太平洋洋上を航行する巨大な船『タルタロス島』その中で一際豪華な部屋で安芸倫也は正座して厳つい男たちに囲まれていた。そして、自身の正面に居る赤いスーツの金髪中年、ヒース・オスロが優しい声で聞いた。
「太平洋のミクロネシア・・・日下部麻子がユージに遺した島に彼女は向かったと?」
「はい。現地では『灰色島』と呼ばれています。彼女がそこに住めるようにと、現地の公的機関で必要な手続きを行ったり、必要な物を用意するだけの準備にずっと奔走させられていました。本当です・・・・だから、拷問やら薬やらはご勘弁を!!」
恐怖が限界を超えてハイになっている姿は薬を使う必要すら感じない。普通の日本人も知っているオスロには演技でやっているようにも見えず、されど解せない気分は拭えず更に問う。
「二つ質問する、正直に答えたまえ。
何故、そこまでベラベラと喋る?そして、そんな簡単に口を割れる相手の為に・・あそこまで働けるんだ?」
「彼女から捕まったら抵抗せずに洗いざらい吐けと・・・・そうすれば直ぐに殺される可能性はなくなるからと・・・・・二つ目の質問は・・・大事な人達が人質に捕られていまして・・・・言う事を聞かなければ・・・・その・・・・・・」
口ごもる倫也にオスロは一応の理解を示し近づいて行く。
「もう充分だ。そうか・・・意図の善し悪しは分からないが、彼女は私を待っているのか。それに人質・・・なんとも分かり易い手を使うものだ」
オスロはそう言ってデジタル画面付きのブレスレットを倫也の左腕に着ける。
「正直に答えくれたので、こちらも誠意を持って応じよう。彼女の言葉どおり君は殺さずに安全な陸地で降ろそう・・・勿論人の居る処だから、ちゃんと帰る事は可能だ。
それとこれはユージにと思っていたんだが、代わりにプレゼントするよ・・・ああ、外すにしても此方の指定した時間が過ぎてからにしてくれ、じゃないと危ないから」
「は・・・はい・・・・絶対に外しません・・・・・えっと・・・・・」
オスロの言う事にただ頷くしかできない姿に、これ以上は無益だと退室させる。部下達も出て行く中、トラビスは残りオスロが椅子に腰掛けたのを見て尋ねる。
「大丈夫ですか?目を離した隙になんて・・・」
「外す技術も手首を切り落とす度胸もないだろうが、首でも括るかもしれないから用心として生体センサーは切ってある。艦の中では監視が居るし、仮に降ろして直ぐに外せたとしても半径50キロだ、巻き込まれて終わりさ、我々の退避にも充分だ」
「予定外満載の威力宣伝になりますね」
「派手にやりすぎるのも不本意だが、モノを無駄にするのも不本意だ・・・邪魔してくれた分を考えればまだ足りないが、使える物は少しでも有効に使わないと」
その時、電話からコール音が鳴り受話器に手を取り報告を受ける。
「さっきの話、一部だが裏が取れた。確かに都内から彼女が逃亡した時間帯に某国にフライト申請を出したチャーター機があり、二人の人間が搭乗し時間通りに出発したそうだ」
「やっぱり誘っているんですかね?」
「何も後ろ盾がない状況で何が出来るとも思えんが・・・・今から追って現地に許可を通す時間もないから、手荒い入国になるだろ。キミの直接指揮の下で周辺の警戒を最大限して対応にあたれ、装備もフルを許可する」
「いつになく太っ腹ですね。あの姉弟にそれ程までの価値があると?」
「当然さ。私の人生の中であの姉に勝る頭脳を知らないし、弟にしても私が育てた固体の中で、あれを超える素材はいない。そこに今まで集めた研究を組み込めば、商人にとって最高の結果が手に出来るかもしれない」
「今回のスポンサーが求めてる可能性・・・生き汚い未練を刺激する期待充分ですね」
「理解できたなら、プラン作成に入りたまえ」
「すぐに取り掛かります」
トラビスは退出し、オスロは椅子を軋ませ身体の力を抜いた。
***
太平洋上空を飛行する機内でタナトスは
「あ~、かなり楽になってきた。買わせてた時はブツブツと小言を言われたけど、やっぱり無駄にならなかったわ」
顔色が良いタナトスを胡乱な目で見ながら天音が声を掛ける。
「一体、どれだけコキ使ったの?」
「人聞きが悪いわね、彼が頑張っ・・・必死になったのは贖罪の気持ちや私の為だけだと本気で思ってるの?」
