グリザイアに射す陽光   作:a0o

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 時系列は『一石』の終わりです。


Side:U①

 

 背後の物音に倫也はリビングへと足を戻して見てみると、テーブルの雑誌が数冊落ちていた。仕方ないと手にとって戻そうとした時、開かれたページに和合市の文化会館で小さな個展をしていると言う記事を見つけた。普段なら読み飛ばすのだがそのタイトルに『稀代の天才少女、風見一姫』とあるのに目が留まり食い入るように読みふけってしまう。

 

(あの人の・・・・・・)

 

 まだ揺れている心は好奇心に抗いきれず、財布を確認して雑誌を手に取ったまま駅にむかって歩き出した。

 

 

 ***

 

 

 電車に揺られ一時間以上掛け、更に慣れない土地に何度も道に迷いそうになるが何とか目的地に辿り着き、心臓の鼓動が早くなるのを感じながら入館していく。

 展示室一杯に飾られている絵画の数々には一つ残らず売約済みの札が貼られており、老若男女全てが心に迫る〝何か〟に感じ入っていた。倫也もあの日に見た風見一姫特有の気とも言える物を受けて身震いを覚えたのは、ついさっきのように思い出せる。そして、天才と呼ばれていることにも深い得心が来る前からあったが、現実に彼女の作品を目にしてしまうと最早脱帽しかない。

 

(本人が描いた絵でさえコレだもんな・・・・・・でも、あの時感じた印象はもっと凄かった)

 

 そう考えるとこの素晴らしいの一言しかない絵画の数々も寧ろ、天才(かのじょ)を表現する術の一つでしかないと思い至り、改めて畏怖を覚えた。ひょっとしたら人間では無いかとも思えてしまい、天空に浮かびながら神々しい光を纏いながら見上げるもの全てをひれ伏させる妄想に全く洒落にならない現実性(リアリティ)を感じ、いつの間にか絵の前で膝を着いて拝んでいた。

 

(・・・・・・ハッ!・・・)

 

 そして、その姿は他の客や職員達全員から奇異の視線に晒され、正気を取り戻した瞬間、立ちが上がり早足で展示室を出て会館からも去っていった。ちなみに理由は周囲の視線が痛かったからではなく、飾られている絵に呑み込まれてしまいそうだと感じたからである。

 

(あ~あ、予定を遥かに超えて時間が余っちゃったなぁ・・・・・・どうしよう?)

 

 本来ならもっと時間を掛けて彼女の絵を鑑賞するつもりだったのだが、陽はまだ高く一時間も掛けてきたのに、もう帰るのも癪なので近くにあった大き目の公園で時間を潰すことに決めて足を向けるが、まだ夏の真っ盛りで陽射しは暑くあっという間に汗をかき、家を出てから何も口にしていないのも手伝い喉が渇いた。

 

(み・・・・・・み、水ぅ・・・・・・)

 

 公園に着いて直ぐに水飲み場を探し額の汗を拭いながら、水道の蛇口を捻って口に含んでいく。

 

(なんだか最近、こんなことばっかりだなぁ、それも彼女がらみで)

 

 尤もあの時は本当に必死で彼女達(あちら)は文字通りで命懸けの状態であり、今こうして、こんな風にのんびりと思い至れることに子供ながらに感謝を覚えた。そして短い祈りの時間を終え日陰を探すと、ベンチに黒髪ロングにカチューシャ、真夏にも関わらず黒ストッキングを穿いている一人の少女が目に入った。正確には少女の手に持っている文庫本に目がいっていた。

 

(う~ん。ラノベかと思ったが、文学本か・・・・・・それにしても凄い近づくなオーラ出してんなぁ~~)

 

 倫也の目には少女の周りに黒い粒子のバリアが形成されていた錯覚が映ったが、近くに休めそうな場所が無いことから少女が一人座っているベンチに相席しようかどうか悩んでいると少女が本から目を放してきつめの視線を向けてきた。

 

「さっきからじっと見てるけど、私に何か用かしら?」

 

「あ~・・・いや、出来れば俺も座りたいな~・・・なんて・・・・・・」

 

 目と同様にきつい口調に咄嗟に考えていた事を口に出す。すると少女は詰まらなさそうに目を閉じて横にずれて席を開ける。

 

「天下の公園なんだから好きに座ればいいわ。ただ、他もいるんだから静かにはしてね」

 

 正直、断って逃げたしたいが少女の雰囲気がそれを許してくれず、ぎこちない足取りで近づき横に座る。しかし身体的には少し楽になったが心情的には一息つける気分とは程遠く、短い沈黙の間に漫画なり持って来ればよかったと思ったがそれで実物が出て来るはずも無く、唯一持って来た雑誌を読むことにした。

 

(でもやっぱり彼女の記事意外は、さっぱりだなぁ・・・・・・英梨々(アイツ)も時々ファッション誌とか見てるけど、ホントに楽しいのか?)

