艦隊これくしょん―影に生きる者達― リターンズ 作:Mk-Ⅳ
豪華ホテルの一室を思わせるチャットルームにて、闘牙は壁に寄りかかりながら目の前に投影されているデータに、目を通していく。
その目つきは普段より険しく、元々の鋭さも相まって耐性の無い者が見たら腰を抜かしてしまうかもしれない。出会ったばかりの頃の桃に、同じ様な目をしていた時に大泣きされて深く傷ついたこともあった。
「やはり君は反対かな?」
バスローブを身に纏った青年は、高級感漂う椅子に腰掛けワインの注がれたグラスを傾けながら話しかけた。それに対して顔だけを青年に向ける闘牙。
「作戦自体に反対はしません。しかし今行うのは時期尚早かと」
闘牙の言葉に青年は「確かにね」と言い、テーブルを軽く人差し指で叩くと立体ホログラムが空中に投影される。
「作戦名“オペレーション・ネオMI”急進派が秘密裏に計画した反攻作戦。ミッドウェー島周辺海域を奪還することにより、膠着している戦局を打開することを目的としている」
ホログラムに表示されていた極東方面の地図が拡大していき、日本本土からミッドウェー島までの艦隊の進路と戦力が表示される。
一・二航戦、伊勢型に金剛型2隻を主力としたアウトレンジ特化編成となっている。
「しかし、秘匿性を重視する余り偵察が不十分です。特に北方戦線に展開していた戦力の行方が不明な内は、作戦決行は見送るべきです」
特戦隊が北部戦線からウェーク基地のある西部戦線へ移って以降、大規模の敵艦隊が北部戦線に現れ激戦が繰り広げられていた。
その後西部戦線での大規模攻勢後から沈静化が見られ。現在では時折水雷戦隊規模の艦種が現れる程度にまで落ち着いているのだ。
「急進派は前回の大規模攻勢の失敗により、弱体化したと見られる西部戦線を押し上げ様としていますが。仮に北部に展開されていた艦隊が西部の増援に動いていた場合、最悪攻略艦隊が全滅してしまう危険性があります」
「僕もその可能性を伝えたんだけど、それでも彼らは実行に移すつもりらしい」
「…
何故止めないのか?と目で訴える闘牙に、青年はテーブルに置いたグラスにワインを注ぎながら会話を続ける。
「やってみる価値はあると僕は考えている。この作戦が成功すれば、ハワイ近海まで戦線を押し上げることが可能になる。極東方面以外の戦況が芳しく無い以上、多少のリスクは負う必要があると思わないかい?」
「……」
青年の言葉に闘牙は目を伏せ思考する。
現在国連海軍はその戦力を欧州方面隊、南北アメリカ方面隊、インド洋オセアニア方面隊、そして極東方面隊に振り分けて対深海棲艦戦線を構築している。
しかし、極東方面隊を除く各方面隊は十二分に対抗できているとは言えず、徐々に戦線の縮小を迫られていた。唯一拮抗していると言われている極東方面隊でも、物資の流通に必要最低限の海域しか奪還できておらず、戦線は膠着状態に陥っていた。
「特に南北アメリカ方面隊の戦況は日に日に悪化している。このままでは数年もしない内に南アメリカを放棄せざるを得なくなる可能性すらある。もうどの国にも難民を受け入れられる余裕は無い。そうなれば人類は決断しなければならなくなる。だから君達の力を貸してもらいたい」
暗に5億もの人命を見捨てるしかないと示唆している青年に、闘牙は閉じていた目をゆっくりと開ける。
その未来を回避するためにも、危険を冒してでも今回の作戦を敢行する必要があることは闘牙にも理解できる。ならば――
「分かりました。我々もその作戦に参加しましょう」
「それはよかった。では、君達特戦隊には――」
「貴信おじさ~ん。これはなんですか~?」
有澤重工の開発室に遊びに来ていた松型姉妹とヤト。色々な試作品が置かれている中の1つを桃が指差した。
「ああ、それですか?何に見えますか?」
である貴信にそう問いかけられると、松型姉妹とヤトがその物体を観察する。
「電子レンジ?」
「電子レンジね」
「電子レンジ」
「レンジだぞ~」
「電子レンジかと」
上から松、竹、梅、桃、ヤトと、それぞれが見せられた物の名称を述べていく。
そう桃が興味を示したのは、一般的な形状をした電子レンジであった。
元々有澤重工は兵器関連の製品を開発する企業であったが、貴信が社長に就任後は家電や自動車等の幅広い工業製品を手がける様になったのである。
「そうです。新商品として開発している物です」
「へ~」
新品の証であるピカピカのレンジを、桃が興味深そうに目を輝かせながら色々と触っている。
万が一にも壊してしまうと大変なので、「やめんか」と竹が桃の襟を掴んで持ち上げる。
「何か新機能が?」
