艦隊これくしょん―影に生きる者達― リターンズ 作:Mk-Ⅳ
フィリピンにある寂れた港。長きに渡る内戦と深海棲艦の襲撃により廃棄されたためである。
そんな夜とはいえ人がいない筈の港にある倉庫で、無数の人影があった。
ライニングパーソン――今回の観艦式を襲撃しようとしている勢力の一つである。
「準備はどうか?」
「はっ問題ありません大尉」
そんな者達の中で金髪碧眼の男――
そんな部下の反応に光は苦笑する。
「もう私は軍属ではないのだ。その呼び方はやめてくれ」
「あ、申し訳ありません」
若い男が恥ずかしさを隠すように頭を掻く。
彼は光がまだ軍人だった頃からの部下であり、水上用自律型兵装登場後の軍のあり方に疑問を持ち、組織を抜けてからも付き従ってくれているのである。
どうやら軍属の時の癖がそれなりの時が経っても抜け切れていないらしい。逆にいえばそれだけ光が慕われているという証でもあった。
「まあ、それはそれで嬉しくはあるがな。とにかく決行の日は近い万全の体勢を整えてくれ」
「わかりました!」
力強く応えると作業に戻る部下の背中を見送ると、光は近くにあった木箱に腰掛けて一息つく。
今回の国王制側と国連軍合同観艦式襲撃は、表向きでは共和制側に便乗する形をなっている。だが、実際はライニグングパーソンが戦力を提供する代わりに、共和制側が政権を握った暁には資源の提供をするよう持ちかけたものであった。
共和制側としては戦力は欲しいが、テロ組織であるライニグングパーソンと表立って協力するのは好ましくないので、無関係を装うために別々に犯行声明を出したのである。
光はそのことにいい感情は持っていなかった。組織に属しているとはいえ、彼はライニグングパーソンの活動全てに納得はしていないのである。
ライニグングパーソンに身を置いているのも、他に己の目的を果たす手段がなかったからである。
艦娘などという人形に人類の命運を託し、人の手で未来を切り開くことを諦めてしまった国連軍を正すためにその身を闇に堕としたのだから。
「――7年か…」
軍を離れてから幾分の年月が経ってしまった。
きっかけは艦娘――水上用自律型兵装の存在を知った時であった。
自分達が命をかけて
それでも、例え脇役でも戦場に立ち、この手で化物から人類を守れるのであれば救いはあった。
だが、世界はそんな戦士達の願いさえ踏みにじった。
水上戦術歩兵隊の解散――
人類が選んだのは機械の人形を矢面に立たせ、人間は極一部の者だけを戦場に送ることで安寧を得ることだった。
そのことに自分と同僚達が激しく反発した。そのことに対する上層部の回答はこうだった。
死ぬ必要がなくなったのに何が不満なのか――?
その問に光は憤慨した。例え死のうとも、命をかけ己の手で得られる平和にこそ価値があるのだ。命の重さを忘れた平和など脆くも崩れ去る未来しかない。そのことを、書類の数字でしか人の死を判断しない上層部の者達は理解していないのだ。
なにより光は艦娘そのものに不信感を持っていた。
ガイノイド、機械でしかないのに人間の少女と何一つ変わらない仕草をする人形を見た時、言いようのない吐き気に襲われた。
マネキンが人の真似をしているのであればまだよかった。だが光にはマネキンが
こんな得体のしれない物に人類の未来を託すなど光には納得できなかった。だから彼は志を共にする者達と行動を起こした。狂った国連軍の打倒し水上用自律型兵装廃絶に向けて。
『人類は人の手で守られるべきである』これが光の揺るぎなき信念であった。
「……」
光は懐から一枚の写真を取り出した。
電脳化が一般的となり写真といった記録もデータとして簡単に残せる時代となったが、大事なものは手に触れられる形で残したいものなのである。
写真には士官学校時代の光と鋭すぎる目つきに無愛想さを感じさせてしまう表情をしている男性――闘牙が映されていた。
光は外国人の祖父を持つクォーターである。
幼かった頃に増えすぎた移民者による治安の悪化や雇用問題に不満を覚えていた国民が、『純血主義』と呼ばれる思想に感化され暴動が頻発していた。
日本から他国民を排除せよ――母国救済という偽りの大義に酔いしれた人々によって、難民を始め異国の血が入ったハーフやクォーターが虐殺されていき日本国自衛軍が出動して鎮圧する事態となった。
激動の時代の流れに光も巻き込まれ、家族を失い自身も瀕死の身となった。
そんな中で有澤重工先代社長である
国民からの反発をものともしない有澤の活動によって、光は機械の身体となり生き延びたのだった。
そんなできごとがあっても光は生まれ育った日本を愛していた。だから成長した光は軍人となって母国を守ることを決める。
「友よ…」
