艦隊これくしょん―影に生きる者達― リターンズ 作:Mk-Ⅳ
カッタ――!
腹部から乳白色の血を流しながら、膝をついて項垂れている闘牙を見下ろしながら。リ級は返り血を浴びた顔を笑みで歪めた。
今までも数々の強敵を喰らってきたが、今回の相手はその中でも格別の獲物であったと確信していた。
このリ級は俗に言う戦闘狂と呼ばれるタイプである。常に強敵との生死を賭けた戦いの中に、己の生きがいを見出していた。そしてその命を食らった時、言い様の無い快感を得ていた。だからこそリ級は、自分より格上の戦艦や正規空母相手でも、恐れることなく戦いを挑むことができるのである。
口元についた血を舐めとるリ級。倒した相手の身体の一部を己の身に取り込む。そうすることで、その相手のことを忘れない様に、そして相手の命を糧にするための儀式の様なものである。
『なる程、手強いな――』
突如リ級以外の者の声が響いた。それも自分達と同じ言語である。今この場にいるのは自分だけの筈だと、辺りを見回すリ級。いや、正確にはもう1体だけ
まさかと思い、残骸となった筈の闘牙へと視線を向けるリ級。そして目にした光景に目を見開いた。
闘牙の風穴の空いた腹部が、緑色の結晶に包まれていたのである。それだけでなく、損傷している箇所が次々と結晶に包まれていった。
そして損傷箇所全てが結晶に包まれると、全ての結晶が粉々に砕けて飛び散った。
アリエナイ――
目にした光景を信じられず、唖然としているリ級。
それもその筈である。結晶が無くなった闘牙の身体は、まるで損傷等していなかったかの様に、元通りに修復されていたのだから。
どうみても致命傷であった。あれ程の傷を受ければ、戦艦や正規空母型よりも上位に位置する個体でも助かる筈が無い。仮に一命を取り留めたとしても、回復には相当の時間を要する筈だ。
にも関わらず目の前にいる相手は、何事もなかったのかの様に平然と立ち上がっていた。
『だが、俺の命には届かんな』
深海棲艦のウェーク侵攻艦隊残党が身を隠している入り江。
そこに身を隠している者達は、外から聞こえてくる戦闘音に怯えている様であった。
傷が癒えていない状態ではまともに戦うこともできず、一方的に殲滅されるだけであるからだ。
今は戦力が残されている遊撃艦隊に、守ってもらうことしかなかった。
遊撃艦隊の練度なら負けることはないだろう。そう過信し過ぎた故に彼女らは気がつかなかった。
死がすぐそこまで迫っていることに――
ザンッ――
突如として何か切り裂く様な音が響き渡った。その場にいた者が一斉に音のした方を向くと、入り江の入口で見張りをしていたイ級が、竹を割った様に真っ二つとなって浮かんでいた。
そのイ級の側に立っていたのは死神であった。
『ドーモ、シンカイセイカンサン。シニガミデス』
イ級を両断したと見られる大鎌を携えた死神――竹は、ゆっくりとした足取りで生き残りへと迫っていく。
突然現れた竹に深海棲艦らは逃げる様に距離を取ろうとするが。すぐに岩礁に阻まれてしまう。閉鎖された空間である入り江では彼女達に逃げ場は無くなっていた。
唯一の出入り口は竹の背後にあり。ここから生きて出るには戦うしかなかった。しかし拳が届く様な距離では、砲雷撃能力しか持たない深海棲艦にできることなど限られていた。
一体のホ級がせめてもの抵抗と言わんばかりに、人と同じ形である腕で竹へ殴りかかるが。横薙ぎに振るわれた大鎌で、あっさりと両断されてしまう。
海の藻屑となったホ級の仇というかの様に、数体の駆逐艦や軽巡が、竹へと襲いかかる。
