今回は蛇足的な話です。
夕日が沈んでいくのを車の助手席から眺めていた雄二は蕎麦屋から去る前にゾーイから下された言葉を思い出していた。
『ヒース・オスロと決着を完全に付けて、オスロの犠牲者を無くすこと・・・・それが合衆国及び私の願いです。
少なくともそれまでは独りよがりの身勝手な
(言われるまでもない・・・・と言うか、そこから先はどうするんだ?)
一方、後部座席では恵が不満一杯を極限まで押し込めた顔で、渡されていた黒い携帯電話を睨んでおり、隣に座っていた倫也が苦笑しながら話しかける。
「・・・思い切り不満があるみたいだな」
「
「ご尤も。でもこれも愛しの彼氏の為ではあるんだし・・なんとか呑み込んでくれんか?」
「大丈夫だよ。理解してるし、わたしに危ない目に会わせない為でもあるってことも含めて、ちゃんと納得してるから」
言っていることに問題はなく、間違いなく本心であるのは伝わってくる為に、それ以上は何も言えず会話は打ち切られる。
それを運転席から聞いていた天音は面倒な顔で倫也に尋ねる。
「それよりも安芸君は家に帰らないの?」
「両親は旅行中で家には誰も居ませんから、何より今は目の前の事だけに集中しなければいけません。ほんの僅かでも余計な感傷に浸る可能性は取り除かないと」
「だからって地元で格安ホテルに泊まるなんて、少しの間なんだし、なんだったら家に来れば―――――」
「尚更駄目です。誰も巻き込まない配慮でもあるんですよ」
「・・・・・・・もしかして御両親の旅行も一姫の差し金だったりする?」
「どうでしょう、昔から俺抜きで外泊するなんてザラだったですから」
倫也の余りにどうでもいいニュアンスで答える姿に会話が続けられず、沈黙が支配する車内に溜息をつきながら、天音はホテルまでの最短ルートを走って行く。しばらくしてホテルに到着し倫也は降り、次に恵、最後に雄二を自宅まで送り、天音も帰宅の途についた。
天音が乗る車を見送りながら、ふと安芸家の方角を見てみると誰も居ないと言っていた家に明かりが灯っているのが見え不審に思い近づこうとすると、近くに停まっていた車から澤村・スペンサー・英梨々と霞ヶ丘詩羽が飛び出し安芸家に入って行ったのが目に入る。
(もしもを考えて俺も―――――)
雄二が足を進めようとすると新しい黒い携帯電話から振動を感じ確認する。
〝心配は無いから、そのまま帰りなさい〟
それを見た瞬間に最速で踵を返し部屋に戻って行く。唯それでも一目だけ振り返ると窓越しに停車している運転席に昼間の電車で相席していた女が映り、小さな確信を得て頷いた。そして部屋に入った瞬間、今度は振動ではなく電子音が響き着信ボタンを入れると案の定、怒気を含んだ声が響いた。
『今頷いたのは、一体どう言う意味でかしら?』
「あの女の素性が予想通りだったからな。
・・・・それよりも俺を監視でもしているのか?」
『私の目は何処にでもあるのよ、字義通りの意味でね』
「文字通りの神様なってしまったんだな。なら昼間の接触も―――――」
『唯の偶然よ。彼女があの時、電車を使っていたのは単に洗車に出してただけ・・・大体そんなデメリットしかない事をする訳ないでしょ』
(何のデメリットなんだか・・・?)
実際のところは聞かなくても分かるが、余計怒らせるのも分かりきっており聞きたくもないので無難な言葉を選ぶ。
「でも見ては居たんだ」
『正確には聞いてたのよ。それにしても・・あれは何の真似だったの?ちゃんと説明しなさい』
(俺の一日・・・特に女の事を聞きたがるのは相変わらずか)
内心で愚痴りながらも、逆らわず偽らずに正直に答える。
「あの女の言い分が不快だったから、からかってやっただけだ。特に
『以前、私がナチュラルに女の子を泣かせる男になっちゃ駄目と言ったら、気を付けると答えなかった?』
「・・・・・付け加えるなら、友達を貶されて怒らない男じゃないんだよ・・・」
弱弱しく答える雄二なれど発した言葉には嘘は無いと感じ、何より自分には絶対に嘘は付かないと解っているので追求は避けることにした。
『ハァ。まぁ、今回は女友達じゃないしね。そう言うことにして置きましょう』
(・・・・・そう言うことしかないんだがな。って言うか恵の事は言及しないのか?)