光が士官学校に入る頃には純血主義思想は幾分落ち着いてはいたが、それでも周囲の反応はいいものではなかった。
時には理不尽な目に会うこともあったが、そんなことなど知ったことではないといわんばかりに光に接してくれる者がいた。それが大神闘牙――戦友と呼び合うことになる男であった。
軍人となってからは戦場で背中を預け合うことも少なくなく、何があっても諦めない姿は物語りに出てくる英雄のようであった。
彼がいたからこそ今の自分があるのだと確信できる。それ程までに信頼できる男であった。
だが、そんな彼ももうこの世にはいない。
『第一次蒼海作戦』
水上用自律型兵装が配備される前に行われた極東方面隊最大規模の作戦である。
日本へ迫る深海棲艦の大規模艦隊を迎撃し、太平洋を奪還すべく極東方面隊の全戦力を結集した激戦であった。
結果として敵艦隊を撃滅することに成功するも、水上戦術歩兵を始めとする戦力の大半を失い太平洋の奪還は叶わなかった。
この戦いで闘牙は
だが、彼は生きていた第一次蒼海作戦の一年後に試作型水上用自律型兵装の指揮官として。最も当時は情報統制されていたので、闘牙が指揮官であることを光が知ったのは大分後であったが。
闘牙がどんな気持ちで人形の指揮官を勤めていたのかはもう知る由もないが、彼のことだから『俺達が命をかけて紡いだ物がどんな形であれ、無駄にはしたくない』とでもいうのだろう。
その後初めて確認された戦艦型と正規空母型を含む敵艦隊を殲滅する、『第二次蒼海作戦』で今度こそ友は帰らぬ人となった。
「お前は今の俺をどう思っているのだろうな」
いや、彼なら『お前が悔いなく選んだ道なら俺は何もいわん』というだろう。例えそれが人の道を外れていようとも。
「こんなことを考えても詮のないことか…」
もう彼は死んだのだ。死者を想うのは大切だが、それに引きづられてもならない。何より彼がそれを望まないだろう。
「む?」
不意に天井の電灯から光が消えた。
故障かとも思ったが、その後に聞こえてくる銃声を騒ぎ声で検討がついた。
「敵襲か!」
すぐに部下と連絡を取ろうとするも、ノイズが走るのみだった。
「チィッ!」
ジャミングされていることに舌打ちする光。
電灯が消えたのは敵のハッキングによるものだろう。こちらの目と耳を塞ぎ混乱したところを叩く。特殊部隊が強襲する際の基本である。ならば敵は少数精鋭、早期に体勢を整えれば撃退するのは容易い。
部下と合流するために、ハンガーに収められている自身のユニットを装着する光。
水上戦術歩兵用のユニットは海上での戦闘が主流だが、元となったのは歩兵を迅速に上陸させ橋頭堡を確保するための装備であるため、陸上での戦闘も可能となっているのである。
ユニットを起動させ倉庫から出ようとすると、外部に繋がるシャッターがX字状に切れ目が入り崩れ落ちた。
シャッターの残骸を踏みしめながら倉庫に侵入してきた者は、自分と同じ水上戦術歩兵用の装備をしていたが、光のは正規軍時代から変わらないネイビーブルーに対して黒色にユニットを塗装していた。
そして頭部をバイザーで覆い、両手には極東方面隊では標準装備である長刀を手にしている。
「国連軍か。だが、1人とは…。私も舐められたものだ」
侵入してきたのは1人のみで伏兵の気配は感じられなかった。そのことに奇妙さを覚える光。
仮にも『雷光』の二つ名で呼ばれ、極東方面隊では一、二を争う実力者である光を相手にいくらなんでも少なすぎるのである。
かつての戦いで、名のある実力者は皆戦死するか戦いから身を引いており、水上戦術歩兵用のユニットを用いる者で光と対等に戦える者など、最早国連軍にはいない筈なのだ。
「それにその装備。我が友を真似るとは笑止」
目の前の襲撃者の装備は闘牙が用いていた物と同一であった。恐らく闘牙に憧れて真似たのであろう。
闘牙は長刀二刀流を用いた近接戦闘を得意としており、長刀は扱いやすく新兵から古参兵まで幅広く運用されていた。故に闘牙の真似をしようとする者が後を絶たなかったのだ。結局は誰も闘牙の次元に届く者はいなかったが。
「私を相手に、そのような猿真似が通じると思わんことだ」
光は、闘牙の戦い方は友である自分が熟知していると自負している。故にその真似をしようとする者の動きが、手に取るようにわかるのである。実際に過去にはそういった相手に負けたことなどなかった。
「その浅はかさ。あの世で後悔せよ!」
背部と脚部に装備されている大型ファンによるホバリングで足を地面から僅かに浮かせ、右手に持っている中世の騎士が用いていたのと同様の形状のランスを光は構えた。
加速性を強化された専用のファンを最大まで稼働させ、最大速まで加速すると雷が落ちたかのような爆音と共に襲撃者めがけて突撃する光。
一瞬で射程内に捉えた光は、ランスを襲撃者の胴体めがけて突き出した。