竹は自身を独楽の様に回転させ、大鎌も身体の一部の様に扱いながら全身で振り回す。その動きは、まるで舞を演じるかの様な美しさすら感じられた。
次々と迫り来る深海棲艦を撫で斬りにしていく竹。数秒とかからず襲いかかってきた者は、皆最初に襲いかかったホ級の後を追うこととなった。
大鎌を軽く振るい、刃についた血を払うと、先程の攻防が無かったかの様な軽い足取りで生き残り達へと歩み寄っていく。
『それじゃ。さようなら』
獰猛な笑みを浮かべた竹が、獲物へと襲いかかる。
楽園は狩場と化したのだ。
朦朧とする意識の中、リ級は自身に何が起きたのか理解できなかった。
松へと砲撃した瞬間。まるで壁に叩きつけられた様な衝撃を受けて、吹き飛ばされたのである。
ぐらつく視界の中。頭だけ松へと向けたリ級が見たのは、両手で銃身を掴みバットをフルスイングした様な態勢の松であった。
松には近距離まで接近された場合、有効な武装は搭載されていない。しかし戦う術が無い訳ではないのである。
自身の身長を有に超える巨大さを持ったライフル。それに比例した強度を持つそれは、鈍器として扱うには十分であった。
そして松には、近距離から放たれた砲弾を視認できるだけの動体視力が備わっていた。
故に松がしたことは、砲弾を避けて接近し、ライフルでリ級を殴った。ただそれだけである。
リ級自身は何が起きたのか完全に把握していないが、このままでは危険と本能的に察し、懸命に起き上がろうとする。しかし身体が思う様に動かずもたついてしまう。
その間に再び接近した松がライフルを振りかぶり、ハンマーの様にリ級へ叩きつけた。その衝撃はリ級の意識を刈り取るには十分であった。
そしてライフルを構え直し、銃口をリ級に向けると、トリガーに指をかけ躊躇いなく引く。
放たれた砲弾はリ級を跡形もなく吹き飛ばすと、巨大な水しぶきを上げる。
『任務完了』
舞い上がった海水が豪雨の様に降り注ぐ中、松は事務的に呟くのであった。
魚雷の爆発によって起きた水しぶきを見ながら、イ級は勝利を確信していた。
回避不可能な状態で数発もの魚雷を受けたのだ。戦艦であれただでは済まないだろう。
勝利を手にする。それは彼女らにとって当然のことと言えた。誰が相手であろうとも負けることはありえないとさえ考えていた。
その筈であった――
『グルルルルル…』
漆黒の虎へと姿を変えた桃に食い殺された僚艦を見るまでは。
水しぶきが収まるのと同時に、海面から飛び出してきた桃が僚艦のイ級へ突撃してきたのだ。
突然の事態に対処できなかった僚艦は、為す術もなく桃に食いつかれ身体を引き裂かれてしまった。
そして桃がこちらを向くと。次の獲物だと言わんばかりに、海面を蹴って猛烈な速度で迫ってきた。
『――――!!!』
悲鳴をあげながらも砲と魚雷を放って迎撃しようとするも、四足歩行独特のジグザグ走行で軽々と弾幕をすり抜けていく。
逃げる間も与えずに肉薄した桃が、右前足の爪で通りすがり際にイ級の装甲を引き裂いた。
まるで、トラックに跳ねられたかの様に吹き飛んだイ級が、数回海面をバウンドするとそのまま動かなくなった。
『グォオオオオオオオオオオ!!!』
イ級らが絶命したのを確認した桃は、勝利の雄叫びをあげる様に吠えるのであった。
イ級と同様に勝利を確信していたチ級らも、その期待は裏切られていた。
魚雷の爆発によって水しぶきが上がるのと同時に、人影がまるでサーカスのピエロの様な動きで、飛び上がってきたのである。
飛び上がった人影は、僚艦へと落下していく。そして僚艦の目の前へ着地すると、右腕の装甲と一体化しているナイフで、僚艦の首を跳ね飛ばした。