『その話はまた今度、機会があったらにしましょう。それじゃあ、おやすみなさい』
そのまま通話は切れ携帯画面を眺めながら、決して声には出さずに内心で呟く。
(やっぱり、姉ちゃんは神だ)
懐かしい畏怖とそれでも取り戻したい衝動を抱きながら、そのまま就寝の準備をしてベッドの中で目を瞑った。
***
同じ頃、安芸家の中では倫也が帰ってきたかもしれないと慌てて駆けつけた英梨々と詩羽が、黒のタンクトップと白のパンツしか着てないスタイルのいい見ず知らずの女と、鉢合わせお互いに固まっていた。
「・・・・泥棒の可能性も考えたけど・・・痴女が侵入していたなんて・・・・・・」
いち早く復活した詩羽の呟きに女がムッとして大声で言い返す。
「泥棒って言うか・・・・不法侵入はそっち側でしょ!?何なのよ、アンタ達?!」
一年以上前に似たような遣り取りをした既観感を覚えるも引く姿勢は見せずに同じく大声で問い返す。
「一体、いつから此処はアナタの家なのかしら?!この家は私の・・・・大切な
「そ、そうよ!!此処は倫也の部屋で――――――」
詩羽に続いて英梨々が大きく声を上げようとしたとき玄関の方から声が響く。
「お~い、お二方!問題がないなら、もう帰るからな」
その声は暢気な怒鳴りあいを聞いたためか、呆れたニュアンスに溢れていた。
そのままドアを閉める音とエンジン音が鳴り、残された彼女達は気を取り直して言い合いを再開する。
「・・・ここはわたしのイトコの家で、あたしは氷堂美智留。で、二人はトモの
あえて知り合いを強調する問いに二人は憤りと悲しさを感じながら自己紹介を開始する。
「私は霞ヶ丘詩羽・・・・・安芸倫也君とは高校の先輩で・・・同じ作品を通して少しの間、付き合っていたわ」
「だから!なんで元カノみたいな言い回しなのよ!!」
英梨々が噛み付くが詩羽は取り合わず、不満一杯の顔で美智留に向き直る。
「あたしは澤村・スペンサー・英梨々、倫也とは小学校からの幼馴染・・・・って言うか、アンタみたいなイトコが居たなんて初耳なんだけど?」
「それはあたしも一緒。ちなみにあたしは生まれた時からトモと一緒なんだけどね」
「生まれた時からって―――――」
詩羽が面白く無さそうに問い返そうとすると、美智留は得意げに話し始める。
「ウチの一族って田舎にある掛かり付けの産婦人科でみんな生まれて、しばらく実家に預けられるんだよね。あたしとトモはそこで同じ日に生まれたんだよ」
「さっきの言葉は文字通りの意味だったと・・・・同じ日に同じ病院で生まれ・・・これはもう幼馴染の頂点に君臨すると言ってもいい、まさに原初の幼馴染と言うわけね」
何故か熱く語る詩羽に美智留は照れるように頭をかき、英梨々は口を開け放心しそうになっているが、なんとか意識は繋ぎとめていた。
「それにしても幼馴染に元カノ・・・・・もしかして風見君が言ってた、トモに振られた人たち?」
美智留の遠慮なく尋ねてくる態度も然ることながら、出て来た(あまり聞きたくない)名前に詩羽は目を引きつらせ、英梨々は僅かな意識に苦味が加わり開いた口を噛み締める。
「か・・・風見君とも知り合いなの?」
「だから・・この女は元カノじゃ・・・・それに・・・振られ・・うぅ・・・・・」
そんな彼女達を見ながら確信を含めたように頷く。
「相当どころじゃない未練あるって言うのも本当だったんだ。それに・・・・こりゃあ、あたしに頼むのも納得だ」
「頼むってなに?!キチンと説明しなさい!!」
「別にいいけど、いいの?」
美智留の意味深な台詞に詩羽が暗黒美女のオーラで詰め寄るも平然と問い返す。
「いいから早く!」
「あ~、はいはい。あれはトモが留学した後の秋――――」
詩羽の剣幕に促され思い出すように語る。
一年近く前の秋、美智留は趣味でやっている音楽バンドの事で親と口論になり家出した。いつもなら高級マンションに住む叔母の所に転がり込むのだが、その叔母も倫也と共にアメリカに行ってしまい、安芸家に非難する事になった。
家に向う途中で二人のカップルが同じ方向に歩いていき、その会話の中で安芸倫也の話題が出て思わず声を掛けた。