「えーと、だから加藤さんのあの衝撃的なシーンを見て・・・」
「そう・・・好きな人の為に恐れながらも立ち向かう姿に、彼も腹を括ったのよ」
「好きな人の為?」
タナトスは少し体を起こして天音を見る。
「オスロが持ち込もうとした爆弾は半径50キロにも及ぶ凶悪な物、都内で爆発すれば彼の家や家族だけじゃない・・・彼が大切にしてる娘
「事情は解ったけど・・・大切な娘『達』ね・・・・・・」
「そ、達」
「私は会った事無いけど、例の
天音がオズオズと言うが全く気に留めずに語る。
「それこそ文句言われる筋合いは無いわ。私が接触した時点で切れたも同然の状態だったんですもの、取られただの奪われただの思われること自体、心外だわ。
それに私は倫也君の人生を私達姉弟の為に犠牲にするつもりは無いわ。尤も実際に動くのはユージだけど、私はその為に必要な第一歩を踏ませるだけ」
調子よく語るニュアンスに負の感情は無く、解せない気分で更に問いかける。
「怨んでる訳でも無さそうなのに・・・一体どうして安芸君を?」
「あの山で私が救助の可能性を口にしたのを覚えてる?実際は来なかったけど、可能性は低くないと思っていたの。
だから『
結果はあの地域は、探すべき必要のない盲点であり、その根拠に顧問の出身と地域の規制がある事を知った。更に調べてみると切欠は二人の子供の迷子であり、その一人である男の子を知った時に『
「私は雄二を接触させる事にした。倫也君は私の生存の可能性を知っている唯一の人間であり、オタクの仮面を取っ払いその情熱と行動力を私に合わせれば違う可能性を見出せ、そうすれば・・・あの子を思い止まらせると思ったから」
「思い止まらせる?」
「もし、私の事を唯知ったらユージは何を敵に回しても・・・それこそオスロと組んででも取り返そうとする・・・・・・あの子にそんな選択はさせたくない」
「言い切ったよ・・・ちなみに違う可能性って?」
若干呆れる天音にタナトスは苦笑しながら説明を続ける。
「私はユージが何よりも大事、だからあの子と私の為の楽園を、世界から外れた何処かに作ろうと考えていた。でも、彼を知った時に世の中で堂々と歩いていける道を見つけられるかもしれないと思った」
「それが国に関わること・・・あんな目に遭わされたのに?」
「確かに望んだ訳じゃないけど、無価値な事をしているなんて思ったことないし・・・・絵画を描き続けたいとか、何かがしたいって訳でもなかったしね。
それでも、機械でなくあくまで
「だから、こんな―――――」
「違うわよ」
天音が今回の騒動に納得しそうなのを即座に否定する。
「当初の予定では、倫也君に必要な事を学ばせて正面からラングレーにでも入って貰い、春寺さんの後任それに近い地位に行ける道に着いて、ある程度の地盤が固まってから、穏便に交渉するつもりだったの。
オスロが来日は起こって欲しくなかった・・・想定外、ここまで事を荒立てたくは無かったわね」
溜息をつくタナトスに天音が逡巡しながら言う。
「その役さ・・・私じゃ駄目だったの?私だって一姫の為なら何でもしたよ」
ゆっくりと首を振り優しく返す。
「私のやる事に必要な協力者は国家の首輪が着いてない事が第一だけど、それだけじゃない。私の意図を理解し盲目に従うのでなく、意思を寄り添わせてきてくれる『理解者』かそれに近い人が必要だったの」
「・・・・・・もしかして、あの山で私をパートナーに選んだのって?」
「そ、アナタがドMだったから、でもそこから私の親友に上り詰めたのだから自信を持っていいのよ」
「・・・・・・・・・」
天音は複雑な思いで目を泳がせ、タナトスは楽しそうに続きを語る。
「それでも、彼もそうなれるのかは未知数だったから色々と試したわ。
見たく無い物、知りたくは無かっただろう物を見せて、取るに足らないことでヘタレたら容赦なくお尻を叩いたり、本当に辛く苦しんでいる時には逃げ道を用意して無責任な誘惑してみたりね」
「で、見事に期待に答えてくれたと」
「そう。だから、絶対に死なせたくない・・・あとはユージ達を信じて祈るしかないわね・・・・・・」
黄昏れるタナトスに天音は思った。
(一姫が・・・何に祈るんだろう?)