チ級の首を跳ね飛ばした人影――梅の姿は重厚な装甲では無くなっており、スリムな形状へと変わっていた。
梅は亡骸となったチ級を左腕で掴むと、残る一体へと向かっていく。
チ級が迎撃のため魚雷を放つ。接近してくる魚雷に、掴んでいた亡骸を投げつけると、その後を追う様に跳躍する。
亡骸と魚雷が衝突し、水しぶきが起こるとその衝撃を利用して再びピエロの様な動きで、飛び上がる梅。
チ級が慌てて回避しようとするも、梅の動き方が早かった。落下の勢いを利用してチ級の頭部から薪を割る様にして切り裂く。
綺麗に両断されたチ級の身体が別々の方向に倒れると、ナイフについた血を払い格納する梅。
それと同時に虎の姿の桃が側に寄ってくる。そして手足が人型の様に変形し二足歩行へとなり、頭部が胸部へと移ると桃自身の顔を覆ったヘルメットが晒される。
『ふ~疲れたじょ~』
先程までの獣の様な唸り声とは違い、いつもの様に間の抜けた喋り方をする桃。
『今回のは面倒だった』
どこか気だるいそうに言う梅。今しがたまで窮地に陥っていたのが嘘の様に余裕綽々と言った感じである。
そもそも2人はどうやってあの窮地を脱したかと言えば。桃は魚雷に触れる前に浮力装置を切り、海面に沈んだのである。艦娘が海面を浮いていられるのは浮力装置のおかげである。それを切れば、艦娘は鉄の塊を背負った少女と大差無くなり沈んでいく。普通であれば復帰するのは絶望的である。
だが桃の艤装は、難なく浮上させられるだけの出力を備えていた。魚雷をやり過ごした後に、浮力装置を再稼働させ浮上するのと同時に、自身を変形させイ級へと襲いかかったのである。
そして梅の場合。彼女の艤装は、不要となった武装や装甲をパージさせることができ、パージした装甲らを魚雷の当てることで防いだのである。
さらに機動力の高いチ級に対抗するために、魚雷の爆発の衝撃を利用して自身を加速させたのである。下手をすれば自滅しかねない程の危険行為であり、普通であればまずやりたいとは思わないだろう。だが梅は、それを難なくやってのけてみせたのだ。
彼女らにとって、この程度の窮地はよく起こり得る『いつものこと』なのであった。
頭部のヘルメットに設置されたバイザー越しに、闘牙の金色の瞳がリ級を捉えた。
その瞬間リ級は、全身が引き裂かれる感覚に襲われた。今までに感じたことの無い程、濃密に自分に死が迫っていることを本能が告げていた。
ニゲロ。ヤツハバケモノダ。ドウアガイテモカテナイ。ニゲロ、ニゲルンダ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロ。ニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロニゲロ――
『――――――――――ッ!!!』
今まで一度も発したことのない様な悲鳴をあげて、両手の砲を闘牙に構えて闘牙に発泡するリ級。
至近距離で放たれた砲弾は、闘牙の身体へと突き刺さり大爆発を起こした。
立ち込める爆煙を怯えた目で見つめるリ級。その顔には先程まであった余裕は消え失せていた。
爆煙の中から人影が浮かび上がると、闘牙が平然とした様子で煙を突き抜けまがらゆっりとした足取りでリ級へと迫っていく。
そんな闘牙から逃げる様に後ずさりながら砲撃を続けるリ級。砲弾が次々と突き刺さり、装甲を削り取っていく。だが、被弾箇所がすぐさま緑色の結晶に包まれるていき、結晶が砕け散ると元通りに修復されていた。
『クルナ――クルナ――クルナ――クル――』
