
「合田中将には悪いが、いすれあの世で気が済むまで恨み言を聞くさ」
「俺も死んだらつき合ってやるよ」
「そうしてくれ」
「どっちが先に死ぬかわからんがな」
「確かに」
ハハハと笑い合っていると、闘牙の膝の上に座っているヤトが口を開いた。
「松さんと竹さんの回収が完了しました」
「では、潜行開始だ」
「了解。潜行を開始します」
淡々と話している様に見えるが、不機嫌さを僅かに滲ませているヤト。
彼女にこの手の話題は不味かったなと、謝罪も込めて頭を撫でると不機嫌さが和らいでいくのを感じ取れる。
「梅、桃待機状態を解除。戻ってきてくれ」
『了解(りょーかい!)』
万が一に備え、艤装装備状態で待機させていた梅と桃に指示する闘牙。
『むむぅ!?』
『どうしたの桃?』
突然声を張り上げた桃に梅が声をかける。
『ヤト!おにーちゃんに撫でてもらっているなりね!桃は最近撫でてもらっていないのにずるいのだ!』
「ちなみにいうとついこの間も撫でてもらいました」
羨ましがる桃にヤトが誇らしげに言う。
『うにゃぁああああああ!今すぐそっちにいくから待っているのだおにーちゃん!!』
『桃後かたずけしてから――行ってしまった…』
桃も撫でるのだ~~!という絶叫とズドドドと爆走する音に紛れて、私が纏めてかたずけるのかぁと梅の声が虚しく聞こえたのであった。
合田中将暗殺から日が経ち。闘牙は横須賀基地を訪れていた。
正確には、新型水上用自律型兵装のお披露目会に招待された貴信の護衛として前回のように連れてこられたと言った方が正しいが。
広々とした部屋には、他に招待された政界や各企業のトップが用意された椅子に腰掛け、巨大なモニターに映し出された映像を眺めていた。
映像には横須賀近海にある演習海域が映し出されており、そこを1体の水上用自律型兵装が駆け抜けていた。
見た目は駆逐艦クラスの幼さであるが。ウサミミのような大きいカチューシャ、へそだし袖なしセーラー服、短すぎる上に鼠蹊部丸出しローライズのプリーツスカートとかなり露出の激しい服装をしており、それだけでも従来の駆逐艦とは違うことを感じさせた。
「お~。流石島風型だけあって早いね~」
「そうですね」
モニターを見ながら興奮気味の貴信に同意する闘牙。
DD-SK01“島風”
駆逐艦最速と言われた島風型一番艦をベースとし、平菱インダストリアルが開発した最新型である。
従来の駆逐艦とは一線を画す機動性と、『連装砲ちゃん』と呼ばれる自律型砲台を最大3体まで随伴させることができ、それに伴い駆逐艦に収まらない高い火力を有している。
そして最大の特徴は、一時的に自身の速力や自律砲台の運用能力を底上げするシステム群『フリップナイトシステム』を搭載していることであろう。
司令官の中継器経由で国連海軍のコンピュータとリンクさせ、情報処理にかかる負担を肩代わりさせることで、複数の自律砲台を同時に運用することを可能とした画期的なシステムである。
高い機動力と自立砲台も用いた攻撃性で、次々と標的を沈めていく島風に来賓からは驚嘆の声が上がる。
「自律型砲台最大の障害である、水上用自律型兵装単体では不足する演算力を外部から補う。見事な発想ですね」
「その分タイムラグが出るから予測位置の計算が必要だし、いくら外部から補えても本体にかかる負担がなくなる訳じゃないから、システム稼働時間の短さがネックだね」
声がした方を向くと、優がフリップナイトシステムの問題点を指摘していた。
そう。今回は新型水上用自律型兵装のお披露目会に興味を持った優も、気分転換も兼ねて着いてきているのだ。
特殊なマスクにカツラを被り骨格と髪型を変え眼鏡をかけて変装し、自ら開発したボイスチェンジャーで声も変えているが、正体がバレないか闘牙は少々不安ではある。
流石に闘牙1人では2人同時の護衛は難しいので、もう1人の護衛も同行してきている。
「……」
闘牙とはまた違った刃物を思わせる鋭い目つきを、長く伸ばした前髪で隠しており。身長は闘牙より頭一つ低いが、身に纏っている雰囲気は歴戦の猛者を思わせるには十分であった。
かつては他国の工作員として生きており、闘牙とは敵として出会ったが、紆余曲折の末部下として引き入れられた経緯を持つ。
道具として扱われており名前が無かったので、闘牙が与えた名が自鏡真改である。
全身を義体に変え、腰には最新の技術で作られた高振動式日本刀を差しており、居合の達人として様々な活躍をしていた。
水上用自律型兵装の配備に伴い水上戦術歩兵隊が解散されると軍を退役。その後は有澤重工に雇われ貴信の身辺警護を勤めている。
「正直にいえば複雑だな。こうして新たな娘が戦場に送り出されるのは」
「肯定」
闘牙の言葉に頷く真改。ちなみに彼は寡黙な男手であり、自分から語ることは滅多になく、話かけても単語でしか返さないのである。
自分達水歩兵の力不足のために、機械とはいえ人と同じ感情を持っており、人間の少女と何一つ変わらない艦娘を戦場に立たせることを闘牙も真改も嘆いていた。
いや、彼らだけでなく水上戦術歩兵隊に所属していた誰もが同じ気持ちであった。
それでも共に戦場に立てれるのであればまだよかった。しかし、上層部はこれ以上の人的損耗を恐れる余り、水上戦術歩兵隊の解散を決めてしまう。
少女に戦うことを押し付け、人の手によって人類を守ることを放棄したにも等しい上層部に、水歩兵であった者の大半は失望し軍を去っていった。真改もその1人であった。
『再編に合わせて彼女はウェークに配属されるらしいね』
『新型空母の大鳳型も一緒だとさ。奮発するね上も』
公に話せる内容ではないので電脳通信で話す貴信と優。というか軍の機密であることを優はともかく、貴信がさも当たり前ののように知っているのは今更なので誰も触れない。
『ウェークには新たに第一作戦群第三分遣艦隊が新設。それに伴い新型駆逐艦島風に、重巡の利根型2隻と装甲空母大鳳、軽空母龍鳳が新たに配属。さらに月刀航輝は大佐に昇進』
『それとは別に第二作戦群第五分遣隊も新設されるんだよね。指揮官はついこの前暗殺された合田直樹中将の息子さんだってね』
にしても誰が暗殺したんだろうねーと、聞いてくる貴信にさあ?誰でしょうねと答えておく闘牙。特戦隊の任務内容を全て貴信に教えている訳ではないのだ。
『ここまでは予定通りか』
『そうだな』
貴信にはまだ話せない内容のため、彼には聞こえないように通信を繋げる闘牙と優。
『結果的にはネオ・ミッドウェー作戦も無駄ではなかったな』
『月刀大佐殿にはいい経験になったしな。いい副次効果もあったし』
『うむ』
問題なく事態が進行しているようだが、闘牙は何か気になっている様子であった。
『同情でもしているのか大佐殿に』
『そうではない。ただあの男がこのまま飼われたままで終わるのか、己の道を切り開くのかと思ってな』
『切り開いた場合はどうするんだ?』
『俺達の邪魔にならなければそれはそれでよしだ』
『なる程なる程』
クックックッと愉快そうに笑う優を目を細めて睨みつける闘牙。
『なんだ、その笑みは?』
『いやいや。なんでもないですよぉ』
『……』
笑い続ける優をしばこうかと思ったが、場所が場所なだけに踏みとどまる闘牙であった。