雷のような音を響かせ相手が視認することのできない速度で近づき、ランスで貫く姿が『雷光』という二つ名の由来なのである。
常人であれば何が起きたのかもわからず串刺しにされる一撃を、襲撃者は片手の長刀でランスの軌道をずらしながら身体を逸らすことで回避した。
「ほう。我が初撃を凌いだか見事だ」
光は素直に相手の技量を称える。
光は大抵の相手は最初の一撃を持って仕留めてきており、初撃を耐えられた者は友を含めて片手で数える程しかいなかったからである。
「……」
襲撃者は特に反応するでもなく両手の長刀を構える。
「言葉は不要という訳か。よかろう!」
再度ランスを構えて突撃を行う光。狙いは先ほどと同じく胴体。必殺の威力を持つランスを繰り出そうとする。
それと同時に襲撃者が身を屈めて踏み込んできたのだった。
ランスは襲撃者の頭上を通り抜け、無防備となった光の胴体に襲撃者が振り上げた左手の長刀が迫る。
「ッ!」
咄嗟にランスを手放し、身体を後ろに逸らしながら左腕に装備していた円形の盾で刃を受け止める光。
すぐに襲撃者が右手の長刀を振るおうとしたので、左膝で腕をかち上げるとファンの出力を上げ頭部に頭突きをかまし襲撃者を弾き飛ばした。
弾き飛ばされた襲撃者は頭部を覆うバイザーに罅が入りながらも、空中で体勢を整えながら着地すると長刀を構え直した。
光はランスを拾い上げると突撃体勢を取る。
「(今の動きは…)」
襲撃者の動きに内心で驚愕している光。
一撃離脱戦法を用いる光に対抗するためにカウンターを選ぶのは当然といえた。問題なのはその方法である。
先程の動きは友である闘牙の姿と重なる程寸分たがわぬものであったのだ。
「(ありえん!)」
目の前で起きた現実を認められず、心の中で否定する光。
闘牙の戦闘スタイルは、天性の才とたゆまぬ努力の果てに生み出されたものである。仮にAIによって動きを再現しようとも本人と重なることなどある筈がなかった。
「(まさか?)」
そこで光は一つの結論にたどり着いた。そう、真似たのではありえないことが起きた。ならば残る可能性は――
「(いや、例えそうであろうとも!)」
光は迷いを断ち切ると襲撃者へとランスを構え、内蔵されている機銃を放つ。
吐き出された銃弾を長刀で防ぎながら回避行動を取る襲撃者。その際に生じた僅かな隙を突いて光が突撃するとランスを突き出す。
襲撃者は初撃を時と同じく長刀でランスの機動を逸らそうとするも、体勢が不十分だったため逸らしきれず、肩の装甲が抉り取られた。
機動力で勝る光は一撃を入れると反撃される前に距離を取り、カウンターを狙わせないように機銃を織り交ぜた突撃を行う光。
光の繰り出す一撃離脱戦法に防戦一方となり、損傷が増えていく襲撃者。しかしこちらの命を刈り取る瞬間を虎視眈々と狙っていることを光は感じ取っていた。
「(やはり簡単には取らせてもらえんか)」
被弾こそしているも、襲撃者は致命傷だけは受けないように避けており。このままではこちらが先に力尽きてしまう。
光の戦法は爆発力こそあるも、反面消耗が激しく持久戦には不向きなのである。
それを知っているからこそ、敵は油断があった初手の隙を突いたカウンターを外してからは防御に専念しているのであろう。
「で、あれば!」
死地に踏み込み活路を見いだす。今までがそうであったように、そして今目の前にある困難に打ち勝つために!
「オォッ!」
義体化されたことで強化された身体能力と、ファンを最大稼働させ生み出された推力を合わせ重装備でありながら襲撃者目掛けて高く跳び上がる光。
「セェイ!」
ランスを突き出し、慣性を乗せながら重力従いその身を砲弾として突撃していく光。
着弾すると、ランスが突き刺さった地面のコンクリートが砕け砂塵のように舞い上がる。
だが手応えがなく襲撃者の姿が消えていた。
右側から殺気を感じランスを手放すと、盾に懸架されている両手剣を引き抜くと振り上げた。
砂塵を突き破り襲撃者が振り下ろした長刀と剣がぶつかり合い火花を散らす。
同時に光は両肩の装甲に備えられている手裏剣状の武器を、襲撃者の頭部目掛けて射出した。
「……!」
襲撃者は頭部を逸らすことで避けようとするも、バイザーに手裏剣が掠れた。
先程の頭突きで破損していたこともあり、バイザーが外れ地面に落ち襲撃者の顔が晒された。
「やはり、お前なのだな…」
「気づいていたか。いや、当然か」
初めて口を開いた襲撃者の声もその顔も、光のよく知っているものであった。
いや、今の時代ならばどちらも真似ることなど容易いことなので別人の可能性もあるが、これまでのやりとりで光には確信があった。
「「久しぶりだな友よ」」
互いの声が見事に重なる。
そう。殺し合っていたのは心許せる友であったのだ。