「そのカップルって・・・・」
「風見君と加藤さんしか考えられないわね」
「あ~、分かるよ。あたしも話してて物凄い人達だって思ったから」
どちらも苦手意識を持つ相手だけに英梨々と詩羽の表情は良くなく、美智留も同感だと頷き話を続ける。
外で立ち話もと二人を連れて安芸家に入り倫也の部屋に来ると生活感が抜けきった部屋で寂しさを感じ、美智留は歌でも歌おうかと提案するも近所迷惑を理由に却下され、仕方なく身の上と共通の話題である倫也の話になった。
「な~にも言わないで留学なんて酷いよね~、って話から始まってトモとの昔話になって、そうしたらさ風見君が〝それは俺の身内がそうさせたんだ〟った答えてね。で、ズバズバーっと聞こうとしたんだけど、加藤ちゃんが凄く黒い感じで駄目だって言ってね」
ちなみにその時に倫也と山で遭難した話しも出たのだが、恵から『その方が素敵だから』と言う
「それでさ。風見君が言ったんだ『もしも倫也が抱えさせられているモノに耐え切れなくなって心身ボロボロになったら頼まれて欲しい』って。
トモに未練タラタラな二人の
「どう言う意味よ!!」
「私の倫理君への愛に嘘は無いわよ!!」
英梨々と詩羽が興奮して詰め寄り、美智留もたじろぐ。
「風見君曰く、トモが望まないからだって・・・・」
その返答に二人は以前、加藤恵から聞いた〝安芸倫也の望み〟を思い出して顔を伏せる。
それを見ながら逡巡するも宣戦布告の如き意を持って話を続ける。
「で最後にさ。
最後の台詞をにやけながら言う美智留、その姿に二人の興奮は頂点に達した。
「倫也の心はあたしの絵で」
「倫理君は私の物語で」
「「絶対に掴まえるの!!!」」
「いいよ。でもトモを苦しめる結果になったら絶対に許さないよ」
三者三様で傲岸不遜で迷いのない意思と物言いで戦いは受諾された。
そして張り詰めて空気の中で美智留はカバンの中から二枚のチラシを取り出し差し出した。
「それじゃ先行はあたし。二人ほどじゃないけど、それなりに活動しててね、時間があれば聞きに来てよ」
そこに記載されたライブイベントの内容を興味深く見て話しかける。
「これってアニソンライブ」
「流石は倫理君のイトコね」
「・・・・・・・・・・」
(歌ってるのがアニソンだと気付いたのは、実はその後なんだって、言うのはカッコ悪いよね)
目を逸らしながら内心で笑う美智留に怪訝な顔を見るが、あえて突っ込まずにそのまま解散となった。
***
同じ頃、全く同じアニソンイベントのチラシを見ている加藤恵は何とも言えない気分に沈んでいた。
氷堂美智留との出会いで聞かされた規制が敷かれる切欠となった山での迷子、その発端は彼女にあると言う内容に怒りとも憤りとも言えない感情が沸いたが、風見雄二は何もするつもりは無いと態度で示しており、その後の帰り道で
『気味が悪いと思ったか?』
恵みは驚きながらも頷く。
『倫也にも言ったが、あの出来事は不幸な偶然が重なっただけだ。責める咎がないのに教えたところで要らん苦しみが増えるだけだ』
『幾らなんでも簡単に赦し過ぎじゃない?』
『恵の言い分は妥当だ。だが俺は〝普通〟じゃ無い物をたくさん見てきたし、
『・・・・・・・・』
返答が出来ず目を困らせる彼女に、ぶっきら棒に言い放つ。
『だからお前が俺から離れていっても-----』
『雄二くん、気持ちは変わり続けるものだから、絶対に受け入れるなんて言わない。
でも、億に一つそうなったら・・・・わたしは正面から刺すよ。その後どうなるか決めるは、わたしじゃない』
『・・・可愛い顔して凄い根性だ。益々、惚れ直したよ』
『これでも結構無理してるんだよ。少しは労わりなよ』
頬膨らませてそっぽ向く恵、その膨らんだ頬は朱が射しており、雄二は苦笑しながら近くに寄せた。
過去の回想を終えて目を開ける。そして今日、雄二の過去の一端を聞き変わらず側に居る事を選んだ自分を何故だか誇らしく思えた。
ある程度、本来の世界線と食い違いがあるのは目を瞑ってくれるとありがたいです。