必死の抵抗をものともせず迫る闘牙に、拒絶の言葉を浴びせるリ級。だがその言葉は途中で途切れる。闘牙によって顔面を鷲掴みにされたからである。
右手でリ級の顔面を掴んだ闘牙は、左手で腹部を掴むとそれぞれの腕を逆方向へ引き始めた。
ミシミシと身体が軋む音と共に、死が目前に迫っていることを悟ってしまうリ級。最後の力を振り絞ってもがく闘牙の力が緩むどころか益々強くなっていく。
『ァ…ァァ…ヤメ――』
リ級が言葉を紡ぐ前に、首と胴体が引き裂かれ、吹き出た白い血が闘牙の装甲を染めていく。
死骸となったリ級を手放す闘牙。海面に浮かんだリ級の頭部が闘牙を向く形となっていた。
まるでバケモノを見るかの様な瞳が闘牙に向けられる。その瞳をなんの感慨もない目で見返す闘牙。こう言った目で見られることは、今に始まったことではなかった。相手が深海棲艦であれ人間であれ――
『残念だが、これが現実だ』
海を漂っていくリ級にそう言い残し、闘牙は去っていくのであった。
深海棲艦の残党が潜んでいる無人島。闘牙はそこに向かう途中で、松達と合流を果たしていた。
入り江へと繋がる洞窟が見えてくると、イ級と見られる個体が逃げ惑うように出てこようとしていた。
だが洞窟の奥から飛び出してきたアンカーが、イ級に突き刺さると奥の方へと引き込まれていく。
『――――――――――ッ!!!』
助けを求めるように悲鳴をあげながらもがくイ級だが、その姿は洞窟の闇の中へと消えていく。
そして鉄を切り裂く様な音が響くと、洞窟内が静かになる。すると奥から返り血で白く染まった竹が、大鎌を肩で担ぎながらゆったりとした足取りで姿を表した。
『ご苦労シャドウ3』
『たくっ。なんであたしが地味な役割なのよ。そっちの方は面白かったみたいじゃない』
闘牙が労いの言葉をかけると、不満そうな声をあげる竹。
『文句を言うな。お前が適任だったのだからな』
『へーいへい』
大鎌を背中にマウントし両手を頭の後ろに組む竹。
竹の艤装には、特戦隊標準装備のステルス機能の他に、光学迷彩を搭載しており。エンジンや関節部の駆動音を抑えて静音性を高めたりと、徹底した隠密仕様となっているのだ。
故に今回敵の目を盗んで、残党を排除する役割を任されたのである。
『てか、あんた身体は大丈夫なの?随分派手にやられていたみたいだけど』
気にかける様に言う竹。その程度のことで死にはしないと分かってはいるのだが、心配せずにはいられないのだ。
『腹に風穴が開いただけだ。問題無い』
『まあ、あんたならそうなんだけどね…』
堂々と言い放つ闘牙に若干呆れ気味の竹。普通なら死んでいることを問題無いと言い切る辺り、やはり規格外と再認識させられる。
『シャドウ1。周囲に敵影無しだって』
『分かった。状況終了。帰投するぞ』
夜刀神と交信していた松の報告に、任務完了を告げる闘牙。
『う~お腹すいたなり~』
ぐ~と桃のお腹が鳴る。いつの間にか空を覆っていた雲は晴れており、日が沈み始める時刻となっていた。
『ふむ。今日は皆頑張ったしすき焼きにでもするか』
『すき焼き~~!!!』
空腹のためショボンとしていた桃が、闘牙の言葉によだれを垂らしながら目を輝かせた。
『そうと決まればすぐに帰るなり~!!』
キャッホー!と言いながら全速力で毎面を駆ける桃。
『そんなに急ぐと転『ふにゃぁ!』遅かったか』
梅が注意しようとするよりも先に、勢いよく転んで海面にダイブする桃。
『が、ま、ん…』
『あ~も~何やってんのよあんたは…。ほら泣かないの』
割と痛かったのか、涙目になっている桃に駆け寄ってあやしている竹。
そんな光景を微笑ましく見守る闘牙と松。そんな彼らを夕日が優しく包んでいた。