それは来及くも安芸倫也がかつて思ったことと同じであった。
***
風見雄二は何時もの作業服ではなく、緑色の迷彩服を着込み装備を点検、目薬を挿して目的地まで静かに待機するつもりだった。
「――――――――――――」
しかし、それは耳に来る無線の呼び出しでしばし先になるようだった。
「こちら9029、何の用だ?」
余計な事を考えずに集中したい雄二は雑に言い放ち、無線からは陽気な声が返ってくる。
『ヘ~イ、ブーメラン。キミの彼女から連絡を取ってくれって頼まれてね。なんか急がないとキミの心が危ないって言ってるんだが、どうする?』
ジミーが軍での渾名で雄二を呼ぶ辺り、現状の理解はしている事は分かる。それを承知なら恵にも説明はした筈だ、それでも連絡を取ってきたと言う事は決して〝どうでもいい用事〟ではないと思うのだが、非常事態にも近い今はやはり気が進まない。
「・・・・今でなきゃいけないのか?」
『そう言われると、ちょっと・・・・・・だが、個人的には聞いておいた方が・・・簡単な確認だけだから一分もかからない』
「・・・一分だな。時間が惜しい、繋いでくれ」
『了解』
程なくして回線が切り替わり、若い女の声が響く。
『もしもし、ごめんね。事情は知ってるんだけど、どうしても雄二くんの許可が必要な用が―――――』
「単刀直入に用件だけ言え、集中したいんだ」
恵の前置きをあっさり切り捨て、感情の無いニュアンスで催促する。
『あ~、うん。じゃ、今さ・・わたしの手元に『風見雄二の過去に関する自己報告書』ってデータがあって』
「どう言う事か、順番に説明しろ」
その言葉に態度を一転し、話を聞くことに心を切り替えた。そして想定していたのか恵の対応も早かった。
『えーと、支持された事を終わらせて飛行機に乗ってたら、お義姉さんから連絡が来てさ。ちょっとした雑談と言うか釘を刺されたというか・・・まぁ、要するに警告を受けたとその時は思ったんだけど、飛行機が目的地に到着すると携帯にやたら重いデータがあるのに気付いてね・・・・・・開いてみたら・・・』
「事情は分かった。恵はどうしたいんだ?」
『勿論気になるし知りたい』
「開かないで、今直ぐ消せ」
問いに即答、それを更に即答で返す。
『・・・うん・・・そうだよね、幾らなんでもホイホイ知っていいことじゃないよね』
残念なような観念したような声が出て来る。
「ああ、俺の知らない所で無駄な呵責にさえなまれる必要は無い。終わったらそっちに行くから、その時に俺の口から全部話そう」
『え?それって・・・』
「俺の過去を聞いて恵がどういった思いを抱くのか分からないが・・・聞いたら直ぐじゃなくてもいいから正直な気持ちを教えてくれ・・・・・・いつか言ったみたいに正面から遠慮なく刺せ」
『・・・・・・絶対に戻ってきてね。待ってるから』
通信が切れジミーの声がかかる。
『聞くべきだっただろ。でどうだい今の気分は?』
「死ねない・・・いや、生きたい理由がまた一つ増えたな。これ以上ない程にな・・・必ず帰れと自分の心が声を上げてるよ」
『それでこそブーメランだ。それに今回はヤブイヌ小隊がいる・・・いつかのバンクーバー同様に
「JB・・・春寺三佐にも言ったがあくまでこれは仕事だ。だけど、その言葉はありがたく頂戴する、ありがとうな戦友」
『―――――、そろそろボクも切るよ。武運を祈る戦友よ』
照れている姿が容易に浮かび微笑みながら無線を切り、雄二は絶好調とも言えるコンディションで待機に入った。
念のために言いますが、一姫が語った事に限らず〝全てはこの世界線での話〟ですので、あしからず。