 

 頭の片隅に仲違いしている幼馴染を思い浮かべると苦い気分が込み上げ、自分には合わない読書とも相俟ってその気分は表情にも表れ、直ぐ横でおよそ子供が読むとは思えない本を淡々と読んでいる少女に目が行ってしまう。

 

「・・・・・・何か言いたいことがあるなら聞いてあげましょうか?」

 

「あ~、それじゃぁ・・・それ、面白いですか?」

 

 視線に気付いた少女の刺々しい声での問いかけに、大抵の者なら慌ててごまかして去っていくのだが、ついこの前と今さっきに神の如き天才を知り、その片鱗に触れた倫也はオズオズとしながらも声をだす。

 そして、怯えながらも誤魔化さずに聞いてくる倫也に今まで関わった人間とは違うと少し興味が出て来た。少女は本を閉じて夏目漱石著『こころ』のタイトルを見せ付けるようして話しをする。

 

「ええ、人間の深いところを描いた大変、奥深い作品よ」

 

「へぇ~、でも俺はもっと気楽なラノベとかの方が好みですけど」

 

「・・・・・・ラノベ・・・」

 

「ええ・・・あ、こう言う話にアレルギーあるなら、今直ぐ退散しますけど」

 

 普段なら初対面の相手だろうと暑苦しく布教して回るのだが、今日に限って言えば朝から頭の中が整理しきれずに彼女の絵から受けた多大な衝撃もあり、興味の無い相手でもオタク文化の何たるかを語るエネルギーは無く、また見知らぬ土地に居ると言う心細さも無意識にあって、あっさりと引く姿勢を見せる。しかし相手は心外だと言うような表情を作り、先ほどまでとは違い棘の抜けた返事を返してくる。

 

「別にそんな事は無いわよ。私、本なら何でも読むもの、それが面白ければラノベでも漫画でもね」

 

「ええ・・・意外?!」

 

「・・・・・・ちょっと、流石に失礼よ、アナタ!」

 

「ああ、すみません。つい―――――」

 

「つい何よ?私みたいのは、その手の漫画やアニメは見ちゃいけないとでも言うの?と言うかそんな他人のイメージなんて知ったこっちゃないわよ!」

 

「そんなことないです!寧ろ、その在り方には尊敬しますよ!」

 

 少女の不機嫌は止まらずとうとうそっぽ向いてしまうが、倫也は趣味が同じである人と巡り合えた事が大変に嬉しく、さっきまでの空気はなんだったかと言うくらいに迫ってくる。この劇的な変化と純粋な賞賛に少女の溜飲が下がり、少々照れながら顔を向ける。

 

「へ、へぇ・・・そう・・・・・・って言うか近いわよ」

 

「あ、失礼しました。どうにも嬉しくて。

 え~と俺、安芸倫也って言います小五です。」

 

「私は霞ヶ丘詩羽、六年生よ」

 

 お茶を濁すように自己紹介する年下の男の子に詩羽も気を取り直して名乗ると、またしても意外な顔をする相手に疑問の目を向ける。

 

「あ~、すみません。もっと年上かなって思ってたんで・・・・・・」

 

 さっきまで読んでいた本でそう思ったのか、それとも歳の割りに成熟している体付きでそう判断したのか・・・・・・どうであれ聞くのは精神衛生上良くないので別の切り口から攻めることにした。

 

「それで、安芸君は一体何しにこの町に?オタクが興味持ちそうな場所もイベントもなかったはずだけど?」

 

「あ、俺が目当ては其処でやってる展覧会です」

 

 倫也は文化会館を指し、雑誌の特集記事を見せる。詩羽は顔を近づけて読んでいくと、少し前に天才の絵がやってくると言う市民便りを手に大人たちが盛り上がっていたのを思い出す。