姉妹の中で機械類に精通している梅が、レンジを観察しながら貴信に問いかける。
「ええ、それにはですね…」
「それには…」
貴信が勿体付けると竹に首根っこを掴まれ、親猫にくわえられた子猫の様な状態の桃がゴクリと喉を鳴らした。
「音声案内機能がついています」
「はぁ…」
告げなれた内容に、なんとも言えない顔をする松達。勿体つけた割に真新しさを感じないためである。他の姉妹達も期待外れと言った顔をそれぞれしている。
音声案内機能ならば別段珍しくもなく、今時ならば一般的に備えられている機能なのである。
「まあ、音声案内機能と言いましても新型のですけどね」
「新型の、ですか?」
新型と言う言葉に興味を持った梅が、眼鏡がキラリと光らせながら持ち上げる。
「そうです。これに搭載されているのは、音声を自由に変更することができるのです」
「お~!面白そう!」
貴信の説明に興味を持ったのか。吊るされた状態でブラブラと揺れながらはしゃぐ桃。
「いや、別にいらなくないですかそれ…」
そんな貴信に冷静にツッコミを入れる竹。対して貴信は「チッチッチッ」と指を振る。
「商売と言うのは、チャレンジ精神が大切なのです竹君。失敗を恐れていては前に進むことはできません」
「そう言って、この前失敗し過ぎて恵子さんに怒られてましたよね?」
「……。さて、この新機能ですが」
『(あ、逃げた)』
竹のツッコミに一瞬だけ目を逸らすと、何事もなかったかの様に説明に入る貴信に、心の中でツッコミを入れる松型姉妹とヤト。
「用意した音声データをインストールしますと、その音声で案内してくれるんです。こんな風に」
『それでは、30秒温めますね』
貴信がレンジを操作していくと、レンジから貴信の音声が流れて稼働を始める。
「お~おじさんの声だぁ!凄い凄い!」
「なる程。つまりこう言うこともできると」
そう言うと梅はおもむろに端末を取り出すと、高速で指を動かしながら操作していく。そして端末にコネクタを取りつけると、レンジのジャックに差込みデータをインストールし、レンジを操作する。
『お兄ちゃんのハートを温めちゃうぞ☆』
先程の貴信の声ではなく、竹の音声で絶対に言わないであろうことが流れた。
「あたしの声で何してんじゃワレェエエエエエエエエエエエエ!?!?!?」
唐突な妹の所業に激怒した竹が、
「いや、面白いかなと。プッククッ」
「あたしで遊ぶな!!それと笑うなぁ!!!」
ニヤニヤと笑いを堪えている梅に青筋を浮かべて怒鳴る竹。
「たく、松
「まあまあ、可愛いよ竹?」
「嬉しくないッ!!!」
味方をする気がない姉に憤慨する竹。
「竹さん一先ずこれを飲んで落ち着いて下さい」
「…あんがとヤト」
怒鳴り過ぎてゼェゼェと息を荒くしている竹に、どこからともなく取り出したカップにポットの紅茶を注いで差し出す。
よく見るとヤトの表情はいつもの様に無表情だが、口角が僅かに釣り上がっており、プルプルと身体が震えていた。
それを見なかったことにして、怒りを紅茶に混ぜて一息に飲み干す竹。すっきりとした味わいに幾分か気持ちが落ち着いた。
「にしてもあんた。
「メイドの嗜みです」
「…そう」
それくらい出来て当然だと言い雰囲気を放つヤトに、ツッコミを入れようとしたが。本能的にそれ以上追求するのは止めておこうと考えた竹。別に困ることでも無いしと自分に言い聞かせていた。
『お兄ちゃんそんなに温めたら焦げちゃうよぉ」
「やめんか馬鹿者ォオオオオオオオオオオオ!!!」
レンジを操作した桃の両頬を竹は思いっきり抓り上げる。
「ふにゃ~!?」
桃が痛みの余りにジタバタ暴れるが、構わず抓り上げる竹。
「このこのこの!!」
「ふにゃふにゃにゃららら!」
遂には取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった竹と桃。
「あ~君達。ここら辺デリケートなのが沢山あるので、暴れるのは程々でお願いします」
一応釘は刺しておくが止める気は無い様子の貴信。と言うか、生身で戦闘用義体である2人の喧嘩に割って入りたくないのだ。
ヤトは義体でも戦闘用ではなく、梅は近接戦は得意では無いと言うよりそもそも止める気がないのか、傍観に徹している。
「こら竹、桃。他の人の迷惑になるから止めなさい」
「オラオラオラオラオラオラ!」
「ふにゃららららららららら!」
長女である松が仲裁に入るが、喧嘩を止める気配のない二人。互いの拳や蹴りが残像が見える程の速度で繰り出されていく。
「…ほら、怪我しちゃうからね。そろそろ止めよう二人共。ね?」
それでも長女として諦める訳にはいかないので、再度仲裁に入る松。
「URYYYYYYY!