 

「趣味は多彩ってことかしら?」

 

「いいえ、あくまで風見一姫にです」

 

 そう前置きして、数日前にひょんなことから彼女を目にする機会が会ったこと、そして畏怖の感情を覚えて個展に興味が湧き和合市に来たこと、実際に彼女の絵を見て本人ほどでは無いが〝何か〟を感じさせるものがある作品に完全に信者(ファン)になったことを簡潔に語った。

 

「いや~、彼女・・・あのお方は、正直人間じゃなくて神様だと言っても過言じゃないですよ」

 

「か、神様って・・・」

 

 余りにも極端といえる語りに流石にドン引きしてしまい、話の種を間違えたと後悔した。

 

「いやマジで、あの気と言うかオーラと言うか・・・いや存在感は凄まじかった。絵に込められたのでも感じ入ったけど、本人目にすれば伝わって来る情報量に圧巻ですよ」

 

「言ってる極端に漫画じみたのを混ぜ込むあたり、根はオタクってことかしら?」

 

「ハハハ、そうですね。ちなみに今俺が嵌ってるのは―――――――」

 

 最早、狂信者のように風見一姫を語る姿に危うさを感じ、さり気なく話題を逸らそうとし、本人も知ってか知らずか乗ってきて今度こそ落ち着いて会話が出来ると思ったが、薬が効きすぎたか、それとも本当にこっちが本性なのか、さっき以上に饒舌に語る。

 

(でも、なんだか悪くないな)

 

 詩羽は倫也の語るアニメや漫画の話にそれとなく相槌を打ちつつも、自分の意に沿わないところには確りと辛辣な意見を出し、それに倫也が『ああでもない、こうでもない』と言う光景が出来ており、詩羽は始めての倫也は久しぶりに生で趣味を語り合える相手との会話に心躍らせながら楽しいと感じていた。

 

「って、もうこんな時間だ」

 

 しかし、時は無限にあらず。適当に時間を潰すつもりが、いつの間にか帰ろうと思っていた時間を大幅に過ぎてしまい、倫也は立ち上がり詩羽に告げる。

 

「すみません。俺、もう帰らないといけないで・・・・・・」

 

「ん、まだ夕方にもなってないのに・・・家が厳しいのかしら?」

 

「いや、夕方までいたら家に帰るの、真っ暗になっちゃいますんで・・・・・・以前にも怒られたことがあるから、ちょっと・・・・・・」

 

「ってことはこの辺の子じゃないの?」

 

 今頃気付いたかと突っ込みたくなりながらも東京から電車で来たこと、親にも黙って来たので暗くなる前には帰ってないとまずいことを説明し、詩羽は残念そうな顔をしながらも仕方ないと溜息をつく。

 

「そっか・・・じゃ、安芸君と今日会えたのは神様のお導きだったのかしらね」

 

「ええ、彼女(かみさま)の記事を見なかったら、ここに来ることも無かったですね」

 

 倫也は目を雑誌に落とし肯定する姿に小さく嫉妬するも、別れにする顔じゃないと押し殺して平気そうな顔を作る。

 

「ああ、それじゃあ。楽しかったです、霞ヶ丘さん」

 

「うん。それじゃあね」

 

 手を振りながら倫也は去っていき、詩羽は見送りながら一両日中に個展が終わることを思い出すとオタクである彼が来ることは当面どころか、もう無いだろうと達観し、文化会館のほうを見て彼が足を運びたくなるような物を描ける絵心が自分に無いことに再び残念な気持ちが湧いてくる。

 

(でも、やっぱり楽しかったなぁ)

 

 そう思いながらベンチの上に置きっぱなしの文学本に目をやると、自分でも出来そうな事柄を思い出す。今よりももっと幼い時、読んでもらった絵本の内容が気に入らず自分で書き直した内容を母親に褒められ〝小説家になれるかも知れない〟と言われた日の事を。

 

(この町を舞台にした話を書けば、彼もまたこの町に・・・・・・ううん、私に会いに来てくれるかも)

 

 この日、霞ヶ丘詩羽は人生で始めて目標を持ち叶えて見せると自分に誓うが、根底にある淡い恋心に気付くのは、もう少し経った後だった。

 

 

 ***

 

 

 一週間後、再びあの公園に来ていた詩羽は驚きで目を開いて、ベンチに座っている安芸倫也を見ていた。

 

「おお、やっと会えましたね。一週間ぶりです、霞ヶ丘さん」

 

「え・・・なんで?」

 

 笑顔で挨拶してくる倫也に全く事態が飲み込めない。そんな詩羽に倫也は笑顔のまま答えた。

 

「いや、ここで待ってたら会えるんじゃないかなあって、何となく」

 

「何となくって・・・・・・それだけ?来なかったらどうしてたの?」

 

「ご心配なく、今日は色々と準備してきましたから」

 

 倫也は足も下においているバッグを開いて見せて、中にある漫画やサイドに入れてある水筒に詩羽は呆れ返りながらも嬉しそうに意地悪そうな声で尋ねる。

 

「へぇ~、そんなに私に会いたかったんだ?」

 

「いや~、ぶっちゃけ、この前みたいに趣味で一緒に盛り上がるのって久しぶりだったから・・・・・・また、もう一度って思っちゃって・・・迷惑でしたか?」

 

 頭をかき照れるように尋ね返す倫也だが、詩羽はそれ以上に動揺し胸に手を当てて内心を収める為に時間を掛ける。

 

「あ~、どうしました?苦しいなら座った方が」

 

「だ、大丈夫・・・大丈夫だから」

 

 倫也が席を立ち近づいてくるが、慌てて拒否して急いで呼吸を整える。

 

「ふぅ・・・それにしてもオタク話がしたくて、ワザワザこんな遠くまで来るなんて、どうせならアナタの神様の方にでも行けば良かったんじゃないの?」

 

「あ~、それが彼女の通ってるのって有名私立の女子校なんで・・・・・・俺にはちょっと敷居が高くて」

 

 自分に合いに来たと言いながら他の女の話を堂々とする様は(自分で話を振ったにも拘らず)苛立ちが募る。だが同時に付け込む隙を見出した気もして即興で思いついたことを言ってみる。

 

「あらそうなの、だったら私、志望校その学校にしようかしら?」

 

「え、私立受けるんですか?ってかここからなら通学に一時間以上掛かりますよ?」

 

「私これでも学校で一番なのよ。それに通学に関しても別にそこまで珍しい話じゃないわ」

 

 あっさりと食いつく姿に調子が乗る。

 

「学校で一番、それは御見それしました」

 

「ええ、そうよ。だからもっと敬いなさい」

 

「それは出来ません」

 

 しかし長くは続かず即答で返された事に目を引きつらせる。

 

「そんなに神様って凄いのかしら?」

 

「ええ、世の中凄い人は一杯いますけど、俺が思う限り彼女以上はいないと思います。だから最大の敬意は其処にしか持っていけないんですよ」

 

 この時の倫也の目は狂信者モードであり、詩羽は危うさを感じるも恋心にはならないと確信を得て安堵していた。

 

「呆れるほど敬虔な信者ね。ではもし私が神様の事を教えてあげるって言ったら、毎日放課後に来てくれるのかしら?」

 

「それ位、お安い御用です」

 

「・・・・・・安芸君、ストーカー予備軍になっちゃうわよ・・・」

 

「あ~、確かに嫌われちゃうのは困りますね。じゃあこの話は無しで、霞ヶ丘さんとは本当に偶にこうして会うくらいで―――――」

 

「そうなら無い様に私が止めるから安心して会いに着なさい」

 

「・・・・・・あの・・・今までの本気で言ってたんですか?」

 

 軽い冗談のつもりだっただけに倫也は唖然としてしまい、詩羽も浮かれて軽率だったと思い直したが、開き直って畳み掛ける。

 

「元々私立受けるのも神様(かのじょ)に興味が湧いたのもホントよ。だからついでにと思ったんだけど、要らないなら別にいいわよ」

 

「いえいえ!寧ろついでなら大歓迎です!それに霞ヶ丘さんと話だってしたいです!」

 

「っ!!」

 

「あ!?」

 

 さり気なく照れる事を言われ頬を染めてしまい、言った本人も発言の内容に動揺してしまい、その日の交流はぎこちなく、傍から見たら下手なオママゴトに見えるものになってしまった。

 




 長くなりそうなのでSide:Uは分割にします。
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