「ふしゃあああああ!」
「……」
聞く耳を持たない二人に、俯いた松の中で何かが切れる音がした。
「なんということを…」
「離脱だ!離脱する!」
「聞いてないぜこんなの!?」
その音がすると同時に、喧嘩をしている二人以外の者達が逃げる様に松から距離を取った。
俯いてその表情は読見取れないが、鬼気迫る威圧感を放ちながら竹と桃に近づいていく松。そしてそれぞれの耳を抓って引っ張り上げた。
「「イタタタタダダダダ!?」」
「喧嘩はよくないから、止めよ。ね?」
顔をゆっくりと上げた松がニッコリと笑いながら言う。しかし鬼気迫る威圧感は微塵も衰えておらず、寧ろ増大させていた。
「いひゃい!いひゃいよ!松おねーちゃん!!」
「イダダダダ!?千切れる!千切れるから松姉!!」
「じゃあ。言うことは?」
痛みの余りジタバタと暴れる竹と桃に、笑顔で優しく優しく語りかける松。
「ひゃ、ひゃい!ごめんなしゃい!!」
「サーセンしたぁ!!」
松が指を離すと。全身から冷や汗を流しながら、姿勢を正して頭を深々と下げる竹と桃。
「うん。分かってくれたならいいんだ。もし分かってくれなかったら、ね?」
「(どうする気だったんだろう(でしょう)))」
実にいい笑顔を浮かべる松に、浮かび上がる疑念を押し留める梅とヤト。誰でも自分の命は惜しいものである。
「騒がしいが何事だ?」
「また竹と桃が松をキレさせたんだろうよ」
部屋に入ってきた闘牙と優が、惨状を見ただけで事態を把握した様である。
「お前達騒ぐのは程々にしろといつも言っているだろう」
「ごめん闘牙…」
「お前はいい。ご苦労だったな」
そう言って松の頭を撫でる闘牙。撫でられた松は気持ちよさそうに目を細めた。
「いいな~。桃も桃も~」
「……」
そんな松を見て、桃が闘牙の上着の裾を軽く引っ張りながらせがみ。竹は羨ましそうにじーと見ている。
「お前らは反省しろ」
「「あうっ!」」
竹と桃を手刀で頭に軽く叩く闘牙。叩かれた2人は頭を抑えて
「お疲れ様です闘牙さん」
「ありがとうヤト」
そんな2人をよそに、紅茶の入ったカップを闘牙に差し出すヤト。
「それで闘牙。次の任務は決まった?」
「ああ。これからブリーフィングをするから帰るぞ」
闘牙の号令に、『はーい』と元気よく答える松型姉妹とヤトであった。
おまけ
頑張れ!有澤重工!
「悪いな兄貴。迷惑かけて」
ワイワイ騒ぐ闘牙らを見て、頭を掻きながら申し訳なさそうに優が貴信に言う。
「いやいや。あれくらい元気な方がいいさ。気にしない気にしない。ね、皆?」
対して愉快そうに笑いながら社員達を見回す貴信。社員達も笑みを浮かべ頷きながら仕事に戻っていく。
「あんがと。ん?これは…」
ふと、優がテーブルに置かれているものを手にする。
「懐かしいな、こいつは…」
「そうです。これは…」
「「空気砲(です)!」」
優が手にしたのは、未来から来た某猫型ロボットアニメで代表的な物であった。
「計画の方は進んでいるのか兄貴?」
「ええ、日々夢へ一歩ずつ前進していますよ。そう、『ド○ラえもん開発計画』実現へ向けて!」
子供のような無邪気な笑顔で、拳を握り締めて熱く語る貴信。
ちなみに、この空気砲は幼き日に貴信と優が共に開発したものである。
初テスト時、調整を間違え分厚い強化ガラス越しにいたにも関わらず、衝撃波で気絶し。共に見学していた闘牙に呆れられ、恵子には延々と説教されたのはいい思い出である。
ド○えもん開発計画――
貴信が社長就任と同時に立ち上げたプロジェクトで、子供の頃誰もが欲しいと思ったあの猫型ロボットを再現しようというものである。
「どこでもドアについては?」
「なかなか上手くいきませんねぇ。ひとまず通り抜けフープの開発からいこうと思っています」
「そのおかげで、我が社の財政は逼迫していますがね」
いつの間にやら貴信の妻兼秘書である恵子が側に立っていた。
「ただでさえ、その時の気分で無駄な物を作り過ぎているんですから。節度を持って下さいと、いつもおっしゃっているんですが?」
「いいですか、恵子さん」
眉間に皺を寄せながら忠告する恵子の肩に手をのせて、真剣な顔をする貴信。
「人間夢を捨てたらおしまいなんですよ!」
「現実もしっかりと見て下さい」
「あいかわらずリアニストだなぁ義姉さんは」
「夢だけでは世の中生きていけないんですよ優君」
夢溢れる男二人に、容赦なく現実を叩きつけていく恵子。
有澤重工が長年に渡って存続しているのは、代々彼女の様なストッパーがいるからなのであろう。